オオカミなんて怖くない

    作者:春風わかな

     「ここ、どこ……?」
     羊のぬいぐるみを抱えた少女は一人ぽつんとだだ広い公園のような場所に立っていた。
     「パパ? ママ? ちぃはここだよ!」
     期待していた返事はない。
     不安そうに羊のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、しばし少女は考える。
     「そっか、わかった。ちぃ、まいごになっちゃったんだ」
     少女はそう、理解した。
     一人でいるということは、きっと近くにパパとママがいるに違いない。
     だって、ちぃ一人だけで遠くに行っちゃダメっていつもパパとママが言ってるから。
     そう考えた少女はどこだかわからないまま家に帰るために歩き出した。
     「ちぃね、一人はこわいけど、メリィといっしょなら平気なの!」
     メリィと呼んだ羊のぬいぐるみに話しかけながら、少女は一人で喋り続ける。
     「聞いて、メリィ。ママったらね、またちぃのことおこったんだよ。ママはいつもおこってばっかりで、ちぃこまっちゃう」
     メリィに話しながら、昨日も母親に叱られたことを思い出す。
     保育園から帰ってきた後、うがいをしなかった。
     遊んだおもちゃをきちんと片付けなかった。
     夕食時に大嫌いなピーマンを食べなかった。
     そんな時、両親はそろって少女に向かってこう言うのだ。
     パパやママとの約束を守れない悪い子はオオカミさんに食べられてしまうのだ、と。
     「でもね、メリィ知ってる? オオカミさんはちぃたちがすんでるような『とかい』にはいないんだよ」
     保育園で仲良しのまーくんが言ってたもん。
     だからオオカミさんなんて怖くない。少女はえへんと胸を張った。
     だが、そんな少女の自信はあっさりと打ち砕かれる。
     『悪い子はどこだい? 悪い子はみーんな、オオカミさんがたべちゃうぞ?』
     突如、響く低く恐ろしい声。少女の足がぴたりと止まった。
     オオカミさんがいる。
     この近くにオオカミさんがいる。恐怖と不安で少女の目に涙が浮かぶ。
     「どうしよう……ちぃ、わるい子だから……ピーマン食べられないから……」
     オオカミさんに食べられちゃう。
     「早くにげなきゃ……!」
     メリィをぎゅっと握りしめ少女は振り向くこともなく走り出した。

     「みんな、集まってくれてどうもありがとう!」
     教室に集まった殲滅者を前に、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)はぺこんと頭を下げると同時に手に持っていたレポート用紙を床にぶちまけた。
     苦笑しながら殲滅者たちがレポート用紙を拾い集め手渡すと、まりんはありがとうと再び頭を下げる。
     「今回みんなにはシャドウの悪夢から一人の女の子を救ってもらいたいの」
     まりんは手元のレポート用紙をぺらりとめくる。
     「女の子の名前は一ノ瀬・千歳(いちのせ・ちとせ)ちゃん。保育園に通う活発でしっかり者の女の子だよ。
     千歳ちゃんには『パパとママとのお約束』がいくつかあるんだけど、時々その約束を破ってしまうことがあるの。そんな時お父さんやお母さんは『約束を守らない悪い子はオオカミさんに食べられてしまうよ』って言ってるんだって」
     それは絵本のオオカミを見て千歳ちゃんが怖がったことから父親が言い出した悪戯心。
     「それで千歳ちゃんは『自分は悪い子なんじゃないか』って不安に感じたところをシャドウに付け入られてしまったみたいなの。
     だから、ソウルアクセスを使って千歳ちゃんの夢の中へ入って千歳ちゃんを助けてあげてほしいんだ」
     彼女は今、周囲には自分とオオカミしかいないと思っている。だから、最初に殲滅者たちは敵ではないということを信じてもらわなければならない。助けに来たとか、迎えに来たとか、味方だということを伝えてあげれば彼女も安心するだろう。
     そして接触できたら『自分は悪い子なんじゃないか』という不安を取り除いてあげてほしい。理路整然と説明されても幼いのでわかってもらえないだろうが、あまりにも幼稚な説得では彼女の不安を取り除くことは難しいと思われる。
     「説得をするときに特に気を付けてほしいのが、お父さんとお母さんのことを悪く言わないでね。千歳ちゃんはお父さんとお母さんのことが大好きだから」
     自分の大好きなものを否定されたら哀しいよね、だから絶対にダメだよとまりんは強く念を押す。
     「千歳ちゃんの説得に成功したら、悪夢の邪魔をされて怒ったシャドウが出てくるよ。シャドウは4体の配下を連れて出てくるから彼らを撃退してほしいの。
     ちなみにシャドウが使用するサイキックはシャドウハンターが使うサイキックと良く似ているけれど、さらに強力になってるから気をつけてね」
     配下もシャドウと同様のサイキックを使用するがその威力は弱い。また、彼らはシャドウを庇うように前に立ち、守ることを優先して動く。
     「配下はそんなに強くないけど、シャドウは強いからね。油断したら絶対にダメだよ」
     まりんはレポート用紙を眺め、全てを話し終えたことを確認すると改めて殲滅者の方に向き直った。
     「みんなだったら、千歳ちゃんを助けられるって信じてるよ。がんばってね!」


