地獄門番・牛頭馬頭

    作者:atis


    「この熱碧地獄、中のカゴに卵が入ってるぜ!」
    「なあ、源泉に弁当浸けたら『地獄弁当』が出来るかな?」
     某温泉地名物『地獄巡り』に、はしゃぐ修学旅行の中学生たち。
     その様子を地獄の片隅で、ぎょろりと睨む屈強な影。

     黒曜石の角の生えた上半身裸の筋肉大男と、牛頭と馬頭のカブリモノをした上半身裸の筋肉男2人。
     もちろん衣装は、褌に腰布一枚。
     まるで『地獄巡り・マスコットキャラ』の如き出で立ちの3人に、観光客はカメラは向けるものの変だと思う者はいなかった。
     
    「オレ、さっき買った温泉饅頭もってるぜ。2度浸けしたらもっと美味くなるかな」
     中学生の一人が、温泉饅頭の包みを開く。
     そして、あろうことかその温泉饅頭を、熱碧地獄の中の卵籠へと投げ入れた。

    「おい……坊主。おぬし、今……何をした?」
     中学生の背後から、ドスの効いた声がする。
     おそるおそる後ろを振り向く中学生男子。
     そこには頭に黒々と光る角を生やした屈強な男、その両脇には斧と金棒を持った牛頭と馬頭のカブリモノ。
     中学生の胸ぐらを掴んで持ち上げるや、逆の手でその足を掴み逆さ吊り。
     地獄の釜のように煮えたぎる熱碧地獄へと、中学生の前髪がひたりと浸かる。
     顔には摂氏98度、熱碧地獄の水面がジリリと迫る。

    「儂は気が良い。どの地獄が良いかは、選ばせてやろう」
     熱碧地獄、血溜地獄、龍噴地獄、熱雲地獄、熱針地獄、熱泥地獄……。
    「さあ……選べ」


     活火山の近くには、良い温泉場が数多く存在する。
     そして、地下深くマグマから吹き上げてくる凄まじい熱湯や熱泥、噴気が、まるで地獄絵図のような場所を『地獄』と呼ぶ。
     活きた温泉場の証しであったり、国指定名勝になったりと、温泉場の宝の場所。

    「闇堕羅刹……地獄の門番が、現れたぜ」
     牛頭馬頭(ごずめず)を引き連れてな。
     リアル牛頭の中から神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)の声がする。
    「大智・巌(おおとも・いわお)、高2だ。有り余る青春のエネルギーを『地獄の門番』をする事で発散しているようだな」
     巌は配下の牛頭馬頭を連れて、勝手に『地獄警備』をしているらしい。
     そのいかにもな風貌のおかげで、マナーの悪い客は減ったというが。

    「このところ巌は、扮した鬼の様に角が生え、暴力的な衝動を感じる様になっている」
     その衝動は巌の内側に秘められ、表面にはまだ出ていない。
     普通は闇堕ちをしたらすぐに人間の意識は消え、別人格である羅刹にのっとられてしまうのだが、巌に灼滅者の素質があったのかどうか、いまだ巌には人間の意識が残っている。
     羅刹の力は持ちながら羅刹になりきっていない、巌は羅刹のなりかけだ。

     頭の角は衣装の一部、暴力的な行動も鬼役のパフォーマンスの一部と見られて、今までは大事にいたっていないらしい。
    「だが俺の全能計算域(エクスマトリックス)が……奴の羅刹化事件を探り当てた!」
     熱碧地獄に温泉饅頭を浸けようとした中学生を、そのまま熱碧地獄に浸し『釜ゆでの刑』に処する。
     そしてそれを機に『なりかけ羅刹』だった巌の、かろうじて残っていた人間の心が消えてしまい、完全な羅刹となってしまう。
     その前に、巌たちを止めなければならない。

