noblesse oblige~力ある者の責務

    作者:波多野志郎

     ――デーヴィッド・フローリンガー(焔血・d08112)は誰よりも知っている。
     力ある者は、力を持たぬ者よりもより多くの背負う責務がある。ダークネスという脅威に対し対抗出来るのは灼滅者だけ――戦う力を持たない者に替わり戦う力を持つ者が戦場に立つ役目なのだ、と。
    「noblesse oblige」
     ノブレス・オブリージュ――高貴さは義務を強制する、それこそがデーヴィッド・フローリンガーという少年の信条だ。
    「そういう意味において、この武蔵坂学園は大変素晴らしいところです」
     放課後――廊下を行き交う生徒達を見てデーヴィッドはそう微笑した。それに園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)もうなずく。
    「この武蔵坂学園はごく一部の例外を除き全員が灼滅者ですから」
    「ええ、私も多くのものを学ばせてもらっています」
     そう語ったデーヴィッドの眼差しは鋭い。ダークネスとより効率的に戦うのはどうすればよいのか? その選択の結果武蔵坂学園へとたどり着いた。
     自分のその判断が正しかった、とデーヴィッドは確信している。
     この武蔵坂学園の戦いで仲間達から学び、そして少なくない事を伝える事が出来た。
     そして、思う――より多くを学び、より多くを伝えたい、と。
     その時だ、窓の外である一団が校庭を揃って歩いているのが目に入ったのは。
    「……ミス園川、彼等は?」
    「ああ、旧校舎に行く生徒達ですね。今は旧校舎は学び舎として使われていないので訓練に最適なんだとか――」
     槙奈の言葉が途中で途切れる――デーヴィッドが目を輝かせたからだ。
    「それです、ミス園川」
    「え?」
    「私は学びたいのです、一人でも多くの仲間から。そして、学んだ伝えたいのです……一人でも多くの仲間へ」
     戸惑い赤面する槙奈へ、デーヴィッドは優しい笑みと共に告げた。
    「ありがとうございます、ミス園川。あなたのおかげで、私は次にすべき事に気付きました――多くの者から学び、そして伝える場所を作ればいい、と」

    「この武蔵坂学園には多くの灼滅者がいます。私のように昔からダークネスと戦って来た者、またこの学園に来るまで戦いを知らなかった者もいるでしょう」
     デーヴィッドは語る。その言葉に実感がこもっていたのは、どちらも共に戦った仲間にいたからだ。
    「ダークネスと戦って来た者はその経験を語ってください。いかにしてダークネスという強大な存在と戦ってきたのか? その経験は必ず誰かの窮地を救う事でしょう」
     デーヴィッドは続ける。
    「ダークネスや戦いの経験に乏しい方は学んでください。その知識は、これからあなたが陥るだろう窮地を切り抜ける術となるでしょう」
     だから、あなた達にこの講習会で学び伝えて欲しいのです――そう締めくくり、デーヴィッドはあなたへと訊ねた。
    「あなたは、伝える側ですか? 学ぶ側ですか?」

    ■このシナリオは『TRPGリプレイ連動シナリオ』です
     このシナリオは、11月20日に富士見書房から発売された、サイキックハーツTRPGリプレイ『灼滅者に涙はいらない』との連動シナリオです。
     今回登場したデーヴィッド・フローリンガーと園川・槙奈は、この『灼滅者に涙はいらない』に登場しているキャラクターです。詳しくはリプレイを読んでみてくださいね!

    ●このシナリオは『参加無料』です
     みなさん気軽に右下の『参加する』をクリックし、参加してください。
     ただし、参加するには自分のキャラクターが必要です。まだキャラクターを持っていない人は、ここから作成してください。キャラクター作成も無料です。
     https://secure.tw4.jp/admission/

    ●リプレイには『抽選で選抜された100人』が描写されます
     このシナリオは学園シナリオです。参加者は必ずリプレイで描写される訳ではありませんが、冒険の過程や結果には反映されます。
     なお、今回のシナリオでは、抽選で選抜された100人のキャラクターが描写されます。抽選はトミーウォーカーが行います。

    ●2巻以降に登場してくれる人、募集!
     サイキックハーツTRPGシリーズは、今後も刊行される予定です。
     そこで『2巻以降のリプレイに登場していただける方』を募集します。登場してもいいよという方は、プレイングの1行目に、
    【TRPGリプレイ登場OK!】
     もしくは、
    【TRPGリプレイ登場OK!(闇堕ちもOK!)】
     という文章をコピー&ペーストしてください。
     今回の連動シナリオ4本のいずれかに参加し、プレイングの1行目にこう書いていた中から、FEARがキャラクターを選抜します。
     どのような形で登場するのかはFEARに一任となります。学園に通う生徒として事件に巻き込まれたり、重要な情報を教えるキャラクターになるかもしれません。闇堕ちもOKと書いたキャラクターは、ダークネスとして敵側に回ることもあるかもしれません(闇堕ち時の外見などをプレイングで指定しておくといいことがあるかも?)
