クリスマス～煌くラグジュアリー・キャロル

■リプレイ

●煌きの晩餐
　六本木ヒルズのレストランは、壮麗でありながらも過度な装飾を控えている。上質さと心地良さを同居させた、一流である証だ。
「んじゃ、クリスマスと綺麗に着飾った神華に乾杯」
　シャンパングラスが重なれば、神華の緊張が伝わったように気泡が弾ける。青いワンピースは彼女の赤い髪にとても映えていたけれど、自分で似合うと思えるかは話が別で。
（「いや、他意がないのはわかってるけどさ！」）
　神楽は若鶏のコンフィに舌鼓を打つ。実家の旅館で調理の手伝いをしていたため、料理への興味は尽きない。大分県民の鶏肉消費量は日本一らしい、なんて会話も溢れ出る。
　見たことのない料理ばかり、でもその美味しさに次第に神華の表情もほぐれてくる。デザートのブッシュ・ド・ノエルが登場する頃には、瞳もきらきら輝いて。
「あの、えっと、付き合ってくれてありがと」
「こっちこそ今日はありがとう、神華。また遊びに行こうぜ」
　今日がデートだったのかどうか、ふたりの心で揺れたまま。
　幼馴染ふたりが外で食事をするのは、実は初めて。黒いバルーンワンピースにレースボレロを羽織れば、身だしなみはおかしくないはず。なのに千麻がコサージュを弄る手を止められないのは落ち着かないから。
　ダークな配色で纏めたシックな装いの圭もそれは同じ。けれど千麻に無様な姿は見せられないとコーデュロイジャケットを確り着こなす。
　緊張も和らいだら美味しさに頬が緩む。なのに、胸に潜む違和感は。
　千麻は和牛のグリル、水牛モッツァレラ添えにナイフを入れる手を止めて囁く。
「……ね、来年はどう過ごしたい？」
　トマトのクリームスープスパゲッティを呑み込んで、圭は当然のように言い放つ。
「来年の話なんてしたら、鬼が笑うぜ。……でもまあ一つ言うんなら」
　またお前と一緒に。
　それだけ守れりゃどこだって楽しいさという返事に、千麻の眦が下がる。やっぱり自分の料理で笑顔になって欲しいと願うから。
　見下ろす夜景は藍のビロードに散るダイヤのよう。
　魚料理を好む蒼埜のためにオリヴィアがセッティングしたのは、イタリアンの豪勢なディナー。愛しい恋人のためなら何の苦にもならないと自負するオリヴィアだったが、
「というか、おねーちゃん。その……お金とか、大丈夫……？」
　可愛らしい戸惑いに思わず笑みが零れる。君が喜んでくれるならどんな高級ディナーも安いものさ、と。
　何にも代えがたいふたりきりの時間。甘鯛の鱗焼きにバジルソースが彩を添えれば、自分でも作れたらいいのになと蒼埜は思案顔。かと思えば、窓に広がる景色に瞳を歓喜で満たすから。
「たまにはその可愛らしい声で名前を呼んで欲しいな」
「本当に、連れて来てくれてありがとう。お……オリヴィア、さん……！」
　頬を染めて俯く蒼埜にオリヴィアは微笑みを深める。
　恥ずかしがる君も愛しいよ、僕のかわいいひと。
　カジュアルフレンチレストランで寛いでいるのは惡人と撫子だ。テーブルマナーより何より、自分たちが美味しく食べられるのが一番と惡人は店員に箸まで用意してもらっている。
　撫子も楚々とした着物姿で微笑んだ。
「まぁ、こういう時にまで食器の順番を気にするのも野暮ですし、純粋に料理を楽しみましょうか」
　牛頬肉の赤ワイン煮込みは確り酒精を飛ばしてあり、濃厚ながらも上質な織物のような柔らかさ。軽く笑い話を交わしながらも、ふと微妙な距離感を感じる。
　恋人ではない、けれど一番近しい異性。今後どうなるかはわからないがそれでいいと、きっとふたりとも思っているのだろう。
「さて、惡人君。食事が終ったらどうします？　何処か行きますか」
「まぁ街でも見て歩くか……あ、どっか行ってみてートコあるか？」
　まだクリスマスは始まったばかりなのだから。
　大切な人とのディナーは目一杯着飾って。もっとも、百花のドレスもフィーネが見立てたものなのだけれど。
