Her Name Is Agent

    作者:旅望かなた

     近頃この街のオンナノコの間では、エージェントの噂でもちきりだ。
     とある喫茶店でコースターの裏に『Love & Desire』とブルーブラックのボールペンで書いておけば、夜の九時二分きっかりに灯りの消えた百貨店の駐車場に。
     エージェントが、現れる。
    「やぁ、君が僕を呼んでくれたようだね。待たせたかい?」
     今日の客は、二十歳そこそこの柔らかな巻き髪の娘。かけられた声に振り向いて、可愛らしく頬を染める。
    「いいえ、だってあなたが現れる時間は知ってるもの」
    「はは、そんなに噂になっているのか。嬉しいような、困ったような……」
     エージェント――漆黒の艶やかな髪と、魂を蕩かすような瞳が印象的な麗人は、照れたように頬を掻く。
    「あら、どうして」
    「だって――」
     くい、とその指を娘の顎にかけ、エージェントはどきりとするような微笑み。
    「今日の僕の恋人は、貴女だけだろう?」
     娘の瞳が悦びに蕩け、感激の吐息を漏らす。僅かな駐車場の灯でもわかるほど、紅潮は頬には恥じらうような、けれど期待するような笑顔。
     やがてエージェントと共に夜の街に消えた娘は、次の日には熱心なエージェントの信奉者として、一夜の想い出の語り手となることだろう。
     噂が広がり集めたコースターが箱いっぱいになるにつれ。
     闇の中笑みと悔恨の表情を繰り返すのは――エージェントであり、少女であった。
     
    「ちゃお、灼滅者さん達集まってくれてありがとー☆ あたしの最初の予知が男装の麗人闇堕ちしかけとか激ヤバなんですけど!」
     教室に足を踏み入れた灼滅者達に、きゃいきゃいはしゃぐゆるふわ愛され系カールの金髪娘がスマートフォン片手に手を振る。
     嵯峨・伊智子(高校生エクスブレイン・dn0063)ですいちごとか呼んでちょ、とウィンクを一つ。
    「えっとーつまり淫魔に悪堕ちしちゃった一般人が、男装の麗人エージェントとして女の子を誘き出しては『そーゆー意味』でいただいちゃう的な感じ? でもその子……あ、越智・薫って言うんだけど、本人の意識はどっちかってゆーとボーイッシュなことを苦にしてる女の子で、淫魔が強く出てる時の行動とか後悔したりしてるってゆーか」
     よーするに、とくるくる指を回してから、伊智子は真剣な顔になって。
    「つまりね、薫が灼滅者の素質があったら、闇堕ちから助けたげて……戻ってこれなかったら、灼滅、しちゃって。完全に淫魔になる前に」
     ぺこ、と伊智子は頭を下げる。
    「で……この薫でエージェントと会うには、囮を立てて『ラビリンス』って名前の喫茶店に行って、その店のコースターの裏に『Love&Desire』って書いて呼び出すのが、一番やりやすい方法なんだけど……実は、この店のたった一人のアルバイトが、この薫なんだよね。囮以外のみんなも店に行って、顔覚えとくといい的な?」
     なお彼女には両親が既になく、昼間はアルバイトをして学費を稼ぎ、夜は定時制の高校に通っているそうである。
    『エージェント』としての顔が現れた故に、出席日数は減っているが。
     夜に会う時間と場所の性質上、他人と間違える事は少ないだろうけれど。
    「百貨店の駐車場だから、戦いにはあんまし邪魔になるものないっぽいし。囮が待ってる場所によっては、柱の影とか色々隠れれるんじゃないかなー」
    「薫はサウンドソルジャーと同じサイキック使ってくるから、バランス取れてて結構てごわいかも」
     スマートフォンに打ち込んだメモを見ながら話していた伊智子が、顔を上げて。
    「でもね、本来の薫が力づけられて、ダークネスと戦う的な説得したら結構弱くなる感じ。無事に助けたげてくれたら嬉しーし、お願いしちゃう的な!」
     てかお願いします、と口調を改めてぺこりと一礼、伊智子は灼滅者達を送り出した。


    参加者
    花楯・亜介(花鯱・d00802)
    編堵・希亜(全ては夢の中・d01180)
    早瀬・道流(プラグマティック・d02617)