    「お前達には、この温泉地で地獄巡りをしていてもらいたい」
     赤丸付きの地図を出すヤマト。
     巌たちは、熱碧地獄、血溜地獄、龍噴地獄、熱雲地獄、熱針地獄、熱泥地獄の6つの地獄のどこかで地獄警備をしているという。
    「普通の観光客のように、地獄巡りを楽しんでいてくれ。そうすれば巌達の地獄警備の場面にぶつかるだろう」

     もしかしたら、お前達の行動が奴の地雷を踏むかもしれないがな、とヤマト。
    「巌はまだ闇堕ちの段階だ。かろうじて残っている人間・巌の心に呼びかければ戦闘能力を下げれるかもしれないぜ。……ただ、少し脳筋のようだがな」
     地獄を愛しているがゆえの行動だろうが、拳で語った方がわかりあえるかもしれない。

    「別府はイフリートの大量発生で火の海になりそうだが、こっちも大問題だ。巌を止めて地獄の平和を守ってくれ」
     お前達なら出来る。頼んだぜ、灼滅者たち……!
     リアル牛頭のまま灼滅者へと、ヤマトはグッと親指をあげた。


    参加者
    赤舌・潤(禍の根・d00122)
    天方・矜人(疾走する魂・d01499)
    那賀・津比呂(ふまじめにまじめ・d02278)
    三芳・籐花(トラグディ・d02380)
    鏡・瑠璃(桜花巫覡・d02951)
    卜部・泰孝(アクティブ即身仏・d03626)
    六徒部・桐斗(雷切・d05670)
    清浄院・謳歌(中学生魔法使い・d07892)

    ■リプレイ

    ●お迎え
     地獄火車の描かれた、重々しい地獄への扉を開けば、湯煙立ち上る賽の河原が広がっていた。
     掘れば温泉の出る賽の河原で、新旧の子ども達が親供養の積み石をしている。
     ときどき鬼が来て積み石の塔を崩していく。
     そこから伸びる、道が二本。
     地獄巡りの道と、地獄界への道。
    『衣領樹(えりょうじゅ)』と書かれた脱衣所入り口では、奪衣婆が六文銭の描かれた地獄巡り入場券を売っている。

     地獄巡りの入り口へ、目を向ければ横たわる川。
     立て看板には『三途の川』と書かれてある。
     渡し守に六文銭を払ったら、三途の川を渡っていこう。
     さぁて、地獄巡りのはじまりはじまり。 

