萌殺のメイド怪人

    作者:小茄

    「あー疲れた。観光客で混みすぎだよな」
    「うん。にわかの自称オタク(笑)どもが湧くようになってから、アキバも質が下がったよなー」
    「ほんとほんと。電気街だった頃が懐かしいわ」
    「あの頃のオタクは本物だったからねぇ」
     30代~40代だろうか、中年男性2人が路地裏に座り込み、愚痴をこぼしながら煙草をふかしている。
     懐古主義に浸り、古き良き時代を懐かしんで盛り上がっている様子。
    「大体なんだよあのメイドカフェっての、ああ言うのが一番嫌いだね」
    「あー、解る解る。ぼったくりにも程があるしな」
     吸い殻を指先で弾くと、白煙を空へ向けて吹き上げる。
    「ちょっとアンタ達」
     と、そんな2人に掛かる声。
    「1万歩譲って私たちメイドの悪口は許してあげても良い。でもね、この町を汚す事は許さないわ!」
     ラノベのヒロインよろしく、びしっと2人を指さしながら言うのは、エプロンドレス――通称メイド服を纏った人物。
    「な、なんだコイツ?」
    「引っ込んでろコスプレ馬鹿。お前みたいのが秋葉原をダメにしたんだよ!」
     呆気にとられた2人だが、すぐさま罵声を浴びせ始める。
    「……口で言っても解らないみたいね。アキバに代わって……お仕置きよっ!」
     美少女ヒロインよろしく、びしっと決めポーズ。
     その後、男達がメイドのお仕置きによって成敗されるまでに、さして時間はかからなかった。
     
    「一般人が闇落ちし、ダークネスになろうとしていますわ」
     灼滅者達を前に、そう切り出したのは有朱・絵梨佳(小学生エクスブレイン・dn0043)。
    「通常闇落ちしたダークネスは、すぐさまダークネスとしての意識を持ち始めますわ。けれど今回の事件においては、ダークネスの力を持ちながら、元の人間としての意識も残している様ですの」
     彼に灼滅者としての素質があれば闇落ちから救い、もし完全にダークネスになってしまう様であれば、その前に灼滅して欲しいと絵梨佳は続けた。
     無論、このまま時間が経てば遠からず完全なダークネスになってしまうだろう。
     
    「闇落ち一般人……便宜上、メイド男と呼んでおきますわ」
     男だと?! 騙された! そんな灼滅者の声の有無にかかわらず、絵梨佳は説明を続ける。
    「彼は街を悪く言われたり、汚されたりするのが許せないみたいですわ。目に付く限り、力ずくで解決しようとしている様ですわね」
     その辺を踏まえれば、人気の無い路地裏などに誘き出す事も可能だろう。
     また人間としての意識が残っている為、上手く心に呼びかけることが出来れば、戦意を削ぐなどして戦闘を有利に進めることが出来るかもしれない。
    「彼は自他共に認める、いわゆる『いきすぎたタイプのオタク』らしく、オタク街としてのアキバを愛し、可愛い物に萌えるうち、自作のエプロンドレスでメイドコスに興じるレベルにまで至ったようですわ」
     彼の心に訴えかけるならば、弱点である「萌え」を利用するのが近道かも知れない。
     
    「それでは、早いご帰還をお待ちしておりますわ」
     絵梨佳は灼滅者を見回して、説明の最後にそう付け加えた。


    参加者
    狐頭・迷子(迷い家の住人・d00442)
    米田・空子(ご当地メイド・d02362)
    ファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)
    流鏑馬・アカネ(霊犬ブリーダー・d04328)
    鳴神・千代(自称萌えの探求者見習い一号・d05646)
    十津金・旭(桜火転身トツカナー零五・d06921)
    美波・奏音(エルフェンリッターカノン・d07244)
    関島・峻(高校生殺人鬼・d08229)

