少女に優しいさよならを

    作者:零夢

     こぢんまりとした神社の裏道を、少女はとんとん駆けてゆく。
     目指すは林の向こうの秘密基地。
     木々に囲まれながらも、ぽっかり空いた空間。
     少女の目的はそこにあった。
     そっと木の影に隠れ、ひょこっと顔を覗かせる。
     落ち葉の絨毯が広がるそこで、『それ』は眠っていた。
     橙色の燃え盛るような毛並。
     深い深い、夜空色の大きな角。
     初めて見たとき心が震えた。
     なんて綺麗なのだろうと。
     それはまるで、物語から出てきた存在のようだと。
     憧れに胸を高鳴らせ、少女は日々『それ』を見守る。
     一緒に遊べたらどんなに楽しいだろうと思い巡らせながら。
     そしてある日、少女は勇気を振り絞る。
    「ねぇねぇ、起きて?」
     こっそり近づき、小さく『それ』に呼びかけた。
     恐る恐る、どきどきと。
     やがてうっすら瞼が開けば、少女の顔はぱあっと輝く。
    「あのね、起こしちゃってごめんなさい。でも、わたしね、あなたといっしょに遊びたかったの」
     自分よりもはるかに大きな『それ』に向かい、少女は必死に語りかける。
     きっと言葉が通じると。
     きっと想いは届くのだと。
     無邪気な瞳を真っ直ぐ向けて。
    「――…………」
     けれど『それ』は何も言わず、ゆっくりと一つ、まばたきをする。
     そして、大きく口を開けて。
    「あ――」
     口の中まで燃えている――。
     なんて、考えたときにはもう遅くて。
     ぱくん。
     と。
     刹那の一呑で、少女の姿は消え去ったのだった。

    「無邪気な少女は、暴虐な獣にすらも好意を抱いてしまうのです」
     集まった灼滅者たちに、ざっくりと語った予知のあらましを五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)はそうまとめた。
     とはいえ、誰しも子供の頃に一度はあるのではないだろうか。
     たとえばおもちゃが動き出すと思ったり。
     たとえば動物達と言葉を交わせると思ったり。
     たとえば、どんなに凶暴な獣であっても、友となり戯れる事が出来ると信じたり。
    「……ですが相手はイフリート。どんな奇跡を願ったところで叶うことはありません。なので皆さん、くれぐれも灼滅し、導き出された予知を変えてくださいね」
     無邪気な絆を信じる、少女の為にも。
     姫子は小さな笑みを浮かべると、詳しい説明へと移ったのだった。

    「イフリートは神社裏に広がる雑木林の一角にいます」
     どこからか迷い込んだらしく、日頃はそこで眠っているらしい。
     何事もなければただの眠れる獅子だったのだが、少女がそれを見つけてしまった。
     このまま放っておけば姫子の予知の通り、少女はイフリートの餌食となるだろう。
     だから、なんとしてもその前に止めなくてはいけない。
    「その一角へは、神社の裏から伸びる一本道に従えば辿りつけるので迷うことは無いはずです」
     また、イフリートが動き回ったせいもあり、それなりに障害物の少ない広場が出来上がっている。
     神社自体も、正月などの大きな行事の時にのみ人が訪れる程度の小さなもので、少女以外の一般人がやってくることはまずない。
     なので、戦場について気にする必要は特にないだろう。
     ただし。
    「今回は少女についても考えてあげて欲しいのです」
     もちろん、余裕があればでいいのですが、と姫子は付け加えることを忘れない。
     イフリートとてダークネス、当然弱いはずが無く、楽に倒せる相手ではない。
     少女はいつも夕暮れ時にやってくる。
     これがわかっている以上、少女を無視して灼滅することも充分に可能だ。
    「……ですが、そんな力技は何となく寂しいとは思いませんか?」
     少女はイフリートを友達になれる存在だと信じ、日々通い続けている。
     たとえそれがいずれ失われる子供心だとしても、いつか消えゆくその日まで、綺麗なままで守りたいというのはただのエゴだろうか。
     いいや、違う。
     灼滅者ならばそう否定してくれると信じたい。
     だが、ただ頭ごなしに「あれは悪い獣だ」と言ってしまうと、逆にその子供心を刺激して戦闘に巻き込まないとも限らない。
     説得により立ち去らせたり、少女のいない時間帯を狙った灼滅も可能だろうが、それでは次の日に何もない空き地を見つけた少女が悲しむだろう。
     この辺りが工夫の凝らしどころだ。
     うっかりすると灼滅者が悪者のようになってしまう。
     イフリートの消滅について、それこそ物語のような結末をつけてあげたり、それとは逆に、そもそも『戦い』だと思わせないのも手だろう。
     灼滅者ならではのESPやサイキックを利用した何かしらの演出のもと、ほんのひとときの御伽噺だったのだと思い込ませればいい。
    「もちろん少女の安全とイフリートの灼滅が最優先です」
     それでも、可能であるのなら。
    「優しい結末を届けてあげてくださいね」
     姫子は微笑み、灼滅者たちを見送った。


