
●闇夜
霧に埋もれた遠い月明かりに、手を伸ばす。
どうして、こんなに此処は暗いの。
どうして、あの人は此処へ来ないの。
会いに来て。お願い、…逢いたい。
どうか私のこの生の最期に、貴方の姿を刻み付けて。
●深霧の迷い人
「……そうして、そのまま病から還らなかった少女は、寂しさのあまり霊となり、霧の中彼を探し彷徨うのです」
ふぅ、と小さく息を吐き出して、双眸に悲しさを湛えたまま、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は本を閉じた。
仕事の話と聞いて集まった面々は、突然読み聞かせを始めたまりんに戸惑う。彼女が読み上げたそれは『霧隠れ』という有名な小説だった。
小さな村に済む病弱な少女が、派遣されてきた若い医師に恋をする物語。少女の死、という衝撃の結末で幕を引いた未完の物語は、病の苦しみの中に眠った少女と、深い霧によって村へ足を運ぶことが適わなかった青年とに交わされる恋心が切なく、著者が亡くなった今も、続編が待たれる小説として愛され続けている。
「……物語、で済めば良かったんだけど。舞台になった廃屋のある廃村に、本当に出てしまったみたいなんだ。彼女の霊が」
続きを待っても、それを知る人はもうこの世に無い。愛される小説であるが故に、様々な予測が立てられた。
その中の1つが、『彷徨う少女は、霧で利かない視界の中に出会う人を次々と刈り殺す』というもの。
著者が元々ホラー小説の書き手であったことから、純愛小説という位置づけでありながら、この仮説は一時メディアでも取り沙汰され、多くの人の知るところとなった。死を目前にして逢えない想い人への恋心が、ついには亡者の執着へと変わり、青年の命を刈ろうと蠢く。霧の中利かぬ視界、その狂気は手当たり次第に人を刈る。
そしてそれは、ついに都市伝説として現実化してしまった。
「今はもう廃墟だけど、舞台になった村がちょっとした観光スポットになってたことも、都市伝説化するのを助長しちゃったのかも。とにかく、もう廃村とはいえ、ファンの足は時々あるみたいだから、早めに何とかしなくちゃ大変だよね」
都市伝説発生の条件に霧が必須とあって、幸いまだ被害者は出ていない。次の霧の日、都市伝説の出現と共に片付けてしまうのが最良策だとまりんは告げた。
「3日後の朝、廃村の近辺に深い霧が出るの。夜明け前に村へ入って都市伝説を破壊してしまえば、一般人が迷い込む心配も無いから。霧の中に何体も出会うのは亡霊で、倒しても際限なく出てくるから、進路確保程度に倒してけば良いと思う。全部倒す必要は無いよ」
彼女の姿を模っていても、霧に出会う亡霊はあくまで亡霊、本体では無い。都市伝説を破壊するため、倒すべき本体は、別にある。
「本体……彼女は、廃屋の中だよ。廃屋なのに玄関前には灯りが付いているから、近づけばどの建物かわかる筈。廃屋の中の彼女は、眠るように横たわってて無抵抗だから、ちょっと辛いかもしれないけど……」
小説で亡くなった彼女は、廃屋の寝室にその身を横たえ、愛しい彼の来訪を待っている。都市伝説撃破の為に、灼滅者達は、眠る彼女を手にかけなくてはならない。
「元は物語だし、あくまで都市伝説だから彼女は本物じゃないけど……こう言っていいかな、彼女を、解放してあげて」
守るべきは生きる人。都市伝説である以上、破壊するのが灼滅者だとしても。
それは深い霧の中からか、或いは、人々の思念が作り上げた幻の物語の中からか――まりんは静かに願う。どうか穏やかな眠りを、彼女に。
| 参加者 | |
|---|---|
![]() 遥・かなた(こっそりのんびりまったりと・d00482) |
時渡・みやび(シュレディンガーの匣入り娘・d00567) |
![]() 十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576) |
![]() 御剣・裕也(黒曜石の輝き・d01461) |
![]() 紫堂・紗(ドロップ・フィッシュ・d02607) |
![]() 姫宮・杠葉(月影の星想曲・d02707) |
![]() 川西・楽多(ハードボイルドハート・d03773) |
サフィ・パール(ホーリーテラー・d10067) |
●霧隠れの村
――どんな結末だったんだろう?