     登場することになった場合でも、事前に連絡などは行われません。ご了承ください。


    ■リプレイ


     その日の放課後。旧校舎に多くの少年少女がその足を運んでいた。
     学ぼうとする者、伝えようとする者、そして、その両方を望む者。多くの者がその部屋へと集まっていた。
     壇上へと一人の講師役の生徒が立った。シン、と静まり返る室内――痛いほどの静寂の中でイチが語り出す。
    「げへへ、このイチ様が来たからにゃ最高にクレバーな戦い方を教えてやるザンス。いいザンスか? 戦いっての相手と対峙した時からもう勝負は決してるんザンス」
     それは? と息を飲む周囲にイチは言い切った。
    「それは『顔』ザンス!」
    「はい、ありがとうございましたー」
    「そう、勝敗は顔の良さでってぇ!?」
     無情に連れ去られていくイチに会場からドッと笑いが起こる。先ほどまでの緊張感や硬さが笑いに砕かれたのを見て、デーヴィッドは微笑んで言った。
    「では、講習会を始めましょう」


     まず、挙手があった。それにデーヴィッドは促す。
    「質問ですか? どうぞ」
    「俺はダークネス、こいつの認識を確かなものにする為にここに来てみた」
    「なるほど、ダークネスの事を知りたいのですね?」
     玄武の言葉にデーヴィッドが頷くと講師側で森本・煉夜が手を上げる。そして、壇上へと昇ると正直に口を開いた。
    「一つ言えるのは、ダークネスは自分より圧倒的に強いということだ」
     森本・煉夜はそのまま続ける。
    「自分が強いかどうか、それは敵の強大さの前には些細なことに過ぎない。要は自分が勝てる戦いをするかどうか、それが全てだ。勝つためにはあらゆる手段を模索する必要が有るが。外から来た者が戸惑うのは何よりもこの学園には大量に灼滅者がいるという事だろう。たった一人で戦ってきた外とは違う。犠牲を前提とした戦いから、より失わない戦いをするよう切り替えることが、ここでは出来る。その上で、個々のダークネスについては他の人に任せよう」
     それを受けて、壇上に上がり初美が観衆を見回し口を開いた。
    「ボクからは宿敵であるダークネス、ソロモンの悪魔の事について語ろう。基本的には本体が直接動くよりも配下を操って、勢力を広めるタイプである。ダークネスである悪魔は非常に強力で戦いになれば、ただではすまないだろう」
     それに続き、青竜も壇上に上がる。
    「ヴァンパイア最高! いや、敵なんだけどね……ヴァンパイアは生物の生き血を喰らうことで生命を保つダークネスでね!?」
     長くなる前に青竜も連れていかれる。琥太郎は苦笑でそれ見送り、壇上に立った。
    「オレが戦ったコトのあるダークネスはシャドウだけなんで、シャドウに詳しいヒトが聞いても面白くないかもです」
     シャドウは四種のトランプのどれかを象徴とするダークネスだ。現在はその強大な力のためにソウルボードという精神世界を住処としている。
    「まぁそんなカンジで、シャドウは絶対に精神世界から出さないコト、が鉄則になります。もし出てきてしまって現実世界で対峙したら……絶対に勝てない。だから、逃げてください。何があったとしても逃げて下さい。お願いします」
     その言葉に強く頷いたのは受講側にいたレイン・シタイヤマだ。対シャドウでかつての仲間を全部失ってしまった経験がある、その警告は強く胸を打った。
    「はい、六六六人衆の具体的な強さや攻撃方法、よくとる戦法、そしてわかる範囲での弱点を教えていただけますか?」
    「俺もイフリートのそれに興味がある」
     殺人鬼である蓬の質問とファイアブラッドの闇夜に、同じルーツの講師役が返答する。
     驚異的な暗殺能力を誇る集団、六六六人衆。
     破壊と殺戮の衝動のまま暴れる幻獣種、イフリート。
     最強を追い求める狂える武人、アンブレイカブル。
     快楽と享楽に生きる鬼、羅刹。
     快楽と淫欲によって堕落の道へと導く淫魔。
     ご当地パワーの暗黒面に堕ちたご当地怪人。
     価値の無い動物たちやその死骸から生み出される眷族。
     加えて、神代・煉も手をあげ教壇へと立つ。
    「オレは、どこか憎めない「怪人・トリアタマ」という都市伝説の話をしよう。都市伝説は人の噂話や未知を恐れる心とサイキックエナジーが合わさって生まれる存在なのだが」
     神代・煉はそれをユーモラスな話で語った。