    森田・依子(深緋の枝折・d02777)
    五十里・香(魔弾幕の射手・d04239)
    樹宮・鈴(奏哭・d06617)
    九条・桃乃(高校生シャドウハンター・d10486)
    自・鳴琴(始まりのカンパネラ・d10822)

    ■リプレイ

     放課後の喫茶店『ラビリンス』は、今日はいつになく繁盛していた。
    「俺ねー、亜介っつーの。あーちゃんって呼んでよ」
    「え、えーっと……あーちゃんさん?」
    「あーちゃんでいいって」
     笑顔の花楯・亜介(花鯱・d00802)に絡まれて、困ったような顔をするウェイトレスが一人。
    「勉強教えてよ、センパイ。俺こう見えて結構真面目なんだぜ?」
     勉強道具を広げ、伊達眼鏡を掛けて真面目そうな雰囲気を作ろうとする努力は見えるが、身についたお調子者っぷりと野性児の雰囲気は消えない。
     でもそれでかえって安心したのか、ウェイトレスの少女――薫は困ったように笑い、マスターに少し教えてあげてもいいかと尋ねて快諾を得る。
     しばらくして「オーダーお願いします」と手が上がる。ちょっと失礼、と軽く頭を下げて、薫は伝票を持って森田・依子(深緋の枝折・d02777)や樹宮・鈴(奏哭・d06617)、五十里・香(魔弾幕の射手・d04239)と九条・桃乃(高校生シャドウハンター・d10486)の高校生組の元へ。
     オーダーを伝えてから、視線を合わせてにこり。薫が慌てた様子で、照れたように笑みを浮かべた。
    (「頑張って働く姿、十分に可愛らしいと思うのに」)
     そう思いながら、依子は注文をカウンターに伝え、さらに出来上がったオレンジジュースを受け取る薫の背中をじっと見つめる。
    「こちら、オレンジジュースでございます」
     そっとコースターを敷いてオレンジジュースを置き、軽く一礼。
     そんなに洗練されてはいないが一つ一つが丁寧な動作だと、早瀬・道流(プラグマティック・d02617)は思いながら礼を言う。
    (「男の子から見ても、格好いい女の子はきっと素敵だって思うんだけどなぁ」)
     そう思いながら薫を見送り、オレンジジュースに口を付けたところで。
    「へー、ここが『ラビリンス』か。なんや良さげな雰囲気やなぁ」
     かららん、と入り口のドアベルが鳴って、自・鳴琴(始まりのカンパネラ・d10822)が編堵・希亜(全ては夢の中・d01180)と共に足を踏み入れる。
     注文を済ませた鳴琴は、ふと同じく頼み終えた希亜の肩に目をやって。
    (「……希亜のあのぬいぐるみはどうなってんやろか」)
     思わず観察したくなったが、鳴琴は衝動を振り切って薫の観察と亜介の口説きテクチェックに戻る。
    「センパイすげぇなぁ……」
     ノートにペンを走らせながら、若干上目遣いで亜介は薫を見つめて。
    「こうしたら、結構簡単に解けるでしょ?」
     公式をノートに書き写して渡す時に、ふとその視線に気づいて薫は目を瞬かせる。
    「あ、まつ毛長いよね。やっぱ美人」
    「……ええっ!?」
    「びっくりした顔もかわいー。ねえ、連絡先交換しない?」
     赤くなったりおろおろしたりする薫と、かなり懸命に口説く亜介の姿に。
    「……おお、大胆ですね」
     希亜がぽつりと呟く。――聞こえるように。
     ぶ、と思わず飲みかけたドリンクを噴きそうになる亜介。へ、と振り向いて途端に真っ赤になる薫。
     参考書と睨めっこしてコーヒーに夢中。なように見える香は、つまりそんな二人を見守っていたわけで。
    (「わたしだったらどう反応するか。どこが良いと思ったか訊きまくるか、原稿用紙十枚以内で説明させるか」)
     反省文なのか感想文なのか、それとも自由作文なのか。
    「なんや、女の子にモテるっちゅーのは羨ましいなぁ。その魅力、うちにもくれへんやろか……」
     肘をついて羨ましげな顔で、希亜にだけ聞こえる声で呟いた鳴琴に、希亜は小さく笑って。
    「まぁ、女の子から告白されたということは、魅力はあるということです。それに気が付いてくれれば、あるいは」