　デコルテが美しく映えるベアトップのロングドレスは海のよう。百花は照れるが、赤薔薇が如く広がるバルーン裾のパーティドレスを着たフィーネは満足げ。
　お揃いの白ストールは、ふたりを繋ぐ雪の代わり。
　乾杯し、食事の最中もそわそわと落ち着かない百花の心は、フィーネにはお見通しだ。
　何せわたくしのことだけ見ていてくだされば大丈夫、と言うのに、見惚れちゃうからダメ、なんて返事をするのだから。照れ屋だけれど素直で、愛おしい。
「はい、あーん」
　フィーネはタラバ蟹のゼリー寄せの一切れをフォークで差し出す。
「せ、折角落ち着いてきたのに……あ、あーん」
　恥らいながらも幸せで、その姿に笑みを零して、言葉が自然に口をつく。
「メリー・クリスマス、フィーネ」
「メリー・クリスマス、ももか」
　普段と違う装いを楽しむのもクリスマスならでは。
　事前に予約したフレンチの店へ、黒のタキシードを着た戒が赤のディナードレスを纏った弥咲をエスコートする。戒はバンダナも白の落ち着いたものに替え、弥咲は髪をおろして淑やかな雰囲気を醸し出す。
　グラスに葡萄ジュースが満たされたら、聖夜を祝して乾杯を。
「ん、綺麗だな」
　戒がいつもとは雰囲気が違う弥咲に正直に微笑めば、彼女の頬が見る間に赤くなる。
「そ、それはほら。私だって、こういうときくらいは、な……。戒だって、格好いいじゃないか」
「世界一綺麗な嫁の旦那は世界一カッコ良いのさ」
　法律上は結婚出来ない年齢だけれど、もはやふたりは夫婦そのもの。世界一同士なら、きっと世界一幸せなふたりにだってなれる。
　クリスマスの魔法にかかっている間に、フォアグラとローストしたブリオッシュの前菜が運ばれてきた。魔法の続きを、楽しもう。
　硝子を隔てた先に広がる光は果てがない。
　摩天楼すら綺羅を燈すクリスマスツリーだ。特別な夜を、彩る。
　果てなく広がり往く景色に呑まれ過ぎないよう、浪は瞳を眇める。それが見惚れているためだと知っているから、已鶴は微かに眦を緩めた。
　鼻腔を擽るのはオマール海老を包んだ平目のシャンパンソース。アルコールは飛んでいてもその薫り高さは変わらない。
　器までも飾り付けるソースは、料理と合わせて芸術品の域だ。浪が感心しながら口に運べば、波のように打ち寄せる旨みに仄かに目を瞠る。
　その姿を静かに見つめて、已鶴は微笑みを綻ばせる。
「美味しいね」
「……悪くは無ぇ」
　彼なりの褒め言葉だと知っているから、已鶴は緩む表情を抑えない。
「ねぇ鮫ちゃん。俺ね、すごく嬉しい」
　美味しい料理と綺麗な夜景に、何より君と過ごせるこの聖夜に。
　呟いた言葉は、そっと同じ形を模った。
　今宵の紳士は白のスーツに黒毛皮のコート。常には纏める髪も下ろし、化粧もなし。
　今宵の淑女は白絹のワンピースドレスに黒毛皮のボレロ。髪もアップにして、精一杯のおめかしを。
「それじゃあ、行こうか？」
「どうぞよしなに、素敵な紳士様」
　優雅に挨拶を交わし、シェリーはクロエの腕に軽く自分の腕を絡めてエスコートしてもらう。互いの姿はいつもとは違えど素敵で、心に幸せが満ちていく。
　席に案内されたのはフレンチの名店。蝦夷鹿のローストは熟成された旨みが噛むほどに滲む。美味しいと感じる最高のスパイスは、会話だ。
「こういうお店はなんだか照れるね」
「背伸びした気分、こういうのも愉しいね」
　話題は学校、クロエが経営するカフェと移り変わる。その時々に笑顔が咲く、こんな楽しい時間なんてない。
　食事が終わればショッピングしようとクロエが誘えばシェリーに否はない。
　満面の笑みは、これから思い切り遊ぼうという合図。
「え～とナイフとフォークは外から順番に使えば良いんだっけ？」
　事前にテーブルマナーを教わってきたのに、いざテーブルに着いたら頭の中から吹っ飛んだ。
　アナスタシアが緊張しているのと同様、【女子自転車部】の面々はまさに借りてきた猫状態。奮発して豪勢なフレンチに挑戦しようとしたはいいものの、カトラリーに伸ばした指まで震える始末。
