貪られる者の叫びが廃墟にこだまする

    作者:南七実

    「あっ。コラ駄目だよ~、健太朗!」
     子犬のように駆けてゆく息子の背中を見つめながら、真奈美はふぅーと溜息をついた。あの年頃の男の子って、どうしてじっとしていられないのかしら。
     軽い山道散歩の道すがら、偶然見つけた謎の廃墟。
     外壁にはヒビが入り、窓ガラスは全て割れていて、あちこちに瓦礫が転がっている。廃業したホテルだろうか。
     何か出そうな不気味な雰囲気が、どうやら息子の冒険心に火を付けてしまったようだ。
    「あーあ、中に入っちゃった……」
     まあ少しぐらいなら遊ばせてやってもいいかなと思ってから、彼女はハッと気づいた。こういった廃墟は崩落の危険があるのではなかったか?
    「きゃあぁダメダメ! 戻りなさい、危ないからっ」
    「わぁー!」
     慌てて後を追おうとした真奈美の耳に届いたのは、息子の悲鳴。何かあったのだ!
     全速力で廃墟に駆け込んだ真奈美は、そこで、この世のものとは思えない光景を目の当たりにする。
    『キキ……キキキキキ……ギギギギギ』
     軋るような音。何かが腐ったような異臭。わらわらと動く脚。咀嚼する口。
     屋内に張り巡らされた巣の中央に、真奈美よりはるかに巨大な蜘蛛の姿――そして、その腹部にある大きな口から飛び出ているのは……健太朗が履いていた靴。
     ヒーローの絵がプリントされた靴が、ぽとりと床に落ちる。
    「う、うわあああ……ああああああ!?」
     必死の形相で血に染まった足首に飛びついた真奈美の両腕が、鈍い痛みと共にぶつんと切断された。蜘蛛の牙が彼女の腕を引きちぎったのだ。迸る悲鳴。それが、化け物に息子を食い殺された絶望によるものなのか、自身の痛みによるものなのか、狂乱した真奈美にはもう分からない。
     次の瞬間――ぐしゃっ。彼女の頭部が、蜘蛛の口の中で音をたてて砕けた。
     
    ●貪る異形
    「みんな、お願い。巨大蜘蛛に襲われる親子を助けてあげて!」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は挨拶もそこそこに、すがるような瞳を灼滅者達に向けた。
     むさぼり蜘蛛と呼ばれる眷属が巣くうのは、子供でも気軽に歩ける山道の脇にある廃ホテル。
    「ここは街から近くて、子供にとっては秘密基地みたいに見える素敵な遊び場らしいよ。親子が被害に遭うのはまだ未来の話だけど、それより前に知られざる犠牲者が出ているかもしれないね……」
     蜘蛛は生き物を貪り食らう。これ以上、この危険極まりない輩を野放しにしておく訳にはいかない。
    「まずは、真奈美さんと健太朗君が廃墟へ入るのを阻止してね」
     なだらかな山道をのんびり歩く親子に追いつくのは容易いし、また先回りして廃墟の前で待ち受ける事もできる。二人が来た道を引き返すか、廃墟に興味を示さず通り過ぎてくれれば、悲劇の未来を阻止できるだろう。
     問題は、どうやってそういう状況へ事を運ぶかだ。
    「その辺りはみんなに任せるから、よく相談して、いい作戦を考えてくれる?」
     なるべく穏便に、二人に嫌な思い出が残らないよう配慮してもらえれば嬉しいな、とまりんは言った。
    「ほら、幼い頃の経験って、下手をするとトラウマになっちゃったりもするからね」