    ●彼岸へ
    「あの鬼は、巌さんじゃなさそうだねっ」
     六文銭を渡し守に渡しながら、清浄院・謳歌(中学生魔法使い・d07892)。
     こくり、とうなずく三芳・籐花(トラグディ・d02380)。
    (「だめだめ、今日は観光に来てるんじゃない!」)
     まるで生きたまま地獄の入り口に立ったかのような、景色と雰囲気に目をとられる籐花、自分に喝を入れる。
     あたりは温泉の噴気と地熱で、じんわりと熱い。
     肉筆風・地獄絵図の地獄巡りパンフを片手に川を渡りしばらく歩けば、南国の海のように爽やかなハワイアン・ブルーの源泉が見えて来た。
    「ここが、例の熱碧地獄か」
     骸骨の仮面の天方・矜人(疾走する魂・d01499)。 
     摂氏98度の熱碧地獄に浸されたカゴに卵は入っているが、周囲に闇堕ち羅刹・大智巌と配下の牛頭馬頭のカブリモノの姿は見あたらない。
     ヤマトは『普通の観光客のように、地獄巡りを楽しんでいてくれ』と言っていた。
     そうすれば巌のバベルの予知をくぐりぬけ、どこかで地獄警備をしている巌たちに会える、と。
     闇堕ちした巌への説得力を高めるべく、彼らと同じく地獄警備するが如き心境で地獄巡りをする灼滅者たち。
     地獄順路に従い進めば、ブシュウ! と激しい水音がする。
     天に昇る龍の如く大地から熱水を噴上げる、間欠泉群『龍噴地獄』。
     噴上げたり静まったりを周期的に繰り返す幾本もの間欠泉が壮観だ。
     龍噴地獄には貸し出しのビニール傘がある。
     その傘をさして間欠泉そばの一方通行の順路を通り抜ける、という自然のアトラクションだ。
     その間欠泉の一本が、あと十数秒で大噴出の時間を迎える。
     だがそこで悪戯のつもりか、小学生が通せんぼをしていた。
     風向きによっては小学生を含め冷やされた温泉飛沫を全身にあびてしまう人が出るかもしれない。
     間欠泉の動きが変わった、もうだめか……と思った瞬間、人ごみを縫い黒い影が柔らかく少年を連れ去る。
     六徒部・桐斗(雷切・d05670)だ。
     間欠泉間近にいた観光客達が急いで通り抜け、誰一人びしょびしょにならずに済んだ。
     のんびりと少年をいさめる桐斗。
     その岩のむこうから轟音が響く。
     岩の曲がり角を回れば、山一面の岩の隙間からごうごうと熱噴気が上がっている。
     そこには地獄釜という、地獄(温泉)の噴気を利用して地獄蒸し料理をする為の設備がいくつか備えられていた。
     ふと見れば、生きたまま七面鳥を地獄釜に押し込もうとする女性の姿。
     大きな七面鳥がバタバタと暴れて、周囲に迷惑この上ない。
     思い切って声をかける、鏡・瑠璃(桜花巫覡・d02951)。
    「あの、お姉さんー、七面鳥を生きたまま押し込むのは……」
     瑠璃の澄んだ声に振り返る女性。
     浴衣に羽織の美少年に、思わず顔を赤らめ七面鳥と共に去っていく女性。

    「ねっ、熱泥地獄の方に足湯とお土産屋さんがあるみたいだよ!」
     パンフレットを見ていた謳歌の声に、瑠璃と桐斗と籐花が思わず歩を早める。
     あっというまに遠ざかる4人の背中を見ていた那賀・津比呂(ふまじめにまじめ・d02278)。
     順路のわきに『→地獄界・血溜地獄』の看板を見つけてしまった。
    「なあっ血溜地獄行かねー? オレ、血溜地獄入りたい!」
    「血溜地獄? 俺は御免だな」
     そう言いつつもなんとなく付いて行く赤舌・潤(禍の根・d00122)。
     矜人と即身仏姿の卜部・泰孝(アクティブ即身仏・d03626)も血溜地獄へ。
     まるで、古い地獄絵図を写したかのよう。
     回廊のように複雑にうねる、薄暗く黒々しい岩窟に赤い泥湯の血溜地獄。
    「すっげー赤っ! ここで事件が起きたらわかんないんじゃね?」
     思わず叫ぶ津比呂。
    「……入れるのか?」
     温泉ならゆっくり浸かりたいねぇ、と潤。
     4人が迷い込んだ『地獄界』とは『入浴場』の事だった。
     地獄間を着衣で移動できるらしく、ここでは別にマナー違反という事もない。
     湯衣を纏った人々が、湧水の泡立つ血溜地獄に身をゆだねている。
     暗い洞窟に浮かぶ、矜人の白い骸骨仮面。
     ジャラジャラと響く、泰孝の数珠の音。
    「おお、生き仏様じゃ……」
     やせ細り死にそうな顔色で赤と金の即身仏衣を纏う泰孝。
     血溜地獄の中から年配の湯治客たちが泰孝の袈裟にすがりついてくる。
     地獄に仏、と泰孝に手を合わせ、拝み始めるご老人達。
     血溜地獄に引きずりこまれそうになるも、人々の迷いを祓う事こそ救いと泰孝。
     苦しむ衆生へ祈りを捧げる僧の如く、思わずその場で説教を始める。
     その横で津比呂の顔が突然キリッとなる。
    「コラコラ、温泉で走ってはいけないよ?」
    (「迷惑掛けてるヤツに注意するオレ……超優等生じゃね? 温泉優等生・那賀!」)
     ふふん、と鼻高々する津比呂。
    「……いった! 足踏むなし! くっそ、あんの悪ガキィ……!」
     津比呂に変顔して笑いながら、子どもはわざと走り去った。