    参加者
    戌井・遙(星降る夜・d00620)
    鬼無・かえで(風華星霜・d00744)
    衣幡・七(カメレオンレディ・d00989)
    水綴・梢(銀髪銀糸の殺人鬼・d01607)
    桜庭・晴彦(インテリと呼ばせないメガネ・d01855)
    四条・識(シャドウスキル・d06580)
    山岸・山桜桃(ワケありの魔法少女・d06622)
    鷺島・小雪(高校生神薙使い・d10854)

    ■リプレイ

    ●小さな夢の、紡ぎ人
    「少女の夢を守るなんて、良い話よね」
     好きよ、そーいうの――なんて、神社の裏道を辿りながら小さく笑んだのは衣幡・七(カメレオンレディ・d00989)だ。
     その隣では鷺島・小雪(高校生神薙使い・d10854)がゆるやかに辺りを見回しながら歩を進めている。
     日頃、神社でバイトをしている彼女には、初めての依頼場所が神社というのはなんとも不思議な気分らしい。
     そして。
    「あー、あー。……。我は、山の神なり」
     ぶつぶつと独り言を呟きながら後に続く灼滅者一名。
    「……汝の事はずっと見ていた……おった?」
    「えっ、何!?」
     思わず水綴・梢(銀髪銀糸の殺人鬼・d01607)はぐるんと山の神――否、呟きの主である桜庭・晴彦(インテリと呼ばせないメガネ・d01855)を振り向いた。
     その声で、晴彦は「あ、悪い」と我に返る。
    「すまん、ちょっと練習してた」
    「あ、なるほどね」
     その答えに、そっかそっかと頷いた梢が向き直れば、晴彦も練習を再開する。
     今回、作戦の要とも呼べる役を担っている彼だが、本番は果たしてどうなることか。
     そうして、長くはない小道を抜けるとやがて件の広場にたどり着く。
     当然のようにそこで横たわっているのは紅蓮の獣、イフリート。
     時折ごろごろと喉を鳴らしながら眠るその姿は、思わず無害と形容したくなるほどだ。
     このイフリートとて、闇に堕ちる前は人間だったのだろう。
     たとえ、今はその面影を見ることが出来ないのだとしても。
    (「もう救うことは出来ない……でも、ここにいた証を誰かの心に残せるのなら――」)
     祈るような決意を胸に、山岸・山桜桃(ワケありの魔法少女・d06622)が黒猫へとその姿を変えれば、四条・識(シャドウスキル・d06580)も猫となり、鬼無・かえで(風華星霜・d00744)は犬となって茂みに隠れる。
     勿論イフリートを起こすことはないように、けれど同時に、何かあったときにはすぐに割り込める距離に全員が身を潜めていく。
     これから来る少女、琴を傷つけたくないという想いと、琴の願いであるはずのイフリートとのふれあいを僅かなりとも叶えたいという願いが混ざった距離は、近くもなく遠すぎもしない。
    (「……琴ちゃんを、なるべく悲しませないようにしないとな」)
     そっと木の影に身を寄せた戌井・遙(星降る夜・d00620)は胸の内で呟き、広場を見渡す。
     大きな獣と、それを囲むように生えた木々。
     黄昏の橙色が優しくそれらを包みこんでいる。
     そして程なく、小さな少女が木々の隙間に姿を見せた。

