クリスマス~天樹の上で過ごす夜

    作者:泰月

    ●12月の街
     東京の街は夜でも――夜だからこその、昼間とは異なる明るさを見せる街が多い。
     特に12月のこの時期の夜となれば、ことさらに多くの街が華やかな明るさと特別な装いに包まれる。
     街頭スピーカーから流れる音楽の中に、新旧色々のクリスマスソングが加わり、繁華街にはセールを告げる幟が並ぶ。
     色取り取りの電飾で街路樹や街灯を飾り付けたイルミネーションが、駅前や公園など至る所で見かけられるようになる。
     青い光で星を、白の光で雪の結晶、赤と白でソリを引くサンタの姿など、様々なものをかたどった飾りで光り輝く街になる。
     普段はない、この時期だけの慌ただしさと楽しさを混ぜ合わせた、特別な空気と夜景。
     クリスマスは、もうすぐ、そこだ。
     そして、今年オープンした、東京の新名所もまた。
     クリスマスに向けたこの時期だけのライトアップへと、その装いを変えていた。

    ●天樹への案内
     武蔵坂学園もクリスマスの準備が進められている。
     クリスマス当日は、普通のクリスマスパーティーに始まり学園内でも様々なイベントが開催される。
     だが、敢えて学園の外で、誰かと特別な時間を過ごしたい。
     そんな人へ向けた案内のプリントが、学園のあちこちで掲示されていた。
     
    『学園の外でクリスマスを過ごしたい貴方へ! 東京の街で最も高い場所から夜景を眺めるのは如何でしょう』
     
     そんな謳い文句が書かれたプリントが各キャンパスに掲示されていた。
     プリントにある場所は、東京スカイツリー。
     2012年に開業したばかりのタワー。東京の新名所として人気を集めている。
     その高さは634m。350mには天望デッキがあり、東京の街を一望できる。
     昼間の景色もさることながら、夜景は更に格別だ。街の灯りが多い故に星の見えにくい東京だが、そんな夜の街の灯りを高所から見下ろす景色は、それは星空に勝るとも劣らないと言って良いだろう。
     そんな天望デッキの入場チケットは、休日ともなれば当日券は数時間待ちとなるほどの人気なのだが。
     武蔵坂学園は、希望する生徒全員に行き渡るほどのクリスマス当日の入場チケット事前購入なんて真似をやってのけた。財力ぱねぇ。
     灼滅者の皆様の心の平穏を保ち、闇堕ちを防ぐためなら学園は資金を惜しみません。

    「折角のクリスマスだ。あまりうるさいことは言いたかないが……一般客もいるからな。そこら辺は注意するように。タワーにも迷惑かけんじゃねえぞ。あとは、夜景見に行くんでも、買い物でもデートでも好きにしろ」
     目一杯楽しんで来い。
     そんな言葉で締めくくって、クリスマスを楽しみにしている生徒の背中を見送るのだった。

     クリスマスの夜。貴方は何処で誰と過ごしますか?


    ■リプレイ


     天望デッキのカフェに、武蔵坂HCの4人クリスマスを祝う声と乾杯の音が響く。
    「クリスマスに来られるなんてHappyだね♪」
     サンタ風の赤い服装の織姫はケーキを食べながら満面の笑み。
     皆都が切り分ける前に、ケーキを囲んで記念撮影もバッチリ済ませた。
     ケーキを食べ終わる頃には、4人の視線は外の夜景へと向かう。
     好弥は闇の中にある光に惹かれる。光が暗く遠いほど、何故か切なくなる。
    「わー、ここから見る街の明りがキラキラ光っててすごく綺麗~。絶景だよー♪」
     夏奈のはしゃぐ声に引き戻される。織姫も皆都も、楽しそうだ。みんなと一緒だから、今日は大丈夫。
    「夏奈ちゃんは下見るの怖い?」
    「怖そうだしあんま見たくないなぁ」
    「わたしは、見るの楽しくて見たい派だよ~」
    「かなり高いけど……下は、大丈夫かな」
     ちょっと怖くて下を覗き込めない夏奈に、嬉々として外を見る織姫と、高さを気にしつつ覗いてみせる皆都。2人を見ていると、夏奈の中で好奇心が恐怖に勝る。
     少し勇気を出して覗き込んでみれば、夏奈の視界に広がる夜景。
    「かなり遠くまで見渡せそうだよね。学校も見えるかな?」
    「そういえば東京タワーって何処にあるんだろ~?」
    「学校はあっちかな? 東京タワーは、光ってるあれだね。好弥ちゃん?」
     ふと織姫が横を見れば、何故か夜景を拝んでいる好弥の姿。
    「東京の夜景は残業でできていると言います。大変なのですね」
     なむなむ。

