クリスマス~パーティー準備は大忙し!

    作者:猫乃ヤシキ

    ●『クリスマス・パーティーと言えば。やっぱりご馳走ですよね!』
     シャンシャンシャン♪ シャンシャンシャン♪
     校内のスピーカーから流れてくるのは、クリスマス特有の陽気な鈴の音だ。
     青空の広がる窓の外には、色とりどりのオーナメントと電飾に飾りつけされた、大きなツリーが見え隠れしている。
     今日は待ちに待った、武蔵坂学園のクリスマス会。
    「メリー・クリスマス!」
     楽しげで軽やかな笑い声が、校内のあちらこちらでこだまする。
     学園はすっかり陽気と笑顔に包まれて、――一部では、暗澹たる気持ちを抱えた例外の人々もいるようだけれど――皆、どことなくソワソワと浮足立っている。
     もちろんクリスマス・パーティーと言えば、欠かせないのが美味しいクリスマス料理の数々。
     生徒のみんなが笑顔になれるよう、学園ではとびっきりのご馳走も用意した。
     会場にはローストチキンやビーフシチューにサラダ、クッキーにババロアに大きなホールケーキ、あるいは各種ご当地の特産品まで。
     テーブルの上にところ狭しと並べられた美味しそうな料理の数々が、宝石箱のようにキラキラと輝きを放っている。
     会場へ次々とせわしなく料理を運んでくるのは、エプロンをつけた学園の生徒たち。
     その先をたどって、調理場になっている教室の扉を開くと―――
    「手伝いに来てくれたんですね、ありがとうございます!」
     白いレースのエプロンをつけた、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)が、嬉しそうににっこりとほほ笑んで出迎えた。
     
    ●『舞台裏ではお手伝い要員、急募!』
     生徒たちに振舞う料理を用意するのは、料理の腕自慢の生徒たち自身である。
    「うちの地元の特産品、持ってきたよー。これも出してあげて!」
     調理場の扉を開けた生徒が持ち込んできたのは、いきなり団子とからし蓮根。熊本県の名物である。
     何と言っても食べ盛りの少年少女たちであるから、調理場がフル回転してもまだまだ料理も人手も足りていない。
     要するに、裏方のお手伝いさん大募集中なわけだ。
    「調理する人も、給仕さんも足りてないみたいなんです……」
     苦笑を浮かべながらかく言う姫子自身も、通りすがりに無理やり手伝いに借り出されたらしい様子。

     本日、調理場では、裏方スタッフとして調理場や給仕を手伝ってくれる生徒を、男女問わず大募集中である。
     フルでがっつりお手伝いメンバーとして参加してくれてもいいし、パーティーを思う存分楽しんで、空き時間に少しだけお手伝い……なんてかたちでも構わない。
     もちろん、各自の食材の持ち込みも大歓迎。自慢の特産品で、マイ地元をアピールするのも大いにOK。
     お友達同士やクラブ活動の一環として、大勢で仲良くお手伝いしてくれても嬉しい。楽しく会話を弾ませながら共同作業をすることによって、深まる親交もあるだろう。
     日ごろのダークネスとの戦闘の中ではなかなか発揮するのが難しい料理の腕前。意中の相手に、自慢の腕前を披露するチャンスにもなるかもしれない。
     パーティーのイベントを楽しむのも良いけれど、みんなのために裏方スタッフとして働いた記憶は、代えがたいプライスレスな思い出になるのではないだろうか。

     クッキーの生地をこねながら、姫子がふんわりと優しい笑みを見せる。
    「裏方って地味な仕事ですし、大変ですけど。自分たちの頑張りでみなさんの笑顔が見られるのって、やっぱり嬉しいですよね」
     
     クリスマスパーティーに参加する全員の笑顔のために。
     ぜひ、あなたの力を貸してほしい。
     


    ■リプレイ

     メリー・クリスマス!
     今日は待ちに待った、武蔵坂学園のクリスマス・パーティー。
     校舎の壁には、生徒たちの手による大量のイルミネーションが。月や星の形だけでなく、カピバラやトナカイなどの動物の形を模したものなど、至る所で張り切ったデコレーションがなされている。
     あちらこちらの木には、黒猫、白いウサギ、わんこ、亀など、様々なヌイグルミがブラ下がっているし、中庭やプール、人気のない場所まで、飾りつけには余念が無い。

