こちら、別府温泉警備隊!

    作者:荒砂涼

     教室の窓から外を見ると、コートやマフラー等といった防寒具を身につけた生徒達の下校の様子が伺える。
     今年の冬も寒そうだ。君達がそんなことを思っていると、元気よく教室の扉が開き、呼び出した張本人である冴宮・湊稀(中学生エクスブレイン・dn0055)が飛び込んできた。
    「みんな! 大変だよ! イフリートが卓球浸かって別府が温泉も美味しいよね!」
     どれだけ慌てていたのだろう。
     会話文になっていない上に、羽織ったコートも右腕しか袖を通していない姿。
     とりあえず落ち着け、と言われてペットボトルのストレートティーをグビグビと飲み干す姿に色気なんて全くないわけで……。
    「ふぅ。ごめんね。えっと、改めて! すっごい大事な事件を感知しちゃったんだ」
     湊稀は改めて、真面目な顔で今回の事件についての話を始めた。
    「別府温泉付近でイフリートの目撃情報が多数発生してるの」
     イフリート。
     それは神話の存在である巨大生物「幻獣種」。全身に灼熱の炎を纏う獣である。圧倒的な破壊力と殺戮欲は一度対峙した者なら唇を噛み締めるだろう。
     そのイフリートが、どうやら大分県にある鶴見岳のマグマエネルギーを吸収して、強大な力を持ち復活しようとしているらしい。
     ならば一刻も早く灼滅にいこう、そう意気込む灼滅者を湊稀は制止した。
    「サイキックアブソーバーによって、イフリートの出現は予測可能なんだけど、強大なイフリートの力の影響のせいか、直前になるまで予知が行えないみたいなの」
     別府温泉付近ということまで判っても、詳細な位置が判らない。
     かといって、サイキックアブソーバーのあるこの学園に留まって、直前で行動するには遠すぎる。空路で四時間、鉄路に至っては六時間以上かかるのだから。
    「だからね、みんなには事前に『別府温泉周辺で待機』して貰いたいの。予知ができたらみんなの携帯電話に連絡いれるから」
     予知の電話がきたらそこからすぐに迎撃に向かう。それならば、時間はかからない。
    「というわけで、まずは別府温泉に向かってね」
     問題のイフリートは眷属などは連れておらず、強力な個体というわけでは無さそうだ。
    「ただ、万が一迎撃に失敗したら平和な別府の温泉街の人々が被害にあうっていうのは……容易に想像できるよね?」
     それは確実に阻止すべきこと。お互いにそれを確認するように頷く。
     灼滅者である君達は、温泉街にイフリートが到着する前に迎撃して、撃破しなければならないのだ。
     現状イフリートのその他の詳細や出現地域は判らない。もしかすると別府到着と同時に湊稀から連絡があるかもしれない。もしかすると数日後になるかもしれない。
    「何時になるかわからないから、それまでは温泉でまったり癒されたり、卓球で準備運動したり、自由に過ごしてね」
     大分と言えばとり天だよね、っと先程までの緊張感のある顔がだらしなく歪んでいく。羨ましいんだ、実際は。
    「おっと、忘れてた。携帯電話の圏外に出たり、電源を切ったりして連絡に気づかないなんてこと無いようにしてね」
     親指と小指を立てた手を振るという古典的なジェスチャーをしながら、湊稀は笑顔で君達を送り出した。
     


    参加者
    シルビア・ブギ(目指せ銀河ヒーロー・d00201)
    小圷・くるみ(星型の賽・d01697)
    神無月・晶(3015個の飴玉・d03015)
    辰峯・飛鳥(高校生ファイアブラッド・d04715)
    四津辺・捨六(影無し・d05578)
    海藤・俊輔(べひもす・d07111)
    メルフェス・シンジリム(魔の王を名乗る者・d09004)

