ミネルウァの夜

    作者:遊悠

    ●倶楽部ミネルウァ
     都市の地下、生ゴミのような臭いが立ちこめる下水道。その一角に、廃水流るる不浄の場としては不釣合いに小奇麗な、洋間が設けられている。
     洋間の中心には古めかしい円卓が備え付けられており、5人の男達がその卓を囲んでいる。暗い室内では灯る蝋燭の仄かな明りだけが揺らめいていた。
    「ウサロ・ドゥナオン・サードナ・サルドナ――」
     謎の言葉を詠唱する男達の茫洋な視線は、円卓の中央に鎮座する首を斬られた梟の頭に向けられている。その抉られた眼孔からはしとどに赤い液体があふれ出していた。
    「おお、見よ。我等の天使が涙を流しておられる」
    「血が足りぬ。血が足りぬのだと哭いておられる」
    「必要なものは、八つの梟首だと囁いておられる」
    「我が首を朱に染めよ。生贄の首は切り取り、四肢は更に八つに別て。心臓は抉り取り不浄の水に浸せ」
     悪魔崇拝のような儀式めいた言葉を、四人の男は一人の男――男は新参者のようだ――へと告げる。四人の男は、一斉に声を高めた。
    『生贄が必要だ』
     告げられた男の表情が強張る。しかし瞳には狂気を宿し、悪意に飲み込まれつつある心に自制心は存在しない。装飾を施されたナイフを手に頷き、獣のような咆哮をあげる。
    「我々は翅の一つ。梟の翼の一片。これより新たな同胞が産み落とされる」
    「その時は何れか?」
    「黄昏時。逢魔が時にて」
    「ミネルウァの梟は黄昏に飛び立つものなれば」


    「やーやー、皆集まっているみたいだね。葉子さんだよッ!」
     汀・葉子(中学生エクスブレイン・dn0042)が意気軒昂と現れた。少々鼻息が荒いのは、事件の深刻さゆえか。
    「実はね、とある奇妙な組織による事件を察知したの。六六六人衆のように、日常的に殺人を犯している組織の事件なんだけど……どうやら彼等じゃなくて、一般人が事件を引き起こしているみたいなの」
     少し考えるように、葉子は首を捻らせる。
    「『倶楽部ミネルウァ』っていう組織みたいなんだけど、聞いた事ないよね? 葉子も聞いた事ないんだけど、どうやら何かに強化された一般人たちが、倶楽部の仲間を増やす儀式として、殺人を繰り返しているみたい。皆への依頼は、倶楽部ミネルウァの調査と、その壊滅だよ。そんな胡散臭い組織はずばっと叩き潰しちゃってあげて!」
     宜しくお願いね、と葉子は頭を下げた。
    「倶楽部のアジトは、どこか暗いところ……地下にあるみたい。何処に存在するかは解らないから、先ずはその場所を特定する必要がありそうね」
     そして一枚の写真を取り出す。写真には頬のこけた男が写っている。
    「この写真を見て。この人が倶楽部ミネルウァの会員の一人みたい。彼が殺人を犯して、その成果を報告しにいく未来が見えたわ。彼は新しい会員で、何の力もないただの一般人みたい。彼を尾行していけば倶楽部の場所も特定できるはずよ。いい、尾行中は決して目立たず、見つかっちゃ駄目よ?」
     写真の男と接触できるポイントは任せておいて、と印のついた地図を葉子が灼滅者達に配り始める。
    「この男を含めて、会員の人数は5人。場所を特定してなだれ込んでしまえば、きっと相手は袋の鼠ね。決して逃がすことのようの無いように――」
     続く言葉を、葉子は言いよどんだ。
    「……会員の4人はきっと元には戻れない、ね。写真の男の人も、きっともうその手は汚れちゃっているから――どうするかの処断は皆に任せるわ」
     言葉が重い。何ともいえないやるせなさが言葉を重くしているようだった。
    「後味の悪い依頼になるかも知れないけど、ダークネスの暗躍を許しておくわけにはいかないわ。灼滅者としての使命を忘れないでね。うん、月並みだけど皆のこと信じているから!」


