銀の星空の下でゲームをするお話

    作者:水上ケイ

     月のない空は漆黒で銀の星を抱いている。
     広がる都会には灯がともり、冬の夜をいきかう人々を照らしていたが、明かりの届かぬ場所へと惑った者もいた。

     街中にぽつりと暗い夜の公園で、若い男と女が出逢った。
    「もしかして、あつしさん?」
    「じゃああんたがチャットで話した茉莉さんか。恋人募集中だって?」
    「はい。私を気に入っていただけましたか?」
     誘うように身を寄せてきた女は美人で、男は思わず見惚れたが。
    「ああ。美人だから驚いたよ。そっちこそ俺でいいのか?」
     女はこくんと頷き、すがるような瞳で言った。
    「はい。私のお願いをきいてくださるんですよね?」
    「ああ。金は必要ないんだよな? で、あんたのいう事をきく、と。むしろ願ったりだな」
     男はにやにや頷く。
    「よかった! 私、ゲームをしているのです。結構レベルも高いのですよ」
    「ああ、ネットゲームだろ」
    「それとはまた別ですけど、それを手伝って頂けないかと」
    「なんだ、そんなことか。いいよ」
    「まあ嬉しいわ。それじゃ、次に公園にやってくる誰かを殺して下さい」
    「待てよ、冗談としても穏やかじゃないな。二人で密室でやるゲームにしようぜ?」
     男は笑ったが、それも女がナイフを取り出すまでだった。
    「武器もあるんです。伝説のダガーですわよ」
     緋色の刃が美しい、剣呑なナイフを女は男に握らせた。
     街の明かりが公園の闇の外に瞬いている。しばらく待てば、そのうち運の悪いカップルか残業帰りの誰かがとおりかかるだろう。
    「……あんた、正気か?」
    「はい。ゲームは始まってますわよ。もし失敗したら……あなたが死んでしまうかも。でも成功すればご褒美ですわ」
     若い女は想像を絶する力で男の腕を握りしめた。
     

    「ダークネス発見なのよ!」
     ちゃきちゃきと鞠夜・杏菜(中学生エクスブレイン・dn0031)が集まった皆に言った。
    「皆さん知ってのとおり、ダークネスはバベルの鎖で予知ができるけど、予測に従ってくれればその予知をかいくぐって、彼等に迫ることができるはずよ」
     ダークネスは強力で危険な敵だが、ダークネスを灼滅する事こそ、灼滅者の宿命である。

    「今回、予測したのはソロモンの悪魔の崇拝者みたいなの。怪しいのよ?」
     杏菜の話しによれば、公園で男と女が逢引まがいのことをしている。当然エクスブレインの予知にひっかかるのだからダークネスがらみである。
    「この女は男に人殺しをさせようとしているわ。理由は意味不明だけど、とりあえずそこは気にしなくて大丈夫よ」
     ほうっておけば男は断れず、犠牲者が出ると杏菜は言う。
    「この女はソロモンの悪魔から力を付与された強化一般人なのね」
     きっとこれまでも事件を起こしてきたかもしれないけど、エクスブレインが察知することができるのは暗躍するダークネス達のほんの一部なのだ。
     
     続いて杏菜は詳しい状況を説明にかかる。
    「二人がいるのは街中にある小さな公園なの」
     公園のあたりは街灯がぽつんって感じで、真っ暗でもないけど人通りもそんなに多くない。
    「この公園の入り口は二つ。東と西にあるの。上手い具合にね、公園の入り口付近はどちらも木が密集してて暗いから、気をつければこちらの姿は見られずに二人を観察できると思う。ただし、公園内に踏み込めば向こうも気がつくわね」
     公園内は視界を遮るものがない。障害物も考慮に入れる必要はないとエクスブレインは説明する。
    「男がどちらかの入り口をむいて赤いナイフを構えるの。それを確認したら、こちらも介入OKよ」
     どうやって接触するかや詳細な作戦は皆にお任せします、と杏菜は話した。また、何もせずにそのまましばらく待てば、関係のない一般人が公園にはいって行って犠牲になるだろう。

     茉莉と名乗る女は魔法使いと同じ様なサイキックを使う。
    「ダークネスほどは強くないけど、皆の数人分の力はゆうにあると思うの。だから油断しないでね。あと、彼女の武器はマテリアルロッドよ」
     あつしと名乗る男のほうは、ただの一般人だ。
    「彼は茉莉の味方ね。襲い掛かってきて皆の邪魔をすると思うけど、彼をどうするかは皆にお任せするわ。ただ、茉莉のほうはもう救う余地はないの。灼滅してください」
     
