燻る獣と伏兵たちの珍道中

    作者:日暮ひかり

    ●warning
    「あのっ! イヴを別府温泉に連れて行っていただけませんか!」
     ぐっと拳を握りしめ、イヴ・エルフィンストーン(中学生魔法使い・dn0012)が力強く訴えてきた。
    「皆さんももうお聞きになっているかもしれませんが、近頃別府温泉の近くにイフリートがいっぱい出てるらしくって。今、ハリコミ捜査してくださる方を募集中なんだそうですっ」
     詳しくはエクスブレインさんから聞いて下さいと、教室に案内されれば、そこには見慣れぬ少年が居た。
     意思の強そうな飴色の瞳。編入生だろう。全体的には、まあ真面目そうに見える。
    「ご苦労イヴ君。これで全員か」
    「はい、こちらの8名の皆さんにお手伝い頂けるそうです」
     彼は鷹神・豊(中学生エクスブレイン・dn0052)だと名乗ると、背筋をきっちり伸ばしたまま丁寧に礼をした。そして、話を切り出す。
    「このたび、君達に集まって頂いたのは他でもない。イフリートの討伐依頼だ。だが、少々厄介な話になっている。どうか心してお聞き頂くよう」

     別府温泉の源とされる、大分県は鶴見岳。
     その地下に眠るマグマエネルギーを吸収し、強大なイフリートが復活の兆しを見せているのだという。
    「別府のイフリート事件は、恐らくその影響だろう。そして、奴の力に阻まれ、サイキックアブソーバーが上手く稼働せんのが現状だ」
    「それって、どういうことですか…?」
    「つまり、現段階では、俺はいつどこに敵が現れるか把握していない」
    「えっ」
     何の躊躇もなくきっぱり言ってのけた鷹神に不安げな視線が集まる。彼は少し苦い顔をして、眉を寄せた。
    「すまんな。学園でもあまり例を見ない事態らしい、不安はあろう。だがその対策として、我々も君達や仲間に現地待機を願っている。何かわかれば、俺からすぐに君達の携帯に連絡を入れよう」
     今回出没するイフリートは単体で、さほど強い個体でも無さそうという情報は入っている。だが、一般人にとっては充分な脅威となりえる。
    「灼滅せよ。敵が温泉街に到着する前に、迎撃してやれ。俺の予知は必ずそれを可能にしてみせる」
     それを聞いたイヴがくすりと笑う。
    「じゃあ、鷹神さんも、一緒に頑張るって感じですね?」
    「……ああ。まあ。そうなるかな」
    「わかりました。イヴ、やってやりますっ。ですよね、皆さん!」
     強く頷く灼滅者達の姿に、エクスブレインも苦い顔を少し緩め、頼もしいなと笑った。 
     
    「あぁ、そうだ。イフリートの出現がいつになるかは不明だ。到着後即かもしれんし、或いは数日待たせる可能性も有る。その間の公欠の許可も下りているし、交通費も出るだろう……何が言いたいか、分かるか?」
     暫し考えたのち、イヴがぽんと手を叩いた。
    「イフリートが出るまでは別府で遊び放題……! ですね!」
    「ご名答。温泉に入ろうが、飯を食おうが、土産を買おうが、観光地に行こうが一切は君達の自由だ。鋭気を養いながら過ごすといい。ただ、無駄に旅費を使いすぎると……」
    「どうなるんです?」
    「俺が頭を下げることになる」
     それならまあ、どうでもいいっちゃいいだろう。
    「あと他校の不良と喧嘩したりはするなよ。俺が頭を」
    「そんなの、鷹神さんしかしないと思います……」
    「まあ、冗談はここまでだ。良いか、任務だからな。くれぐれもお忘れなきよう。携帯の圏外に行ったり、電源を切ったり、他者との長電話で俺の連絡に気付かない、等と言う事があれば……」
    「あったら?」
    「君達を焼き土下座させる」
     怖い。
    「ヤキドゲザ……な、なんだかとても怖いです。気を付けましょう……!」
     真に受けたイヴはかなり怖がっているようだった。
    「イヴ、日本のことはまだよくわかりませんから、観光のコースは皆さんにお任せしますね。ジゴクメグリでもクイダオレでも、頑張ってついていきますから! ……あっ。鷹神さん。お土産は何がいいですか?」
    「イヴ君。だから遊びに行くのではないと……」
    「かわいいご当地キャラのストラップなんてどうでしょう!」
    「博多明太子」
     それは大分に売っているのだろうか。
     とにかく、先の見えない小旅行が今始まろうとしていた。