    「なるほど……」
     銀は真面目な表情でメモ帳にダークネスや眷属、都市伝説の特徴を書き記していく。その恐ろしさを体験した者の口から聞けるのは貴重な事だ。そして、だからこそ思う事もある。
    「それほど強力なダークネスに勝てる、そう思う?」
     挙手をして問われた零の言葉は、誰もが抱いた疑問だろう。あるいは、零のように過去にダークネスの強さを目の当たりにしているからこそ。
     その問いに一人の少女が手を上げた。レイは壇上に立つとやや緊張気味に言葉を紡ぐ。
    「可能です」
     レイは一つ一つの言葉を丁寧に語っていった。
    「ダークネスとの戦闘に関しては十分な下調べと冷静な状況判断が必要です。それからチームワーク。時に身勝手な単独行動は犠牲者を増やし兼ねませんので注意を。自己の力の慢心から窮地に陥る事もありますので、日々の鍛錬を怠らず常に心と体の訓練を行って下さい」
    「その通りだ。よく聞け皆の者。我等は強い。だが、敵となるダークネスはもっと強い」
     レイの隣に立ち、教壇から陽炎が続ける。
    「では、実力のかなわぬ敵に勝つにはどうするか? それは結束の力に他ならぬ。これは、皆で力を合わせて頑張ろうなどという甘っちょろい話ではない! 組織的に動け! 集団で戦う術を身に付けろ! 個人の感情は切捨て全員で一つの生物であるかのように動け! 全ての者達が同じように行動し、時には分散し、また時には己や仲間の犠牲もいとわずただ一つ、目的完遂の為に突き進め」
     壇上でそこまでまくし立て、陽炎は笑みを浮かべた。
    「それが全てだとは言わん。だが必ず必要な時が来るその為にも頭に戦いの何たるかを叩き込んでおけ」
    「事前の情報とチームワーク、それが勝てる、と?」
     信三郎の問い掛けに、レイは笑みをこぼししっかりと頷く。
    「それについて一つ聞きたい事が」
     そう手を上げたのは緋頼だ。
    「事前の情報というと、エクスブレインの予知に従わないとどうなるのでしょう?」
    「いい質問ですね」
     それに答えるのはデーヴィッドだ。
    「ダークネスはバベルの鎖の力によって予知する事が出来ます。そのため、通常の手段では敵の裏をかくことは困難と言っていいでしょう。しかし、エクスブレインはサイキックアブソーバーからの膨大な魔術情報をアウトプットし、ダークネスの予知を完全に無効化する手段を未来予測として得られるのです」
    「エクスブレインの言う事には従っておくべきだと?」
     緋頼の問いにデーヴィッドは肯定する代わりに答えた。
    「私も幾度となく助けられました。皆さんもこれから幾度となく助けられる事でしょう。ただ――」
     その穏やかな視線は星夜と兎へと向けられる。難しい話についていけなかったのか夢の中にいる二人の少年達にデーヴィッドは提案した。
    「基本的なところを抑えたところで少し体を動かしましょうか?」


    「そこの君達ー何でもいいから僕に向けて攻撃してみようかー。他の人は後ろに隠れて動きを見てて?」
     千歳に声をかけられ、数名の受講者が千歳の背後へと回る。それに対して指名された五十峯・藍が歯車型のリングスラッシャーを手に言った。
    「未熟なれど、俺だって全力を出します。覚悟してくださいね」
     くるくると指先で回すと五十峯・藍は投擲した。それに千歳は合えて踏み込む――ダメージを最少に留めようというディフェンダーの動きだ。
    「ここで背中を向けたら右手側が隙だらけだよねぇ。だから、ここで踏み込む足をこう変えると上手くいくんだ」
     踏み込む爪先の角度、それだけで一気に五十峯・藍へと間合いを詰める。そのまま前後左右へと滑らかに移動する動きに受講者から感嘆の声が上がった。
    「あれがディフェンダーの動きか」
     紅牙が呟く。いつもの明るい表情はではなく、真剣なものだ。誰かが傷つこうとすると放っておけない紅牙にとって我が身を犠牲に誰かを守るそこは理想のポジションの一つだろう。
    「最後に仲間を守りきるって気持ち、絶対に忘れないでね」
    「ありがとうございました」
     そう締めくくる千歳に、五十峯・藍は頭を下げた。簡単に間合いを詰められた悔しさはあるが、それ以上の収穫を得た、そんな充実感があった。
    「今の動きだが――」
     フィンも短くだが、的確に千歳へと問いを投げかけた。