     クロノはデートもスカイツリーも楽しみだったが、アリスはスカイツリーはそうでもないらしい。
    「ふぅん、ここが東京スカイツリー? ビッグベンの方が洒落てると思うけど」
     かの大英帝国の大時計台と比較してバッサリ。
     2人は天望回廊をそこそこに引き上げ、下の階にあったイタリアンのお店へ。
    「ここからも夜景が見えるのね」
     メインディッシュを終え、横に目をやれば眼下に広がる夜景。
    「さすが世界最大級の都市。地上に星を撒いたよう」
     天望回廊では、人の多さが気になりあまり夜景を見ていなかったアリスだが、こうして落ち着いて眺められるなら話は別だ。
    「上からみた景色も良かったがここからゆっくりみてもいい感じだな」
     アリスの言葉に頷きつつ、窓の外に見える景色に、クロノは天望回廊で見た夜景を思い出す。眼前にも隣にも綺麗なものがあって。こんな贅沢でいいのかと思えた事を。
    「いい豆の挽き方ね」
    「アリス。メリークリスマス」
     食後の珈琲に満足げに一息つくアリスに、クロノがプレゼントを差し出した。

     テストでいい結果取れればクリスマスいい所に連れて行ってあげるよ。
     伊織と小鳩の間で交わされていた約束は、天望デッキの立席カフェで果たされた。
     眼下に広がるのは思わず見惚れそうな煌びやかな景色。だが、小鳩には夜景以外にも周囲のカップルの多さが気になる。
     自分たちもそんな風に見えるのか。頬を染めつつ横目で伊織をチラチラ。
    「普段俺達がいる吉祥寺は、あそこかな。小鳩、どう思う?」
     そしたら、振り向いた伊織と思いっきり目が合った。
    「べ、別に見つめてたりなんてしません、よ……?」
    「まあ、落ち着いて落ち着いて」
     動揺し聞かれてない事を答えてしまったが、伊織は気づかず自分のカフェオレを勧める。
    「…うぅ、ありがとうございます」
     そう言う意味ではなかったのだが、差し出されて思わず口をつけて。そこで、これは間接キスではないかと気づく。
    「小鳩は今日も楽しそうだね。俺も嬉しいよ。あ、良かったらまた来年も来ようか?」
     真っ赤になった小鳩の隣で、伊織は無邪気に笑うのだった。

     羅典は割と窮地に立たされていた。
     エスコートするつもりだったスカイツリー内のレストランの前で、立ちはだかったディナーコースの金額。精一杯頑張った財布の中身でも、2人分には僅かに届かない。
     気落ちしかけるが、横にはカジュアルドレスでお洒落をして来た恋人のみのりがいる。悟られないように、その場でUターン。
     尤もUターンの時点で、みのりはやや不可解なものを感じはじめ、カフェに招かれた辺りで何となく察してしまったのだけれど。
     眼下に広がる綺麗な夜景を見ながら、2人で過ごす恋人同士の穏やかな時間。
     だけど、まだ少し羅典が落ち込んでいるような様子だったから。
    「今日は、ありがとう羅典君……凄く、嬉しかったです」
     そんな恋人へ、みのりが贈ったサプライズのキス。
    「どこでだって、羅典君と一緒にいる、ってことが一番ですから……ね?」
     触れた柔らかな感触に驚き、続いた言葉が嬉しすぎて。
    「みのりさん……ありがとう。大好きだよ。メリー・クリスマス。」
     カフェの閉店時間ギリギリまで、2人はこの場所で同じ時を過ごした。

