武蔵坂学園ライフ

    作者:荒砂涼

     東京都武蔵野市。
     青空の下、沢山の生徒達が校門へと向かっている。
     武蔵坂学園の制服を来た者、私服の者、自転車に乗っている者。時折、黒塗りの高級外車が生徒達の横を走るが、気にする者はいない。
     生徒の数だけ異なる登校の風景がある。

    「おっはよー! 今日も頑張ろうね」
     冴宮・湊稀(中学生エクスブレイン・dn0055)は、校舎への道を走りながら見慣れた背中を見つけて後ろから軽く叩いた。
     通り過ぎてから気付く。
    (「あっちゃー、また全然違う人だったわー」)
     通学鞄につけた沢山のストラップやぬいぐるみが、走るリズムに合わせて上下する。

     灼熱者である武蔵坂学園の生徒達の日常は、何もダークネスとの戦いが基本ではない。
     普通に登校して、普通にクラスで勉強して、休み時間に遊んで、昼食を食べて、また普通に勉強して……そんな当たり前の日常の風景が、いつもここにある。
     大きなイベントも、エクスブレインからの事件の呼び出しも、そしてサイキックをフル活用した戦いもない、学生として極々当たり前な日常風景。

     今日もまた、いつもと同じようにそんな学園生活が始まる。
     今日もまた、平和な武蔵坂学園ライフが幕を開けるのだ。
     


    ■リプレイ

    ●共に向かう学び舎
     真っ白とまではいかないが、吐く息がうっすらと白く見える。
     コートを羽織ったイヅナとイヅルの目に入ってきたのは、同じ『Ttwinkle Star*...』に所属する深愛の姿だった。
    「おはよー」
    「深愛ちゃんおはよう」
     学年が異なればこうやって一緒に並んで過ごせる時間は限られる。だからだろうか。寒く眠い朝も、知った顔と過ごせる貴重な時間と思えば楽しくなる。
    「ハムエッグはケチャップ派、高野です」
     挨拶と共に現れたひふみはライドキャリバーでの登校だ。
    「ハムエッグ? 朝ご飯はハムエッグだったの?」
    「ケチャップって初めて聞いたよう!」
     毎日のように会っているはずなのに、話題に欠くことはない。女子って群れるの好きだなと思いつつも、イヅルはイヅナのお姉さんぶりを微笑ましく見ていた。
     いつもと異なり二人きりで登校することとなったのは由乃と雲英。
     雲英の方が背も高く、由乃にとってほっておけない弟分であったはずの彼が違って見えてくる。
    「シノ……疲れてる?」
    「平気ですよ、ありがとうございます」
     いつもより覇気がないと心配する雲英の横で、由乃は戸惑いながらいつもの通学路を進んでいく。
     同じクラスの澪と友馬は旅行話をしながらの登校。
    「ユーマん、今度はどこに旅行に行くん~?」
    「近いうちにでも北海道にツーリングに行ってみたいんだよな」
     そのためには免許が必要。暫くは夢のような話だが澪の胸は弾んでいた。
     偶然のようにほぼ毎日登校中に見かけるくるみに、マハルは丁寧な口調で挨拶した。偶然。本当、偶然。
    「でも、これから寒くなるし、偶然ばかりも大変だから、時間を合わせて待ち合わせしようか?」
    「!……うん」
     くるみの頬が髪と同じくらい赤く染まった。
    「お早~うお前ら~!」
     元気な一の声が聞こえてくる。『井の頭キャンパス小学1年桃組』の女子達の間を霊犬の鉄と共に駆け抜け、その一瞬の隙にスカートを捲る。
    「!!」
    「……」
    「きゃわっ!?」
    「……え?」
     その悪戯の被害に合わなかったのは雪ただ一人。声に反応し、反射的にスケッチブックでスカートを抑えていたのだ。それでもちょっとパニック状態。泣く寸前の顔でクラスメイトを凝視した。
    「イロケねーパンツはいてんじゃね~よ♪」
     数メートル先で振り返った一が舌を出してからかう。それを見た蓮花が右手を上げて駆け出した。
    「こらー! 女子の敵、待ちなさい! お仕置きしてやるんだから!!」
    「さっちゃん、やっちゃえ!」
     茶々丸と共に悪戯っ子を追いかけるさっちゃんに、引っ込み思案の彩雪も楽しそうに指示する。
     無言でベースギターを振り回すのは庵子。ニタリと笑った顔からは殺気にも似た念が送られてくる。
     油断してた一が蓮花と庵子の手に捕まりそうになり慌てて逃げる。その様子をぼんやり見ていたスティーナは……。
    「あ、怒らなきゃ!」
     時差有りまくりです。
    「え~と、何するダお前ー! ゆるさ~ん!」
     どうやら追いかけっこは教室まで続きそうだ。
     登校する学生の後方集団……の、そのまた後方からは朔之助と七都が走ってくる。正確には七都は引きずられているだけで走る気なんて無いに等しい。
    「もうイイじゃん。遅刻でー」
    「い、良い訳ねぇだろーー!」
     赤信号の度に、額がでてないか鏡で前髪をチェックする七都に痺れを切らせ、
    「うおおおおおぉおお」
     遂には朔之助が背負って全力猛ダッシュ。
     頑張れ、朔之助お姉ちゃん。