    ■リプレイ


     秋葉原――東京の一角に存在するその街は、戦後日本の文化(ある時期はメインカルチャーであり、またある時期はサブカルチャー)の発信地として歴史を歩んできた。
     特に1990年代後半以降は、ゲーム、アニメ関連の商品を扱う店が増え初め、2000年代に入ると、いわゆる「オタクの街」として国内外から大きな脚光を浴びることとなる。
     ただしここで言う「オタク」は実際の所かなり狭義のオタクであり、ゲームやアニメ、アイドルと言ったいわゆる萌え系のオタクを指す場合が多い。
     かつての秋葉原においては、ハイファイオーディオ、アマチュア無線、輸入盤レコード愛好家と言った人々が「オタク」であった。秋葉原の変化と共に「アキバのオタク」のイメージもまた変わったと言って良いだろう。
     いずれにしても観光地化が進んだ今の秋葉原は、種々様々な人々の集まる街となり、それは新たな問題を生むことにも繋がった。
     ゴミのポイ捨てと言ったマナーの問題に始まり、公序良俗に反する過激なパフォーマーの出現や、詐欺行為や違法な商売、オタク狩りと呼ばれるカツアゲ等々……
     この度闇落ちした一般人は、そうしたアキバに渦巻くトラブルを力ずくで解決しようとしているのだと言う。
    「アキバへの愛は本物みたいだし、ダークネスになっちゃう前に止めてあげたいです……」
     狐頭・迷子(迷い家の住人・d00442)は、落ち着かない様子で周囲を見回しながらも、そう呟く。
     作戦遂行の為、人気の無い場所とはいえ、ナースコス姿はやはり恥ずかしい様だ。
    「空子も正義のメイドとして、同じメイドを闇落ちさせるわけにはいきません!」
     一方、米田・空子(ご当地メイド・d02362)は、普段からメイド服がデフォルトなだけあって堂々たる物。また、今回の敵とはメイド繋がりという事もあって意気も盛んだ。
    「狐頭先輩はまだ良いんじゃないかな………うぅ、やっぱりこれ、ちょっと恥ずかしいカモ……」
     かく言う十津金・旭(桜火転身トツカナー零五・d06921)は、何とバニースーツ。「あざといもえ」を目指した結果だそうだが、彼女のバニー衣装は……色々と犯罪の匂いさえしてくるレベルだ。
    「大丈夫大丈夫! 皆可愛いから!」
     笑顔で元気よく言うのは、鳴神・千代(自称萌えの探求者見習い一号・d05646)。
     萌えの探求者を自称する彼女が言うのだから、大丈夫なのだろう……きっと。
    「それはそうと……2人とも、上手くやってるかな……?」
     一つ咳払いをしてから遠い目をするのは、ウェイトレス風のエプロンドレスに身を包んだポニーテールの少女。流鏑馬・アカネ(霊犬ブリーダー・d04328)。
    「あーあー……ま、大丈夫だろ」
     ボイストレーニングをしつつ、答えるのはファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)。
     今回の作戦は、誘き出し役の2人が、メイド男をこの場所まで連れて来なくては始まらないのだ。

     さて、その頃……
    「噂のアキバに来てみたけど、何て言うのかおもちゃ箱をひっくり返した感じ?」
     クレープをパクつきながら、物珍しげにアキバの町並みを眺め歩く美波・奏音(エルフェンリッターカノン・d07244)。
    「ったく、ホントここはヲタク臭いよなー」
     そしてその隣を歩くのは、関島・峻(高校生殺人鬼・d08229)。
     2人ともいわゆる「チャラい」ファッションに身を包み、秋葉原より渋谷の方が似合いそうな雰囲気を漂わせている。
    「でかい荷物抱えたキモイ奴ばっかだしさ。何あのポスターサーベル」
    「ここに棲んでる人達も、大きな子供みたいなのばっかだし」
     そしてあからさまに、この街の人々についてディスり始める。のみならず、飲み終えた紙コップを路上にポイ捨てする始末。
    「ちょっと! そこのアンタ達!」
     ほとんど間髪を入れず、2人の背中に掛かる声。
    「街の悪口を言った上に、ゴミをポイ捨てするとは良い度胸ね!」
     振り向いた2人の前には、ややメタボ気味の身体にエプロンドレスを纏わせた男が立っていた。
    「……メイドとかもう時代遅れだっつーの。奏音の方が萌えだよな」
    「あはは、やだも~」
     火に油を注ぐ様に、尚も煽る峻。
     奏音といちゃつく様を見て、メイド男はわなわなと震え始める。
    「……その上メイドまでも悪く言うなんて……もう許せない!」
    「おいおい、この街が好きなんだろ? こんな所で争えば街を穢してしまうぞ。人目のないあっちで決着付けようぜ」
     激昂し、今にも飛びかかってこようとするメイド男に、峻が提案する。
    「良いわ、邪魔の入らない所で存分にメイドの魅力を教えてあげる」
     いちいちポージングをしながら言うメイド男。
     2人は軽く寒気を覚えながらも、仲間達の待つ地点へと歩き出す。


