今日は自分にご褒美の日

    作者:雪神あゆた

     今日はダイエット解禁の日!
     嬉しい。めちゃくちゃうれしい。
     想えば、今日まで長かった。ともだちが甘味処にぜんざいを食べにいくっていっても、「ごめんねー、今日はいけないの」と両手を合わせて謝って。
     父親がダイエットのことを知らずにドーナツを大量に買ってきても「私はいいからみんなでたべて」なんて顔で笑って心で泣いて。
     そんな辛い日々のおかげで目標体重まで減ったのだ! ダイエット成功! 万歳っ!
     気を抜いたら元の体重に戻っちゃうけど、今日は自分にご褒美の日!
     私は町の中を走る。どこに何を買いに行こう? ああ、ケーキも良いな、和菓子も良いな。
     私は走る。一刻も早くお店に行かないと、買いたいものが売り切れていたらどうするのか。
     走る。でも、足りない、もっと早く、もっと早く……。
     ハヤクハヤクハヤクハヤク……!
     胸の奥で衝動がこみ上げる。
     もっと早く走らないといけないのだ。
     いつの間にか、四つん這いの姿勢になっていた。
     体も毛やら角やらが生えて、おまけに炎が噴き出していた。
     何のために走っているのかも忘れてしまった。
     けど、それがどうした。私は走るのだ、この体の力を使うのだああっ!
     
    「……という感じで」
     と五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、灼滅者たちに説明をする。
    「という感じで、一人の少女が闇落ちし、イフリートの力に目覚めてしまいました。
     通常なら闇堕ちすれば、即座に人の心を失い体も心もダークネスになります。
     が、今の彼女はイフリートの力を持ちながらも、まだ人の心を残しています。
     まずは現場に赴き、彼女と戦闘しKOしてください。
     彼女が灼滅者の素質を持っていないなら、灼滅され消滅します。でも、素質を持っていれば、灼滅者となって生き残るでしょう。
     ……灼滅者としての素質があるなら、どうか彼女を救ってあげて下さい」
     闇堕ちした一般人の名前は、ミドリ。
     ダイエットに成功し、お店へと走っている最中、闇堕ちしイフリートになってしまった。
     今はイフリートの衝動に流されつつ、何故走っているのかも忘れてしまった状態で、町内を走りまわっている。
    「ミドリさんはしばらく町内を走りまわったあと、学校に入ります。
     学校は休日で、人はいません。
     皆さんは、学校の家庭科室で待ち伏せて下さい。皆さんが到着して、1時間30分後、つまり90分後にミドリさんは家庭科室に入ってきますから。
     戦闘では、ミドリはイフリートの力を駆使してくる。技の威力は強大。苦戦は必至。
    「ですが、ミドリさんの人の心を刺激する事で、彼女の戦闘力を弱める事が出来ます。
     ミドリさんは、知性が低下しています。言葉での説得は難しいでしょう。
     けれど、ミドリさんは食べる事が大好き。しかも闇堕ち直前までダイエットをしていました。
     だから、食べ物をうまく渡すことで、人の心をとりもどさせ、ミドリさんの戦闘力を低下させることができると思われます。
     料理の材料はこちらで用意しますので、好きな物を持っていってください。ただし、常識的な範囲で、ですが。
     そして、ミドリさんを待つ間に、家庭科室で料理を作って欲しいのです」
     家庭科室は一般的な調理器具は揃っているし、ガス電気水道、問題なく使うことが出来る。
     何を作るか、作った物をどうミドリに渡すかは、灼滅者次第だ。
     なお、家庭科室に入るまでの間、ミドリが一般人と遭遇する事はない。また、一般人が学校や家庭科室に入ってくることもない。
    「ミドリさんを放置すれば、完全に人の心を失うでしょう。
     ダイエットは大変。大変なことに成功したのに、人の心を失くしては何にもなりません。
     どうか彼女を救って下さい。お願いします!」


    参加者
    草壁・那由他(小学生魔法使い・d00673)
    七瀬・遊(ポジティブファイア・d00822)
    新城・七葉(蒼弦の射手・d01835)
    緋神・討真(黒翼咆哮・d03253)
    御手洗・流空(小学生ファイアブラッド・d06024)
    閃光院・クリスティーナ(閃光淑女メイデンフラッシュ・d07122)
    新妻・譲(高校生主婦・d07817)
    瑠魔・誠司(トラップマスター・d08392)