    ●学生の本分?
     教室に次から次へとクラスメイトが入ってくる。
     角はそれを誰よりも早くから登校し眺めていた。朝一番の空気が入った教室、丁寧に磨かれた机。そして、花瓶に生けられた花。今日も良いスタートが切れそうだ。
     朝のホームルーム前。『井の頭キャンパス高校2年6組』は何やら慌しかった。
    「先生やっほー! 元気ー?」
     香は廊下側の窓から顔をだして、担任の大江先生に手を振って挨拶。
     大江先生が教室の扉を開けると、黒板消しが上から落ちてくる等悪戯オンパレードが繰り広げられた。
     だが、そこはナルシストな体育教師。ひらりと交して教室へと入る。
     いろんな意味で心配そうに足元を見つめていたエルメンガルトに気付くと、バナナの皮を仕掛けようとしていた匡が先生の目に入ってきた。ごめん、と手を合わせるエルメンガルト。
     良い訳なんてできません。
    「大江センセー説教長いからヤダー!」
     いつもの雰囲気に大笑いする香もまた、共犯ということで放課後の職員室行きを命じられた。
     こんなことで時間が随分と過ぎてしまったと、休み時間返上で授業をすると提案する大江先生に、弥生は机に顔を突っ伏した。時計を少しだけ進めておいたのが仇になったか。
     今朝もまた、説教から始まる。
     授業が始まると、龍夜は眉間にシワを寄せ怖い顔で黒板を睨んだ。
    「ぬぅ。授業を聞きながらノートを取ると間に合わん」
     気がつけば一時限目の授業は終わっていた。
     鐘が鳴り、移動教室の準備をしていた所で乃愛は幼馴染の深尋を見つけた。サボるなんて許さない。
     首根っこを掴んで引きずられそうになった所で深尋はさり気なく微笑む。
    「怒ってる顔も可愛いぞ」
    「……なっ!?」
     動揺した乃愛の手から、いつものように深尋は逃げていった。
     白夜は休み時間、一人で読書をしていた。静かに一人過ごす時間は普通の学生としての気分でいられる。
     バイク雑誌の話題に花を咲かせるのはメアリと焔弥。
    「今季の新車だけど、二輪でこれはすごいよね♪」
    「おぉ! まさかこういう形で来るとは!」
     二人とも欲しいパーツやジャケットは沢山ある。話題はつきない。

    ●お昼休みの為に此処にいる
     午前の授業が終わり、富貴は朔花の教室へとやってきた。手には教えて貰って作ったお弁当。開けてみると、形は崩れているが朔花の好きなものばかりだ。
     美味しいと親指を立てる義兄に富貴の顔も綻んだ。
     昼食を一緒に食べようと徹也に近づいた立夏は、栄養補助食品を目の前に呆れていた。
    「一食分の栄養は摂取できる。何か問題あるだろうか?」
    「栄養偏るねんでー! 弁当分けたるさかいに!」
     美味しいと感じるこの感覚はなんだろうか。成分表にない何かを徹也は感じていた。
     お昼休みに不穏な空気を漂わせるのは梓の部室。
     暦を真ん中に、梓とセレナが睨み合う。
    (「小姑あずにゃんが邪魔ですわ~」)
    (「兄妹水入らずを邪魔する上に弁当までタカりやがって」)
     暦はそれでも二人の心の内を読み、お互いのおやつを交換する。自分が大切にされていることも知っている。それ以上に二人、仲が良いのは知っている。
     暇だから、と倭文の誘いに乗って学食の食堂へとやってきた恭司は、黙々と箸を進めていた。横から倭文が摘み食いする。
    「なぁ、お前オレの名前呼んだ事ないよねー? 呼んでみー?」
    「……やぁだよ」
     言わなきゃ甘い物を食わせてやると、デザートのスプーンを持ったまま取っ組み合いが始まった。
    「ちょ! やめろってば、倭文っ!」
     その言葉ににんまりと恭司は笑顔を見せた。
     少し離れた所で食事をするのは由衣と勇人。学年が異なるため、こうして一緒に食べる機会はあまりない。それだけに新鮮な気分になる。
    「良かったら、今度の休みにでも遊びに行かないッスか?」
    「私で良ければご一緒しますね」
     ちょっとしたデートの誘いも、由衣はいつもの穏やかな表情で頷いた。
     クラスメイトを学食に誘った風樹は目の前のハンバーグに噛り付いた。その横では辰人が麺を切らないようにきつねそばを啜っていた。周りにはたくさんの惣菜が並ぶ。
     二人の前でミキがお弁当を広げた。バランスのよい、綺麗なお弁当。
    「いやー、お母さんって偉大ですね」
    「え?それだけで足りるのか?」
     量も食べ方も人それぞれ。それが一緒に食事する楽しさだと三人は感じた。