     大空と大輔は天望デッキに行く前に、スカイツリー内のカフェに寄った。
    「大空さんのスイーツも美味しそうっすね」
     大輔のこの一言がきっかけで、お互いに「あ~ん」と食べさせ合うことに。
    「うん、こっちもおいしい♪」
     大空には味を楽しむ余裕があったけど、顔を赤くした大輔は味なんてわかりません状態。
     しかし天望デッキに着けば、
    「こうすれば迷わないっすね」
     と自ら大空の手を取り笑いかける。大空もその手をしっかりと握り返して。
    「うわぁ、綺麗! 思ったよりすごいね~!」
    「おぉ~……大パノラマっすねぇ」
     手を繋いだまま、しばし夜景に見入る。
    「自分、この夜景を大空さんと一緒に見れて良かったっす。また一緒に来ましょうね」
    「また、来ようね♪」

     竜雅とみやびは、みやびの希望でまずプラネタリウムに向かった。
    「おお、暗くなった」
     星空は見慣れたものと思っていた竜雅であっても、作り物とは思えない臨場感。
     過去の星空や外から見る地球の姿の再現は、プラネタリウムでしか見られない。
     その素敵な星空を楽しみつつも、みやびは心細さも覚えた。
     武蔵坂学園に来て、世の中の広さを実感したばかりだ。宇宙はそれよりも遥かに広いと思うと、はぐれてしまったらどうしましょうなんて思ってしまって。
     思わず握り締めた兄の手は、確りと握り返してくれた。
     手を握ったまま、プラネタリウムから出てきた2人は天望デッキを目指す。今度は、本物の星空を見に。
    「私はとても楽しかったです。お兄さまは?」
     笑顔で訊ねるみやびに、竜雅は笑って誤魔化すしかなかった。
     言えない。本当は、上映開始から暫くした所で睡魔に抵抗できなくなり、半分眠りこけてたなんて。妹の笑顔を前にして言えるはずもない。

     シャルロットとハルトヴィヒの間に鎮座しますは巨大なパフェ。
    「ここ、少しついてますね」
    「ハルトのほっぺにもクリームついてるよ」
     お互いに「あーん」と食べさせ合い、相手の頬のクリームを指で掬う。カフェで甘い時間を過ごした後は、天望回廊へ。
     2人で一つのマフラーを巻いて、ハルトヴィヒが後ろから抱きしめる。
    「綺麗……それに暖かい、ね?」
    「綺麗な景色です……シャルが居てくれるから、より一層美しく見えるのでしょうか」
    「もう、またそんなこと言って……」
     ハルトヴィヒが腕に少し力を入れ、近くなった体温にシャルロットの頬が赤くなる。
    「シャル……これからも、私と一緒にいてください」
    「私も好きよ。ハルト。来年も一緒に来よう?」
     約束、と絡んだ小指。何かを待つように目を閉じたシャルロットに、ハルトヴィヒがゆっくりと唇を寄せた。


     天望デッキは今日も大人気だ。
     エレベーターが天望デッキに着く。扉が開くと忍と陽菜は窓へと駆け寄る。
    「うわー、たかーい! すごいすごい!」
     駆け寄った先の窓から広がる夜景に、思わず歓声を上げる忍。
    「うっわー、凄いいい眺め……忍おにーちゃん、こっちこっちー!」
     夜景に気を取られるあまり、駆け寄った窓が少々離れてしまったけれど。
    「ごめんごめん、陽菜ちゃん。一緒にまわろっか♪」
     忍から手を取り、2人手を繋いでゆっくりと天望デッキを回る。普段の景色と違う夜景は、綺麗だけど吸い込まれそう。
     でも、陽菜はもう少し彼といちゃついてみたい。少し迷ってから、思い切って寄りかかった。忍の腕に伝わる、陽菜の温もり。
    「一緒に来れて良かった」
    「……ん、忍おにーちゃんと一緒に来れてよかった。また、来年も……一緒に、見たいな」
    「また来年も一緒に来ようね!」
     2人の約束が一つ増えた。