    ●『七面鳥をつかまえろ!』
     もちろん、クリスマス・パーティに欠かせないものといえば、デコレーションやイルミネーションだけではない。忘れてはいけないのは、やはり美味しいパーティー料理の数々。ここ調理場でも、今日のために集まった生徒たちが、学園の皆に料理を振舞うためにその腕をふるっていた。
    「さて、楽しく精一杯マゴコロ込めて頑張りましょうかっ」
     エプロンの紐を締め直し、仲間たちに意気揚々と語りかけるのは、スキンヘッド姿の衣幡・七。そのかたわらでは、御統・玉兎が真剣な慣れた手付きで、ブッシュ・ド・ノエルの表面のデコレーションを次々と仕上げてゆく。
    「ふふふ、バイトでは厨房勤務ですし、料理はずっと作ってたので得意ですよ!」
     クリームシチューの準備をしながら、天月・一葉もピンクの瞳をキラキラと輝かせる。次々とくり抜く人参は、クリスマスにぴったりの星形だ。
    「バイトで厨房やってる天月と御統は問題ないわよね」
    「はいっ、七姉様お任せください、張り切っちゃいますね!」
    「んー、あたしは……スイーツ系は得意じゃないからなんかこう……」
     七、細い狐目の双眸をニンマリと歪めて。
    「七面鳥……捌くか……」
    「え……捌く所から始めるのか!?」
     ブッシュ・ド・ノエルをなぞる手先を止めて、思わず七の言葉を聞き返す玉兎。
    「え、ええ!? ……すごいなー、七先輩」
     料理が苦手な廿楽・燈にとっては、到底真似できない芸当である。それでも、腕前は以前よりは上達してはいるはずなのだけれど。
    「燈は大人しくうさにぃのお手伝いしとこー。うさにぃ~、手伝えることあるー?」
    「そうだな……あとは、苺のホールケーキと……ガトーショコラもあれば誰かしら食べるかな」
     賑やかなクリスマスパーティーの主役と言えば、やはり誰もが楽しみにしているケーキである。たくさんあっても、作りすぎと言うことは無いだろう。
    「うーむ……一気に絞めないと可哀想よね……」
     和やかにケーキ作りに勤しむメンバーから離れて、暴れる七面鳥を押さえつける七。けれど自分の運命を察した七面鳥の抵抗たるや、生半可なものではない。
    「上手く出来るか、あ、逃げっ」
     首をひねる七の腕から逃げようとばっさばっさと羽ばたくと、えいやっとばかりにその腕の中から抜け出した。自由を取り戻した七面鳥は、キランと目を光らせると、厨房の中を猛然と走りはじめた。
    「!? なんかこっちに……す、すごい形相した七面鳥が突進してくる…!!」
     鳴神・千代が、生クリームがたっぷりついた泡だて器を、ポロリと取り落す。最近は甘いもの好きが高じてケーキ作りにハマっている千代は、実はいろいろと勉強中の身でもあるのである。
    「廿楽、鳴神ー! そっち行ったわっ! その鳥捕まえてっ!!」
     しかし、そんな千代の日ごろの努力の積み重ねのことなど知る由も無く、鳥は猛然と立ち向かってくる。
    「え、七先輩なに……って、えええ!?」
     燈がケーキを作る手を止めて顔をあげると、視界に飛び込んできたのはあふれんばかりの闘志で向かってくる、七面鳥。
    「ちょ、待ってー!千代おねーちゃん、どうしよー!?」
     突然の出来事に半ばパニックになりながらも、千代と二人で足元を逃げ回る七面鳥を追いかける燈。
    「あぁ!? 七面鳥がこっちに向かって突撃してくる!?」
     デコレーションに集中していた玉兎も、ようやく異常事態に気づいたようだ。
    「颯(ビハインド)、一寸これ持って避難するの手伝ってくれ。足元でどたばたされたら形が崩れる!!」
     ひょいひょい、と玉兎から完成したケーキを次々に受け取る颯。その間にも、玉兎の周りをグルグルしながら、七面鳥との追いかけっこは続いている。
    「OK! おねーさんの胸に飛び込んでらっしゃ……」
     先回りして受け止めようと、七が両腕を開いて待ち構える。しかし七面鳥は難なくひょいとそれをかわし、またバタバタと厨房を逃げ回る。
    「っと、あ! も、もーうっ! すばしっこいわねっ!」
    「千代菊(霊犬)が押さえに入ってくれるからね!」
    「アォン!」
     千代菊の駆けてゆく先を見つめながら、自分も先回りしようと千代がトテトテと走る。よそ見していたせいか、テーブルにドンとぶつかって、何かが床に落ちる音がした。
    「は、はわわわわわ!!!」
    「玉兎兄様のケーキが飛び降り!?」
     厨房の床には、玉兎が端正込めて作っていたケーキが、見るも無残な姿で広がっていた。思わず、硬直する玉兎。
    「ああー! うさにぃのケーキがー!? もったいないー…」
    「ご、ごめんね…!わざとじゃないんだよ~~~」
     しかし、七面鳥はいまだに逃走を続けたままだ。
    「鳥さんはー…、一葉おねーちゃん!」
    「一葉ちゃんの方へ向かっているよー!」
    「燈ちゃん、千代ちゃん、了解です!」
     自分目がけて突進してくる七面鳥に、パキパキと指を鳴らして待ち構える一葉。
    「ふふ、楽しくなって来ましたね、観念してください七面鳥さん!」
     ばさばさ、と羽ばたいてかわそうとする七面鳥の足を、むんずとひっつかまえて―――
    「せいっ!!(きゅっ)」
    「あ、天月ー!!」
     …………。
     ……。
    (ただ今、映像が乱れました事を誠に深くお詫び申し上げます。)
    「む、無茶しやがってだわ……!!」
     惨状に思わず、うっ、と目を背ける睦月の面々である。