    「自覚して『サイキック』を使った事がなく、殲術道具の実戦使用もダークネスとの戦闘も経験せず、経験があるのは人間との喧嘩や決闘だけ。そんな灼滅者として初心者レベルの者がまず初めに為すべき事とは?」
     倭の質問へ名乗り出たのは二人だ。
    「正直、俺講師っつーガラじゃねーんだけど……」
    「まぁまぁ」
     鈴之介の愚痴を直司が宥める。共にその手にあるのは刀だ。鈴之介は正眼に構え、直司は左手一本で構える独特の構えで向き合う。
     両者の刀が火花を散らした。それが剣舞だと知らない者には真剣勝負に見えただろう――それほどまでに見事な剣技によって行われる演武だった。
     刃の剣戟が十合を越えたあたりで、鈴之介と直司は共に動きを止め一礼する――鳴り響く拍手に鈴之介が口を開いた。
    「小さい頃から剣術を習ってきたからな。剣術における戦いの基本は型だから、変な癖付いた我流にならねえようにって師匠によく注意されてたもんだ」
    「ボクは右腕をダークネスによって斬られてから、左腕で振るうようになりましたから基本は納めていますから」
     直司もそう付け足した。
    「さっきの質問への回答は何事も基本から始めろだ」
    「我流もよいですが、何事にも近道はありません」
    「なるほど、そういうものか。感謝する」
     二人の講義に、倭は満足した、というように頷く。
     その隣では愛菜が決めポーズを取っていた。
    「今時の魔法少女は魔法だけじゃなくって格闘技だってできなきゃダメなんだから! レベルを上げて物理で殴るのが最近のトレンドだよ☆ 魔法で先生パンチしてから、その混乱に乗じて敵との距離を詰めて蹴り倒して、最後にまた魔法でトドメ! 愛菜の必勝パターンだよ☆」
    「すごいですね、666。あれが魔法少女(物理)ですよ?」
     方向性の違う盛り上がりを見て瑠璃は自分の大事な人形へと囁きかけた。
    「ダークネス共を灼滅したいのであれば、狩りの際は善人ぶらずに情け容赦なく相手を灼滅する。この一点のみを考え冷徹に戦うのが効果的でござるよ」
     幻霧斎は鋭い眼光で受講者達へ告げた。それに伊月が手を上げる。
    「実際に大事な人が目の前で危険な目に遭っているとしたらやはり平常心を保つ自信はありませんが、どうされます?」
    「相手が人質などを取ったら「相手の動きが鈍くなる」と。考えられる程度の冷徹さが必要でござるな」
     その厳しい言に、受講者達の間に緊張が走る。それだけ鬼気迫る言葉だった。
    「戦場で迷いは持ってはならない。それは自身も仲間も殺す。後悔は後から背負えばいい。殺しの場では、迷いなく敵を殺せ。『死』の重荷を背負う覚悟が出来ているのならば」
     宗嗣も殺し合いの心構えをとつとつと語った。治胡も受講者達を見回し、口を開く。
    「灼滅者に必要な物それは一定の力を持つことが前提で、地道に鍛えていくしかねぇ。力を使いこなすには、体が資本だからな。加えて、強い想いだ。死地に在っても背を向けず、立ち向かえるだけの想いが無きゃ、厳しい戦いを乗り越えることは出来ねぇ」
    「私はつい最近、灼滅者になったばかりで実際の戦いがどんなものなのか、全く分かっていません。プロレス部に所属しているため、怪我や痛みには慣れていても、殺し合いや守ることには無知でして」
     受講者の香坂・澪が言った事に、治胡は学帽の下で笑った。
    「俺だって武道で鍛錬は積んでたぐらいで、日は浅いさ。その経験を活かすのが一番だ」
    「しっかり教えるからちゃんと聞きなさいよ!」
     そう言うのは明日等だ。
    「は、はい」
    「はいっす」
     その迫力に気の弱い魅鳥はコクコクと頷き、インビジも身を小さくして聞いていた。
    「自分達が強いと思えばダークネスに立ち向かえるわ」
    「もちろん、うち自信の勝手な思い込みっつーか勝手な基準なのは間違いないんだけどよ」
     秋庭・小夜子もそう前置きした上で持論を展開する。あまりまくし立てて相手を押し潰さないように、そう出来る余裕が秋庭・小夜子にはあった。
    「武器を構えたら躊躇うな、前に進め、そうしなきゃ拾える勝ちも拾えねぇ。俺達にはきっと、それが出来る筈だぜ?」
     そう祐一は仲間達への信頼を込めて言う。
     それに静まる受講者達へ晃平は寝癖のついた頭を掻いて告げた。
    「俺はあまり真面目な方ではなくてね。そうだな……言えるとするなら『逃げるが勝ち』という戦法も、あるということだろうか」