    「ひゃぁー! こんな高い場所は無理無理」
     天望デッキに螢の声が響く。彩歌が行きたいと願うから来たけれど、彼女は高所恐怖症。エレベーターの中でも外を見るまいと工夫したが、うっかり外を見てしまうとこうなった。
    「……螢がここまで高所が苦手だとは」
     大人びている螢がここまで怖がるなんて、悠一も予想外。
    「彩歌も乗り気だしさ。大丈夫だって。ほら、行くぞ?」
    「ほらお姉様。大丈夫ですよ? 足場がしっかりしてるし、硝子だって頑丈ですから」
    「怖い、怖い……やめ……!」
     彩歌と悠一に押され引かれエレベーターからは出れたがそこまで。脚が震えて螢は動けず、夜景を見れたのは彩歌と悠一だけ。
     この高さからなら見下ろしていると、どこまでも見渡せそうな気がして。悠一は今はもうないものを思い返してしまう。少しだけよぎる切なさ。
     彩歌は、兄のそんな様子に気づいていた。だから
    「お兄様。お姉様。……手を繋いで、歩きませんか?」
     答えを待たずに兄の右手を取った。
    「今日限定で手ぐらい繋いであげるわよ?」
     落ち着きを取り戻した螢が優雅に差し出した手を、悠一の左手が取る。
    「夜間の外出を心配するお兄様達と夜出歩くのは不思議な気分ですね」
     3人並んで歩く。彩歌の声は弾んでいた。

    「寒いのか?」
     隣で微かに身を震わせていた模糊を一平は後ろからコートで包み込むように抱きしめた。
     目に映った遠近感も曖昧になってしまう程に吸い込まれそうな夜景。不安で、怖くて、でも目を奪われたまま視線を外せなくて。
     後ろから伝わる温もりが、模糊の竦んだ体を溶かしてくれたけれど。寒いわけではないので、返答に困ってしまう。
    「……あつい」
     腕の中でようやく言えた言葉。憎まれ口の一つも叩きたかったのに。
     模糊は精一杯平然とした顔をしていたが、赤く染まった耳までは隠しきれない。
     中々どうして、可愛らしいところもあるじゃないか。
     優越感に思わず薄く笑みが浮かぶ。頬を寄せれば、確かに熱い。
    「もう少し……星が空に帰るまで」
     一平が抱きしめる腕に少し力を込める。もう少しだけ繋ぎ止めて欲しいのは、模糊も同じ気持ちだった。

    「……うっわぁ、凄いぞ慶、見てみろ!」
     目に映る夜景に一瞬言葉を失いかけたものの、高い所が好きな都璃はいつになく無邪気にはしゃいでいる。
    「道路が光の川みたいだね」
     はしゃがないにせよ、慶も夜景に目を奪われる。その中にある、光の存在感。その1つ1つに命があるみたいで。
    「……綺麗」
     でも、隣でまだ言葉が出ないでいる彼女の方が、慶には何万倍も輝いている。
    「真下を見れるのも面白いな」
     慶の思いには気づいているのかいないのか。都璃が、ガラス床を足でトントン小さく叩いて、軽く跳ねてみたり。
    「あんまりはしゃいでると落ちるよ」
    「落ちるか、馬鹿」
     そう、落ちることはないだろう。でも、この下から彼女を見上げたら。今日の都璃はミニスカートだ。
    「都璃、日本で1番高いカフェでソフトクリームでも食べない? 奢るよ」
    「付き合ってあげても良いぞ」
     遠慮なく奢られるつもりの都璃は、慶の妄想には、気づかなかった。

     秋乃と灯は昼から一日一緒に過ごした。
    「ボク、東京に出てきてから観光とかしたことなかったけど、灯ちゃんと一緒ならどこでも楽しい!」
     秋乃にクリスマスを楽しんで欲しい。灯の願いはほぼ達成されていた。でも、まだ渡していないものがある。
    「秋乃」
    「ふえ? 灯ちゃん、どうしたの?」
    「……クリスマス、プレゼント。」
     気の利いた言葉が思いつかず、結局ストレートに告げる。
    「開けてもいい?」
    「勿論」
     中から出てきたのは、ヘアピン。昼間、秋乃が欲しがっていたものを、灯がこっそり買っていた。秋乃に喜んで欲しいから。
    「わあっ! これ、ボクが昼間に見てたヘアピンだよね?」
     勿論、秋乃もすぐに気づいた。そして早速前髪につけてみる。
    「やっぱ、似合ってる」
    「覚えててくれたことも、灯ちゃんがプレゼントをくれたことも、似合ってるって言ってくれたことも! すっごく嬉しい!」
    「喜びすぎだろ……メリークリスマス」
     嬉しさと恥ずかしさで、灯はもう、まともに秋乃の顔を見られなかった。