     杏菜はきっぱりそういうと、灼滅者達を見た。
    「一般人を悪の道に誘う、ソロモンの悪魔の使いを見逃すことはできないわ……」
     どうぞ宜しくお願いします、と杏菜はぺこり頭を下げた。


    参加者
    龍海・光理(きんいろこねこ・d00500)
    獅堂・凛月(真っ黒魔法使い・d00938)
    久瑠瀬・撫子(華蝶封月・d01168)
    笠井・匡(白豹・d01472)
    李白・御理(外殻修繕者・d02346)
    月雲・悠一(ブレイズオブヴァンガード・d02499)
    マルティナ・ベルクシュタイン(世界不思議ハンター・d02828)

    ■リプレイ

    ●銀星の夜
     星がひそやかに瞬く夜だった。
     公園東側の入り口も静かで暗い。
     ヒルデガルド・ケッセルリング(Orcinus Orca・d03531)は立木の影からひっそりと男を視認した。眉一つ動かすこともなく、夜の静けさにひそりとも音は加わらない。
     外部同様彼女の内部も静謐で、心は無機質に今夜の作戦を反復する。
    (「第一目標は強化一般人女性の処理、確認。第二目標は一般人男性の無力化、確認。第三目標は男性の所持する刃物の回収……確認」)
     夜はその懐に危険を隠し、孕む。今宵のそれは一種類だけではなかった。
     少し離れて獅堂・凛月(真っ黒魔法使い・d00938)もあつしの様子を見逃すまいと黒い瞳を凝らした。
    (「ナイフとか渡して殺しをさせるなんてゲームの範疇超えてるねえ。ろくでもない道に行っちゃう前にとっちめてやるかねえ」)
     厳しい眼差しで凛月は無意識に髪をかきあげる。夜に溶け込む黒髪の少女は、黙っていれば何とやら――。
     笠井・匡(白豹・d01472)も茂みに隠れて男女の姿をチェックする。
    (「ひとけのない公園でデート……にしては物騒だね」)
     彼等が普通の意味のデートをしているのではない事を、無論皆は知っていた。
    (「配下でも唆して人殺しをさせる。大元のソロモンと変わりませんね」)
     久瑠瀬・撫子(華蝶封月・d01168)は冷静にそんな事を考えながら、携帯を確認した。西側の仲間からの連絡はまだない。
     西側にも4人が潜んでいた。周囲が静かでほの暗いのも東側とさして変わらない。
     龍海・光理(きんいろこねこ・d00500)も携帯に視線を落とし、事態が動くのを待った。
     月雲・悠一(ブレイズオブヴァンガード・d02499)も連絡を気にしている。公園内の男女はまだ何か話していた。
    (「ソロモンの悪魔、の強化一般人か。……ったく、何を狙ってこんな騒ぎを起こそうとしてるんだか。気になる事もちょこちょこあるけど……とりあえず今は、悪巧みを叩き潰してやるか」)
     気になる……。
     そこはマルティナ・ベルクシュタイン(世界不思議ハンター・d02828)も同じだった。
    (「『ナイフ』っての気になるね……。殺させることで何か意味を持つ、生贄とかの魔術的なもの……?」)
     様々に推理しながらも、ともかく今は極力音を立てないように身を潜める。
     李白・御理(外殻修繕者・d02346)もじっと待機していた。携帯は東側と通話状態にしてあり、不測の事態には魂鎮めの風で対応するつもりだ。
    (「悪魔にどんな目論見があるかはわかりませんが、人を殺せとそそのかすのを許してはおけませんね」)
     柔和な表情ながら御理は悪魔に対して怒りを抱く。彼の赤い瞳は公園の男女の姿を捉えていたが何か赤いものが男の手に見えてハッとした。
     事態が動こうとしている。
    「対象に動きが有りました、突入します!」
     携帯から撫子の声が飛び出した……。

