図書館ではお静かに

    作者:中川沙智

    ●これもまた物語の一頁
     放課後になり、荷物をまとめて席を立つ。
     今日はエクスブレインからの呼び出しもない。ダークネスとの戦いもない。ひとりの学生としての時間を過ごそうと決めた時、足が向かったのは学園にある図書館だった。
     急に冷え込んできたこの頃、外で遊ぶというのもつらくなる季節。けれども折角空いた時間、無為に過ごすのも勿体ない。
     沢山の本に囲まれていれば少なくとも退屈するということはない、はずだ。
     さて、どのように過ごそうか。
     本を読むといっても沢山の種類がある。小説ひとつとっても古典から現代ものまでジャンルは幅広い。歴史もので古の文化に触れるもよし、恋愛ものでままならない恋に一緒に没頭するのもよし。ただサスペンスを読もうとしても、事実は小説よりも奇なりを地で行ってしまうかもしれないけれど。
     普通に生活しているだけではなかなか買うことが出来ない本が揃っていることも図書館の醍醐味。重厚な背表紙を引っ張り出してページをめくれば、写真入りの鉱石図鑑が胸を躍らせるだろう。原石のアメジストは煌く浪漫を存分に味あわせてくれる。下の棚には星のめぐりについて、神話も交えて描かれている図鑑もあったはず。
     それに12月と言えばテストもある。勉強に励むことは学生の本分、テスト勉強はもとより、そもそも明日提出の宿題を片付けてしまうのも悪くない。図書館には辞書の類も豊富に取り揃えられているし、知り合いの先輩にわからない問題を教えてもらおうか。それともクラスメイトと勉強会をしてみようか。
     
     友達と一緒に本の魅力について語り合ったり。
     独りで読書に没頭したり。
     程良い暖かさと静けさで、ついうっかりうとうとしてしまうのもご愛嬌。
     次の戦いへの英気を養うんだと自らに言い訳してみたりして。
     そのひとつひとつが、学生としてのかけがえのない愛しい時間になるはずだから。
     
     大切な約束事がまずひとつ。図書館ではお静かに。
     本のページはいつだって、君の訪れを待っている。


    ■リプレイ

    ●物語の章
     選ぶ人間が違えば異なる本が集まる。肩を並べて【読書クラブ】の面々はページを追う。
    「しかし、この本は何時のでしょう?」
     真琴は各地の伝承を纏めた書物に向かうも、旧仮名遣いと言い回しに四苦八苦。甘えるように助けを求めると、本の虫と自負する鞠藻がアドバイスする。
    「随分古そうな本ね」
     奥付を見ると昭和一桁。百年足らずで文字がそれほど変わるのかと、英国育ちのディアナは感嘆の息を吐く。と、かなり集中して科学雑誌を読んでいる歌織の姿が瞳に映る。
     それ面白そうねと声をかけられて、歌織は本に落としていた視線を上げた。
    「最新刊が入荷していたの。立ち読みはあまり好きじゃないから、いつも図書館頼みね。鞠藻のそれは?」
    「ある作家のミステリーシリーズです。結構冊数があります」
     とはいえ読破時は是非第一巻から読んでほしい。鞠藻はそこまで説明して、ディアナの傍らに積まれたファンタジーや恋愛ものの本に目を瞬く。
    「家の書庫は専門書ばかりで、他の本は自分で買い集めるしかなかったから……」
     借りたらきっと鞄が窮屈だけれど、未読の夢が詰まれば胸が高鳴る。
     盛り上がり過ぎると司書さんに注意されちゃうわと歌織が宥めるも、既に真琴は眠気に負け沈没していた。
     お勧めの本を教え合える、読書好きの仲間がいる幸せ。
     常とは別のジャンルをと、分厚い本に視線を走らせる。
    「……あれ、僕ミステリー読んでたんじゃなかったっけ?」
     ホラー要素が多すぎる。凄惨な死亡場面にも、簡単に死にまくりだと透也は首を傾げるだけ。それでも作風が気に入ったから、満足して本を閉じた。
     図書館独特の紙の香りに誘われ、本の海をふたりで泳ぐ。静けさの中でも隣にいる気配はあたたかくて心地良い。
     星の逸話を追った指先を止め、華凜は袖を引いて囁いた。
    「ね、藍君を呼んでくれた本、どんなのです、か?」
     人魚の姫の物語、藍はその絵本の最終章を示して零す。
    「華凜は……水の泡になって消えたりしない、ですか?」
     少しだけ椅子を寄せれば、更にそっと縮められる距離。柔らかく手と手が重なる。
    「大丈夫、ですよ。でも、不安なら……こうして、確かめてください」
     私は此処に、いますから。
     るりかは本の中の騎士様に思いを馳せる。誠実で不器用な彼は、実は相思相愛の女の子となかなか思いを通わせられない。そのすれ違いすら浪漫。
     一気に読み下したい衝動をどうにか堪え、貸出口へと向かう。徐々に読み解く楽しみを抱えて。
     ミステリーの推理物が好きと告げる千優に、お化けとか嫌いだと思ったと美流は意外そうに首捻り。ついでに、
    「……か弱くないのか」
    「聞こえてるんですけどー!」
     呟いたら抗議された。話題逸らしもといお詫びに頭に軽く本を乗せる。
    「楽しめそうだし、そういうの読まないからオススメ教えてよ? ちなみにコレは俺のオススメ」
     千優は本を受け取り、代わりに一冊差し出した。
    「今度映画化もするんだって」
    「へぇ。ハマったら観に行きてぇ!」
     心躍らせ、まずは暫しの読書タイムを。
     日本語の勉強にと、ディーンが読むのはライトノベル。
     ダークネスと似た題材の作品も虚構と割り切れば楽しめる。真実は物語としての面白さと一致しない。
     こういう技も使ってみたいと胸中で呟き、更に読み進める。
     英語の小説を翻訳しながら読むため、流希は辞典を片手にページをめくる。机は充分なスペースがあり、原典の表現や表記を調べるのに不自由しない。
     本はいい。知識欲を自分のペースで満たすことが出来るから。
     図書館の飛び切り隅っこの席、肩を並べて同じ絵本の世界に浸る。
     身を寄せて小声で、一文ずつ交替で物語を読み上げる。
    「少女はきらきらひかるちいさな宝石をみつけました」
     優しい色合いで描かれたイラストをなぞるきすいの指。彼女の声は凛と透き通り、陽向はますます惹き込まれていく。
    「少女がきらきらひかるちいさな宝石に手をのばすと、妖精があらわれて――」
     憧れの人だった彼女が今は友達。陽向は密やかに眦を緩めた。
     ふたりの時間は静かに、でも確かに積み重なって、距離をゆっくり縮めていく。