    ■リプレイ

    ●べっぷ、湯けむりの町
     展望台から市内を見渡すと、町のあちらこちらから白い湯気が上がっていた。密集した建物の間から空へと向かって上がる湯気が、温泉街の風情を醸し出している。
     そう、ここは九州は大分県の別府。温泉の町だ。
    「あれが鶴見岳か」
     温泉街の奥に見える山を指差し、カマル・アッシュフォード(陽炎・d00506)が呟いた。
     温泉街を包むように存在する山々の一角、それが鶴見岳。イフリートがそのマグマエネルギーを利用して復活するという予知があったものの、現時点で全くそんな雰囲気は感じられない。
     静かな山に、賑やかな別府の町。展望台には別府の景色を眺めようと、次々とカメラを持った観光客が集まってくる。
    「予知の難しい敵か、増えてくると厄介だな」
     別府駅と鶴見岳を交互に眺め、地理関係を頭に叩き込んでいた神無月・晶(3015個の飴玉・d03015)の言葉に、小圷・くるみ(星型の賽・d01697)も頷いた。
     詳しい予知が現時点ではできないと聞かされてから、様々な状況をイメージしてはその対応を考えてきた。心配の種は決して無くなることはないが、この街を守り抜く事だけは強く頭に描いてきた。
    「あー、なるべく遅く来てくれたら一杯楽しめるんだけどーなんてなー」
     海藤・俊輔(べひもす・d07111)が小さな体で伸びをする。
    「気の抜けない観光だがな」
     俊輔の横でぽつりと呟くのは四津辺・捨六(影無し・d05578)。折角の別府観光。なるべくならゆっくりと楽しみたかったと思うのは彼だけではない。
    「まあ、でも今はゆっくり楽しみましょ!」
    「そうじゃな。妾にはガイアチャージという立派な目的もあるのじゃ」
     展望台から見える別府市を抱きしめるように腕を広げた辰峯・飛鳥(高校生ファイアブラッド・d04715)に続いて、シルビア・ブギ(目指せ銀河ヒーロー・d00201)も『えいえいおー!』とばかりに右手を上げた。
    「元気がいいのは良い事だけど、疲れる程遊ぶのはご法度よ」
     メルフェス・シンジリム(魔の王を名乗る者・d09004)が優雅に微笑む。――が、視線の先にいたはずのシルビアは、メルフェスの言葉も聞かずに展望台を駆け下りていた。

    「いつ連絡が入るかわかりませんし、ゆっくり入浴という訳にはいきませんわね」
    「街のあっちこっちにお風呂屋さんがあるっていうのにー」
     くるみと俊輔が愚痴を漏らす。街の至るところには『温泉』の文字。旅館のような日帰り温泉施設であったり、昭和の雰囲気のする共同浴場の様であったり……地理把握という名目はあるものの、温泉の誘惑は多い。
     そのうえ、しっかりと握りしめた携帯電話はまだ鳴らない。
    「明るいうちは足湯くらいにしておこうか」
     晶が東屋のような小さな屋根つきの足湯を指差した。
    「今なら空いてるな」
     捨六が言うが早く、靴と靴下を脱ぐ小学生達。
    「あ、足を休めるだけですわよ」
     歩き疲れた足ではイフリートの連絡があってもすぐには動けないから、と慌てて振り返るくるみに、カマルも苦笑した。
     足湯を囲う板張りの枠は、濡れているためか少しだけ冷たい。その上にタオルを敷き腰掛け、少しだけ白く濁った湯に足をそっと沈めると、体の先から染みこむような温かさを感じる。
    「足だけ浸かる温泉なんてのもあるんだなー」
    「うーん♪ 温泉パワーを吸収してるって感じじゃな」
     そう顔を綻ばせる俊輔とシルビア。
     それを見ていたメルフェスも真っ白な足を湯につける。即座に反応してふわふわのタオルをメルフェスの座る板に敷くのは捨六。その動きに迷いもなく、自然と体が動いたといった様子。
     その対面に座ったのは晶と飛鳥。足を湯につけたまま、別府市内の地図を広げ計画を練る。
    「こっち方面ならバスだろうけど、一応歩いて確認した方がいいかな」
    「あ、それならここ有名なとり天屋さんがあるって」
     現地調査、地理確認。そう自分達を言い聞かせながら観光先を考える。
    「海沿いも温泉……じゃなかったイフリートが現れる可能もありますし、念のため確認した方がいいですわね」
     地図を覗き込むくるみの手荷物に温泉雑誌がきちんと準備されているのは内緒だ。
    「被害や守るべき物を考えるとやっぱりこの土産物の通りも事前に確認するべきだな」
     カマルが腕を組み考える。
     ああだこうだ言いながら観光ルート、もとい現地確認のルートを検討する。
     誰一人として『足湯を出よう』と言い出さないのは、別府温泉のご当地パワーによるものに違いない。うん、きっとそう。