    参加者
    小坂・翠里(臆病風・d00229)
    村上・忍(龍眼の忍び・d01475)
    哀繕・銀河(虹色すぱのゔぁ・d02202)
    司城・銀河(タイニーミルキーウェイ・d02950)
    桜庭・理彩(闇の奥に・d03959)
    秋津・祐樹(ちいさなカトブレパス・d04366)
    黒須・司馬(夜を越える・d07485)
    倉澤・紫苑(奇想天外ベーシスト・d10392)

    ■リプレイ

    ●迷子の子羊
    「迷子の迷子の千歳ちゃん……パパとママ、二人の何より大事な子♪」
     優しく穏やかに節をつけて。まるで子守唄を歌うかのように村上・忍(龍眼の忍び・d01475)はこの世界のどこかにいるはずの少女、一ノ瀬千歳に向かって呼びかける。
     ソウルアクセスを使ってソウルボードに無事侵入を果たした灼滅者達はだだ広い公園のような場所に立っていた。
    「ここが千歳ちゃんのソウルボードなんすね」
     どこかそわそわした様子で哀繕・銀河(虹色すぱのゔぁ・d02202)はどこか小さい子が隠れそうなところはないかと観察する。周囲を見渡すとアスレチックや植え込みが目に入った。
     哀繕銀河にとって今回が初めての依頼。でも、頼もしい先輩達と一緒なのは心強い。それに……と傍らの霊犬に笑顔を向けるが霊犬のニイタカさんは周囲を警戒をしたままこっちを見てくれる気配はない。……どこで接し方を間違えたのか。これが哀繕銀河の目下の悩みだった。
    「それにしても小さな女の子を狙うなんて許せないっすね」
    「全くだ。……子供が死ぬのはごめんだ」
     哀繕銀河の呟きに仏頂面で反応したのは黒須・司馬(夜を越える・d07485)。
    (「義憤するほど人が出来ているつもりはないがな……許せないものもある」)
     シャドウに追われながらも生き残ってきた彼にはわかる、追われる者の辛さ。それが幼い子供とあっては想像に難くない。
    「千歳さん、どこにいるっすかね」
     小坂・翠里(臆病風・d00229)は霊犬の蒼と共にに近くの植え込みを一つずつ確認していたが千歳の姿は発見出来なかった。地面に小さな足跡のようなものがあるのでこの近くにいる気はするのだが――。
    「蒼、千歳さんいないっすね」
     蒼もくぅんと哀しげに鳴いてそっと翠里の足元に寄り添った。蒼も千歳のことを心配しているのだろう。
     桜庭・理彩(闇の奥に・d03959)もまた懸命に千歳を探していた。因縁のあるシャドウが相手とあって無言で千歳を探す理彩は静かに殺気を放っている。
    (「絶対に奴らの思い通りになんてさせるものですか……千歳さんを助けて、シャドウも撃破して、目論見を完全に潰してあげるわ」)
     だから、どうかシャドウに負けないで。
     姿の見えぬ千歳へ届くように理彩は強く願う。
     一方その頃、倉澤・紫苑(奇想天外ベーシスト・d10392)は、アスレチックを中心に千歳が隠れていないか探していた。
    「千歳ちゃんってば、かくれんぼ上手なのね♪」
     紫苑は気になった場所を片っ端から確認していく。隠れることが出来る範囲は限定されているのだからきっと見つかるはず。
    「千歳ちゃん、どこにいるの? 聞こえたらお返事してほしいな」
     ――かさり。
     紫苑の声に反応したのか、それは注意していなければ聞き逃してしまいそうな小さな音。背後で何かが動く音がしたことに秋津・祐樹(ちいさなカトブレパス・d04366)は気が付いた。ゆっくりと音がした方を振り返ると、黄色いリボンが動いている。
    「……あそこ……」
     祐樹は隣に立っていた司城・銀河(タイニーミルキーウェイ・d02950)の袖を遠慮がちにつつき、仲間達にその存在を伝えた。
    「無事で良かった」
     司城銀河は安堵の笑みを浮かべ千歳を説得する役目を担う理彩、忍と一緒にゆっくりと彼女の方へと歩み寄る。
    「一ノ瀬千歳ちゃんね」
     植え込みの陰に座り込んでいた少女と目線を合わせるためにしゃがみ込み、司城銀河はゆっくりと名前を確認するように問いかけた。
     少女は黙ってこくりと頷くと心細そうな声で尋ねる。
    「おねえちゃんたちはだぁれ……?」
     じつはオオカミさんだったりしないよね。
     少女の不安な気持ちを払拭すべく忍が柔らかな透き通る声で軽やかに答えた。
    「こんにちは千歳ちゃん、私達は猟師さんです」
    「りょうしさん……?」
    「悪い狼を退治する人よ」
     こてんと首を傾げる千歳にそっと理彩が囁く。
    「千歳ちゃん、私達はあなたを心配してるお父さんとお母さんに頼まれて探しに来たの」
     『お父さんとお母さん』という司城銀河の言葉を聞いて千歳の表情が一転和らいだ。
     パパとママをしってる人がたすけにきてくれた。うれしい。
     灼滅者達の言葉は千歳の心に大きな安堵を与えた。ぬいぐるみのメリィと二人きりで不安だったであろう千歳の顔に笑顔が戻ったのを見て3人も胸を撫で下ろした。