    ●実学の章
     分厚い装丁を手に取り表紙を開けば、皓にも眩いきらめきが宿る。
     鉱物図鑑に並ぶ石はどれも愛おしい。紅玉や翠玉に緑柱石、どれもがそれぞれの魅力を内包し、蒐集心を掻き立てる。
     ふと目を奪われたのは藍晶石。己の瞳と大切な人と同じ彩を持つ青の欠片はやはり、特別。
     仄かな疼きを心の底に秘め、この図鑑を借りるべく席を立った。
     端の席を確保しのどかに日本の歴史の本を読む。隅っこが落ち着くのは椿だけではないだろう。緩やかな時間に身を委ね、淡い欠伸が口から漏れる。
    「ふぁ……ねむ……」
     少しだけ、と思った時には夢の中。
     ユエも静かな席を求め奥へと進む。世界各国の聖夜についての書籍を探る、色素の薄い指先には迷いがない。知っている内容も多いけれど、それでも本と読書が大好きだから。
     背に浮かぶ空気は幸せに満ちている。
     機械工学の雑誌で、最新技術搭載のロボット紹介を見れば目が輝く。男子の憧れを絶妙にくすぐる記事に興味を引かれ、一郎太は更に写真と文字を追う。
     子供っぽく見られたくなくて、真面目な態度は崩さないけれど。
     新入荷と処分対象の本の情報をツイートするのは蝸牛だ。
     珍しい本を探しに行ったと思えば、日当たりの良い席を確保し寝息を立てる。何時しか何処かへ去った彼の行く先は、誰も知らない。 
    「えへへ……猫又さんかわいいなぁ……ダイダラボッチさんかっこいい……」
     妖怪図鑑を目の前にして雫の気分は最高潮。古く珍しい本で書店では見つけられなかった分、笑顔が蕩ける。
     はたから見るとちょっと怪しいかもしれないけれど、それはそれ。
     ペットの白蛇たちには服の中に隠れてもらい、円蔵は適当に選んだ詩集を片手に席に着く。陽のあたる席でゆっくり過ごすとしたものの、日々の喧騒から遠ざかると、睡魔が忍び寄ってきた。
    「ヒヒヒ……それでは、おやすみなさい」
     閉館時間までお昼寝タイムと決め込もう。よい、まどろみを。
     日当たりの良い席はどうしても人気だ。どうにか椅子を確保して、ヴェンデルガルトは日本の宗教関連の本を机に置く。
     自らに啓示を授けた天使様について調べたくて、静かに読書に没頭し始めた。
     讓治は歴史上の人物の伝記を読み始める。偉人の思考や行動に思いを巡らせ、自分の立場に置き換え思索に耽る。
     先人たちは命を懸けるほどの価値ある目的を見つけていた。
     灼滅者として力を行使することはそれに値するのか。答えはまだ、見えない。
     静かな空気を噛み締めリヒトは詩作に励む。今回のモチーフは何にしよう。
     静寂に響くなら時計の音、時の狭間を綴じた古い本。目的地のない旅人は、平和の鳥を待っている。
     浮かぶフレーズを逃したくなくて、ノートにペンを走らせた。
     摩那は鳥の図鑑の鮮やかさに頬を緩ませる。ダチョウもペンギンもスズメも、形や大きさが違えば生態も異なり興味深い。
     何より昆虫図鑑のように、嫌いな黒いアレも載っていない。時間潰しにも安心だ。
     書架を右往左往し、やっと見つけた数冊を手に机に向かう。
     綾沙が笑顔で思い描くのは誕生日にもらった素敵な花束。折角だからドライフラワーにして大事に保管するために、作り方を調べ書き留めるのだ。
     綺麗な姿のままで、気持ちと一緒に残せるように。
     洋菓子作りの本を読み漁るが、本格的なものは敷居が高い。麗が迷った末に手を止めたのは焼き菓子の項目だ。
    「……クッキーとカップケーキ、この辺りが妥当かね」
     淡く苦笑を浮かべ、静かに材料などを手帳に書き写す。
     お菓子作りに頭を捻るのはアルベールも同じ。
     新しい音楽モチーフのお菓子は何にしようか。楽器雑誌とレシピ本を見比べて、ケーキのデッサンに取り掛かる。
     美味しくて楽しくなるケーキになればいいと願いながら。

