クリスマス~イルミネナイト・ヨコハマ

    作者:君島世界

     廊下の向こうから三角帽子が突進してくる。それは上履きのゴム底を削る音を立てながら教室の前で急停止すると、満面の笑顔で扉を引き開けた。
    「みんな! メリークリスマース♪」
     今回は珍しく転ばなかった須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)の挨拶に、集まった生徒たちも同じく声をあげて答える。まりんはガイドブックを掲げた腕を振りながら、三角帽子を外さずに教卓の後ろについた。
    「というわけで、横浜でクリスマスを楽しもう! 横浜の港、一面のイルミネーションに囲まれたふたりっきりの聖夜で、永遠の愛を誓う――ロマンチックだね! キャー♪」
     と、まりんは頬に手を当てて雑誌を振るスピードをさらに上げていく。彼女のドジを知る最前列の誰かの表情がみるみる変わっていくが、幸運なことに、彼女のガイドブックが空を飛ぶことはなかった。聖夜前の奇跡か。

    「さて、今回はオススメのスポットということで、3箇所をざっと紹介するよ。
     1つ目は『タワー内のショッピングモールと展望台』! クリスマスプレゼントをここで探すのもいいし、横浜一高い場所にある展望台から夜景を眺めるのも、きっと素敵になると思うんだ。
     レストランや喫茶店もたくさんあるし、室内で過ごすならバッチリの場所だよ! 問われるのは君のデートコース構築能力と、ふさわしいお店を見つけ出す選球眼だね! 学園を支援してくれてる人のお店もあるから、お得にアクセサリを手に入れることができるかも?」

    「2つ目は『大観覧車と遊園地』だよ! 夜空をゆっくりと回る観覧車の中で、そっと恋人の肩に手を置いて抱き寄せて、そのまま二人は――あわわ、言ってて自分が恥ずかしくなっちゃうね……えへへ。
     さすがにかなり寒いけど、ジェットコースターに乗り込むのも案外いい思い出になるかもね。あ、そうそう。観覧車には全体が透明になってる特別席があるから、上下左右の全方向パノラマを楽しんでくるのも面白いよ! ――ちょっと、いやかなり長めに並ぶことになるけどね……」

    「そして3つ目は、『倉庫ショップ街と野外スケートリンク』! 氷上の妖精として新しい自分を見せてあげるのもいいし、わざと苦手なフリをして相手の気を引くのも、まあその辺は計算ということで。腕を組みにいくか胸の中に飛び込みにいくか、それが問題だ……!
     それと、ここのお店はクリスマスグッズを中心に並べている所が多いようだねー。ツリーに飾るオーナメントや手彫りの木人形をはじめとして、クリスマスに食べる特別な料理の屋台もあったりして、静かで温かなクリスマスを満喫するならここだね!」

     と、まりんはここまでを一気に説明した。メモを取り損ねた者も少なからずいるが、おおよその雰囲気は皆しっかり理解したようだ。
    「さて、私からは以上だよ。実際にどういう展開にするかを考えるのは、私じゃなくて皆なんだから、どうぞ頭をひねってひねってひねり尽くして、相手と一緒に楽しめるベストなクリスマスを計画してあげてね!
     横浜はきっと、そんな君たちの頑張りを受け止めてくれる場所だから!」


    ■リプレイ


    「お兄ちゃんと~、横浜でお買い物~♪ ふんふふーん♪」
     スキップにハミングを乗せ、真純・白雪がショッピングモールへの歩道を行く。兄である真純・千明は足を速め、妹の隣に並んだ。
    「喜んでくれて嬉しいよ白雪。寒いし人も多いから、手を繋ごうか」
     差し出された手を白雪は素直に掴む。表情はいつもよりずっと楽しそうに、白雪は千明に尋ねた。
    「あのさ、二人っきりって事は……、これってデートだよね、デート♪」
    「うん、もちろんデートだよ白雪」
     そう千明が柔らかく頷くと、白雪は兄のコートに潜り込む。何を、と思う間も無く、背を預けた白雪が頭を後ろに反らせ、千明と視線を合わせた。
    「こんな寒い日は、二人でギュッてして温まるのが一番だよ、お兄ちゃん♪」
    「……うん」
     微笑む妹を袖で抱えて、笑み顔の千明はすこしだけ俯く。
     ――この子には、どんなプレゼントが似合うだろうか。