    ●無垢な少女は手を伸ばす
     木の影に隠れ、少女はぴょこん、と顔だけ覗かせる。
     その瞳は、うずうずというかきらきらというか、とにかく期待で輝いていた。
     一度だけ周囲を窺うようにきょろきょろと頭を振ると、よし、と大きく頷き小さな一歩を踏み出す。
     そおっと、そおっと。
     起きてほしいけど、起こしたくない。
     そんな感じだ。
     そしてイフリートの数メートル手前、といってもイフリートが大きいためにそれすらもほんの手前としか呼べないような位置だったが、とにかくそこで足を止めた。
     思わず、茂みの中の灼滅者たちはじり、と一歩、前に出る。
     もし琴が手を触れてしまえば。
     もしイフリートが目を覚ませば。
     幾通りにも起こり得る事態に備え、身構える。
     琴はといえば、まだ動かずに、眠れる獅子をじいぃっと見つめ、それからやがて、勇気を震わせ最初の一言。
    「ねぇねぇ」
     起きて?
     手を伸ばし、そう続けたかったのだろう。
     だが琴の伸ばした手は自身の口元に戻り、押さえたそこからは、あふ、と欠伸が漏れる。
    「ん、どして……?」
     不思議そうに目をこする琴を、やわらかな風が包み込む。
     おやすみなさいと、まるで眠りを促すようなそれは小雪の生み出した魂鎮めの風。
     優しい風に吹かれ、琴はやがて意識を手放しすうっと眠りに落ちてゆく。
     ぽすん。
     落ち葉の布団に琴が倒れ、同時にイフリートがぴくんとその身を揺らした。
     寝息が途切れ、一瞬、無音になる世界。
     いけない――思うと同時に、灼滅者たちは一斉に動き出していた。
     素早く駆け寄った七が琴を抱き上げれば、二人を庇うように二匹の猫と一匹の犬が走り込む。
     動物達は次々と人の姿へと戻り、イフリートを囲むように全員がそろえば、七は戦場と化したそこでサウンドシャッターを展開し、すぐに琴を抱えて戦線から離脱する。
     そして、覚醒するイフリート。
    「オ、オオオォォォォオオ!!」
     咆哮とともに、その身の炎が大きく燃え上がり、痛いほどの熱が風となって吹き荒ぶ。
     だが、怯む者はいない。
    「かかってこいよ、幻獣種。お前のことを殺してやる」
     イフリートを見上げた識が挑むように言い放てば、イフリートはそれに呼応するように燃え盛る爪を振りかぶる。
     唸りにも似た声をあげ、真っ赤なそれは敵を裂く――かと思われた。
     しかし響いたのは、キィン、と高くぶつかり合う音。
     見れば、山桜桃がイフリートの攻撃を受け止めている。
    「これ以上は、行かせないです……!」
     盾に浮かぶは魔方陣。
     琴の無事を守るため、彼女は一歩も譲らない。
     そして、その影からは識とかえでが飛び出した。
     右から識、左からはかえで。
    「流石に一筋縄じゃいかないだろうが――連携すればどうだ?」
     識が戦艦刀を振り下ろし、
    「彼女の願いは私たちが叶えよう。お前と遊びたい、その気持ちも……な」
     かえでが繰り出した無数の手裏剣もイフリートへと突き刺さる。
     琴に代わり、自分達がめいっぱい遊んでみせる。
     闇と灼滅者との遊び――即ち、どちらが堕ちるかの真剣勝負で。
     退きもしないし、容赦もしない。
     手加減無用で立ち向かう。
     堪らず怯んだイフリートは、すかさず梢が絡めとった。
    「逃がさないわよ?」
     指先から伸びる無数の糸がその身に毒を注ぎ込む。
    「ヴーー……」
     低く唸り、苦しげに身をよじり、
    「――ゥガアアァァッ!!」
     大きく吠えると、まとわりつく糸を振り払うように腕を薙いだ。
     その身からは、灼滅者たちを振り払わんと紅蓮の炎が迸る。
     そこで一気に前衛の五人が手負いとなれば、即座に小雪が風を生み出した。
     優しく包み込むようなそれは次々と傷を癒し、再び立ち向かう力を与える。
    「サンキューな、小雪!」
     言って、遙は地を蹴り飛び出した。
     まだまだこれからだ。
     懐に潜り刀を居抜けば大きな獣は声を上げる。
     苦痛のようで、どこか怒りにも似た響きを持つ音。
     確かにそうなのかもしれない。
     理性を失い、本能のままに生きるこの獣は、それこそ本能のままに寝ていただけなのだから。
     けれど、目覚めてしまったのならもう後へは戻れない。
    「寝起き早々で悪いが、ちーとばかし灼滅させて貰うぜ。嘘を付き通す為にな」
     晴彦のシールドが真っ直ぐに振り下ろされた。

