都内某所、客入りの少ないファミレスにて。
「では、基本的な作り目からはじめましょう」
心に響くバリトンボイス、憂いを帯びた瞳。美しいその男は、自分を取り囲む一同を見回し、手に編み棒を持った。
「はい、先生……っ」
男を取り囲むように、主婦、女子学生、サラリーマンの三人が座っている。皆、男性の声を聞き逃すまいと、男を見つめていた。
三人とも、頬が赤かったりうっとりとした表情だ。
テーブルには、チラシが一枚置いてある。
☆総二郎の編み物の会☆
初心者歓迎。
新進気鋭・ハンドメイド界の革命児! ハンドクラフト作家総二郎先生が教える初心者編み物。
この冬編みたいおでかけ用ニットも夢じゃない?! 貴方も是非参加しよう!!
男……総二郎先生が編み始めると、三人は自分が編み物を習いに来たことも忘れて、総二郎に釘付けになった。
講習が終わり、ファミレスを後にする。
その後、3人を見かけたものは誰もいない。
「手編みの物っていいですよね。思いが詰まっていて、贈り物でも、自分で作ったものでも。暖かいし、素敵です」
五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)はそう切り出した。
「今回察知した淫魔のダークネスは、いろいろな場所で編み物教室を開き、生徒の心を自分に向けさせて最終的に殺して遊んでいます」
淫魔は総二郎と名乗り、移動編み物教室を開いている。教室と言ってもきちんと会場をかまえているわけではなく、その時々でファミレスの一角や空いている公民館の一室などを借りているのだという。
夫や恋人、家族のために編み物を教わりに来た生徒。生徒たちには、思う人がいる事のほうが多い。その他人を思う心を、すべて自分に向けさせることを楽しんでいるのだ。
「すでに編み物教室は数回開かれ、すべての参加者が……、行方不明となっています」
つまり、すべて殺害されている。
姫子は更に説明を続けた。
「今回、小さなファミレスで編み物教室が開かれます。そこで敵に接触して欲しいのです」
できれば、編み物教室に参加するのがいいだろう。何を編みたいかくらいは説明できた方がいいと思われる。
「敵は生徒が自分に気がないと感じるとさっさと逃走してしまいます。皆さん、敵が気に入るような演技をしてくださいね?」
純粋に教室に参加したけれど、総二郎に惹かれてしまった……、と言うような演技だろうか。男性であっても、尊敬に似た感情でも良いはずだ。
「教室が終われば、敵は参加者を引き連れ近くの広場に移動します。そう、たっぷりといたぶって殺せるような、人気のない広場です」
そこで、敵はすぐに本性を見せるだろう。
美しい男が美しい殺戮者に豹変する。その姿を見せつけられた一般人の驚愕こそが、このダークネスの喜びとなるのだ。
「敵はサウンドソルジャー相当のサイキックを使います。と言っても、かなり強いものですので、注意してくださいね」
最後に、姫子は皆に頭を下げた。
「皆さん、よろしくお願いします。無事に帰ってきてくださいね」
参加者 | |
---|---|
アウレール・フィードラー(Arcadiaholic・d01927) |
高坂・由良(プティムーランルージュ・d01969) |
オデット・ロレーヌ(スワンブレイク・d02232) |
明咲・シャルル(月虹を纏う者・d04828) |
天羽・梗鼓(颯爽神風・d05450) |
斉藤・歩(炎の輝光子・d08996) |
高峰・紫姫(銀髪赤眼の異端者・d09272) |
クリス・クロス(スカードラグウィッチ・d10696) |
●ほっこり(……?)編み物教室
一見和やかな雰囲気で編み物教室は進んでいった。
「コースターですか。では、編み始めはこんな感じでいかがですか?」
アウレール・フィードラー(Arcadiaholic・d01927)に向け、総二郎が話しかけた。
彼女(いないけど)の淹れてくれる美味しい珈琲のお供にしたい、というわけで、アウレールはコースターを編むことになっている。
アウレールは、手本を編み始めた総二郎を眺め尊敬の眼差しを向けた。
「あ、今のもう一回! センセーの手際が鮮やか過ぎて見惚れてた」
持ち上げた事を言ってやると、総二郎は優雅なほほ笑みを浮かべる。
他のメンバーも作業をはじめた。
斉藤・歩(炎の輝光子・d08996)は総二郎から一番遠い席に座っていた。手袋を編んでいる。
仲間達に指導する総二郎に尊敬の眼差しを向け、終始笑顔だ。
マフラーを選んだのは、高坂・由良(プティムーランルージュ・d01969)、明咲・シャルル(月虹を纏う者・d04828)と天羽・梗鼓(颯爽神風・d05450)だ。
誰に贈るかと問われ、由良が頬を赤らめ答えた。
「……誰にって? 勿論、秘密ですわっ」
どちらかと言えば年上好みということもあり、低い声に色気を感じドキリとしてしまったのだ。
しかも、やたらと近い。息が耳にかかるような場所まで総二郎が近づいてくるのだ。
(こんなの演技ですわ!)
