死者の廃墟ビル

    作者:小茄

     津々と降り積もる雪。
     北の地、北海道札幌の郊外は静寂の銀世界である。
     ――ボコッ。
     そんな純白の雪原に、一点の汚れを付ける様に出現した何か。
     それはうごめきながら周囲の雪をかき分け、地上へと這い出し、次第に姿を露わにしてゆく。
     おぞましく不吉な、屍人の姿を。

    「オォォォ……」「アァァァ……」
     次々に這い出したアンデッドの群れは、知性を感じさせないうめき声を上げながらも、一定の秩序を保ちながら動き出した。
     ほど近い場所にある、廃墟と化したビルディングを目指して……。
     
    「と言う訳で……寒い中大変でしょうけれど、アンデッド退治をお願いしたいの」
     有朱・絵梨佳(小学生エクスブレイン・dn0043)が言うには、札幌近郊にはぐれ眷属のアンデッド集団が出現し、廃墟ビルを拠点としているらしい。
    「数は10体程。どこから用意したのか、日本刀や弓矢を携帯している様ですわ」
     彼らは廃墟ビルを守る様に、その周囲を警戒している。近づく者があれば、襲い懸かるだろう。
     待ち構える敵に、攻めかかる形になるだろうか。
    「情報を整理しますわ」
     絵梨佳は自由帳を机の上で開く。
    「彼らは半数がビル内に居て、残る半数を周囲の警戒に割いていますわ。あなた方が攻めてきたのを察知すれば、一斉に襲いかかって来るでしょうね」
     ビルを囲むように巡回しているアンデッド達は、一定距離を保ちつつ自分の担当する範囲を警戒している様だ。
    「それぞれの警戒範囲は大体……こんな感じでしょうね」
     敵を意味する黒い点の周りに、円を描く絵梨佳。それぞれの円は重なっては居ない。つまり、警戒網には隙間もあると言う事だ。
     ただし警戒範囲の近くで戦闘音がすれば、連鎖的に知れ渡り、敵が殺到する事は想像に難くない。
     外で戦闘が起きたと解れば、ただちにビル内のアンデッド達も出てくるだろう。
    「逆に、もしビル内で戦闘が起きても外のアンデッド達は気づきにくいと思いますわ。敵は外側から来るものと思って居るでしょうしね。……それと、アンデッドは外で守りにつく者と、ビル内に居る者が3時間毎に入れ替わっている様ですわね」
     10体のアンデッドを一度に相手にするのは、かなり危険が大きい。逆に、半数ずつ撃破する事が出来ればかなり優位に立てるだろう。
     
    「多少骨の折れる任務ですけれど、あなた達の活躍に期待していますわ」
     絵梨佳は大量の携帯カイロを渡しながら、最後にそう付け加えた。 


    参加者
    新海・マキナ(生臭坊主・d00598)
    白・彰二(虹色頭の反抗期・d00942)
    水無月・弥咲(アウトサイダー・d01010)
    ミルフィ・ラヴィット(アリスを護る白兎の騎士・d03802)
    川原・咲夜(ニアデビル・d04950)
    夏目・千世(飛べない奏鳥・d10811)
    氷見・讓治(彷徨う魂・d11731)

    ■リプレイ


    「北国……、寒い……早く……終わらせないと、ね……」
     多量に持参したカイロの1つを握りしめ、夏目・千世(飛べない奏鳥・d10811)は小さく呟く。
     北海道に住む人間にとっては、0度を下回らない日は温かい方だと言う。その感覚で言えば、この日も暖かい日という事になるのだろうが……。
    「こたえる寒さですが、その分雪は綺麗な気がしますねー」
     鞄から双眼鏡を取り出した川原・咲夜(ニアデビル・d04950)は、試しにそれを覗き込んで周囲を見渡す。
     札幌の街は都会だったが、暫し離れれば人の姿はめっきり減り、ほどなく雪の世界が広がり始めた。
    「うおおおおすっげー! 真っ白ー!!」
     初めて北海道を訪れた白・彰二(虹色頭の反抗期・d00942)は、関東ではまずお目にかかれない、見渡す限りの銀世界にハイテンション。
    「アンデッドどもさえいなければ、銀世界ってとてもロマンチックなのになぁ」
     白い吐息と共に、水無月・弥咲(アウトサイダー・d01010)はそう呟く。
     8人の灼滅者達は、北海道に現れたアンデッド集団を倒す為、はるばるこの地に降り立ったのだ。
    「凍らないもしくは凍っていても普通に動くことのできるゾンビって不思議ですよね」
     目的地である廃墟ビルまであと僅かと言う所。ふと浮かんだ疑問を口にするのは、氷見・讓治(彷徨う魂・d11731)。
    「えぇ、ゾンビが動く事自体が不思議ですわ」
     ミルフィ・ラヴィット(アリスを護る白兎の騎士・d03802)は手にした地図から懐中時計へ視線を移す。
     ここまでの行動は、概ねタイムスケジュール通りだ。
    「どうやらあの建物の様ですね」
     何を目的として建てられたのか、雪原にぽつんと建つ廃墟ビル。ヴォルフガング・シュナイザー(Ewigkeit・d02890)は声をやや抑え、目を細めてその建築物を双眼に捉える。
    「さて、やるか」
     新海・マキナ(生臭坊主・d00598)の言葉に頷く一同。早速行動を開始する。