    ●輪廻
    「気を付けていたのに、はぐれちゃいましたねー」
     待っていれば大丈夫でしょうかーと瑠璃。
     お土産屋さんを覗いた後、4人は熱泥地獄をぬるくした足湯につかっていた。
     桐斗の横には、いつのまにか温泉饅頭や温泉卵が山のように置かれている。
     無表情で温泉饅頭を次々食す桐斗。
    「巌さんが人の心を無くしてしまう前に、わたし達の手で助けてあげなくちゃ!」
     謳歌が闇堕ちした巌を「絶対に助ける」と籐花へ熱く語っていたとき、血溜地獄から4人が追いついて来た。
     足湯の泥を洗い流す4人。
     肌が綺麗になって、嬉しそうな謳歌と籐花。
     再び8人で地獄巡りを始めると、熱針地獄の前に人だかりが出来ていた。
    「おい……おぬし、今……何をした?」
     野次馬たちの向こうから、ドスの効いた声がする。
     ーー闇堕ち羅刹・巌だ。龍砕斧を持った牛頭、金棒の馬頭もいる。
    「寒そうな格好……でもないか」
     籐花がぽつり。
     褌に腰布一枚という格好でも、この熱い地獄でならむしろ似合う。
     あふれんばかりの暴力的な衝動をまとう、筋肉大男・巌。
     同じく上半身裸の筋肉男、牛頭と馬頭のカブリモノが妙にリアルだ。
     巌の頭には黒々と光る黒曜石の角。
     熱針地獄へと追いつめられながら注意される男。
     巌と男の間に、即身仏姿の泰孝が数珠を鳴らしゆらりと立つ。
    「地獄警備、その意思、行為は褒められし物。されど、身勝手な処罰実行、其れは観光地を荒らす、心得無き者と同類よ」
    「一生懸命になれるものがあるのはうらやましいことですが、行き過ぎはいけませんね」
     眠たげな瞳で桐斗がにこり。
    「今の内に逃げて」
     籐花が追いつめられた男に、手振りで合図する。
     足をもつらせ逃げる男を、背後に庇う様に前に出る矜人。
    「よう、鬼さん。ちょっとツラ貸してもらえるか?」
    「即身仏に骸骨とはの……よかろう」
     灼滅者達の顔ぶれに興味を持ったのか「良い場所がある」と誘う巌。

    ●獄卒
     ーー『地獄巡り』から、少し裏手に入っただけなのに。
     そこは観光には不向きな、靴の底が溶けそうに熱く黒い溶岩石地帯。
     地獄が、マグマが近い。
     あそこに立てば自分たちが地獄蒸しにされそうな、熱煙があちこち立ち上る。
     ジャリ、と巌に近づく潤。
    「特殊な力が、自分自身から目覚めつつある自覚はあるか?」
     ニタニタとした無気力な表情を貼りつかせ、巌に問う。
    「俺達は、同類だ」
     己が内に眠る羅刹の、その力に対する衝動を抑えるように言葉を紡ぐ。
    「……同類?」
     怪訝な顔で頭の角に手を伸ばす巌。
    「はい、ご注目!」
     パンパン、と手を叩きながら巌と牛頭馬頭の前に、調子良く出る津比呂。
    「フォー、スリー、ツー……」
     高2男子の身体が、陽炎とゆらめく。
    「……ワン!」
     ぽんっ♪ と津比呂の姿が消え、代わりに柴犬が現れた。
     驚愕する巌。
    「自分でもうっすらと気付いているでしょう? あなたの中の鬼に」
     身体をブルブルと震わせ、変貌して行く巌。
    「古来より鬼は人に退治されるもの、鬼退治と行きましょう」
     桐斗がスレイヤーカードを出した。
    「さあ、ヒーロータイムだ!」
     矜人がマテリアルロッドを棍の如く扱いキメた。
    「来いよ大智! 地獄の力、全部オレが受け止めてやるぜ!」
     柴犬・津比呂が巌に吠える、と同時に津比呂を襲う巌の黒炎オーラ。
     身をねじり津比呂がわずかによければ、背後の地面がオーラでえぐれる。
     えぐられた地面から噴出する新たな源泉。
    「……出来れば、やさしく、ね……?」
     犬変身をとく津比呂。
     間髪入れず泰孝を襲う激しく渦巻く炎風の刃。 
     身体を斬り刻まれつつも印を結ぶ泰孝。

