別府の異変

    作者:天木一

    「皆さん温泉に興味はありますか?」
     突然、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)が集まった灼滅者達に尋ねた。戸惑う君達に姫子は話を続ける。
    「実は別府温泉の周辺で異変が起きているようなんです」
     地図を机に広げると、幾つも付けられた印を指差す。
    「これらは全て、イフリートが目撃されたという情報のあった場所です」
     その数に灼滅者達は驚く。これほど集中して現われるのは何故か?
    「調査した結果ですが。鶴見岳のマグマエネルギーを吸収して、強大なイフリートが復活しようとしているようなんです」
     通常のイフリートでも強力な敵だ。それよりも遥かに強い固体……それはまさに神話級の存在なのではないだろうか。灼滅者達は息を呑む。
    「どうすればそれを阻止できるのかは分かりません。ですがまずは私達にできる事をしていきましょう」
     強大なイフリートが復活するのが何時かは分からない。だがこの複数出現するイフリートを放っておけば、人々に被害が及ぶのは確かだ。
    「皆さんには、このうちの一体を迎撃してもらいたいんです」
     ただ一つ問題がある。
    「強大なイフリートの力の影響なのか、出現の直前でなければ予知ができないんです。予知してから動いたのでは間に合いません。ですので、別府温泉周辺で待機して、予知ができ次第すぐに行動してもらいたいんです」
     予知後すぐに携帯電話で連絡を送る。連絡は常に繋がるようにしておく必要がある。
    「迎撃するイフリートは単独で行動しています。戦闘力も高くはないようです。ですが温泉街が近く、迅速に行動しなければ多くの被害者が出てしまうでしょう。気をつけてください」
     予知が出来ていない現状、何時何処でイフリートが出現するのかも分からない。
    「焦っても良いことはありません。ですから、連絡があるまでは自由行動をしてください。温泉でのんびりするのもいいですし、卓球で身体をほぐすのもいいですね」
     連絡が入るまでは自由に別府の街を観光してもらって構わない。もちろん任務に支障を来たさない程度に、だが。
    「それでは宜しくお願いします。帰って来たら、たっぷり遊んで、しっかり活躍した旅話を聞かせてくださいね」


    参加者
    杉本・沙紀(闇を貫く幾千の星・d00600)
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    紗守・殊亜(幻影の真紅・d01358)
    裏方・クロエ(魔装者・d02109)
    古樽・茉莉(中学生エクソシスト・d02219)
    流鏑馬・アオト(ロゼンジシューター・d04348)
    黒澤・蓮(スイーツ系草食男子・d05980)
    聖江・利亜(星帳・d06760)

    ■リプレイ

    ●別府温泉
     駅を出る、どこからともなく硫黄の香りが漂ってくる気がする。移動中も幾つもの湯気が上がるのをあちこちに見ていた。灼滅者達がやって来たのは温泉の町、別府。
     聖江・利亜(星帳・d06760)は、駅前に設置されている男性の像を携帯で写していた。
    「それ誰の像なんすか?」
     写真を撮る利亜にギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)が尋ねる。
    「この方は油屋熊八といって、別府の恩人らしいです」
     どうか私達の事も見守っていて下さいねと、利亜は像に願いを掛けた。
    「へぇ~、そうなんだ。俺も撮っとこうかな」
     利亜の言葉を聞いて、流鏑馬・アオト(ロゼンジシューター・d04348)も携帯を取り出す。
    「ん~ようやく到着だね! これからどうしようか?」
    「まずは今日の宿にチェックインして荷物を置きましょう」
     長い移動時間を経て、解放されたように伸びをする裏方・クロエ(魔装者・d02109)の問いに、宿泊用の荷物を持った杉本・沙紀(闇を貫く幾千の星・d00600)が答えた。
    「そうだね、それが良いと思うよ。早速向かおうか」
     荷物を担ぎ直しながら紗守・殊亜(幻影の真紅・d01358)が言った言葉に仲間達が頷く。
    「その後は観光だよな? 俺は足湯に浸かってみたいんだけど、どこか行ってみたいとこあるか?」
     黒澤・蓮(スイーツ系草食男子・d05980)が歩き出しながら皆に尋ねる。
    「あの……私、地獄めぐりがしてみたい……です」
     別府のパンフレットに顔を隠しながら、古樽・茉莉(中学生エクソシスト・d02219)がぼそりと言う。
    「ボクも行ってみたいです!」
     すぐさまクロエが挙手して賛同する。
    「敵は高温度を好むイフリートなのです、ならば別府の地獄も見回らなければ」
     利亜も理にかなった行動だと頷く。
    「地獄温泉ってやつだね、いいんじゃないかな」
    「そうね、有名な観光名所みたいだし、そうしましょうか」
     殊亜と沙紀も同意する。皆もそうしようと、これからの予定を喋りながら宿に向けて歩き始めた。パンフレットから覗く茉莉の顔は、嬉しそうな笑顔だった。
     
