ゆうぐれかえりみち

    作者:高遠しゅん

     今日最後のチャイムが鳴りひびく。
     玄関で上靴からいつもの靴に履き替えたなら、楽しい放課後の始まりだ!

    「ねえ、駅前の新しいカフェに行ってみない?」
    「カフェもいいけど、この前のケーキ屋さんに新作ケーキだって!」
    「部活終わって超腹減った! 何か食って帰ろうぜ」
    「ちょっと待ってて、俺、大根と牛乳買ってから帰れって言われてるんだ」
    「……今日、一緒に帰っても……いい?」
    「あ……うん。河川敷、通っていこうか」

     今日は『なにもない日』。
     敵も、戦闘も、エクスブレインからの呼び出しもなかった。
     まっすぐ帰って、ゲームの続きをしようか。
     それとも、誰かを誘ってカラオケに行ってみようか。
     晩ご飯のおかずを考えながら、商店街の特売品を探してみようか。
     あれもしたい、これもしたいけれど、本格的な冬になる前に公園でのんびりもしてみたい。
     そう。灼滅者の『なにもない日』は『なんでもできる日』!

     さあ、今日は誰と何をして帰ろうか?


    ■リプレイ

    「ゆっずるちゃん、帰りまっしょ!」
     校門向かう見知った猫背。絲絵は勢い背後からつかみかかる。
    「その、心臓に悪いからさ……」
     返す柚弦は深く溜息をつくも、そういうのも嫌いではないと気づき、微笑んだ。
     朔弥が手を引くのは小さなしっかり者のお隣さん。送っているつもりでいたけれど、本当は逆なのではないかと時々思う。
    「一番星! さっくん、明日も晴れますかね?」
     無邪気に空を指差し笑う縁樹の手は、いつもとてもあたたかい。
     ふらりコンビニへ入った英太と航平、誘うはカウンターの中華まん。
    「餃子まんっての新発売されてるんだよな」
     航平の言葉に、ピザまんを選ぼうとしていた英太はケースを睨む。部活帰りの空きっ腹、どちらも魅力で選べない。ならば両方買ってはんぶんこと、笑う英太の妙案に一も二もなく賛成した。
     コンビニ前を通りかかる蒼刃と薙乃。中華まんののぼりを見、ふと思い出したように蒼刃が呟く。
    「そういえば、中華まん好きだったよな」
    「そ、それほどでもないんだけどね。今食べたら、夕飯食べられなくなるでしょ!」
     とっさに出てしまう憎まれ口。困ったような兄の表情に、またやってしまったと少し落ち込む。兄が自分の作る夕飯を残したことがないことくらい、ちゃんと分かっているから。
     校門を出てすぐ、近所の駄菓子屋へミカエラと翠は駆けていく。古びた店内の奥では、もんじゃ焼きが食べられるのだ。生地の焦げる匂いが食欲をそそる。
    「はい、ふーふーの。あーんですよ」
     翠が小さなヘラにくっついた熱々のもんじゃを差し出せば、ミカエラがぱくりとひとくち。初めての味に気分も暖かくなる。
     手を繋いでゆっくり歩く、イディオムが話すのは、最近作った料理のこと。鮮やかに赤い衣のコロッケの内容に、識は内心青ざめる。
    「……おにいちゃん、食べてね」
    「……も、もちろん食べるさ、オレはお前の兄さんだからな!」
     一味唐辛子が限界まで練り込まれた衣を想像する、兄の愛は深くて複雑だ。
     
     通りすがりのコンビニに入る【獅子】の四人。
    「おでん食いてぇな、おでん」
     はんぺん卵に竹輪麩と、ひょいひょい選ぶ燵志のカップをのぞき込む視線。
    「俺、がんも好きだな。でも今日はピザまんの気分」
     聡一朗はケースの饅頭の数を数え始める。クラブへの土産に足りるだろうか。
    「大人買い! 先輩かっけー!」
     尊敬のまなざしできらっきら輝く目をした悟は、揚げたてコロッケに釘付けだ。
     おでんに集中する燵志の後ろ、こっそり籠にポテチを放り込むのは朔之助。
    「おでんはやっぱ大根だろ?」
     ごまかしてもバレバレで、お会計は別でお願いされた。
     寮の食材確保のため、暁と倖はスーパーへ急ぐ。
     今日の夕食はシチューに決まり。白菜きのこ、ほうれん草、特売の卵は争奪戦。倖がしっかり手に入れ、持参のエコバッグでお持ち帰り。
    「アンタ女子力高いわね……」
     暁は微苦笑。この調子では、今夜も話が尽きることはないだろう。

