クリスマス~ナノナノさまにお願い

    作者:柚井しい奈

     街路樹に施された電飾。流れるメロディ。
     花屋はポインセチアの鉢にリボンをかけ、ケーキ屋のショーケースにはブッシュドノエルとマジパン細工のサンタクロースが並んでいる。
     もうすぐ12月24日――クリスマスイブ。
     赤と緑であふれかえる町に負けず、学園内では伝説の樹はクリスマスツリーへと変貌を遂げ、掲示板にはパーティの案内が貼られていた。
     年に一度のイベントをどう過ごそうかと弾む声がそこかしこから聞こえてくる。浮足立った空気に五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は唇をほころばせた。
    「皆さんはクリスマスの予定は決まりましたか?」
     友達とお出かけ? 2人きりでデート? あるいは皆でにぎやかなパーティ?
     どう過ごすにせよ、素敵な1日になればいい。
    「ナノナノ~♪」
     たおやかに微笑んでいた姫子は、通りすがりの灼滅者が連れていたナノナノに視線を滑らせると「そうそう」と人差し指を唇にあてた。
     
    「伝説のナノナノさまのことはご存知ですか?」
     
     武蔵坂学園に起こるクリスマスの不思議。
     クリスマスイブの1日、学園中にどこからともなく多数のナノナノが現れるのだ。
     その中でも1匹だけ特別なのが『伝説のナノナノさま』。ナノナノさまに祝福された2人はその愛を永遠のものにできるのだとか。
     だけど学園内のどこに、いつ現れるかはわからない。見ればわかると言われているが、果たしてどんな姿をしているのかも。
    「大切な人と一緒にナノナノさまを探すクリスマスなんていうのも、ロマンチックなんじゃないでしょうか」
     祝福してもらえたら素敵だし、会えなかったとしても2人で過ごす時間はいい思い出になるだろう。ナノナノさまに祝福してほしいと思える人と共にいることがきっと何より素敵なことだ。
    「そうでなくても、当日はたくさんのナノナノがいますから、ナノナノと一緒に遊びたい方も学園内で過ごされてはいかがですか?」
     人懐っこいナノナノたちは、皆と過ごしたがっている。
     お菓子を差し出したなら、つぶらな瞳を宝石みたいに輝かせるに違いない。
     おいかけっこしたら小さな羽根をめいっぱい羽ばたかせてくれるだろう。
     中には悪戯っ子がいるかもしれない。恥ずかしがり屋がいるかもしれない。だけど皆、楽しいクリスマスを過ごしたい気持ちは一緒だ。
     教室でパーティを開いて共に過ごすのもいいだろう。グラウンドで遊ぶのもいいだろう。
    「こんな1日を過ごせるのは武蔵坂学園のクリスマスイブだけですよ?」
     もしナノナノさまに会えたら、教えてくださいね。
     瞳を悪戯っぽくきらめかせ、姫子は小さく肩を揺らした。


    ■リプレイ

    ●メリーナノナノ
     電飾を施されクリスマスカラーに染まった伝説の木。校舎の壁には集まった生徒達がLEDライトを這わせている。日が暮れたらさぞや賑やかなイルミネーションが現れることだろう。
     挨拶代わりのメリークリスマスが飛び交う学園内に、それはいつの間にか現れていた。
     白い体に、赤い頬。胸にハートを抱いたその姿は――。
    「ナノナノ♪」
    「アレが……なのなの?」
     初めて出会った白い生き物に目を丸くした皐月の後ろからかかる声。
    「サツキちゃんも1つどうですか?」
     振り返ると、空がクッキーを差し出していた。
    「あっ! いきなり名前で呼んじゃってごめんなさい!」
     返事をするより早く消えてしまった笑顔に、皐月は首を横に振った。
    「ありがとう、頂くよ……クゥでいいかな?」
     空の瞳が輝いた。差し出した右手にさくさくのクッキーと2人の笑顔。
     ナノナノが弾むように上下に揺れて飛んでいく。
     咲那の顔が花開くように輝いた。兄の横から駆け出して、そうっと手を近づける。
    「ナノナノさん、サクと遊んでくれるかな?」
    「ナノ!」
     ふにふにした感触が掌に押し付けられた。ぎゅって、ほら、抱きしめて。
    「コセイ、遊んできていいですよー」
     悠花がわちゃわちゃしてるナノナノ達を指差せば、足元にいた霊犬が駆け出す。わふわふなのなの追いかけっこ。
     頬を緩めて悠花と織歌はティータイム。こっちを向いたナノナノにクッキーを差し出せば、嬉しそうにやってくる。
     おずおず手を伸ばして、思い切ってそのまま膝に乗せてみたりして。
    「サーヴァント、私も連れてみようかな」
    「いいと思います!」
     わふ。コセイも頷いた。
    「一緒に遊んできたら?」
     紗が視線を向けるけど、ヴァニラは背中にくっついて離れない。ダメかなとケーキを食べるナノナノ達を眺めたら、背中が重くなった。
    「ヴァニラ、焼きもち?」
     笑みをこぼしながら抱きしめる。
     気持ち、ちゃんと伝わった?