    参加者
    セリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)
    神薙・弥影(月喰み・d00714)
    朧木・クロト(ヘリオライトセレネ・d03057)
    狗洞・転寝(風雷鬼・d04005)
    イリヤ・ミハイロフ(ホロードヌィルナー・d07788)
    十一月・綾音(紫水晶のような記録者・d09872)
    黒須・誠(高校生殺人鬼・d10536)
    花廼屋・光流(レプリカ・d10910)

    ■リプレイ

    ●巣を探せ
     男は昂揚していた。
     初めて人間を手に掛けたあのナイフの感触、自分の周りを意味も無く動いている下らない日常からの脱却。そしてこれより開かれるはずの、新たな世界。何かを夢見る無邪気な子供のような、独り善がりの達成感は男の胸を高鳴らせていた。
     故に、気付けない。
     自らを尾行する人間の存在、特に気配の無い『感知せざる尾行者』が存在するなど、露ほども気付いてはいなかっただろう。
     男は申し訳程度に辺りの様子を探ったのち、目的の場所へと急いだ。
    「――潜った」
     闇を纏ったセリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)は、人気の無い場所から下水道の入口に消える男の姿を確認した。同じく闇を纏うイリヤ・ミハイロフ(ホロードヌィルナー・d07788)に目配せをすれば、彼は軽く眼鏡の位置を直す仕草を見せた。
    「ミネルウァ――知恵や医療、あと戦争を司る女神だったかな。その信奉者の集う場所がこんな場所とはね」
     イリヤの肩に小さな猫が飛び乗った。それは姿を変えて尾行を行っていた十一月・綾音(紫水晶のような記録者・d09872)だった。
    「全くねぇ、辛気臭いトコロに潜り込んだものだコト。毛並みに匂いがつかないか心配だわ。だけど、こっちに全く気付かないだなんて。気合入れて猫の姿になる事もなかったかしら」
     綾音は言葉に妙なシナを作り、猫のような仕草で身体を伸ばしそのままイリヤの横顔にごろにゃんとし始めた。
    「……どうでもいいんだけど、綾音。君ちょっと近すぎないか。僕に」
    「あらやだ。そお? でも気にしないでね、軽やかなスキンシップはオネェの嗜みなのよ」
    「そういうもの、かい」
     納得したのかしないのか、それでも然程気にした様子も無く。イリヤは手頃な場所に糸を巻きつけている。後ほどこれを辿った援軍と合流するという算段だった。
    「準備が出来たのなら、急ごう。ここで見失ってしまうと、元の木阿弥になってしまうよ」
     尾行対象の目視を怠らないセリルは、一行を先へ先へと、奥へ奥へと下水の中へ先導していく。
    「――悪臭を超えて死臭すら漂ってきそうな雰囲気だわ。こういう場所だと、音が響くはずだから足音には注意して行きましょうね。……無音歩行というのも難しいかもしれないけどね」
     途中、極めて小声で神薙・弥影(月喰み・d00714)が注意を呼びかける。その甲斐もあってか、尾行は静かに、最小限の音だけを奏でて行う事が出来た。
    「猫の姿になって、逆に良かったのかも知れません。この姿だと足音の心配がありませんからね」
     綾音と同じく猫の姿となって、一歩後ろからついてきている花廼屋・光流(レプリカ・d10910)は、独り言のようにそう呟いた。
    「……初めての任務ですから、何事も失敗がないようにしないと――」
     光流の更なる呟き。ややもすると気負いすら感じられるが、それを耳にした弥影はゆるやかに首を振った。
    「大丈夫よ、花廼屋さん。一つの失敗は、誰かの頑張りで拭われるものよ。だから気楽にね?」
     余計な気を使わせてしまったのだろうか。光流はそんな事も考えたが、弥影の好意を無碍にする事は出来ず、素直な頷きを返して見せた。
     その後は皆一様に無言のまま、尾行を続けていた。
    「――……ここで止まろう」
     不意にセリルは尾行の足を止めさせる。それを合図に全員が尾行対象の男へと視線を送る。
     すると下水道には不釣合いと言っても過言ではない、重々しい扉の中へ男が入っていくのが見えた。狗洞・転寝(風雷鬼・d04005)は入口から印をつけていたチョークを袖口に仕舞い、神妙な面持ちになる。
    「他の皆に連絡をしよう――倶楽部ミネルウァ、見つけたよ」

