地摺り悪鬼、地下を行く

    作者:波多野志郎

     パシャン、と無数の足音が下水道に響き渡る。
    「おい、本当にこっちでいいんだろうな!?」
    「任せろ、どんだけ事前にルートを確認したと思ってる?」
     その下水道を行くのは、八人の男達だ。彼等が持つ大荷物には多くの貴金属が詰まっている――ようするに、彼等は強盗を行った直後なのだ。
    「俺達があそこに乗り込んだ車は金を掴ませた馬鹿に走らせてる。そっちに警察が気を取られればそんだけ逃げる時間が稼げるんだよ」
    「本当、悪知恵だけは働くな」
    「頭が切れるって言えよ」
     息を切らしながら、八人が笑う。犯罪が成功した――その事に対する過剰な興奮は、狂ったような笑いをそこに巻き起こし。
    「……は?」
     頭が切れる、と言った男の頭が無くなった――その事に、笑いが同時に凍りついた。
    「おお、本当じゃの。よぉく切れる頭じゃて、クハハハハ」
     その低い笑い声に残った七人が慌てて振り返る。
     そこには、小柄な一つの人影があった。背こそ小さい――おそらく、一三十そこそこなのだろう、三度笠を被り羽織りを羽織ったその姿はまるで時代劇の渡世人だ。その時代を間違えたような姿のソレが枯れ木のように細い指を男達へと突きつけた。
    「ワシはこんな格好じゃからのぅ。目立たんように地下をねぐらにしとるんじゃが……聞く限り、ヌシ等は悪人のようじゃの? 今日はヌシ等にしておこうかの?」
    「ひ……ッ!」
     男達はパニックに陥りながら駆け出す。銃などはない、ナイフ程度しか持っていないとはいえ数と体格で勝る男達が一目散に逃げ出したのは、その本能に近い。
     兔が獅子と戦おうと思うだろうか? いや、むしろ蟻と象よりも性質が悪い。その本能からの警告は、正解だった。
    「クハハハハ、よいよい。試しはイキがいい方がよいからの」
     ヴン、と人影の周囲で淡い白光が点る。その光は巨大な十字手裏剣を形作ると人影に付き従う猟犬のようにその背後へと浮かんだ。
    「六六六人衆、六〇四が地摺り悪鬼……ま、短い間じゃが、楽しもうぞ?」
     クハハハハ、という低い笑い声と共に地摺り悪鬼は駆け出した。

    「……もちろん、この後は追いつかれて皆殺しっす」
     そうこぼす湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)の表情は複雑だ。
     今回、翠織が察知したのはダークネス、六六六人衆の動きだ。
    「場所は下水道、しかも対象が貴金属店を襲った後の強盗ってのがもう……」
     貴金属店を襲った強盗は下水道を利用して警察の監視を潜り抜けようとしたのだ。その計画は順調に思えた――しかし、出会ってしまったのは警察よりも最悪な相手だった。
     それが六六六人衆の一人だった、という事だ。
     敵は六六六人衆の六〇四、名乗る名は地摺り悪鬼だ。
    「最初の一人以外も時間の問題っす。文字通り、このままでは皆殺しっすよ」
     まさに蟻を狙って踏み潰す象のようなものだ。圧倒的暴力で残り七人も殺されてしまう――だが、それを許す訳にもいかない。
     翠織は表情を引き締めて言う。
    「悪人だから命が奪われてもいい、なんて、それこそ許される理屈じゃないっす。悪人だからこそ、罰はきちんと受けるべきだ――まぁ、自分はそう思うっす」
     地摺り悪鬼はどこかで殺しの技を研鑽しようとしていた時に強盗達と出会う。なので、この出会いを防いでしまえば未来予知から外れ、どこか別の場所で命が奪われる事となる――それだけは、どうしても避けなくてはいけない。
    「強盗と地摺り悪鬼が出会った瞬間、そこに割り込む――それが唯一の介入手段っす」
     場所は下水道。光源は必須であり、扱いには注意すべきだろう。遭遇する地点を事前に知っているので、その現場に待ち伏せる難しくない。横穴も多く、身を隠すのにも困らないだろう。
     だが、ここで二種類の選択が生じる。
    「一人目が殺されるのを阻止するか否かっす」
     一人目が殺されるのを許せば七人が逃げた後に足止めすればいい。これならば、戦況はかなり楽になるだろう。強盗達の逃亡は許してしまうが、足止めに成功すれば命は助かる。
     だが、一人も殺さないですませようと思うのならば――面倒な事になる。八人が逃げようとするのを地摺り悪鬼は一気に殺そうとするだろう。それを防ぐためにいかにこの難敵に奇襲をかけるか? あるいは、地摺り悪鬼の攻撃からどう守るか? それが重要になる。
    「お薦めは……見捨てる方っす。強盗が全部で二人殺されるのは……目を瞑るべきっすよ。最初の一人と後一人くらいは……仕方ないっす」
     地摺り悪鬼はそこまで強いのだ――そう、翠織の表情が物語っていた。
     光の十字手裏剣型のリングスラッシャーを操り、六六六人衆のサイキックのみではなく無数の武器のサイキックを使いこなす。足止めするだけでも危険を伴う相手だという事を忘れてはいけない。
     ただ、救いもある。この地摺り悪鬼は決して戦闘狂ではなく、恐ろしいほど慎重なのだ。足止めされて逃げ出した強盗達を追っても追いつかない、そう判断すれば大人しく退く事だろう。
    「倒して勝つのは、本当に困難なんすよ。撤退の見極めはコイツ自身がするんで、もう気張ってくださいとしか言えないっす……本当、すみません」
     心底申し訳なさそうに頭を下げて、翠織は告げた。
    「でも、強盗達だけじゃないっす。この夜、地摺り悪鬼が他で殺すはずだった人達も守れる事になるはずなんす。どうか、お気をつけて」
     よろしくお願いするっす、と翠織は灼滅者達を見送った。