    「純白の衣纏いし、無垢な天使よ。これを食すがいい」
     クールな表情を崩さぬままお菓子を差し出す芳江。つまり何が言いたいかってナノナノ可愛い。
     ほっぺに食べかすをつけたナノナノがぴんと耳を立てる。ご馳走の匂いをかぎつけたみたい。
     中庭、七色に輝くクリスマスリースの前に並んだ七面鳥にチキンナゲット、クリスマスケーキetc。
     らぶりんの口にチョコを放り込んでやりながら、めぐみは匂いにつられたナノナノを手招いた。
     ナノナノは小さな羽根を動かして、あっちへふわふわ、こっちへぱたぱた。
     珊瑚はベンチに腰かけて、ふわふわ飛んでいるナノナノ達を眺める。ふっくらほっぺ、つぶらな瞳。自然と唇が旋律を紡いだ。
    「……ナノナノさん……もふもふ」
    「ナノナノナ~♪」
     歌の好きな子、よっといで。
    「クリオネをもっちもっち……」
     お菓子を詰めた袋を手に命は周囲を見渡した。
     木の裏から、花壇の向こうから、白い影がふぅわりふわり。
     光流がチョコをばらまいてみる。あ、普通に口から食べるんだ。
    「まるで水族館に来たいみたい、いや、流氷の中かな?」
    「なんだか学校中が雲でいっぱいになったような。すごい!」
     千佳が両手を広げる。あっちもこっちもナノナノだらけ。ナノナノ、だら……。
     命が振り向いた時には、白い山から小さな手だけが見えていた。
    「たすけ、たすけてー」
    「おい、光流。ちーちゃん探し出せっ!!」
    「ナノナノさん、それお菓子じゃないです!」
     放り投げられるナノナノと冬の空。
    「私ナノナノって触るの初めてなんだ~♪」
    「いっぱいいて和むねー」
     千代と灯倭の瞳が輝く。伝説のナノナノさまも気になるけれど、今日の目的はそうじゃない。
     近寄ってきたナノナノを捕まえてなでる。なでまくる。
     ふかふかの手触りの下に適度な弾力。もちもちぷにぷに。
    「千代菊のがもふ感は強いかな」
    「うん、もふもふ感だったら一惺達のが上だね」
    「ワン!」
     主達の感想に、2匹の霊犬が頷いた。

    ●伝説のナノナノさまおびき寄せコンテスト
    「略してナノコンを開催するぜ!」
     学園の一角で宗汰が拳を固めた。握られているのは粒チョコレートのパッケージ。
     ナノナノさまを発見し、最寄りのカップルのところへ誘導できたら優勝というお節介企画に名乗りを上げた面々が、周りでおー、と拍手する。
    「あ、あのコレ……良かったら」
     芒が未開封のカイロを配って準備は万端。
    「シャイなピュアカポーに幸せを届けるよ」
     まちこが意気込む。今日のために猛特訓してナノナノ型クッキーを作ってきたのだ。
     ナノナノさまとターゲットとなるシャイカポーの両方を探すべく、日和の瞳がくりくりと辺りを見渡した。
    「わああ、あっちもこっちもナノナノ!」
     小さな羽を動かしてふわほわり。
     1匹、2匹、顔を覗かせたナノナノはこっちへ来るか迷っているみたい。クッキーを出して手招く様子に芒は目元を和ませる。
     クッキーを作るのにも皆でさわいだっけ。栞の唇がほころんだ。
    「口に合うといいけれど」
     つぶらな瞳を飴玉みたいにきらきらさせるナノナノ達を眺めれば、そんな心配も杞憂に終わる。初めて間近で見るナノナノは食いしんぼうさんだったみたい。
     集まってきたナノナノに囲まれて恋時はクッキーを掌に載せた。
    「ねえ、伝説のナノナノ様ってどこにいるか知らない?」
    「ナノ?」
     靴下の形をしたクッキーをくわえたナノナノがくりっと首を傾けた。
