家族旅行を襲う不穏な影

    作者:奏蛍

    ●休日
     子供たちのはしゃいだ笑い声。忙しい父親がなんとか休みを作った家族旅だった。山奥のコテージで過ごす家族の団らん。
     日が落ちて辺りが真っ黒になった頃には、すでに疲れた子供たちが可愛らしい寝息を立てている。母親の趣味で流れるクラシックの音楽が余計に眠気を誘ったのかもしれない。
     ときどきカチャっと、母親が食器を洗う音がする。完璧な時間を破ったのは窓ガラスの割れる音だった。
    「何だ!?」
     驚いた父親が振り向くと、目の前に屍が並んで立っている。死臭が部屋の中に充満した。
    「に、逃げろ!」
     咄嗟に子供たちをたたき起こして母親がいるキッチンに向かわせる。その間も屍は近づいてくる。ぐちゃ、ぐちゃっと濡れたような音がするのは、腐った体がこぼれ落ちるからだった。
    「どうしたの?」
     キッチンから顔を覗かせた母親が悲鳴を上げる。父親の意図を察して、子供たちの手をいつもより乱暴に引く。逃げるように言った父親の断末魔の声が響く。
    「早く、早く!」
     キッチンの貯蔵庫に入って息を潜める。母親は必死に子供たちに声をあげないように身振りで伝えるが、恐怖に勝てなかった妹が泣き声を上げる。
     ドンという激しい音が響いた後、バリ、バリっと板が剥がされる音が響き渡る。母親はただただ、子供たちを強く抱きしめた。せめて最後に見るものが屍でないように……。
    ●家族の団らんを守れ!
    「せかっくの休日を邪魔するなんて許せない!」
     開口一番に、大きな声を上げた須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)に灼滅者(スレイヤー)たちは、思わず身を縮めた。ダークネスの持つバベルの鎖の力による予知をかいくぐるには、彼女たちエクスブレインの未来予測が必要になる。
    「もうみんなには、ズバっと、バッサリ! 屍退治してもらわないと!」
     びしっと指差しながら熱弁。まりんの話によると、山奥のコテージに家族旅行に来た四人が襲われてしまうらしい。父親、そして母親と兄、妹。子供ふたりは幼く、上から六歳と四歳。
     コテージに入られる前に灼滅する必要がある。アンデッドたちは、コテージの北側の森から出てくる。ここでアンデッドたちを迎え打つのがいいだろう。
     一体でも通らせてしまったら、家族の団らんは破壊されてしまう。
    「クラシックが流れてるらしいから、どんだけはでに暴れても中のひとは気づかないから遠慮なくやっちゃって!」
     アンデッドは全部で八体。うち五体は殴ったりなどの近接攻撃を仕掛けてくる。
    「気をつけて欲しいのは司令塔にもなってる一体と、そいつを守ってる二体なんだ」
     司令塔となっているアンデッドは妖の槍を使って攻撃して来る。そして残りの二体はそれぞれ契約の指輪を使う。
    「体力的に頑丈って言うか、しぶといのは司令塔だけなんだけどね」
     しかし、司令塔となっているアンデッドの知能は高い。隙をついてコテージに近づこうとするだろう。
     家族の一人でもいなくなるようなことがあったら、例えアンデッドを全て灼滅しようと成功とは言えない。
    「みんななら大丈夫だと思うけど、作戦はしっかり立ててね」 


    参加者
    天鈴・ウルスラ(ぽんこつ・d00165)
    笠井・匡(白豹・d01472)
    新条・一樹(高校生ダンピール・d02016)
    七生・朔弥(空降・d02924)
    青宮・珠洲(泡の人魚・d04548)
    天羽・梗鼓(颯爽神風・d05450)
    大條・修太郎(紅鳶インドレンス・d06271)
    有馬・臣(ディスカバリー・d10326)