    参加者
    紫月・灯夜(煉獄の殺人鬼・d00666)
    玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)
    橘名・九里(喪失の太刀花・d02006)
    刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445)
    野神・友馬(元放浪青年・d05641)
    華槻・灯倭(セロシア・d06983)
    フランキスカ・ハルベルト(フラムシュヴァリエ・d07509)
    石英・ユウマ(衆生護持・d10040)

    ■リプレイ


     おぞましいほどに濃い暗闇が、異臭と共にそこに渦巻いていた。
     本来ならば地上に生きる只人が一生踏み込まずに終わる世界だ。その中を八人の強盗が駆け抜けていた。
    「おい、本当にこっちでいいんだろうな!?」
    「任せろ、どんだけ事前にルートを確認したと思ってる?」
     遠いその声には歓喜が滲んでいる。無数の笑い声には、困難をやり遂げた者の達成感がある――しかし、八人の強盗は気付かない。
    「クカカカ……」
     音も無く下水道を進む異形の影――三度笠を被り羽織りを羽織ったその小柄な人影は枯れ木のような右手を掲げた。
    「――ほう?」
     そして、その直前で動きを止める。頭上に生み出された巨大な光の十字手裏剣を七つに分割し地を蹴ったのだ。
    「本当、悪知恵だけは働くな」
    「頭が切れるって――」
     その言葉の最中に、目も眩むような閃光が強盗達は確かに見た。
     無数の剣戟。七つの光の十字手裏剣が踊る中へ三つの人影がその身を割り込ませたのだ。
    「クカカカカ、今夜は愉快な夜よな」
     小柄な影の前で野神・友馬(元放浪青年・d05641)が一瞬だけ視線を下へと向けた。
     そこには、頭を切り落とされて倒れた一人の男の姿があった。未来予測で殺されていたはずの男を守りきれなかった――しかし、友馬はその事実に何の感情も抱かなかった。
    (「みんなが望んだから、挑んだだけだ」)
     友馬自身は強盗の命になど何の価値も感じていない――だが、それをおくびにも出さずに告げた。
    「おい、そこの悪党共、死にたくなかったらさっさと逃げな」
     仲間の気持ちを無駄にしたくないからこその言葉だ。
    「鬼はん、今夜は俺らと遊びましょ」
     ひらり、と舞うように身構え玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)が言い放つ。その身は今の一撃、強盗を庇った傷があるはずだ。しかし、その身のこなしに一切の翳りはない。
    「盗人はん方、今日の御代は高う付きますえ。せやけど天罰は後や、此処は早う逃げ」
     視線を敵から外す事無く一浄は背後の盗賊達へと言い捨てる。その言葉と急激に混乱が広がる意識に戸惑う強盗達を石英・ユウマ(衆生護持・d10040)が一喝した。
    「死にたくなければ逃げろ!」
     その言葉に、強盗達は一も二もなく従った。
    「命だけで満足して頂きましょう……」
     その中の一人が持っていた荷物が、風によって切り落とされる――橘名・九里(喪失の太刀花・d02006)だ。強盗はそれを拾おうとさえせず、その場から逃げ出す。九里はその姿を眼鏡を押し上げながら見送り、視線を移した。
    「ふむ、ヌシら……半端者のようじゃの」
     小柄な影――地摺り悪鬼は何かに納得したようにうなずき、その指先を灼滅者達へと突きつけた。
    「何故、邪魔をしたんじゃ?」
    「何故、だと?」
     紫月・灯夜(煉獄の殺人鬼・d00666)が地摺り悪鬼の思わぬ言葉に問い返す。然り、とうなずき地摺り悪鬼が続けた。
    「何故、助けた? あのような者など、生きておっても百害あって一利もあるまいて。ならば、ここでワシに殺させて何の不利益がある?」
    「例え悪党といえど一つの命である事には変わりない」
     迷わず答える刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445)に、地摺り悪鬼は動きを止める――そして、その小さな影の輪郭が震えた。笑っているのだ、それに刃兵衛はすぐに気付いた。
    「クカカカカ! ほどよき、ほどよき、愛らしき実直さよ! しかしのぅ、ヌシ等のようなものはその矛盾に耐え切れるかの?」
    「考え方の違いだよ」
     華槻・灯倭(セロシア・d06983)は、知らずに左手で右腕を撫でながら答える。そこには消えない傷が残っている――その傷が、灯倭にその言葉を紡がせた。
    「罪を犯したなら償うべきで、その償いは、死じゃなくて生きる事で達成されると思う」
    「人が人を裁くのではない、法のみが罪を裁き得るものだ。まして、例え罪人の命であろうと個人の享楽の為に損なわれて良い道理は無し」
     凛と言い捨てるフランキスカ・ハルベルト(フラムシュヴァリエ・d07509)に、地摺り悪鬼は揚々とうなずく。
    「構わぬよ? 悪党の命を救うために外道であるワシを殺そうとするヌシ等の矛盾、いっそ心地良し」
     地摺り悪鬼は巨大な十字手裏剣を猟犬のように従え、一歩前へと踏み出す。まるで愛し子をいたわるような優しい声で囁いた。
    「来るがよかろう――ヌシ等の本性、暴いてくれるわ」