     ーーまずは配下から。
     津比呂のサイキックソードが牛頭を斬り裂く。
     虚空に印を結んだ泰孝から前衛へ、シールドが広がる。
     桐斗が愛刀・備前長船『平定』を片手平突きに構え、牛頭へと岩を蹴る。
    「目いっぱい暴れられるように付き合って差し上げます」
     闘気を雷に変換し拳の延長の平定に纏わせ、三次元立体的な動きから斬上げる桐斗。
     神楽舞の巫女服にツインネックギター・彼岸桜を手にする瑠璃。
     ヘヴィにハードにギターをかき鳴らし牛頭へディーヴァズメロディを叩き込む。
     巌の動きを目の端に捉える潤。
     指パッチン刹那、神薙刃が巌に襲いかかる。
     棍を高速回転させ産む竜巻に巻き込まれる牛頭馬頭。キメる矜人。
    「できれば落ち着いてお話したいのですが……」
     籐花の五芒星結界に牛頭がかかる。
    「巌さんがここを守っていたのは、誰かを地獄に落とすためじゃないハズだよ!」
     巌へ心をこめて叫ぶ謳歌、牛頭を魔法光線で射抜く。
     牛頭が龍の翼の如き高速移動で前衛達を薙ぎ払う。
     独特の動きで避ける泰孝。ジャリッと数珠を擦る。
    「汝らは門番、己が意思で警護を買って出たなれば。衝動に任せ罰を下す事、其れは道より外れし事」
     泰孝の言葉に、黙れとばかりに馬頭から畳み込む様に竜巻が前衛へと襲いかかる。
     桜舞うようにひらり避ける瑠璃。
    「アンタには素質がある……だけど今のままじゃダメだ!」
    「……なにぃ?」
     矜人へと黒炎オーラを放つ巌。
     棍を円やかにオーラにそわせ体転換する矜人。わずかにかするも、ほぼ回避。
     津比呂が謳歌の目配せに気づく。
     津比呂が高速演算中カウント開始……2、1でしゃがむ。
     その頭上を謳歌の魔法矢が通り抜け牛頭を貫く。
     ズシンと斧を大地に落とし、続いて牛頭の身体も落ちた。
     その様子を横目に、数珠を擦り合わせメディックへ移る泰孝。
    「言の葉は伝え申した。後は、互いの拳が全てを語ろう」
     瑠璃の片腕が異形巨大化、舞う様な足取りで馬頭へ近づくや凄まじい臂力の拳を入れる。
    「さあ、悪夢が現実に追いつく前に、潰えろッ!!」
     金棒を振りかぶるもむなしく、馬頭もまた、熱く黒い大地へと沈んだ。