     親子を遠ざけた後は、廃墟の眷属退治となる。
     むさぼり蜘蛛は全部で9体。
    「正面玄関を入ってすぐ広いロビーがあるよ。その真ん中に大きな蜘蛛の巣が張り巡らされていて、巨大な蜘蛛がそこで獲物を待ち構えているの」
     腹部に鋭い牙を持ち、建物に迷い込んできた生物を片っ端から襲って食いちぎる。その動きには微塵の容赦もない。
    「巣の四隅には小さい蜘蛛が2体ずつ静かに控えていて、大きい蜘蛛がバラバラにした肉片……つまりおこぼれを糧にしているみたい」
     とはいえ侵入者が複数となると状況は変わってきて、まず小蜘蛛が積極的に動き出すようだ。
    「獲物が多いと大蜘蛛は後ろに下がって様子を窺いながら、広範囲に攻撃を仕掛けてくるみたい。状況によってポジションを変えるって事だから、気をつけてね」
     小蜘蛛は単純な噛み付き攻撃のみだが、誰かに集中攻撃を仕掛けてくる可能性がある。大蜘蛛は目についた獲物を適当に食いちぎり、毒を含んだ脚を突き立てようとする。また後方に下がった時は、敵の体を締め付ける蜘蛛糸を吐き出してくる場合もあるという。
    「それと、みんなにはシャウトっていう基本戦闘術があるよね。この蜘蛛も同じ技を持っているから、軽傷や状態異常は回復されちゃうかも。ガンガン攻め立てて、戦いを早めに終わらせた方がいいかも知れないね」
     そう都合良くいけば苦労はしないのだが、それをここで言っても仕方のないこと。灼滅者達は判ったと頷いて、静かに依頼を受諾する。犠牲者を出さない為にも、行かねばなるまい。
     まりんは安堵の表情を浮かべ、皆を信頼しきった様子で頭を下げた。
    「引き受けてくれてありがとう。きっと二人を救ってあげてね!」


    参加者
    色梨・翡翠(蒼蓮アンサイズニア・d00817)
    小鳥遊・麗(エーヴィヒカイト・d02436)
    レイン・ウォーカー(隻眼の復讐者・d03000)
    森山・明(少女修行中・d04521)
    乙宮・翡翠(楽園にふれるなかれ・d06304)
    黒須・司馬(夜を越える・d07485)
    禪杜・フュルヒテゴット(ハウンドアッシュ・d08961)
    真田・雪音(赤キ虎ノ槍・d10336)

