狂気の宴、狂喜の願い

    作者:零夢

     それは、満月の夜の狂気。
     幸せを求める者たちの宴。

     初めて来た者はまず、主催者である少年から『御神体』を渡されるのだという。
     そしてその『御神体』は、次回以降の入場券となるらしい。
     つまり『御神体』は宴に参加する者の数だけ――かなりの数が存在する。
     ある子は言った。
     温かな家族が欲しいと。
     ある男は言った。
     恋人の病が癒えますようにと。
     そればかりではない。
     ある者は富が欲しいと。
     揺るがぬ地位が欲しいのだと。
     絶対の権力が、果てまで届く名声が、永久の命が欲しいのだと――。
     そして、全ての言葉を聞くと少年は言った。
     願いを叶えるには『御神体』ひとつでは不十分だと。
     神は多くの者を少しずつ幸せにするために、小さな『御神体』となって散らばった。
     だから、『御神体』を集め、その力を強めなくてはならないと。
     けれど、『御神体』の力を集める術は一つだけ。 
     自分の『御神体』で、他の『御神体』の持ち主を貫くのだ。
     そうすると、貫いた方の『御神体』に他方の力が流れ込む。
     『御神体』は何かって?
     そんなの決まっているじゃないか。
     一振りの『ナイフ』だよ。
     ほら、きみの手にもあるだろう?
     ほら、きみの心にもあるだろう?
     密やかに眠る『キョウキ』が。
     さぁ、神の力を奪り戻せ。
     さぁ、神の力を強化しろ。
     そうするとどうなるかって?
     それだけ神に守られるということじゃないか。
     それだけ神に愛されるということじゃないか。
     それだけ願いに近づくということじゃないか。
     だから殺せ。
     満たされるために。
     唯一の神を手にするために。
     幸せは相対評価だ。
     だから掴め――己の手で。