    ■リプレイ

    ●嵐の前の静けさ
     山奥の静かな夜。聞こえてくるのはコテージからのクラシック。明かりはと言えば、ひかれた厚いカーテンから漏れる暖かそうな光だけ。
    「昔は両親が揃ってて、休日に出かけられる子が羨ましかったけど……」
     北側を見張っていた向いた笠井・匡(白豹・d01472)が後ろを振り返りながら呟いた。柔らかそうな白い髪が、暗闇の中で揺れる。
     隣にいた青宮・珠洲(泡の人魚・d04548)がどうしたのだろうと言うように首を傾げる。長い澄んだ水色の髪が肩から流れた。同時に澄んだ音を立てたのはガラスで出来た髪飾りのせいだった。暗闇の中、輪郭だけで形を捕らえた匡が思わず呟く。
    「可愛いなぁ……」
     小柄な珠洲が可愛らしいというのは近くにいたみんなも確かにと頷いてしまう。けれど匡の意味するところの可愛いを考えて、何も言えなくなる。かっこいいだけに、残念過ぎる。
    「あ、あの……大丈夫ですか?」
     どうしていいかわからずに困惑している珠洲の耳に柔らかい笑い声が響いた。
    「場所を交換してあげてもいいんですが……」
     暗闇の中でも温厚そうな笑顔を浮かべているであろうことが容易に想像できてしまう有馬・臣(ディスカバリー・d10326)が、真っ直ぐ北側の森を見つめた。
    「……奴等が来た、ね」
     臣と同じように北側を見つめた匡が呟く。ぐしゃ、ぐちゃと言う嫌な音が大きくなるにつれて腐臭が漂ってくる。
    「準備万端デース! 来るなら来いでゴザル!」
     ちょっと変わった口調の自称サムライ娘の天鈴・ウルスラ(ぽんこつ・d00165)が鼓舞するように声を出す。
    「家族4人、絶対に守り抜くよ!」
     さらに天羽・梗鼓(颯爽神風・d05450)が皆に声をかける。妹と歳が近い兄妹を絶対に守りぬくと霊犬のポメラニアン、きょしに触れながらさらに心の中で誓う。
     アンデッドの気配が十分に近づいたのを見極めて、大條・修太郎(紅鳶インドレンス・d06271)が二の腕に巻き付けて固定しておいた懐中電灯を点灯させる。
    「うう、冷えるな……終わったら温かいもの飲みたい」
     身を縮めていたところから急に立ち上がった修太郎は思わず寒さと暗さにため息を漏らす。これでは目が慣れてもぼんやりとしか周りが見えない。現れた五体のアンデッドを見つめた修太郎は、司令塔をいち早く見つけるために意識を集中した。
     修太郎が点けた灯りで位置を確認した七生・朔弥(空降・d02924)が癒しの力と込めた矢を放つ。そしてすぐに自分も用意していた灯りのスイッチを入れる。
    「修太郎くん、よろしくね」
     普段はふにゃっというようなゆるふわ笑顔な朔弥の顔から笑顔が消えた。霊犬の黒豆柴のはなさんもすでに戦闘態勢に入っている。
     新条・一樹(高校生ダンピール・d02016)が自らに護符を飛ばした時には、生きた人間の匂い嗅ぎつけたアンデッドが不気味な低い声を上げて走り出していた。