     【井の頭小5蓮組】は、クラスメイトでファストフード店にいた。勉強会に来たはずだけど、全員が初めての店に気もそぞろ。
     月夜の持っていたスイーツ引換券で、ユナとディートリヒがパンケーキを注文。飲物は温かいココアと紅茶、ミルクとレモンはお好みで。
     教科書を開く隣で、アレクセイは初めて食べるハンバーガーとにらめっこ。思いきってかぶりつくと、おいしい! と目が輝いた。勉強なんて手につかない!
     【吉祥寺高1-8】メンバーはカラオケへ。
     発案者は樹。この人数だ、大騒ぎに騒いでも大丈夫そうなのはカラオケくらい。
    「次マイクこっち!」
     鉄子がテーブルに片脚乗せ、絶唱するのは熱いアニメソング。制服のスカートが捲れそうになるのを、「アウトォォ!」と叫び止めに入るのはシジマの役目。
     飲物の注文が追いつかないのは、インターホン口で奇妙な言い回しをする泰孝のせいだった。そっと押しやって代わりに注文するのは、何故か女装の拓馬。こっそり激辛ロシアンたこ焼きまで注文している、誰に当たるか楽しみだ。
    「歌え!? お前何しに来たー!?」
     隙あらば飲物の注文にインターホンを取ろうとする組に、片っ端から突っ込みを入れていく空人。勢い押されバラードを選曲する絶奈は、戸惑いながらもどこか楽しげだ。
    「歌わないのかい?」
     麗羽から曲目のナビを渡されて、悠一は少し視線をそらした。
    「カラオケ入るの、初めてなんだよなぁ」
     今度は家族と来てみようかなとの小さな呟きは、楽しげに歌うクラスメイトの歓声に溶けた。
    「放課後と言えばカラオケだよね!」
     さくらはコブシを回して熱く演歌を絶唱し、きらめは気だるくマラカスをしゃこしゃこ振る。カラオケは初めてだけど、歌を聴いているだけで次第に心が弾んできた。
    「デュエットなら……」
     マイクを渡され二人で熱唱。元気いっぱいのさくらに引っぱられるように、きらめもいつしか笑顔になっていた。

     男二人でケーキ屋ってのも何だけど。
    「一人で来るよりいいでしょ」
    「一人でだって僕は行くが」
     何がおかしいと、店自慢の新作ケーキを口に運ぶ律嘩を、上機嫌で眺める鎮。甘いものは苦手だが、親友が美味しそうに食べるところを見ているのは楽しいものだ。
     そういえば、と結城は思う。放課後に女性と出かけるなど初めてのことだと。
     向かい側では、夕が幸せそうにストロベリーパフェをつついている。幸せなのは、他にも理由があるのだけれど。結城は鞄に忍ばせた贈り物の包みを、そっと取り出した。
     珈琲香るテーブルにテキストが所狭しと並べられ、由衣はペンを握って唸っていた。
    「ここの応用……ちがう、だからこう」
     紫亜が分かりやすく適切に教えてくれているのだが、一向にページが進まない。
    「う~~~」
     一問解けたご褒美のクッキーをもぐもぐしながら、由衣は課題クリアご褒美のケーキを目指し、ペンを握りしめた。

     【糸屋】の面々は、十織行きつけの雑貨屋にいた。
    「婆ちゃん、いるかー!?」
     老婆と三匹の猫が出迎える、時が止まったような店内。十織の後ろから『こんにちは』と挨拶の声が上がる。
    「十織くんの保護者一同でーす」
     莉子がおどけて言うと、猫たちが人なつこい顔をしてすり寄ってきた。ふかふかの毛皮が心地よい。蓮二も撫でようとしたが、気まぐれな猫たちはするりと逃げだし、興味がないとばかりにつんと澄まし顔。
     聖が店主の老婆と楽しげに話しているのを見ながら、十織は少し複雑だ。いつもは茶菓子も出ないのに。
     土産に何か買ってやるから好きなの選べと言うと、歓声が上がった。