    ■リプレイ

    ●若い命
     山は着々と冬支度を整えている。すっかり葉が落ちた木々の下を抜けた先で、件の建物は訪問者達を静かに待ち受けていた。
     しっかり着込んでいても、かなり寒い。灼滅者達はむさぼり蜘蛛の住処から少し離れた場所で足を止め、ふわぁと白い息を吐き出した。
    「まるで幽霊屋敷だな」
     なぜ、わざわざ危険な場所に近寄るのか。なだらかな山道の脇に建つホテル廃墟を眺めながら、小鳥遊・麗(エーヴィヒカイト・d02436)は「子供の怖いもの知らずにも困ったものだ」と肩をすくめた。
    「……うん。確かに、いるね」
     離れていても眷属の気配を感じるのは、事前情報を得ているからか、はたまた灼滅者であるがゆえの感覚か。森山・明(少女修行中・d04521)はきゅっとリボンを結び直し、自らを奮い立たせる。
    (「相手は眷属。闇堕ちしかけの人やダークネスじゃないし、思い悩む事なく倒せば良いんだから、まだ気が楽かな」)
     勿論、敵を甘く見るつもりはないけれど。
     だが敵と対峙する前に、まずはやるべき事がある。
    「私はここで待つ。皆、あとは頼んだよ」
     赤いポニーテールを揺らした真田・雪音(赤キ虎ノ槍・d10336)が、何人たりともここを通さないという表情で、廃墟前にすっくと立つ。
    「ほな、うちは繁みにでも隠れて様子を窺っておくわ」
     身を隠せそうな場所を探しつつ、禪杜・フュルヒテゴット(ハウンドアッシュ・d08961)は思う。もうすぐここへくる親子に対しては仲間が穏便に対応する手筈になっているが、もしうまくいかなければ最悪脅してでも帰ってもらおう、と。
    (「悪いけどうち、そっちの方が得意やからな」)
     と、その時――遠くから子供の声が聞こえてきた。
    「来たみたいだね。行こう」
     できれば廃墟を親子の視界へ入れないように。乙宮・翡翠(楽園にふれるなかれ・d06304)は最終決戦モードに変身した黒須・司馬(夜を越える・d07485)と目配せして、近づいてくる二人を待ち受けるべく山道を遡った。
    「あははは」
    「こらぁ、早い。お母さん追いつけないよー」
     青いマフラーの男の子が走ってくる。少し後ろに若い母親の姿が見えた。あれが健太朗と真奈美に違いない。
    「よし、始めよう」
     子犬のように駆けてきた幼児が、道を塞ぐ者に気づいて足を止め、首を傾げた。
    「だぁれ?」
    「俺は正義の味方。君に少し話があるんだ!」
    『リーベストラウム』を掲げてビシッとカッコいいポーズを取った司馬に併せて、翡翠がラブフェロモンを放出する。
    「わー」
     翡翠に魅了された幼児が、キラキラ輝く憧れの視線を彼女へ向けてきた。追いついてきた母親もまた、有名人に出会えてびっくりという表情になる。
    「お散歩中、申し訳ないのですが」
     すかさずそこへ登場したのは、プラチナチケットで撮影スタッフを装ったレイン・ウォーカー(隻眼の復讐者・d03000)。現在向こうの建物でヒーロー物のロケをしているのだと彼女は母親に手早く説明をする。色梨・翡翠(蒼蓮アンサイズニア・d00817)も関係者のフリをして、ぺこぺこと頭を下げた。
    「…というわけで、しばらくこの先を使用致しますので…お引き取りお願いします…ご迷惑をおかけして、申しわけございません…」
    「ここは危険だから、お家の近くの公園だとか、安全な場所で遊ぼうね!」
    「すまんな。だが、人々を守るのが俺達の役目だからな」
     口数の少ない司馬と元気な翡翠のWヒーローが、親子の前で再度バシッと決めポーズ。これでもまだ健太朗が駄々をこねたら、2人には更なる考えがあった。だが。
    「そ、そうね。邪魔したら悪いし、帰ろっか健太朗」
     もっとここにいたいような一刻も早く離れたいような、微妙な表情でそわそわしている母親。
    「ん~、あくしゅして」
     幼児は翡翠の手をぎゅっと握ってから、母の言葉に素直に従って、もと来た道を引き返していった。
    「随分あっさりと帰ったわね」
     遠ざかってゆく親子を見送りつつ、レインがほっと息をつく。道行きを阻むやや強引なやり方だったから、もっとごねられるかと思いきや、親子は聞き分けが良かった。それもその筈、周囲には万が一の為に麗が放っていた殺気がたちこめていたのだ。真奈美の様子が変だったのは、有名人に対する興味と、無意識に遠ざかろうとする気持ちが鬩ぎ合っていたからなのだろう。翡翠がぽそりと呟く。
    「親子さんの幸せ…守れたでしょうか…」
    「ああ」
     アルティメットモードを解除しつつ、司馬が頷く。ヒーロー役は柄ではないと思っていたが、やってみれば結構楽しめた。
     しかしこれで終わりではない。むしろ、ここからが本番――。
    「よーし、行こう。眷属退治へ!」
     親子の姿が見えなくなったのを確認した翡翠が、ふっと空を仰いだ。心の中で語りかける相手は両親と、彼女の大切な人達。
    (「お願い。私を、皆を、見守っていてね」)