     ほわん。
     頬を緩める間にも、ナノナノ達はクッキーに集まってくる。掌がくすぐったくて、恋時は笑い声を零した。
     ただ、伝説のナノナノさまは紛れていないようで。
    「じゃーん!」
     讃良は手作りのペンデュラムを掲げた。紐の先で揺れるのはハート型のイチゴキャンディ。
     飴につられてナノナノの視線が右往左往。
     ペンデュラムのピンチを前に、綺子が指を弾いた。
    「なのなの、なーの?」
    「ナノナノ!」
    「アヤちゃんナノナノとおはなしできるの?」
    「なの……」
     残念ながら何を言っているかはわからなかったけど、なんだか楽しくなってきて2人は顔を見合わせた。
     ダウジングが不発に終わった横で、実はひらがなを書いた紙を広げる。
    「ナノナノ様、ナノナノ様、どうかここにおこっぶ!」
     霊犬のクロ助が頬を叩いた。肉球ぷにぷに。
    「クロ助どうした」
     必死な視線には気付かない。
     さて、伝説のナノナノさまはいったいどこにいるのやら。
     宗佑の唇が笑みを形作る。
     皆で知恵を絞って、ナノナノを前に騒いで。皆と一緒に過ごしたら、クリスマスはこんなにも楽しい日なのだと知った。
    「みんなありがとね」
     こっそりと呟いて、隣にやってきたナノナノの頭を撫でた。

    ●クリスマスはみんなと
     口元を覆うチェックのマフラーの下で理彩はほうと息を吐いた。
     右を見てもナノナノ、左を見てもナノナノ。飛び交う鳴き声に頬が緩む。
    「凄いわ、この学園ではこんなことまで起こるのね」
    「足元に気をつけろよ……っぶ」
     キラリと笑顔を浮かべた直後、銀助の顔にナノナノがぶつかった。小さく笑いながらナノナノに金平糖を差し出すミレイ。
     光理は碧眼を瞬かせて視線をあちこちに投げかける。
    「一目でわかるってどんなナノナノなんでしょうね?」
    「どこにいるんだろうな? あっこのチョコなかなかうまいな」
     ひとり頷く黒のまわりに、いつのまにかナノナノが寄ってくる。
    「ナノナノ♪」
    「ナノ~」
    「ちょっ、あーオレのチョコが……」
    「あら、お菓子がほしいの?」
     小さな瞳をきらきらさせるナノナノに、理彩はお菓子を差し出した。耳を動かして食べる仕草が可愛らしい。
     すっかりナノナノに囲まれた【黒薔薇十字団】である。でも、それはそれでいいか。
    「ナノナノさまを見つけても、特にお願い事はないんですよね」
    「皆が元気でこれからも一緒に頑張っていけますように、かな♪」
     ミレイと桜が言いあう後ろで、こっそり銀助が拳を震わせていた。
    「……美女に囲まれる生活を……っ」
     ナノナノさまは願いを叶えてくれるわけじゃない。
     だけどナノナノさまに会えなかった彼らがいつそれに気付くのかはまた別の物語。
     弾んだ声を上げながらナノナノが耳をそよがせる。泳ぐように宙を跳ねる。
     ふわり。ほわり。
     緩む頬を押さえることなんてできない。
     とにかく今日はナノナノを愛でる、撫でる、抱きしめる! 今日の【bonheur*】はそのために集まったのだ。
    「メリークリスマス♪ 皆で騒ごうぜ」
    「私も皆さんにクリスマスクッキーを焼いてきたのです~」
     紫桜が差し出した大福はナノナノに似てるかも。柚姫も赤と緑のリボンを結んだ袋を取り出した。
    「キャンディーも、ナノナノさん、どうぞ、です」
    「ナノナノ♪」
     もふってばかりでは自分達が嬉しいだけだから。リンマがおずおずと差し出した手に1匹のナノナノが飛びついた。すり寄る頬はふわふわあったかい。