     雷は初デートの緊張や不安を誤魔化そうとテンション上げてはしゃいでみたけれど。哲と目があった瞬間にあっさりバレた。
     可笑しさを隠さず笑う哲の袖を、くいくい、と顔を赤くしたままの雷が引く。
    「なんだよ」
     今度は手の甲を、つんつん。それでも何がしたいか言ってみ、と促され仕方なく。
    「……手、とか」
     繋ぎたい、と言い切る前に手を差し出す。握り締める。
    「裏山でやってる時はあんなに熱烈な痛ぇっ!」
    「変な言い方すんな! 馬鹿!」
     わざと誤解を招きかねない言い方をしたら、爪が食い込んだ。
     2人とも、どこかおかしい。煌く夜景に、哲も目が眩んでいる。雰囲気は何にも勝る脳内麻薬。
    「イイんじゃねぇの。夜景も、クリスマスも、……お前も」
     普段なら言わない気障な言葉も、普段なら詰められない距離を詰めて寄りかかるのも。今なら許される。クリスマスだから。


    「あら、偶然」
     最初に気づいたのは、暁だった。ふと振り向けば良く知った顔がそこに。
    「一人?」
     そう尋ねれば返って来たのは、ため息混じりの頷き。
    「ね、ちょっと付き合って頂戴な」
     帰ろう、と思った霖が動くより早く、暁が手を攫ってそのままスカイツリーへ。引かれた手を解けずにいる自分も、暁が何をしたいのかも、霖にはわからない。
    「だって――、空に一番近いもの」
     向けた視線は通わなかったけれど、答えは聞けた。暁の視線を辿れば、広がる夜景。
    「……きれい」
    (「アンタも静かな方が好きでしょ」)
     そんな理由もあったけれど、暁の心の中に。
    「もっと上に行きましょ」
     再び手を取って歩く。どうせならとことん上へ。霖も足音を追いかける。着いた先は、天望回廊。
     ねえ、次は何を見せてくれる?
     そんな視線に答える様に、暁が指で示した先にある空の広さ。心くすぐる風景は、共有したのか独り占めか。

    「ほえー!スゴい早いスピードであがっていくね」
     咲桜は早速エレベーターに乗り込んだ。その振動の少なさに日本の最新技術を垣間見て、降りた天望デッキで寄ったカフェのお勧めメニューを記念にパシャリ。
    「……ほえ……。夜景がキレイだね」
     天望回廊を登った先から見下ろす夜景。
     それはとても綺麗で、言葉を失うほどだったけれど。
    (「やっぱり一人じゃなくて、誰かと一緒に来たかったな」)
     咲桜の表情は、少し寂しそうだった。

    「一人でこんなところまで来ちゃった」
     結衣はぽつりと呟く。夜景を見ていると、かつて隷属していた相手と見たイルミネーションが懐かしくなる。
    「……はわ、なんで涙が出てくるの……?」
     早く忘れたいと思っていても、忘れられない。
     そんな結衣を見ていた者がいた。
    「どうしたの、具合でも悪いのかな?」
     声をかけた凛弓だが、然程彼女に興味があったわけではない。
     顔を伏せている結衣の様子がこの場には似つかわしくなかったから、声をかけてみた。
    「あ……ううん、何でもないんです、気にしないで……ありがとうございます」
     涙を拭いながら顔を上げた結衣と、目があった。
     今まで見えなかったけれど。その表情は、ああ、なんて。
    「辛いなら僕に話してみなよ、力になれるかもしれない」
     顔を上げた結衣が見た凛弓の姿は、結衣が忘れたいと願う人に良く似ていて。
    「……っ……ごめん、なさい……!」
     溢れる涙を止められず、結衣は詫びることしか出来ない。
     これが、結衣と凛弓の出会いだった。