    ●貪るもの
     ぽっかりと空いた玄関は、二度とは戻れぬ闇世界への入口のよう。先陣を切って廃墟に足を踏み入れた雪音は、薄闇に包まれた建物内部をサッと見渡す。無数のひび割れから射し込む陽光がぼんやり照らすのは、ロビー全体に張り巡らされた巨大な蜘蛛の巣。
     そして、その中央には――。
    『ギギギギギ……ギ?』
     新たな獲物の到来に驚喜し、早速襲いかかろうとしていた巨大蜘蛛は、標的の後ろから続けて駆け込んできた複数の人影を見て、一気に巣の後方へと退いた。
     巣の四隅で、小蜘蛛達がざわりと蠢く。
     周囲に漂う異臭に顔をしかめながら、レインが先手必勝とばかりにドス黒い殺気を放った。
    「死臭か……これまでに少なくない数の人間が餌食になったという事よね」
     絶対に許す訳にはいかないと憤るレイン。これ以上犠牲者は増やさせない! 前に出た彼女は、近づいてくる小蜘蛛へ鈍色に光る刃を向けた。
    「ちょっと何!? この蜘蛛っ、邪魔だ、どけよ!」
     大蜘蛛に張りついて動きを牽制しようと考えていた明は、行く手を阻む小蜘蛛に緋色のオーラを纏った鉄塊の如き刃を叩きつけた。
    「畜生」
     後衛のポジションへ移動してしまった標的を直接殴るには、まず前にいる敵を片付けなければならない。ギルティクロスなら奴にダメージを与えられるが、さてどうするかと明は思案する。
    「行くでー、くらいやー」
     バチバチッと電撃が弾ける。刹那、手近にいた小蜘蛛の懐に飛び込んだフュルヒテゴットが、雷を宿した拳を思い切り振り上げた。
    「腹に口があると、どこが正しい顎だか判らないな」
     アッパーカットを食らって仰け反る蜘蛛へ突撃した司馬が、相手の胸部に深々とナイフを突き立てる。反撃に転じようと身構えた蜘蛛を鉄塊刀で両断した翡翠に向かって、7体の小蜘蛛が一斉に飛び掛かってきた。
    「く…っ」
     襲いかかる複数の牙を避けきれず、あわや腕や足を食いちぎられそうになった翡翠へ、同じ名を持つ少女から癒しの力が向けられる。
    「しっかり! 回復役は私が担うよ。誰も倒れさせたりはしない!」
     その力強い言葉に後押しされるように、麗の紅蓮斬が唸りをあげる。
    「真田雪音! 参る!」
     雪音の持つ十文字槍が螺旋の如き一撃となって小蜘蛛を穿った時、後方の大蜘蛛が前衛を担う灼滅者を狙ってぶわあっと白い糸を吐き出した。
    「鬱陶しいわね」
     巻き付いてくる糸をものともせず、レインは再び殺気を放って小蜘蛛を覆い尽くし、その体力をじわりと削り取った。のたうちまわる小蜘蛛を無敵斬艦刀で屠りつつ、明は思う。大蜘蛛を押さえられないなら、邪魔になる障害を速やかに取り除かなくてはならないな、と。
    「さっさと排除してまおか」
     フュルヒテゴットの足元から伸びた影が小蜘蛛をぐるりと飲み込む。漆黒の闇がもたらすトラウマは如何なる責め苦を眷属に与えるのか。
    『ギギ……ギギギィ!』
     自らを癒すより攻撃を選んだ小蜘蛛の牙を横っ飛びに避けた司馬が、ガンナイフを振り上げて強烈な反撃を繰り出す。
    「数が多くて厄介だな」
    「全く、同感だよ」
     小蜘蛛の死角に飛び込んで刃を振るった翡翠が、司馬の言葉に深く頷く。小蜘蛛達はギギギと牙を軋らせながら、手近にいた雪音に飛び掛かって行った。
    「うぅっ!」
     激痛に身を捩って膝を折りかけた雪音の様子を、後方の翡翠は見逃さない。
    「させないよ」
     回復の力となるのは、彼女の魂の奥底に眠るダークネスの力――闇の囁きとの契約が、緩やかに仲間の傷を癒してゆく。
    「蜘蛛風情が……目障りだ、消えろ」
     紅蓮のオーラが苛烈な斬撃となって小蜘蛛の躯を左右に分断する。虚空に儚く消えてゆく眷属には見向きもせず次なる攻撃を繰り出す体勢を取った麗の横で、雪音が目前の標的に鋭い槍先を突き刺した。
    『ギギギギ!』
     クラッシャーを担うメンバーに、再び蜘蛛糸が覆い被さってくる。敵の自由を奪ってからじわじわと食い殺すつもりなのか。翡翠が裂帛の叫びによって、煩わしい糸を弾き飛ばした。
    「そう上手くはいかない事を、僕が思い知らせてあげるよ」
     弱肉強食は自然界の掟だが、眷属の存在は明らかに自然の摂理に反している。レインによって切り裂かれた小蜘蛛の脚をがっしと掴んだフュルヒテゴットは、尖った瓦礫に思いきり投げつけて敵を粉砕し、葬り去った。