    「敵の配置はエクスブレインの話通り。ビルの出入りは表口と裏口がありますが、裏口は封鎖されていて、現実的には表口だけです。窓の類も板が打ち付けてあって、音を立てずに入るのは難しそうですね」
     見取り図を指さし、説明する咲夜。
    「では予定通り、シュヴールさんに隙を作って貰ってその隙に」
    「いざ来ませ、異邦の救い主よ」
     ヴォルフガングは頷くと、霊犬(彼は狼と称して譲らないが)のシュヴールを傍らに呼ぶ。
    「シュヴール、多くの方よりの支援……受け取った想いを無駄にする事は、私達にはできませんよね」
     ヴォルフガングは讓治の視線に頷いて応え、相棒を雪原へと送り出す。

    「……アァァァ……」
     雪原を徘徊するアンデッド達に知性は残されていないが、雪原に動く者はそう多くない。シュヴールの姿は間もなく彼らの知る所となった。
    「オォォォ……!」
     咆吼を上げながら1体が。更にその声を聞いた1体が。連鎖的にアンデッド達が群がり始める。
    「よし、今のうちだ」
     警戒網に綻びが生じたのを確認した灼滅者達は、犬、猫、蛇とそれぞれに姿を変え、ビルへ向けて移動を開始する。
    「「オォォァァー……」」
    (「どうやら、行けそうですね……」)
     アンデッド達はシュヴールの居る方向にのみ意識を向けており、灼滅者達の方を振り返る事は無い。
     灼滅者はビルの正面玄関へと回り込み、壊れたドアをすり抜けて内部へ潜入。
     讓治は速やかにサウンドシャッターを展開すると、息を潜めて敵の気配を伺う。

     外の仲間が戦闘を開始した事に、ビル内のアンデッド達も気づいたのだろう。ぞろぞろと出入り口目掛けてやってくる。
    「合流されては厄介ですわね……ゾンビ共には、此処で立ち往生して頂きますわ……!」
     ミルフィの杵鈷羅がアンデッドの足下を掃射したのを合図に、戦端は開かれた。
    「そんじゃ、いっちょ始めますか!」
     マキナの放った漆黒の殺気が、アンデッド達を包み込む。とほぼ同時、一気に敵の背後を取った彰二のチェーンソー剣が、アンデッドの背部を深々と切り裂く。
    「……アァァァァー!」
     ようやく自分達が攻撃を受けている事に気づくアンデッド達。灼滅者の姿を認め、怒りの咆吼を上げる。
    「天魔外道、降臨。さぁ、消し飛ばされたい奴からかかってこい」
     バスターライフルを構える弥咲は、鏖殺領域を展開しながら見得を切る。
    「ここからは時間との勝負ですね」
    「じっくりゾンビを観察する暇は無さそうです」
     リングスラッシャーを盾として舞わせるヴォルフガング。闇の契約によってダークネスの力を呼び起こす讓治。
    (「冷凍されているとは言え死体、あまり触りたく無いですね」)
     バベルの鎖を瞳に集中させながら、アンデッド達を見回す咲夜。
    「ガァァァァーッ……!」
    「……さあ……始めよう……か……」
     ようやく反撃態勢を取り始めるアンデッド。千世はグロテスクな敵に怯むこともなく、炎纏う愛刀【緋月】を抜き放つ。
     ――ヒュッ!
    「ア゛ア゛ァァァー!!」
     炎を纏った刀の一閃は、アンデッドの腕を切断し、燃えさかる炎は尚も延焼してダメージを与える。