    ●攻防戦
    「せっかくの団らんを邪魔する奴等には、きついお仕置きが必要だね」
     殴りかかるよう突進して来たアンデッドの攻撃をさらりと避けた一樹が呟いた。
    「蒼桔梗、天の羽と参る!」
     凛とした梗鼓の声が響くのと同時に、態勢を崩したアンデッドにたくさんの矢が降り注ぐ。合わせるように攻撃するきゃしに、そばにいたアンデッドも矢と射撃の餌食になった。
    「あんたたちの思い通りには、絶対にさせない!」
     梗鼓がきっぱりと言い切る。さらに、素早い動きで死角に回り込んだ匡が態勢を崩したアンデッドを斬り裂いた。ぐしゃっという土が崩れるような音を響かせて、一体のアンデッドが消える。
     珠洲が前列の仲間に、耐性の効果があるシールドを広げる。
    「修太郎さんには追加で」
     さらに臣のシールドが修太郎の守りを固める。
    「僕もみんなに力を付与できるようなサイキックを活性化してくれば良かったね」
     先ほど珠洲に可愛いなぁなんて言っていた匡はどこにもいない。用意してきた灯りが真面目な横顔を照らし出す。
    「幸せな家庭は幸せなままで……」
     いつか不幸が訪れるとしても、今じゃない。匡は一歩も通さないと言うように、大鎌を構え直した。
     ふわりと跳躍したウルスラが華麗なステップで敵を攻撃する。矢をもっとも受けていたアンデッドが嫌な音を立てて崩れ消える。
    「フムン、乱入して来るとはとんでもない奴でゴザル」
     綺麗な紫色の髪が足元の提灯から溢れ出る光に照らし出された。歓迎するデースと不敵な笑顔で言ったウルスラの言葉を要訳すると、全力で灼滅する。
     現れた残りのアンデッドを視界に捕らえて、臣は目を細めた。
    「家族を狙うアンデッド……本当に無粋ですね」
     人の情感など無くしてしまっているアンデッドに臣は首を振る。言葉も皮肉も通じないのなら、全力で阻止するまでだった。
    「いた」
     暗がりの中、槍のシルエットで司令塔のアンデッドを認識した修太郎が迷わず攻撃を仕掛ける。殴りつけるのと同時に魔力を流し込む。体内からの爆破に背筋がぞっとするような声が微かに上がる。
     もともと腐っていた部分が飛び散った。しかし、何事もなかったように司令塔は立ち尽くしている。
     さっと周りを見渡した様子の司令塔から唸り声が響き渡る。邪魔がいたことの怒りなのか、何かを指示したのかは灼滅者たちにはわからなかった。
     司令塔の声に、アンデッドたちが向かってくる。殴られそうになって後ろに跳んだ朔弥から驚きの声が上がる。首から下げていた灯りが地面に落ちる。確保しようとしたところをアンデッドの足が遠くに蹴飛ばした。
    「嘘だよね?」
     朔弥が呟いた瞬間にウルスラから悲痛な声が響き渡る。足元にあったはずの提灯の灯りが消されていた。うまく攻撃を避け、懐中電灯も死守した匡がほっと息を吐いた。
    「これはちょっとまずいよね?」
     落ち着いた様子で残された光源を一樹はさっと確認した。狙いがコテージにあるアンデッドにとっては、カーテンから漏れる光だけあればいい。
    「ん!」
     指輪から放たれた魔法の弾が梗鼓の足を貫く。苦痛で息を飲み込んだ梗鼓の傷をはなさんが癒す。同じく、修太郎に与えられた司令塔の傷をもう片方のアンデッドが癒す。
     傷が癒された瞬間、螺旋のような捻りを加えた槍が修太郎を穿った。避けることが出来ずに傷を負った修太郎に、朔弥が癒しの矢を再び放った。


    ●灯り消えても……
     その間にも、戦況は変化する。死角からの一樹の斬撃で急所を絶たれたアンデッドが消える。数が減っていることは順調ではあった。けれど、再び上がった不気味な唸り声に緊迫した空気が流れる。
    「絶対に守ってみせます」
     唸り声に気後れしてしまいそうになった珠洲が、青い瞳に決意を込めて宣言する。珠洲の言葉に頷いた梗鼓が、空気を壊すように声を出す。
    「楽しい家族旅行を最悪の出来事になんかさせない!」
     無粋すぎる! と言うように再びたくさんの矢を降らせ、きゃしが同じように梗鼓に合わせる。止めを刺すように匡が炎を宿した大鎌で、珠洲が鋭い裁きの光条でアンデッドを追撃し貫く。崩れることも不可能なアンデッドは一瞬で消えた。
     矢を受けた残りの一体が、コテージ目がけて走り出した。暗闇の中、ときどき灯りが当たって姿がはっきり見える。
    「どこに行くつもりですか? まだ通行許可は下りていませんよ。」
     ヘッドライトで場所を特定した臣が、すかさず魔法の矢でアンデッドを貫いた。輪郭が崩れる瞬間、後ろから何かが跳んだ。
     修太郎の警告の声が響いた時には、矢で貫かれたアンデッドは踏み台にされていた。司令塔に向かって銃撃しようとしていたウルスラが慌てて振り向く。
    「行かせないデース!」
     匡が照らしだしたアンデッドをウルスラの銃弾が追撃して撃ち落とす。みんなの意識が突破しようとしているアンデッドに向いている隙に動こうとした司令塔を修太郎が雷で牽制する。
    「お前の相手はこっちだよ」
     指輪から放たれた魔法の弾を朔弥が避けるのと同時に、撃ち落とされたアンデッドにはなさんが止めを刺す。空気を切り裂くような声を上げた司令塔は、槍を構えなおす。
     槍を回転させながら突撃され、前列にいた修太郎と一樹が被害に合う。仕返しとばかりに朔弥の漆黒の弾丸が司令塔を撃つ。腐食した体から肉片が飛び散り、砂のようになって消えて行く。
     指輪をつけたアンデッドを一樹が赤いオーラの逆さ十字で引き裂き、梗鼓が強烈な威力を秘めた矢で貫いた。
    「後は司令塔をを倒すだけだね」
     マイペースに一樹は呟いた。腰から吊るされた光源が、残された司令塔を照らし出す。現れた時と同じようにただ、立っている。腐りきった体からは何の表情も読み取れない。
    「知能の高いアンデッドの頭の中ってどうなっているんでしょうか」
     全てのことに興味を持つ臣がふと呟く。屍なのだから脳もすでに腐食しているはず……そこまで考えて意識を戦いに戻す。
    「本当に世界には興味深いことが多いです」