    「――狸やなぁ」
     一浄が笑みと共にこぼす。来い、そう言いながら地摺り悪鬼は既に己の攻撃の布石を終えていたのだ。
     音もなく殺気が黒い糸を形成し、糸の結界を作り上げていたのだ――クイ、と地摺り悪鬼の指先が動いた瞬間、結界糸が前衛を容赦なく切り刻んだ。
    「頼みます」
    「ああ、頼んだ」
     フランキスカの言葉に、友馬がそう答え地摺り悪鬼へと挑んでいく。強盗達を誘導するために駆け出した中衛と後衛に地摺り悪鬼は喉鳴らして笑った。
    「愚か者じゃの、ヌシ等も」
    「殺しの技を自慢したいなら、あんな下衆共でなく私達が相手となろう――いざ、推して参る!」
     気配を殺し死角へと回り込んだ刃兵衛の切り上げの刃を悪鬼は十字手裏剣で受け止める。その攻防を預言者の瞳で自己強化しながら灯夜が言い捨てた。
    「末端とはいえ俺らにとっては強敵だ、本気で挑ませてもらうぞ?」
    「本気? ああ、ああ、本当にほどよき愚かさよの?」
     シャウトで回復を行いながら一浄は悟る――悪鬼の言葉の意味を。
    「ならば、全力で来ればよかったものを――」
    「ぶっ飛べ!」
     ロケット噴射で加速させたハンマーを友馬は低い位置から振り回す。悪鬼はその一撃を手刀で相殺、威力を殺しきった。
    「四人で、足止めになると思った? 半端者どもめが」
     ――四人は、その言葉の意味を思い知った。
    「ちっ、こいつはまずいな……」
     吐き捨て友馬はソーサルガーダーの盾を生み出し、こぼした。
     その間も刃兵衛と灯夜が二人で悪鬼を囲み、斬撃を繰り出し続けていた。それを悪鬼は十字手裏剣を、手刀を、殺気を、自在に使いこなし迎え撃つ。
    (「この者と刃を交えていると、斬る事に悦びすら感じてしまう」)
     殺人鬼としての技を全力で振るう喜び――それを刃兵衛は確かに感じていた。己と似た技を修め、己を越える者と刃を交える喜びが心をドス黒く染めていく。
     間合いに踏み込んだ横一閃――刃兵衛は自身が放った最高の一撃が悪鬼を切り裂くのに、こみ上げる歓喜を押さえ込んだ。
    (「私は決して闇に囚われはしない! この一太刀で全てを斬り払ってみせる!」)
    「それを堪えている内は――ヌシでは勝てぬよ」
     刃兵衛はその言葉を聞いて、膝から崩れ落ちた。殺気によって生み出された一矢がその胸へと深々と突き刺さり、刃兵衛を射抜いたのだ。
    「まずは、ひとぉつ」
    「こりゃあ、あきまへんな」
     笑みを崩さずに一浄が呟いた。想定していた事態だが――こちらの回復が追いつかないのだ。
     強盗達を逃がすために戦力を大きく分断させた、その弊害だ。
    「とはいえ、退く訳にはいかねぇよなぁ!」
    「ああ、同感だね」
     友馬が声を弾ませ、灯夜が言い捨てる。一浄もまた、無敵斬艦刀と妖の槍を構えて告げた。
    「まだまだ、見せてへん芸があるんや。見てってや?」
    「クカカカカ、見応えがあったら生かしてやってもよいぞ?」
     一浄が宙を舞いその氷のつららを撃ち放ち、友馬と灯夜がそれに合わせて低く駆け込む。
     地摺り悪鬼は、それを楽しげに見やり――容赦なく、殺しの技を振るった。