    ■リプレイ

    ●料理開始
     調理台がならぶ家庭科室で。
     黒猫柄のエプロンをつけた少年、御手洗・流空(小学生ファイアブラッド・d06024)が、電子レンジから、水切りした豆腐を取り出していた。
     流空はその豆腐を裏ごし器に乗せ、手早く裏ごしする。
     隣で、緋神・討真(黒翼咆哮・d03253)が高野豆腐をフードプロセッサーで砕く。次に加熱したカボチャをへらで潰す。
    「ダイエットする気持ちはあまり理解できていないけど、自分を律して頑張っている人は応援したくなるよね」
    「ええ。俺も体重や外見は飾りとしか思えてなりませんが……それでも、彼女が悩み苦しみ、努力した結果は、無駄にしたくないと思います」
     流空の言に、頷く討真。
     二人が作ろうとしているのは、低カロリーの菓子だ。ダイエットしていた少女のことを考えてのことだろう。二人は、丁寧に作業していく。
     七瀬・遊(ポジティブファイア・d00822)はケーキの生地を作っていた。
    「食べるのが好きってことだし、頑張ったご褒美の日をばっちり演出してやるか! 腕が鳴るぜ!」
     ケーキの生地は、豆乳とバナナなどを、それぞれ組み合わせたもの。
     遊も、砂糖を控え低カロリーで、かつ甘さを楽しめるよう工夫しているのだ。軽快に調理する遊、その動きから、彼が本当に料理好きだと伝わってくる。
     一方、新城・七葉(蒼弦の射手・d01835)の顔は冷静。
    「やったことないけど、ダイエットって大変なんだね」
     とポツリ。
     呟く間も手は止めない。鍋の中を一定のペースでかき混ぜる。
     鍋の中には、砂糖、水、片栗粉を混ぜたもの。とろとろになりつつあるそれらを、七葉は根気よく根気よく混ぜ続ける。
     ジュウゥゥ。新妻・譲(高校生主婦・d07817)の前で天ぷら鍋が音を立てた。
     譲は今、揚げドーナツを作っている。
    「よし、いまのうちに林檎のカラメリゼをやっとくか。今が旬だしな、主夫の腕の見せ所だぜ!」
     言いつつ、フライパンを火にくべる。
     複数の作業を同時進行させる手際は、まさに主夫。彼の口元には快活な笑み。
     草壁・那由他(小学生魔法使い・d00673)は料理初心者だが、作業を一つ一つ丁寧に確実にこなすことを心がけていた。
     今は鶏肉に粉を付けている。付け方にムラが出ないように、気を配りながら。
    「こ、これであってますか?」
     無表情で尋ねる。けれど、声には若干の緊張があった。絶対に失敗できない、と考えているのか。
     瑠魔・誠司(トラップマスター・d08392)は柔らかい表情で頷く。
    「OK、那由他さん、いい感じですよ。では揚げましょうか。油の中に、菜箸でこう……。あ、揚げ過ぎには注意してくださいね?」
     誠司は手本に一つ揚げてから、那由他にやらせる。
     教えながら、誠司はもう一つの料理に取り掛かった。ボウルの中のジャガイモを潰し、マヨネーズを混ぜ……。
     灼滅者たちの調理は、それぞれ順調に進んでいるようだ。
     閃光院・クリスティーナ(閃光淑女メイデンフラッシュ・d07122)は、皆を見、感心したように頷いた。
    「どれもおいしそうですわね。戦闘が終われば、是非、レシピを教えあいたいですわ」
     クリスティーナはメイド服のビハインド・グロウから麺棒を受け取る。そして白玉粉や米粉の生地、レンジで温め半透明になったそれを、押し広げていく。
     調理はやがて終る。灼滅者は料理を盛り付け、テーブルに並べた。そして物陰に身を隠す。
     数分後。
     グオオオッ、オオーンッ。
     廊下から叫び声。床を震わす巨大な足音。