     今まで言われた事とは逆の言葉だ、しかし、晃平は真っ直ぐに語る。
    「もちろん、敵前逃亡を恥じとする心意気は良いと思う、よ。でもね、どうしても逃げなければいけないときは、必ず訪れるとも、思うんだ。己の命を投げ打ってでも、と考えているのなら改めて欲しい。灼滅者としてダークネスを確実に討ち取りたいのなら、何はなくとも、生き延びることだ」
    「僕は以前、一対多数で戦って負けたことがあります」
     咲楽は話す。自身の敗北を。
    「敵が迫り、一緒に戦う意気込みを見せていた仲間がナイフでどんどん倒されていく。残る人数も少なくなってきた時、相手が余裕の表情で戦意をなくして去っていきました。最低条件は達したものの、とても恐ろしく悔しい出来事でした」
     咲楽は静かに周囲を見回し、告げた。
    「それ以来、あまり戦うこともしていませんでしたが、これを機にまた戦おうと思います。戦いは護る為にあるのです」
     その確かな決意に、受講者達も拍手を送る。咲楽もようやく笑みを見せた。
    「俺様、実は使う武器を迷ってんだよね。こうオススメの武器とかある?」
    「私もバスターライフルのサイキックについて聞きたいのですが」
     司や舞生など、武器関連の疑問を抱く多くの受講者を前に嵩哉だ。数々の武器を前に、一つ一つ的確な解説していく。
    「自分好みの殲術道具を作ろうってのが俺の工房、Dvergrだ♪ 今日の話で興味が湧いたらいつでも尋ねて来てくれよ」
     そんな自分の工房の宣伝も忘れずに嵩哉はサムズアップした。
     そこから少し離れた片隅でいくつものガトリングガンを並べていたのは力生だ。
    「俺はガトリングガンを使っているから、この使い方を教えようか。ガトリングガンを使っているもの、使いたいものは集まってくれ」
     そして、そのガトリングガンを手に集まった受講者へ語り始めた。
    「撃ってみたいかい? その前に、整備の仕方を覚えよう。プロは道具を大事にするものだ。いざというとき頼りになるように、愛着をもってやってほしい。もちろん、部品を全部バラしてやるんだぞ?」
    「で、出来るでしょうか?」
     何事も経験だ、とガトリングガンを手にした不安げな桜に、力生は力強く頷いた。
    「大丈夫、すぐ覚えられるさ」
     その言葉に励まされ、桜以外の受講者達も解体に挑戦していく。力生も丁寧に一人一人へと教えていった。
     それを見たデーヴィッドは視線を目の前に戻した。そこには真剣な表情で問いかけてくる真澄がいた。
    「ダークネスには一般的なRPGみたいに火属性は水に弱いみたいな、弱点とかは無いのか? イフリートとかはごうごう燃えてるのにフリージングデスとかはちゃんと効くのか?」
    「そうですね、明確な弱点は定かとは言えません。ですが、サイキックによる攻撃は物理法則に関係なく効くものです。例えば、フリージングデスで燃えるイフリートを凍らせるのも可能でしょう」
     実に初歩的な質問だ。今更聞けないそんな疑問もここではいくつも上がる。
     もちろん、初歩的な疑問だけではない。
    「人型を留めないダークネスとの有効な戦闘法はあるだろうか?」
    「あたしは特に影業を足に纏わせて戦うから、そういう戦闘技術はないかな?」
     龍人のような特殊な相手との戦い方も真琴のような独自の戦い方も、ずばりそのものの答えはなくとも近い回答は得られた。
    「『衝動』をどう抑えてるか聞きたいボクはゲームをひたすらやり倒して寝落ちする事でやり過ごしてるけど、他の人はどうなのかな?」
    「戦いのスリルを求めて入学したのだが、それは灼滅者としての道を外れているのだろうか?」
     そんな普段は聞けない殺人鬼の悩みを伝斗は訊ね、鷲介は普段悩んでいた事を打ち明ける。そうする事で、多くの仲間達と意見を交換できた。
    「『一般人に効く』ESPは動物に効かない事例がある――」
     龍夜などはESPの重要性を重点的に語る。武器ほどではないが、ESPが状況を有利にしてくれる事は少なくないのだ、そう多くの受講者が学んだ。
    「スレイヤーカードと対極にあるダークネスカードってまだ実際見たことないのよね。誰かダークネスと戦う時にダークネスカードを破壊した事がある人っているのかしら?」
     麦秋のように、まだ誰も知らない未確認の疑問を提起した者もいた。
    「あたしの地元を守るためにも、絶対強くなるんだ!」
    「ええ、頑張ってください」
