ヘッドライトが闇に包まれたアスファルトを照らし駆け抜ける。車のエンジンが獣が低く唸るように叫ぶと、スピードを上げて人気の無い夜道を爆走する。
「どう? これまだ納車したばかりなんだけど、なかなかいいでしょ」
「ええ、スゴイわ。こんな速い車に乗ったの初めて」
夜のドライブ。赤いボディの車に若い男女のカップルが乗っている。
男はステアリングを切りながら、助手席の女に話しかける。
都心から離れた場所。周囲には民家も殆ど無い、畑や木々だけの道をひた走る。
この先にあるのは展望台。そこは星が良く見えるのが有名な場所で、男が女を口説く時に使う定番スポットだった。
「すっごく良い場所だからさ、期待しててよ」
「ふふ、期待してるわ……あっ!」
女の声が驚いたものに変わる。車の前を影が過ぎったかと思うと、衝突音と鈍い車を揺らす振動。
「今の……」
「……動物じゃないかな、犬とか」
女の言葉に、男はそうであって欲しいと願って応える。
車は走り続けている。女に気を取られていた男は影に気付かず全くブレーキを踏んでいなかった。
「大丈夫だよ、この時間こんなところを人がいるはずないから」
「そう、ね。……そうよね」
自分に言い聞かせるような男の言葉に、女性も頷いた。
車は走り続ける。その時、後ろからバシンと叩くような物音が聞こえた。
「今の何の音?」
男はバックミラーに視線をやる。そこには、車の後部にしがみ付く髪の長い女の姿があった。
「うわぁ!」
車が蛇行する。男はそれを振り落とそうと反射的に車を振り回す。
「きゃああああ!」
隣から女の悲鳴。男はその声も気にせずバックミラーを見る。まだ落とせない。男が前に視線を戻す、すると目の前にはガードレールが――。
急ブレーキ、悲鳴のようなタイヤの音。そして衝突。エアバッグが膨らむ。
助手席側、割れた窓から、髪の長い女が中を覗いている。その顔は人と呼べるようなものではなかった。肉はただれ腐り落ち、片目は空洞で虫が集っている。そして激しい腐臭がした。それは動く死体だった。
「ひっ、助け……」
女の声も終わらぬうちに、男は這うように運良く開いたドアから外に出る。
「に、逃げ、ぎあああぁ」
男が這い出たそこには、複数の男の死体が立っていた。男は腐り落ちそうな手に捕らわれ、体中を噛み付かれる。
悲鳴が木霊す。絶望に包まれ、最後には沈黙と死者だけが残った。
「このままだとノーライフキングの眷属による被害が出てしまいます」
五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は集まった灼滅者に説明を始める。
「一台の車が運悪く、狩りのテリトリーに入ってしまうようです」
敵の目的は人間を殺し、その死体をノーライフキングの下に持ち帰ること。
「皆さんにはそれを阻止してもらいたいの」
接触地点ははっきりと分からないが、事故を起こして停車する場所は分かっている。
「そこに先回りしておけば、助けることが出来るはずです」
敵はゾンビ5体。その内の一体だけが女で、恐らくリーダーだろうと思われる。
「敵は痛みも感じない死者、油断はできません。どうか気をつけて」
姫子は説明を終えると、皆に向かい一礼した。
「死者も元はただの人間でした。皆さんの力で眠らせてあげてください」
参加者 | |
---|---|
アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814) |
日辻・迪琉(迷える恋羊・d00819) |
村上・光琉(白金の光・d01678) |
檜・梔子(ガーデニア・d01790) |
殺雨・音音(Love Beat!・d02611) |
竹端・怜示(あいにそまりし・d04631) |
アルバート・レヴァイン(福音・d06906) |
黄泉坂・柩姫(葬戯屋・d10500) |
●夜空の下
「Slayer Card,Awaken!」
マフラーを口元に巻いた、修道服姿のアリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)は箒に乗って空を飛び、地上を見下ろす。上空は風が強く寒い。マフラーから漏れる息は白く染まる。夜の帳はまだ静寂に閉ざされていた。
真下を見れば、ガードレールの近くに灼滅者達が身を隠し、車がやってくるのを待ち構えている。