　牡丹海老のタルタル、オニオンペーストにキャビアを添えた一皿。葵は勇気を出してフォークを運び、口に含む。
「うわ！　これすごい美味しい！！」
　思わず叫んで周囲の注目を集めてしまった。恐縮して肩を竦めるものの、頬を赤らめながらふたりに料理を勧めてみる。
「本当、すご～く美味しい！」
「！　美味しいです……！　こんなお味初めてなのです…！」
　アナスタシアはトレードマークのアホ毛がハートマークになる勢いでうっとり目を細める。恐る恐るだった月夜も嬉しさで緊張がほどけていく。
　それからは徐々に雰囲気にも慣れ、談笑しながらも食事が進む。ふと月夜が外も綺麗ですねと窓の外に視線を向け、目を丸くした。
「あ、雪です！　アナスタシア先輩、葵先輩、雪ですよ！！」
　見ればいつの間にかちらつく粉雪。優しく優しく、降りしきる。
　アナスタシアがゆっくりと呟いた。
「ホワイトクリスマスだね」
　この景色も、この想い出も。
　大切で特別なクリスマスの贈り物。

●煌きの宝箱
　六本木ヒルズのショッピング・モールはいつも以上に華やかだ。
（「拙者、なんと場違いでござろうか……！」）
　初めての場所に心躍らせる柚里とは対照的に、忍尽は煌びやかなフロアに戦慄し立ちすくむ。
　一方の柚里の視線の隅をブランドショップが横切る。柚里本人はどうとも思わないのだが、クリスマスという催しは贈り物をするもの、と思い立った忍尽は悩む。何せ名家の出である柚里に贈るなら、ブランド品が相応しい。が、どう頑張っても懐具合に優しくない。
　考えながらもふたりが流れ着いたのはとある和雑貨屋。
　決して豪華ではないけれど可愛いし、何より。
「ねえねえ忍尽さん、記念にお揃いのお土産買おう？」
　柚里が手にして訊いたのは、肌に優しい手ぬぐいだ。転がる、淡い黄色の柚子。
「主殿、これを買って、帰りに銭湯へ行きませぬか？」
　想い出を暖かに締めくくるためにと問えば、満面の笑みが返ってきた。
　人込みに流されないように手と手を取って、茅花と命は店内を巡る。すれ違う人々の笑顔に茅花が頬を緩ませる間、命が密かに考えるのは茅花への贈り物だ。
　ジュエリーショップのアクセサリの一角で、ふと命が立ち止まる。小さくも輝く光のひとつひとつが可愛くて、茅花は眺めていたのだけれど。
　袖を引いたのは、命の表情が変わったように思えたから。
　何を企んでるのと尋ねるのは心の中だけ。無邪気に覗き込めば慌てたのか、何でもないよと命が頬を掻く。そんな仕草も、茅花は幸せ。
　命が目に留めたのはネックレス。ピンクゴールドのハートフレームの中で、紫水晶の雫が揺れる華奢なデザイン。
（「かーやちゃんが着けたらきっと綺麗だろうな」）
　こっそり買って後で渡して、喜ぶ顔が見られたなら一番のクリスマスプレゼントになる。実現するのは、もう少し後の話。
　溢れ出る高級感に気後れしつつも、イルミネーションや音楽は雰囲気そのものを楽しませてくれる。
　そんな雪春と永久が目指す先は、クリスマスケーキを扱うパティスリーだ。
　やっぱこういう所のケーキって高いと悩む雪春と、折角だから奮発したい気もするという永久。雪春が様子を窺うように覗き込めば、永久は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
　魅惑の苺は艶やかに。ケーキにたっぷり乗れば値段は相応。
「安心して？　ゆきが欲しいの、知ってるから」
　確かに美味しそうだけどと訴えた雪春の視線を瞬きひとつで躱し、永久はこれひとつとお買い上げ。支払いは俺に任せてと言葉を紡ぎ、更に続ける。
「帰ったらチキンとかサラダの準備、手伝ってね」
「手伝いならいくらでもやるよ」
　だって今日は特別な日。一緒で良かったと、殊更に思える日。
　永久は雪春の頭を撫で、互いに喜びの笑顔を灯した。
　解放感のある吹き抜けを見上げれば、そこはまるで別世界。
　見れるだけいっぱい見ていこうねと仲良く進むのは奏恵と桜子だ。色んな専門店を覗くだけでも心が弾む。