かわたれ時。遠景、霧の海に浮かぶ寂れた集落を見付けて、十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576)は一人静思した。
今は亡き著者と、最果てを見ずに遺された物語。思い描いても結論なんて出ないけれど、ただ酷くその村は物寂しく見えて――思いに揺れる白群色の瞳に応える様に、ポケットの銀の懐中時計の鎖がしゃら、と音を立てた。
美しく、そして儚い。『霧隠れ』を、端的に表現するならば正にこれに尽きる。話の大筋を知ることが今回役に立つはずと、川西・楽多(ハードボイルドハート・d03773)は事前に物語を紐解いた上でこの地へと立った。濃霧に行く手阻まれた若い医師と、濃霧の中病に散った少女。その幕切れへと至るまでには、命をいとおしむ旋律が随所に流れ、読み手に人の温かさを伝える。
この物語が、無差別の殺戮に閉じる筈は無い。楽多の思うそれにも根拠など無く、そう在って欲しいと願う読み手のエゴかもしれない。
それでも、何故だか違うとそう思えたから、せめて、この都市伝説に犠牲者は出さない――悲劇は、物語の中と人々の口の端に止めなければならないものと、そう、決意していた。
相対する都市伝説は、この濃霧の向こう。そして廃墟に眠るという少女が、今回の灼滅対象。少女の悲劇にどれ程感傷を抱いたところで、その事実は変わらない。
一人歩きした物語のために、罪無き人が傷付いてはならない。姫宮・杠葉(月影の星想曲・d02707)の藍の瞳は冷静だった。肩へかかる赤茶の髪から背筋までの線を真っ直ぐに伸ばし立つ姿は、冷気張り詰める晩秋の空気を一層清凜としたものに感じさせる。
霧は深い。深く深く、心まで覆い尽くしてしまいそうで、サフィ・パール(ホーリーテラー・d10067)は不安から霊犬・エルの背にそっと触れた。その心の機微に気付いてかすり、と体を寄せるエルに柔らかく相好を崩すと、ぎゅ、と手に持つ大鎌の柄を握り直し、もう一度霧の中へと目を凝らす。
ただただ静かで一面に白いばかり。霧そのものは自然現象、都市伝説を灼滅した所で消えるものでは無いが、その深さに潜む重く冷たい何かを感じて、紫堂・紗(ドロップ・フィッシュ・d02607)はぞくり、と背筋を脅かした。ESP『寒冷適応』を発しても感じるこの冷たさは、晩秋の朝の冷気から来るものでは無い。
紗と同じピアスを揺らすナノナノ・ヴァニラをぎゅっと抱き締める。
(「……こんな切なくて素敵なお話が、怖いお話になっちゃうのは悲しいな」)
だから、進む。深淵たる霧の中へ、人の思念が生んだ物語の結末を、見届けに。
●亡者の森は霧に阻まれ
村を目指し進むほど、霧は濃く深く灼滅者達を捕らえた。
手持ちの灯りをかざして、時渡・みやび(シュレディンガーの匣入り娘・d00567)はゆっくりと道を進む。程なくして『ようこそ、霧隠れの里へ』と書かれた木製の看板を視界に捉えた。民家だろうか、すぐ脇に建つ木造の住宅は荒れ果て、既に人の住まいとしての役を終えていると知れる。
(「悲しい歪みが人を害する前に、物語の中に返してさしあげなくては」)
村へ至りみやびはその思いを一層強くした。本好きのみやびは、都市伝説化するほど愛された物語に、深い興味を抱いていた。その舞台となった今は無き村は、物語について何語るのか――仲間達と逸れない様、細心の注意で道を進む。
ふと、首元にぞわりとした感覚。
ガチン!とみやびへ迫ったその凶刃を打ち払ったのは、御剣・裕也(黒曜石の輝き・d01461)の咎人の怨念秘める大鎌。対するは、吸い込まれそうな悲しい瞳を持つ繊細な女性。しかし手に持つ禍々しい鎌と生気の無い白肌が、彼女が件の都市伝説の亡霊だと灼滅者達へ告げている。