     ショッピングモールは一面を装飾に彩られ、外の夜景にも負けない華やかな光景を広げていた。そんな中を犬神・夕が先導し、混雑しているからと手を繋いだ天峰・結城が連れ添って歩いていく。
    「どのお店も見ていて楽しいですね、天峰さん」
    「ええ、出身の方にお任せして正解でした」
     繋げた結城の手は火照っていたが、本人はいつもの微笑に緊張を隠していた。
    「ありがとうございます。――さて、すこしこのお店に寄ってもいいですか?」
     夕が示したのは、シルバーアクセサリの専門店だ。どちらからともなく手を離すと、二人は店内を別々に歩いていく。
    「(天峰さんに、この前のお返しということではありませんが……せっかくですし、ね)」
    「(夕さん、もしかして私にプレゼントを贈ってくださるのでしょうか? そうでしたらお返しをしないのも……)」
     考えを同じくして、それぞれに相手のことを思いながら、二人は店内を探す。

    「見つけたよ。今日はこの店で雪花をコーディネートさせてね」
    「その、服のことはあまり分かりませんので、お任せしても……?」
     春原・雪花はすがり付くように、月風・雪花と手を繋いでいた。二人が到着したのは、あるブティックだ。
    「うん、これでもファッションモデルの端くれだからね……っと、こんなのはどう?」
     月風が選んだのは、赤いワンピースだ。服を受け取り、春原は目を輝かせて試着室へ向かう。
    「わあ……っ、可愛いです。あの……、どう、ですか?」
     スカートの裾をつまんで、ふわり一回り。春原のうかがう様な視線に、月風は微笑んで答えた
    「うん、すごく可愛い。けど、きっと雪花はもっと可愛くなれるからさ――」
     可愛いと言われ、春原は赤くなって頬に手を当てる。と、試着のままの春原の手を、月風が引いた。
    「せっかくだからさ、下着も見ていく?」
    「し、下着ですか?」
     恥ずかしさでさらに赤くなりながらも、しかし春原は断らない。

    「巳弥、何が欲しい……?」
    「……何でもというのは流石に不躾か、織部」
     多くの人が通り過ぎる店内で、一組の男女が会話を交わしている。一見すればどこにでもいる恋人同士といった風情だが、彼らの仲は、ある意味ではそれよりも遥かに深い――双子であった。
    「しいて言うなら、……首元が寒いから、マフラーを」
     さすりながら柊・巳弥が呟くと、
    「そう、か。では、少しこの辺を見物してるといい。すぐ戻る」
     柊・織部は間をおかずその場を離れる。が、世界の誰よりも近く長く在る二人は、すぐ同じ荷物を抱えて再会した。
    「――何だ、お前も買ったのか」
    「俺が織部に贈りたいと、単にそれだけだ」
     向き合い、二人は相手の色に染められたマフラーを掛け合う。お互いの首に渡された温かさをそっと巻いて、展望台へと向かった――つかず離れずの、いつもの距離を保ったまま。

    「デートの作法は、街のおじじとおばばで慣れておる。あなたに段差があるからの、心するがよいぞ一二三」
    「ありがとうございます、シルビアさん。……あ、カフェはそろそろですね」
     先行するシルビア・ブギと、その手に引かれる四五六・一二三。窓際の席に座った二人は、雪降る夜景をしばらく眺めていた。
     注文した紅茶とケーキが到着しても、シルビアはキラキラ輝く景色から目を離さない。雪を眺めるその視線を追って、一二三も同じく空を眺め、
    「シ、シルビアさん――っ!」
     感極まって、思わず。
    「好きですっ!」
    「え、にゃ……にゃあぁ?」
     呆然とするシルビアに、一二三は思慕のありったけを告げる。笑顔の可愛らしさ、ステキでカッコイイところ――、そして、気づいたら、と。
     二人は深呼吸で落ち着きを取り戻し、シルビアは本心を告げる。
    「正直、いきなりで困惑しておるし、誰かと恋人になるとか考えた事もないのじゃ。……ゆえに、妾を惚れさせてみるがよい!」

    「やはー♪ このパフェめっちゃ美味しいよ、レン! 寒い季節に冷たいもの食べるのって、すっごい幸せ」
    「歩夏がそんなに喜んでくれるんなら、おごった甲斐もあったってもんだな」
     展望台の喫茶店、夜景の見える一角で駄弁っているのは、大松・歩夏と後籐・恋だ。歩夏の前には一番高価なパフェと、プレゼントしたばかりのバッグが置かれている。
    「あとほら、夜景もきれーだぜ! いいよね、こういうの?」
     恋が示す先には、雪とイルミネーションとの幻想的なパノラマが広がっていた。歩夏がその光景を顔を上げて見つめる横顔を、恋は横目で見ている。
    「(……っていうか! 誘って、オッケー貰って一緒にいるって! 歩夏にとってもデート……だよな?)」
     その事実に今頃気づいた恋が、歩夏にそっと視線を向けた。気づいた歩夏は、一番の笑顔を見せて言う。
    「いいよな、こういうの。バッグも、パフェもさ。ありがとな、レン!」
     大好きだよ、という想いだけは秘めて。