    ●『パーティ会場は大盛況♪』
     パーティー会場は、午前中から既に大繁盛である。
     何と言っても集まっているのは、食べ盛りの少年少女たち。乾いた砂が水を吸うかのごとく、出された料理は次から次へと平らげていく。
    「覚悟はしてたが……超忙しいっ……」
     ばっちり着こなしたウェイター服で、メイン会場を走り回っているのは英・蓮次。
     レストランでのバイト経験もある蓮次だが、いざパーティーが始まってみると想像していた以上に大賑わいである。料理をいっぱいに載せたトレーを両手に持ち、口には伝言メモもくわえている。少々不作法ながら、学園内のことなので大目に見てほしい。
    「でも、この忙しなさも、何か燃えるんだよねぇ……」
     そう、なんだかんだ言って、蓮次は裏方の仕事が好きなのだ。
    「任せろ! やってやんぜ! 戦闘開始だ、どんと来いお客様!」
     そうは言っても、美味そうな料理に心惹かれないはずもなく。いい香りの漂ってくる鍋を、何の気なしにひょい、とのぞいてみる。
    「あ、湯気で眼鏡が! 曇る! 助けて! 眼鏡がないと何も見えない!」
    「って、何してんねんっ。コントか!」
     さりげなくツッコミをいれながら通り過ぎたのは、黒河・壱世である。
    「意外と少数精鋭やなぁ、燃えてきた!」
     お客様は神様精神で、笑顔は絶やさず敬語でテキパキと接客する壱世。皆が素敵なクリスマス過ごせるように、お手伝いしたいと考えているのだ。
    「よっしゃ、みんな頑張ろな!」
     大きな声を出して、他の給仕スタッフと連携を取ったり、フォローし合うのも、大切なことだ。
    「って……なんや、あそこ、痴話ゲンカか?」
     クリスマスだと言うのに険悪なムードを漂わせているカップルを見つけて、すすっと寄ってゆく壱世。シルバーに輝くトレイに乗せたドリンクを、二人の前ににこやかに差し出した。
     カップルが二人で一緒に飲めるようにと、二本のストローが挿しこまれた、スペシャル・ドリンクだ。
    「素敵な聖夜になりますよう、ささやかですがどうぞ」
     いがみあっていた自分たちを恥じるように、はにかんでドリンクを受け取ったカップルを見て、壱世が満面の笑みを見せた。
    「……このウェイトレス服、絶対着なきゃダメ?」
     テキパキと動くウェイターたちの中で、モジモジしている影もある。葬送剣ニンフを担ぎ、滅茶苦茶短いスカートのウェイトレス服を身にまとうアンク・オーディナである。
    「くすん、僕、男なのに」
     皆が笑顔でいられるのは嬉しいし、縁の下の力持ちも悪くないと思う。でもどうみても少女にしか見えないこの格好は、いかがなものか。しかしこのアンク、双子の姉でもある大剣――ニンフには逆らえない。
     いつまでも隠れているわけにもいかないし、料理や紅茶をトレイに乗せて会場を動き始めた。
    「えっと……ぼ、僕の紅茶をどうぞ?」
    (「可愛い女の子にしか見えないわ! って、嬉しくないよニンフ……」)
     ニンフの褒め言葉に、胸中でぐったりとうなだれるアンク。しかし本当に美少女にしか見えないので、仕方ない。
    「可愛いねぇ、どこのクラスー?」
     後ろから、ぽん、とアンクの肩を叩く男子生徒。その瞬間、アンクの表情が凶悪なニンフの顔に豹変した。背中の大剣を抜きはなち、目の前の男子生徒に切っ先を突きつけた。
    「アンクにィィィ……私の弟に、何セクハラしてんのよ、変態がァッ!!」
    「おぉ、これがニポンのクリスマス!」
     白熱するバトルを観戦し、拍手を送っているのはルチャカ・フィフスカラム。帰国子女のルチャカにとっては、初体験の日本のクリスマスである。
     自分から給仕役を買って出たものの、先ほどからテーブルの上に並んだケーキやデザートに首ったけ。手伝いなんてそっちのけで、うまうまと料理を堪能している。
    「参加のみなさんの中には、お料理上手な方やサービス精神旺盛な方がいらっしゃるですから」
     そんなわけで、ニポンの学生生活におけるこの大イベント。楽しまなきゃ損、と考えているわけである。
    「その代わり、掃除はばっちしまかせろなのです」
     笑顔でブッシュ・ド・ノエルをほおばるルチャカ。クリスマスを楽しむという目的は、しっかりと果たされているようである。手元の皿に次々とケーキを取り分けつつ、次の獲物は無いかと虎視眈々と狙っている。
    「料理をふるまってくれた人に、美味しかったとお礼を伝えたいですねえ~」
    「わかるわぁ~。エビフライうまーい。ステーキうまーい」
     厨房から持ってきた大皿をテーブルに運びつつ、隙あらば手づかみでひょいひょいとつまみ食いしているのは、本日のウェイトレス、黒木・摩那。
     摩那いわく、これは通行税、とのことである。
    「ケーキにシュウマイ、各地の名産品、よりどりみどりだわ。スープは……ダメよね。これは普通に持って来ます」
     ウェイトレスなんて初めてだけれど、人手不足と頼られてはイヤとは言えない。料理のお皿を持って行ったり来たり、頑張って働いている。
     本当は調理場でも良かったのだけれども……摩那の料理はなぜか「味つけが尋常に無く辛くなる」という不思議な特技のせいで、給仕をすることと相成ったわけである。
    「……食いすぎちゃうか?」
     次から次へと大胆につまみ食いをしている摩那に、ぼそりとツッコミを入れるのは、芸人系関西弁の壱世。
    「味を知らずに料理を出すなんて、来てくれた人に申し訳ないでしょ」
     でも、つまみ食いはつまみ食い、なのである。
    「それに通行税取ってるのは、私だけじゃないし?」
     チロリ、と視線を寄越されて、ウェイター服姿の東野・竜武がギクリと肩を強張らせる。
    「ど、毒見でござる」
     実は厨房から大皿料理を運ぶ時、素早く一口、「味、よし(頷)」なーんてやっていた竜武である。緊張して表情が硬いものの、なかなか抜け目ない。けれど、その細やかな気配りはウェイターの中でもピカイチ。
     常に周囲の様子に気を配る、マメな男なのである。
    「お客様、椅子をどうぞ」
    「あっ、ありがとう」
    「どういたしまして」