　お手軽なのはハンカチかな、とふたりが出した結論の元、ハンカチーフストアで右往左往。桜子の目に留まったのは、色んな種類の犬をあしらったデザインの一枚だ。
「このわんこ柄かわいいよ！　カナ、どうかな？」
　示したのは桜子お気に入りの蜜柑色。奏恵の笑顔もつい華やぐ。
「うん、可愛い！　じゃあ私は青のお揃いにしちゃおうっと」
　その後も魔法使いがルーツの奏恵がつい箒に惹かれたり、桜子がお菓子を我慢して霊犬・ぴー助用の手ぬぐい購入を決意したりと買い物を満喫する。
「しょこらとりーっていうのもあるんだね？」
「チョコ専門店はロマン！」
　ショーウィンドウを見つめる時も、やっぱり肩を一緒に並べる。
　そのショコラトリーの中では、色と彩雪がチョコレートとにらめっこ。お留守番の次兄へのお土産、カエルのぬいぐるみを大切に抱えて彩雪が笑う。
「おにいちゃんと一緒なら、世界はとってもきらきらな気分」
「俺の妹まじえんじぇる」
　断言。口に出ていることに気付かないのは溺愛ゆえだ。
　彩雪が美味しそう、と見入るのは有名ショコラティエが手掛けるチョコレートの宝石たち。正直言って学生の財政には厳しいのだが。
「……だがしかし、今日の俺の財布に不可能はない！」
　色が力強くわんこ顔ながま口を握る。兄妹３人で、仲良く食べればより嬉しいから。
「あのね色ちゃん、さゆを連れて来てくれてありがと」
　大好きなのですとぎゅっと抱き着いてくる妹に、色にも幸福が広がる。
「おにーもお前が大好きだ。よし、さゆ。チョコ選べ！」
　大きな箱に沢山詰めてもらったら、想い出も夢も大好きも、それ以上。
「そういえば、君は和を好んで着ていますよね」
「和洋折衷が好きでな」
　无凱が案内したのは和雑貨や着物を扱うショップだ。真魔がこンな高級感漂うトコで買物、と特別な日の実感を噛み締めて店内を見回している間に。
　无凱によって次々と宛がわれるのは美麗な着物。薄紅梅に蒔絵柄、猩々緋に黒椿。あるいは簪や髪飾り、というところで流石に気づいた。
「なンで女物を勧めるンだ……！！」
　ツッコミも空しく、でも君好きですよね？　と无凱に飄々と言われてはぐうの音も出ない。
「そうだ……何かプレゼントしますよ？」
　追加攻撃。値段を気にしながらも、一番気に入った甚平を贈ってもらう。真魔は眼鏡で贈り物返しを図る。フレームが違えば幾つあっても困らないだろう。
　ついでに互いに選んだ練り香水を交換するのだから、性根は似ているのかもしれない。
「イルミネーションが眩しい……」
　イベント時に来たことを若干後悔する木鳥に対し、瞳を輝かせコートを翻す九鳥の足取りは軽い。
「きらっきらに飾られたところを歩いてるだけで、なんだか夢みたい！」
　口に出すか否かだけで、躍る胸中は一緒。お洒落して姉弟で歩く街は、光に満ちている。
　九鳥は木鳥を連れ回し、各店舗ごとで目移りに忙しい。悩み抜いて厳選すれば成果に顔が緩む。勿論荷物を持つのは木鳥の役目だ。
「だって買い物は、女性を立てるものでしょう」
「荷物ごめんねでもありがとうだいすき！」
　文句は言えど、向こうのお店きーくん好きそうだよ、なんて嬉しそうに先を行く姉を見れば。どんな表情も愛おしい――なんて、本人には絶対、絶対言わないけれど。
「気は済んだ？」
「大満足！」
　木鳥が隠れて買ったプレゼントをいつ渡そうか思案していたら、九鳥に手を繋ごうと片手を伸ばされる。
　掌に感じる熱に心臓が跳ねた。

●煌きの夜天
　展望台、東京シティービューはまさに名の通り、東京の街すべてを見渡すことが出来る場所。
　ショッピングを終えのんびりと夜景を眺めながら、ふと穂波は訊いた。
「御崎さんは何を買われたのですか？」
　柚衣は満面の笑みと共に、包みを取り出して差し出す。
「これです！　大好きな友達へのプレゼント。だからね、穂波ちゃんにあげる」
　瞬いて、状況を理解するまで少しの間。自分宛だとわかると気恥ずかしさで頬が火照る。