    ●温泉めぐり
    「わぁ……見てください、すごい、本当に赤い色してます……」
     茉莉の控えめながらもはしゃぐ声。眼前にはまるで血のように赤い温泉が湧き出ている。
     一行は荷物を宿に置くと、早速観光へと繰り出していた。
    「ほんとにすごいね。こんなに赤いとは思ってなかったよ」
     アオトも感嘆した声を漏らす。周りの仲間達も同じように温泉に見入っていた。
    「お? あっちに足湯がある、行ってみようぜ!」
     蓮は足湯の看板を見つけると、仲間を誘い向かう。皆も後に続き、早速足湯を楽しむことにする。赤い温泉に足を浸ける。
    「真っ赤っすよ、なんだかトマトスープに足を入れてる気分っす」
     ギィは面白そうに足を入れたり出したりして眺める。
    「……あ、温かい」
     茉莉は恐る恐るつま先を浸けて、赤い湯の感触を確かめる。
    「こりゃー気持ちいいなぁ」
    「はぁー疲れが取れる感じですよー」
     蓮はご満悦な表情でのんびりと足を浸け、クロエも蕩ける様に足湯を楽しむ。
    「あら? そういえば聖江さんが居ないようだけど……」
    「さっき売店を見てたみたいだけど――」
     周囲を見渡して、利亜が居ないことに気付いた沙紀の疑問に、殊亜が答えたところで利亜が現われる。手には何やら袋を提げて。
    「温泉の蒸気で蒸したプリンを買ってきました、みんなで食べましょう」
     利亜は皆にプリンを配ると、早速食べ始める。
    「美味しいですねえ」
     満足そうに頬を緩める。
     甘党の蓮は大喜びで食べ始めた。皆も美味しそうに食べ始める。
     茉莉は小動物のように小さな口を忙しなく動かして、美味しそうに食べていた。
    「あまりこういうところで食べるのはよくない気がするんだけど……」
     沙紀は手にしたプリンをどうしようかと周囲を見ると、皆の幸せそうな表情。ごくりと唾を飲み、蓋を開けスプーンを刺す。女の子が甘味に勝てるはずも無く、沙紀もまた幸せそうな顔でプリンを堪能する。
    「あー、俺たちここに何しに来たんだったかな?」
    「温泉を楽しみにだな。なに、楽しんだ分だけリフレッシュして、イフリート退治にも力が発揮出来るというものだろう」
     足湯を満喫しているアオトの問いに、殊亜が改心の笑みを浮べて力強く答えた。
     
    ●宿でのひと時
     豪勢な夕食を終え、灼滅者達は満腹の腹を抱えて客室でのんびりとしていた。
    「しかし、学園持ちで観光させてくれるとは太っ腹っすね~」
     ギィは満足そうな表情でごろんと畳の上に寝転がった。
    「この旅館も立派です」
    「そうですね、夕飯も美味しかったですし」
     茉莉とクロエは、今日観光した温泉の画像を見ながら、先ほど食べた海の幸を思い浮かべる。
    「もう何日かここに居たいくらいだね」
     殊亜は、廻りたい温泉をチェックした自前の地図を見ていた。
    「そろそろ交代で温泉に入りましょうか、男子女子二人ずつね」
     お茶を飲んでいた沙紀が声を駆ける。
    「温泉に入りましょう」
    「温泉入ろうぜ!」
     食後のデザートとばかりに、温泉饅頭を食べていた利亜と蓮が立ち上がる。
     利亜とクロエ、蓮とギィがお先にと温泉に向かう。
    「みんなトランプでもどう?」
     アオトが鞄からトランプを取り出した。
     
     広々とした空間を、湯気とそれに乗って硫黄の香りが満たす。
    「気持ち良いですねー」
    「こういうのを生き返るというのですね」
     クロエと利亜は肩まで湯に浸かり、吐息をもらす。
     湯は今日の疲れを全て取り除いてくれるよう、浸かった肌がぬるりと滑る。
     クロエは利亜をじーっと見る。隠す物のない温泉ではその圧倒的戦力が良く分かってしまう。視線を下に落とす、溜息。
    「この差は何が原因ですか……」
    「?」
     利亜は首を傾げ、微笑んだ。
     