    「見えないものを信じられるっていうのは、人だからこそなんだろうな」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)はくるくると弄んだルービックキューブをことん、と教卓に置く。
     そんな彼の言葉に頷いたのは、アレクシス・カンパネラ(高校生ダンピール・dn0010)だ。
    「……それが人の強さであり、弱さなのかもしれないが」
     目に見えない幸せを望むことも。
     目に見えない神様に縋ることも。
     人が人であるゆえに為せる業なのかもしれない。
    「ん……とまぁ、そんなわけでだな。今回、お前達に任せたいのは、そんな強くて弱い存在の集団――とあるカルト教団の集会に潜り込んでもらいたいと思う。敵はソロモンの悪魔、といっても、ご本人が登場ってワケじゃあないが」
     実際に灼滅者たちが相手にするのは悪魔の甘言に魅せられた者、そして悪魔に力を与えられた者。
     つまりはどちらも一般人だ。
    「そいつらは、会場である洋館にやってくる。誰もが入場券の代わりに『御神体』――何らかのナイフを身につけてな」
     誰もが己の神を、唯一にして絶対と証明するために。
     より多くの加護を得るために。
    「教団内にこの『御神体』を広めた元凶……そいつがこの事件の首謀者だ」
     けれど、名前はわからない。
     素性も不明。
    「俺にわかるのは、どうやら少年らしいということ、そして彼がもはや救えないほどに強化されてしまっているということだけだ」
     裏を返せば、少年以外の一般人は強化されていない。
    「つまり、黒幕の少年さえ倒せばいいと、そういうことか?」
     アレクシスの言葉にヤマトは頷き、ただ、と続けた。
    「そいつは二階の一室にいる。集会が終る……つまり、最後の一人が決まるまで、ここで静かに待っているらしい。この一室を見つけることもそう難しくはないはずだ。難しい、いや、厄介なのは一階にひしめいている一般人だな」
     集会には様々な、そしてたくさんの人が訪れる。
     願いをかなえるために、殺しあうために。
    「まず、お前達にはナイフを身につけ、教団の一員を装ってこの集会の最中に紛れ込んでもらいたい。どう頑張っても、一般人が落ち着いているうちに乗り込む、というのは不可能なんだ。……つまり、わかるな?」
     言って、ヤマトは灼滅者たちを窺う。
     つまり刃物を手にした一般人は、灼滅者たちを殺しに来るということだ。
     もちろん、灼滅者にとってそんなもの、ダメージのうちに入るものではない。
    「だが、ここで魂鎮めの風なんかで一斉に眠らせてしまえば、異変に気づいた黒幕は逃げ出すだろう」
     かといって放っておくわけにもいかない。
     放っておけば、彼らはこちらを殺しに来る。
     これはまだいいだろう。
     問題なのは、一般人同士でも殺し合っているということだ。
     時間が経てば誰が死ぬかわかったものではない。
     あくまで彼らは、『強化されてない一般人』。
     戻る道があるということは、躊躇いがあるということに他ならない。
     そのほとんどは、人を殺しきるための力も技術も無い者だ。
     中途半端な刺傷で苦しむ者、そのままゆっくりと死を迎える者。
     まさに、地獄絵図となるだろう。
    「騒ぎを抑えるには手間がかかる。だが収まるまで待つわけにもいかないし、そっちにばっかり構っていると少年に逃げられる。逃げられたらまた他のところで、っつう繰り返しだ」
     だから、ここで止めなくてはいけない。
    「少年の逃げ道さえ塞いでしまえば、一般人の相手は格段に楽になるだろう。もう誤魔化す必要もないワケだからな。だから耐えるのは誰かが少年の部屋に着くまで――ざっと五分だ。一般人はある程度の衝撃を与えるか、少年さえ倒してしまえば元に戻る。そんなに難しく考えなくていい」
     もっとも、元に戻ったのちにどうなるか――そちらは難しい問題であり、個々人の意志の力を信じるしかないのだが。
    「黒幕である少年にとって、これが意味あることなのか単なる遊戯なのかは知らん。まぁ、ここまでやるからには何かを抱えているのかもしれないが……それでも、やることは変わらねぇよな?」
     その言葉に、アレクシスは小さく頷きを返す。
     誰かの所為ではない、誰もが自分の為に戦っている。
     届かぬ願いに手を伸ばし。
     狂おしいほどの喜びに恋焦がれ。
     歪んで穢れて醜く汚れて。
    「それでもヤツらは、人間だ」
     ヤマトは言う。
     だから言葉が届くはずだと。
     だから想いも届くはずだと。
     言葉だけで彼らの行為が止められなくとも、正気に返ったときに彼らが何かを取り戻すきっかけになるかもしれない。
     もはや戻ってこられなくとも、闇に捕らわれた少年の心を揺さぶることが出来るかもしれない。
    「…………ああ」
     アレクシスが短く返す。
     少年を倒すことが、単純に幸せな人助けになるとは思わない。
     罪を突きつけ、咎を負わせる行為でもある。
     悪いことではないが、清々しい救済でもない。
     けれど、それでも灼滅を。
     狂気の連鎖を断ち切るために。


    参加者
    黒瀬・凌真(痛歎のレガリア・d00071)
    藤井・花火(迷子マイスター・d00342)
    田所・一平(赤鬼・d00748)
    王子・三ヅ星(星の王子サマ・d02644)
    壱乃森・ニタカ(桃苺・d02842)
    洲宮・静流(流縷穿穴・d03096)
    エドバルト・シャーリー(リトルキング・d04518)
    エルシャ・プルート(スケッチブックと百面相・d11544)