心の中で自分に言い聞かせ、せかせかと手を動かす。
ふと見ると梗鼓がぼんやり手を止めていた。
「先生の事を見てたら、手が止まっちゃって……」
伏し目がちに言い訳をすると、総二郎は優しく微笑む。
その実、うまく編めないからサボっていたのだけれども。ともあれ、梗鼓は総二郎を持ち上げる演技を続けた。
シャルルは器用に作り目をして、数段編み進めていた。その事を指摘されると、一旦手を止め総二郎を見上げた。
「少しやったことがありますが、マフラーは色々凝れますし。ステップアップという感じで先生に教えていただければと思います」
お願いできますでしょうか? と、総二郎を熱っぽく見る。
オデット・ロレーヌ(スワンブレイク・d02232)は前から興味のあったニット帽に挑戦していた。
「ねえ先生、彼は褒めてくれると思う?」
白いふわふわの糸を指で遊ばせると、総二郎がオデットに優しげな顔を向けた。
「きっとね。ああ、貴方の彼が羨ましいな」
彼がいると嘘をつくのは心苦しいけれど、騙された人たちのことを思うと嘘も慕う演技も何でもない。
「先生のためにマフラーを編んだら、もらってくれる?」
やや上目遣いに総二郎を見つめれば、総二郎が嬉しそうに笑顔を浮かべた。
高峰・紫姫(銀髪赤眼の異端者・d09272)は、かぎ針を手に持ち総二郎を見た。
「先生、編みぐるみを作ってみたいのですが、どうでしょうか?」
「ええ、良いですよ。毛糸の持ち方は分かりますか? それでは、一段目を編んでみましょう」
総二郎の言葉ににこやかな笑顔を返し、するすると糸を引く。
「おや、とてもお上手ですね」
「先生の教え方が上手いのですよ」
笑顔で返せば、総二郎も上機嫌になった。
クリス・クロス(スカードラグウィッチ・d10696)は、いつもの体操服ではなくタートルネックのセーターとジーンズを着用している。
今日は寒いからと靴下に挑戦中だ。
「えっと……。こうして、……こうでいいのか? えーと……ソージロ! 先生」
編み物は楽しいと笑顔を向けると、総二郎もにこやかに笑顔を返してくる。
しっかり好きな演技をしなければならないことを思い出し、チラチラと総二郎を盗み見ることにした。
編み編み、チラと総二郎を見る。すると、何度かばっちりと目があった。相手は勝手に良いように解釈したようで、にこやかな微笑みが返ってくる。
女性陣からチヤホヤされ、総二郎はますます気分を良くしたようだ。
総二郎が一目編むたび、オデットや梗鼓から黄色い声が飛ぶ。
「カッコいい上に、手先も器用な男性ってステキね」
オデットが感嘆の声を上げた。
当然、自分のことだと言わんばかりに、総二郎が髪をかきあげる。
(ダークネスでなかったら、だけど)
心の中で付け足し、舌を出す。
男性陣からも尊敬の眼差しを受け、総二郎は上機嫌で立ち上がった。
「さて、そろそろ時間が来ました。もし作品が完成していない場合は、また日を改めましょう」
次に編み物教室が開催されることなど絶対に無い。それはこの場に居る誰もが知っていたけれど、誰も異を唱えない。
「少し歩きませんか? 外の新鮮な空気が吸いたいな」
総二郎の言葉に、皆笑顔で頷いた。
当然だが、ファミレスを出ても誰も帰らなかった。皆、総二郎を囲むようにしてにこやかに歩く。