    「うわー! すっげえ、高いな!」
    「呑気なものだ」
     有耶無耶部の4人の中で一番はしゃいでいる達紀を冷静に見つめる司馬だが、実は彼も内心弾んでいる。夜景が大好きで、友人と街へ繰り出すのも人生で初めて。
    「おい、天望回廊行くぞ」
     最初は後ろから付いていく形だったのに、いつの間にか自ら率先して皆を引っ張る。
    「綺麗……」
     天望回廊から見下ろす東京の夜景に、羽翠の口から出たのは感嘆の言葉とため息。眼下の光一つ一つ、それぞれに愛や想いが篭っていると思うと、胸が暖かくなる。
    「……天の川、みたいだ……」
     朔夜も見下ろす夜景に息を呑む。電灯や建物の灯り、街の輝きを美しいと感じられたのは初めてのことだった。
    「おーい、一緒に写真撮ろうぜ」
     天望回廊の終点で、達紀の提案で4人並んで夜景をバックに記念に一枚。
    「ねぇ、あなたは何を見ていらしたの?」
     横に立った司馬に、羽翠が尋ねる。
    「夜景を見てた。まぁ、良い思い出にはなったな」
    「それは良かったです。わたくしは、愛する皆さんとこうしてクリスマスを過ごせることが幸せです」
    「一緒に、来て……くれて……ありが、とう……。……また……来たい……」
     朔夜もややぎこちないながらも、言葉に笑顔を乗せる。
    「おう、また来よう!」
     達紀の言葉が、朔夜の精一杯の礼が届いた証。

    「わー、みてみて? すごいねぇ」
    「うわぁー……すっごいきれいー! ちょーたかーい!」
     声を上げる桔平と梗鼓の後に蘭世と紫信が続き、天望回廊を歩く。桔平の両手は先に済ませた買い物の荷物がいっぱい。頑張れお兄ちゃん。
     だが、蘭世は高い所が得意じゃない。ていうか怖い。兄と姉の間から、恐る恐る顔を出し覗き込むのが精一杯。
    「大丈夫ですよ」
     聞こえた紫信の声、そして蘭世の手を包む温もり。
     折角のクリスマス。怖いことを1つなくしたい。目を閉じ、愛おしい人の手を握り、勇気を出して一歩。踏み出して目を開ければ、目の前に広がる光り輝く夜の街。
    「地上の星もきらきら光ってとってもきれいですよ」
    「すごい……お星様が地上にもあふれてますよ♪」
     眼下できらきら光る街の景色も、紫信が言うと星に見えた。
     仲良しな2人の様子を、兄と姉は見守る。
     女の子同士にしか見えないよなぁ、なんて思いながら仲良しな2人の様子を見守る梗鼓を、にししと笑みを浮かべた桔平が覗き込む。
    「きょーこと僕だって、傍から見たら兄妹じゃなくってカップルに見えるかも~♪」
    「……ばーか」
     からかう兄とあしらう姉の間で、小さな2人が手を繋いでいつまでも夜景に目を輝かせていた。

    「わ、すげぇ……」
    「いっくん、すごいね……!」
     天望回廊からの夜景を見た軍と涼花の第一声はほとんど同じだった。
     見下ろす夜景はまるで宝石箱のようで、ガラス張りの天望回廊は宇宙船を思わせる。
    「宇宙に行けるようになったら一緒に行ってくれる?」
    「お前方向音痴で心配だし、な」
     涼花が覗き込んで尋ねれば、笑って返された。
    「そうじゃなくても、いつか星になるなら。やっぱりお前の隣りがいい」
     続いた軍の言葉が一生一緒と言う意味に聞こえて、涼花の顔が赤くなる。
    「あ、そうだ……いっくん後ろ向いて」
     照れ隠しではないけれど。
    「ん? 何だよ?」
     言われるままに背を向けた軍の首に指が触れ、かかったのはターコイズをあしらった銀のフェザーペンダント。
    「何処までも一緒に行けるように」
    「ありがと、すず。大事にする」
     いつまでも傍においてね。そんな願いの込められたプレゼントは。
     いつも軍を導いてくれる。そんな気がした。