    ●漏れる光
     梗鼓が放った激しく渦巻く風の刃が、司令塔の腕を斬り裂く。腐った腕は体から離れ、ぐしゃという潰れる音を立てて消えた。同時に動いたきゃしの攻撃が、さらに体の腐肉を削っていく。
     バランスを崩しながらも、落ちそうになった槍を空いていた片手で掴んだ司令塔が構えなおす。
    「往生際が悪いね」
     屍体なら屍体らしく、大人しく土にでも埋もれてりゃいいんだよ! と、死角に回り込んだ匡がもう片方の腕を狙う。腕を斬り裂くことは出来なかったが、斬り裂かれた腹部がぼとぼとと落ちる。
    「ほらほら、ちゃんと避けないとマッハで蜂の巣でゴザルよ?」
     避けないとと言いながら、自動で的を狙う特殊な弾丸を発射させるウルスラ。避けさせる気など全くない。
     ふらつきながらも地面に立ち続ける司令塔を修太郎が殴りつける。再び流し込んだ魔力は、体内から爆破を始める。
    「闇に戻りな」
     修太郎がかけた言葉と同時に、腐食した体が飛び散る。そして、何もなかったように消えた。
    「良かった。守る事が出来て……」
     一瞬の沈黙の後、ほっとした珠洲の声が響く。その言葉に戦いの終わりをしっかり感じた朔弥が天を仰ぎ見る。静かに息を吐き、視線を戻した時にはいつもの朔弥に戻っていた。
    「みんな無事? 良かったぁー」
     誰も大きな傷を負ってないのを確認すると、へらりと笑ってはなさんを撫でようと手を伸ばす。つぶらな瞳が朔弥を見つめて、すぐにぷいっとそっぽを向く。
    「はなさん? はなちゃん!?」
     戦いの時は守ってくれるはなさんだが、普段は気ままでツンな猫気質だったりする。そんな二人のやり取りを見て、梗鼓もそっときゃしの鼻面を撫でる。愛らしいふわふわのしっぽが揺れた。
     コテージから漏れる明かりを見つめて、ほっとした顔をしている修太郎の横で匡がポツリと呟く。
    「素直に甘えるって出来なかったし、幸せな家族団らんが羨ましい……。でも駄々を捏ねるほど、僕は子供じゃない」
     少しでも寂しい思いをする子がいなくなればいいと。そんな匡に臣がそっと答える。
    「私も家族のぬくもりを知りませんが、孤独は知っています」
     だからこそ、無事に解決できた今は漏れる光が眩しく感じる。
    「長居は無用でゴザル! 拙者たちが団らんを壊す前に帰るデース」
     消された提灯を片手に持って明るく笑うウルスラ。 
    「そうだな。風邪をひく前にさっさと帰ろうぜ」
     足元は見え難くなるけれど、コテージが見えなくなるまではと修太郎は灯りを消した。それに習ってか、残っていた明かりが消える。
    「よし、任務完了!」
     梗鼓がきっぱりと言い切って、山道を降りて行く。朔弥が蹴飛ばされた光源を見つけてくれたはなさんにお礼を言う声と、同じようにそっぽを向かれて嘆く声がクラシックに混ざる。
    「あれ、そういえば温かいもの飲んでくんだよね?」
     ふと呟いた一樹の言葉に、暗闇の中で全員が微笑んだ。

    作者:奏蛍 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年12月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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