    ●『厨房も頑張ってます!』
     再び、調理場にて。
    「派手なパーティもいいけど、裏方の手が足りないんなら、手伝わさせてもらおうかなという事で」
     三角巾とエプロンを付けて、コンロの前に立つのは片倉・光影。料理の腕のある光影は、作るのに手間のかかるローストチキンに挑戦中だ。
     グツグツと音を立てる鍋の中では、ビーフシチューも煮えている。かき回して味を見れば、こちらはもうそろそろ頃合いだ。
    「さて。そろそろこっちはできあがるし……他の奴らの手伝いにでも回るかな?」
     一方、しきりに首をひねっているのは、樋口・彩。
    「少々大きめにした方がみなさん喜んでくれるでしょうか? でも嫌いな方もいらっしゃるでしょうし……悩みますね」
     最近は寒いから、クリームシチューを食べてしっかりと体を温めてほしい、と考えたものの。
     さきほどから、肉の大きさをどうするかで迷っているのだった。
     しばらく悩んだ挙句、名案を思い付いてぽん、と手のひらを打った。その表情は満面の笑顔だ。
    「ここはお肉が大きいのと、小さいクリームシチューを一つずつ作ってみましょうか」
     シチューを作ったら、皿洗いもしなければいけないし、他のスタッフとの会話も楽しみたいし。今日は一日中、フル回転だ。
    「おっと~、近くに来ると危ないで~!」
     大声を挙げながら、桐生・深那がシャシャシャシャ、と氷の柱を削りだしている。
     使っているのは、戦闘時に使っている青竜刀と日本刀。同じ刃で先ほどまで、刺身船盛りやらオードブルを仕上げていた。メイン会場でちょっとした話題になっている、食材の繊細な飾り切りを担当したのも、深那のこの器用なふたふりの刀である。
     ひととおりの削り出しが終わり、深那がきゅ、と額の汗をぬぐう。
    「できたで~。サンタの氷像や!」
     その出来栄えに、おぉ~、と辺りから拍手が沸き起こった。
    「すごいですねぇ」
     ダイナミックな芸当を目の当たりにして、氷見・讓治が細い目をより細める。そう言いつつも、讓治の包丁さばきもなかなか捨てたものではない。
    「シナモンの香りが素晴らしいですよね」
     讓治がつくっているのはリンゴのコンポートである。鍋でリンゴを煮ている間に、机の影に隠れて何かをこっそりと取り出す。
     出てきたのは、サンタやトナカイの形にこねあげられた、色とりどりのマジパンだ。どれもこれもとっても可愛らしい。
    「これ、持っていってもらえますかね~?」
     讓治が、きゅっきゅ、っと器用な手先で次々と形を作る。他の生徒が通りかかって、体で覆うようにマジパンの山を隠した。なんだか、これを見られるのは気恥ずかしいのだ。
    「向こうでは、No・l(ノエル)は家族で静かに過ごすモノだったけど、こういうお祭りの方が神様も楽しいかもね♪」
     P・re No・l(サンタ)の衣装で、大きなブッシュ・ド・ノエルに挑戦しているのは、イヴマリー・フレイ。
    「フランスではママが毎年作ってくれたなぁ。いつも飾りは霊犬型の砂糖菓子だったっけ」
     故郷を懐かしんでくすりと笑いながら、イヴマリーもブランシュ(コーギー型の霊犬)の砂糖菓子をこねあげる。
     ふと見上げれば、準備をしている生徒達は、みな生き生きと楽しそうにしている。
    (「やっぱりこういうのは良いなぁ」)
     ……命がけの戦いが続く毎日だけど。
     それでも、この学園の皆が一緒に戦えばどんな事も乗り越えられる気がする。そんな希望で満たされて、イヴマリーはそっと目を閉じ、神に感謝を捧げた。
    「joyeux no・l」