     照明を絞られた展望台は、見渡す限りのイルミネーションと一続きになった空間のようで、いる者はあまり口を開かず、隣にいる誰かと静かなクリスマスの夜を眺めている。
    「ハル、こっち。ここからが一番よく見える」
     王莉・奈兎は友人の名を呼び、隣に誘った。外を間近で見られるこの付近は人多く、明石・希春は奈兎と肩触れる距離に身をねじ込む。
    「……俺、展望台来るのって、初めて。月並みだけど、きれーだ、な」
    「ああ、野郎二人で勿体ねぇくらいの絶景だ」
     夢中に眺めるしばしの沈黙の後、ふと奈兎は口を開いた。
    「そーいや、何でも願い、叶えてくれるんだって? 『何でも』なんて言うから、変に悩んじまったぜ」
    「ああ、忘れるわけないだろー。年に一度の誕生日プレゼントだったんだからよ。で……」
    「……なら、俺が遊びたいときには、付き合えよ。相棒」
    「ん、上等」
     約束を交わした二人は、お互いの拳をコンと当て、約束を交わす。

    「今日は楽しかったです、キアさん。ありがとうございましたっ!」
     と、新・一が展望台から見える夜景を背にして礼を言うのを、編堵・希亜は静かに微笑んで受け取った。
    「……こちらこそ、とっても楽しかったよ。……非の打ち所のないくらい」
    「あの、さっきの手袋とか、どうでしたか? 色とか、デザインとかが気に入ってなかったら――」
    「……そんなことないよ。……宝物にする」
    「下見の時に見つけた、僕なりに雰囲気がいいなーって思ってたあの喫茶店は――」
    「……これからは二人の定番だね」
     希亜の笑顔には嘘がない。プランが成功したことにほっと息をつく一の袖を、ふと希亜が引く。
    「……そうだ、これを」
     希亜が一の手に置いたのは、同じ誕生月の二人に共通する誕生石、ターコイズのついた携帯ストラップだった。
    「……危険とかを避けてくれるんだって。……お守りに、ね?」
     重ねられた手をどちらからともなく握り合い、二人はそのまま、横浜を後にした。


     日が暮れた横浜の街を、時計よりもゆっくりと大観覧車が回る。その百を超える席の一つに、恋人同士の視線を交わす九重・風貴と九重・透の姿があった。
    「透、その水筒は?」
    「水筒ではないですよ、風貴殿。冷めてはいけませんので、保温の効くお弁当をと思いまして」
     取り出したお弁当の中身は、卵焼きにハンバーグ、グラタンといった――、
    「俺の好きなものばかりだ! 嬉しいな、覚えててくれたんだ」
    「美味しくできているといいんですが」
     差し出されたカップと箸を手に取り、さっそく取り掛かる風貴。こんな冬の夜でも、口にする手作りの品と肩から伝わる体温は、暖かかった。
    「世界って、こんなに素敵だったんですね……」
    「君と一緒だと、ささいな事でも凄い楽しく、美しく思える」
     頂点を越え、すこしずつ地上に戻り始める観覧車。さり気なく透が背中に腕を通してくるのをまねて、風貴も恋人を抱きかかえる。
    「……好きだよ、透」
    「ん、私も――大好きだよ。風貴」

     遊園地の散策を一通り終え、休憩ということで観覧車に乗った銀・ゆのかとセレナ・エスカレーチェ。上体を後ろに返し、窓の外、湯乃花荘がある方角を眺めるゆのかに、ふわっと暖かいものが掛けられる。
    「あれ、これは?」
    「プレゼントにマフラーです。……普段はクラブのほうで忙しくて、こうやって二人でゆっくりする機会、ありませんでしたよね」
     そうですね、とゆのかは向き直って言った。
    「最近は、下宿のお手伝いも忙しかったですから。女将と仲居さんという立場抜きでこうやって遊びに行くのも、ずいぶん久しぶりです」
     握られた手に驚きながらも、ゆのかはセレナの手を解こうとはしなかった。
    「セレナさんがいなかったら私、きっとてんてこまいになっていたでしょう。だから、これからも――」
    「はい。私でよろしければ、これからもずっと」
     セレナの手が腕をつたい、ゆのかの肩に回った。
    「ずっと、支えますから」