    参加者
    アナスタシア・ケレンスキー(チェレステの瞳・d00044)
    南・茉莉花(ナウアデイズちっくガール・d00249)
    久我・街子(刻思夢想・d00416)
    万事・錠(残響ビートボックス・d01615)
    各務・樹(月虹・d02313)
    一・葉(デッドロック・d02409)
    八槻・十織(黙さぬ箱・d05764)
    雨宮・悠(夜の風・d07038)

    ■リプレイ

    ●1
    「いっただっきまーす!」
     9人揃って手を合わせ、箸を取る。
     一行は別府駅よりほど近い、大分の郷土料理店にやって来ていた。昼食時ではあるが、和泉が予約を入れてくれていたようだ。メインのとり天とお櫃いっぱいのご飯、だんご汁にデザートのやせうまがついた、観光客向けサービスランチは駅近ならでは。
    「うまっ。てかこれで670円はマジありえねェだろ……」
     万事・錠(残響ビートボックス・d01615)が感嘆を籠め呟けば、向かいに座る一・葉(デッドロック・d02409)がスマホで動画撮影を始めた。葉の隣の八槻・十織(黙さぬ箱・d05764)が覗き込む。
    「何してんだ? 冷めるぞ」
    「ん、後でクラブの連中に送る」
    「鬼か」
    「んな事よりヤツセン、写真撮ってくれー。九紡と俺の別府メモリアルムービー作んだよ」
    「分かった分かった」
     十織の膝に乗っていたナノナノの九紡がぴょこんと移動する。触っても良いかしらと各務・樹(月虹・d02313)が頭を撫でれば、九紡は気持ちよさそうに目を細めた。錠がとり天を掴む。
    「こいつとり天食うかな」
    「バッカルコーンしても可愛いと思うのよ」
    「分かってるな各務。俺のやせうまやるよ」
    「いいの葉くん?」
    「お前ら人様のナノナノで遊ぶな」
     戯れる軽音部男子達の傍ら、女子達はすごい勢いでとり天を食べていた。
    「あの、おかわり良いですか!」
     久我・街子(刻思夢想・d00416)の皿が空いた。ポン酢の染みたさくさく衣にジューシーな鶏肉、すごく楽しみだったとり天はとても美味しくて、ご飯も進む。ポン酢以外にソースやマヨネーズもありますよとイヴ・エルフィンストーン(中学生魔法使い・dn0012)が言えば、樹の箸が一瞬止まったのはさておき。
    「廊下でたまに見てたけど、街子がそんなに食べる人だとは思わなかったなー」
    「だよね、私もびっくり!」
    「そ、そうでしょうか? お恥ずかしいです」
     アナスタシア・ケレンスキー(チェレステの瞳・d00044)に南・茉莉花(ナウアデイズちっくガール・d00249)、イヴら井の頭1-D組は街子とも隣のクラス同士。修学旅行みたいだねと顔を見合わせ笑う。
    「長旅だったからお腹空いちゃったよね。うーん、あったまる!」
    「寒い季節には嬉しいね。ん、なかなか美味しい♪」
     だんご汁を啜るアナスタシアと雨宮・悠(夜の風・d07038)。後はどこに行こうと、茉莉花はお気に入りのポーチからポケットガイドを取り出す。
    「ねえねえ店員さん、何か他にオイシイ食べ物ってあるかな?」
    「地獄蒸しでしょうか?」
    「じゃあ明日は地獄蒸しにしよっ!」
     既に明日の計画を立てているようだ。悠がご飯をもくもく食べながら言う。
    「できればイフリートを倒してから、心置きなく観光を楽しみたかったんだけど……仕方ないね」
     名前は知っていても中々来る機会のない別府、折角なので満喫したいのは悠も皆も同じ。いつ帰還命令が出るかわからない以上、多少強行軍にはなる。
    「ごちそうさまでしたー!」
    「おい、バス来るぞ!」
    「次は一時間後ね」
    「うわヤバい!」
     けれどドタバタも楽しみのうちだろうか。食事を終えた一行は、急ぎ駅へと引き返す。