     超人的なスピードで食材を切っているのは、小碓・八雲だ。殺人技巧の応用で、野菜・魚・肉を機械的に処理していく。
    「お祭り騒ぎっていうのはどうも苦手だ……」
     さすが、テンションが常に低いニュートラル人間である。
    (「此処なら黙々と平々凡々に過ごせるだろうと考えたんだけど、東雲が一緒だからな…」)
     心中でぼやきながら同行の東雲・由宇をチラと見ると、皿洗いに夢中になっている。
    (「まぁ、空回りして面倒事とかアクシデント起こさなければ問題ないか」)
     一方、皿洗い担当の由宇はと言えば。
    (「給仕とかしてみたかったけど、粗相しそうやし。何より、ここでならこそーっとつまみ食い出来る!」)
     結構よからぬことを考えつつ、調理は八雲にまかせっきりである。時折、八雲をチラ、と仰ぎ見ると、そこにあるのは真剣なまなざしだ。
    (「料理出来る男の人ってかっこいいなあ、やっぱ」)
    「……うん、出来んなりに頑張って何か作ってみよっかな」
     由宇がそう決意してから、数十分後のこと。
    「出来たっ、料理って簡単やん! ねぇねぇ小碓さん、なんか出来たよ!ちょい味見してみて!」
     目の前に差し出された前衛芸術じみたサラダを見て、八雲がわずかに顔をしかめる。もちろん調味料も目分量、ザ・適当調理である。
     八雲がいやいやながらシャク、と一口ほおばって、ぴくり、と眉尻をあげる。
    「……東雲、不味い」
    「……不味い!? 一応一生懸命作ったのに……やっぱ向いてないんかなあ」
     しゅん、とする由宇。由宇なりに結構頑張ってつくったはずなのだが。
    「食材盛ってドレッシングかけるだけで良いサラダで何でこうなる……?」
     由宇がふざけているわけではない、というのがわかるからこそ。八雲も思わず頭を抱えて、深いため息をつく。
    「これ、味見してみるってことは考えなかったのか? しょうがない。せめてレシピ通りの作り方だけは教えてやらないと」
    「え、作り方教えてくれると?ホント!? よっしゃありがとう、頑張るよ!」
     子犬が尻尾をふるように、キラキラと目を輝かせた由宇を見て。万年省エネ男は、ほんの少しだけ微笑んだ。