    ●さあ、召し上がれ
     開かれた扉から、音の主が現れた。
     それは四本足で歩く獣。燃える体毛を生やし、頭から角を伸ばしている。
     イフリートにして、少女ミドリが変じた姿。
    「グルルル……?」
     ミドリの歩みが止まる。テーブルの上の料理に気付いたのだ。
     獣は皿の一つに顔を近づけていく。その皿には、流空のカップケーキとワッフル。
     ワッフルやカップケーキは、チョコが塗られ、アラザンで飾られ、あるいはフルーツやクリームが盛られ……豊かな彩り。
     その見た目に引きつけられたか、ミドリはケーキを睨み、牙の生えた口で齧りつく。
     ケーキとワッフルを数秒で食べ終え、今度は討真の料理四種に顔を近づけた。躊躇わずに口を再び開く。
     カルボナーラは豆乳ソースが濃厚な味わい。グラタンは南瓜がホクホク。豆腐ハンバーグは舌触りが滑らか。南瓜ケーキは自然な甘さ。
     ガツガツ、食べ続けるミドリ。
     流空と討真は隠れるのをやめ、新しい皿を彼女へ差し出す。
    「急いで食べるともったいないよ。我慢して、やっと辿りついたご褒美だからさ、ゆっくり味わって食べなよ」
    (「料理の最高のスパイスは愛情。どうか受け取ってください。料理と、愛を」)
     流空は優しく語る。討真は言葉を声に出さず、金の瞳で少女をじっと見つめた。
     ミドリは、言葉と視線にこたえるように、次々に皿の上の料理を平らげる。
     他の者たちも姿を現し、ミドリにおかわりを提供する。
    「さあ、こちらももっと召し上がりませんこと? 京都の名菓、八つ橋ですわ」
    「おいしいものを食べるのは素敵なことだから、一杯食べてね」
     と、クリスティーナと七葉。
     クリスティーナは、地元のものを勧めるからか、自信たっぷりに笑む。七葉は淡々と、けれど真直ぐミドリを見て話す。
     クリスティーナの八つ橋は皮のうまみと食感、こしあんの上品さが後を引く。七葉のわらび餅はとろけそうな食感。いちご大福はあんこの甘さと苺の酸っぱさが新しい味わいを作りだす。
    「ガオオーンッ」
     ミドリは満足げに吠えた。
    「ダイエットは大変だったんですね。やっとダイエットが終わったんですよ。だからこそ、食べても良いんですよ?」
    「ダイエットのやり過ぎは良くないと思います。……人の姿のあなたは、そのままでも素敵だと思いますから、安心しておかわりしてください」
     誠司は、兄が小さな妹に言い聞かせるような、穏やかで理知的な口ぶりで語りかけた。
     那由他の声は相変わらず感情がない。でも、少女を気遣っていることは分かる。
     譲は額に汗をかいていた。足がかすかに震えている。緊張しているのか?
     譲は震えを止める。作るのは爽やかな笑顔と、自信に満ちた声。
    「草壁の言う通りだ。遠慮せずに食え。難しい事なんて、気にせずよ。……外見でしかお前を見ねーヤツは、そこまでの奴なんだからさ」
     三人は料理をミドリの前へ。誠司と那由他の合作の唐揚げは、食欲そそる狐色。噛めば肉汁が口を満たす。付け合わせのポテトサラダとの相性も抜群。
     譲の揚げドーナツは表面はサクッリ。中はふんわり。カラメリゼされた林檎は、熱したことで、酸味と甘味が増している。
    「好きな物を我慢して、心や体に負担をかける方が良くないってオレも思うな。ガリガリの女の子より、いっぱい食って笑顔の子の方が好きだぜ?」
     遊はそういうと、片目を瞑って見せた。
     彼が作ったのは、炊飯器で作った三種のケーキ。炊飯器で作ったからか、生地はふわふわ。
     生地に使われている材料、豆乳とバナナ、黒ゴマとココア、蜂蜜と人参、それぞれがほんのりと甘く、優しい。
     ミドリは八人が用意した料理を食べる。犬のような食べ方で懸命に。必死に。