    ●2
     路線バスでの地獄巡りを終えれば、別府の街は夕暮れ時に差し掛かろうとしていた。
    「面白かったよねー、客室露天風呂付きがいいって言った時の豊の顔!」
    「『ぐぬぬ……』って感じだったよね!」
     宿に向かいながら、アナスタシアと茉莉花が笑って話す。
     湯船に携帯を持ち込む為という理由があったので、鷹神も腹をくくったようだ。イヴ達の級友いろはの尽力もあり、費用を抑え良い宿を探せたらしい。平屋の離れとなった客室と母屋を野外通路で結んだ、風情ある旅館だ。
     着替え等の荷物は讓治が運んでくれていた。宿に到着し、十織がチェックイン。
    「武蔵坂学園御一行様ですね。大部屋をお取りしております。引率の先生もご一緒で宜しいですか?」
     後ろで聞いていた錠と葉がたまらず吹き出す。街子や樹は笑っては悪いと必死で耐えた。当の十織は慣れたもので、特に反論もせず部屋の鍵を受け取る。
    「温泉温泉、焼き土下座ー♪」
     鼻歌交じりに駆けてゆく悠。温泉街だからと用意した自前の着流しで回廊を歩く錠を見て、時代劇の浪人みてェだなと葉がからかう。部屋の前で九紡と写真を撮るのも忘れない。夕食前にまったりという事になり、一行は交代で風呂に入ることにした。

    「うーん、いいお湯! 部屋風呂だからどうかなって思ったけど、意外と広いねー」
     露天風呂につかった茉莉花がうーんと伸びをする。アナスタシアとイヴの三人で入っても大丈夫そうだ。
    「イヴちゃん、温泉はどう?」
    「はい、とってもいい気持ちです! でも、お外でお風呂ってそわそわしちゃいますね」
    「大丈夫、覗きはベールクトのロケットエンジン全開! でぶっ飛ばしてお空の星にしちゃうから!」
    「やだアナちゃん、お風呂までぶっ飛んじゃうよ!」
     ひとしきり笑った後、そういえばと茉莉花が付け足す。
    「なんで広いのかわかったよ。なんか女の子のなかだとマリーが一番小さそうな……」
     きょとん、とされ、誤解を招く言い方だった事に気づいた。少し恥ずかしくなって、ざぶんと首までお湯につかる。
    「も、もちろん背のほうの話だよ!」

     外の空気が冷たいからこそ温泉の心地良さは増す。悠は肩までお湯につかって、のんびりと空を見上げていた。
    「混浴にならなくて本当に良かったわ」
    「ええ、あの時はどうしようかと」
     樹と街子が思い出し苦笑いをする。携帯は防水カバーに入れてしっかり持ってきていたが、未だ鳴る気配はない。
     こうやって同年代の仲間と一緒に旅行するのも、温泉も、とり天も、街子にとっては初めて尽くしの旅だった。貴重で、新鮮で、楽しい。だからこそはしゃぎ疲れた身体を癒して、討伐に備えねばと気合を入れる。
    「樹嬢、悠嬢。頑張りましょうね」
    「勿論よ」
    「焼き土下座しないためにも……ね!」
     頷いて、夕食も楽しみですねと笑った。白い息が湯煙に溶けていく。

     一方、男子達は気を遣って貸切家族風呂を利用する事にした。
    「あーっ、たまんねェ! やっぱ温泉ってイイな!!」
    「あんまはしゃぎ過ぎんな、のぼせるぞ」
     勢いよくざぶんと飛び込んだ錠に、追って入る十織。錠は細身とはいえ、2人が入った後の狭いスペースを見て葉は頭を抱えた。
    「おら来いよ。九紡との写メ撮ってやるぜ?」
    「九紡の為なら仕方ねぇ……」
     九紡を肩に乗せたまま、葉も風呂へ入る。
    「気をつけろよ。そいつ湯につけると噛……」
     かぷかぷと耳を甘噛みされた葉はかえって幸せそうだ。
    「手遅れか」
    「あァ色んな意味でな」
     その姿を、錠はすかさず写真に収める。