     クラスで食事する者も少なくない。『吉祥寺キャンパス 高校2年1組』のさくらえ、聖、洋子もそのうちの一グループだ。
     どのお弁当も美味しそうだから――。
    「交換しよ? 勿論あーんで♪」
    「……えと、それじゃ。あーんして?」
     さくらえがおずおずとおかずを箸で摘むと、聖はぱくりと頬張った。
    「洋子ちゃんにもー♪」
    「マジで!? えっ、えらい恥かしいぞ」
     聖の差し出すミートボールを目の前に、思わず教室の視線を伺う洋子。これが女子のノリというやつか!
    「余に飯を寄越すのだ!」
     自称王様のアルが『井の頭キャンパス小学5年椿組』の自分の机でふんぞり返った。弁当を自ら持って来る等有り得ない。
    「あ、アル君お弁当どうぞ」
    「姉様にもう一つお願いしたんですよ」
     朱美と由布がそれぞれの弁当を差し出す。
     その優しさが、家庭の味が、心に染みて目が潤む。そんなアルを二人は見ないフリ。食材に、自分を支える家族に感謝し、由布は手を合わせた。
     なつみの三段重箱に唸ったのは『井の頭キャンパス中学2年A組』。他の三人だって女の子らしい弁当、拘った飲み物。
    「唐揚げが欲しいです!」
    「じゃあお茶ちょうだい!」
    「私も黒豆茶とても気になってたの」
     悠花の持参した黒豆茶は大人気。女の子は美容に敏感なのだ。
    「こないだ美味しそうなスイーツのお店見つけちゃった」
     智の話題に織歌がのってきたり……ガールズトークはまだまだ続く。
     不思議な雰囲気を醸し出していた『吉祥寺キャンパス高校1年1組』の昼休み。 修李はコンビニ弁当のカレーを、大文字はカップ麺を完食し周りを見渡した。
    「漢の胃袋は無限大だから足りねーわ」
    「や、やらねーよ」
     視線に気付き弁当を隠す徹太。購買のメロンパンだって我慢してるというのに……。
    「良かったらみんなでどうぞ」
     ピンクの髪を揺らして微笑む京音の手にはカップケーキ。教室に甘い香りが充満した。
     適当に机を並べ、お肉ラス、もとい『桜堤キャンパス高校2年3組』もランチタイムを楽しんでいた。とは言っても今日はお肉ではなくちゃんとした弁当。
    「貧乏なんで大したものはないが……」
     威司は昨夜の残りの野菜炒めと半額だったポテトサラダを詰めて。
    「買ったもんばっかで恥かしいなぁ」
     通はおじやのタッパーと鯖の水煮缶を中心に。ツッコまないぞ、絶対に。
     そんなクラスの健康を心配して九十三が用意したのは野菜中心のヘルシー弁当。在処も自信たっぷりの肉じゃがを振舞う。折角一緒のクラスなのだ。小さな事でも大切にしたい。李の用意した歪な林檎ウサギも、仲間達への感謝を込めて。
    「で、おねーちゃんの何が知りたい訳?」
     隣の席のあずさに恋愛お悩みコーナーを開くのは雪菜。姉妹ならではの情報をメモしていく。とはいえ、雪菜は自分の好きな人の事で頭が一杯なのだが。