     染の手の中で撫でまくられているナノナノがくすぐったそうに身をよじる。ほっぺたを指でつつけば飴玉みたいな目をぱちくりきょとん。
    「このむにむに感……!」
    「新しいぬいぐるみの案は生まれましたか?」
     柚姫の問いには向けられた笑顔が答え。
     クラブの皆とたくさんのナノナノに囲まれたクリスマスはなんて素敵だろう。やわらかな髪を踊らせて微笑むシャルルに凌真がクッキーを差し出す。
    「食べる?」
     さく。音を立てて一口かじればナノナノも目を輝かせるから、口に入れてやりながらさりげなく撫でてみたり。
     でもなあ、と喜乃が首を左右に巡らせた。
    「別に二人じゃなくても皆で愛を共有したっていーじゃねーか」
    「それはきっとナノナノさまの領分じゃないんだろうさ」
     こうやって楽しむのも幸せな事だと紫桜の唇がほころんだ。
     お日様が皆の笑顔を照らしてる。
    「お菓子だよ! みんな集合!」
     あんずが掲げた両手にはプリンにドーナツ、ショートケーキ。手作りお菓子の甘い匂いに誘われたナノナノ達が頬を染めて飛び跳ねる。唯の瞳も一緒にきらきら。
     木の幹から顔を半分覗かせている恥ずかしがり屋さんも、ましろが笑顔で手招いた。耳をぴょんと跳ねさせてやってくる。
     柚莉も隣でもじもじするナノナノに笑いかける。
    「琥珀、皆にご挨拶して、ねっ?」
    「ナ、ナノ……!」
     照れ屋さんも食いしん坊さんも寄っといで。
     群れてるナノナノにたまらず迪琉がダイブした。おなかに背中に頬に、ぎゅうぎゅうくっつくぷにふわ感。
    「……うきゅー」
     幸せに押しつぶされた。周りからあがる笑い声。
    「あったかいココアをどうぞだよ」
    「この子食いしん坊だっ。気をつけてー!」
     カップを差し出すましろの後ろ、持っていたチョコを食べられた唯が涙ながらに訴える。
    「ナノナノ!」
    「ふふ、おいで」
     口の端を汚したナノナノを弥影が膝に乗せる。手ずからおやつをもらってナノナノはいっそうご満悦。
     なでて抱きしめてくっついて。たくさん遊んでたくさん食べたら、体はぽかぽか瞼はうとうと。
    「ナノナノさんも一緒にお休みしよう?」
     柚莉の手がナノナノの背中を軽く叩いた。
     皆で体を寄せ合って布団をかぶればもうくっつく瞼を止めることなんてできない。
     ぽかぽかのお昼寝の時間。おやすみなさい、いい夢を。

    ●出てきてくれるかな
     晴れた寒空の下、ナノナノさまを探し求めて歩きまわる影がそこかしこ。
     伝説のナノナノさまとは、普通のナノナノとどう違うのか。会えたらハグして写メ撮りたい。
    「俺が学園に来た理由の一つは伝ナノに会う為……」
     想像と期待に胸膨らませ、真魔は足を弾ませた。
     大きいのか。ふわふわなのか。きっと可愛いことは間違いない。
    「まぁ、オレの幸子には敵わないと思うけどな!」
     三朗は自分のナノナノを抱きしめた。頬をあわせる1人と1匹にひかるが笑う。
    「見て、さぶさぶ! あっちにもこっちにもナノナノちゃん!」
    「あ、オレってばお菓子いっぱい持って来たんだし!」
     カラフルなキャンディにナノナノ達の瞳が輝いた。包みを開いて口に放り込んでやる。ついでに互いの口へもころり。
    「ナノナノ!」
     幸子にももちろん「あーん」した。
     バスケットの中にはふわふわブッセ。
     アリスとミルフィ、歌うように2人は歩く。
    「伝説のナノナノ様は一体どちらに……」