「本当は事故を防げたら良いんだけど……」
上空のアリスを心配そうに見上げながら、日辻・迪琉(迷える恋羊・d00819)は呟く。
「そうだね、それが一番だけど、無理なら出来る事をしないとね」
隣に居た檜・梔子(ガーデニア・d01790)が答える。迪琉もその言葉に小さくこくりと頷いた。
「はぁ……なんか緊張する」
緊張をほぐそうと村上・光琉(白金の光・d01678)は一つ息を吐く、白い息が流れ出た。
「スプラッタ映画でさえ苦手なのに、本物のゾンビだなんて敷居が高すぎる」
「うぅ~ほんとだよ。グロい敵は、ゲームの中だけで十分なのっ」
光琉の言葉に、殺雨・音音(Love Beat!・d02611)が顔を顰めながら大きく頷き同意する。
「この時期の夜は一段と冷えるね……」
口元をマスクで隠した竹端・怜示(あいにそまりし・d04631)が、冷え冷えとした夜空を見上げる。身体が硬いのは寒さの所為か、それとも初めての実戦の所為か。手が凍えぬように弓を引く動作を繰り返し、身体を温める。慣れた動きにぎこちなさが解けていく。
「星の見える展望台、ね……。観光で来たなら嬉しいのだけど、折角のロマンチックなスポットも、死人が相手じゃ台無しね」
夜の闇に溶け込むように黄泉坂・柩姫(葬戯屋・d10500)は立っていた。その隣には対照的な白いスーツに帽子で顔を隠したビハインドの長夜が寄り添っていた。
「これ以上の犠牲者は必要ないよ、ゾンビたちを眠らせてあげよう」
穏やかな笑みを浮かべたアルバート・レヴァイン(福音・d06906)は、車がやって来るはずの方向に視線をやる。
●動く死体
遠くに夜の道路を疾走する光。それは蛇行するように道を進む。いつ事故を起こしてもおかしくない運転で車が向かってくる。
「来たわね」
車の音が地上で待ち伏せしている灼滅者達にも届く。それぞれは戦闘準備に入る。
アリスは大きく旋回し、自らも突入の用意を整える。
唸るエンジン音。ヘッドライトが地上を照らす。地上からでもはっきりと認識できる距離まで車が近づいて来た。
悲鳴のようなタイヤの音。そのままガードレールへ衝突する。激しい衝撃と破壊音。
迪琉はその大きな音に反応して、びくびくと驚いたように身体を震わす。
止まった車の外に何人もの人が張り付いている。否、それらは人ではなく腐った死体、ゾンビだった。男のゾンビ4体と女のゾンビが1体。
辺りに凄まじい悪臭が漂う。腐った肉の臭い、血の凝固した臭い。死臭が鼻を麻痺させる。
張り付いていたゾンビ達は車内の生者を狙う。その瞬間ゾンビ達を明かりが照らす。その光に反応した僅かな間に、明かりを手にした灼滅者達が駆け寄る。
梔子はライドキャリバーに騎乗して車に近づくと、助手席へと迫る髪の長い女ゾンビへと突進する。
「ガーデニアさんじょ……ってライちゃん轢いちゃった?」
敵に名乗りを上げようとするも、勢いのまま女ゾンビを跳ね飛ばし停車した。ライドキャリバーにはべったりと血の跡が。
「ま、まあいいわ。このガーデニアが退治してあげる!」
怜示とアルバートが車に近づく。怜示は運転席の窓をノックする。
「君達、大丈夫かい?」
「ここは危険です。動けるなら避難してください」
車のドアが開く。中から這うように男性が出てきた。
「ああ、オレは大丈夫だけど……」
奥を見ると、女性は怪我はしていないようだがエアバックが邪魔で上手く抜け出せないようだった。
「すぐに助けます」
アルバートが運転席に入り、女性を引っ張り出す。怜示は男を庇う位置に移動する。その作業をしている間にゾンビ達が襲い掛かってくる。
光が空を流れる。それは空からの強襲。アリスは空を滑空し、滑るように地上に降り立つとゾンビ達に襲撃を掛ける。
「Good evening.あなたたちの相手は私がするわ」
アリスの瞳が一瞬輝いた。ゾンビ達の周囲が急激に冷却され、手足が凍りつく。それは不可視の攻撃。凍ったゾンビの末端がぼろりと崩れる。
「そのまま氷像になりなさい」
迪琉も車とゾンビの間に飛び込む。自らの身長よりも大きな、鉄塊とも呼べる大剣は炎を纏い、唸りをあげてゾンビに襲い掛かる。ゾンビは腐った肉を焼かれ、吹き飛ばされる。
「みちたちが来たからには、好きにさせないんだからね!」
剣をどかんと突き立て、迪琉はここは決して通さないという決意を見せた。