    ●勉学の章
     ユッカが教科書とノートを広げる。勉強に励むという名目の図書館デートだ。
     細かく響くペンの音と差し込める光が心地よくて、エルディアスはついうとうとしてしまう。
     真面目に勉強している姿は昔から変わらない、とエルディアスはユッカを眺める。一息ついたのちにやっと気づいて、ユッカは頬を染めた。
    「むむ……いつから見てたんですか?」
    「教えてあげません」
     微笑みと共に意地悪を。けれど肩にかけられた上着の存在に、今度はエルディアスが照れる番だった。
    「終わったら起こしてあげますよ」
     彼の優しさがあたたかい。帰りにお茶しましょうねという言葉が、おやすみなさいの代わり。
     日本史のレポートを片付けるため来たはずなのに。
     集めた資料や文献の内容に没頭し、結果レポートの中身は課題とはかけ離れた内容だ。
     結局敦真はふりだしに戻ることになってしまった。
     試験もあるし、そろそろ進路も考えなければならない。今日の武器は教科書と参考書。臣はノートにペンを走らせる。
     家より勉強が捗るのは、多少の喧騒がかえって落ち着くからだろう。
    「成績落としたらおこずかい減るのよー! きびしいのー!」
     声を上げた桜子に、奏恵はしーっと人差し指を立てる仕草をした。図書館ではお静かに、小声で囁き合い互いに頷く。
     ふたり仲良く英単語の書き取りを始める。単語がわかれば文脈も想像がつくし、書けば頭に入りやすいと聞いたから。
     帰りは肉まんを買って帰ろうと約束する。ご褒美があれば頑張れると想像していたら、奏恵はノートの中身に驚いた。
    「いつの間にかノートが肉まんだらけに!」
    「さーやのノートはちゃんと英単語……あれ、なんか果物とか食べ物ばっかり?」
     まじまじ見つめる桜子の姿に、奏恵は笑みを零した。
     光影の目的は社会の授業で気になった内容を調べること。
     だが資料に目を通すうちに眠気が押し寄せてくる。どうにか振り払い読み続けようとするも、いつしか資料は顔の横。静かな寝息を立てていた。
     前の学校では鉛筆転がしという名の天運に任せていたが、ひふみにとっては初めての武蔵坂学園での試験。少しは勉強をと、司書に相談して有用な辞書が置いてある書架を教えてもらう。
     睡魔が訪れる前に、勉強してしまおう。
     対照的に直人は眉根を寄せる。勉強は嫌いではないが、ダークネスの灼滅のほうが重要ではと疑問が渦巻く。
     だが事件に関わるダークネスや一般人が外国人なら英語も必要なのでは。
     不意に耳に入った言葉に妙に納得し、机に向き直った。
    「ぅぁー解っかんねー」
    「自業自得だろ、頑張れば?」
     数式を睨み現実逃避しかける小梅を一蹴し、一哉は本に視線を戻す。机に顎を乗せぶちぶち文句を呟きながら、小梅は向かいの一哉に教えてくれてもイイのよ? なんて熱い念波を送ってみる。
     それを受けたか集中力が途切れたか、ため息ひとつ。一哉は折れた形で問題を解説する。小梅の頬が緩むのもご愛嬌。
    「いっちー教えンの上手いな。教師とか、向いてンじゃない?」
    「武蔵屋みたいな生徒を毎日相手するのは勘弁」
     教えて欲しいなら集中しなよ、と言った傍からその本読み終わったら貸して、なんて小梅がねだるものだから。
    「ほら、次の問題!」
    「……はぁい、センセー」
     一哉の個人指導はもう少し続く。