     ピンクのライトが輝くツリーの下、ミルフィがツインテールを左右に揺らす。いつの間にかやってきたナノナノがじゃれついた。
     アリスがバスケットのふたを開ける。
    「こんにちは、ナノナノさん♪」
    「ナノ!」
     ぷにぷにほっぺにふわふわブッセを頬張って、ナノナノはご満悦。
     それにしても、辺り一面ナノナノだらけ。
    「なんかこういうのって子供の頃にようやった宝探しみたいで楽しいわ」
    「見晴らしの良い所探してみようか!」
     空を仰いだジュンペイに、ひよりが校舎の屋上を指さした。ナノナノさまも景色の良い所が好きなはず!
     頷くジュンペイは歩きながら手にしたチョコで通りすがりのナノナノをナンパする。
    「ナノ♪」
     チョコで膨らんだ頬をひよりがつついた。もちぷに。
     羽があるから鳥みたいで可愛い。2人で頬を緩ませる。
     2人が通り過ぎたツリー――ぬいぐるみで飾られたファンシーな――の下で顔を寄せているのは着ぐるみ3匹。
    「伝説のナノナノさま……、もふもふ度は普通の子達以上パホ?」
    「どんなのだろーね?」
     パンダと狐もとい歩と優姫が瞳を輝かせた。見てみたい、もふりたい。
     通りすがりのナノナノに聞いてみる。つぶらな瞳がかわいい。遊びだした2人の横で、狸ぐるみの崇の心で何かが弾けた。
    「ぜーんぶ、おいらのものたぬよ~」
    「ナノッ!?」
    「だ、だめだよ、ナノナノさんいじめちゃだめー!」
    「笑顔で楽しく遊ばなきゃダメだクマ~♪」
     羽交い絞めにされて我に返った崇はうなだれつつ呟いた。
    「可愛すぎるのも罪たぬな」
     ぴゃあっと逃げてきたナノナノの頭を撫でてやる遊羅。
    「大丈夫かい?」
    「ナノ~」
    「ナノナノッ」
     左右からぎゅうっとくっついてきた肌触りに唇がほころんだ。
     飾りつけられた木々を横にとことこ歩く。
     いろんな場所を覗きこむ志摩子を眺めて息を吐くましろ。
     一緒に伝説のナノナノを探す意味を分かっているようには見えない。かといって、教えて避けられるのも嫌だ。
     気分を入れ替えようと頬を叩いたましろは、向けられた瞳には気付かなかった。
    「……わたしは一緒にいると楽しいのだけど……ましろはどう思ってるんだろう」
     悪戯っ子のナノナノが文字通りに背中を押した。
    『やっさん ファーストネーム なあに?』
     文字での問いに答えをもらえて、カミーリアの足取りが軽くなった。
     微かに首を傾げつつ、忠之介も後を追って歩き出した。お菓子を出しつつカミーリアとナノナノの様子に目元を和ませていたら、1匹のナノナノを差し出される。
    「……はい、ちゅーのすけ」
     最初に唇を震わせる音は、あなたの名前で。
     無骨で大きな掌がナノナノの頭に伸ばされた。
     後ろを通り過ぎ、食堂を目指すは八鹿と乙女。
     ナノナノさまも食べ物につられてやいないかと辿りつけば、白いもちふわ達がなのなの鳴くばかり。やはりカップルでないとダメなのだろうか。
    「お互い来年までに見つかったらいいね……乙女さんはカワイイしすぐ見つかりそうだけど」
    「あはっ、市原様に言われると自信がもてるなのですね」
     ちなみに意中の殿方は? 訊けば八鹿の心臓が飛び跳ねた。
     食堂は普通のナノナノで溢れ、購買にもそれらしい姿は見当たらず。
     はてさて伝説のナノナノさまはどこに現れるのやら。
     晶とアルベルティーヌはあてもなく学園内をうろつきまわる。
    「一緒に来てくれて助かった」
    「1人は気後れするわよね」