     鉄板にじゅうっとソースの焦げる良い匂い。武闘集団【吉祥】は有志でお好み焼き屋に繰り出していた。
    「随分手慣れているな」
     ネギ焼きを円形に形作りながら、梗香は隣の慧樹のヘラさばきを眺めていた。
    「(両面焼けてたら、まず失敗しねーから安心かな)」
     慧樹が途中まで焼いたきれいな円形のお好み焼き、きつね色になったところで奏に渡そうとする、が。
    「奏せんぱいにひっくり返させちゃだめー!」
     紅生姜を器ごと抱えて待機している奏に暗黒物質化の気配を感じ、慌てて羽衣がヘラを奪い取る。
    「……新しい味になるはずだったのだが」
     呟く奏をよそに、いちにのさんでひっくり返すと、小エビが飛んで樹燕の目前にころころと。両手にヘラを持ち集中していた、樹燕の意識が一瞬逸れる。
    「あ、割れちゃった……」
    「焼いちゃえば大丈夫。あとで一口わけてね」
     トマトの入ったほんのり赤いお好み焼きは、ひかるの自信作。ソースを塗れば完成だ。あつあつを頬張ればみんな幸せ、デザートはどれにしよう? と話も弾む。

    「団体いけるってよ!」
     錠が何とか頼み込んだ馴染みのラーメン屋は、夕食時には早いこともあり快く入店を許可してくれた。
     3クラブ合同【拉麺旅団】御一行、ごく一般的なラーメン屋に向けてぞろぞろ歩く。
     何がどうしてこうなった、クラブ長の男子三人が、小中高の女子制服を着て歩いている。
    「くそ、目線が痛い」
     長女・かまちは高校女子セーラー服。一行がはぐれないように気を配りながらも、苦々しく独りごちる。
    「かま美おねえさまー、一緒にラーメン食べましょー!」
     10mの助走でかまちにタックル浴びせる女装の実、じつは女装いいだしっぺ。
     野郎ばかりが集まったこの企画、女子達も入りやすいようにとの配慮のはずだった。
     次女・宗汰は満足顔だ。中学女子制服で歩く足取りも軽い。
    「こういう機会ができてスゲー嬉しい」
     和気あいあいで行けるムード作りも完璧。我ながら天才だなふふふと笑い、風に乱れた前髪をハートのヘアピンで止めてみる。
     三女・シルバは小学女子制服。女装四人の中で一番年上で、ついでに一番背も高い。
    「わーいわーいラーメンうれしいなー」
     制服はぴっちぴちで、腹筋割れてるけどね!
     そんな三姉妹の髪に、ヘアピンやリボンを結んであげている綺子。お姉様たちステキ! とはしゃぐはしゃぐ。
     そんな三姉妹の様子をスマホで動画撮影するのは近衛だった。何やかやで店に到着すると、
    「こーゆー面子ですけど、大丈夫っすかねェ?」
     気配りも忘れない。
    「お水はセルフで用意しちゃうよ!」
     大人数に気を使い、籐花は水を配って歩いたり、注文をまとめて聞いて歩いたり。
    「いや、決して動揺している訳では……」
     煉志はそっとサングラスで目元を隠す。男気あふれる姐御達に敬意を表して。
     待っている間、店の片隅ではちょっとした撮影会が行われている。
    「思い出に残すなら写真が一番っすよ!」
     いやいや遠慮なんてしないで記念ですから恥ずかしがらずと、デジカメを向ける璃音の手が震えているのは、決して笑いを堪えているからではない。その隣では『お美しいわ皆様……』と、スガタがカタカタ震えている。色んな意味でギリギリラインだった。
    「優しい団長を持って、俺達は幸せだよ」
     千早は店内の人数を数えてみる。団長三姉妹の声がけで集まった約二十名、年齢も男女も様々だ。三姉妹の努力は無駄にならなかった。
     何故か三姉妹の母親の立ち位置になってしまっていた秀憲。女手一つで育て上げたかのように、かいがいしく世話を焼きながら一言。
    「すまんが、お前ら三人やっぱキモい」
     団長三姉妹+目が笑っていない母の愛あふれる家族写真は、しっかりと銀河が携帯カメラに収めていた。
     待望のラーメンはそれぞれ好みにトッピング。ラーメンだけでも味噌塩しょうゆ、ギョウザにチャーハンも忘れない。
    「ギョウザ半分こしよ?」
     わかめたっぷりの塩ラーメンを前に、まちこが晴香とトッピング交換会。二つの丼の上を、ワカメとチャーシューが行き交って。
     いただきますと手を合わせた向こう側に三姉妹の背中。やっぱり笑いがこみ上げてきて、晴香の箸持つ手が震える。
     金色の黄身がとろりとした半熟たまごを幸せそうにつつきながら、讃良は時折シャッターを切る。みんなの丼や、食べている姿が楽しくて。
     初めてのラーメンにメイローズは興味津々。
    「変わった形のスプーンですわね」と、れんげを片手にフォークを探す。
     帰り道にラーメンを食べる、ただそれだけのことだけど。
     柚葉はふうふうと麺を冷ましながら、ひとくちすする。温かい、おいしい。一人だったの頃と今とをぼんやり比べながら、柚葉の顔には自然と幸せな笑顔が浮かんでいた。
     こんな楽しいことが沢山あるなら、もう一人だった頃には戻れない。