    「このケーキ、すごく綺麗ですね~、記念にちょっと一枚」
     パシャッ。
     調理場の隅でカメラのフラッシュを炊いて回っているのは、光画部の腕章をつけた雁屋・蝸牛。気づくとそこにいて、いつから調理場にいたのか、どうやって調理場に現れたのか、その真相は誰も知らない。
     極薄の存在感で空気に溶け込んでいる、謎の転校生である。
    「このサラダ、美味しそうですね~、記念にちょっと一口」
     パクッ。
     撮影のかたわら、味見と称してつまみ食いも忘れない。テーブルの上に放置されている、半ば前衛芸術の風情のあるサラダを、一口つまんでみる。
     だが。
    「うっ……?」
     こんな料理が存在していいのだろうか。不味い。非常に不味い。食材を盛ってドレッシングをかけただけのものが、どうしてこんなことになるのだろうか。
    「これ美味しくないですよ~」
     しかし、文句を言いつつも決して笑顔を崩さない蝸牛。そのせいで、まるで冗談のように聞こえてしまうらしい。
    「ウソー。サラダが不味いなんて、そんなことあるわけないよー」
     大きなホールケーキに生クリームをデコレーションしながら、乾・舞夢が笑った。
    「やっぱり料理って楽しいからねっ、作ってよし、食べてよし、笑顔見てよし!」
     たっぷりチキンのサラダに、ミニハンバーグ、ステーキには特製ソース。普段は和食や田舎料理ばかり作っているけれど、今日はクリスマスだから、とあえて洋風のメニューに参加している舞夢である。
    「生クリームででこれーしょんはだいごみだよねっ!」
     きゅっきゅ、と生クリームを絞り終えたと思ったら。今度は引き出しからおもむろに、和菓子の材料を取り出した。
    「でも、日本のクリスマス料理(ケーキ)といえば、やっぱり『おまんじゅう』を忘れちゃいけないよ!」
     キラン、と舞夢の目が光る。
     パーティー会場のいたるところに設置されている籠。『まるごと桃まん』やら『まるごといちごまんじゅう』やら、「私を食べて」のプレートつきで置かれているのは、実は舞夢の仕込みである。
    「いちごを使ったお菓子はいいですよね。和菓子も洋菓子も、どちらにもぴったりです」
     ニコニコしながら、いちごのパックを開封するのは、本日のスーパーサブ、上名木・敦真。差し入れ用にと実家栃木から手に入れた有名ブランド物の高級いちごは、甘くとろけるような芳醇な風合いで、まさに絶品である。
    「楽しいイベントにさらなる彩りを加えましょう」
     料理好きであると同時に、おいしそうに食べている人を見るのも好きな敦真は、忙しさや疲れをみじんも感じさせない。終始、柔らかな笑顔を振りまき続けている。
    「おーい、給仕足りないんだけど! 誰か手伝ってくれない?」
     調理場ののれんをかきわけて、ウェイトレスの女子生徒がヘルプ要請を出してきた。ふむ、とうなずく敦真。
    「雪合戦までは、まだ時間がありますね。私が行ってきます!」
     料理が乗ったトレイを両手いっぱいに乗せて、廊下を運びながら、敦真がこの上なく嬉しそうな笑顔を浮かべた。
    「皆が楽しそうに、そしておいしそうに食べてくれる。これが裏方の醍醐味ですね」