    ●良い子の条件
     忍に手を引かれて植え込みの陰から出てきた千歳を見て成り行き見守っていた5人も一安心。千歳と説得役3人に背を向けて大きくぐるりと囲むように立ち、いつどこから現れるかわからないシャドウの出現に備えて万全の警戒態勢を敷く。
    「ここにいるおにいちゃんやおねえちゃんも、みんなりょうしさんなの?」
    「そうだぜ! 俺達が来たからにはもう大丈夫!」
     どっしりと構えた哀繕・銀河がちらりと千歳を振り返りぐっと親指を立てる。
    「そっかぁ。すごいねぇ!」
     無邪気に千歳は喜んでいるが本題はここからだ。千歳自身が『自分は悪い子じゃなくて良い子』と思えなければシャドウ本体は出てこない。
     司城銀河は忍、理彩と無言で視線を交わすと優しい声で言葉を選びながらそっと紡ぐ。
    「千歳ちゃん。約束守らない悪い子はこうやって怖い目に遭っちゃうの」
     『怖い目』と言われて千歳の頭をよぎったのは、あの低くて恐ろしいオオカミの声。恐怖を思い出したのか涙をこらえるようにぎゅっと口を結んだ千歳の顔から一瞬で笑顔が消えた。
    「パパとママとのお約束は覚えている? 時々破っちゃった事もあるけど、ちゃんとできた時もいっぱいあったよね?」
     涙目のままこくりと頷く千歳の頭を理彩が優しく撫でる。
    「お姉さん達が約束を破っちゃった時どうすれば良いか教えてあげる」
    「……ほんと? ちぃどうすればいいの?」
    「ちゃんと謝って良い子になれば、もう怖い事は起きないよ」
    「あやまる……?」
     司城銀河の言葉に千歳は思わず顔をあげる。
    「本当に悪い子なら約束破ってごめんなさいって謝れないわよね。千歳ちゃん、貴女は?」
     優しく問いかけた忍の顔を見つめて千歳は一生懸命考える。
     ちぃはおやくそくをまもれなかったときに『ごめんなさい』っていえるかな……。
     暫しの沈黙の後千歳は力強く答えた。
    「だいじょうぶ、ちゃんといえるよ!」
    「それなら貴女は良い子だわ。あのね、パパとママは貴女が大好きなの……だから私達を頼んでくれたのよ」
     そんなご両親、大事にしてあげなさいね。
     ふわりと穏やかな笑みを浮かべる忍に元気よく千歳は頷いた。
    「ちぃもパパとママのこと大すき!」
     ――その時。
     千歳の台詞と同時にぐにゃりと空間が歪み景色が変わった。
    「……あそこ……」
     緊張した面持ちの祐樹が指差した先には黒い5つの影。うち一つは際立って大きい。
    『悪い子はどこだい? 隠れたって無駄だよ。オオカミさんにはぜーんぶ見えるよ』
    「ちがうもん! ちぃわるい子じゃないもん! ちゃんと『ごめんなさい』っていえるもん!」
     千歳の反論にシャドウが悔しそうに歯ぎしりをする。
    『ぐぬぅぅ、もう少しだったのに! 邪魔をしおって!』
     そして怒りに震える大きな黒い影が次第にその姿を明確なものへと変えていく。絵本に出てくるような巨大な二足歩行のオオカミを模したシャドウの姿を確認した灼滅者達はすぐさま武器を取り出し陣形を整える。
    「あのね、千歳ちゃん。そもそも私達みたいな正義の味方は良い子のところにしか来ないのよ♪」
     のっしのっしと二足歩行で歩いてくるシャドウに怯えた千歳だったが、紫苑が笑顔で告げると嬉しそうにメリィをぎゅっと抱きしめ何度も頷いた。
    「『オオカミ』とは、誰もが持つ弱さのことだ。それに負ける奴を『悪い子』と言うんだ」
     唐突に話しかけられ千歳はきょとんとした顔で司馬を見上げる。そんな千歳に優しい眼差しを向け、司馬は口を開いた。
    「心配するな。たとえ間違えてもお前ならやり直せる。だから見ていろ。今教えてやる。……オオカミなんて怖くない、だ」