     熾と舞依が両親を失ってから2度目のクリスマス。
     まだ何処か寂しそうな舞依に喜んでもらいたいと、熾は舞依を誘って天望回廊からの夜景を長めに来たけれど。
     昔はわたしたちの家の明かりもあの中にあったのに。街の夜景を見下ろす舞依の胸に、そんな思いが去来してしまう。
     家族で過ごした楽しい幸せなクリスマスをどうしても思い出してしまう。
    「メリークリスマス」
     しょんぼりする舞依に兄の手から差し出されたは、白兎のマスコットキーホルダー。
     不意打ちのプレゼントに、舞依も思わず微笑む。
    「ありがとう。今は……これからも、お兄様はずっと一緒にいてくれるわよね?」
    「来年も再来年も舞依が笑ってくれるのなら……ずっと祝ってやるよ!」
     どこか縋るような妹の問いかけに、力強く答える兄。
    「それと帰ったらもうひとつプレゼントがあるんだ。赤と白の……」
    「……巫女服は着ません!」
     赤と白。熾のその言葉で続きを読んだ舞依は、きっぱりと遮る。その顔に、寂しさは見えなかった。

    「東京はこんなに綺麗に見えるんですね」
     ガラスの向こう、雪がちらつき始めた夜景は、故郷のそれとはまた違ったものだった。
    「メル、手が冷たい。また手袋してこなかったのか」
     瑞樹は、夜景よりもメルキューレの何も着けていない手の方が気になる。
     さてどうしようか。思考は一瞬。右手の手袋を外して貸して、右手と左手を繋いで自分のコートのポケットに。
    「これで冷たくないだろ?」
     そのまま2人で眼下の夜景を眺める。
    「故郷とは違って、東京の雪は明るくてあたたかく感じます」
     それはポケットの中で握られている左手が、手袋をしている右手より遥かに暖かいから。
     左手を握り返せば、包むようにそっと握り直される。メルキューレは、胸の奥が言いようのない暖かさで満たされた気がした。
    「誰かが一緒に居るだけで、景色の感じ方はこんなにも違うんですね」
     その言葉に、瑞樹は思う。
     出来るなら、ずっと、メルの笑顔をこうやって隣で見ていたいと。

     男装の煉と智慧が並ぶとぱっとみ男性2人と思う人もいるかもしれないが、煉はれっきとした女性だ。
     生粋のアウトドア派らしい煉のために、智慧は天望回廊からの景色を解説する。その解説に耳を傾け、煉は夜の景色を楽しんでいた。この高さから街を眺めるのもまた一興だ。
     だけど、彼女はこの場から意識を逸らす様に外を眺める。智慧はうずうずしているのだと思ったが、周りがカップルだらけと言うこの空間の空気が、男の心算でいる煉にとっては何とも居心地が悪かったのだ。
    「はい、これ。プレゼントです」
     そんな煉に差し出されたのは、智慧が用意していたストラップ。
    「此れはナノナノの……良くこんな物が有ったな。オレに? ありがとうな。」
     ぷにぷに触感のストラップは、煉も気に入ってくれたようだ。
     回廊の次は煉の行きたい所に、と言うことで、折角だから下の店舗を見に行くことに。
    「いつも、つまらない事に付き合ってくれてありがと!」
    「此方こそ、楽しませて貰ってるぞ?」

     はぐれないように、と差し出された深玖の手を桜子がしっかりと握り返し、天望回廊へ。
    「すごいです、魔法みたいです!」
     広がる夜景に感嘆の声を上げる桜子を、本当に素直で可愛い子だと深玖は思う。
    「今、君の隣にいるのは……俺で良かったのかな? お嬢さん」
     クリスマスの夜にこうして一緒に過ごしてくれるのなら、少しは自惚れたくもなる。
    「桜子は、夜月さまが良いのですよ?」
     不意の問いかけにきょとんと首を傾げたまま、桜子は答える。むしろ自分でいいのかと確認したいのは、こちらの方なのに。
    「こうして一緒に居てくれて、桜子は嬉しいです」
     一緒に過ごせて嬉しいのは、深玖もだ。余り無邪気に笑われると、本気にしてしまいそうになる。
     気を付けて、と頬を撫でれば、触れたそこは少し熱い気がした。
    「……夜月さまは、王子様みたいです」
     触れる手にどきどきする心を抑え、小声でぽつり。