    ●探索の章
     書架にお目当ての本を見つけたが僅かに届かない。脚立を探そうとした瞬間本が一気に雪崩落ちる。
     司書に叱られ、白夜は只管恐縮した。
     ぎりぎりの攻防を繰り広げていたのは水辰も同じ。正確に言えば届くのだが、指先だけでは図鑑は手強い。脚立を借りようとした矢先。
    「……随分高い場所にある本を取ろうとしてるんだな」
     あっさり取ってのけた翔との身長差は約五センチ。水辰は仄かな苛立ちを隠しながらも、この水棲生物図鑑じゃなくて隣の天体図鑑と指摘すると、翔はさっくり取り替えてくれた。
    「ありがとな……そっちは」
    「海外の建造物をまとめた写真集だ」
     意外なセレクトに感心する。話題は尽きず雑談を交わしながら、貸出口へ向かう。
     脚立が近くになく、通りがかった司書に取って頂けるとと頼んだら、かしこの見目で判断してか絵本が差し出された。本当は隣のハードカバーの本が欲しかったのに。
     しかしたまには絵本を読むのも悪くはない。存分に楽しもうと、ページを開く。
     そあらは多少の行儀の悪さを意識しながら、低い脚立に腰かけ物語に没頭する。あたかもダークネスのように堕ち、化物へ変わってしまう神々を紹介した神話の本。
     いや、普通の人から見れば灼滅者も変わりないのかもしれない――。
     想い出の絵本を目当てに、悠と杏は協力して書架を探す。と、視界の隅に見覚えのある表紙を見つけ、悠は懐かしさに顔を綻ばせた。
     昔この絵本を読んで駄々をこねた悠のため、杏が見よう見まねでホットケーキを作ってくれたのだ。奇しくも絵本の中でも、双子のねずみが悪戦苦闘している。
    「これホットケーキじゃなくてカステラなんですか?」
     記憶との違いに驚きが漏れるのも、想い出が膨らんでいるからこそ。
     明日の朝はホットケーキにしよう。私も手伝いますからと悠が申し出れば、期待しないでおくよと杏も笑みを刻んだ。
     本の囁きや背表紙の誘いに導かれ、ゆるりと時間を過ごす。
     未だ見ぬ活字に触れて不思議が紡がれる。それこそが、美緒の喜びだった。どの本も楽しませてくれるから、存分に溺れようと幸せに浸り続ける。
     藺生は子供の頃に読んでもらって以来忘れられない物語を探し、児童書の書架を眺めながら歩く。題名も著者も覚えていないのに大切に思ったのは、きっと登場人物の男の子に恋をしたから。
     おかしくて眼鏡をかけ直し、歩を進める。
     初恋の人に逢えるまでゆっくり過ごそう。
     恋人が知識豊富なのは本を読んでいるためだと聞いたから、涼花も追いつけるように本探し。
    「すずは……この辺から始めれば良いんじゃね?」
    「え。何、児童……え」
     軍が勧めた児童文学に涼花はご立腹。けれど面白さを示唆され、表紙の可愛らしさに惹かれたら、すごく楽しそうと思い直す。
    「いっくんが読んだ本全部よみたいから、教えて」
    「全部って……結構あるぞ?」
    「全部っていったら全部読むのっ」
     追いかけっこは終わらないから、幸福で面白い。
     慈雨の目に留まったのは、真っ白な背表紙だった。
     題名もなく、裏返せば表紙に美しい花の絵が咲く。惹かれてぱらりと見ていけば、色鮮やかなダリアの絵がページごとに咲き誇る。ダリアにも様々な種類があることに驚いた。
     妹の髪に飾ってあげたい、そう思った。
     目的もない散歩の途中、三月は図書館に偶然立ち寄った。
     みんながどんな本を読んでいるのか遠目に眺め、館内を歩き回る。時にはビハインドのビーさんに本を取ってもらい流し読む。
     自分は学生らしい生活を送っている。改めて満足し、彼は悠々と図書館を後にした。

    作者:中川沙智 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年12月15日
    難度:簡単
    参加:54人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 12/キャラが大事にされていた 8
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