    ●怒れる5匹のオオカミ
     4匹の小オオカミを従えた巨大なオオカミに立ち向かうのは8人の灼滅者と2匹の霊犬。
     怒り狂った巨大なオオカミが最初に狙いを定めたのは司城銀河と理彩がいる前衛だった。
     前衛の3人と1匹を漆黒の弾丸が襲うが、すぐさま理彩と祐樹が魔力を宿した霧を展開して味方の傷を癒す。お返しとばかりに司城銀河のガトリングガンが魔力を込めた弾丸を連射すると中衛に立つ小オオカミが炎に包まれた。灼滅者達の作戦はこの中衛に立っている小オオカミから狙うものだった。
    「行くっすよ、蒼!」
     翠里の声に蒼がぴくりと反応して飛び出す。口にくわえた退魔神器で小オオカミを斬り付けるや刹那、翠里の撃ち出した漆黒の弾丸がその体を蝕む。小オオカミは二人の息の合った連携攻撃を受け咄嗟に両腕で庇おうとするも間に合わない。
    「さてさて、将来有望な美少女候補に手を出すような悪いオオカミさんには退場願わないといけないわね」
     リズムに乗るように軽やかにステップを踏み紫苑は小オオカミの攻撃を避けつつ指輪から魔法弾を撃つ。
     司馬が放った柔らかな光が理彩を優しく包んで癒し、忍もまた小オオカミに向かって勢いよく魔法弾を撃ち込み、哀繕銀河のリングスラッシャーは分裂して小光輪が司城銀河を前に現れ盾となった。
     オオカミ達が千歳に近づかないように敵をじーっと睨み威嚇していたニイタカさんは主人の指示は聞こえない振りをしつつも灼滅者達が攻撃した小オオカミへと口にくわえた刀を振るう。そんなニイタカさんを頼もしく思う反面、相変わらずのツンツンっぷりにちょっと寂しさも感じる哀繕銀河であった。
     灼滅者達の無駄のない攻撃にシャドウは苛立ちを隠す素振りはない。自らの怒りを黒い想念に変えて執拗に狙うが灼滅者達も負けてはいない。攻撃に回復に縦横無尽に戦場を駆け回る。まず中衛に立つ小オオカミが倒れ、続いて前衛に立っていた小オオカミもまた一体崩れ落ちた。
    「……危ないっ」
     何度目かのシャドウの的にされそうになった忍を庇うべく祐樹は彼女の前に自らの身体を滑り込ませてその攻撃を肩代わりする。
    「オオカミさんが出てくるご本で、最後にオオカミさんはどうなっちゃったかな?」
     シャドウへの敵意を剥き出しにしていた理彩だったが優しい声音で背後から戦闘を見守っている千歳に向かって語りかけた。
    「私が読んだご本ではね、悪い狼さんは猟師に退治されちゃうのよ」
     理彩は再びキッとシャドウを睨み付けると愛刀『心壊』を構えると息も絶え絶えの小オオカミに向かって鋭い一閃を放つ。そして、その衝撃で最後の小オオカミにもトドメを刺す。
    「シャドウ、お前も後でこうしてあげる。待ってなさい」