    ■リプレイ

    ●Night in madness
     誰かが笑った。
     狂ったように。
     誰かが言った。
     これで、幸せになるのだと。
    「……なんつーか、恐ろしいもんだよな」
     扉を開けた途端、目前に広がった光景に黒瀬・凌真(痛歎のレガリア・d00071)がこぼした。
     人が人に刃を向け、人と人で殺しあう。
     強いられている――のだろう。
     進んでやっていたらなんて、考えたくない。
    「行こうか」
     田所・一平(赤鬼・d00748)の一言で、灼滅者たちは覚悟を決める。
     道を開き、進む覚悟を。
     エルシャ・プルート(スケッチブックと百面相・d11544)は群集に近づき小さく息を吸うと、一気に想いを爆発させた。
    (「もうやめて! エルは……エルは、怒ってるんだよ!!」)
     パニックテレパス。
     声なき少女の怒りは強烈な精神波となり、周囲に混乱を巻き起こす。
    「い、やぁぁぁ!?」
    「ヒャハハハ!」
     突如パニック状態となった一般人は、大きく二つに分かれる。
     現状に怯える者、そして、理性を手放し、考えることを放棄して拍車のかかる者。
     これが吉か凶かはわからない。
     だが、とにかく今は進む事が先決だ。
     アレクシス・カンパネラ(高校生ダンピール・dn0010)が戦艦刀を手に斬り込めば、学園から駆けつけてくれた支援者達もそれに続き道を開く。
    「……すまない」
     刀背打ちを繰り出しながら、アレクシスは小さく謝る。
     たとえそれが届かぬ声だとしても。
     押し寄せる人波を、敦真と鵺白がそれぞれ槍と銃弾とで牽制し、百合の影は溢れた人を捕縛する。
     そうして蓮司が結界符で隙間を固めると、二階を目指す四人は勢いよく駆け出した。
    「ニタカね、上に行かなきゃいけないの。通して~」
     壱乃森・ニタカ(桃苺・d02842)が走りながらラブフェロモンをばら撒けば、周囲の一般人は思わず見蕩れ、隙が生まれる。
     それに続く凌真と一平に、迷子になっては大変だと藤井・花火(迷子マイスター・d00342)もしっかりあとをついてゆく。
     道は仲間が作ってくれる。
     迫り来るナイフは由乃が受け流し、錠はハイキック、在処はボクシング技を使い、灼滅者の力を抑えることで一般人を相手どる。
     目に付く重傷者は眠兎と京茅で癒せば、後顧の憂いはない。
     ほどなく四人は広間からの脱出に成功する。
     だが、喧騒も混乱もやまない。
    「あははは! 神は私のものよ!」
     誰かが叫んだ。
     その声を背中で聞く者、その喧騒の中に残る者。
     辺りには狂気が満ちていた。