    ●ミネルウァの夜
    「夜がきた」「夜がきた」
    「今は何時ぞ?」「戦と嵐が逃げさって、勝利が敗北に屈した時だ」
    「此は何処ぞ?」「見渡す限りの曠野の場、ただの一本止り木がある」
    「汝は何者ぞ?」「ミネルウァ! ミネルウァの梟! 新たな同胞! 第五の梟首!」
    「なればその証を捧げよ。主の爪にて抉り出したる心の臓。糞尿と汚泥に浸せ。命紡ぐ運命を愚弄せよ。冒涜せよ。嘲弄せよ」
    「サードナ・サルドナ」「サードナ・サルドナ」
    「アマタウ・オルクフ……」
     ――扉の奥からは、厳かでもあり熱狂的でもあるヘドロめいた言葉の数々が、染み出してきている。
    「……全く、言っている事もやっている事も俺には理解できんぜ」
     先行組が残した道標を辿り、合流を果たした朧木・クロト(ヘリオライトセレネ・d03057)が、漏れ出でる声に拒絶反応を示す。その表情には、不快感がありありと浮かんでいた。
    「梟は別に嫌いじゃないんだけど……これじゃイメージダウンよね。いい迷惑だと思うわ」
     同じく合流を果たした黒須・誠(高校生殺人鬼・d10536)、肩を竦めながら軽い言葉を皆に向ける。
    「それで、どうする? 見た感じ……というか此処まで歩いてきた感じ、入口はここ一つみたいだから、制圧するのは容易いと思うけど」
     猫から元の姿に戻った綾音は、誠の問いにさらりと答えた。
    「突入、しちゃってもいいんじゃない? 数の上ではこっちが有利よ。それに悪い事なんて、簡単に挫かれるものだわ」
    「賛成だ。シンプルで悪くない。こういう組織は完膚なきまでにぶっ潰してやろうぜ」
     綾音の言葉に、クロトは賛同し強く頷いた。
    「あら、頼もしいお言葉ね。惚れちゃうかも」
    「えっ……いやいや、それは遠慮しておくぞ?」
     真面目に答えるクロトに、綾音は我慢できずに笑いを零してしまう。
    「あはは、冗談冗談。本気にしちゃあ、やぁよ。アタシなりの身の解し方だから。気負い過ぎてもダメ、気が抜けすぎていてもダメ。多少軽口叩ける自然体の方が皆動きやすいでしょ?」
    「ん……あー……まあ、そうかもしれないけどな」
     成程、とクロトは得心言ったようだ。その様子に、これから突入するという灼滅者達の緊張も、程よく緩んだ様子だった。
    「うん。それじゃ、皆、行こうか。――クロ、キミも落ち着いて行こうね?」
     転寝は霊犬のクロに言葉を投げかけ、静かに吐息を吐く。
     灼滅者達は各々が顔を見合わせ頷いた後、一気に扉の中へと雪崩れ込んだ。
     当然その一連の行動は、ミネルウァ会員達も知る所となる。何らかの儀式の最中に現れた8人の集団は、彼らにとって晴天の霹靂と言う他無い。
    「何だ?」「何事か?」「何者だ?」「答えよ!」
     円卓に座る4人の会員が立ち上がり、一斉に声をあげる。
    「――少なくとも、この倶楽部への入会希望者では無い事は確かだわ」
     その答えとばかりに、弥影がスレイヤーカードを解放させる。
    「喰らい尽そう、かげろう――」
     会員達の体勢が整わず、機先を制した形となっている現状で、弥影は自らの影を空洞の瞳を持った狼として纏わせ、先ほどまで尾行対象だった男に嗾ける。
    「なっ、なんだこれ、うがあー!?」
    「『真白なる夢を、此処に』――」
     それに続いて、セリルが追撃を加え、男の意識を完全に眠りの世界へと突き落とした。
    「これでさしあたっての懸念は無くなったな。さ……それじゃ、やろうか」
    「蔵王権現真言……オン バキリュ ソワカッ!」
     一般人である男の無力化と同時に、イリヤ、転寝を始めとした灼滅者達は次々にスレイヤーカードの封印を解いていく。
    「なんということだ」「なんということだ」
    「やつ等は何者か?」「何者であるかは問題ではない」
    「ではどうする?」「ではどうする?」
    「供物!」
    「丁度八つの頭数である。我等が主の供物として、贄として捧げてくれよう」
    「我等はミネルウァの梟、夜の腸を食む凶鳥なり!」