    ●観光地パトロール
     別府観光も二日目。
     泊った宿では温泉と食事を堪能し、いつ現れるか判らないイフリートへの恐怖を打ち払うように卓球のラケットを振るった。
     今日も別府の街を食べ歩きしながら、携帯電話を何度も確認していた。
     俊輔は味付きの衣を纏ったジューシーなとり天をポン酢につけて頬張った。さくさくの衣と弾力のある鳥肉、ポン酢の酸味。から揚げとは違った美味しさに思わず小さく唸った。
    「このまま今日も終わるならさすがに温泉は混浴を希望しようか」
    「何か有った場合は一応俺は止めたということで」
     カマルの提案に捨六は視線を合わさずに答えた。二人の歩く僅か先には絹の様に柔らかそうな緑の髪が揺れる。
     プリン片手に振り向くメルフェスに、カマルと捨六の二人は出来る限りの笑顔で返した。
    「あ! メルフェスちゃん何食べてるの?」
    「プリンよ。温泉プリンって蒸気で蒸しているらしいわ」
     一口頂戴と目を輝かせる飛鳥。その横からシルビアとくるみが顔を出しごくりと喉を鳴らすと、メルフェスはシルビアとくるみ用にと、目にも留まらぬ速さで迷わず追加分のプリンを購入していた。
    「ところで、それお土産じゃないの?」
     シルビアの手に抱えられた、半分が空となった饅頭の箱を晶が指差した。
    「温泉の熱で痛んでいたかも知れぬからな。持って帰る前に毒見したのじゃ!」
     自慢げにシルビアが笑う。
    「私もお土産買っていこうかしら。冴宮さんは何がお好きかしら?」
     噂をすればなんとやら。くるみがそう呟いた時だった。
     晶の携帯電話が鳴り、液晶には噂のエクスブレインの名前が表示されていた。
    『楽しんでる最中ごめんね!』
    「いや、電話待ってうずうずしてたところだよ」
     土産物屋の通りからなるべく人気の少ない場所へと移動し、晶は携帯電話の通話をスピーカー状態へと変えた。
    『予知ができたよ。志高湖に直ぐに向かって頂戴! イフリートは炎のタテガミを持つライオンのような姿をしているわ』
     その言葉に早速飛鳥は地図で場所を確認する。
    『攻撃はファイアブラッドと同じ物だと思ってくれていいわ。後は尻尾を自在に操り、動きを封じたり攻撃を抑制したりする。これは鋼糸と同じね』
     二日間待った戦うべき相手を頭に浮かべながら、八人は現場へと急いだ。

    ●業炎吹く獅子
     辿り着いた湖には、夕日のように赤い獣が歩く姿が映し出されていた。
     カマルの使用した殺界形成の効果もあり、辺りに人の姿はない。だが、ここで食い止めなければ、イフリートは人里に下り被害は大きなものとなるだろう。
    「もう少しで太るところじゃった、許さぬ!」
    「いや、すげー嬉しそうに食ってたじゃん!」
     八重歯シルビアに八重歯俊輔が突っ込む。二人の顔が、ゆっくりと近付くイフリートの凄まじい炎で赤く照らされる。
     一歩、また一歩と灼滅者の方へと足を進めるイフリート。それに敬意を払うかのようにくるみはスカートの裾を摘んで優雅に一礼しt。
     理性も知性もないイフリートだが、それでもその強き力を思い、くるみは最大の敬意を示す。
    「見せて差し上げましょう、私達が滅するハッピーエンドの結末を」
     その言葉と共にくるみのサイキックエナジーの封印が解除される。目の前の神話の獣から滲みでる破壊と殺戮を目的とした炎を前に、灼滅者達の封印は次々と解かれていく。
    「くる!」
     メルフェスが声を上げた瞬間、イフリートは雄叫びを上げ全身の炎を噴出させた。そのまま飛鳥へと全身の体重をかけるように体当たりする。
     炎で大きく見えるものの、体は大型犬と変わりない。だが、破壊力は全くの別物。日本刀を構えガードを試みるものの、重い一撃と炎が飛鳥の体を襲う。
     金色の瞳が鋭く光り、イフリートを見据えた。メルフェスはシャドウの象徴を具現化させる。出し惜しみができる相手ではない。
     晶はギルティクロス、俊輔は抗雷撃をそれぞれ放つ。避けるまでもないのか、イフリートはその攻撃を真正面で受け止めた。
     炎が大きくなる前にと、捨六は防護符を飛鳥に飛ばした。メディック効果で炎を消し去り、傷を癒していく。
    「消化と防火を兼ね備えたありがたい御札です」
     前髪で隠れた顔を捨六は更に護符で隠した。
    「炎の熱さなら負けないわ!」
     くるみが大鎌に炎を纏わせ斬りかかる。空気を斬るは炎の鎌。
    「くぅ、ちょこまかと!」
     縛霊撃を伸ばしたシルビアは、上手くイフリートを捕らえられず愚痴を溢す。
     なんとかして動きを止めたい。自由にさせてはいけない。それは最初の一撃を貰った飛鳥が一番感じていた。
    「人里に下りさせはしない。ここで迎え撃つ!」
     日本刀を構え、飛鳥の炎がイフリート包む。カマルも続けて炎を放つ。灼滅の炎が神話の幻獣を覆っていく。が、決して動じることはない。
     奮起するようにタテガミが蠢き一気に放出された炎の激流は前衛を担う者五人を襲った。
     執行杖クレア・ブランシュを慣れた手つきで振り回しながら魔力を込めるメルフェス。激しい奔流を浴びたメンバーを気にしながらも、攻撃の手は休めない。
    「まだまだ!」
    「もうちょっと様子見てもいいんだけど」
     高速でチェーンソー剣を唸らせ切り裂く俊輔と、奔流を浴びたメンバーに魔力を宿した霧を広げる晶。
     捨六の小光輪はカマルへ。
     炎には炎。どちらの炎が最後まで残るか。くるみと飛鳥、カマルがイフリートへと燃える各々の武器を叩きつける。
     炎が激しく燃え上がり、イフリートは湖面を震わせるかのような雄叫びを上げた。