     今度はほんの小さく、呟く。
     こくりと頷いた鳴琴は、打って変わって明るい口調で。
    「ま、冗談はおいといてや、折角の魅力もったいないし、ここで止めときたいやんなぁ」
     言った声が意外と大きかったらしくて、「頑張ってくださいね」と薫に声をかけられ目を白黒させる鳴琴。
     その瞳の中に、僅かに闇が揺らいだ気がして――揺らがない希亜の瞳が、静かにそれを見ていた。
     少し迷った様子を見せてから、おずおずと道流がコースターを裏返し、ペンを取り出す。薫が通り過ぎようとしたので慌てて隠して照れ笑いを浮かべれば――困惑の表情と、淫蕩な微笑みが同時に薫の頬に浮かんだように、道流には感じられた。
     薫が向かうテーブルに座っていた香も、その表情の変化を感じ取り軽く眉を上げる。薫の己の闇への嫌悪を、感じ取れるかと。
     ならば、己も説得により力をこめられるだろう。
    (「愛を望む、ねえ。気障な誘い文句もあったモンだ」)
     ……自分に向けて言ってんのかも知らんね。
     受け取ったケーキを大きく切って口に放り込みながら、鈴は思う。
     優雅に紅茶のカップに口を付けてから――桃乃がひょいと肩をすくめる。
    「よくそんなに食べられるわね……」
     女子高生が揃えば、なかなかの確率で甘いものがテーブルに並ぶもの。
     依子がくすと笑い、四人の少女達は再び雑談を始める。
     そっと薫の様子を、伺いながら。

     そして――夜9時、1分。
     栗色の髪の少女は、手をそっと体の前で組み合わせ、じっと時を待った。
     遠くで光る電飾。冬の風が彼女の白くなった息を散らし、リボンを揺らす。
     ――9時、2分。
    「ごめんね、待たせちゃったかな」
    「わ、ホントに来てくれるなんて、嬉しいな」
     見上げた道流の前で微笑む『エージェント』は、昼の顔とはまるで別人。
    「格好いいし、……こんなに美人さんだったんだ」
     けれど『美人』と少女――道流が言った瞬間に揺れた瞳が、昼間前髪の間から見えたのと、同じ。
    「ねぇ、お友達になろうよ!」
    「……え?」
     ぱちりと瞬いた『エージェント』ではなく『薫』の手を、道流はそっと両手でとる。
    「ボクと2人じゃなく、女の子同士みんなで遊びに行こう。何度も、何回でも。そうすればさ、少しずつ変わっていけるよ」
     はっと薫が息を呑む。引き締まった唇が、少し瞳が潤むとともに開く。
     けれど、その口から出たのは。
    「必要ないよ」
     くいと道流の顎を指で引き寄せ、暗い焔が瞳の中を揺らめく。
    「僕は魅力的だろう? だったら、それで十分だよ」
     近づいた唇を、そっと道流は人差し指で止める。
    「でもね、えっちなのはダメだよ。それに今夜キミに会いに来たのはボクだけじゃないんだ」
    「そーだよ俺もいるよ!」
     ひらり、と百貨店の軒先から亜介が現れた。
     灼滅者の体力で昇るのは意外と何とかなった、そうである。
    「悩む必要ねーって。『女の子らしく』なりたいなら、俺も協力すっけど、もう十分魅力的だと思うよ?」
     自分と同じくらいの身長の薫に、ニッと亜介は笑顔を浮かべる。
    「君は……」
     さっと薫の顔に朱が差した次の瞬間には。
    「だったら、君が僕に食べられてくれてもいいんだよ?」
     淫蕩な『エージェント』が、顔を出す。
    「違うっしょ? センパイ、本当は……」
     亜介が、そう口を開きかけたところで。
    「ハァイ、良い夜だね」
     メジャー・セブンスのコードが煌めくように響く。
    「愛に迷えるアナタの心、お救い致します」
     ギター(アクセ)を掻き鳴らし、一般人を近づけぬ殺気を放ちながら鈴がニコリと笑う。「来いよエージェント、その捩れた性癖ぶった斬ってやる」と持ち変えるのは鋭き刀。
     解、と短く唱える声と共に、依子がひらりと枝絡む鞘から深紅の刀身を引き抜き現れる。その後ろから、ビハインドを伴い希亜が。