仲間がゾンビを防いでいる間に、アルバートは女性の救出を終えた。
「どうやら怪我は無いみたいですね」
「わたしとアルバートくんに従ってくだされば安全です。落ち着いて、着いてきてください」
怜示とアルバートは二人を連れて、戦場から離れた場所へ移動を始める。
他の滅者達は退避ルートを確保しようと、攻撃を繰り返し、敵の注意を引く。
その間に、二人は一般人を保護しながら道路を下りていった。
●血肉腐臭
柩姫はヴァンパイアの魔力を帯びた霧を発生させる。その霧は味方を包み、魔力を受けた仲間は活力を与えられ、力を増していく。
「人の恋路を邪魔する不届き者にはその命で償って……って、元々死んでいるのよね」
鋼の糸をゾンビに巻き付け、動きを鈍らせる。そこにビハインドが顔を晒す。その顔は恐ろしい形相であり、見た対象に心の傷を埋め込む。ゾンビは己にしか見えない敵から精神攻撃を受ける。
「実物はほんとに気持ち悪いね……すごく臭いし、今日はもう何も食べる気がしないよ……」
いやいや脅えてる暇はないと光琉は首を振り、やるべき事の為に弱気になる心に活を入れる。聖なる光を放つ、浄化の光は邪悪なゾンビの身を焼く。
「た、戦うけどぉ~……近寄りたくないぃ。こっち来ないでぇ」
音音は近づくなとばかりに漆黒の弾丸を撃つ。黒い弾丸はゾンビの身体を侵食し、容赦なくその身体を破壊していく。だがゾンビ達は肉片を飛び散らせながらも、歩みが止まる気配はない。
女ゾンビは髪を伸ばし、梔子、アリス、迪琉に襲い掛かる。無数に伸びたそれは、まるで投げ網の如く絡み付き、肉に食い込み動きを束縛する。
それを機に、向かってくる男ゾンビ達。大きく口を開け、その薄汚れた歯を突き立てようと迫る。
梔子は手甲でその攻撃を受ける。雷の闘気を宿して、拳を打ち出す。闘気は敵の汚染を防ぎ、顔に食い込んだ拳は歯をへし折った。ゾンビは鼻と口から血を流しながら仰け反る。
アリスは向かって来た敵に魔法の矢を叩き込む。至近距離で受けたゾンビは腹に大きな穴を開ける。ゾンビは腸を垂らしながらも向かってくるのを止めない。アリスの手に光の粒子が集まる。それは淡い白光する光の剣となり、敵を斬り伏せる。ごろり。ゾンビの首が落ちて転がる。だが、ゾンビは頭を失いながらも腕を振り回し攻撃してくる。
柩姫がそのゾンビの腕を鋼の糸で切り裂く。糸には緋色のオーラが宿り切れ味を増していた。腕を脚を、胴体を切り裂く、ビハインドも合わせて衝撃波を飛ばし、ゾンビは刻まれ潰され、沈黙した。
ゾンビは大きく腕を振り回し、爪で迪琉に切りつける。絡みついた髪が動きを封じ、避けるのを妨害した。顔を狙ったその攻撃を腕で防ぐ。腕には歪な赤い傷跡が走る。
「人の大切なものを奪うだけじゃなく、眷属にして操ろうなんて。みち、そういうの嫌い」
迪琉はそのゾンビに横薙ぎに剣を振り抜く。暴風となったその鉄塊はゾンビの胴を真っ二つにして吹き飛ばした。だが上半身となったゾンビはまだ動く。這いずり足に噛み付く。迪琉はしぶといゾンビの頭に一撃を叩き込み、ぐちゃりと肉塊へと変えて燃やし尽くす。
残りは女ゾンビと男のゾンビ二体。それは一斉に襲い掛かってきた。
戦いの場が見えなくなる場所まで、周囲を警戒しながら怜示とアルバートは男女を連れて来ていた。
「ここまで来れば大丈夫です。ここで待っていて下さい」
「あ、あんた達、どこに行くんだ。オレたちは?」
怜示の言葉に男が不安そうに尋ねる。
「わたし達は戻ってあれを退治してきます。その間、彼女を守ってあげてくださいね」
「ここは安全です。終わったら迎えに来ますから。じっとしていて下さい」
怜示とアルバートは声を掛け、安心するように言うと、踵を返す。
「急いで戻ろう」
「ええ」
二人は頷きあうと全力で駆ける、戦いの場へ。
●死者は土へ
襲い来るゾンビに、アリスと梔子が迎撃する。
女ゾンビの髪の毛が更に動きを封じようと幾重にも巻き付く。
「斬ってもダメなら、凍らせてあげる」
アリスは迫るゾンビを凍結させて動きを止めようとする。動かなくなった手足を無視するように、蓑虫のように這って進むゾンビ。
這うゾンビに、横から光琉が錫杖で殴りつける。しゃらん。接触した瞬間ゾンビの体内に魔力を流し込み、爆発力に変換する。結果ゾンビは爆散した。
「ひっ」
光琉は思わず声を上げそうになる。肉なのか、何処の臓器なのかも分からぬ破片が周囲に散らばり、異臭が立ち込める。