     入浴後、母屋の食堂に集合すれば、ラシェリール達宿で待機していた支援者らが買った食材を持ち寄っていた。樹が見覚えのある顔を見つける。
    「あら、徹太くん?」
    「うーっす」
     聞けばサプライズがあるという。彼らについて外へ向かえば、そこにあったのは。
    「あっ、これって地獄蒸しの釜だよね!」
     もくもくと蒸気を上げる窯を見て、アナスタシアが叫ぶ。別府温泉の旅館の中には、備え付けの地獄蒸し釜を自由に使える所があるのだ。海の幸に山の幸、肉に卵と好きなものを蒸していいと言われ皆大喜び。食後の地獄蒸しプリンもある。
    「九紡ープリン食うかー?」
    「お前……」
     安定の葉だった。風呂休憩に向かったサポ隊に礼を言い、茉莉花と街子は速攻で肉や魚を蒸しにかかる。野菜もちゃんと入れろよ、とは十織の言。
    「わーったよ。父さん白菜入れる?」
    「それは俺の事か?」
    「……素で間違えた。今のナシ!!」
     錠は慌てて白菜を窯に入れる。どっちかというとお母さんだよねと悠が言えば、皆密かに納得した。
     ご飯を食べ終えても一日はまだ終わらない。最後にはまくら投げ大会が待っている。離れなら他の客の迷惑にもならないだろうと、いろはが気を利かせたのだった。
     暴れ疲れた面々はやがて布団に倒れ込み、誰からともなくうとうととしだす。
    「あー、この学生って感じ、たまらないよぉ……」
     ふかふかの布団に顔を埋もれさせながら、茉莉花が幸せそうに呟く。
     九紡を抱いたままの葉と、布団もかけずに寝てしまった錠を見て、十織は困った奴らだと笑う。
    「お前ら……大好きだ」
     錠の口から零れた寝言は、悪友と保護者への飾らぬ好意の言葉。
     大分は良い所です。お勧めのとり天、凄く美味しかったです――寝る前に街子は友人にメールを送信し、そっと枕元に置く。嬉しさの滲んだ顔だった。

    ●3
     襖の向こうから流れてくる時代劇のテーマで樹は目覚めた。
     着メロ。眠い目を擦り、自分の携帯を見れば未だ朝の6時。アラームの時刻ではない。ということは。
    「いけない。みんな、起きて!」
     女子達を起こしつつ仕切り襖を開け放てば、そこには布団からはみ出した錠と葉に領地を浸食され、苦悶する十織の姿があった。
     代わってイヴが電話に出る。やはり鷹神からの連絡だ。
    『敵の動きを掴んだ。志高湖方面! 地図アプリを開け、今すぐ! 詳しい事は……準備しながら聞け!』

     温泉街より南西へ下った森の中を、炎が駆ける。
     何故。何を目的に。知性を喪った獣達は、口を閉ざす。
     早朝の冷たい空気に一瞬で熱が染み入った。肌を煽る生温さに顔を引き締め、潜んでいた伏兵達は力を開放する。
     ――UNLOCKED.
     ――Bienvenu au parti d'un magicien!
     錠と樹の声が響く。街子の闇夜色の髪が、朝靄を散らすように森に舞った。
    「行かせません」
     秘めた激情と、果たすべき義理を乗せ高く振りかぶった大剣を跳躍ざまに斬り下す。頭部に傷を負った獣は、大きく咆哮し燃えさかる氣弾を吐いた。
    『ファイアブラッドの技に加え、バトルオーラに似た力を備えた気性の荒い敵だ。この進路では温泉街へ至る前に志高湖のキャンプ場を直撃する!』
     鷹神の言葉を思い出しながら、一行は獣に対峙する。祁答院兄妹や眠兎、ミレイらの協力者により一般人を遠ざける対策は行われているが、此処で止めねば彼らの苦労も水の泡となる。
    「観光地は誰でもウェルカム。でも、マナーを守らない乱暴者はノーサンキューだよ。お引取りください!」
     皆が笑顔で旅を終えるため。攻撃の隙をついて悠が背後に回り込み、斬撃を放てば炎の毛並みが散って、消えた。茉莉花を狙って飛んできた炎弾を正面から受け止め、煙を上げた葉が低く呟く。
    「うぜェ」
     安眠を邪魔された不機嫌も手伝って、静かなる殺意は低温のまま冴える。
    「女子から狙うとは気に入らねえ。ヤツセン、葉、行くぜ!」
     得意のドラムは今は奏でられなくとも、錠のギターと力強いシャウトは葉のみならず味方を鼓舞する。九紡の放つ泡が舞えばステージのよう。十織の影をかわした獣の死角に葉が回り込み、後ろ脚を深く切り裂いた。
    「アナもテンション上がってきた! ブチッと灼滅しちゃうよー!」
     ロックの旋律に合わせリズムを取りながら、アナスタシアが走る獣と向き合う。正面からの体当たり、力のぶつかり合い。ぎゅっとベールクトを握りしめ、突撃する。
    「イヴちゃん、アナちゃんを援護するよっ。マリー達の女子力見せちゃおう!」
    「ジョシリョクです。頑張ります!」
     後衛に並んだ茉莉花とイヴが、息を合わせて走り出す。
    「行っくよぉぉー! えーい、紅蓮斬!」
    「続いて、お近くからのマジックミサイル、です!」
    「とどめの、てぇーい! ロケットスマッシュッ!!」
     炎と紅が入り乱れ、爆発音が響く。
     正面から突進を喰らったアナスタシアが跳ね飛ばされるも、1-D女子達の怒涛の女子力(物理)を浴びせられ、流石の獣も僅かに退いた。9人分の戦力があり、更には悠里やロザリアらの支援も得て、戦いは灼滅者達の優位へと傾いていく。
     確かにタフで力も強く、強敵だ。けれど皆の協力で勝利が近付いているのを樹は感じた。
    「ごめんね。ここで倒しておかないと大変なことになっちゃうもの」
     杖をくるりと回し、柔らかな動作で放たれるのは研ぎ澄まされた魔法の矢。炎もろとも貫かれた獣が雄叫びを上げ、狂ったような業炎を吹き上げ前衛を襲う。
    「さあ大人しく地獄に帰れ、俺たちが案内してやる――土産は大きなつづらでいいか?」
     それは、どこか棺にも見えた。大きな箱の形を成した十織の影より無数の腕が伸び、弱った獣を箱の中へと引きずり込む。箱の中から火柱が上がり、程なくして、生命の気配は跡形もなく消え失せる。
    「悪いな。受けた恩は倍返しする主義でね」
     土産を買わなきゃならん。燻る炎と煙と共に、呟きは静けさを取り戻した朝に吸い込まれた。