    ●『あなたのために、メリー・クリスマス』
    「みんなの楽しいクリスマスの為に頑張っちゃいましょうっ!」
     オシャレなカフェさながらの給士服に着替えて、張り切っているのは志藤・勇。敬愛する先輩、西田・葛西とおそろいである。
    「ウェイターとして給仕をする、と言っても経験がないのでな……」
    「予行演習もしたじゃないですか。頑張って!」
     勇は日ごろ、喫茶店クラブでの手伝いをしていることもあり、なかなか上手く立ち回っている。パーティー会場の生徒たちに笑顔満点で愛嬌を振り撒きながら、ドリンクを勧めて回ったり、大皿の料理を取り分けたりと、サービス満点だ。
    「とりあえず一通りのことは無難にこなせるつもりではいるが……」
     そうは言っても、時間とともに会場のお客さんはどんどん増えていく。忙しくなるにつれ、目に見えて葛西の心に余裕が無くなって行く。
     やや追い詰められている様子の葛西に気づいて、勇が葛西の袖をチョイチョイと引いた。
    「先輩先輩っ。あの子達にデザート勧めてあげて下さいっ♪」
     数人の女子生徒のいる場所に、勇が葛西をずんずんと引っ張っていく。
    「顔、強張ってますよ? 折角ですから、俺らもパーティを楽しまないと、ですっ♪」
     いたずらっぽく言われて、葛西が驚いたように目をしばたたかせる。
    (「こういった場面ではむしろ俺の方が後輩だな」)
    「サンキュー、な」
     ふ、と柔らかく笑った葛西の表情は、もう余裕を取り戻していた。
    「いらっしゃいませ、こちらがメニューになります。お勧めのデザートは……」
     その様子を、勇がツリーの陰からにんまり眺めている。
     元がイケメンな葛西のことだ、キッカケさえあればモテるはずなのだ。
    (「俺だっていつも面倒見てもらってばかりじゃないんですよ?」)

