ゾンビ映画同好会

    「ウォォ……」「グゥゥ……」「アァァ……」
     夕暮れ時の公園を、ゾンビの群れが闊歩する。ゾンビ達が手を伸ばす先には一人の女性が足を挫き、へたりこんでいた。
    「……やめて……」
     やっとの思いで絞り出した声もゾンビ達の呻き声にかき消されてしまう。
     迫り来るゾンビから逃れようにも、手も、脚も思い通りには動かない。
     ただ小さく、首を振って拒絶の意思を表すのが今、彼女にできる精一杯だった。
    「うーん、ちょっとリアクション弱いんじゃないかなあのおばさん」
    「いや、あーいうのがリアルなんだよ、洋画のアレはオーバーすぎ」
     そんな様子を公園のベンチから男女が笑って眺めている。
     他にも幾人かの通行人が足を止め、ゾンビ達の行進を見物していた。
    「――あ……ぐ、あッ!!?」
     女性に覆い隠すようにゾンビ達が手を伸ばしてゆく。
    「……たすけ――」
     呻き声の隙間から女性の声が漏れ出す。
     やがてその声と入れ替わるように、肉をむさぼり、骨を砕く生々しい音が響き出す。
    「お、すげえ。あれ血糊? あんなにたくさんどこに隠し持ってたんだ?」
     男が指差す先、群がったゾンビ達の足元が真っ赤に染まり、血溜りを作り上げていた。
    「はいカーット!!
     奥でメガホンを握る監督風の青年の声と共に、ゾンビ達が立ち上がり至極普通に話し出す。
    「ふー、おつかれー」「今日はこれで終わりかな?」「どうだい、今度追われる役とか」
     騒々しく立ち去るゾンビ達の中に、追われていた女性の姿は無かった。
     
    「信じ難いことだが……これがアウトプットされた事件の全容だ」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)が唇を噛みしめた。
     ソロモンの悪魔の配下と化した人間達が、堂々と人間を食らう。これはまだ起きていない事件だが、いずれ必ず起きてしまう事件でもある。
    「このゾンビ達の名は『ゾンビ映画同好会』。表向きはゾンビ映画を愛し、自分たちで撮ってしまおうというコンセプトのもとに作られたサークルらしい」
     構成員は高校生から地元のおじさん、劇団員など様々、そのほとんどが純粋にゾンビ映画を愛しているごく普通の一般人。そこに6人、ソロモンの悪魔の配下が紛れ込んでいる。
     
     場所はビル街の公園、そのど真ん中。まだ人通りの多い時間帯に堂々と行われる。
    「敵は強化された一般人。特にこの監督兼カメラマン、かなり強力な力を持っているようだ。間違いなくこいつがゾンビ映画同好会のリーダーだろう。そしてあとの5人は……ゾンビ達の中の誰かだ」
     強化されたゾンビ役は攻撃手段こそ似通っているが、通常のゾンビとは比べ物にならない力を持っている。
     構成員は全部で15人。ゾンビ役に扮する14人のうち9人は何も知らない一般人でしかない。どうやって炙り出すか、それが勝負の分かれ目になるだろう。
     
    「最早こいつらに人の心など残されてはいない。……どう始末するかは、お前達が決めろ」


    参加者
    明智・雄大(譲れぬもの・d01929)
    黄楊・クロニス(高校生魔法使い・d03163)
    海保・眞白(真白色の猟犬・d03845)
    村山・一途(赤い夢の住人・d04649)
    天月・一葉(自称萌えの探求者見習い二号・d06508)
    ゼノビア・ハーストレイリア(ピースメイカー・d08218)
    天城・兎(澱代の城・d09120)
    越前・千尋(高校生ダンピール・d10175)