    ●狂信
     襲い掛かってくるミネルウァ会員達。転寝はそれを迎撃する。
    「天鼓雷音真言――ナウマク・サンマンダボダナン・カン・カク・ソワカッ!」
     真言と共に、仄かに深い輝きを放つ転寝の錫杖が、シャァンと清んだ音色を響かせる。会員の一人の身を穿つ、轟く雷とは対照的な静かな音色は鎮魂の調べも兼ねている。
     弱る相手に、光流がナイフを携え躍りかかる。
    「ぐぉおあー!」
     悲鳴、切り裂く音、そして掌に残る感触。光流の中に得体の知れない高揚感が湧き上がってくる。今の自分は、殺す事を奏でている――悲鳴と殺戮の音がマッシュアップされているかのような、恍惚感。
    「(いけない――)」
     この感覚は、戻れなくなってしまう。口元に浮かぶ笑みを掌で隠しながら、沸き起こる感情に身を任せきったりはしない。だが、その瞬間を会員のサイキックソードは逃さず、斬り付けられる。
    「くっ……!」
     更なる追撃をと、ナイフを構えた相手が光流に突撃を行う。
    「そう簡単にはやらせないわ。狙いは読めるしね」
     が、それは自らも殺人の術を心得ているからねと、内心苦笑の絶えない誠によって防がれ、逆に反撃を許すことになってしまう。誠の切先は会員の急所を目掛けて斬り上げられた。
     攻防は一進一退。
     しかし、力を分け与えられた一般人と、戦いの中に身を置いている灼滅者達。人数の利もあってか、彼我の戦況差は徐々に、だが確実に大きな隔たりとなっていく。
    「小僧共が……!」「だが違う」
    「やつ等はただの小僧ではない」「何者だ」
     そしてその隔たりは会員達の困惑と混乱を以って、発露し始めている。
     だがそれでも彼らが灼滅者達に一矢報いる事が出来ているのは、自らを寄って立つ狂信によるものだろう。事実、彼らは傷ついた仲間、自らの手傷をものともせず、猛烈に襲い掛かってきているのだ。
    「我々には加護がある」「我等が主の愛がある」
     だがその狂信も、イリヤにとっては冷ややかに切って捨てる対象そのものだ。
    「それじゃ呼んでみれば? 君達の主を」
     会員達は顔を見合わせる。
    「そうだ。何故こない。何故現れない」「主は我等を見放したのか?」
    「否、これは試練」「主の与えた試練である。超えてみせる事で、我等の主は降臨なされる――!」
     自己を鼓舞し、奮い立たせ、行動理念を修復するかのように士気を上昇させる会員達の姿に、綾音は溜息を落とし氷の呪法を唱える。
    「たまらないわねぇ、よくそこまで自分達に都合よく考えられるわね」
    「ならその精神の根底を断つ――南無!」
     転寝の一撃が、指輪を繰る会員を撃ち伏せた。
    「そう――此処で、断ち切る!」
     続いてセリルの純白の、雪のような魔法の矢が放たれ、やはり会員の一人を撃ち伏せた。
     いくら精神力――この場合狂信力と呼ぶべきか――で抵抗を続けていたとしても、いずれはそれも尽きる。それならば、何度でも叩き伏せればいい。
     それを裏付けるように討ち倒した会員二名は、痙攣し起き上がってくる事は無かった。
     だが次の瞬間、灼滅者達は驚くべき光景を目の当たりにする――。