    「クウね……、千李くんのことが、好きだよ」
     夕闇に照らされる観覧車内。天ヶ瀬・空の告白に、しかし皇・千李には、それは受け入れられなかった。
    「気持ちは嬉しいよ、空。けど俺には、好きな人が居るんだ」
    「――うん、分かってる。クウはクウの心を伝えたかっただけだから」
     さびしげな笑顔を浮かべて、空は千李の隣に座る。
    「じゃあさ、その好きな人ってどんな人なのか、クウに教えてくれる?」
    「ん、そうだな……。いつも明るくて元気で、俺にはないものを色々と持っていて」
    「うん」
    「普段はそこまででもないんだけど、ときどき凄く可愛い反応や表情を見せてくれるんだ。あの人は、命を――」
     と、千李の唇が空の人差し指に止められた。
    「はい、ストップ。千李くんはその人を本当に大好きなんだね。……羨ましいな、その人」
    「俺は、空のことも嫌いじゃないよ」
    「あはは、その台詞はずるいなー、千李くん。じゃあ一つだけ、お願いしてもいいかな」
     ――私のこと、ギュッとして欲しいな。

    「綺麗……。これが人の築き上げてきた命の灯……」
     シャルロット・ノースグリムとハルトヴィヒ・バウムガルテン、二人を乗せた観覧車が、横浜の夜空へ昇っていく。
    「そうですね……。そして、これ全てが私達の生きている証です」
     地では電飾として明滅し、空では月色の雪として踊る、幻想的な夜景を上下に置いて。
    「ハルトと出会えてよかった。学園に来て、良かった」
     隣にいて、言葉も難なく交わし合える距離。お互いにそれを許すからこそ、踏み越えたい、踏み越えさせたい境界がある。
    「私もですよ、シャル。貴女に会えてよかった。貴女がいたから、私は変わることが出来ました」
     シャルロットだからこそ判るハルトヴィヒの真実の微笑みに、彼女は観覧車の軌道の頂点を自分から乗り越えて、彼の隣に座った。
    「この幸せを、ずっとずっと抱きしめていたいから、来年またここに来ようね?」
    「ええ、来年も、再来年も、貴女と共に時を刻みましょう」
     そして捧げた唇は――応えられる。

     この遊園地の大観覧車には特別席がある。全席数のうち二席のみという少なさだが、床を含めたほぼ全周が透明の建材でできており、乗り込み口前には常に誰かが並んでいるほどの人気を誇っている。
     長く伸びる列を見て相談をしているのは、海堂・月子と稲峰・湊だ。列を見れば、さすがにこの寒さは堪えるらしく、背を丸め震える姿がちらほら見受けられる。
    「ん……と、折角だし、特別席に乗りたいから並ぶわ」
    「はい。ボクもお供します」
     結果二人も並ぶことに決め、隣同士で列の最後尾に着いた。そこに立ち止まってすこし震えた湊の右手に、月子は微笑んで左手を添え、繋ぐ。
    「こういう時は、手ぶらはダメよ。それにほら、こうしてるとちょっとは暖かいでしょ?」
    「あ、はい! 月子さんの手、暖かいや♪」
     その喜ぶ顔を見て、月子は器用に片手で荷物を取り出し、湊と一緒に身に着ける。それは赤い長マフラー、もちろん一本で二人同時に使うことができる物だ。
    「もう一つ湊くんにプレゼント。これで、もっと暖かくなれるよね」
    「え、えへへ! 凄く暖かいよ!」
     同じマフラーで体温を共有する二人。寒さを忘れ、頬を同じ桃色に染めて、列の流れを待ち続けた。

    「クリスマスか、これほど待ち望んだのは生まれて初めてかもな」
     観覧車の列にいる山岡・鷹秋と天堂・鋼。二人は周囲の目を気にせず二人は手を繋いていた
    「私もすごく楽しみにしてたよ。けど、鷹秋はどうして?」
    「そうだなあ、密度っつーの? ガキん頃とは全然ちげーし。つまり――なんだ。鋼もわかってんだろ?」
    「うん」
     重ねた手の温度を大事に思っていると、それだけで待ち時間は過ぎていった。昇るゴンドラに連れられて、二人は夜空の一部となる。
    「わぁ、ほんと高いね、――鷹秋」
    「……ああ」
     夜景を眺めつつも、鼓動を止められない鋼。外を見る振りをして、鋼から視線を離さない鷹秋。
    「鋼、俺は」
     軌道の頂点、最も高い位置で鷹秋は鋼を抱き寄せた。
    「何度と囁いて、それでもまだ溢れてくるが。俺は鋼が好きだ、大好きだぜ」
    「私も……大好きだよ。鷹秋」
     答えようと、伝えようと考えていた言葉は口にできず、鋼は瞳を閉じて、鷹秋を待つ。