    「あんたの血ぃは燃えへんのか……つまらんわぁ」
    「ああ? まだ駄目なのかよ、うぜぇ!」
     前衛を片付けてもまだ中衛が控えている。それらを始末しなければ大蜘蛛を満足に殴る事もできない。明は大いに憤慨した。
    「これでもくらえ!」
     緋色の逆十字に切り裂かれた大蜘蛛がキシキシと巨体を揺すった。その様子はまるで、こちらを嘲笑っているようにも見える。
    『ギギギギ!』
     4体の小蜘蛛が、明めがけて跳躍してきた。避けきれず深い傷を負ってしまった彼女に向けられるのは、翡翠と司馬による癒しの手。
    「調子に乗るなよ」
     麗と雪音の刃が一閃。左右からほぼ同時に刃の洗礼を受けた小蜘蛛は、断末魔の悲鳴を上げて消滅した。
    『ギギィ!』
     それは突如――何の前触れもなく突撃してきた大蜘蛛が、フュルヒテゴットの肩を鋭い脚で貫いた。毒が浸透するおぞましい感覚を吹き飛ばすシャウトと共に、彼の傷口から勢い良く炎が吹き出す。
    「……あんなぁうち、血が好きやねん」
     怪我はむしろ、彼にとっては炎を出す良い機会になるようだ。赤々と燃えさかる炎が、おぞましい異形の影を廃墟の壁に大きく映し出した。
     今だとばかりに明の刃が大蜘蛛を狙う。だが、敵は彼女の攻撃を巧みに避けてサッサと後方へ下がってしまった。
    「くそっ、ちょこまかと!」
     ドス黒い殺気と銃弾の嵐に見舞われても、自らを顧みず小蜘蛛達は再び明に襲いかかる。3つの牙に攻め立てられる少女を庇うように翡翠と麗が突撃し、小蜘蛛を薙ぎ払って討ち取った。
    「このまま一気に潰すよ」
     異論があろう筈もない。翡翠と司馬による癒しの援護を受けながら、残る2体の手下に灼滅者の攻撃が集中する!
    『ギギギギ!』
     またしても前衛陣の元に突っ込んできた大蜘蛛の牙を避け、逆十字で反撃しながら明が怒鳴り散らした。
    「手下を盾にするような奴は、おとなしく引っ込んでやがれ!」
    「後でゆっくり相手をしてやろう」
     呟く麗のギルティクロスが、明のつけた傷跡をなぞるように大蜘蛛の躯をずぶりと裂く。
    『キシャアアッ!』
    「まだまだ!」
     小蜘蛛の牙に腕を抉られた雪音が、裂帛の咆哮を上げる。回復を必要とする仲間がいないと見て取った翡翠が、無敵斬艦刀を振りかざす翡翠の攻撃に息を合わせて魔法の矢を放った。
    『ギギーッ!』
     重量感のある刃を食らった小蜘蛛が、脳天を矢で貫かれて力尽きた。次いで廃墟の隅に追い込まれた小蜘蛛が、集中攻撃を受けて跡形もなく消え去る。
    「あとは、あんただけや」
     生命の炎を滾らせながら、フュルヒテゴットが大蜘蛛に冷たい目を向けた。
    『ギイッ!』
     自分は常に優位な立場にあった。それなのに何故人間如きに追い込まれているのか。理不尽だ、有り得ない――そう言っているかのように大蜘蛛が巨体を揺する。
    「……」
     奴の後ろに積み上げられている白いモノは、大量の骨だろうか? 廃墟に迷い込んだ動物や人、命の残骸。
     司馬は、ハートのマークが具現化された胸元にそっと手を当てた。
    「これ以上、お前を野放しにする訳にはいかない。絶対にだ」
     麗と雪音が同時に動く。
    「――逆十字と共に沈め」
    「覚悟してもらおう!」
     緋色の逆十字と槍の強撃が大蜘蛛に襲いかかる。突き出されてきた杭のような脚を避けたレインが、敵の死角を突いて容赦なく攻め立てていった。
    「年貢の納め時、よ」
    「これまでのツケをきっちりと払って貰うぜ!」
     ドズン! 明による超弩級な一振りが、凄まじい斬撃となって蜘蛛の躯を陥没させた。その勢いで幾本かの脚が千切れ跳ぶ。
    「避けたら殺す」
     フュルヒテゴットの抗雷撃が蜘蛛の顎を下から上へと突きあげた。仰け反る体を貫くのは、司馬による漆黒の弾丸。
    『ギギイィァァ!』
     息つく余裕もない攻撃が次々と眷属に撃ち込まれてゆく。逃げ場はなく、反撃も避けられてしまい、大蜘蛛は為す術もなく弱っていった。
    「……もう、いいでしょう? じゃあね」
     翡翠の一言と共に繰り出されたマジックミサイルが、大蜘蛛の口から背中へと真っ直ぐに貫通した。
     次の瞬間、風船が割れる様な音と共に敵が弾け飛び――。
     後には何ひとつ残らなかった。眷属が存在したという気配すらも。