     途中で見かけたナノナノに話しかけてみても周りをくるくる回るばかりでナノナノさまの居場所は知らない様子。
    「ナノノ?」
     目の前で首を傾げたナノナノを思わず両手で抱きしめた。
    「癒される……」
    「写真大丈夫でしょうか」
     ふわふわむにむにの感触に2人のハートはKO寸前。
     離れて渡り廊下、金平糖を口に放り込んだ姿勢で千代陽が動きを止めた。
    「ナノナノ」
     やさしい鳴き声。
     羽ばたくたび、淡い金色の光が零れる。頭にはちょこんとサンタ帽子。
    「ナノナノさま!? しゃ、写メを……!」
     携帯を出そうと慌てるみくりにかまわず、ナノナノさまはふわりと飛んで、2人を囲むようにハートを描いた。
    「祝福……」
     瞬き2回。千代陽はみくりに視線を向ける。呆けていた唇は笑みに。振り向いたみくりも笑顔で。
     互いに幸あれと望む2人に、クリスマスの祝福を。
     くるりと光の尾を引いて、ナノナノさまは去っていく。

    ●ナノフルパーティ
     学園中というからには、もちろん校舎の中にだってナノナノは現れる。
    「ナノナノ~♪」
     廊下をさまようナノナノを誘うのもナノナノ。みこととなの美である。
     窓の外にツリーが見える教室に入れば、テーブルクロスの上に広げられたケーキにクッキー、サンドイッチ。飲み物は紅茶で。
    「ナノ茶会、開催である♪」
     もこの宣言に歓声を上げる凪と智恵理。ナノナノ達もくるくる回る。マトラだけは鼻を動かすだけで凪の膝の上から動かなかったけれど。
    「仲良くしてくるんだよ」
    「ナノ!」
     おいでよ、とでも言うように。はしゃぐナノナノ達に誘われて腰を上げるマトラ。
     頬が緩む。
     ナノナノ型クッキーもサンドイッチもたくさんあるから、ナノナノさんいらっしゃい。
     ドアを開け放した教室では【蝉時雨】のクリスマスパーティ開催中。
    「えへへ、ちょっと気合入り過ぎちゃった」
     中央に置かれたのは、瑠璃羽お手製プチシューのクロカンブッシュ。プロ並みじゃないかと渓志の目が丸くなった。
     型抜きクッキーを作ってきたホナミがお皿の上にシュークリームを2つ並べて片方の上にハート、左右に羽のクッキーを置いてみる。
    「ふふ、本物の可愛らしさには敵わないかしら」
    「うお、ナノナノだ。食うのが勿体ねえな」
     鋭い目つきを一層細めた嘉市の後ろからナノナノが覗き込んで目をパチクリ。
    「ナノ?」
    「おいで、一緒に食べよう」
     周が伸ばした掌にナノナノが頭を擦りつけた。ふんわり。そのまま腕に引き寄せる。
    「お菓子作りの上手な方がいてとても幸せです」
     緩やかなカーブを描く唇でティーカップに口をつけるトランド。舌に転がるダージリンの渋みが甘いお菓子によく似合う。
    「俺ももらっていいか?」
    「ええ、ご用意します」
    「皆、優秀過ぎ。何にも出来てない俺って……」
     嘉市が用意してくれたジュースを飲みながら渓志はひっそり肩を落とした。寄ってきたナノナノの頭を撫でる。
     甘い匂いに誘われたナノナノ達を撫でて抱っこしてお菓子をあげて。
    「男子がナノナノと戯れてる姿も和むものよね」
    「あ、写メっとこ」
     ナノナノと過ごすクリスマスパーティはまだまだ続く。

    ●たそがれに降る想い
     オレンジ色に染まった雲が数を増やしている。
     見晴らしのいい屋上は風を遮るものもない。かじかんだ指に触れた缶コーヒーが熱い。
    「俺も人のこと言えねぇが、お前も物好きだよな」