「あ、有難うございます。……可愛い」
　見ればリアルなクッキーモチーフの携帯ストラップ。味はついてないから食べちゃ駄目なんて忠告する柚衣に、穂波はつい和んでしまう。
　実は私もと穂波も包みを手渡す。ありがとうを何回も繰り返す柚衣は、開封を帰ってからのお楽しみにすることにした模様。
　中身は小振りな白薔薇とライラックのアレンジメント。花言葉は尊敬・無邪気と、友情。
　それは内緒ですけれどと、穂波は小さく微笑んだ。
「ほらユッカさま、東京タワーですわ。綺麗～」
　白と青に彩られたけやき通りの向こうには、赤橙に光る東京タワー。
　はしゃぐエルディアスを微笑ましく見つめ、ユッカは感慨に耽る。
「こうして景色を眺めていると、日本に来た時、飛行機からの景色を思い出しますね」
　輝く摩天楼を眺め彼女は楽しそうだった。そう、今と同じように。
　視線に気づきエルディアスは眦を朱に染める。暫く口を噤み、紙袋から丁寧に包装されたマフラーを取り出した。
「さっき買っておいたのです。まだ寒いですからね」
　ユッカの首に緩く巻きそっぽを向く。その姿も可愛くて、愛おしい。
「ありがとうっ。すごく嬉しい」
　抱きしめたい気持ちを堪え、ユッカは夜景を見つめるエルディアスの肩に手を回す。軽く自分に引き寄せて、囁いた。
「あなたにはマフラーがない分、私が暖めてあげます」
　そしてユッカも夜景に見入る。彼女の表情は窓ガラスに映っているから、大丈夫。
　屋上のスカイデッキへ向かう藍蘭と梓はイルミネーションが楽しみで仕方ない。到着すればイルミネーションと都心の景色、聖夜の夜景がふたりを包んだ。
「うわ～！　ホント凄いね！」
「わ……こんなに綺麗な景色、初めて見たよ……。凄く綺麗だね」
　揃って感激に目を輝かせる。藍蘭の緊張をほぐし、梓の期待を映し、より一層の光を放つよう。
　とはいえ夜風は冷えるもの。梓が持参したホットチョコで心まで温まる。熱いから気を付けて、と注意を促した梓自身が熱さに慌てる一幕も。
　手を繋ぎ別の場所へ向かおうとする梓に、藍蘭は記念写真撮影サービスをリクエスト。想い出を形に残すことは、とても大切だと思うから。
　朱璃と詩廼は手を繋いでスカイデッキへ。少しだけお化粧をして白いケープを羽織り、ピンクのイヤーマフで臨んだ詩廼は、辿り着いた光景に目を瞠る。
「素敵な景色ですね、普段は見れない組み合わせってやっぱり凄いですね！」
　夜景だけならともかく、デッキや街並みを飾るイルミネーションはクリスマスならでは。喜びを隠せない詩廼に、紺のコートに毛皮の帽子姿の朱璃がポケットから小さな箱を取り出した。
「実はプレゼントを用意してあるんだ」
　そっと手に握らせると、詩廼は顔全体に嬉しさを滲ませる。準備がない詩廼は僅かの逡巡の末、口を開いた。
「ちょっと耳を貸してください」
　背の高い朱璃が屈んだ隙に、頬に軽い口付けを。
　微笑んだ朱璃は悪戯な唇を己のそれで塞いだ。倍返しを食らった詩廼の頬は、夜風にあたっても暫く火照りが取れそうにない。
「初デートがクリスマスで六本木の森タワーの屋上スカイデッキとか、どんだけ敷居高いの！？」
　緊張するなって方が無理、と御凛は討真と手を繋いでも下を向いたまま。平然に状況を受け入れている討真の悠然さが御凛は内心腹立たしい。不当な八つ当たりだと理解しているから、余計に。
「ねえ御凛。そんな床ばっかり見ていないで、ここからの光景を一緒に見ないか」
　降ってきた声に顔を上げると、まさに眼下一面が人口の銀河。夜空のそれにも勝るとも劣らない彩りに、御凛の心は一気に奪われる。
　彼女の笑顔に討真も一息つく。
「楽しんでくれればそれで僥倖」
　御凛が幸せそうにしているなら他には望むものがないからと囁き、おもむろに彼女を後ろから抱きしめる。覗き見た御凛の瞳にも一条の星。
「否、望みがないわけじゃない」
　不意打ちとしか言いようがない討真からのキスに、御凛は唇を押さえ真っ赤になって抗議した。