    ●Dead or happiness
     凶器を振るえば人を傷つけることなど容易い。
     使い手が手練のプロであれ素人であれ、それは同じこと。
    「アンタが死ねばオレが――!!」
     広間の隅、パニックテレパスの届かなかった場所で、青年は倒れた男に向かって刃を振りかぶる。
     血走った眼と恐怖に凍りついた瞳が交差したとき、青年の腕に王子・三ヅ星(星の王子サマ・d02644)が飛びついた。
    「間違えちゃ、ダメだよ!」
     予想外の三ヅ星の登場で彼が戸惑っているうちに、達郎が素早く男を手当てし、安全な場所へ運んでいく。
     青年は三ヅ星を振り払おうともがくが、三ヅ星は頑として放さない。
    「邪魔するな! オレは間違ってない、だってこれはこういうものだろう!?」
    「違う、そういうことじゃないよ!」
     喧騒に負けぬよう、三ヅ星は声を張り上げた。
    「誰かを傷つけたらきっと、後で自分が後悔するんだ!」
     言って青年のナイフを奪い取れば、奪い返そうと彼は三ヅ星に手を伸ばす。
     が、青年の手は空を切り、そのままばたりとうつぶせに倒れた。
     その影から現れたのは洲宮・静流(流縷穿穴・d03096)――彼が、青年を気絶させてくれたらしい。
    「大丈夫か?」
    「うん、助かったよ」
     ありがとうと三ヅ星が笑顔を見せれば、二人は頷きを交わしそれぞれ再び人ごみの中へ紛れていく。
     騒ぎを続け、騒ぎによる被害者をなくすために。
    「道祖神、恵み給め――」
     心を落ち着けるべく、静流は口の中で小さく祝詞を唱え、改めて周囲を見回す。
     広間の一般人のうち、大半は最初のパニックテレパスで良くも悪くも混乱している。
     とはいえ、それが届かなかった者も含め、未だナイフを振りかざしている者は少なくない。
     もはやナイフを振るえなくなった者も、この現状で混乱が悪化したのだろう。
     つんざくような悲鳴は生々しくて、痛々しくて。
     出来ることなら早々に鎮めてしまいたい。だが、少年の逃げ道を防ぐまではそんなわけにもいかない。
     だからせめて、それまでは。
    (「誰一人殺させるものか――」)
     静流は決意を固めると、辺りの怪我人を癒していく。
     また別のところでは、エドバルト・シャーリー(リトルキング・d04518)がビハインドのビルとともに被害の対処に努めていた。
    「君はあの子を頼む!」
     人々の手からナイフを弾きながら、エドバルトはビルに指示を出す。
     幸せになりたいという、その気持ち自体はわからないものじゃない。
     けれど、誰かを犠牲にして手に入れても虚しいばかりだ。
     ビルが盾となって怪我人を庇い、エドバルトがナイフを取り上げれば、一般人の戦闘能力は格段に下がる。
     負傷者はアレクシスが霧を撒いて治療に当たり、それでも癒しきれない重傷者は裕介と和泉が手を貸してくれる。
     動けなくなった者は昌利が運び、ジャックがまとめて回復すると、スウも隣で黙々と傷を塞いでいく。
     やってもやっても終らない。
     五分間が、いつも以上に長く感じる。
    (「酷い……こんなの、嫌……!」)
     騒ぎの中で、エルシャは心底つらそうに眉を寄せる。
     同じ人間同士なのに。
     怖い。怖い。どうして、こんなこと――。
    (「命が大事なら、今すぐナイフを捨てなさい!」)
     エルシャの心が強く叫ぶ。
     日頃は出せない声に代わり、スケッチブックに思いを綴る彼女だが、戦場ではそうもいかない。
     パニックテレパスに乗せ、想いが届いたらどれだけよかっただろう。
     しかしパニックテレパスで届くのは混乱を引き起こす精神波――エルシャの願いは、届かない。
     たまらないもどかしさに拳を握りしめたとき、三ヅ星のトランシーバーから一平の声が響いた。
    『こっちは完了した!』
     それを合図に、三ヅ星は魂鎮めの風を、エドバルトと静流が王者の風を巻き起こす。
     突然起こった風は、先ほどまでの苦労が嘘のようにあっさりと騒ぎを静めた。
    「こないなトコまでおくたぶれはん。もぉええから、ゆるりと休んどき」
    「はいぃ!」
     威圧的に振舞おうとして口をついた静流の京言葉を理解してか否か、周囲は咄嗟に平伏する。
     静流は思わず我に返り、何となく気まずくなれども後の祭り。まあいいかと諦めるしかない。
     程なく全員に魂鎮めの風が効くと、残された一般人の介抱はアレクシスを含めたサポート陣が引き受けた。
    「二階は頼んだ」
    「ああ。任せてくれ」
     アレクシスの言葉に頷いたエドバルトがビルと共に駆け出せば、三ヅ星と静流、エルシャも広間を横切り後に続く。
     先行隊が姿を消した、薄暗い廊下を目指して。