     白夜は一人暗がりで弁当を広げた。誰もいない場所で食べる自作の弁当が落ち着く。
     離れた中庭ではましろと陽炎がご飯中。
     鮭とご飯と小さな梅干という斬新すぎる陽炎の弁当。
    「朝はギリギリまで寝ていたいのだ」
     同感です。
    「そうだ、わたし。明日は陽炎ちゃんのお弁当も作ってくるよ」
     おなかもいっぱいでぽかぽかとした日差し。暫くして、二人は寄り添いうたた寝を始めた。
     パンを齧っただけの遥もスマートフォンのアラームをセットして休む。寝転ぶ芝生が心地良い。その横を学園の情報収集に余念がない蝸牛が通り過ぎた。

     空に秋晴れの青空が広がる。
     屋上で暁が見かけたのは、以前にも会った事のある宵色の瞳の少女。
    「アタシの名前は暁と書いてアキよ。アンタは?」
    「……ながあめ」
     それ以上は言葉にしない。二人は雄大な空をただ見上げていた。
     空はどこから見上げても同じ青さを保っている。
     リリーとイディオム別の屋上で弁当を広げていた。
     イディオムがおにぎりを差し出すと、リリーはそれを大きな口を開けて待つ。まるで動物の赤ちゃんが母親から食べ物を貰うような、至福の一時。
    「……美味しい?」
    「うん!」
     ケチャップのついたイディオムの頬をじっと見つめて答えた。
    「ちょ、夜桜、狙い違ぇだろ!?」
    「気のせい」
     別の屋上では黒虎と夜桜が携帯ゲーム中。黒虎のキャラを壁代わりに、出てくる巨大モンスターを倒していく。予鈴なんて聞こえるはずがない。
    「……っ!?」
     急に冷たい掌を当てられ、昴は驚いて耳にかけたイヤホンを外した。掌の主、陽丞は風引くよ、と微笑んだ。
    「一緒にいたいんだけど、駄目かな?」
     風引くと言いつつ矛盾してる。それでも、駄目なんて言うのは面倒だしヤボすぎる。
    「どうせ居るなら背中貸せよ」
     昴の背中に陽丞は自分の背中を合わせ、目を閉じた。

    ●いつもの教室で
     午後の授業が始まり『井の頭キャンパス中学3年B組』にカリカリとチョークの走る音が響いた。小崎先生、通称なおぱち先生の前で舟をこぐ銃儀に、極太チョークが飛んでくる。
    「グベハァァァッ!?」
     砕けるチョークの粉を碧はいつもどおりにノートでガードした。
    「HA-HA! 居眠りするならオレみたいにサングラスしてりゃバレ……ハッ!」
     時遅し、弾丸チョークはビリーの額を直撃し、くっきり痕を残す。
    「今日もまた、授業に出たら、屍に」
    「死んでねぇー!」
     小声で合掌する赤兎に向かって叫ぶも、授業の妨げになるとしていつもどおりに投げ飛ばされる男子二名。
    (「学習したらいいのに」)
    (「マゾね」)
     碧と赤兎は深い溜息をついた。
     『井の頭キャンパス中学3年B組』では美術の授業が行われていた。
     好きなものを自由に描いて良いということで、思い思い描いていく。
    「此処はもう少し……色を濃くするべきですね……」
     アリスティアが笑顔のクラスメイトを描いていく。
    「どうしてこうなった」
     項垂れ呟いたのは、可愛い蛇を描くはずがアナコンダのようになった芽晴。乃亜さんは? と覗くと、そこには気持ち良さそうな気楽な猫が描かれていた。
    「べ、別に猫が好きとかではないぞ」
     可愛かったから、なんて口が裂けても言えない。
    「みなで見せ合うのだ!」
     うさぎ帽子の楼沙が動物に見立てたクラスメイトの絵を堂々と披露する。
    「わたし? これ、ダヨーう!」
    「こ、これでも頑張って描いたんです……!」
     自信満々のチロルは静物画を、自信のない迷子は動きのある小梅を。
    「みてみて、苺だよ……」
     画用紙のど真ん中に描かれた苺は、絵の苦手な三兎が頑張って描いたものだ。
    「ところで、クラレットさんは?」
    「わ、私は……その……」
     絵を披露していないのは彼女のみ。皆の視線が伏せられた画用紙を注目する。
    「見せられないもん~!」
    「わー! 待てー……!」
    「私のも見せたんですから見せてくださ~い!」
     静かなはずの美術の教室が一転、担任教師を巻き込んで騒々しい光景へと変わっていく。
     いつもの仲間達と、いつもの学園。
     走り回るクラレットの手からひらりと逃げ出した画用紙には、『好きなもの』である友達のイラストが微笑んでいた。

    作者:荒砂涼 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年12月1日
    難度:簡単
    参加:89人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 14
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