    「その制服、似合ってますね」
     重たい大皿を運ぶ川西・楽多が、一緒にテーブルを回る源野・晶子に声をかけた。
    「や、あはは、ありがとうございます」
     わずかに照れながら、ほっぺたをポリポリする晶子。
    「えと、これはこっちで、これもこ、あ、そっちですか?」
     晶子は楽多よりも年上でありながら、グラスや飲み物をトレイに載せる仕草は、ふわふわとしてどこか頼りない。
    「慌てなくても大丈夫ですよ先輩。ゆっくりでOKです」
     にっこりとほほ笑んで、優しく晶子をフォローする楽多。先輩の前で格好つけようと余裕の素振りを見せているものの、その実、楽多も内心ではずいぶん緊張している。
    「……あ」
     皿を置く楽多の手が、緊張を隠しきれずにぎこちなく震える。皿の端が触れ合って、ガチャン、と音を立てる。
    「もしかして……川西さんも、緊張してますか?」
     カッコつけようと頑張っていたけれど、先輩に見透かされて。照れ隠しするように楽多が笑った。
    「お疲れ様です。よかったら、これどうぞ」
     会場の混雑がひと段落して休憩に入ると、楽多が飲み物と手作りの特製団子を晶子に手渡した。
     私も、と言って晶子が取り出したのは、こっそりと用意していたお菓子。ケーキの材料を使ってお団子を模して作った、サプライズのプレゼントだ。
    「すみません、急に誘っちゃって……今日はありがとうございます」
     もらったばかりのお菓子を、宝物を見つめるように大切そうに眺めた後、はむ、とパクつく楽多。ほんのりとした甘さが、口の中いっぱいに広がっていく。
    「お菓子、美味しいです。誘ってくれて嬉しかったし、凄く楽しかったです。ありがとうございました」
     晶子の顔に、まるで花がほころんだかのような―満面の笑顔が浮かんだ。

    「ふー、さすがに人多いんだぜ」
     額の汗をぬぐいながら、山崎・余市が空いてる皿を次々にトレーに乗せてゆく。
    「レンジ先輩と持ち場は違うけど、とにかくお仕事お仕事っ!」
     今日は先輩である杞楊・蓮璽と一緒に参加している。そうは言っても広い会場、持ち場は別々だ。
    (「しかし…この衣装は『やりすぎた』かも……」)
     今日の余市は、気合の入ったメイドさん衣装である。
     一方、蓮璽の方はファミレス店員風の衣装。両手にトレーを持って会場と厨房を往復し、どんどん空になるお皿と料理を交換してゆく。
    「落とさない様に慎重に重ねて……と」
     蓮璽が戻ろうと視線を前に向けたその時。蓮璽の視界に、メイド服姿の余市が飛び込んできた。
    「……あれ? 先輩いた」
    「ちょ、余市さん、なんですその格好!?」
     普段とは違う余市の可愛らしい姿に、蓮璽はたちまち釘づけになっていた。
    「……ってなんかボーっとしてるけど……、わー!? 先輩!? お皿落ちちゃうよっ!?」
     トレイから食器が滑り落ちそうになっているのを見て、余市が慌てて蓮璽のそばに駆けて行く。けれど間に合わず、食器は床の上に散らばった。
    「……全くもう、何やってるの先輩……」
    「だ、だって……すっごく可愛かったから見とれちゃって……」
     落とした食器を一緒に片付けながら、蓮璽がついポロリと本音をこぼす。その言葉に、余市の手が思わず止まる。
    「え、『アタシに見蕩れてた…』? ちょ、ちょっと何を言い出すんだぜっ!? ……あっ!?」
     カッシャーン。
     今度は、動揺した余市のトレイから皿が落ちた。顔を真っ赤にしながら、蓮璽の肩をトストスと叩く。
    「……も、もー! 先輩のバカッ! 何ニヤついてるんだぜー!」
    「えへへ……だって本当の事だし!」
     蓮璽がわずかに目を細めて―これ以上ないくらい、幸せそうな微笑みを、余市に投げかけた。
    「あなたと居ると自然と笑顔もこぼれてしまうんです――」

     今日は楽しい、クリスマス・パーティー。
     ワクワクとドキドキがいっぱいに詰まった、ハッピー・クリスマス。
     願わくば全ての人が、幸せな一日を過ごせますように。
     ――パーティーは、まだまだ終わらない。

    作者:猫乃ヤシキ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年12月24日
    難度:簡単
    参加:27人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 14
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