    「いやー気持ちよかったなぁ」
    「ほんとっすね。何回も入る人の気持ちが良く分かったっす!」
     ギィと蓮は温泉から上がり、風呂の後は牛乳だと話をしながら出てくる。そこに卓球台を見つける。
    「なあ、勝ったほうが牛乳を奢るってのはどうだ?」
    「いいっすよ。手加減無しっすからね」
     ラケットを手に向かい合う。二人の熱い戦いが始まる……。
     
    「また負けた……」
     アオトはトランプを落とした。色々なゲームをしたが、アオトがことごとく最下位になっていた。
    「表情を読んだつもりなんだけどな」
     一位を最後まで争ったのは殊亜と茉莉。
    「たまたまです」
     内心にやりとしながらも茉莉は謙遜する。
    「帰って来たみたいだわ」
     沙紀の声と同時にドアが開く。
    「た、ただいまっす」
    「わりぃ、ちょっと長引いちまったぜ」
     風呂に入ったはずなのに汗だくのギィと蓮、そして利亜とクロエも一緒に帰ってきていた。
    「良いお湯でした」
    「次どうぞです」
     入れ替わり、待っていた四人が温泉へ向かう。
     
    「ふぅ……良い湯加減ね」
     長い髪を纏め上げた沙紀が湯船に入る。その姿は中1とは思えないほど大人びていた。
    「ぅ……背も、スタイルも……気にしません……気にしてないんです……」
     茉莉は自分よりも年下の沙紀に、あきらかに成長が負けている事実に、涙目になりながらちゃぽんと顔を沈ませた。
     
    「ふー、いいお湯。今ならイフリートも楽勝だね……どうしてタオルを巻いてるんだ?」
     気持ち良さそうな声を出す殊亜。ふと目の端に映る、隅でこそこそしているアオトに声を掛ける。
    「ちょっと、恥ずかしいから見ないでください!」
     アオトは恥ずかしそうにタオルで隠しながら温泉に入っていた。
    「男同士なんだから気にしな――」
     外からどたどたと騒がしい音が近づく。勢い良く浴室のドアが開かれた。
    「連絡があった! イフリートが出るぞ!」
     駆けつけたのは蓮とギィ。それを聞いた殊亜とアオトは素早く着替え、一度客室に戻る。
     暫くすると女子達も戻ってくる。濡れた髪を乾かす時間も無く、慌ただしく部屋に入る。
    「吉備山に出現して朝見温泉を目指して進んでくるらしい」
     姫子の連絡を受けた蓮が聞いた情報を皆に伝える。
     場所はここから近い、だがそれは逆に敵が市街地近くに現われるということでもある。
     全員の携帯に姫子からメールが届いていた。先ほど受けた説明と同じ文章、そして添付ファイル。そこには出現ポイントの記入された地図があった。
    「ここか、なら朝見温泉から山に向かって移動して迎撃するのがいいだろう」
     殊亜が素早く判断する。皆も異論なく頷くとすぐさま立ち上がり、出発する。目指すはイフリートの現われる吉備山の麓。
     
