今日は、日曜日

    作者:牧瀬花奈女

     布団から出た途端、寒気が体に纏いつく。冬の足音が間近まで迫っている事を、否応なしに実感させられた。
     時計の針は、午前9時を少し回っている。いつもなら慌てて家を飛び出すか、いっそ休んでしまおうか等と考える時間だけれど、今はそんな必要もない。
     今日は、日曜日。灼滅者の通う武蔵坂学園は、お休みだ。
     窓から見える空は快晴。朝ごはんを食べたら、散歩にでも行こうか。
     
     秋の空は高くて、吸い込む空気が気持ち良い。風が吹けば寒さを感じるものの、上着を羽織っていればそれほどでもなかった。
     きちんと整備された歩道を、特に目的も無く歩く。角に行き当たった所で左に曲がれば、数メートル先に小さな人影が見えた。
     背格好からすると、小学生の男の子だろうか。この近くには武蔵坂学園の学生寮があった筈だから、そこに住んでいる子かもしれない。
     灼滅者はその頼りなげな後ろ姿を眺めて、目を瞬かせた。
     彼が一人で歩道を歩いていること自体は、別におかしくはないけれど――彼の歩き方は、何だか変だった。
     幅の広い歩道の中を、あっちへふらふら、こっちへふらふら。ちっともまっすぐに進まない。
     もしや具合でも悪いのか。そう思って足を速めた灼滅者は、しかしすぐに安堵した。彼の視線の先に、1羽の鳩がいる事に気付いたからだ。
     鳩を追い掛ける彼の後を、何とはなしについて行く。
     横断歩道を渡って、細い路地を抜けて、いつもと違う角を曲がって。暫くそんな風に歩いた所で、灼滅者は足を止めた。
     いつの間にか、辺りの景色は木々と草に囲まれた場所になっていた。何処かの公園に入り込んでしまったらしい。
     足元の地面はからりと乾いて、細い草がまばらに生えている。そんな素っ気無い広場のまんなかには、小さな池があった。ちょうど色付く時期なのか、木々の葉は紅や黄に変じている。
     鳩を追い掛けていた男の子は、気付けばいなくなっていた。公園の奥には小さな森が見えるから、そちらへ行ったのかもしれない。森の中には、簡単に舗装された散歩道もあるようだ。
     草の匂いを胸いっぱいに吸い込んで、灼滅者は晴れた空を見上げた。
     天気も良いし、今日はここで過ごそうか。
     友達を呼んで広場で遊んでも良いし、森の中を散歩して紅葉を楽しむのも良い。もしかしたら、偶然ここへ立ち寄った人と仲良くなれるかもしれない。