    ●紅き夢に終焉を
    「琴ちゃんは大丈夫ですか?」
     戦場へ戻ってきた七に小雪が訊ねる。
     目の前では刃が交わされ糸が巡り、火の粉が降れば盾が展開されるという、めまぐるしい攻防が繰り返されていた。
     小雪も、仲間達が攻撃に集中できるよう絶え間なく風を送り、光を照らしては皆の傷を癒している。
    「……ええ。ぐっすり眠っているわ」
     七が小さく目を細めると、小雪もほっと息をつく。
     とはいえ気は抜けない。
     一先ず琴の安全が確保できたからといって、イフリートを灼滅できなければ全ての努力が無に帰してしまう。
     七は小雪を庇うように彼女の前に立つと、じっとイフリートを窺った。
     それは、少女が魅せられてしまうのも頷けるほどに大きく美しい獣。
     己の心を形容するなら『好き』という言葉が相応しい。
     もっと大人しい存在ならサイコーだったのに。
    「……共存できないものね」
     振り来る火の粉を掻い潜り、七は死角に回り込む。
    「身を焦がすのは恋と相場が決まってるの」
     焼かれるのはごめんだわ。
     大きく斬り払えば足元が崩れ、遙はその隙を見逃さない。
    「悪いな。お前に罪はないのかもしれないが……大人しく眠ってもらうぜ」
     構えたのは二振りの日本刀。
     その両方に緋色の霊気を纏わせ、素早く斬撃を放てば、イフリートの傷口から炎があふれだし、遙の身体は僅かに癒える。
     赤々と全身が燃え滾る獣は完全にバランスを失い、放っておけばそのまま崩れるかに思われた。
     しかし、すかさずそこへ、かえでが走り込む。
     今だ、と思った。
     かえでも、ほんの少し前まで色んな夢をみていた。
     目覚めてなければこんな出会いがあったのかもしれない。
     でも、知ってしまったからもう戻れない。
    (「だから代わりに、君にせめてひとときの夢を。……それが『夢だった』と思えるその日まで」)
     とても大柄とはいえないかえでだが、自分の何倍もあるイフリートを抱き掴むと、そのまま重力と諸々の力を利用して流れるように投げ飛ばす。
     落ちる音が低く響き、その重さゆえに僅かに地が揺れる。
     ゆっくりと起き上がるイフリート。
     しかし、そう簡単にはいかせない。
     梢は凝り固まった氷柱を鋼糸に乗せて弾き出す。
     琴の心を守るためのフォローは上手く出来ないかもしれない。
     でも、それは守りたい気持ちが足りない所為なんかじゃない。
     強く強く抱いたその想いは、すべてを灼滅のための力に変えて。
     冷気の塊が突き刺されば、「ギャン!」と鳴いてイフリートは身を竦める。
     だが、そのままでいればやられっぱなしだと学習したのだろう、転がるように立ち上がるとすぐに体勢を立て直す。
    「グルルルル……」
     威嚇するように唸るイフリートに、山桜桃が前へと進み出た。
     イフリートを善良な、友達になれる存在として信じること。
     それは、琴だからこそ出来たことだ。
     だからせめて、琴の心の中にこの存在を綺麗な形で留められるよう、全力を尽くしたいと思う。
     赤く染まった瞳でイフリートを見据えた山桜桃は、やがて覚悟を決めると吸血鬼の力を受け入れ緋色のオーラで斬りかかった。
     悲鳴のような咆哮。
     もがくように振りかざされる巨大な爪。
     それが身を掠めるとたちまち炎が巻きついてくるが、晴彦は気にせず突き進む。
     彼の傷からも炎が噴出し、どちらがどちらのものかわからない。
     そして撃ち込まれる無数の拳。
     ぐらりと揺らぎ、それでもまだ持ちこたえるイフリートに識も駆け出す。
     これは単なるエゴなのかもしれない。
     けど、守りたい夢が確かにあって。
     だから負けられない、立ち止まれない。
     鉄塊のごとき巨大な刀を高く構え、一思いに振り下ろした。
    「こいつで――終わりだ!!」
     大きく響く打撃音。
     瞼を落として倒れゆくイフリート。
     ちろりちろりと揺れ残る炎も、やがてその身のとともに小さく消えていったのだった。

