●過ちの原因はたいてい若さとノリ
その中学校の屋上から眺める街並みは絶景なのだと言う。
特に夕刻ともなれば、紅色に染まった景色に誰もが酔いしれる。本来立ち入り禁止である屋上に侵入する生徒が後を絶たないのはそのためである。
しかしいつ頃からだっただろうか、それに奇妙な要素が付け足されたのは。
「ボ、ボクは……同じクラスの未来ちゃんが大好きですゥ!」
「俺の夢は女の子に囲まれてキャッキャウフフな生活を送ることだぁぁぁぁぁ!」
「女子の保健って何を教えてるのか知りてぇぇぇぇぇ! ていうか、おっぱいが見てェェェェェ!」
屋上から響き渡る純真と欲望にまみれた主張。色々と多感な中学生が何故こんなことをしているのか……理由は至極簡単。
そう、度胸試しである!
景色を眺めている内に誰かが己の渇望を叫び出したのが始まり。今では屋上のフェンスに乗りながら自分の本音を言うことが、この学校のブームとなっているのだ。何とも傍迷惑な話である。
しかしこのブームには、1つ物騒な噂があった。
曰く、他の者が本音を叫んだにも関わらず、嘘を吐いた場合……。
『嘘付き。未来ちゃんじゃなくて、元カノの蘭ちゃんに未練タラタラのクセに』
後ろから背中を押されて……。
「……え?」
そのまま落下死してしまうのだとか。
●思い返してみると、何故あんなことで盛り上がっていたのかかなり謎
「学生ならではの勢いと局地的なブーム……。まぁ、誰しも心当たりがあるよね」
そう言いながら、須藤・まりん(高校生エクスブレイン・dn0003)は苦笑する。彼女も過去に何か恥ずかしいことでもやらかしたのだろうか、気になるところである。
しかし話を逸らすようにまりんは早速説明を始めた。
「今回は具現化した都市伝説が相手だよ。生徒の間では『屋子』と呼ばれてるんだって。屋上に出るからかな」
安易とは言わないであげよう。
屋子誕生の発端は、度胸試しが流行り出した頃に遡る。時折、嘘を吐く根性なしが現れたため、『嘘を吐くと落とされちゃうんだぜ』と誰かが言った冗談が現実になってしまったらしい。中学生の噂の流れは尋常ではなく早いのだ。
ともかくそこで条件を満たすと、顔が見えないほど長髪を乱した少女が唐突にゆらりと出現する。割とホラーチック。
「既に数人の生徒が都市伝説の餌食になっちゃったの。これ以上被害が出ないように退治して!」
まずは敵の詳細から。
戦闘時、屋子は契約の指輪に似た攻撃を行ってくると思われる。但し、ダークネスより戦闘力は圧倒的に劣る。
従ってどちらかと言えば、本命はそこではない。むしろ屋子を呼び出す過程である。
「屋上から本音や願望、はたまた欲望を叫んでね」
真顔でとんでもないことを言われてしまった。
軽く咳払いをしてから、まりんは続ける。
「屋子さんは度胸試しで嘘を吐いた1人を襲うの。全員で嘘を吐いてもダメだよ」
偽りのゲームは無価値。逆に本気の度胸試しで嘘を吐いた腰抜けは万死に値する、という次第だろう。
しかしその特性は上手く利用することが出来る。
「皆で本音を主張した後、最後の1人が嘘を付けばいい。そうすれば屋子さんはその人の背中を押そうと現れるはず。つまり囮作戦だね」
まずは中学校の屋上へ行こう。そこで己の抱えてきた想いをぶちまけ、最後の1人が屋子を誘き寄せ、皆で退治する。囮となる人は本当に落とされないように、避けるなり、事前にロープを準備しておくなりした方がいいだろう。
「オーディエンスは中学校の生徒達。つまり大勢に聞かれるってことだけど、これも灼滅者の使命だよ。恥ずかしがらずに主張してきてね! え、他人事だと思って簡単に言うな? ……行ってらっしゃい、皆!」
参加者 | |
---|---|
日向・摘佳(撲殺魔法少女・d01056) |
洲宮・静流(流縷穿穴・d03096) |
緋神・討真(黒翼咆哮・d03253) |
四条・貴久(中学生ファイアブラッド・d04002) |
四月一日・メリー(背後のメリーさん・d04104) |
山岸・山桜桃(ワケありの魔法少女・d06622) |
ファリス・メイティス(教母さまのお気に入り・d07880) |
ナナイ・グレイス(誰かの幸せを望む愚者・d11299) |
●ドキッ! 灼滅者だらけの暴露大会!