    「外、寒かったねーっ」
    「うん、随分寒かった」
     特別席への待ち時間を、寄り添って過ごした神崎・結月と青海・竜生。ぎゅっと抱き締めてくれていた結月に甘え、竜生も結月の肩を抱き寄せる。
    「ね、ゆき。水筒の紅茶がまだあるから、ここで飲んじゃおうよ」
    「うん! 夜景を見ながらお茶って、なんだか素敵だね!」
     竜生が水筒のコップに注いだ紅茶へ、結月がゆっくり口をつけた。同じようにして、今度は結月が注いで竜生に勧める。
     一息ついてベンチから外を見れば、昇る特別席からの特別な夜景が目に入った。
    「わあ、下にある建物もみんな小さく見えるや。これが全部横浜なんだね……」
    「星空も夜景も綺麗! すっごーい!」
     と、急に立ち上がった結月につられるようにしてゴンドラが揺れ、結月は転んで竜生の胸の中に飛び込んでしまう。
    「だ、大丈夫?」
     心配する竜生の声に、結月は胸の中で答えた
    「ゆきね、もっときらきらできるようにがんばるよーっ☆」
     笑顔で約束する結月の瞳は、星のようきらきらと輝いている。

     大観覧車の一室。特に会話のない雰囲気の中、有馬・由乃は対面に座る御子紫・雲英に意を決して話しかけた。
    「あの、雲英くん……。綺麗な、夜景ですね?」
     途中で目をそらしてしまう由乃に、雲英は見た目そっけなく答える。
    「夜景……うん、綺麗……」
    「今日はお付き合い下さって、ありがとうございました」
    「寝てる以外は俺割と暇だから、いつでも大丈夫だし」
    「観覧車は上に行くわけですけど、高いところ、大丈夫ですか?」
    「苦手ってわけじゃないはずだけど……?」
     いつもと違う由乃の調子に、雲英はかすかに眉を寄せた。何かを呟いていたらしいが、よく聞こえない。
    「ええと、『かくとだに』……? 今、何か言った?」
    「――なんでもありません。それよりも、よかったらまた、今日みたいに遊びへ行きましょうね」
     無理に笑った気配のある由乃へ、雲英は素直に答えた。
    「シノが良ければ、また誘ってよ。俺も……思いつけば誘う、かも」

     たった一つだけ紫に塗装されたという、幸福のゴンドラ。並ぶ間その話をしていた東雲・軍と風巻・涼花が乗り込んだのは、はたしてその幸福のゴンドラであった。
    「お、乗りたいって言ってたら乗れるなんて、ラッキーだったな……って?」
     ベンチの真ん中に座った軍の隣、わずかな隙間に涼花が自分をねじ込んでくる。
    「何であえてこっちに座んだよ?」
    「と、隣が、いいんだもん!」
     軍は抵抗を諦めてスペースを譲り、それから二人は夜空と夜景を見つめた。天の星と地の灯、どちらもまるで宝玉のようだ。
    「……案外、大切なものは近くにあんのかも」
     何気ない軍の言葉に、涼花はどきりとして言う。
    「すずの大切なものは、今、いちばん傍にあるよ」
     言っちゃったー! と涼花が内心に感じていると、軍がコートのポケットから小箱を取り出した。
    「いっくん、これ……?」
    「この星、すずの指が好きなんだってさ」
     二人の手の中できらきらと輝くのは、クリスタルガラスを冠した小さな星――指輪だ。

    「ジェットコースターも、お化け屋敷も……すごかった、ですね……」
    「楽しかった? 雪花ちゃん」
    「はい。全部……生まれて初めて、ですから」
     多くのアトラクションを楽しんだ久遠・雪花と悠月・哉汰。建物から出た雪花は、気になっていたものを指差した。
    「あれは、何という乗り物……ですか? ゆっくり動いて……、楽しそうです」
    「うん、あれは観覧車って言って……そうだ、一緒に乗ってみようよ!」
    「一緒に、……はい。是非……お願い。します」
     次の行き先を決めた二人は、まずは揃って歩き出す。哉汰は普段の歩調だったが、雪花は無表情のままペースを上げ、いつの間にか数歩前に進んでいた。
    「(テンション、上がっているのかな?)」
     哉汰が隣に追いつくと、スピードを落とさず、雪花が言う。
    「悠月さんは、いつも私の知らない事を……教えて、くれます」
    「や、お安い御用。だからもし、雪花ちゃんさえよければ」
     また遊園地に遊びに来ようと、二人は約束を交わした――。