     力強く言い切る真琴にデーヴィッドは声援を送る。笑いがこぼれるその中で、琥珀が軽い調子で言った。
    「闇堕ちした時の感覚とかってどうなの?」
     その一言に、周囲が沈黙した。それに驚いたのは、言った琥珀本人だった。
    「えっと……?」
    「ええ、それは座学に戻って語り合いましょう」


    「はーい質問です! 私たちが闇堕ちする事について、どう思いますか!」
     ここぞとばかりに神武侍・晴香も問いを投げかける。その事は灼滅者であれば誰もが胸に抱く事だったのだろう。
     巧も表情を引き締める。どうすればダークネスとなるのか? それこそを知りたいからだ。
     それに最初に答えたのは海莉だった。
    「闇堕ちを恐れてはいけません。突き放す事も、受け入れてもいけません。善悪で区別出来ないもの、だと思います」
     海莉は言葉を一つ一つ選びながら口にしていく。
    「ダークネスは確かに、人類の敵ではあるけど……。己に宿るダークネスは、きっと力になります。自然現象に喩えれば、ダークネスは自然そのもの……恐れや侮りは、身を危険に晒します。畏れても、されど恐れてはいけません」
    「矜持、誇りを持って負けないという覚悟とこの武蔵坂学園の仲間達を信じればどんなに辛くても闇に落ちることなく戦っていける、そうわたしは思ってるよ」
     挙手し、後に続けた結衣奈の言葉に神武侍・晴香も満足気に頷いた。
    「……闇堕ちの経験がある方に質問です」
     低く深く、水の底から響くように十七夜・奏は重い問いが投げかけられた。
    「闇堕ちした時の、その時の感情や欲求を教えてください」
     まず手をあげたのはのぞみだ。
    「最初は自分の意思で……そして、いつの間にか暗い闇の中で暴れる自分をぼんやりと見ていました……」
     自身が羅刹化した過去を語るのぞみの表情は暗い。だが、その瞳には強い色があった。
    「そんな時、幼馴染みが姿を見せて……私は幼馴染みに灼滅される覚悟で自分の闇に抵抗しました。でも、幼馴染みは絶対に私を救うと決め、私の闇を撃ち抜いてくれました」
     自分の親しい人が闇堕ちしたとしても、最後まで望みは捨てないで欲しい。そうのぞみは想いを込めた。
     次に手をあげたのは百火だ。
    「闇に呑み込まれるのは恐ろしい。我を忘れ、愛したものを傷つけ、積み重ねたものを全て失ってしまう」
     だが、と百火は壇上から仲間達へ訴えていく。
    「時には自ら闇へ身体を預ける必要があるかもしれぬ。その時に、それを責めることなのできまい。仲間を、友を、愛するものを作れ。それがきっと、闇に囚われたとしても、主たちを助けてくれるはずじゃ」
     闇堕ちする事は終わりではないのだ、そう百火は語った。
     次に挙手をしたのは、寧だ。
    「私の双子の妹はダークネスです。私はそれに引きずられ、学園の灼滅者さん達に救って頂きました」
     寧の言葉に、いくつか会場で空気が固まる。花京院・要は何かを言おうとする双子の兄を無言で抑え付けた。海斗もまた、隣にいる双子の弟を見た。来栖はここにいない、双子の弟を思い出す。この場にも血の繋がりを持つ家族がいる者も少なくはないのだ。来栖は期待する――自分があの時、何故この力が得られたのか、その理由がわかる事を。
    「私が知りたいのは『ダークネスとなった家族と向き合う覚悟はどうやったら持てるのか』です……たった一人の妹なんです。もう二度とあの頃に戻れなくても」
     それは、あまりにも悲痛な言葉だった。
    「今の私はまだ、灼滅者としてあの子を灼滅する覚悟がありません。未だにあの子の呼ぶ声が聞こえる気がして。あちら側に行かなかった私を、裏切り者と責めてる気がして。ここにいる以上道は決まっているかもしれませんが。灼滅するしか、救いはないのでしょうか?」
    (「親友や親兄弟がダークネス側に落ちた場合でも、倒すべきなのか?」)
     それは天雲・戒も抱いていた疑問だ。
     まず、手を上げたのは久遠・翔だ。
    「俺はこう見えても過去兄と同時に堕ちた。目の前で家族が殺されてな。そして兄も死んでノーライフの仲間入り……もう気が狂いそうだった。それを昔の灼滅者が見つけて闘い救出された、そんで今に至るってわけ」
     一つ溜め息をこぼし、その強い眼差しで続けた。 
    「別に同情とか求めてない。ただ、俺は感情のままに行動し続けたらいつか取り返しのつかないことになることを知っている……俺の手はすでに赤く染まっている。だからお前ら堕ちるなよ?」