    ●Puppet and darkness
     二階の一室では、四人の灼滅者が一人の少年に相対していた。
     逃走経路となりうる窓と扉を塞いだため、彼を取り囲むような陣形になっている。
     ここにたどり着いてから数分、四対一だが、目ぼしい戦況の変化は見られない。
     四人で少年と互角どころか、あちらが上手かとすら思わされる実力差がある。
    「君、名前は? なんでこんな危ない事したの?」
     ニタカは光輪を飛ばし、仲間の傷を癒しながら疑問を投げかけた。
     全員が揃うまでは、彼を逃がさず生き残る事が最優先だ。
    「名前? 忘れちゃったよ。別に誰も呼ばないしね」
     くすりと笑った少年はナイフを翳し、生まれた竜巻をニタカと一平に差し向けた。
     毒を含んだ風が二人の身体を蝕むが、一平が素早く盾を展開してそれを癒す。
     けれど少年は、そんな一幕もさして気にすることなく言葉を続けた。
    「ああ、それとさ。理由があれば『こんな危ない事』も許されるの?」
     同情する? 認めてくれる?
    「ていうか、ボクじゃなくて下にいた人達が望んだから『危ない事』になっちゃったんだけど」
     あたかも自業自得だと笑う少年に、凌真も挑むように笑い返す。
     そそのかしといてよく言うぜ、と。
    「とにかくこれ以上、こんな誰も得しない儀式なんてさせらんねぇよ」
     ナイフを構えて回り込み、足元を斬り払えば、花火がシールドで上から殴りつける。
    「くっ!」
     バランスを崩した少年がその勢いを利用するようにドアに近づけば、途端、勢い良く扉が開かれた。
     扉の向こうにはエドバルト、ビル、三ヅ星、静流、エルシャ。
     これで、全員集合だ。
    「逃げられると思うな、落とし前はつけてもらうぞ」
     エドバルトが堂々と言い放つ。
     誰もが抱える闇を引き摺り出し、まるで見世物のように嘲笑して――手加減は、しない。
     足元から伸びた影が少年を捕えれば、すかさずビルが霊撃を放つが少年の微笑は崩れない。
    「あーあ、こんなに集まっちゃって。そんなに死にたい? それとも、幸せになりに来た?」
    「本気でそう思うのか?」
     マジックミサイルを飛ばしながら、静流が問い返す。
     幸せを餌に人を集め、無数のナイフに血を吸わせ……まったくもって、趣味を疑う。
    「だからソロモンの悪魔は嫌いなんだ」
     高純度の魔力が少年の身体を貫くと、それでも彼は刃を振り上げ大きく踏み込んだ。
     ジグザグに変形した刃が、仲間を庇うように飛び出した花火の身体に突き刺さる。
    「……っ、願いって、奪い合いや与える物ではなく、叶える物だって思うよ」
     痛みを堪え、花火は少年に呼びかける。
    「幸せだって、笑顔を向けた相手が笑顔になる。そういう物だよ?」
     彼女の身から溢れるのは、ただならぬ殺気。
     それは、間違っても一般人がこの部屋に近づくことのないように。
     これ以上、幸せを求めて不幸を招くことのないように。
    「誰かを、ましてや自分の心まで傷つけての幸せなんて意味ないよ!」
     激しく渦巻くカミの刃が、少年の身体を斬り裂く。
    「意味? そんなものが無くても、満されたいと思う人間なんていくらでもいるじゃないか」
     だからこのようなことが起こるのだと、意味も理屈も不要なのだと彼は言う。
     そこに人がいれば、それで充分だと。
    「でも、そんなの本当の幸せじゃないよ!」
     少年の声を打ち消すようにニタカが叫んだ。
     意味とか理屈とか、難しいことを考えてたらどんどん深みに嵌っていく。
     けれど、人を傷つけるような幸せを彼女は望まない。
    「可哀相だけど……全力で君を止めるよ!」
     言葉通り、加減容赦なく光輪を飛ばせば、一平も黒死斬を放った。
    「幸せは誰かの不幸の上にってか?」
     問われ、肯定の笑みを返す少年に「それも真理だわな」と一平は軽く頷く。
    「だがよ、神が言うには陳腐だぜ」
     仮に神がどうとかを無視すれば、自分達がやっていることも変わらないのかもしれない。
     自らの幸福が誰かの不幸の上に成り立つこともある。
     誰かの死があって生きている人がいる。
     ダークネスだからとか、そんなことは関係ない。
     けれど、無数の屍の先に逃れえぬ罪が待っていようと、そこでしか得られぬ幸せがあることを一平は知っている。
    「てめぇの教義自体は否定しない。でも、だからこそ、ここで潰す!」
     幸せに対する考えがそれぞれ違っても、それだけは変わらない。
     狂気の宴は絶対に止める――それが、ここにいる全員の確固たる意思だ。
    「君は一体、何を信じて願っているの?」
     引き絞った弓を少年に向け、三ヅ星は訊ねる。
     誰かを踏み台にして得た幸せは、きっと同じようにして、いとも容易く壊れてしまうから。
    「知らぬ神より、ボクはボクの力を信じたい。何があろうと揺らがず、ボクが、ボクでいること」
     ――それがボクの幸せだよ。
     指を離せば、放たれた矢は彗星の如き尾を引き少年の胸に突き刺さる。
    「そんなおエラいことを信じる奴に、ボクらがナイフを握る気持ちはわからない!」
     倒れかけて踏みとどまり、そう言い放った少年にエルシャが戦艦刀を振り上げた。
     怒りも疑問も悲しみも、エルシャの胸に溢れる感情の全てが表情となり、少女の深い瞳は少年を映す。
    「そんな風にボクを見るなよ……っ」
     重い一撃を喰らい、呻くように少年は言う。
     まだ倒れない――けれど、今にも倒れそうな彼に凌真が向き合った。
     己の得物であるナイフを構えて。
    「申し訳ないけれどもな。お前さんの気持ちがどうであれ、このままにしておくわけにはいかないんだ」
     たとえ少年が、ソロモンの悪魔に魅入られた『一般人』だったのだとしても。
    「ここで終焉を迎えさせてやる!」
     地を蹴った凌真は一瞬にして少年の死角に回りこみ、鋭利な刃で素早く斬りつける。
     いくら強化されていようと、ここまでボロボロになった彼はそう長くも耐え切れない。
    「か、は……っ」
     やがて少年は、小さくむせて。
     最期の一瞬に、小さな笑みを浮かべて。
     悲劇の幕を、閉じたのだった。