    ■リプレイ


     公園の一角に人だかりができていた。
     携帯電話を構えて写真を撮る者、ただ感嘆の声を上げる者、そして泣き出す子供。
    「あー。ちとすいません、通してもらっていいですかね」
     黄楊・クロニス(高校生魔法使い・d03163)が人ごみを掻き分ける。
    「……区別が……つかないな」
     人だかりの中を歩くさなか、周囲の思考を探っていた海保・眞白(真白色の猟犬・d03845)が戸惑った様子で周囲を見渡す。
     (ゾンビすげえー)(写真、写真とらなきゃ)(今日はなかなかうまくメイクできた!)
     テレパスによって読み取れた思考はどれも似通った内容、少なくとも事件に直接かかわるようなものを読み取ることはできなかった。
     とりあえず埒が開かないと、手近なゾンビへとゼノビア・ハーストレイリア(ピースメイカー・d08218)が歩み寄り、ぺこりとおじぎした。
    「ん? お嬢さんがたどうしたんだい?」
     ゾンビ(オッサン)がにこやかにおじぎを返す。
    「実は学校の映画同好会でして、是非勉強させていただければと」
     越前・千尋(高校生ダンピール・d10175)が周囲を見渡し、言葉を続けた。
    「どんな役割分担で撮影してるんですか? 見たところ機材もそんな……」
    「そんな本格的じゃないんだよ。カメラは家庭用のだし、撮影も基本的に全部カイチョー……じゃない、監督が1人でやってるんだ。俺達は演じるだけだよ」
     ポリポリと頭を掻いた拍子に剥がれ落ちた顔の傷を、ゾンビが慌てて拾い上げる。
    「撮影に関して監督とお話がしたいんで……他のスタッフは離れててもらっても?」
    「まあ、話すのは構わないと思うが……なんでまた人払を?」
     ゾンビが貼り付けたメイクを片手で押さえながら、クロニスの言葉に首をかしげた。
    「いえ、それは……」
    「お、見学かい?」
     口ごもったその時、同好会員達の後ろから、キャップを深く被った男が顔を出した。
    「といってもそんな見るものは……そうだ、せっかくだし一緒に撮影してみないか。まあ俺達も所詮は趣味だからたいしたものはできないが、楽しいぞ!」
     にこやかに話す姿は一見すると少し変わっているが、それでも人に好印象を与える類の人間に見える。だが、エクスブレインの未来予測によれば彼がソロモンの悪魔の配下であることは間違いない。
     ふと、帽子のつばに隠れていた目が覗く。灼滅者達の緊張を見透かしたように、ニヤリと口元を歪めた。
    「即興だが……『超能力少年達がゾンビに襲われる』こんなシナリオでいっちょどうだ」
     一刻の猶予もない、そう判断した天月・一葉(自称萌えの探求者見習い二号・d06508)が明智・雄大(譲れぬもの・d01929)へと視線を送る。頷いた雄大が大きく胸を反らせた。
    「ここに居る全員、逃げろ! 今すぐにだ!」