夕刻、舞台となる中学校の屋上には8つの人影があった。
これは人々を救うため。灼滅者である彼らに躊躇いなど微塵もない!
「あぁ……どうしてこの依頼受けちゃったんだろう……」
前言撤回。躊躇いと後悔だらけのようだ。
屋上に到着するなり頭を抱え始めたのは日向・摘佳(撲殺魔法少女・d01056)。屋上から本音を叫ぶ――ここに来てようやく事の重大さに気づいたらしい。
「大丈夫~? ホットレモネードでも飲む~?」
「は、はい。ありがとうございます……」
ナナイ・グレイス(誰かの幸せを望む愚者・d11299)がそっと差し出してくれた水筒を受け取る摘佳。一方、四条・貴久(中学生ファイアブラッド・d04002)は対照的だった。
「早く出て来ませんかね。楽しみでなりませんよ」
「本当に楽しそうだな」
「…………」
若干呆れる洲宮・静流(流縷穿穴・d03096)と無言の四月一日・メリー(背後のメリーさん・d04104)。そんな面々を眺めながら、後ろの方でファリス・メイティス(教母さまのお気に入り・d07880)は苦笑する。
「んー、こういう本音とかってあんまり得意じゃないんだけど……。ゆすらは大丈夫?」
「はい。それにファル君がいますし……」
ファリスの問いに隣にいた山岸・山桜桃(ワケありの魔法少女・d06622)が頷く。先に言っておくと、この2人は恋人同士である。早くも2人の世界っぽいのが形成されているのは気の所為ではなかろう。
様々な気持ちが交錯する屋上。その時、緋神・討真(黒翼咆哮・d03253)がスッとフェンスの上に乗った。
「では最初は俺が行かせてもらいましょうか」
「え、もう始めるんですか!?」
慌てふためく摘佳に討真は頷き、独りごちる。
「俺の中ではっきりさせなきゃならない感情があるから……」
その呟きを聞いた者は誰一人いない。しかし彼の横顔には覚悟のようなものがあった。
……これから始まるのは、掛け値なしの大暴露。単なるおふざけと思う無かれ。
聞け、刮目せよ。心の奥底に眠る……魂の咆哮を!
●神父と少女達は愛を叫ぶ
緋神・討真は通りすがりの神父である。
そんな彼が神父服を脱ぐ……それが何を意味するのかは想像するに容易いだろう。
「1番、緋神・討真! 俺には神の言葉よりも大切なものがある!」
比べるまでもないのだと。神の声も彼女の囁きの前では霞んで消えるのだと。
「気が付けば、俺はその娘を目で追っていた。一緒にいる時間が楽しいと思い始めて、さよならの瞬間が悲しくなった」
彼女の笑顔を横で見ていたい。この腕の中で彼女の温もりを感じたい。
そのために誰かを傷つけることになろうとも。彼女の笑顔だけは譲れないのだから。
「俺は……木島・御凛を愛してる!」
静寂に包まれる空間。直後、爆発したようなざわめきが下のグラウンドから起こった。
『おぉぉぉぉぉ、誰だか知らないけど感動した!』
『あんた、漢だよ!』
オーディエンスからの拍手喝采の中、討真は何事もなかったかのように退場。
「さぁ、終わりましたよ」
「最初から放り込んできたな」
次はきついぞ、と呟く静流の横をすり抜ける少女が1人。
「2番、日向・摘佳です! よ……よろしくお願いします!」
なんと摘佳である。驚く一行をよそに、摘佳は大きく息を吸う。緊張こそ窺えるが、彼女の瞳に迷いはない。
あんな強い想いを目の前で魅せられて、自分だけが怖じ気づいていられる訳がなかった。
「わ、私には今現在……すごく、かなり、非常に気になっている男性がいますっ!」
言葉がグチャグチャになりながらも、必死に叫ぶ。その姿をギャラリーの女の子達が固唾を飲んで見守る。
大切なのは単語の順番などではない。その想いを突き動かす心の強さなのだ。
「いつか、近い将来、告白したいと思っていますっ!」
それが何時になるのかは分からない。ただ、必ず成し遂げよう。この胸に刻まれた想いは紛れもなく本物なのだから。
「絶対……絶対にやり遂げてみせますッ!」
『頑張ってね~!』
『応援してるから!』
「あっ……あわわわわわ――きゅう……」
さっきまでの凛々しさは何処へやら。摘佳は女子達の声援で我に返るなり、後方へ倒れてしまった。
「おっと」
貴久が受け止めたおかげで事無きを得たが、彼女が復帰出来るのはしばらく後だろう。今はゆっくり休ませてあげよう。
『うふふふふっ! 秘密を暴露して良いなんて……あぁ、なんてメリーちゃん向きなお仕事でメリ特! とか言ってる間に尺がどんどん短くなってますね、イヤン♪』