    ●正義の炎を心に灯し
     時間が経過すると徐々に体力が削られ、ほんの少しの回復タイミングの見誤りも命取りになるとひしひしと感じていた。
     特にディフェンダーの晶とカマルの回復は手を抜けない。捨六は防護符とシールドリングを交互に使用しメンバーを支えた。捨六一人では限界があるのなら、メルフェスが癒しの光を放ち更にフォローする。
    「カッコよく庇おうと思ったんですがね」
    「自分の状態を見てから動きなさい」 
     くるみを庇ったカマルへ、何度目かのヒーリングライトをかざしメルフェスは言い放つ。それは厳しい口調だが口元は緩んでいた。
    「いくぞ! 源泉ビーム!!」
     別府を満喫し、体中で別府のパワーを吸収したシルビアがご当地ビーム、もとい源泉ビームを放つ。既にバベルの鎖を瞳に集中させたシルビアの源泉ビームは、イフリートの怒りを買う。
    「今のうちじゃ!」
     灼滅者達の炎を全身に増やし、催眠、捕縛や服破りに足止めといった回避ダウンやダメージアップを受けていたイフリート。無論、イフリート相手に手放しで喜べる程の余裕はないが、体勢をもう一度立て直す事は充分可能なバッドステータスの嵐。このチャンスにと、積極的に攻撃の手数を増やしていく。
    「幸せ一杯な場所を壊させはしねーぜー」
     絶対ここで食い止める、そんな強い意志を込めて握った俊輔のサイキックソードとチェーンソー剣から斬撃が走り、イフリートに更なる足止めを与える。最初の頃の様な動きはさせない。
    「何が何でも守り抜くと決めたのです!」
    「さっさと倒れろ!」
     くるみの風の刃がイフリートに襲いかかり、晶の鮮血のオーラを纏わせた護符もまたその体力を奪っていく。
    「メルフェス様も今のうちに傷を!」
     イフリートの姿勢が完全にシルビアへ向いていることを確認し、捨六がメルフェスへと護符を飛ばす。
    「私より前に立つ者達を……」
    「誰の為の護符だと思うんですか!」
     戦闘の最前線に立つ者程ではないが、中衛後衛だからと言って安全な訳でもない。蓄積されたダメージが侮れないのは確かだ。
    「……シャーロック、終わらせるわよ」
     戦い疲れを見せないように、メルフェスは黒い舞踏衣を翻し振舞う。
    「はい、メルフェス様」
     捨六もまた、両手の武器を構えイフリートに向き直った。
     イフリートの攻撃はシルビアの思惑どおり、シルビアに向けられた。万一他のメンバーが攻撃の対象となっても庇える者は多い。また、命中精度も破壊力も低くなった現状ならリスクは少ない。
     イフリートの炎の体当たりをひらりとかわし、ご当地ビームを放つシルビア。
    「もう一つ炎はいかがですこと?」
     くるみの体には似合わない程の大きな龍砕斧は、振り上げると炎を纏った一撃となり、イフリートの体に致命的な傷を与えた。
    「これで、終わらせる!」
     自らの炎とは異なる灼滅者の炎を纏ったイフリートに、飛鳥は一瞬にして日本刀を振り下ろした。
     神話の幻獣は、スローモーションのようにゆっくりと尻尾を垂らし、飛鳥の足元に倒れ込んだのだった。

    「めでたし、めでたし」
     ふうっと大きく息を吐きながらくるみはスレイヤーカードに力を封じた。
    「イフリートもなんで此処だったんだろーねー?」
     俊輔もまた武器を封印し呟いた。
     目的であったイフリートは無事灼滅した。しかし、それとは別にやるべきことは残されている。
    「温泉に入るのじゃ!」
    「僕まだこの温泉行ってないからね」
     晶が改めて地図を広げ別府観光地の確認を始めた。
     やるべき事はやった。
     後は思い残すことなく楽しむのみ!
     別府の山々の間からいつの間にか日が落ちようとしていた。

    作者:荒砂涼 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年12月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 9
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