     バイト帰りの綴と星花がスカイツリーに着いたのは遅い時間だった。
    「星花へーき?」
     着飾れば良かったと思うのは星花だけで、綴は服を気にする星花に気づいても、寒かったかな、と勘違い。
    「わぁ、わぁ……! すごい! 人が米粒やで!」
     それでも天望回廊からの夜景を見れば、星花のテンションも上がる。
    「外暗いし方向わかんなくなってくるね。学校あの辺?」
     空中を歩いているような感覚を覚えながら、窓に寄る。こんなに遠くまで見えるのか。
    「学校、小さく見えるわ! 高い所から見るとすごい!」
     はしゃいだ声を上げて横を見れば、星花可愛いよね、と見ていた綴と目が合った。
    「べ、別につづりんと一緒だからじゃなく、高い所だからテンション上がったんだもん……!」
     恥ずかしくなってそっぽ向いて、つい聞かれてないことまで喋ってしまう。
    「……どしたの?」
     星花が急に反対を向いた理由を、綴は良くわかっていなかったけれど。

    「クリスマスだから遊びに行かない?」
    「……ま、去年みたいに一人で過ごすよりはマシかな」
     桃乃は御弦を連れてスカイツリーの天望回廊へ。
     出来るだけ人気のない場所を2人で歩きたかったので、営業時間ぎりぎりに。ピーク時に比べれば大分静かと言えるだろう。
    「あまり暗くないのね」
     暗い所で怖がっている御弦の姿が見れるかもしれない、なんて思っていた桃乃には回廊の明るさは少し物足りない。
    「暗いところは怖い……なんて訳ないじゃん」
     御弦もそこまで子供ではない。
    「怖がる僕が見たかったなら、残念だったね」
     笑みすら浮かべて可愛い弟分にそんな事を言われてしまったので、つまらないわね、と拗ねてみせる。
    「……来年も期待してるよ、桃姉」
     拗ねた素振りの桃乃に、ぽつりと告げられた御弦の本音。
     桃乃と二人きりの時間は結構嬉しい。そこまでは口に出さなかったけれど。

     迷子にならないように、和真と千世は手を繋いで夜景を眺める。
    「夜景……すごく、きれい……」
     眼下に広がる夜景に目を奪われる千世の肩に、ふわりとかかった和真の上着。
    「千世が寒そうだったからね」
     僅かに身震いしたのを、和真は見逃さなかった。
    「……風邪、引いちゃうよ……?」
     心配そうに見つめる千世に、俺なら大丈夫、と微笑む和真。嬉しそうに上着に包まり、千世もぎこちないながらも微笑みを返した。
    「今日、誘ってくれて……ありがと……。誘ってもらえたとき、すごく……嬉しかった……」
     その笑顔に、和真は一つ決心をする。
    「次も、よかったら一緒に来てくれないかな? 友達としてでなく、今度は、その……恋人として」
     和真の言葉は続く。
    「俺、千世のことが好きだ。千世ともっと近付きたい。俺じゃ、駄目……かな?」
    「和真が……私のこと、好き?」
     半ば呆然と呟いたけれど、驚きが収まった後の感情は、嬉しさ。
    「……あのね、私も……和真、好き……。ずっと、一緒にいたい、和真と、近づきたい……」
     頬を染めながら答えた千世が浮かべていたのは、とても自然な笑み。
    「ありがとう千世。これからもよろしくな」

     夜が更け、天樹の灯りも消える。されどその中で交わされた数々の想いは、きっと褪せる事はないだろう。

    作者:泰月 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年12月24日
    難度:簡単
    参加:58人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 21/キャラが大事にされていた 2
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