     蜘蛛の子を散らすとはまさにこのようなことを指すのだろう。雄大の怒声から一瞬間を空け、恐慌に駆られた人々が闇雲にその場から逃げ出した。
     カイチョーとゾンビ達はそれらを追う様子もなく、満足げに人々の背を見送っている。
    「ハハハ! 演技無しのリアルはなんというかこう、臨場感が違うな!」
     共に笑うゾンビ達がふと、自分達を覆おうとする影に気付いた。
    「……へえ、こりゃ加工いらずだな」
     途端に勢いを増した殺気の塊、鏖殺領域がゾンビ達を飲み込んでゆく。
     噴き出す殺気の中心で村山・一途(赤い夢の住人・d04649)がマントを翻した。
    「『今日は死ぬにはいい日だ』……あなた達も、きっとね」
    「一人たりとも逃がしゃしねェ!」
     眞白が槍の矛先を鏖殺領域へと向ける。
    「深々と凍れ……妖冷弾、撃てッ!」
     槍の先端から撃ち出された白い弾丸が影を吹き飛ばし、ゾンビの頭を穿つ。
     妖冷弾によって薄く氷を張った顔をこすり、ゾンビが鼻で笑った。
    「ハハッ、それはこっちの台詞だっつ――」
    「オラそこー! ニヒルに笑ってんじゃねえ、ちゃんとゾンビ役やれー!」
     ゾンビの背をメガホンを構えたカイチョーが怒鳴りつける。
    「お前らもだー! 突っ立ってんなー!!」
    「は、はいっ!」
    「はいじゃねえ! お前らはなんだー!!」
    「ぐおおー!!」
     5人のゾンビがそれぞれゾンビ的なポーズを決め、呻き声を上げた。
    「ゾンビは、映画やゲームの中だけで十分だ!」
     駆け出した雄大の前にゾンビ達が立ちはだかり、カイチョーへの道をことごとく塞いでゆく。
    「そこを、どけッ!!」
     今この状態では自分の刀はカイチョーへは一切届かない、そう悟った雄大はすぐさま目の前のゾンビを横一閃に斬り払った。
     その横で、展開された千尋のWOKシールドをぐいぐいと押し付けられたゾンビが顔を醜く歪めている。
    「ゾンビ映画なら、人間が抗う場面も必要なんじゃないですか!」
    「ぬぐぐぐぐ……!」
     じたばたともがくゾンビ達をよそに、カイチョーが不適に笑った。
    「当然だな、そーいう要素がなけりゃ退屈しちまうからな。……だけどなー?」
     椅子から立ち上がり、カイチョーがメガホンを構える。
    「そうやってホッとしたところで叩き落す、それが定番ってもんだろ!」
    「グオオ……!」「ウォォ……!!」
     ゾンビが数と力に任せて千尋のシールドを押しのけ、強引に肩へとかぶり付く。
    「こいつ……!」
     振り払おうとするその腕に、さらに押し寄せたゾンビが噛り付いた。と、その時。押しつぶすように突撃したライドキャリバーがゾンビの頬に深々と轍を刻む。
    「ここは趣向を変えて……むしろゾンビが食われるゾンビ映画とか、どうかねぇ」
     影を纏った天城・兎(澱代の城・d09120)の左腕がウサギの姿を容取り、足元で潰れているゾンビへぴょこぴょこと駆け寄る。
    「――え?」
     突如、大口を開いたウサギがゾンビを頭から丸ごと飲み込んだ。


    「映画は好きですが、ホラー系は苦手なんですよねぇ……」
     舞いながら、クロニスが地を這うゾンビをぐしぐしと踏みつけて行く。
     ゾンビ達は足を払うようなことはせず、律儀に両手を前へと伸ばし続ける。
    「なんだかこれじゃ、映画の主人公みたい……ですねぇ!!」
    「うん……そうだね」
     ばっさばっさと攻撃され続け、とうとう痺れを切らしたのかカイチョーがさらにメガホンでゾンビ達を怒鳴りつける。
    「お前らが追い込まれてどうすんだよ! 腕の一本くらい食いちぎれ!」
    「だってカイチョー!」「こいつら躊躇ねえ!」
     ゾンビ達の抗議をねじ伏せるように、カイチョーはさらに声を張り上げる。
    「お前らゾンビだろ! 人並みに話してんじゃねえ!」
    「ぐおおー!!」
    「そんな元気なゾンビがあるかー!」
    「ぐ、グオォォ……!」
    「……長い」
     やり取りを眺めていたゼノビアがぼそりと呟き、手にしたヤギの人形、ヴェロをくいと持ち上げた。
    「いい加減にしてほしいっす、なんなんすかこのコント! というかなんでこんな無駄に元気有り余ってるんすかこいつら!」
     それを聞きつけたカイチョーがメガホンの矛先を灼滅者へと向ける。
    「疲れを知らぬゾンビ役だからな! これくらいタフでなきゃ務まら――ぬうっ!!?」
     突然、メガホンを握る腕が音を立てて石化してゆく。
    「……下がっていれば、狙われないとでも?」
     一途の手で指輪が小さく煌めいた。
    「チッ……監督自ら出演ってのは好きじゃないんだがな……」
     眉をひそめたカイチョーの呟きを眞白の放つ弾丸の嵐が遮る。
    「手数で勝負ッ!」
     銃撃に晒されたゾンビ達が頭を抱えその場にうずくまる。その瞬間に雄大が一気に間合いを詰め、刀を抜き放った。
    「あの世に……送ってやろうッ!」
     ――ザンッ。
     子気味良くすらある音を立て、ゾンビ……いや、ゾンビに扮した人間の首が地に落ちる。「……か、カイチョー!!」
     そうカイチョーを振り返ったゾンビの首に、千尋の刀が刃を突き立てた。
    「余所見は、感心しないな!」
     一瞬の出来事に唖然としたのか、カイチョーの石化しかけた腕からメガホンが落ちた。
    「……違うだろ」
     俯いたカイチョーが呻くように言葉を漏らす。
    「こんな脚本……書いた覚えはねえ!」
     地団太に踏み潰されたメガホンが割れ、黄色い破片となって周囲に飛び散った。 