    「ほらほら、コロ君こっちだのー! はやくー!」
     買い物を終え先行する七咲・彩香の後ろを、荷物を提げた虹龍・虎狼が追う。先に目的地に着いた彩香が、リンクの柵に手を突いて虎狼に手を振った。
    「おー、スケートかぁ。やったことないけど、面白そうだな!」
     虎狼はバッグを揺らさないように彩香の元へ駆け出す。スケート靴の貸し出し手続きを素早く済ますと、二人は一斉にリンクへ飛び込んだ。
    「よっと……お、こうか!」
    「すごーい! コロ君うんどー得意だから、きっとスケートも一発で上手くなるのー」
    「そういう彩香だって、後ろ向きに滑ったりしてずいぶん余裕そうじゃないか――って!」
     夢中になっていた彩香がバランスを崩す。本人より一足早く気づいた虎狼は、すぐさま手を引き寄せる。
    「全く、危なっかしいな……。ほら、つかまれよ!」
    「あ。えへへ、ありがと。だいじょーぶだの!」
     握られた手を、彩香からも力を込めて握り返した。

     がちがちと音を立てて、静咲・きすいが履く靴のエッジがリンクに歯を立てる。一方のレンヤ・バルトロメイは、普通に氷上を滑っていた。
    「きすいさん、スケート苦手?」
    「苦手っていうか、そもそも運動はあんまり…っひゃ!?」
     わたわたしていたきすいが、一歩をしくじり転びそうになる。それを支えたのは、両手を取ったレンヤだった。
     崩れたバランスを引き寄せれば、引かれた方の重心は自然と相手の近くに移動する。かち、ときすいは足下を固定させて、笑うレンヤを恨めしげに見上げた。
    「ひゃ、だって。きすいさんの悲鳴なんて珍しいね。可愛いー」
    「この……。こっちは必死なんだぞ」
     そっぽを向くきすい。だが態度とは裏腹に、繋いだ手を払わず逆に握り返した。
    「レン、手を離したらただじゃおかないからな……っ!」
    「ただじゃおかないって、何されるんだろー」
     レンヤはおどけたように答えながら、きすいが痛くならない程度に力を強める。

     堀瀬・朱那を中心として、影縫・夜也とアシュ・ウィズダムボールの『空部』三人は、クリスマス真っ盛りのスケートリンクへやってきている。朱那が二人の腕を抱え、両手に花状態でリンクに滑り出すと、その人の多さに夜弥がつぶやいた。
    「なんだかとても仲良しさんがいっぱいね。みんな冬休みなのかな?」
     その感想に対抗するように、朱那が声を上げる。
    「仲良しだったらラあたしも負けてないヨー! なんたって、空部のコはみーんナ、あたしの恋人だからネ!」
    「恋人――え、あの、そういうことだったんですか?」
    「……あのさ、シューナセンターはいろいろマズいと思うんで、俺離れて滑ってるわ。……離せって」
     腕をぶんぶん振り回して、朱那から離れたアシュ。逆サイドにいた夜弥が朱那に腕を組まれ、頭を横に振りながらも滑らされていくのをしばらく見ていると、朱那がこちらに向き直る。
    「夜弥も慣れてきシ、体も暖まってきたかラ、競争しよ! 負けたらなんかオゴリー!」
    「競争? いいね。遠慮なく滑らせてもらうぜ!」
    「そういうことなら……うん。わたしも精一杯がんばるね!」
    「じゃ、どこか並んで滑れる場所ハ……」
     あった。見つけた朱那を先頭に、コース状に空いたスペースへ向かう面々。
    「絶対シューナはなんかやってくるけど――」
    「――こういうクリスマスも、いいですよね」
    「おーイ! ここだヨ! 来たまえあたしのラヴァーズ!」
     手を振る朱那に、残る二人も微笑んで追いついた。