    「開き直って女の子を襲っているようだけど、君自身は本当はどうしたいのか、考えた事はある?」
     桃乃がぱたん、と護符揃えで反対の掌を叩き、微笑みを浮かべたまま尋ねる。すらりと抜いた符が、彼女の周りで五芒星を描き攻性結界を形成する。
    「私は……」
     苦しげに伏せた瞳が、次の瞬間ぱっと笑顔を浮かべて。
    「愛を語る人が多ければ多いほど、嬉しいよ。だって美味しいものは、沢山あった方が嬉しいでしょ?」
    「本当に?」
    「本当……」
     笑みが消え、再び伏せられた瞳。
    「女の子の……友達が、欲しい……可愛く、なりたい……恋だって、したい……格好いい、人、と……」
     くい、と亜介が自分を親指で指して見せる。か、と赤くなる頬。
    「微妙に親近感を覚えなくも無いな」
     香が呟いてから、ガンと音を立ててガトリングガンとWOKシールドを同時展開する。
     一気に盾を広げ、隣の鳴琴を巻き込んでバッドステータスへの耐性を高めて。
    「わたしは今の自分が好きだし女に告白されたこともねーけどさ。なりたい自分があるのなら、その気持ちを裏切らないで一歩踏み出すべきなんだ」
     踏み出す方向が分からないのなら、眩しく感じるものに向かって闇雲にでいい。
     そう言って笑う香に、薫はまた困ったように笑って。
    「いいな、みんな……私には、みんなが眩しいや……可愛いのに、凛としてて……」
    「ほな、その気持ちを込めて歌を歌おか!」
     突然の鳴琴の言葉に、薫は目を丸くした。
    「なぁ、一緒に歌おうや。そんで全部気持ち吐き出してまえ」
     歌と共に情熱のダンスパフォーマンスが、薫を巻き込んで。
     驚いて何度も瞬きながらも――張り上げた声は、鳴琴と源を同じとする力。
    「おねーさん強いね! 惚れそう!」
     ディーヴァの歌声に晒され、蕩けそうになりながら亜介が笑う。――催眠にかからなくても、もうとっくに口説き落とす気だけれど。
     タン、と踏み込んで組みつき、投げを仕掛ける。何とか頭を庇い転がった薫が立ったところに、軽やかに踏み込んだ道流のトラウナックルがぶつかる。
    「女性は皆、各々に違う美しさがあります。貴方は凄く可愛らしい」
     素直な気持ちを、依子が燃え上がる炎と共にぶつける。その瞬間、真摯に薫の瞳を見つめて。
    「……自分の魅力に気が付いてください。……なにも、可愛らしくあることだけが、女の子の魅力ではありませんよ」
     彼女の闇に狙いを定めて、石と化す呪いを希亜は呼んだ。ビハインドが霊魂の一撃を反対側から浴びせる。視界に入っても、彼女はビハインドを『視ない』。
    「なぁ、女の子にモテるっちゅーことはそんだけ魅力があるっちゅー事なんやろ? うちは君のこと魅力的やと思うで?」
     疑問形で、けれど確かな確信をこめて。
     裁きの光で闇を祓いながら、鳴琴が頷く。
    「それでも可愛く、女の子らしく変わりたいなら、そうすればいいのよ」
     桃乃の名と同じ色の髪がふわりと揺れる。五芒の結界が再び現れ、さらに結界を強固にしていく。
     瞳を伏せた次の瞬間淫魔の笑みを浮かべて舞ったダンスを、鈴が軽やかな跳躍と共に相方を引き受けるように受け止める。張り上げた声は、高く澄んだ音色。
     己もまた悩める子羊なのだと、囁くような、皮肉めいた、甘やかな恋唄。
    「ああそうだよ、私だってわかんねえよ。女らしくしろって何だ。私は私だ、あんただってそうだろ!」
     意地っ張りで負けず嫌いでがさつで、でもその内心寂しがり屋でちょっとしたことで涙が溢れて、そんな自分を持て余す……鈴だって、そんな年頃で。
    「無理をしないで……とは言いません、変わりたいなら、一緒になりたい自分になる為、変わる為に一歩踏み出してみましょう?」
     一人では、できなくても。
    「……私達も、手伝いますから」
     冷気が闇を凍らせていく。けれど薫の心は、その言葉に温まっていく。
    「それに今のままでも、ちょっと愛想よく笑ってあげればさ、男の子メロメロだよ!」