その一番後。
誰にも聞こえないような小さな声で歩が呟く。
「……やっと、やっと……」
総二郎に夢中だ……という演技を各自続行中なので、誰も歩を見ていない。
その表情は寒気がするような笑みだった。
●騙し騙され
たどり着いたのは、何もない広場だった。
その中心で総二郎が不自然に立ち止まる。教室参加者達は、驚いたように足を止めた。
「ふふ。皆さん。とても残念なお知らせがあるんです。私は皆さんが私を慕ってくれることを大変嬉しく思うんです。本当ですよ? ですから、ねぇ」
総二郎が髪をかきあげ、にこやかに微笑む。
「誰よりも私を思いながら、ちょっと死んでくださいませんか?」
ふふふと、怪しい笑い声が広場に広がった。
次の瞬間には、総二郎の姿が変貌している。
「先生……! ……アタシ達のこと騙してたんですかぁ……?」
梗鼓が怯えたように後退る。
「うん。ごめんね? かわいい生徒達……。ああ、君達をすぐに食べてしまいたいよ」
小悪魔の角を生やし、黒い尻尾を揺らしながら、総二郎がうっとりとした表情を浮かべる。
だが、正体を現した淫魔を見ても怯えの色はもうなかった。
「……実はアタシ達も……。……なんですよ!」
梗鼓の声に力がこもった。
その声を合図に、皆一斉に演技を辞める。
アウレールと歩がクラッシャーとして、紫姫はディフェンダーとして前衛に位置取る。オデットはジャマー、シャルルはキャスターとして中衛に。由良とクリスはスナイパーとして後衛。最後に梗鼓がメディックとして後衛についた。それぞれ敵との距離を見ながら、敵を囲むように素早く動く。
サーヴァント達も、それぞれの位置についた。
由良のサーヴァント・アレクシオ(霊犬)はディフェンダー、梗鼓のサーヴァント・きょし(霊犬)はスナイパーのポジションだ。
「は?」
今まで自分の優位を確信していた総二郎が、ぽかんと灼滅者達を見た。
その一瞬を見て、紫姫が影業を展開させる。
「これ以上、人を殺めることは許しません」
影で作った触手が四方から敵に迫った。
驚きながらも、敵はするりと触手の攻撃をかわす。
しかし、別の方向から歩が敵に迫った。
人の家族を奪う奴はこの拳で叩きのめして、俺の炎で焼きつくす。
「心の底から許せない奴に会えたことを少しだけ感謝するぜ」
一切の手加減をせずに、拳を振りかざすことができる……!
歩は怒りの叫びとともに、炎を拳に宿した。
「貴様はここで燃え散れ!」
そのまま、勢いに任せて敵の懐に飛び込み顔面を殴りつける。
「か……、は……」
よろめいた敵をめがけ、アウレールが素早く距離を詰めた。
「美形ってのは男女問わずそれだけで貴重な人類の財産なんだよ。それを悪用して殺したい放題?」
俺も美形(と書いてイケメンと読む)の端くれとして、放置は出来ないな! と、拳に雷を宿してアッパーカットを繰り出した。
敵は傾いだ身体を瞬時に立て直し、アウレールと距離を取る。
だが、息をつく暇もなくその胸に赤いオーラの逆十字が迫った。シャルルが狙ったのだ。
「っ……」
悔しさで顔を歪ます総二郎の正面に、今度は由良が立ちはだかった。
想い人がいる相手を誑かし、その心をもてあそぶだけでは飽き足らず、その命まで……未来まで奪ってしまうなんて、卑劣にも程がある!