     スケート靴を履いた久々宮・千秋がリンクに入ると、先に中にいた榛・桂花は、千秋を待つように柵に手をかけ、ぴくりとも動かないでいた。
    「お待ちしてました、千秋ちゃん。それでは、行きましょうか」
    「ん。まず慣らしで一周――おい桂花」
    「いえ! 滑れない訳じゃないです。けど……良ければ手を繋いでくれませんか? デートっぽく」
    「デートじゃないっ! それと滑れないなら先に言え馬鹿」
    「それじゃ、今からデートしましょう? あとコツを教えてくれると嬉しいな」
     と、桂花は片手を離して千秋を掴む。前に進む体制だった千秋は桂花を引っ張る形となり――。
    「……手。服掴まれたら滑れないだろ」
     千秋から手を取ってくると、桂花は頬を赤らめた。
    「千秋ちゃん、スケート得意ですよね。だから今日は、リードしてくださいね?」
    「言うからには、今日だけだぞ」
     期限付きだが、それは確かなデートの承諾。桂花は小さく、聞こえないように、大事な一言を呟いた。

    「うわわわ~! おっきな氷なのですよぅ!」
     初めて見る光景に感動する天城・優希那。その足元では、護宮・マッキが優希那の靴紐をしっかり結んでいた。
    「すごいですねぇ! こんなの大きな氷どうやって作るのでしょう?」
    「リンクの下に管が通っていて、それで冷やして作るんだって聞いたね。ここもそうなのかな?」
     仕上げたマッキは結び目をぽんと叩く。、
    「終わったよ優希那。痛くないかい?」
    「ありがとうございます! いつもの靴よりきつめですけど……はい、大丈夫です♪」
     足首の動きを確かめて、人生最初の滑り出しに挑む優希那。片足だけがしかし前滑りしていって――。
    「あぶない!」
     間一髪、マッキは飛び込むように優希那を抱き拾った。優希那は閉じた目を少しずつ開け、その人の名前を呼ぶ。
    「マッキ、様?」
    「ふう。優希那、怪我はない?」
    「あ、はい♪ おかげさまで!」
     マッキの腕は、肩と膝の後ろを通って優希那を支えていた。
    「(――あれ、でもこの姿勢って……?)」
     どちらともなく、気づく。

    「友梨はスケート初めて? 俺が教えてあげる」
    「あ、うん。お手柔らかに……って!
     竹宮・友梨の手を引いて、洲宮・静流はゆっくりと滑り出す。連れて行く先は、捕まるもののないリンクの中央だった。
    「ちょっ、いきなりセンターはないよ!? 僕みたいな初心者には無謀だって!」
    「いや、端は人が多いから、足元が荒れて危ないんだ。だから、氷面の滑らかな中央で練習する方がいい」
    「うぅ……、ならせめて、手離さないでな……?」
     正面を向け合い両手を繋いで、後ろ向きに滑る静流と合わせる友梨。ふと二人の視界に、リンクの外の倉庫ショップ街が入る。
    「そうだ。あの倉庫の所、オリジナルのレザーアクセが作れるお店があるんだ。オーダーメイドもいろいろやってくれるって。
     折角だし、相手が身につけるものを作らない?」
     指差す友梨に頷き、静流は自然と横並びへ移動した。
    「なら、友梨にはきっと花が似合うから――」
     お互いに案を考えつつ、今しばらくは氷上を楽しむ。

     倉庫ショップ街、とある喫茶室。注文した物を手に、式道・黒鵐は壬風音・ゆすらの待つ席に戻る。
    「ゆすら、今戻ったぞー。で、スケートはどうじゃったかのぅ?」
    「おかえり黒ちゃーん! ちょっと怖かったけど、黒ちゃんがいてくれたから安心だったよ」
     ホットショコラのカップを手に、冷えた指先を温めるゆすら。
    「皆の笑顔も風もキラキラしてて、とっても楽しかったの!」
    「楽しかったか? なら良かった。ワシも一休みじゃ」
     抹茶ラテを少し口にした黒鵐は、フォンダンショコラを切り分けていく。それにフォークを一本刺すと、ゆすらに差し出した。
    「あ、黒ちゃんくれるの? あーん♪」
    「ほれ、あーん。さて、ゆすらももう少し滑れるようになれば、スケートはもっと楽しいぞ?」
    「むぐ……あ、それ! 何で黒ちゃんも皆も、あんなすいすい滑れるのぅ?」
    「まぁ、何となく? うまく解説できないのう」
    「そんなもんなんかぁ……。なら次は、黒ちゃんももっとちゃんと教えてね?」