    ●『あつし』
     灼滅者達は軽やかに地を蹴った。東西の入り口から灼滅者達が茉莉とあつしを目掛けて突入する。
     ほんの短い時間に次々に事が起こった。
    「ほら、誰か来たわ。殺るのよ!」
     茉莉のヒステリックな声に追い立てられる様に、あつしはナイフを手によろよろ進んだ。
     最初に彼に接触したのは匡だった。
    「善悪の判別付かない馬鹿は刃物持つなって言われたことない?」
     匡は同時に凄まじい殺気を放ち、あつしは何かを喚いて逃げようとした。御理がひやりとする。もしも外へ逃げ出すなら魂鎮めの風を……。
     だがあつしの行く手には撫子が立ち塞がった。濡烏色の艶やかな長髪が夜風に舞い、いかにも大和撫子然とした彼女は袖からカードを出してキスを落とす。
    「殺戮・兵装(ゲート・オープン)」
     槍を構える撫子に駆け寄られ、あつしはもう、何が何やらわからなかっただろう。
    「恨みは無いですが、此処に居られると邪魔なので排除しますね。大丈夫、命までは取りません……」
     撫子は躊躇わなかった。端正な所作で手にした槍の石突であつしを突き飛ばす。十分に手加減したが、鳩尾を打たれて一般人のあつしはあっさりとくずおれた。
    (「それなりに痛いかもしれませんが、下心で近付いた事への罰と思って下さい……」)
    「まあ、この辺なら踏んじゃう心配もないねえ」
     匡が彼の身体をさっさと戦場外に転がしておく。
     そしてマルティナがナイフを手早く回収した。さっと見た所仕掛けなどはないようだ。
    「ゲームね……。悪魔に何を唆されたのかは知らないけどさせないよ……」

     一方、この間に凛月は気を引く為に茉莉に契約の指輪を向けていた。
    「ビリっと痺れろっ!」
    「痛いわね」
     茉莉は一見口紅の形状をした物をぶんと振って巨きくすると、魔法の矢で返礼し、誰何する。
    「……どちら様かしら?」
    「あなたの敵に決まってるじゃないですか」
     そっけない言葉を即、光理が返す。
    「……これはまた、美形揃いのエンカウンター、ね?」
     茉莉は金髪碧眼の光理をじろりと見、全員に視線を走らせる。ゲームになぞらえる茉莉に対し、淡々と光理は言葉を返す。言葉と共にエナジーの光輪も飛ばす。
    「人殺しをゲームとか醜悪にもほどがあります」
    「フン。一応、言っておきますけど、今寝た男はただの助平モブですからね。主人公は私よ」
    「ふうん……」
     匡の視線は冷たい。下心出した男もアレだけど、人の心の隙を付いて思い通りにさせようってとこが気に入らないねぇ……。
    「そんなにゲームがしたいなら、僕らが遊んであげるよ。……あんたのしたいゲームとは違うけどね?」
     匡は急所を狙って武器をふるった。
     だが序盤、強化一般人である茉莉にはまだ微笑む余裕があった。
    「私は自分で手を汚さない設定なのですが。見逃してくれないかしら?」
     悠一の視線に嫌悪感が滲む。……逃したらまた面倒を起こすんだろう? ここで、確実に潰してやるぜ。
     何を考えてこんな事をやってんのか、知らねーけど……。
    「イグニッション!」
     お前らのやってることが、気に食わない。
     悠一は手に現れたハンマーをぐっと茉莉に向けて突き出した。
    「悪いが、悪巧みはここまでだ。叩き潰させて貰うぜ!」