刹那、聞き覚えのない声が響いた。
いつの間にかフェンスに登っていたメリーの手には携帯電話。音声はそこから発せられているようだった。
『2人して熱いね愛だね素敵だね! こうなったらメリーちゃんだって負けてられないっ』
……先に説明しておこう。これから登場する『ハニー』とは、メリーが所属している部活の部長のことである。
それを踏まえた上で……メリーちゃんの主張をどうぞ。
『3番、四月一日・メリー! メリーちゃんはね……ハニーのことが大好きなんです! 英語で言うと愛! LOVE! ちゅーってぐらいなんだぞ! もうなんていうかですね! 持ち帰ってあれがあーなってこうなってあーしちゃってもうキャー♪ それでね――』
「そろそろ下りましょうか」
際どいワードが放り込まれる現状に耐えかね、討真がメリーをフェンスから下ろす。それでも本人は無表情とハイテンション音声をひたすらに続けるのであった。
●僕は決してぼっちではない。但し、隣の2人はバカップルである。
「次は僕だね~」
大きめの旗を振って主張者を応援していたナナイがフェンスに乗る。間延びした喋り方とは裏腹に何とも軽やかな身のこなしだ。
「4番、ナナイ・グレイス~。皆さ~ん、しっかり聞いててね~」
それもそのはず。何故ならば……。
「実は……普段の喋り方はキャラ作り! 別に間延びさせなくても喋れます! ていうかむしろ普通に喋れるお友達が欲しいです! 出来れば御主人様も!」
ある意味、最も衝撃的且つ最もメタなカミングアウトだった。
唖然呆然とする一行の前にナナイが着地。
「次の方~、どうぞ~」
しかもあんなことを叫んだ直後にこの口調。キャラ作りする者の鑑である。
しかしツッコミを入れるべきか否か……。一行が選択したのは後者。
「……行こか、ゆすら」
「そうですね」
互いの手を取り合って舞台に上がる2人。その姿にオーディエンスは即座に理解した。
奴らはリア充だ、と。
嫉妬が飛び始める会場。しかし2人は意に介さない。
……いや、正確に言おう。意に介さないのではない。
そんなものは目に入らないのだ!
「ゆすら、ずっと一緒にいてくれると嬉しいな」
「ファル君……」
「あ……ゴメン、ちょっと間違えた」
「えっ……」
その言葉に山桜桃の表情が歪む。そんな彼女にファリスは……少し頬を赤らめながら優しく微笑んだ。
「いてくれるとじゃない。……一緒にいよう、ずっと」
「ファ……ファル君! ゆすらのことを今すぐお嫁にもらって!」
強い抱擁。もはや本音がどうとか都市伝説がどうとか言う方がアホらしくなるような熱愛っぷりである。
『ちくしょー! 見せつけやがってこのバカップル!』
『末永く幸せになればいいじゃねぇか!』
『結婚式呼べェ!』
オーディエンスもオーディエンスでテンションが可笑しいが、気にしないであげよう。
何やらイベントのようなノリになってきた大暴露大会。その空気の中、1人の少年が不敵な笑みを浮かべていた。
「場が冷めないことを願いましょう。私の番で、ね」
言葉とは裏腹に楽しそうな貴久、ここに参上。
●特殊性癖とリア充と都市伝説と
SとM。それが何を表すのか――単なるアルファベットではなく人の性質、と言えば分かって頂けるだろう。
決して傾くことが悪い訳ではないのだ。極論、人はどちらかに分類される。故に恥ずべきことではない。
但し……秘すべきことではあるだろう。
「私は真性のドSです! 子犬のように許しを乞う目を見るとゾクゾクします!」
従って、人様の目の前でこんなことを叫んだら引かれるのは明白。
「Mっ気のある人は私の元に来なさい! 存分に苛めてあげます!」
しかし四条・貴久にとって、引く引かないなど詮なきこと。
この手に躾け甲斐のあるじゃじゃ馬が得られるのならば。
「但し、女子限定!」
1から10まであんまりな主張だった。
静まり返るオーディエンスとドン引く一行。それを前にしても貴久は涼しい表情。彼の心は超合金で出来ているに違いない。
「さっきとは違う意味できついな……」
討真の時は純粋なプレッシャーだったが、今回は単純にやりづらい。
とはいえ、ここで引いてはいけない。一行は単なる度胸試しで来ているのではないのだから。
「遠祖神、恵み給め、祓ひ給へ、清め給へ」
精神統一を終えた静流が舞台に立つ。念の為、灼滅者の力を解放させた上で。
「8番、洲宮・静流! 俺の願いは1つ……世界中のリア充を灼滅して、クリスマスを中止してやるぁあああああ!」