    ●Dawn of kindness
    「来るのが遅すぎたよね。ごめんなさい」
     眠りについた少年に、花火が謝る。
     けれど許してくれなくて構わない。
     私も貴方を、忘れないから。
     傍らの一平と共にささやかな黙祷を捧げると、花火は少年の手からナイフを回収する。
     一見普通のナイフだが、学園で調べてもらえば何かわかるかもしれない。
     花火はそっとしまうと少年に別れを告げる。
    「バイバイ、次はもっといい人生を」

     一階では戦闘から戻ってきた灼滅者たちも加わり、一般人の救護が行われていた。
     中には眠りから覚めた者もいるが、意識が覚醒しているとは言いがたい。
     それも、今までの出来事を考えれば当然かもしれないが。
    「本当の幸せは、心がほわっとあったかくなる事なのにね」
     一般人の手当てをしながら、ニタカはアレクシスにぽつりともらした。
    「アレクちゃんは幸せってなんだと思う?」
    「幸せ?」
     唐突に向けられた質問に、思わず彼は繰り返す。
     けれど考えたのはほんの一瞬で、すぐに、ゆっくりと答えは紡がれた。
    「……ひとりでは、語ることが出来ないものだと思う」
     ほどなく遠くから救急車の音が近づいてくる。葉と焦が呼んだのだ。
     大方も処置も終り、幸いにも死者は一人も出ていない。
     残りのことは、任せても大丈夫だろう。
    「帰ろう」
     誰からともなく放たれた言葉で、灼滅者たちは洋館をあとにする。
     それぞれに異なった、けれどきっと、どこかで繋がっている幸せを胸に抱いて。

    作者:零夢 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 13/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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