「終らせてあげましょう、こんな悲しい都市伝説は……!」
鎌へと伝わる緋色のオーラは、亡霊の華奢な体を切り裂く。生き血啜るかの様に生命力吸う魔の刃は、その一撃で亡霊の存在を無へと還した。
控え目に他灼滅者達に続いていた遥・かなた(こっそりのんびりまったりと・d00482)は、都市伝説との戦闘開始と見てスレイヤーカードを取り出す。『Get ready.』、解錠の言葉囁くと同時、静から動へ。刃翻し現れた2体目の亡霊へと電撃纏う破壊の一撃を見舞う。
「……暴力は好きではないのですが」
軽やかな着地の後、柔らかな黒髪揺らして語る口調は穏やかでも、そこに明確なる闘志を込めて。仲間へ繋ぐ一撃は、続々と現れる亡霊達を、次々と刈り、葬る。
感知能力があるかは知れないが、集いゆく亡霊達に、灼滅者達は道を塞がれる。『行かせない』まるでそう言っている様でもある。
きりがない。鋭い直線で己と敵を繋ぐ鋼の糸を一度引くと、杠葉は威風堂々たる凜の声高らかに、宣言した。
「亡者に掲げるは光十字、其の下であるべき場所に還ると良い!」
集う亡霊達の中央へ、喚び放つは神聖なる光の十字。神々しいその輝きに、一気に亡霊はその姿を消し、道の先を拓く。
「そこのけそこのけお通りだーっと!」
その隙間へと素早い身のこなしで狭霧が駆け込んだ。倣うように、灼滅者達は後へ続いていく。時折戦闘音を響かせながら、ひたすらに霧の道を突き進む。
目的地へは、あと僅か。
●沈黙の家
息を切らして灼滅者達が至ったそこは、廃村に立ち並ぶ家屋達とは一線を画す、落ち着いた佇まいの屋敷だった。
白い門に、丸く幻想的な灯篭が差しかけてある。村が廃村となったのがいつかは解らないが、他の廃屋達に比較して、その屋敷は近代的に思われた。ぎ、と金属の門を押し開け中へと踏み入れば、手入れされていると思しき美しい庭が見える。
屋敷ごと、都市伝説――事前目を通した物語の描写と酷似する庭の様子に、楽多はここが都市伝説の中心と確信した。意を決して屋敷内へと踏み込むと、霧に慣れた目にははっきりし過ぎるほどの明るい室内が出迎えた。
調度品に家具、絵画。豪華で整えられた屋敷の室内に、ただ人の気配だけが無かった。寝室は2階、仲間へ告げる楽多の声に、かなたはその瞳を伏せる。
(「やっぱり、私はハッピーエンドの物語の方が好みです」)
死別――未完の物語に仮に先があったとしても、その結末の中に、生きる少女は居ない。せめて安らかな眠りをと望むけれど、これから自分達は、眠る彼女に刃を突き立てなければならないのだ。
(「都市伝説の犠牲者を出さないため仕方ありません……悲しい、お話ですね」)
為すべきことは解っている。これから会う彼女が、本当の彼女では無いことも。それでも、この手で遺体を貫くことは、かなたにはどうしても憚られた。
だから、せめて、最期まで、この目で。
紗もまた、思う。
(「都市伝説だから、実際のお話とは関係無いのかもしれない。でも……その恋したお医者様と再会出来ればって思うよう」)
少女は虚構に生きた存在。それでも、彼女が愛した人と、せめて天国で再会出来る様に、幸せで在る様にと、祈らずにはいられない。
自分だったら、と少女の心を思う紗の優しさが、最期を見送る決意を齎した、その時。
「―――……ご機嫌よう、お嬢さん」
早々に2階へと渡り、最奥に位置する大きな扉を開けた狭霧が呟いた言葉が、都市伝説の要……少女の寝室へと至ったことを、告げた。
●霧幻
重い扉を開けると、正面に、少女は一人眠っていた。
大きな出窓の向こうは、霧立ち込める世界。それでも仄かに外光が差し込み、少女の白い肌を照らしている。胸の上に組まれた手が、少女の魂がそこに無いことを告げていた。