     小オオカミ達を倒し、後はシャドウ本体を残すのみ。しかし、シャドウの強力な攻撃を前に徐々に灼滅者達も回復に手を裂く回数が増えてきた。
     ふらふらの身体を必死に支える翠里はトランプのクラブを胸元に具現化させ、一時的に魂を闇堕ちへと傾け自身の体力を回復させる。前衛を狙うシャドウの攻撃に巻き込まれることが多い蒼の体力もまたそろそろ限界が近づいてきている。
    「蒼、もう少しがんばるっす」
     主人の励ましを受けた蒼は返事の代わりに首に下げた六文銭でシャドウを攻撃する。
    『小癪な……死ねぇ!』
     司城銀河の撃った炎の弾丸を避けたシャドウが影を宿した大きな爪で彼女を切り裂いた。その攻撃は司城銀河の精神に潜むトラウマを引きずり出す。
    「あっ……」
     シャドウの攻撃で現れたのは小学校高学年とおぼしき少女の姿。――深く閉ざしたはずの記憶。大切な人を救えなかったあの時。司城銀河にしか見えない少女が執拗に司城銀河を狙う。
    「くっ……! こっちへ来ないで……!」
    「落ち着け。深呼吸しろ」
     過去のトラウマに捕らわれた彼女を司馬の放った温かい光が包み込んだ。浄化の光が傷を優しく癒し、司城銀河がそっと目を開けた時には、もう過去の自分はいなかった。
    「シャドウ……っ!」
     理彩が、哀繕銀河が、ニイタカさんがシャドウへと攻撃を繰り出す。その一進一退の様子をはらはらしながら千歳が見守っていることに気が付いた司馬はそっと千歳の前に立ち、恐ろしいシャドウが千歳の視界に入らないよう気遣った。
    「これから、大逆転のカッコイイところ見せちゃうわよ♪」
     紫苑はトントンっとテンポよくシャドウの攻撃をかいくぐるとシャドウの身体に石化をもたらす呪いをかける。
    「こんな子を見ていると、妹を思い出すの……」
     背後の千歳に向かってにこりと微笑みを浮かべた忍がシャドウへと向き直り指輪に宿した炎をシャドウへと叩きつけた。
    「狼よ、お前が食べていいのは悪い子だけ。この子はもう悪い子じゃない。お前はもう帰らなくてはいけないわ」
    『黙れ、黙れ、黙れぇ……!』
     忍を切り裂こうと腕を大きく振り上げたシャドウに生まれた一瞬の隙を祐樹は見逃さなかった。その鮮血の如き緋色を纏った銃身から放たれた一撃はシャドウの脇腹を正確に打ち抜く。
    「……闇は闇へ還れ」
     それが、オオカミの末路だった。

    ●パパとママが待つ家へ
    「悪い子退治して良い子を助ける。良い事したあとは気持ちいいわねー!」
     紫苑は大きく伸びをすると千歳に駆け寄る仲間の後を追った。
    「おにいちゃん、すごいね! ご本のりょうしさんとおなじなの!」
     はしゃぐ千歳を前に祐樹は少し照れたのか彼女と目線を合わせずにえぇ、とかまぁ、とかぼそぼそ呟いている。
    「私も小さい頃はよく叱られてたっす。でも、嫌いな物を頑張って食べたり、言われたことを守った時には頭を撫でて褒めてくれたんすよ!」 
     千歳を励まそうと翠里は自身の経験を語った。その足元では頑張れといわんばかりに蒼がぱたぱたと尻尾を振っている。
    「……帰ったら二人が小さな時はピーマン食べられたかどうか訊いてみたらどうだ」
    「そうね、案外面白い答えが聞けるかもしれないわね」
     司馬と理彩から入れ知恵され、千歳は元気いっぱいに何度も大きく頷いた。
    「きく! ちぃぜったいにきいてみる!」
     嬉しそうにはしゃぐ千歳を愛しさと悲しみを込めてそっと忍は抱き寄せる。
    「もう大丈夫。貴女を愛してくれる人達の所に帰りなさい」
     ――そして、どうか忘れないでね、間違ったなら正す事を。
     自分の想いが届くことを願い、忍はもう一度千歳をぎゅっと抱きしめた。
    「大丈夫だって! 千歳ちゃんはちゃんと謝る事ができるんだ」
     なっ、と哀繕・銀河は千歳にニッコリと笑いかける。
     ニイタカさんも千歳を励ますかのようにわぉん! と鳴いた。
    「ご両親を大好きな千歳ちゃんはきっと良い子になれるよ。だから私達と一緒に帰ろうね」
    「うんっ!」
     司城銀河が笑顔で差し出した手に千歳の小さな手が重ねられる。
     さぁ、みんなで帰ろう。
     ――大丈夫。もうオオカミなんてこわくない。

    作者:春風わかな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年12月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 2
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