     カイチョーが無事な左腕を後ろへ回し、新たなメガホンを取り出す。
    「スペアメガホン……!」
     不意に訪れたショックに、クロニスが目を見開いた。
    「オラ行けゾンビども!」
     カイチョーの怒声から逃げるように、ゾンビ達が雄大へと襲い掛かる。
     雄大は強引に掴みかかろうとするゾンビの手を難なく弾き、その場に叩き伏せた。
    「毎度毎度同じ攻撃……わかりやすいにも程がある!」
    「うーん……演技の幅、ってもんがありませんな」
     クロニスも同様に、迫るゾンビの手を軽々と避けてゆく。
    「そーら、よっ!」
     地を這うゾンビの側頭部へと兎のバイオレンスギターがめり込む。ぐでんぐでんと転がったそれをライドキャリバーで追い、さらに跳ね飛ばした。
     ぐったりしたゾンビへとクロニスが歩み寄り、眉間へガンナイフを押し当て、引き金を引いた。
     次々に死んでゆく仲間達を目にし、最後のゾンビがその場を離れようと這いずる。
     その前に立ちはだかった一葉が、ゾンビを見下ろして小さく笑った。
    「あらあら? 逃げるゾンビなんて聞いたことないですよ?」
    「ち……違うんだ! 俺は何も――!」
    「……そんな事言わずに、ね。楽しみましょうよ」
     蹴飛ばし、足で押し倒したゾンビの胸元へ、ゆっくりと刀を突き刺す。
    「ぐッ……!!?」
    「……はい、さようなら……っと」
     痙攣するゾンビから刀を引き抜き、残るカイチョーへと視線を移す。返り血を浴びた顔でにっこりと微笑んだ。
    「もう……諦めたら……?」
    「冗談じゃない!」
     ゼノビアの放った風の刃を猛ダッシュで不恰好に避けたカイチョーが体勢を崩したその瞬間、わき腹にナイフが深々と突き刺さる。
    「やっと……この手でジグザグにしてあげられますね」
     一途のナイフがカイチョーの傷口を下から、持ち上げるように抉る。
    「く……そォォ!!」
     一途を突き飛ばすように強引に引き離したカイチョーが反動で足をもつれさせ、その場に転がった。
     痛みに耐え、体を起こそうとしたカイチョーの動きがぴたりと止まる。
     すぐ目の前に、妖の槍の矛先が突きつけられていた。
    「これでカットだ……続きは天国で、な!」
    「監督は俺――」
     言い終わるのを待たずに、槍の先端から放たれた氷の弾丸がカイチョーの眉間を貫いた。
     つい先刻まで日常の中にあったとは思えぬ光景が灼滅者の目の前に広がっている。
    「……私も堕ちれば、こうなるのでしょうか」
     一途が胸の前で十字を切り、小さく呟いた。
     雄大が大きなため息をつく。
    「……とっとと帰るか」
     人の戻らぬうちに、と1人、また1人とその場を立ち去ってゆく。
     灼滅者達は振り返らない。そこに転がる屍達は、心を捨てていたのだから。

    作者:Nantetu 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年12月11日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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