     よく晴れた日。自然に囲まれた公園の中で。
     今日は、何をして過ごそう。


    ■リプレイ


     鼻腔をくすぐる草の匂いと、気持ち良く晴れた空。冬の気配を間近に感じてはいても、秋の空気は心地良い。公園を囲む木々の葉は紅や黄に色付いていて、残り少ない秋を目で楽しませてくれていた。
     こんな良い景色、一人で楽しむのは勿体ないと円蔵がクラブの仲間に誘いのメールを送ったのは少し前の事。そろそろ誰か来る頃かと考えていると、ジンザの姿が目に入った。続いて、千穂の悲鳴じみた声が聞こえて来る。彼女を半ば引きずるようにして公園へ走り込んだのは、本人の愛犬である梅太郎。ジンザが正面に屈み込んで両腕を広げれば、耳をぴんと立たせたコーギーは元気良く飛び込んで来る。
     クッキーを詰めた籠を手にやって来た燈子が、ポンチョを羽織ったイコと華月を見てお仲間です! と微笑んだ。カヤに引きずられ、レムもやって来る。
     特に目的もなく呼びたててしまってすみませんねぇ。そう言う円蔵に、その親睦を深めようっていうのが目的になると思うの、と華月は藍の瞳を細めた。
     皆と、初めてのお出掛け。何だかそわそわしてしまう燈子の隣で、イコはオブとオスをポンチョジャケットの中へ招き入れた。
     皆楽しそうだし来て良かったね。歩き出した皆の最後尾につき、穏やかな表情を浮かべるカヤに、レムも少しだけ口元を緩めた。たまにはこういうのも、良いかも。
     草がまばらに生えた広場には、幾つかベンチが置かれている。その中の一つに座り、櫻と治はお弁当を広げていた。櫻が用意したのはサンドイッチ。チキンサンドとカツサンドは勿論、野菜だって抜かりは無い。噛り付いた治の口から零れたのは、美味しい! の一言。気に入って貰えた嬉しさに頬が綻んだ。こんな穏やかな休日を共に過ごせる事が、とても幸せだった。
     また一緒に来ようねと笑みを交し合う二人の前を、鳩が地面をつつきながら通り過ぎて行く。池の近くにあるベンチでは、葛西が文庫本に目を落としていた。彼の隣に腰掛ける勇は、鉛筆をスケッチブックに走らせている。他愛の無い会話と共に描き出されるのは、興味を引かれた様々なもの。好奇心を宿す黒い瞳は、やがて葛西へと向いた。
     被写体を頼まれて、彼は多少の照れを感じながらも了承する。
    「……ああ、そういえばあの子との関係は進んでいるのか?」
     不意打ち気味にそう尋ねれば、勇の慌てぶりは期待通りのもの。待ち合わせて一緒に下校するくらいには、と素直に答えてあんパンを頬張る様子に、思わず顔がにやけた。
     乾いた地面の上を跳ねながら移動していた鳩が、突如として響いた、ドンガラがっしゃんぽーん! の声にびくりと動きを止めた。遊への敬礼を解いた紗椰は、弁当作って貰ってくれば良かったと周囲を見回して笑う。次に来る時は持ってくるべと、遊が伸びをした。
    「あ、遊遊高い木が沢山あるよ? 登る? 登っちゃう?」
    「フッ、嘗て『木登りゆーくん』と呼ばれたオレに聞くとは……勿論良いぜ、登っちゃおーっ!」
     黄色く色付いた葉をがさがさと揺らし、登り切った地点からは公園内がよく見えた。写真を撮って送ったら、この楽しい気持ちも一緒に伝わるだろうか。
     ピクニックに訪れたのか、広場にはシートを敷いているグループも幾つか見える。皐の持って来たシートを広げる海砂斗達も、その中の一つ。
     折り畳みの椅子や、灯倭とくおんのお弁当、シオンのクッキーや俊輔の駄菓子を広げると、シートの上は豪華な雰囲気に飾られた。味には期待してくれていいよ、と空はコーヒーを淹れる。
     いっぱい食べて、いっぱい遊ぶー、と元気に箸を動かす海砂斗の側で、俊輔はまずは味見とばかりに色々な物をつまむ。男の子が多いからと多めに作って来た灯倭の頑張りは、どうやら無事に報われそうだ。
    「紅葉も、今の時期とってもきれいだよね」
     出し巻き卵を飲み込んで、シオンが笑う。お弁当もお菓子も美味しそうで、紅葉よりも食べる方がメインになりそうだけれど、そんな和気藹々とした雰囲気も悪くないと皐は思う。
    「また来たいな……」
     ぽろりと零れたくおんの言葉は、本心からのもの。仲間との大切な日々は、大事にしたい。
     綺麗な紅葉を目にすれば、カメラのシャッターを切りたくなる。時折、歩みを止めて景色に見入る朱梨は、その度に写真を撮っていた。同じく風景を撮っていた友梨が、不意に後ろを振り返る。
    「……未来のアイドル候補生の、オルブライトさんの撮影もするならカメラマンするよ?」
     何を言っているのかと慌てるヴァイスに、冗談だよと笑って返す。
     それは置いておいても、後で記念写真は撮ろう。そう言う蒼刃に、反対の声は上がらない。お昼にしようと朱梨が開けたお弁当は、定番のおかずからデザートまで完備した一品。持参したミックスジュースを皆に渡したヴァイスも、思わず顔を綻ばせた。
     これから過ごす和やかなひと時。皆との思い出が増えるのは、素敵な事だ。
     うっかり作りすぎてしまいました。恥ずかしげに呟いてララクーがシートに広げたのは、3段重ねの重箱。おかず交換しようねと、千世もお弁当の蓋を開けた。
    「何か今声が……」
     突如として和やかな席に不似合いな声が耳を打ち、和真が身を強張らせる。発信源は奈津姫の抱えた弁当箱。自信作だと何処となく誇らしげに開かれたその中身は、何となく見る者の不安を煽った。お弁当とは鳴くものだったか。
    「あれ? 普通だ?」
     千世へ約束した苺大福を渡し、鳴く弁当箱へ意を決して箸を伸ばした紫桜が、そう言って目を瞬かせる。一同の間に、安堵した空気が流れた。後で写真を撮ろうと皆に声を掛け、ベルも里芋の煮物を口に入れる。
     食事が終わったら、のんびり過ごそう。留守番の仲間達に、紅葉やスケッチをお土産に持って帰れるように。
     クラスの誰が来るのか、何人が集まるのか、当日になるまで分からない。そんな集い方をしたのは、武蔵境キャンパスの中学生達だった。公園に現れたのは4人。これから知り合って行くための、最初の一歩としてはまずまずだとロザリアは思う。
     ちょっと早起きしたら張り切りすぎて。そう言う神楽のお重の中身はボリュームたっぷり。ロザリアのサンドイッチも美味しそうで、神華は少し気後れしてしまう。そんな彼女からジュースを受け取って、オレ何も持ってこんかったわ、と熾が笑った。
     何もない、平和な一日。仲間と過ごせるそんな日々は、これからも、きっとたくさん。
     紅葉に彩られた公園に、澄んだハープの音が響く。奏者である討真の前に、御凛が姿を見せたのはきっと偶然なのだろうけれど。
     俺の演奏を聴いてもらえないかな? 思いがけず真剣な眼差しで頼まれて、構わないけど、と少しばかり驚きながら御凛は頷く。
     口に出せない想いを乗せた旋律は、理由も分からないまま彼女の胸を高鳴らせた。