    ●門番
     倒れた牛頭馬頭を見、灼滅者達を睨みつける巌。
     オーラを愛刀・平定に集中させ巌へと高速歩法する桐斗。
     宙で跳ね撹乱するごとく岩場を蹴り、巌へ凄まじい百裂乱れ斬りを叩き込む。
     潤がパン、と柏手を打てば清めの風が前衛を癒す。
     矜人の棍が円を描き巌に叩き付けられる。
    「アンタ、この場所が好きらしいな……だがその力、本当にここを守る為に使ってるか?」
     巌にぐん、と踏み込み思いと魔力を込めた棍を振り回し何度も叩き込みカッコつける!
    「力を使う事を目的にするな。何の為に力を使うか、その思いで力を制御しろ!」
    「おぬしは……儂はこの力でこの場所を……守っていないと申すのか?!」
     やや脳筋の巌の、行き場を失った青春のエネルギーが荒れ狂う。
    「私もね、同じ技を使うんですよ」
     朗らかな笑顔で片腕を異形巨大化する籐花。
     反射的に巌も片腕を異形巨大化させる。
    「……力比べしてみませんか?」
     好戦的に鬼神変を叩き込む籐花、わずかに遅れる巌。
    「秩序を守るという点では、あなたの気持ち、理解できます。……でも一線を踏み越えたら、愛するこの場所を自分で穢してしまうんですよ」
     ふわふわした雰囲気の籐花に、視線を落とす巌。
    「力で壊してしまうなんて勿体ない。好きなものはもっと優しく守りましょう?」
    「優しく守る……か」
     自分を見つめる灼滅者達を、ぐるりと見回す巌。
    「……おなごじゃのう」
     何かを静める様に、黙想しゆったりと大きく呼吸し始める巌。
     津比呂がいまだ、とばかりに巌の死角から斬撃を放つ。
     謳歌が泰孝と呼吸が合う。
    「巌さん、これで終わりだよ!」
     泰孝が人差し指をクルクル回しブツブツ念じ、リングスラッシャー射出。 
     と同時に謳歌の魔法光線が巌に放たれる……が、見きられた。
     そこへトドメとばかりに宙から桐斗の居合い斬り。
    「……これで、止めです」
     着地し刀をさやへと納める桐斗。
     巌の身体が一瞬とまる。
     そして熱く黒い溶岩台地へとその巨体を沈めた。
    「あなたは死ぬ。……そして、もう一度生まれるんだ」
     瑠璃の薄桜色の千早が、静かに熱風に舞う。

    ●地獄極楽、また地獄

     桜の意匠が散りばめられた、12弦ギターのHR/HMな音色が響く。
     よろり、と身体を起こす巌にギターの手を止め、ふわり微笑む瑠璃。
    「……ようこそ、こちら側へ」

    「巌さん、無事だねっ!」
     駆け寄る謳歌、学園に来ない? とさっそく誘う。
    「……このコートは?」
     巌が自分に掛けられていたコートを手に取る。
     籐花が腰布一枚では、やはり寒いだろうとかけていた。
    「でも、一着しかなかったんです」
     ゆっくり起き始めた牛頭馬頭へと、視線を向ける籐花。

    「かたじけない、あやつらは丈夫だ。……ところでどうだ。儂が地獄の案内をしようか」
    「温泉入りたい! 特に血溜まり地獄!」
     二つ返事で手を挙げる津比呂。うなずく桐斗。
    「ほう、綺麗好きな犬とは感心」
     犬じゃねーっと笑いながらもう一度、柴犬に変身して見せる津比呂。
    「おなご専用の地獄もある、安心せられよ」
     その言葉を合図に、奪衣婆のいる三途の川へと歩き始める灼滅者たち。

    「でも、この地獄ほんと『地獄』だったねっ」
     明るく人懐っこく笑う謳歌。

    「従楽入楽、従夢入夢」
    「なにそれ?」
     笑う潤、数珠をジャリと擦り我が意を得たりと説法開始の泰孝。

     ーーこの世はすべて、夢まぼろしの如くなり。
     骸骨の仮面が、空を仰いだ。

    作者:atis 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年12月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 2
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