     糸を操りながらの道流の言葉に、薫がえ、と思わず声を零す。思わずふるふると首を振る彼女に、道流は微笑んで。
    「だって綺麗だもん。きっと花楯先輩も、もっと惚れちゃう」
     ぱちん、とウィンクすれば、綺麗に薫の頬が染まる。
    「で、でも……今日会ったばっかりで、メロメロなんて……」
    「女の子は誰だってお姫様って言うじゃん。嘘は言わねーよ」
     どーすれば俺の真剣さ、伝わっかな。
     真剣な表情で、亜介が薫の瞳を覗き込む。
    「悩む事も焦る事もなんにもないさ。ありのままを好きになってくれる男だって居るんだよ」
     ダークネスの守りを素早く間合いを詰めて切り上げながら薫に呼びかける鈴に、亜介がうんうんと頷く。
    「女らしさ? ちょっとしたテクと気の持ちようだ。多分。そうなんだろ?」
     その気になって本気出せばマジ余裕だってマジで。多分。
     そんな軽やかな口調でぱしんと闇の加護を拳で砕く香に、薫はくすと笑みを浮かべた。
    「女らしさなんて後から自然についてくる」
     笑ってみ? と鈴は己も笑みながら告げた。
    「女の涙と笑顔に勝てる男は居らん」
     そっと希亜が頷き、情熱のダンスを踊る。生気の宿らぬ瞳に、けれどしっかりと助けたい少女の姿を映して。
    「それに、一人では難しくても、友達や自分を好いてくれる奴と一緒ならできるさ」
     うん、と亜介が頷いて、手を伸ばして。
    「あのさ。学費もあるけど、女の子らしい行儀とか身に付けたくて、でもって人の為にサービスするってどんなことか知りたくて、喫茶店で働いたんだって……マスターに聞いたんだ」
     驚いたように目を見張る薫に、ちょっと照れたように亜介は笑って。
    「だから……薫、さん。そうやって自分で努力できる、いい女じゃん」
    「……ありがと」
     薫の瞳から、涙がこぼれる。
     ――もう、彼女は闇に勝てる。大丈夫。
    「もう手加減しなくていいのね」
     楽しげに桃乃が笑って、パンクな服装のシャツをあくまで上品になびかせてひらりと弾丸を放つ。
     皆が怪我しない様に自分も精一杯、どうかちょっとでも気持ちがやすらぎますようになぁ、と思いを込めて、鳴琴が声を張り上げた。己の名が表す、心を癒すオルゴールの如く。
    「痛かったかしら。でもごめんなさいね、正当防衛なの」
     闇から己を守るため。
     そして――闇から彼女を守るため。
     ふっと力の抜けた彼女を、亜介が受け止める。
    「俺達と一緒に来いよ」
     確信か偶然か。耳元で囁かれた言葉に、あわわ、と口が動いてから――観念したように嬉しそうに、薫はこくんと頷く。
    「お疲れ様……一杯頑張りましたね」
     依子が、そっと視線を合わせて微笑んで。
    「自分のコンプレックスと戦うのは凄く勇気がいります。でも、それに立ち向かった貴女は……とても綺麗ですよ」
     差し出した手鏡をじっと見つめて――やがてゆっくりと、薫は笑んだ。 
     ボロボロで、でも闇から確かに生還した、誇れる自分に。
    「行こーぜ薫ちゃん。自分らしさ、一緒に見つけよ」
     ぱし、と鈴が出した手に、勢いよく薫は手を重ねて。
    「女の子にモテるんだもの。男の子だって放っておくはずがないわ」
     化粧の仕方を教えてあげようと、桃乃は約束と悪戯っぽく笑う。
     銀誓館への誘いに、もちろんと頷いた薫は。
    「ありがと……本当に、ありがとう。今、すごくどきどきして、嬉しくて……こんなに女の子だって自分で思ったの、初めてなんだ」
     花が咲くように、彼女の心からの笑顔を浮かべた。

    作者:旅望かなた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年12月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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