    「ダークネスとは戦う以外の術はないっスか?」
     たまらず、そう声を上げたのは黒白だ。
    「勿論、無駄だと解ってるっス。自分はこれまでいくつかのダークネスと言葉を交わしてきたッスけど、帰ってくる答えはいつも同じだったッス。それでも、絵空事でも、甘い考えでも人として、闇に落ちた人を灼滅する事を救うなんて言葉で誤魔化したくはないっス。敵だろうと、手遅れだろうと、結果的に死んでるのだから。それ以外の道があるなら、それに越したことは無いッス」
     例えなくても、その可能性を追う事はやめたくない――そう語る黒白に続き、竜武も言った。
    「ダークネスとの戦いに完全勝利すると言うことは、すなわち人類が滅亡する事になるんじゃないか?」
    「ダークネスを本当に滅ばす事が出来るのかな?」
     湊のその呟きにその場にいた全員の視線が集中する。
    「って、いや、力がどうこう、って話じゃなくて……その、妁滅者が居る限り、ダークネスは生きてる……オレ達の中でどんな状態を、滅ぼしたって云えばいいんだろう?」
     根本的な問題だ。それを聞いてヒナも口を開いた。
    「俺は灼滅者という存在そのものに、疑問を感じてならない。俺たちの至上の目的は、ダークネスを灼滅することだ。灼滅者として、ひとりでも多くを、闇の導きから救いたいと思っている。だが、ダークネスを駆逐したその先に、人間だけの平穏な世界は、あるのだろうか?」
    「今までの歴史でダークネスが暗躍していたからこそ人類は発展した。今はサイキックアブソーバーで混乱が生まれ、停滞状態だ。だったら、俺達灼滅者こそが間違っているんじゃないか?」
     桃夫の言葉にこそ、その場が騒然となった。
    (「灼滅者としての俺の敵とは一体なんなのか……」)
     そのざわめきの意味を隆一は知っている。自分も抱いた疑問だからだ。
     だが、それを沈めたのもまた受講側の生徒だった。
    「私を闇堕ちからかっこいいおにーさんに助けてもらったのです」
     ティナーシャの言葉が誰の耳にも強く届いた。
    「今の私は、私が助けてもらったように、誰かを助けるために戦っているつもりなのです。みなさんは何を大切にして、どんな理由で戦っているのです?」
    「良い機会ね、辛い記憶、復讐の意思……それ以外の気持ちを持って、戦いに望む人はいるのかしら?」
     それは個人的に問いたかった、と迦楼羅も訊ねる。
    「俺は自分の信じる正義だ!」
     それに銀都が拳を握り締め言い切った。そして、問いを放つ。
    「みんなの信じる正義とは何だ!?」
    「灼滅者として在る為に、貴方達は何を持っていますか?」
     刀弥も問うた。眩しいとまで思う仲間達へ。
    (「これは……?」)
     悟は窓際で状況を見守っていたからわかる。講師も受講者もない、全員が自由に発言する場になっている、と。
    「責務って……なにー? 責務って言葉、好きじゃないんだけど……。責任プラス義務で、出来てる言葉っぽいのよね? それを男前が言ってるじゃない? どうゆことかしら?」
    「力を持つ事は無論、愛される事にも大きな責任が伴うと、妾は躾けられたぞよ」
     アンジェリアの矛先がデーヴィッドに向かうとイルルがそう言葉を反論した。雪紗は気づく――誰もが講師であり、受講者なのだと。
     ここには感情があった。誰もが本心で語り合う、灼滅者が只の殲術道具では無い証が。
    「よく考えてみたらわたし達って普段なかなかそういう話、しないもんね」
     眠気と戦いながら御神本・琴音が笑う。鷹徒もまた、半人前であるからこそ学ぼうと目をこらした。
    「今までに恵那が戦った相手は助け出せたり灼滅するしかなかったりしたけど助け出せたかもしれないのに灼滅しなくちゃいけなくなっちゃったって場合もあるよね そういう時ってどういう思いなんだろう?」
     恵那の投げかけた問いに香羽も重い口を開いた。
    「私はダークネスだった。一般人も殺した。そんな人間に灼熱者たる資格はあるのか?」
     香羽の言葉に答えたのは獅央だった。
    「んと、一般人被害出した経験ある人いる?」
     そう獅央は問い掛けながら、答えを待たずに言った。
    「俺は、ある。ダークネスと戦った時、闇堕ち救出する時、少なからず被害を出してしまった。これからみんなも戦っていくなかで同じように被害が出てしまうかもしれない」