    ●悪魔崇拝者『茉莉』
     悠一のシールドバッシュが炸裂し、茉莉は身を翻して彼を襲った。マテリアルロッドの激しい一撃にファイアブラッドの傷口から炎が噴き上がる。彼の体内で魔力が連鎖爆発し、滴る血が夜を染めて燃える。ディフェンダーの悠一は茉莉を怒らせて自分に攻撃を集めるつもりなのだ。
    「相手は1人ですが油断せずに」
     撫子が声をかけて妖の槍で茉莉を穿ち、匡がオーラで悠一を治癒する。ほの暗い公園を灼滅者達が駆けた。
     メディック達も動く。
     御理が祈言を呟き精神を集中した。
    「汚れ払い清め、海神の歌をここに」
     セミロングの髪をふわりと揺らして清らかな風が吹き渡る。
    「さ、権三郎さん、気合入れてやろうか……」
     マルティナはサーヴァントの霊犬に声をかけた。
    「湯たんぽの代わりが出来るだけじゃないって知らしめないと……」
     え、ボク湯たんぽ!?
     わんこが喋れたらそう驚いたかもしれない。そして生真面目な権三郎さんは早くやろうと急かしたかもしれない。
     かき鳴らされるギターのビート。次手には光の輪が幾つも前衛に飛んで行く。権三郎さんもマルティナと息を揃えて活躍した。
     戦場となった公園を夜が包み込む。見知らぬ他人は見えない鎖があるかのように、誰も立ち入ろうとはしなかった。
    「そんな危険なの振り回されちゃ困るんだよね」
     凛月が得物を大上段から振り下ろしながら言った。重い斬撃、その手応えと共に硬質な音が響いた。
     1対8。武器を握りなおす茉莉の表情から余裕の笑みが消えていた。
     ヒルデガルドの瞳にゆらりとバベルの鎖を浮かぶ。公園のおぼろな街灯に照らされて、シャチの形を成す影が地面を泳いで忽ち敵を絡めとる。
     茉莉は怒りにかられ、回復を忘れて挑みかかってきた。
     再び、悠一の身体から炎が溢れた。彼の戦意の高さを表すように高く紅が燃える。
    「あー、寒い……。ちょっと乗ろ……」
     とかマルティナが権三郎さんと戯れつつ、一緒に息を合わせて援護する。
     御理も癒しを送るけれど、一対一では決して勝てない敵だから、余り怒らせると怖くもある。
     匡がするりと茉莉に近寄った。
    「確かに美人だけど僕の趣味じゃないねぇ」
    「煩い! こちらこそ趣味じゃありませんわ」
    「おやもう怒ってるのかい?」
     匡もシールドバッシュを茉莉に撃ち込んだ。
    (「こっちにもタゲもらうね」)
     怒りに苛まれながら疲弊してゆく悪魔の使い。
     灼滅者達は容赦なく茉莉の体力を削っていった。
    (「動きが悪くなってきたな。所詮はこの女も駒でしかないだろうが……私は私の仕事をするだけ」)
     ヒルデガルドは感情を一切見せぬまま、影を放つ。地を泳ぐシャチは鋭い牙を剥いて敵を切り裂いた。
     茉莉はよろめき、甲高い呪いの言葉を叫んで踵を返した。視線が揺らぐ。退路を求めているのだろうが、灼滅者達は元より逃亡を警戒していた。
    「おや、何処へ?」
     撫子がすぐさま掌から炎の奔流を放つ。紅く舞い散る桜の花弁の如く熱が悪魔の使いを灼く。
     そして炎のあとには礼儀正しく小さな姿が行く手を遮る。
    「帰せませんね。貴方が還るまでは」
     御理は卯槌をふるった。WOKシールドの一撃は茉莉を新たな怒りに震わせる。
    「逃がしませんよ」
     光理が雷渦旋を操る。サイキックエナジーの光輪が茉莉を薙いだ。
    「そう簡単に逃すと思ってる? 思ってないよね?」
     匡が一気に死角をついて、茉莉は一瞬身体を折る。
     その攻撃に凛月も続いた。
    「この一撃で決めさせてもらうよ!」
     黒ずくめの魔法使いが抜刀する。鋭い剣閃は銀の筋を曳いて、ソロモンの使いは消滅した……。


     公園は再び静寂に覆われた。
    「あ、あつしさん大丈夫でしょうか」
     御理はさっと倒れた男に駆け寄って診てあげた。
    (「唆されただけにしろ、殺す気があったにしろ。あつしさんは何も分からない混乱に突然叩きこまれた訳ですから、できるだけフォローはして……」)
    「大丈夫かい?」
     凛月が覗き込んだ。
    「はい。命に別状はありませんね」
    「風邪引かないといいけどね。被せるものは新聞紙くらいしか落ちてないか」
    「後は誰か親切な人が通りかかって、起こしてくれるんじゃないでしょうか」
     次こそ、あつしに良い出会いがあるといいと、御理は思う。

     他の皆は少し離れた場所にたむろし、マルティナを囲んでいた。
     正確には、彼女の手にある、先ほど回収したナイフを眺めていた。
    「とりあえず、こうして持ち運んでも危険はないみたいだね」
     マルティナはごく無造作にナイフの柄を持ち、ヒルデガルドはその刃に指を滑らせ、低くぽそぽそと喋った。
    「観察してみたが、男の挙動に不自然な点はなかった……」
     ナイフの正体は判然としない。皆は嫌な気持ちで短い間、その武器を眺めた。
    「なあ、これ、学園に提出して調査を依頼しようぜ」
     悠一はちょっと難しい顔をしている。大晦日に見えた奴の事もあるし、変な事件に繋がらなきゃいいんだけどなぁ……。
    「そうだね、それがいいと思うよ」
     匡がすぐに同意した。凛月達も合流したが反対意見の者は誰もいない。
    「それでは戻りましょうか。誰にも怪我がなくて良かったですね」
     撫子がたおやかに微笑み、匡は身体をほぐす様な仕草をして、歩き始めた。
     とりあえず今夜の仕事は成功裏に終了。
    (「寒いし、早く帰ってお風呂にゆっくり浸かりたいなぁ……」)

     星の瞬く夜、街は静かに眠りについた。

    作者:水上ケイ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 9
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