    ●また会ういつかが来なくとも
    『なぁ、起きろ? 起きたか……?』
     うっすらと目を開け、夢と現の狭間でまどろんでいた少女は己を呼ぶ声にゆっくりと身体を起こす。
    「ん……なぁに……?」
     とろんとした瞳は橙色の光を捉え、やがて焦点が定まると見つけた存在に大きく目を見開いた。
    「あ……!」
     驚きに肩を揺らすが、見る見る喜びの色がその顔に広がっていく。
    「あなた、そうでしょう? ずっと眠っていたの、あなたでしょう?」
     琴が確信に満ちて問い詰めるのは――晴彦。
     眼鏡を外し、所々の傷口から炎を零すその姿はまさに幻想と呼べた。
     当然ながら広場で眠っていたのは彼じゃないし、あのように巨大な獣だったことも無い。
     だが、彼の纏う炎が琴の記憶の中のそれと重なり、しっかりとした確信を導き出していた。
     晴彦もゆっくりと頷きを返す。
     これくらいの嘘、地獄の裁判官だろうと舌を抜きはしないだろう。
    『俺は山の精霊みたいなもんでな。ちょっと大怪我したんで、広場で休んでたんだ』
     口元には優しい笑みを乗せ、晴彦は琴の肩にそっと乗せた手から想いを伝える。
     ようやく、怪我が治ったこと。
     だからここを去ろうと思っていること。
     流し込まれたその思考に、琴はふるふると首を横に振る。
    「だめだよ、そんなの。ううん、帰ってもいい、でもちょっとだけ先に延ばして琴と遊んで?」
     縋るように、精一杯のお願い事。
     いなくなるのは明日でも明後日でも、もっともっと先だっていいじゃないかと。
     その言葉に、今度は晴彦が首を振る番だ。
    『本当は、人と関わっちゃいけねーんだ』
     だからこれは限界なのだと、いや、限界すらも超えた逢瀬なのだと伝える。
    『……ただ、毎日様子を見に来てくれてたからな。あの姿じゃ、上手く話せねーから』
     この姿でたった一言、お礼が言いたかった。
    『――ありがとな』
     そっと髪を撫でると、琴はぶんぶんと激しく首を振った。
    「いやだ、いやだよ! まだお友達にもなれてないのに! そうだ、初めましてだね。わたしね、琴っていうんだよ。あなたのお名前は? わたし呼びたいの。そ、したら……ぉ……だち、かなぁ……っ?」
     ぽろぽろと涙がこぼれだし、少女はしゃくりあげながらも言葉を紡ぐ。
    「ねぇ、お……し、えて? っ、たし、いぱ……い、よぶ……らっ」
     ぐちゃぐちゃに濡れた顔で鼻をすすり、それでも、それでも――。
    「れ……? ……んで、また――……むい、のかな……」
     途切れ途切れに呟くと、やがて意識が途切れ、こてん、と晴彦の胸に頭を預けた。
     晴彦の頬を爽やかな風が撫でる。
     それは魂鎮めの風。
     小雪がおこしてくれたのだろう。
     琴が完全に寝入ったのを見計らい、灼滅者たちは茂みの中から姿を現す。
     これで、夢を守れたのだろうか。
     識がひっそり琴の顔色を窺うと、その隣からは小雪が手にしていた毛布を琴の身にそっとかけてやる。
     燃えるような紅色のそれは無地でどこか人工味がなく、だからこそ神秘的な何かを感じさせた。
     目が覚めたとき、その身が温かなものに包まれていて欲しい。
    「……なんだか、ごめんね」
     安らかな寝顔に残る涙のあとを拭ってやりながら、微笑と共に七が囁く。
     今がどんなにつらくとも、綺麗な夢になりますように。
     いつか柔らかな想いとともに懐かしめる日がくるように。
     いつかこの嘘が、優しいものとなりますように。
     かえでも祈るように琴を見つめる。
     そして最後に、山桜桃は眠れる琴へと小さなお願いを一つ託す。
    「琴ちゃん、忘れないであげてください。この方がここにいたことを」
     夢だと思う日が来ても、魅せられるほどに憧れた、美しきその存在を。
    「……おやすみ、琴ちゃん」
     そう梢が告げると、灼滅者たちは静かにその場を後にする。
     遙が見上げた空はどこまでも鮮やかな茜色だった。

    作者:零夢 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年11月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 16/キャラが大事にされていた 0
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