    ●梟は去った
    「おぶっぐぅお」
     奇妙な呻き声と共に、ミネルウァ会員の首が両断されている――!
    「なっ……」
     驚愕の色に染まった灼滅者達の瞳に映ったものは、大鎌を振り上げニタニタとした笑みで表情を歪ませる会員の――同胞であるはずの――一人だった。
     凶行はそれだけでは終わらない。力尽き倒れる仲間達の首に躊躇無く大鎌を振り上げ――降ろす。生臭い鮮血と共に、会員の首が胴体から綺麗に切り分けられる。
     狂気の宿主は収穫した果実を、腰からぶら下げるように括りつける。鮮血をたっぷりと含んだ該当は翼のように広がりを見せた。紅に染まった全身を掻き毟り、ゴリラのような咆哮をあげた。
     ――そして、咽び泣く。
    「オゥフ、オゥ、オゥフフ! 歓喜の到り――!! 我が身に主が宿り給うた! 見せろと言ったな、呼んでみせろと。ほうれ見よこの姿を! これがミネルウァの梟! 梟! 梟! この翼で黄昏を駆け、遍く者共の告死鳥となる!」
     それはまさに悪魔と化したかのような、おぞましい姿だった。しかし――。
    「あんた、イカれてるぜ。自己満足をしたいなら――一人でやってろよ!」
     クロトの弾丸が、狂える会員を貫く。相手は搾り出すような絶叫を上げて、我武者羅に大鎌を振り回し苦しみ始めた。――狂気に陥ったとは言え、所詮は人間である事の証明だ。悪魔の力が都合よく芽生えたわけではない。
     だが歪んだ行動理念にへばりつくような妄信と妄執は、自らの身と力を悪魔のそれであると信じて疑わず、更なる狂気を迸らせる。
    「ゴエエェェ――まだ足りぬ――おお、そうだ新たな同胞よ。汝も共に来るがいい――!」
     倒れ伏す新参の男に、忌むべき刈り取り鎌が振り上げられた。
    「それは、させない」
     その動きを、誠の黒死斬が止める。
    「人殺しは、遅かれ早かれ碌な死に方なんかしないけれど――」
    「――これ以上キミに悪魔の夢で酔わせるわけにはいかない」
     言葉を重ね合わせるように誠の背後から、セリルが颯爽と光の槍を衝き放った。槍に添うように連なる刃と共に、鈍く汚れた色に成り果てた紅を、閃光で浄化させる。
    「オヤスミ、悪夢の夜はもう終わりだよ」
     それは渦巻く妄念を断ち切るには、十分過ぎる程の一撃だった。

     熱狂の夢から、男が目を覚ました時。彼は自分が既に死亡しており、地獄に叩き落されたのではないかと錯覚した。それほどに目の前に広がる光景は凄惨なものだった。首の無い死体群、壮絶な微笑を浮かべて痙攣する血まみれの会員、壁一面の赤、赤、赤――その全てが男に現実感と正気を失わせた。
     発狂寸前の男にゆっくりと近づく光流の姿は、果たしてどう見えたのだろうか? 引きつった表情でケタケタと笑い続ける様からは、感情は一切読み取れない。
     光流はせめてこの凄惨な記憶を消し去るべく、吸血を行う。そのうち貧血に似た浮遊感を覚え、再び男は気を失ってしまう。
    「……あ、ごめんなさい。少し吸い過ぎたかも……でも、この場合は何も見ない方が良かったのかも知れませんね」
    「そうね。この人はまだ戻れる。だからこそ犯した罪は人の世で償ってもらわないと」
     死ぬ事も闇に落ちる事も許さない――そんな言葉の続きは呟く事は無かったが、弥影の表情は僅かに憂いを秘めるものだった。
     頷く光流は口元を拭い、吸血が齎す胸のむず痒さを抑えながらも、他の者達と共に辺りの探索を行った。
     見つかるものといえば、尋常ならざる散文の数々や、用途不明の器具、そして真新しいナイフが数本。どれも手がかりになりそうなものではなさそうだ。
     イリヤは円卓の中心を見つめ、眼鏡の縁を指で持ち上げる。そこには何かが鎮座していたような跡が確かにある。
    「……こういう集団ならば崇拝対象としての、何かしらの偶像があってもおかしくないんだが、ね」
     イリヤの言葉に、転寝もそれについて考えを巡らせる。
    「……最初から置いてなかったのか、あるいは――」
     転寝は重々しい扉に視線を送る。
     何処からともなく、何かが鳴くような声が部屋に響いた。
     それは灼滅者達の胸中に、僅かな棘のようなものを残すに十分な不気味さを孕んでいた。

    作者:遊悠 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年12月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 4
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