    「そっちです、曲がりなさい!」
    「ひ、ひい!」
     九里の言葉に従い、強盗達は進んでいく。
    「? どうしたの? 一惺」
     ふと足を止めた霊犬の一惺の様子に灯倭が振り返り――その気配に背筋を凍りつかせた。
    「あいつが来たよ!」
    「何だと!?」
     フランキスカがその手を強く握り締める。あの悪鬼がこちらへ向かってきた、その事実が意味する事は一つのみだ。
    「こうなると、選択肢は一つだな」
    「ここで迎え撃つ……しかありませんね」
     ユウマの言葉に九里が苦笑をこぼして言い捨てる。状況は最悪だ――その中でも、出来る事をしなくてはならない。
    「――クカカカカ! 追いついたぞ!? いかんとする!?」
     強盗の速度に合わせていたからこそ、この状況が生まれた――その事を自覚しつつ、フランキスカは真正面から挑みかかった。
    「……名乗りも上げず切り結ぶは非礼なれど、非道の徒に払う礼儀は持たぬ。この身を刃にかけるのみ、参る!」
    「然り! 己が技で語るがよいわ!」
     ルーンの刻まれたその巨大な刃をフランキスカは全力で振り下ろす。悪鬼はそれを殺気の糸で絡め取り、軌道を逸らした。
     だが、そこへ九里が操る鋼糸の一閃が悪鬼の羽織りを切り刻む。
    「強者の悲鳴が好みでしてねぇ……貴方の声もお聞かせ願えますでしょうか」
    「やれるものなら、やってみるがよい!」
     悪鬼の小柄な体が宙を舞う――そこへ灯倭の鋼糸が踊り一惺がその刃を振るった。
     ――奇しくも始まってしまった二回戦もまた、悪鬼が押し切る形となっていた。
    「御仁、手合わせ願おうか」
    「抜かしおるのぅ!」
     ユウマの下段を主軸とした斬撃と悪鬼の手刀が火花を散らす――その間隙に、九里の繰り出す鋼糸が悪鬼の右腕に巻きついた。
    「いい手応えです!」
     糸越しに伝わる肉と皮を引き千切る感触に九里が笑った瞬間、悪鬼が壁を蹴って駆け寄る。
    「――おう、ヌシの手応えも悪くないの」
     ザクリ、と視界から悪鬼が消えた瞬間、背を切り裂かれて九里が倒れ伏した。
    (「これがダークネス、これが六六六人衆……!」)
     灯倭が唇を噛む。既に一惺も倒れ、その姿はどこにも見えない――戦力分断が、完全に裏目に出てしまった形だ。
    「クカカカカ! さて、ヌシ等の相手もこれぐらいでよかろう?」
     相手が三人であれば抜いて強盗達も殺せる――そう言外に語った悪鬼にユウマが静かに語った。
    「……お前達は、先に行って誘導してくれ」
    「な、何を言って――!」
     問い質そうとした灯倭がその息を飲む。ユウマがその身から殺気を溢れ出させたからだ。
     魂の奥底まで凍てつくような冷たい殺気――まるで、目の前にいる悪鬼と同じ殺気を。
    「――ほう?」
    「――――!!」
     声にならない裂帛の気合いと共にユウマが悪鬼へと跳びかかった。それを悪鬼は地面を蹴って間合いを詰められるのを嫌った――この戦いで、悪鬼が初めて見せた動きだ。
     ギ、ギィン! と無数の火花が散る激しい戦いを見て、全てを誘ったように九里を抱きかかえ、フランキスカが灯倭へとそう告げる。
    「……行くぞ? 四人も、回収しなくてはいけないからな」
    「……うん」
     灯倭はうなずき、フランキスカの後に続く。最後に一度だけ振り返り――灯倭は知った。
     ――あれこそが、闇堕ちなのだ、と。