     手を繋いで桜子をエスコートした後、深玖は彼女と共にシートへ腰を下ろした。用意してくれたサンドイッチを見て、桜子嬢のお勧めは? と尋ねれば、たまごですと赤い瞳が微笑む。彼女の言うそれを手に取って差し出すと、素直にぱくりと食べてくれるのが可愛らしい。我に返った桜子が同じように差し出して来るのを、笑って口を開ける。
     次のデートの約束には、喜んでと小指が絡んだ。
     広場の真ん中にある池では、何羽かの鴨が泳いでいた。側のベンチからその鴨達へ、月瑠と湊介はお裾分けして貰ったパンの耳を投げる。公園のベンチで二人。デートみたいだと意識した途端、月瑠の頬が熱くなった。恥ずかしいけれど、でも、もう少し近付いてみたい。パンがなくなったら、二人で暖かい飲み物でも買いに行こう、と笑う湊介は、この気持ちに気付いているだろうか。
     ベンチに座って叡智が食べているのは、唄お手製のお弁当。
    「……これ、あげる」
     途中、不意に箸を止めて、叡智は彼女へ小箱を差し出した。誕生日オメデト、と小声で呟いて。小さな混乱と共に唄が受け取ったそれは、二人が途中に寄ったお店で買ったプレゼント。自分の誕生日を祝ってくれた事に、芯から嬉しさがこみ上げて来る。白い蝶に似たバレッタは、髪の長い彼女によく似合うだろう。
     軍と涼花が昼食の場所に選んだのは、綺麗な紅葉の下。小羽団扇楓の葉を髪に飾ってくれた手を握り、今日はね、すず特製のサンドイッチ作ったんだよと涼花が笑う。
    「……嘘だろ。美味い。マジですか……」
     公衆の面前での『あーん』を、自分で食えると宥めつつ噛り付いた卵サンドの味に、軍は思わず目を見開いた。失礼だよねと憤慨する彼女に、口を開けた所を写真に撮られてしまったけれど、今日は紅葉に免じて許してやろうと思う。
     風に揺れて舞う葉は、紅と黄色。そして緑。秋から冬へ少しずつ移り変わる森の中は、やわらかな空気に包まれている。春が来れば、光流は高校生。千佳は中学生になる。誕生日、祝いしてくれるかな。春生まれの彼女を見て、冬生まれの光流はそんな事を考える。
     何でもない時間を共に過ごせる幸せ。それを噛み締めていたいのに、千佳は彼といると時々胸がちくちくする。どうしたの? と光流に問われ、どうもしてないですと首を振った。ちくちくの正体が分かるのは、いつだろうか。
     散歩道を歩く度、さくさくと足元から音がする。特に何も羽織らずに出て来たフィオナが寒さを覚える頃、響は彼女の肩にストールを掛けた。そして勇気を出して伸ばした手を、そっと握り返される。温かくなったのは、隣にいる人のお陰。
     静かな森の中は、読書にも適している。あたしのママ、恋愛小説家なの♪ と手にした本を胸に抱え笑顔を見せるひかるに、燦太は目を丸くする。彼の持つ本は、少年探偵と怪盗の対決の物語。恋愛小説はよく分からないけれど、物語を紡げる人は凄いと思う。
     本を読むうちにお腹が空いたら、サンドイッチとお茶の出番。手作りの味は、きっとあったかい。
    「気付けば、冬も近いのねぇ」
     秋の彩をスケッチブックに描き留める暁を隣に見て、こういう所が似合う男だと律嘩は思う。白い紙に写し取られた色は少し。後は頭に刻み込んだ。
     ――紅葉饅頭食いてぇ。ふと小さく零した律嘩に、暁はこみ上げた笑いを肩を揺らして堪える。情緒が無くて悪かったなと彼は言うけれど、連れて来て良かったと暁は思う。だって、こんなにも楽しいもの。
     紅葉の中を歩く薙乃の耳に、歌声が聞こえて来る。その美しさに惹かれて源を辿れば、ひとり歌を紡ぐ雪姫に出会った。一緒してもいい? と尋ねると、長い髪を揺らして頷いてくれる。
    「ゆ、ゆきりんはチーズケーキ好き?」
     おやつに焼いたチーズケーキを取り出し、半分食べない? と誘う。途端、雪姫の表情が綻んだ。彼女も持って来ていたお菓子を出して、なぎーも食べる? と首を傾げる。
     一緒にお菓子を食べてお喋りをして。楽しい時間を過ごした二人は、これから仲良くなれるだろうか。
     七と一葉がシートを敷いたのは、大きく紅葉した木の近く。お姉様の作ったお弁当、絶対美味しいですよね、と一葉は笑顔でバゲットサンドに手を伸ばした。こんぶある? と七も彼女の作ったおにぎりを手に取る。作り過ぎてしまったという一葉は、お腹を空かせてうずくまっていた望にそのおにぎりを分けてあげていた。
     食べ終えたら、紅葉のお面やお揃いのどんぐり兵士を作ろう。それを見れば、今日を思い出せるように。