梔子は近づくゾンビを投げ飛ばして間合いを開ける。ゾンビはぐちゃりと潰れながらも立ち上がる。そこに音音は裁きの光を放つ。光条はゾンビを照らし、ぼろぼろと身体は崩れ落ち、形を保てずに肉塊となった。
髪を伸ばし攻撃しようとしていた女ゾンビの片目に矢が突き刺さる。
「待たせたかな?」
戻ってきた怜示の手には片手持ちのクロスボウ。そこから放たれた矢が正確に女ゾンビの目を穿ったのだ。
「二人はちゃんと安全な場所に非難させたよ」
アルバートは仲間の傷を見て、ギターを手にする。
「大丈夫、すぐに治すよ」
美しい響きを奏でる。それは静謐とした癒しの空間を作り出し、身体を蝕む毒を浄化する。仲間に絡み付いていた女ゾンビの髪も、枯れ果て消えていく。
女ゾンビは矢を引き抜く。目玉と一緒にぬらりと体液が溢れ出す。目の奥からは蛆虫のようなものが大量に溢れ出していた。
「うへぇ……」
それを見てしまった音音は思わず顔を背ける。
「後はあなただけだよ! これ以上、思うようにはさせないんだからね!」
迪琉は巨大な剣先を女ゾンビへと向けた。
「お待たせ。あなたも私たちがちゃんと葬ってあげる」
アリスが一歩踏み出しながらそう告げる。
「見せ場はここから!! 暗闇でも輝いて魅了しちゃうよ!」
梔子は輝き光に包まれ、プリンセスモードへと変身する。光から現われたのは変身ヒロイン・ガーデニアである。
「もう楽にしてあげるからね」
しゃんしゃんと光琉の錫杖が音を発す。雷が宿り放射される。うねる様に宙を駆け、女ゾンビを貫いた。
迪琉はだた一直線に駆ける。引き摺った剣を地を抉るように振り上げる。防ごうとした髪の毛ごと左腕を吹き飛ばす。
「ホントなら、怖い敵なんかと戦わずに平和に暮らしてたいんだけどな。あなたもそうだったんでしょう?」
音音の漆黒の弾丸が脚を抉り、大きな穴を穿つ。
「死してなお寒空の下を彷徨う君達に、平穏を贈ろう」
怜示の周りに風が渦巻く。それは風の刃となり、もう一方の脚を斬り裂く。
女ゾンビがバランスを失い、倒れそうなところをライドキャリバーが駆け抜け、撥ね飛ばす。
「ライちゃん!! ナイスパス、必殺ガーデニアバスター!!」
飛ばされた女ゾンビを梔子が空中でキャッチし、地面へ叩きつけた。
「その悪夢を断ち切ってあげるから……死者は死者らしく、土の中で眠りなさい」
柩姫がライトの前に現われる。手から伸びる細い鋼糸が明かりに照らされ光る。高速で銀閃が女ゾンビに襲い掛かる。その閃光は右腕と胴体を切り放す。
「Dust to dust,Ash to ash」
アリスが魔法の矢を次々と撃ち込む。女ゾンビは全身に穴を開け、既に動くことも出来なくなっていた。
「もう苦しまなくていいんだ」
優しい、優しい光に包まれる。アルバートは悲しそうに女ゾンビの元に膝をつく。女ゾンビは最後に少しだけ、口を歪めたような気がした。それは苦痛か、それとも……。光は消え、女ゾンビも消滅していた。
「みち、お祈りするよ」
迪琉はゾンビ達が解放され、静かに眠れるように祈る。
「どうか安らかに……」
アルバートも祈りを捧げる。ゾンビ達の安らかな眠りを願って。
その横で怜示も死者の魂の平穏を願い、目を瞑る。
「この人達にも家族がいたんだよな。普通の生活をして……この人達の運命を捻じ曲げたノーライフキングは許せないよ」
光琉は持ってきていた線香に火を灯す。
「もう化けて出ませんよ~に」
ネオンの宿敵がゾンビって、やっぱ罰ゲームじゃないかなぁ。音音はそんなぼやきを吐きながら、空を見上げる。星空はいつもと変わらず。綺麗に輝いていた。
木枯らしが吹く。一瞬、死臭が吹き飛ばされ。線香の香りが辺りを満たす。煙が立ち昇る。死者の魂も天に昇ったのだろうか。
きらりと、星が瞬いた。
作者:天木一 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2012年11月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 11/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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