     下水道に激しい剣戟が響き渡る。
    「カァ!!!」
     七つに分かたれた光の十字手裏剣が闇を引き裂き放たれる。その無数の刃に狙われたユウマが行った事は、実に単純だ。
    「オオオオオオオオオオオッ!!」
     ダン! と強く踏み込み、摩利支天刀を大上段から振り下ろした、それだけだ。その斬撃は己へと届く刃のみを切り伏せ、残る者も勢いに吹き飛ばされコンクリートを削るに留まった。
    「クカカカカカカカカカ!! どうじゃ! 気分は!?」
     ユウマが横一閃、斬撃を繰り出す。悪鬼はそれを手刀で迎撃する。血を飛び散らせ、それでも致命を凌ぎながら悪鬼はユウマへと言い放った。
    「悪党と言えど一個の命!? 然り! 命は等価じゃ! 悪人も、善人も、ヌシ等も、ワシ等も!」
     まさに刃の嵐だ。互いの身を切り裂き、血を吹き出させ、抉り、命を奪いながらも――互いが浮かべるのは、命のやり取りを楽しむ笑みだ。
    「ならば、殺さずとしてなんとする!」
     ユウマの振るった刃の上に立ち、悪鬼は十字手裏剣でユウマの首を薙ぎ払おうと投げ放った。
     完全なタイミングだ。己の殺しの術を統べて込めてそれを――ユウマは紙一重、上半身を反らしかわした。
     刀が振り払われる。悪鬼は空中で体勢を立て直す――だが、それよりもなお、ユウマの刃捌きは速かった。
     刃を返し、大上段に構える。悪鬼が身を交わす方向を見切った上でのすり足。退路を断っての、高速斬撃――!
    「おお……!」
     悪鬼でさえ、一瞬見惚れた斬撃であった。三度笠ごと真っ二つに切り裂かれた悪鬼は、ニヤリと皺の刻まれた口元に笑みを浮かべゆっくりと言い放つ。
    「ク、カカカカ、カ……惜しむ、べきは、消耗、しておった事、かの……? いや、これは……いい、わけ、か……?」
     地摺り悪鬼は笑う。まるで、遊び疲れた子供のように笑い――そして、静かに告げた。
    「六六六人衆……ヌシが、名乗るが、よか、ろ……」
     その言葉は最後まで紡がれる事はなかった――聞くまでもなく、目の前の少年の刃がその命を断ち切ったからだ。
    「因果は車の輪の如し……か」
     その言葉が、地の底へとかすれて消えていった……。

    「Mr.セキエイは――」
     下水道から仲間達を引き上げ終え、フランキスカはそう途中で言葉を飲んだ。
     それは灯倭も同じだった。気付かずうちに自身の右腕の傷を撫でながら、思わずにはいられない。
     強盗達は一人を除いて救う事が出来た。これから先、彼等がどうなるのかはまた別の物語となるだろう。
     ただ、一つ言える事は――この夜、新たな悪鬼がこの世に生まれ落ちてしまった……その事だけだった。

    作者:波多野志郎 重傷:紫月・灯夜(煉獄の殺人鬼・d00666) 玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882) 橘名・九里(喪失の太刀花・d02006) 刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445) 野神・友馬(ノーアフターフォロー・d05641) 
    死亡:なし
    闇堕ち:石英・ユウマ(紫の夜凪・d10040) 
    種類:
    公開:2012年12月10日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 98/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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