    「ここなら誰にも邪魔されずに語り合えそうね」
     人気の無い路地裏にやってきた3人。
    「存分に……っ!?」
     メイドが振り返ると、そこには峻と奏音の姿は無く――
    「お前の街を愛する気持ちはよくわかる。あのカップルだって、悪気はないさ」
     代わりに、ファルケを初めとする6人の灼滅者。
    「な、何よアンタ達は」
    「美波さんと関島さんは、本気でこの街を嫌ったり、嫌な事をしようとしたわけじゃないんです。それに、いくらアキバが好きでも力で解決するのはよくないと思います……」
     おどおどしながらも、必死で言葉を紡ぐ迷子。
    (「恥じらいながらのナースコス上目遣い……だと? 何というあざとさ……だが萌え道を歩む者は、あざとさを恐れはならない……あざとさを恐れた探り探りの萌えは萌えにあらず……この小娘がその領域に達しているとでも言うのか」)
     迷子を凝視したまま、微動だにしないメイド男。
    「ね、ね、ボク『もえ』ってよく判らないんだ。お兄さんが教えてくれると、うれしいな」
     と、そんなメイド男の服の袖を引っ張るのは、バニーコスの旭。
    (「あ、明らかに小学校低学年と思しきようじょがバニーコスだと?! そんなバカな……」)
    「可愛い物、ボク嫌いじゃないよ。でも、カッコいいモノも大好き! ね、『もえ』の中にカッコいいモノってないの? ……お兄さん? 聞いてる?」
     凍り付いたように動かないメイド男の腕を、つんつんとつつく旭。
    「ち、違いますおまわりさん私じゃありません! ……じゃなくて……だ、黙りなさい! 口で言って解らなければ身体に教え込むのは常識よ! 萌えのなんたるかを性根にたたき込んで上げる!」
     我に帰るメイド男は、戦闘態勢を取る。
    「いえ、力ずくで言うことを聞かせようとするのは『萌え』ではありません!」
    「?!」
     いつもののんびりとした口調ではなく、はっきりと主張する空子。
    「は、はぁ? 昨日や今日メイド服を着たようなにわかが何を偉そうに――っ?!」
     空子を見たメイド男に電流走る。
    (「い、いや違う……この娘のメイドスタイル……これは一朝一夕で成る物じゃない……白手袋の先端からつま先まで寸分の隙もない……これは外見だけでなく、心からメイドになりきらなければ出せないメイドオーラ……!」)
     わなわなと震えるメイド男。
    「あんた、名前は何て言うんだい?」
     衝撃を受けて凍り付いているメイド男へ、ゆっくりと静かに問うアカネ。
    「……アキオ……いえ、アキコよ!」
    「……アキオ、あんたの好きな街をよく見てごらんよ。電気街だったこの街は萌えを受け入れてる」
    「アキコだっつーの!」
    「でもそれは、萌えが力ずくで征服した結果じゃない。今は萌えが主流だけど、昔は反発だってもっと多かったさ。電気と萌えが融合した今の姿は、皆に認めてもらえたからなんだよ」
    (「っ……?! こ、こんな年端もいかない小娘の言葉が……何故これ程の説得力を……」)
    「メイド男さん、あなたの街を思う気持ちとてもいいことだと思うんだ。でも、力ずくでどうこうしようだなんて絶対にダメだよ!!」
     キュアコスチュームの千代は、目を潤ませながらお願いポーズで説得。更にだめ押しに掛かる。
    「……」
    「力でねじ伏せても、この街の素晴らしさは伝わらねぇ。そう、熱い思いが人の心を動かすのさ」
     スーパーロボット物の主人公の様な、爽やかなキラキラオーラを出しつつ、そう告げるファルケ。
    「アンタ達……」
     ふっ、とメイド男を取り巻いていた闘気が消える。
    「や、やったか?!」
     説得成功の予感に湧く灼滅者達。
    「アンタ達の言いたい事は解ったわ……でもね……アキバをディスりながらイチャイチャする様なバカップルは絶対に許さない! リア充は爆発しろ!」
    「「えぇーっ!?」」
     灼滅者達の説得は完璧だったが、やはり戦いは避けられない様だ。
    「知ってたけどね……転身!」
     旭の身体を眩い光が包む。
    「白い丸い、皆を護る盾となる! トツカナーモビィスタイル!」
     びしっとポーズを決め、高らかに宣言。ちなみに戸塚は、横浜の行政区の中で最も乳牛数が多いそうです。
    「行くよ、千代菊!」
     千代は懐から取り出した眼鏡を、すちゃっと装着。
    「『好き』や『萌え』って、誰かを傷つける理由にはならないし、しちゃいけないと思う。……だから、メイド男さんの『好き』や『萌え』を守るために、彼を止めてみせる」
    「お前の愛の深さは分かった。だが一般人を暴力で排除する様では、お前の愛するアキバの街が泣くぞ!」
     説得の間、身を潜めていた奏音と峻も臨戦態勢で姿を現す。