『そうだー! 恋人とイチャつく奴なんて雪に埋もれろ!』
『むしろツリーに吊るしてやるぜェ!』
静流の叫びに賛同する声多数。この中学校は独り身人口の方が圧倒的に多いようだ。中学生で独り身も何もないだろうが。
さて、今の静流の主張。一見すれば非リア充の僻み根性だが、冷静に考えて頂きたい。
この任務において重要なのは囮要員。最期に嘘を吐き、都市伝説を誘き寄せる役割。
そして何を隠そう、静流こそが8人目。それが意味するところは……。
「恋人がいて余裕がある人は違いますね」
「そんなことを嘘で言えちゃうんですもんね……。はぁ……爆発すればいいのに」
先程全力で愛を叫んだ2名がボソリとぼやく。精神的な消耗からか、摘佳に至っては軽い毒が盛られていた。余談だが、今現在もメリーちゃんの暴走は継続中。
一行の主張が終わり、静寂を取り戻した屋上。オーディエンスも大暴露大会が終わったことに気づいたようで、早々に部活へと戻っていく。
刹那、空間が揺らいだ。
『恋人がいるくせに……この嘘吐き』
静流の背後には長髪を乱した少女が立っていた。
「――っ!」
咄嗟に振り返ろうとするが、それよりも早く屋子が静流の背中を押す。しかし次の瞬間、御神木から作られた箒が静流の手に出現、落下を防いだ。
「やれやれ、ようやくお出ましか」
空飛ぶ箒に誘われ、静流が屋上へと舞い戻る。突然のことに驚愕する屋子。彼女は待ってましたと言わんばかりに近づいてくる灼滅者達に気づいていない。
その先頭に立つ摘佳が地を這うような声で告げる。
「貴方に恨みはありませんが……どうか私の手にかかって圧殺、もしくは惨殺されて下さいッ!」
かつてこれほどエグい願い事があっただろうか。彼女の得物がハンマーという点も踏まえると、冗談に聞こえない。
「倒す敵に礼を言うのは可笑しいかもしれないが、お前のおかげで確信が持てたよ」
彼女への想いがな、と付け足す討真の隣で貴久が微笑む。
「あぁ、ここに来たということは……私に躾けて欲しいと言うことですね?」
「あはは~……多分違うと思うよ~」
さり気なくツッコミを入れるナナイ。ドS相手に勇気ある行動である。
さて、残りのメンツはと言うと……。
『ハニーがこの世で一番……いや、宇宙で一番……ううん、銀河系ってもう規模にするのもバカらしい! ともかく一番ナンバーワン! こうなったらテイクアウトするしかない! 待っててね、ハニー♪』
「ゆすら……」
「ファル君……」
完全に出来上がっていた。
「はぁ……行くぞ、皆。最期くらいしっかりやってくれ」
溜息を吐く静流の指示を受け、一行は一斉に屋子に襲い掛かった。
『こんなの……嘘……』
終始灼滅者に圧倒され続けた屋上の番人。灼滅者達の一斉攻撃により、都市伝説は単なる噂話へと還っていった。
そんなこんなで任務完了。
屋子が消えた屋上でナナイが皆にホットレモネードを配る。
「は~い、どうぞ~」
「…………」
軽く頭を下げて礼をするメリー。どうやらテンションが戻ったようだ。
「美味しいですね」
「あぁ、そうだね」
ファリスと山桜桃は並んで座り、仲良くカップを傾ける。ここに来た時よりも互いの距離が縮まっている気がしてならない。
「分かってはいましたが、やはり消えてしまうんですね。折角のじゃじゃ馬が……なんて勿体無い」
「その姿勢はある意味で感心する。ただ、人前で言うのは止めた方がいいぞ」
そうですか、と微笑む貴久と諦めたように肩を竦める静流。そんな2人の後ろでは、討真と摘佳がカップを合わせて乾杯していた。
「頑張って下さいね、緋神さん」
「えぇ、日向さんも」
カミングアウトから通ずるものがあったのだろう。ともあれ、2人の幸運を祈るばかりである。
「皆さ~ん、お菓子もあるから~、食べていってね~」
おぉ、と歓声が上がる中、ナナイは焼いてきたクッキーを振る舞う。
優雅で平和で、時々やかましいティータイムは、見回りの教師が来るまで続けられたのだとか。めでたしめでたし。
作者:一文字 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2012年12月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 8
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