　食事もショッピングも終えてスカイデッキへ。
「荷物持ちを買って出てくれたことは嬉しかったが……」
「ほら！　男を見せるところでもあるし！」
「買った商品は店側が家まで送ってくれるものだろう？」
　心底不思議そうなクラリーベルに政道は僅かに笑う。クララはその辺やっぱりお嬢様だよなあ、と。
　仄かな不安を胸に秘め、クラリーベルは政道に身を寄せる。自分にとってはこういった高級な雰囲気は当たり前。けれど彼にとってはどうだろうか。気後れしてはいないだろうか。
「クララが隣にいるからかな……気後れなく自然と振舞える」
「……マサミチ」
　クラリーベルの心配を読み和らげるような、政道の言葉。心配は無用だぜと笑いかけながら、ぬくもりに浸る。彼女も微笑みを返した。
　共に居られることに感謝を。ときめきも安らぎも、すべて君の側で。

●煌きの星灯
　巻いたショールを掻き合わせ、芙蓉は夜空へ足を踏み入れる。
「綺麗……！」
　色とりどりの光の砂を撒いたような夜景。ため息を零し視線を動かせば、スカイツリーや東京タワーも存在感をあらわに聳えている。どちらもこの光景の素敵なオブジェだ。
　この綺麗な光を宝石にしてアクセサリーに出来たら、どれ程のものになるだろうと思い描く。光る夜の想い出をずっと残せるように、芙蓉は携帯カメラのシャッターを押した。
「わあ……！　すっごく素敵！　とてもロマンチックなのっ……！」
　スカイデッキからの夜景を楽しみにしていたアイリスは、出来るだけ景色を見渡せる場所まで駆けていく。はしゃぐ彼女に目を細め、流は横に寄り添う。
「話に聞く以上の景色だな。圧倒されそうだ」
　地上の夜空とはきっとこんな感じなのだろう。ふと気づけば夜風に身を震わせていたアイリスに、流は首にかけていたマフラーを巻きつけてやる。
　それでは流が寒くなってしまう、と言いかけたアイリスを言葉ごと抱きしめた。
「こうしてくっついていれば少しは寒さも紛れるだろう」
　顔中真っ赤に染まったアイリスは、流といるからあたたかいのだと知る。幸せのあたたかさに、浸る。
　肩に回された手を握り、アイリスは小声で囁いた。
「……大好きです」
　俺も同じ気持ちだ、とだけ流は答え、抱き寄せる腕に力を籠める。幸せすぎる両想いのぬくもりに包まれながら。
　クリスマスはもう少し厳かにあるべき、と考えるエイジはどこか不満げ。
「日本のクリスマスは願いが叶う日、みたいです」
　まりは微笑む。そのように感じられれば世界は彩られるのだろうなとエイジは呟き、ふたりは地上を見渡した。
　夜空が霞むほど、大地に咲く星の花。まりは感嘆して呟いた。
「天の川、みたい」
　あの光を辿れば何処まで行けるのだろう。ひとりであんなに遠くに行くのは、少し怖い。
「光彩の量だけ人が存在するのだろうが、いささか眩しすぎる」
　エイジの声に、まりは足がスカイデッキに引き戻された心地になった。一緒にいてくれる人がいる喜びをかみしめる。
　密かに感じた寒気にも、風邪を引かん程度には気をつけろよとかけてくれた気遣いが嬉しい。だからまりは笑顔で頷いた。
「今夜は暖かい襟巻してるので、大丈夫、です……！」
　サンタクロースの贈り物は本当は欲しいけれど、大人ぶって今夜は内緒。
　スカイデッキからの夜景、人々の燈す彩り。それはのぞみが今まで知らなかった世界だ。
「私、初めて見ました。こんな綺麗な景色……」
　だからこそ誘った。知ってもらいたかった。そう、星流は胸中で呟く。隣でのぞみが喜び見入る姿を見て、安堵の息を吐く。
「一年前の自分は……今、自分がこんな光景を見ているなんて想像もしなかったでしょうね」
　星流に視線を向け、のぞみは目を細める。幼馴染として彼女の過去を知る星流の心に、針が刺さる。
「……やっぱり気にしているっていうか……」
「気にしていない、と言ったら嘘になるかもしれません」
　でも多分、あなたが思っている程、深刻じゃないと思いますよ――寂しそうに微笑んだのぞみに、星流は頭を掻きながら言った。