    「ナノナノ様ってどんなモンか興味があるからよ」
     受け取りながら葉が呆れると、錠は小さく笑って肩をすくめた。
     並んで座り、缶に口をつける。風は変わらず冷たいが、居心地は悪くない。
    「ごっそーさん、また明日な」
    「おぅよ、また明日な」
     風が電飾纏う木の枝を揺らした。オーナメントの色が影に埋もれるのに比例してイルミネーションの輝きが強くなる。
    「ナノナノさま、いないね」
     ツリーを見上げて、小鳥はしろたえを抱く力を強くした。てっぺんでお星様が輝いている。
    「サンタさんにお願いしたら、貰えるかな……?」
    「ナノ」
     腕の中でしろたえが羽ばたいた。
     たくさんのナノナノには会えたけど、ナノナノさまはどこにいたのやら。
    「風邪ひかないうちに帰ろうか」
     くるみは震えるクルルンを抱きしめた。その背中をコートの内側に包み込むマハル。
    「これなら、くるみも寒くないよ」
    「マハルさん……うん、温かい……」
     振り返ればあたたかな金の瞳。
    「まあ、見つからないなら見つからないでいいか。きっとどこかで僕達を見ててくれてるだろうからね」
    「そうだね……見ててくれるとうれしいね」
     笑みを交わした2人には、ナノナノさまの祝福なんて関係ないのかもしれない。
     視界の隅を白が掠めた。ひら、はらり。

    ●光と白のクリスマス
     傾いた日はあっという間に暇を告げて、あたりは夜の帳をおろした。
     飾りたてられたツリーに、イルミネーション輝く校舎の壁に、雪が一片舞い落ちる。
     光に包まれ、ナノナノに囲まれて。
     見とれていた蒼月が不意に声を上げる。鞄を開けて取り出したのは、リボンをかけた小さな袋。
    「コルネリアちゃんはお誕生日おめでとう!!」
    「ありがとうございます。覚えていてくれたんですね……」
     頬が緩む。隣で嬉しそうに羽ばたくふぃーばーにもお礼を言って。
    「どうかこれからもよろしくお願い致しますね」
    「ナノナノさまの力がなくたって、僕たちはずっと仲良しだよ」
     2人と1匹で顔を見合わせた。
     赤と緑、金と銀。鮮やかな光に溢れるツリーを視界に収めながら、歩と巴は2人で作ったクッキーをナノナノに差し出す。
    「キミ、伝説のナノナノ様って知ってる?」
    「居場所教えてくれたら全部あげるっすよ?」
     歩が袋を掲げた途端、悪戯っ子は袋をくわえて逃げ出した。目を丸くしたのは一瞬、ツリーを背にして駆け出す2人。
     追いかけた先にサンタ帽を被ったナノナノがいた。
     2人の周りを飛ぶ淡い金色は伝説の。
     呆けていた歩が巴を抱きしめる。
    「自分達はハッピーエンドじゃなくて、きっとずっとハッピーエンドレスっす!」
    「うん! ずっと一緒にハッピーでいようね♪」
     幸せのにじんだ声にナノナノさまは目を細めて飛んでいく。
     電飾の星がきらめく校舎の前でナノナノが目を星にした。ぴかぴか、きらきら。
    「自分、ナノナノ様なんとちゃうかー?」
     立夏の指がハートの書かれた体をむにむに。ナノナノがくすぐったそうに体を震わせた。隣では徹也が無表情でやっぱりむにむに。
    「特殊なナノナノが居るのであれば、データを収集したい」
     むにむに。ナノナノさまは感触が違ったりするのだろうか。謎である。むに。
    「て! わいの頬はナノナノ様ちゃうし!」
    「すまない、ナノナノと間違えた」
     むにり合う2人の間でナノナノが雪を見上げて小さく鳴いた。
     ふわり、ふわり。イルミネーションに照らされて色を変えながら雪が降ってくる。