    「お前に、戦うよりも素晴らしいことを教えてやるよ、まずは俺の歌を聴けぇええええっ」
     唐突に歌い始めるファルケ。
     歌は人の心を打つと言う。灼滅者達とメイド男は、暫し動きを止めて彼の歌に聴き入……
    「やめろぉぉ!」「ひ、ひどい……」「音程がもう……」
     るどころか、耳を塞いで苦悶の表情。
     そう、彼は壊滅的なまでに音痴だったのだ。
    「……卑劣な攻撃をしてくれるわね。お返しよ、萌エロ没ページハリケーン!!」
     ――ゴォォォォッ!!
     最初からクライマックスなメイド男は、漫画の原稿用紙を紙吹雪のように飛ばす。
    「ぷあっ……何ですかこれ……?」
     顔に張り付いた原稿用紙を剥がし、しばし読む迷子。
     そこに描かれていたものは……皆様のご想像にお任せします。
    「な、な……な、なんて攻撃をするんですか!」
     顔を真っ赤にしながら、鬼の手で殴りかかる迷子。小梅はそんな主人を浄霊眼で甲斐甲斐しくサポート。
    「ご主人さま、こんなことはやめて欲しいにゃんっ♪」
    「?!」
     空子はあざとい口調で隙を誘いつつ、白玉ちゃんのしゃぼん玉に合わせメイドビームを放つ。そのポーズも実にあざとい。
    「そ、その程度のあざとい萌えで……このアタシを……」
    「いけ、わっふがる!」
    「わっふ!」
    「って、きゃんっ! こっちじゃないってば……もう」
     アカネのスカートの中に潜り込むわっふがる(メスだから問題ないもん)。捲れそうになるスカートを抑えるアカネ。
    「気を取り直して……わ、わわ……きゃあっ」
     気を取り直してガトリングを連射したアカネは、その反動で尻餅をつく。
    「……」
    「……み、見た……?」
     慌ててスカートを抑え、メイド男に問いかけるアカネ。
    (「くっ……あれだけのあざといシチュエーションでパンツを1ドットも見せないとは、圧倒的鉄壁スカートっ……! いや……まさか……真にパンチラシチュエーションを極めた者は、もはやパンツを必要としないと言う。あんな小娘が、不射之射を体得しているとでも言うのか……」)
     良く解らないが、小刻みに震えるメイド男。
    「何か知らないけど隙有りだよ!」「皆、一気に行くよ!」
     戸塚の力を宿した渾身の蹴りを繰り出す旭。これに呼応し、舞うような華麗な身のこなしで、奏音がメイド男をびしっと指さし魔弾を放つ。
    「ぐはぁっ……くうっ……おのれぇぇっ!」
    「アキバ愛か……愛を履き違えた憐れな奴だ」
     ――ザシュッ!
     メイド男の繰り出すメイドパンチも、もはやその威力は失われている。峻は軽々とかわし、カウンターの黒死斬を見舞う。
    「俺の歌、俺の蕎麦への情熱をこの一撃に込めるっ! くらいやがれ、これが俺の魂の叫びだーーっ」
    「ご主人様、お覚悟です!」
     ファルケのご当地キックに合わせ、空子のメイドキックがメイド男の顔面に命中する。
    「ぐ……はっ……我が萌道……未だ……」
     ドサリと倒れ込むメイド男。


    「片付いたか……メイドに限らず、イベント会場で見掛ける様なXLサイズの女装コスはな……やはりメイド服は可愛い女の子に限る」
    「メイド男さんが起きたら、ゴメンねしなきゃ」
     うんうんと頷きながら正論を呟く峻と、メイド男の横にしゃがみ込む奏音。
    「……ところでアキバって呼び方何とかならないカナ? 戸塚にも秋葉町(アキバ町)って所あるんだケド……」
     と、地元に思いをはせる旭。原宿もあるし紛らわしい事だ。
    「萌えの道は奥深いね。今日はこの後アキバで勉強しようかな」
    「萌えの先人達に敬意を表しながら、散策といこうか」
     前向きな千代に、同意しつつ答えるアカネ。
    「ちょっと待て、俺達の勝利に、そしてヤツへの鎮魂歌を兼ねて俺がエンディングを歌ってやろう」
    「「!?」」
     ファルケの提案に、凍り付く一同。
    「そ、それはまた今度で……」
    「ですね……あ、ほら、メイド男さんも目を覚ましそうです」
     慌てて制止する空子と迷子。
     大きな音を伴うパフォーマンスも、度々問題になっている。ここは色々な意味で、歌わせない方が無難だろう。

     とにもかくにも、メイド男を闇落ちから救った灼滅者達は、平穏を取り戻したアキバの街へと繰り出して行くのだった。

    作者:小茄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年12月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 8
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