「その性根、叩き直してさしあげますの!」
槍をぐるりぐるりと回し、ビシリと総二郎へ向ける。そのまま勢いをつけて槍を捻らせ、敵を穿った。
攻撃は続く。
「少しは我慢を知るといいわ!」
オデットの指輪から放たれた魔法弾が、敵の身体で弾けた。
同時に、クリスが指で銃の形を作る。
指の先から、敵にめがけて魔法の矢が飛び出した。
●せめて、私の思うように逝った方がいい
「嫌だなあ」
今まで撃たれっぱなしだった敵が、不意にその場に立ち止まった。
ダメージを受けているはずだが、自身の痛みを感じさせないような優雅な振る舞いだ。あたりを見渡し、ふと笑みを漏らす。
「ああ、逃げ場は無いのか。本当、嫌だなあ。私の歌声は貴重なんですよ? それを、君達みたいな輩に披露することになるとは、ね?」
言うと同時に、敵が疾走する。
「ほら、私を魅てごらん? 気持ちいいだろう? 心が震えるだろう?」
構える暇がなかった。いつの間にか由良の耳元で、心地良いバリトンボイスが響いている。
「君も私と一緒に行きたいはずだ。さあ、もう一度構えて? どちらに向かえば良いか、分かるね?」
ゾクゾクと背中にしびれるような感覚が走る。理性とは別の所で神経が侵されていく。
そこに、紫姫の影業が割って入った。敵と由良の間に距離を取らせ、強引に引き離す。
遅れて紫姫が飛び込んできた。
「私が立っている限り、仲間を倒れさせたりはしません」
由良を背にかばうように後へと押しやり自分が敵と向かい合う。
背後から、優しい風が届いた。
「回復するよ!」
梗鼓の清めの風だ。ぼんやりとしていた由良の焦点が合い、身体に力が戻ってくる。
アレクシオも回復を急いだ。
「あはははは。さあ、皆さん、私の歌を聞くが良いっ。どうせ死ぬのだからっ。せめて、私の思うように逝った方がいい」
淫魔が高らかに宣言する。
「黙れ、殺す」
歩が拳に雷を宿し、敵の懐に飛び込んだ。
勢いをつけて飛び上がり、顎に狙いを定めて拳を上げる。
衝撃に、敵の身体がふらりと揺れた。
「ひと目ひと目に想いを込めるのが編み物でしょう? その大事な心を、あなたは踏みにじったのよ!」
オデットの言葉とともに、鋭い魔法の矢が敵を襲う。
光る矢は、淫魔の身体を貫かんと風を切り裂き飛ぶ。
とっさに片手で弾き飛ばそうとしたのか、敵は振り払うように手を払う。手のひらから腕にかけて、矢が淫魔をえぐりとった。
次いで、クリスが武器を構え振り下ろした。
龍砕斧が直撃したかのように見えたけれど、思ったような重い手応えはなかった。
確かに、どこかをえぐった気はしたが……?
「……?」
見ると、敵は足を引きずり後退していく。避けきれなかったのだろう。
このチャンスを逃すはずがない。
シャルルは狙いを定め、マジックミサイルを叩きつけた。
「く……ぅ。何故? 私の、この私に、刃を向けるなど……!」
灼滅者達の行動が理解できないと、この期に及んで淫魔は言う。
その言葉に、答える者はいない。
槍をしっかりと構え直した由良が、相手の話など聞く必要がないとばかりに、敵を穿った。
きょしも続けて攻撃する。
●答える者のない問いかけ
「何故……、何故、私が……」
流石にダメージを誤魔化せなくなってきたのか、淫魔がよろよろとよろめいた。
しぶとく逃げ場素探すように広場の隅へ移動する。
「……先生、どこ行くんですかぁ?」
梗鼓が甘い声で、淫魔に迫る。
返事を待たず、気合の入った声で後を続けた。
「……逃がしませんよっ!」
激しい風の刃が渦巻き、敵を切り刻んだ。
その背後に回り込んだアウレールは、淫魔を鷲掴み頭部を地面に叩き付けるように投げた。
「冥府への特急便はこちら、ってなァ!」
「……あ」
グシャリと嫌な音がして、最後に淫魔がぴくりと一度震えた。
グチャリ、グチャリ。
淫魔が形を失い消えていく。
歩が無言で近づき、残った淫魔の頭部を無言で踏み抜いた。
もう、淫魔だったものはどこにもない。
(どうしてあなたは闇堕ちしてしまったのですか?)
答える者のない問いかけだ。
それでも、紫姫は消え去った淫魔に心の中で問いかける。
いつか……、いつか自分も闇堕ちしてしまうのだろうか?
事件は解決したはずなのに、言い知れぬ不安が浮かぶ。だがそれでも、今は前に進まなければならないのか。
どこか暗い雰囲気を打破するように、歩が皆に向き直った。
「ええっと、今日の自分の事は忘れてくださいっす。ちょっとムキになちゃったっすよ」
苦笑してみせると、それに答えるように梗鼓が明るい声を上げた。
「ふふふ。さーって、マフラーは家でゆーっくり編むことにしよう!」
その言葉に、シャルルがそっと頷いた。
手芸に興味もあり、作り始めたマフラーは完成させるつもりでいる。
結局編み物は完成したりしなかったり、それぞれ思い思いの作品を手に帰路についた。
作者:陵かなめ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2012年12月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 9
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