    「お姉さん、生クリームのサービスお願いね♪」
     悠彦は桜と放課後デート。
     クレープスタンドで頼むのは定番チョコバナナクレープだ。
    「ねえ、悠彦のクレープも、食べてみていい?」
     桜は自分の練乳いちごクレープを差し出しながら、少し頬を染める。二人でいれば、初冬の風も少しだけ暖かい。
     初めての寄り道買い食いに、どきどきのユークレース。仲良しのお姉さん、火蜜と一緒に注文にチャレンジ。でもどれも美味しそう!
    「ユル、このプリンが一番上に乗ってるの、食べたいです……!」
     小春日和のベンチに移っていただきます。
    「ユルちゃん、これも食べる?」
     火蜜の差し出す、ベリーのソースがたっぷりかかったクレープに、ユークレースは大きな瞳を輝かせた。
     大通りから路地裏に入って、古びた建物に囲まれた小さな公園。夕暮れ時は猫の集会が始まるという。物影に息をひそめて、こっそり隠れるのは千佳と凪。
    「(おとをたてず! しぜんに! くうきと一体化するのです!)」
     目と目で会話する猫たちに、近づきたいのを我慢する凪。猫たちは、目と目で何か話している様子で。
    「(なんだか、私達も猫みたいになってるかも?)」
     こそこそこっそり、二人で笑う。近くで猫がにゃあと鳴いた。

    「負けませんわよ?」
     響く大音量。【SG】のメンバーは、ゲームセンターでダンスゲームに興じている。
     持ち前のリズム感で初めてながら高得点を出す由良に、永嗣は付いていくのがやっとで、得点差は開いていくばかり。それでも二人で踊るのは楽しい。
    「高坂サンその調子よー、でも手を抜いてくれてもいいわよー」
     高揚のあとの心地よい疲労感。踊り終わった綾沙は、ヤジを交えながら一休み。ちょっぴりむすっとしているのは、サビで踏み間違えたのが悔しかったから。
    「あんまり張り切っとスカートが大変になっちゃうぜ?」
     空哉の声に、慌てたように由良のリズムが崩れる。
    「音酔いでもしたか?」
     順番待ち中、どこか疲れた様子の煌介を迦月が気遣う。煌介はいや、と首を振ると幸せそうな目で、踊る由良の背を見つめていた。
    「多分……好きなんだ」
     迦月はふと微笑み、元気づけるように彼の背をどんと叩いてやる。頑張れと。
     煌介は笑って、順番だと呼ぶ由良の方に一歩踏み出した。

     茜さす公園で。ブランコで考え事をしていた蓮璽は、通りがかった余市に声をかけられた。余市は隣のブランコに腰掛けると、少し高く漕いでみる。
     蓮璽がぽつり語るのは、灼滅者として逃れられない悩みのこと。こんな『何もない日』には、殊更それが重くのしかかる。
     黙って勢いを付けて漕いでいた余市は、それでも、と呟く。風に負けない凛とした声で。
    「生きなきゃ。前向いて、進まなきゃ」
     同じ思いは灼滅者ならば誰にでも、もちろん余市にもある。だからこそ。
     ありがとう、と蓮璽が微笑み返すと、余市は高く漕いだブランコから飛び降り、最高の笑顔で笑ってみせた。

     陸橋の上で、かしゃりとシャッターの音。
     この季節は陽が落ちるのが早くて、なかなか良い夕焼けの写真は撮れない。晴天だった今日は夕方に少し雲が出てきて、見事な茜色の陰影を創り上げている。縁は無心に写真を撮る。
     二度と同じ日は訪れない。二度と同じ夕焼けに巡り会うことはないから。
    「うん、今日も良い日だった」

     みんなの夕暮れ帰り道。
     明日もきっと、良い日になる。

    作者:高遠しゅん 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年11月29日
    難度:簡単
    参加:115人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 22
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