裕也はそっと、戦闘中も大切に守り用意してきた花束を、少女の手元に添えた。死して尚、現世の霧中に彷徨う魂など、まるで悪夢の様だと思う。だから、終わらせるのだ。生きる人が作り出した歪んだ物語の終末から送り出すことで、彼女を救うことができる筈。
少女へと近付いたみやびは、その顔を覗き込む。窓から差す光に照らされる少女は、穏やかで、息を呑むほど美しかった。その姿からは、とても少女が霧中命刈る凶刃を振るうとは思えなくて。
そっとその腕に触れて、囁いた。
「貴女を愛する人々は、貴女と貴女が愛する方の幸せを願っていたことでしょう」
孤独に散っても、こんなに穏やかに眠りつくことができるのだから。
「――どうか、安らかに。物語の中にお戻りください」
柔らかく、悲しそうに微笑むみやび。その一連を見送るサフィは、そのまま少女を真っ直ぐに見つめ、沈思する。
(「人にも、彼女にも罪は無いです。でも……本当のあなたは、こんなことしたくなかったかも、ですね」)
それは、霧の中戦った亡霊達も同じかもしれない。悲しい瞳をしていた、目前で眠る少女と同じ顔の亡霊。
(「喚び出してごめんなさい。あなたも、霊さん達も、ゆっくり、お休みください、です」)
サフィの青い双眸もまた、悲しみに揺れる。
都市伝説である以上、慈悲は不要――最後まで冷静を貫き進んできた杠葉は、楽多と共に少女の前へ立った。その瞳の奥に宿す光は、決して非情なものでは無い。
未完の物語を愛して、その先を紡ぐのは自由。しかし、その話のために生きる人々への害があってはならないのだ。
「殲滅対象に変わりはない……永久の終焉を」
それは、どんな時にも揺らぐ事無く己が信念に従う、強い意志。
楽多は、裕也同様、持参した花を少女へ手向けると、少女へと静かに語りかけた。それは、霧の迷い人となった少女への、はなむけの言葉。
「貴女も彼も十分苦しんだ。どうか、貴女自身を解放してあげてください」
楽多の周囲に、炎が舞い上がる。確かな熱量持つ炎が、ふわりと楽多の手元を離れて少女を包み込み、その体を灼き尽くしていった。
目はそらさない、見送ると決めたから……見つめる灼滅者達の瞳に、その最期はとても穏やかに映った。やがてその姿、その炎が塵に消えると、幻の様に、視界が温かな光の中に薄らいで――。
目を開けると、そこは殺風景な廃村だった。
霧は相変わらず深く視界を覆っている。しかし、夜明け迎えた空は明るく、霧に感じた重さ、冷たさはもう無い。
陽光はやがて廃れてしまった小さな村ごと世界中を照らすだろうが、立ち込める深い霧の全てを掃うまでには、今暫くの間を要しそうだ。霧から目覚め行く景色の中、狭霧は柔らかく光差し込む空を見上げて、再び未完のまま眠りについた物語を思った。
人の思いが霧の中に描いた幻。この手に収める懐中時計がこれからどれ程時を刻んでも、物語は願わくばこのまま静かに永遠を迎えると良い。
「……お休みなさい、今度こそ」
霧は未だ幻の残滓を心に落として、静寂に沈む村を捕えたまま。
| 作者:萩 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
![]() 公開:2012年11月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 12/キャラが大事にされていた 0
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あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
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