     中庭にやってきた火蜜とユークレースが見つけたのは、ケーキを模したモニュメントに集まるナノナノ達。
    「すごい……!」
    「少し遊んでいこうか」
     目を輝かせたユークレースの頭を撫でる火蜜。銀髪を濡らす雪を指ですくえば、たどたどしくも素直な笑みが返された。
    「なっちんにもお友達をたくさん作るです、ね」
    「ナノ♪」
    「お友達いっぱいで、楽しいね」
     ナノナノ達に手を伸ばす背中を見つめ、火蜜の唇がほころんだ。
    「見つかんないなー、まだ5分しか探してないけどさ」
     給水塔の上で寄り添う雪月とメフィア。吹き抜ける風が冷たい。雪月はガスランタンをメフィアに手渡した。
    「ありがとう、でも雪月くんは寒く無い?」
    「まぁ、寒くないとは言えないな」
    「それじゃあボクも温度を分けて上げよう」
     ぎゅっと抱きしめる。くっついた場所からじんわり互いのぬくもりが伝わった。
     このままのんびり、ランタンが消えるまで。
     金属製の扉が開く音が屋上に響いて、雪にはしゃいでいたナノナノ達が一斉に振り返る。
    「ね、ナノナノさまって何処にいるか知ってる……ナノ?」
    「優斗可愛すぎー」
     小さく肩を揺らすアゲハの声に優斗が視線を向けた。その隙に。
    「うわっ」
    「ナノナノー!」
     飛び込んできた白いぷにふわ達に視界を奪われた。咄嗟に手を伸ばす。触れた手を優斗が引き寄せ、抱きしめた。
    「ホワイトクリスマスだよ、アゲハ」
    「わぁ、本当だ! 綺麗……!」
     緩んだ頬に触れたやわらかな熱に、アゲハの顔が朱に染まる。
     音もなく夜の屋上に雪が降る。伸べた手に舞い降りた六花はすぐに溶けてしまうけど。
     掌の雫を見下ろす奈兎の周りでサガが嬉しげに吠えた。
     仁奈が笑う。向こうでナノナノも笑ってる。
     ナノナノさまはどこにいるかな。フェンスの前で跳ねる仁奈。
    「……っ! あ、ぶね」
     足を滑らせた仁奈の体を奈兎の腕が捕まえる。安堵の息を吐きながらフェンスに背を預けた。腕の中で仁奈が頬を寄せる。
    「助けてくれるって、思ってた」
     羽のように軽やかに舞い落ちる雪の中、白い息を吐き出した。あと数時間でクリスマスイブも終わってしまう。
    「ココア飲む?」
     竜生が差し出したカップから甘い匂いが立ち上る。結月の笑みが大きくなった。寄せ合った肩はじわりと互いの体温を伝える。
    「ゆき、クッキー作って来たんだ。ソレイユも一緒に食べよっ♪」
    「ナノッ」
     2人と1匹で食べるクッキーとココアは甘くて胸をぽかぽかさせた。吐き出す息さえも甘い。
     雪を降らせる空を見上げて、竜生はそっと目を閉じた。
     ずっと一緒にいられますように。

    ●そしてどこかで
     雪降る夜の片隅に、イルミネーションとは違うやわらかな金の光が浮かび上がる。
    「ナノナノ♪」
     くるり、ふわり。
     大きなハートを一つ描いて、光は夜の帳の向こうへ飛んでいった。
     メリークリスマス。あなたにとって今日が愛にあふれた1日だったことを願って。

    作者:柚井しい奈 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年12月24日
    難度:簡単
    参加:95人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 24/キャラが大事にされていた 9
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