    ●食後の運動!
    「オイシイ……ゼンブ……美味しいよう」
     ミドリは獣の姿のまま、人の声を出した。目に浮かぶのは、涙。
    「グオオオオオオオオッ」
     ミドリは咆哮する。獣の衝動は消えないらしい。戦闘する構えを取った。
     ミドリは体から炎を吹きだした。バニシングフレアが前列の灼滅者を焼く!
     だが、料理が彼女の人の心を刺激したのだ。ミドリの力と炎は、教室に入って来たよりも弱くなっている。
     譲は炎に耐え抜いた。床を蹴り、獣の側面に回り込む。
    「オレは、新妻譲は譲らねぇ。ぜったい助けてみせるっ。
     ――おおおおっ!!」
     獣に向かって、或いは己に向かって叫びながら、刀を振る。敵の足に深い傷を作った。
    「そうですね。救いましょう。身も心も。俺も神父として全力を尽くします」
     譲に同意したのは、討真。
     討真は歌いだす。胸に手を当て、朗々とした声を部屋全体に響かせた。ディーヴァズメロディで敵を惑わす。
     歌声に惑い、足の傷に動きを鈍らすミドリ。
     その体を、クリスティーナが掴み、持ち上げた。
    「わたくしのご当地より生まれた物は、世を照らしますの。
     ――シャインダイナミック!!」
     クリスティーナはご当地パワーで体からまばゆい光を放ちつつ、ミドリの背を床に叩きつける!
     グロウは倒れたミドリへ霊撃を浴びせ、クリスティーナに加勢。
     灼滅者の攻撃は次々に命中する。
    「ぐおおおおおっ!」
     傷ついたミドリはそれでも体勢を立て直す。炎を纏わせた爪を、遊へ振るった。
     ライドキャリバーの八兵衛が庇おうとしたが間に合わない。爪が遊を切り裂き、全身を炎で覆う。苦悶する遊。
    「させないよ。ミドリさんを助けるためにも、護ってみせる!」
     力強く発言したのは流空。
     流空は指先から、小さな光を打ち出した。光は遊の体に当たる。
     光に込められた流空の霊力が炎をかき消し、傷を癒していく。
    「さんきゅーな、助かった! ――ハチ、行けるか?」
     遊は仲間に礼をし、ミドリに向き直る。再び攻撃しようと爪を振り上げた、ミドリの顔面を、拳で殴る。一撃、二撃、三撃……閃光百烈拳。
     さらに、側面から、八兵衛が突撃。
     連打と体当たりにミドリの四本の足が揺れた。
     誠司は杖を振り、雷を召喚。
    「目的を忘れたら、今までしてきたことが、意味を失くしますよ! イフリートに負けないでください。僕らがあなたを救いますから!」
     ミドリはとっさに避けるが、雷は彼女を追跡するように軌道を変える。誠司の雷はミドリの体に命中。
     ミドリが苦痛に悲鳴をあげながらも、自棄になった様子で灼滅者たちに突撃してくる。
     那由他は隣の七葉に目をやった。
    「七葉ちゃん、お願いできますか?」
     七葉は頷き、バスターライフルの銃口を動かす。照準をミドリに合わせ、引き金に指を宛がった。
    「ごめんなさい。撃ち抜くね」
     一条の光線がミドリへと飛ぶ。
     那由他は七葉にタイミングをあわせ、ロッドを振る。魔力を凝縮させて矢を射出する。
     光線と矢が、ミドリの胴に刺さった。
     ミドリの動きが止まる。灼滅者の攻撃が、彼女を戦闘不能に追いやったのだ。
     ミドリの体が小さくなり、人の姿へと戻る。ミドリは目を閉じ、意識を失う。やがて、
    「……もう食べれないよう……むにゃむにゃ」
     口からそんな言葉を漏らした。

    ●食べ終わった後は?
     ミドリはやがて目を覚ます。
     譲は彼女に手を貸し、助け起こす。
    「どっか痛むところはねぇか? ……ん、大丈夫か? よかった!」
     怪我がないと確認し、目を細める譲。
    「い、いえ。こっちこそごめんなさい。……あの、怪我は……」
     不安そうにいうミドリに、大丈夫と譲や皆は首を振る。
     那由他は不意に自分の腹部を見おろした。
    「おなかが空きました……料理の残りを、一緒に食べましょう? いっぱい汗をかいた後だから大丈夫ですよ」
     那由他がそういうと、遊が同意し、
    「オレも動いたから腹減った……折角だし、皆で食おうぜ!」
     と威勢よく声を出す。
     ミドリはしばらく皆の顔と、料理を見比べていたが、やがてちょこんと頷いた。
     皆で机の一つを囲み、灼滅者たちが作った料理に舌づつみをうつ。
    「ミドリさん。よかったら、俺達の学園に来ない? 俺達の学園はね……」
     フォークを動かしながら、流空は自分達の学園や世界の状況について説明する。
    「もし学園に来るなら、わたくしのトレーニングや部活動につきあいませんこと? わたくしのスタイルを見れば、効果があると信じていただけませんかしら?」
    「僕らの通う学園ならダイエットも簡単だと思うよ? 運動する設備もあるし」
     クリスティーナと誠司も学園への転校のメリットを説いた。
     ミドリは少し考えた後、遠慮がちな口調で言う。
    「私、自分の力や皆さんのことをもっと知りたい……だから、見学しにいっていいですか? ……トレーニングにも興味がありますし」
     最後の辺りは、恥ずかしそうに付け足した。
     今後のことを話し合ったり歓談しながら、料理を食べていく九人。料理はあっとういう間に減っていく。腹の膨れた皆は、それぞれ、ご馳走様を言いあった。
    「残った料理は、容器に入れておきます。欲しい方、お持ち帰りしていただいてかまいませんよ」
    「家庭科室をちゃんと片付けておかないと。片付けまでがお料理だよね」
     討真は菜箸を片手に、料理を容器に詰めていく。七葉はてきぱきと皿を一か所に集めていく。
     ミドリも立ち上がり、片付けに参加しようとしていた
    「あ、私も片付けます。……皆さん、今日はありがとうございました。
     本当にご馳走様でした! とっても美味しかったです!」
     礼を言う彼女の顔は、きっと心からの笑顔。

    作者:雪神あゆた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年11月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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