    ●4
     そして、翌朝。
     流石にすぐには戻れないのでもう1日観光を楽しんだ一行は、帰る前に土産屋へ足を運ぶ。
    「本当にゆっくり観光できるとは思わなかったなー。得しちゃった♪」
     温泉をたっぷり楽しんだ悠は試食コーナーを冷かして回っている。せっせとプリンを取り分けている眼鏡の店員は参った顔だ。
    「このプリン、家で真似して作れるかしら」
     買っていこうか、樹も悩む。
    「やっぱ土産はコレだろ。美味かったよなァあの宿のプリン」
    「錠はそれにするのか。俺は噂の椎茸スイーツだな」
    「ヤツセンマジ……ざぼん漬け安定じゃね」
     軽音部の仲間たちの反応が今から楽しみだ。錠と葉は家族へも土産を購入し、女子達へ声をかける。
    「お前ら高い所のもん取りたかったら呼べよ?」
    「万事が踏み台になるって」
    「違ぇっての!」
     こんなやり取りも慣れたもので、笑い声が上がる。
    「茉莉花は何にしたー?」
    「マリーはね、温泉饅頭だよ!」
    「じゃあ、アナもクラブの皆に同じの買ってこ」
    「あと可愛いストラップとかないかなぁ。一緒に見ようよ!」
     イヴと3人でクラスの皆にもお土産を買い、ご当地グッズ売り場へ向かう。
    (「かぼす味噌……! これです!」)
     探せばあるものだ。寮の仲間と友人への土産を選んでいた街子も何だかいいものを見つけた。サポ隊の後輩へは昌利がプリンを買う。
    「そういえば豊への土産はどうした?」
    「あっ、はい。そこで博多明太子と、明太子ストラップを見つけてもらって!」
    「じゃあ俺からは入浴剤」
    「ざぼん漬け。俺が好きだから」
    「これだな。『地獄巡り』Tシャツ。イヴにも買ってやるぞ」
    「本当ですか! いえ、でも悪いです……!」
    「ヤツセンのセンスって……」
     土産談義で盛り上がる中、街子は名残惜しそうに料理屋の看板を見やる。
    「街子ちゃん、何見てんのー?」
    「えっ! な、何でもないですよ茉莉花嬢」
     ふるふると首を振る彼女の反応を見て、樹と悠がくすりと笑う。
    「ねー、みんなー! 最後にもう一回、とり天食べに行こうよ!」
     アナスタシアの元気な声が響いた。
     皆は一様に頷き、鷹神にメールを送る。もう少しだけ、帰るの遅くなるかも、と。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年12月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 20
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