    ●灼熱の獣
    「見つけた!」
     夜の闇にそれは燦々と燃え盛っていた。全長は2メートル程だろうか、馬のように長い四足。体毛は炎で出来ているのか燃えてなびいている。その瞳はルビーのように輝き、何よりも頭部にある一本の角は螺旋を巻き、螺子のように突き立っていた。
     灼滅者達は互いに顔を合わせ、頷くと一斉に駆け出す。炎との戦いが始まる。
    「殲具解放」
     ギィの手に巨大な鉄塊ともいうべき刃が現われる。鍔の代わり嵌め込まれた宝石が炎に照らされ鈍く輝く。地を抉るような踏み込み。一閃。暴風が唸りをあげてイフリートに叩き込まれる。
    「グゥキィィィィィィィィ!」
     獣の金属を擦り合わしたような叫び。刃はイフリートの背を斬り裂き、肉からまるで血のように炎が吹き出た。
    「星界に煌めく星々よ……リリース!」
     沙紀の言葉に封印が解け、弓が現われる。弓に軽く口付けすると、矢を番う。放たれた矢は彗星の如く敵を貫く。
    「ぅー……せっかくリラックスしてたのに、ダークネスなんて嫌いです……」
     入浴の途中で呼び出され、まだ髪も体も湿ったままの茉莉は八つ当たり気味に殺気を放つ。その黒い殺気はイフリートを包み込む。
    「イフリートと戦うのは初めてなんだけどさ、何か燃えるよね。まるでゲームみたいって言ったら不謹慎かな?」
     アオトは漆黒の弾丸を放つ。それは炎を貫き肉に突き刺さる。弾丸は黒く溶け、内部を汚染する。
    「グゥゥゥゥゥゥゥゥィィィ!」
     イフリートが炎を撒き散らす。全てを焼き尽くさんとする炎の前に立つ男。
    「はっ、俺の前で好きにはさせないぜ!」
     蓮は巨大な剣を二刀構えた。それを交差させ、盾として炎を受ける。
    「りぃやあああああ!」
     剣を振るう。炎は掻き乱され、宙に散る。
    「一足早い大掃除開始です」
     利亜が手にした武器はデッキブラシ。戦いの場に似つかわしくないそれを器用に振り回す。放たれたのは冷気のつらら。鋭い弾丸と化したそれはイフリートの足を貫き凍らせる。そこに無数の弾丸が流星雨のように降り注ぐ。
    「殲滅です」
     クロエはガトリングガンを撃ち続ける。イフリートを釘付けにするように、面の攻撃によって避ける暇を与えない。
    「ギゥィィィィィ!」
     イフリートは突進を行なう。炎を纏い、地響きを起こしながら突き進む。茉莉、アオト、利亜にぶつかる瞬間、その頭部に炎の剣が叩き込まれる。
    「威力は負けるけれど、俺の炎はそう簡単には消えないよ?」
     殊亜がライドキャリバーに乗り、イフリートの側面から攻撃を仕掛けていた。光輝く意思の剣に炎を纏わせ、イフリートの片目を斬り裂いた。
     一瞬、イフリートの突進が弱まった間に茉莉は飛び退き、難を逃れた。アオトの前にはライドキャリバーのスレイプニルが、利亜の前には蓮が立ち塞がり、イフリートの突進を受ける。
     スレイプニルと蓮は吹き飛ばされる。破損したスレイプニルはすぐさま自己修復を始めた。
    「癒しの矢よ、疾く飛べ」
     沙紀は矢を蓮に放つ。矢が当たると、傷がすぐさま塞がり癒されていく。
    「助かるぜ」
     蓮は武器を手にイフリートに斬り掛かる。一刀が角を打ち、二刀目が首に食い込んだ。
     茉莉は符を放つ。幻惑にイフリートは一瞬よろめく、その隙に接近し、死角から符を打ち込む。受けた痛みからイフリートが蹲る。
     殊亜は光の刃を飛ばして斬りつけ、乗っているライドキャリバーが掃射して追い打ちを掛ける。
     クロエもその攻撃に合わすように銃撃する。ときおり黒い弾丸も混ぜ、手を休めずにイフリートに反撃をさせない。
     弾丸の射線を避け、利亜が駆ける。木を蹴り、跳躍。高く舞い上がり、デッキブラシを構え突撃する。まるで稲妻のように、その突きは上空からイフリートの胴を穿ち、貫通した。
    「ギギギギギィ」
     あがくイフリートの角の攻撃をギィは剣の腹で受ける。そのまま弾き返し、上段に構えた。
    「もういい、終われ」
     全てを叩き斬る刃が振り下ろされた。その一撃はイフリートの角を折り、首を落とし、その勢いのまま地面に突き刺さる。
    「ギ……ィィィ………」
     イフリートは炎に包まれ、焦げ後だけを残して消え去った。
     
    ●戦いの後は
    「灼滅完了です」
     ガトリングガンの銃口を下ろしてクロエは戦闘態勢を解除した。
    「とりあえずの厄介ごとは終わりっすね」
     汗を拭うと、ギィも普段の調子に戻っていた。
    「まだ強大なイフリートがいるんだろうけど、俺たちの仕事は一先ず終わりだね」
    「そうだね、街を守りきれてよかったよ」
     殊亜とアオトも任務を終えて一息つく。
    「……私、温泉に入りなおしたいです」
     茉莉は珍しくはっきり物を言った。戦いが終わり、湿った気持ち悪い感覚が甦り我慢できずにいた。
    「そうね、わたしもちゃんと温まりなおしたいわ。それに……」
     沙紀は寒そうに腕で体を抱くように身を竦ませる。冬の夜は冷え込む。濡れたままの体では尚更だった。
    「俺たちも入りなおそうぜ、もう戦いも終わったんだし、みんなでのんびり入ろうぜ!」
    「賛成です。ゆっくり温泉に浸かりたいです」
     蓮の意見に利亜も賛成する。
    「それじゃあ戻るっすよ、風呂上りにはみんなで卓球もいいかもしれないっすね!」
     汗をかかない程度になとツッコミが入る。皆の笑い声。口から漏れた白い息が、まるで温泉の湯気のように昇って消えた。

    作者:天木一 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年12月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 7
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