     そして、香羽を見て続ける。
    「正直すげーダメージくらう。精神的にな。救えたかもしれない命だろ? 被害を出して闇堕ちから救出されたやつは想像つかないくらいショックだよなきっと。俺らはそういう救えなかった命と救った命とどちらの未来をも背負っていくことになる」
    「灼滅者っていうのは、決してヒーローそのものでは無いんですよ。悲しいことに」
     そう蔵乃祐も付け加えた。
    「灼滅者としての心得を話そう。俺たちは、何よりもまず、自分自身の心の闇に打ち勝てなくてはならない。それが、俺達灼滅者としての矜持だ。自分自身に打ち勝てないものに、ダークネスと戦う資格もなければ、ダークネスから人々を守る資格もない。そうでなくては、俺たち自身の手で、今以上の災厄を招くことになる」
     かつて闇堕ちしたからこその、琉希の言葉だ。
    「だが、自分自身の心の闇に対しても一人で挑む必要はない。多くの仲間がここには居るのだからな」
    「コツはよく寝てよく食べてよく遊べよ」
     勘志郎はウィンクしてそう言った。
    「アタシたちを辛うじてダークネスに身を落とさないのは日々の平凡な日常があるからよ。戦い方を知るのも大事。ダークネスと戦うのも大事。だけどアタシたちは灼滅者である前に、まだ10代の少年少女なのよ? 休憩も必要だと思うの。辛いことがあっても、支えになる何かの存在を忘れないでね」
    「私の好きなことって何でしょうか?」
     日常とは何か? それを知りたいフィリスへ勘志郎は笑って答えた。
    「あなたが笑顔になれる事よ」
    「そうですね、私もそう思います」
     デーヴィッドも静かに頷いた。そこにアルゲーが問い掛ける。
    「デーヴィッドさんのお話も聞かせてください」
     アルゲーの尊敬の眼差しを受けて、デーヴィッドも静かに頷き語り始めた。
    「では、これは私がつい先ほど経験した事件です――」


    「お疲れ様。食べ物とかはタブーかもだけれど、飲み物なら大丈夫でしょ」
     結良は結局、自家製梅シロップから作った梅ジュースをあるだけみんなに振舞う事となった。
    「皆様のお話、たいへん、とても為になりましたわ!」
    「すごいっすね」
     マリアノールが感激したようにそう告げ、大輔は自分の書き綴ったメモ帳を見て苦笑した。共感した場所、自分に足りないものを書いている内に紙が足りなくなったのだ。六夜もノートパソコンを片手にこぼす。
    「最後の方は全然追いきれなかったからな」
    「本当、みんながいてくれてよかったわ」
     記者を目指す鈴音でも、あの論議のすべては追いきれなかったのだ。まるで、夢のような時間だった。
    「俺のノートも役立ててくれよー!」
    「こうして記録を残しておくこともこれから誰かのためになるかもしれません」
     ゴンザレスの差し出したノートを受け取り、硯も笑みを浮かべた。
    「一人で戦ってるって思っちゃダメだよな。周りに皆が居て、一緒に戦える仲間がいるって感じられるだけでも、相当な力になる。今日改めてそれがわかった気がするよ。受講してよかった!」
     戦が集められた議事録の束を見て言う。今日、ここにこれだけ多くの仲間が集まったのだ、と。
    「今日聞いた話を、己の血肉にしなくてはな」
     宗二郎もそう決意した。自分よりも幼い仲間がそうしているのだ。
    「他の奴が戦う理由、そしてダークネスを灼滅する先に何を見ているのか、少しわかった気がする」
     舜もまた、確かな収穫を得たと実感していた。
    「成功したことも失敗したこともすべて明日への糧にできればいいんだが」
     ヘカテーは呟きにデーヴィッドはしっかりと頷いた。
    「大丈夫です、私は感じました。多くの仲間達に私は学び、そして伝えられたと」
     その成果は今後でわかるでしょう――デーヴィッドは確信の表情でそう言った。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年12月13日
    難度:簡単
    参加:883人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 15/感動した 13/素敵だった 21/キャラが大事にされていた 34
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