    ●眠りにつく建物
    「はい、お疲れさん」
     フュルヒテゴットが名残惜しそうに炎を引っ込めた。静寂と共に闇が戻ってくる。
    「やれやれ……これで仕舞いか。まぁ、無事終わって何よりだな」
     ゆるゆると首を振って、麗が溜息を零す。ぐるりと周囲を見回した翡翠が、眉を顰めた。
    「あそこにある大量の骨は、片付けた方が良いのでしょうか……」
     そうだなと麗が頷く。結局皆で相談して、廃墟の奥にひっそり埋葬する事となった。
     レインと司馬が、知られざる犠牲者へ哀悼の意を示す。その傍らで雪音は、蜘蛛に対しても罪悪感を抱いていた。ダークネスに利用された生物の魂に安らぎはあるのだろうか。
    (「申し訳ない。だけど、私にも守りたいものがあるのだ」)
     建物の外へ出た翡翠は、改めて空を見上げた。皆はちゃんと見守っていてくれたのかなと。
    「ああ……やっちゃった」
     仲間がシリアスな空気に浸る中、興奮のあまり男口調で戦ってしまい自己嫌悪でジタバタしていた明は、ふっと我に返って廃墟に目を向けた。
     ここは遊歩道なのだし、これからも多くの散歩者が通りかかるのだろう。眷属がいてもいなくても、朽ち果てた建物には危険がつきものなのだ。崩落に巻き込まれたら、それはそれで悲劇。
    「立入禁止の注意書きでも、置いておこうかな」

     何はともあれ、脅威は取り除かれた。今後再びここに恐ろしいモノが住み着かないよう祈りつつ――灼滅者達は黙って建物に背を向けたのだった。

    作者:南七実 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年12月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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