「また、機会があったら誘うよ」
　まだ僕だって見たことのない景色が世界には沢山ある。気恥ずかしそうにそう零せば、のぞみは心からの笑顔で感謝を告げた。
「ちょっと寄り道しませんか、お嬢様」
「寄り道？　今日は人出も多いでしょうし、また別の日……」
　マーテルーニェの言葉を遮り、良い場所を知ってるんですとやや強引に花之介は誘う。たまには息抜きさせてあげましょうか、という呟きを承諾と捉え、人込みをかき分けた先はスカイデッキだ。
　前に見た時に見惚れたから見せたかった。着いた途端冬風が身を刺すが、花之介はマーテルーニェに紹介する。
「……ほら、お嬢様。見てください」
　地上に広がる夜景。イルミネーションは輝き、夢のような色彩に満ちている。
「まあ、センスは学力ほど悪くはないようですわね」
　テストを嫌がっていた執事を責めているらしい。花之介は視線を逸らして軽く誤魔化すが、その後の言葉に動きを止めた。
「とても綺麗だと思いますわ、見せてくれて有難う」
　夜景より鮮やかに笑んだのはどちらだっただろう。
　これからもよろしくお願いします、の言葉が柔らかく夜風に流れる。
　今回恢が沙花を誘ったのは、重傷を負った時の見舞いのお詫び。沙花は気にしないでいいと言ったけれど、恢はくれたケーキのお礼ってことでもいいと譲らない。
　スカイデッキから望むと夜景が丸ごとミニチュアだ。だが灯る明かりは現実の光。頬を撫でる冬風がそれを教えてくれる。
　沙花の横顔に視線を移す。
　今どんな気持ちでこの景色を眺めているかは恢にはわからない。
　ただ、確かなことはひとつだけ。
　来てよかった。彼女と一緒に、この夜景を見られてよかった。
「シノ先輩。部活、楽しい？」
　朴訥な問いが沙花の耳に届く。
　今まで夜景を見たいと思ったこともなかったけれど、学園に来て恢や仲間と出逢った。居場所が出来た。その存在を、世界のほんの少し高いところから確認したかった。
　だから沙花は、自分に空を見ることを教えてくれた人と今の光景を覚えていたい、そう願った。
「ああ、楽しいよ」
「俺も」
　交わされた言葉は僅かでも万感の思いを籠めれば、互いに笑みが綻んだ。
　自分たちが生きる小さな世界をすべて見渡せるような、空の近くまで。
　冷たい夜風が誘う先は夜の底。数多と散りばめられた街の灯りは宝石にも星にも似て、皓は知らず感嘆の息を零す。白く揺蕩う息を吐くのは、傍らの九とて同じこと。
「こういう景色は、写真に収めたり出来るのか？」
　皓が興味深げに視線を向ければ、九は首を少し傾げた。
「見たままを撮れたら素敵だろうけれど――まだ、今見る以上には、とても」
　声音に惜しむような眩しい色が滲むのは、それが本心だからだろう。九が先に購入していたココアを差し出せば、皓は微かにはにかみ礼を告げ、カップに口をつける。
「ひとりじゃなく見られて良かった」
　景色も想い出も、重ねた分褪せずにあるだろうから。そう九が呟けば、皓も緩やかに瞳を細める。
「ぼくも、一人では来られなかっただろうし……美しいものの記憶を、誰かと共有出来る。それはとても、尊いことだと思うから」
　改めて向き直り、皓は悪戯っぽく紡ぐ。言葉に子供染みた笑みを重ねて。
「誘ってくれて本当に有難う、――……九」
「……ええ、こちらこそ」
　常は名字で呼ばれるため、慣れない音が面映ゆい。
　ただ脳裏を掠めるのは、彼女の雪色の髪に躍る光の色さえ、撮っておけたらよかったのにという、思いだった。

　ベルが鳴る。キャロルが響く。
　煌くクリスマスはきっと、それぞれの心の中に。

作者：中川沙智	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2012年12月24日 難度：簡単 参加：58人 結果：成功！
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