    「ライブ帰りで遅くなりましたが、まだ屋台はやっているようで。よかったですね、ジョーさん」
    「おお。さすがに消耗してっからなあ。スケートはやめて、屋台を見て回ろうかぁ」
     部の仲間たちと別れ、二人で来た狗川・結理と万事・錠。冬の寒さに汗は冷え、立ち止まっていると身震いをしてしまう。
    「何か温かい物でも食べましょう。ジョーさん、ここから見てオススメなのありますか?」
    「美味そうなの……お。ユウリ、あの屋台よさそうだぜ! ソフトドリンクも出てるから、ライブの成功を祝って乾杯でもすっか?」
    「はい、決まりですね! ――って、やっぱり寒いか」
     手袋もなくむき出しの指に、結理は息をかける。降り始めた雪は体温に解けていくが、錠は結理の手先を掴み、そっと自分のポケットに招いた。
    「あ、ジョーさん?」
    「指は大事にしろよな……バンドマンなら」
    「――はい」
     お互いに絡み暖めあって歩く夜道は、色とりどりに飾られ、鮮やかに輝く。

    「クリスマスに女子と歩くとか、少し前まで都市伝説だと思ってたんだけどなぁ」
    「俺も参加できるとは思わなかったからなぁ。お誘いありがとうなー、クック♪」
    「お、おう……。シューもありがとな、居てくれて」
     金髪男子と着物女子。目を引く組み合わせでショップ街を行くのは、玖・空哉とシュナイデ・スノウラインだ。
    「けど、ンなに財布の余裕も無ぇか。二人で回れるってのは十分嬉しいけどさ」
     シュナイデのその言葉に、せめて何かをと思い、空哉はあたりを見回した。
    「お、どしたクック。俺と愛の逃避行か?」
    「数歩の距離に逃避行もねぇって。それよりほら、これ」
     空哉が手に取ったのは、雪ダルマのストラップ。手早く会計を終え、シュナイデに手渡す。
    「安物だけど、やるよ――ってシュー、いきなり抱きつくな! 人前!」
    「やった! 俺嬉しいよ、クック! ……うん、本当に」
     空哉の肩に顎を乗せたシュナイデは、しばらくその緩んだ表情を治せそうにない。

     クリスマスの夜景に誘われて、倉庫前を行く黒崎・秀一と姫橋・憂妃。眺める憂妃の頭を、秀一は優しく撫でて言った。
    「次はショッピング……の前に、屋台も覗いてみるか」
    「ワインは、大人まで、我慢。でも。ホットチョコレート、なら!」
    「ジャーマンソーセージとかも向こうにあるが、食うか?」
    「それじゃ、チョコも半分こ。あったまろ」
     一息、落ち着いた二人は、倉庫内のショップ外に入る。クリスマスグッズに彩られたここは、外のイルミネーションにも負けず華やかだ。
    「ワァ。この、小さなリース。雪の結晶が、モチーフで。可愛い!」
     憂妃好みの小物やオーナメントが置かれているこのお店で、秀一は、憂妃が眺めていたリースを軽く手に取る。
    「何ならこれ、買ってやるぞ? プレゼントに、な」
    「……クリスマスプレゼント? ……今日は、初めてが、沢山だ、なァ。エヘヘ……♪」
     暖かな気持ちをくれる恋人に、憂妃は笑顔で幸せだと告げた。

    「す、滑るー!? お、お姉ちゃんー!」
    「ひゃ!? ごめん、私もだめかも?」
     礼服のような意匠を学生服に凝らした日之瀬・海と、ふわふわスカートのワンピースでおしゃれをした泉谷・まりい。二人がスケートリンク上で揃って転倒する瞬間、海は反射的に自分の体を下にした。
    「わ、海君? ケガはない!?」
    「……うん。ごめん、お姉ちゃん」
    「私は大丈夫! さ、風邪引いちゃう前に、ご飯で休憩にしよ?」
    「あ、ならチキン! クレープもあるかなあ」
     場所を変えた海は、宣言した通りの料理をおなか一杯に食べる。ウエストの関係からあまり食べられないまりいは、ふと海が眠りそうなのに気づいた。
    「あ……きちゃった……お姉、ちゃ」
    「あらら。よっぽど楽しかったんだね、海くん」
     動けなくなった海をおぶるまりいは、背中で眠る海へと語りかけた。
    「お疲れさま。大人になったら、君が私をおんぶするんだよ~」
    「ぐぅぐぅ……お姉ちゃん、大好き……」
     そうして帰る夜道は暗く、しかし寄り添った相手の体温は、どこまでも確かで――。

    作者:君島世界 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年12月24日
    難度:簡単
    参加:59人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 12/キャラが大事にされていた 3
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