     広場で遊ぶ人々を遠目に見て、矧は目を細めた。視線を近くに戻せば、蝸牛が綺麗な落ち葉を拾っているのが見える。時折、写真を撮っているが、きちんと相手に許可は貰っているようだ。
     ふと目を離した時には、蝸牛はもう見えなくなっていた。何処から来て、何処へ行ったのだろう。
     秋めいた景色は、司の中に郷愁の念を呼び起こす。ごきげんよう、また会いましょう。両手と額を付け、生命の鼓動を感じ取った樹へそう告げて微笑んだ。
     更に奥へ進むと、頬を紅潮させて手をわたわたと振っている望がいた。こんにちはと挨拶した後で何があったのかと問えば、彼は眼前のギルドールを示して、まほうつかい! と声を上げる。
     森の葉や小鳥の声に誘われるまま五線譜に鉛筆を走らせていたギルドールは、葉っぱを拾って遊んでいた望に即興で創った曲をプレゼントしたのだけれど――どうやらその光景が、望には『まほうつかい』に見えたらしい。
     ボクにも聞かせて貰えませんかと司に請われ、音の魔法使いは再び曲を奏で始めた。
     タンブラーに入れたコーヒーに口を付けて、流希は推理小説の頁を捲った。何事も無い日の、他愛の無い時間。これは正に至福のひととき。頁から目を上げれば、森の散策を楽しむイヅルの姿が見えた。
     落ち葉を踏む度に立つ、ガサガサという音が心地良い。秋の紡ぐ音を楽しみながら、イヅルは紅葉の写真を撮った。綺麗な落ち葉があれば、貰って帰ろうか。
     日曜日のせいか、公園はなかなかに賑やかだった。もしかしたら、学園で会った事のある人もいるかもしれないと、茶の瞳が広場の方を向く。
     ベンチに絵道具を広げ、希沙はスケッチブックに筆を走らせた。描き出すのは秋の絶景。巧く描けたなら、幼馴染みに見て貰うつもりだった。
     お土産に赤い落ち葉も拾って、両手いっぱいに秋を抱いて。絵が出来上がったら、真っ先に会いに行こう。

     日曜日の公園は、幾つもの温かさを抱いて時を重ねて行く。
     高い空は、やがて夕を迎えようとしていた。

    作者:牧瀬花奈女 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年11月30日
    難度:簡単
    参加:64人
    結果:成功!
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