    「そらよっ!」
     マキナの得物【殺鬼】と【焼鬼】が、アンデッドの頭部を斬り飛ばす。
     さしものアンデッドも、崩れ落ちて動かなくなる。
    「オォォ……」
     ――キィン!
    「この炎から逃げられっかな!」
     敵の振り下ろす刀を受け流した彰二は、そのまま最上段からレーヴァテインを見舞う。
     不意を突かれた上に、戦力で劣るアンデッド達はジワジワと追い込まれてゆき、1体また1体と崩れ落ちてゆく。
    「余りのんびりとはしていられません」
     緋色のオーラを纏わせたリングスラッシャーを放ちながら、僅かに意識をビルの外へ向けるヴォルフガング。
     外のアンデッド達が戻って来ない保証は無いし、シュヴールの安否も気に掛かる。
    「ッハッハー! 今日も私のライフルが敵を打ち砕く!」
     一方、普段通りの豪放磊落っぷりでアンデッドを打ち倒す弥咲。彼女の手に掛かればバスターライフルも鈍器扱いだ。
     ――ガキィッ!
    「これで……残り1体ですわ……!」
     ミルフィは逆手に持っていた杵鈷羅を一回転させて持ち直すと、アンデッドの剣撃を受け止める。もう片方の手で【牙兎】を抜き放つと、そのまま敵の胴体を両断する。
    「ゼロ……です」
     バトルオーラを脚に集中させた咲夜。足払いを受けたアンデッドは、そのまま崩れ落ちた。
    「後は……」
    「外の残党だけですね」
     刀を鞘に収める千世に頷きながら、讓治はサウンドシャッターを解除。
     灼滅者達はビルの外へと急ぐ。

    「オォォォ……」「アァァァ……」
     シュヴールは勇戦し、その役目を果たしていた。
     ビル外のアンデッド達が彼をKOし終え、ビルに引き上げようと仕掛けた頃、雪原の上で灼滅者と対峙する。
    「アンタらの仲間は片付けたよ」
    「お前らも倒れてもらうぜ」
     マキナ、彰二が雪上を走って間合いを詰める。
    「さくっといくぜ!」
     再びシールドリングで仲間を守るヴォルフガングと、鏖殺領域を広げる弥咲。
    「相手は少数、各個撃破で行きましょう」
     予言者の瞳を開きつつ、仲間に告げる咲夜。讓治も闇の契約によってその力を強める。
    「ガァァァーッ……!」
     ――ヒュッ! ヒュンッ!
     唸りを上げながら飛来する矢を、刀で払い落とすミルフィと千世。
     アンデッド達もまた、最後の抵抗を試みる。情報と作戦によって優位に立った灼滅者達だが、単純な戦力ではアンデッド達が上だったのだ。
     敵の半数を葬った今も尚、油断出来る相手ではない。
     ――ザシュッ!
    「……悪ィけど、まだ倒れる訳にゃ、いかねーんだ……!」
     袖口をかする槍。痛みに表情をしかめながらも、前へ前へと押し出してゆく彰二。
    「彰二……、危ないから……下がって……っ!」
     これをカバーする様に、位置取りを上げる千世。
    「では、わたくし達は援護を」
     天上の歌声を響かせるミルフィ。讓治も闇の契約によって前衛の傷を癒やす。
     灼滅者達の連携は攻守両面において敵を圧倒しており、時間が経つにつれその差はより明確に開いていった。
    「ア゛ア゛アァー……」
    「雪は全てを覆い隠す……死体でも、砕けて雪に混じれば綺麗なものだよ」
     咲夜のフリージングデスによって僅かに残っていた熱さえも奪われたアンデッドは、雪原に崩れ落ちる。
    「死した後まで、この世で迷ってないで、速やかに冥土へ堕ちて下さいまし……!」
     と、ほぼ同時。ミルフィの牙兎がアンデッドの眉間を貫いて引導を渡す。
    「大人しく滅びろ! 纏めて消し飛べ!」
     更には、弥咲のリップルバスターがアンデッドらを纏めてなぎ払う。
     苛烈な波状攻撃の前に、敵はいずれも瀕死の状態だ。
    「もう……、お終い……さよなら……」
     鞘に収めた刀を、目にも留まらぬ速度で抜き放つ千世。
    「アァァァー……」
     アンデッドは自分の胴体が切断されている事も気づかず、そのまま前のめりに倒れ込む。
    「こいつで終わりだ!」
     彰二のティアーズリッパーが鎧ごとアンデッドに致命傷を負わせ、讓治の弾丸がその額を打ち抜く。
     雪原には静寂が戻り、灼滅者達の他に動く者は皆無となった。


    「シュヴール、良く頑張りましたね」
     復活したシュヴールを撫でながら、ねぎらいの言葉をかけるヴォルフガング。
    「これで任務完了ですわね」
     ふっと白い息をついて、表情を緩めるミルフィ。
    「あぁ、これで通りかかった誰かが襲われずに済むな」
     彰二も微笑みつつ頷く。
    「皆さん、見て下さいキタキツネですよ」
     先ほどは任務中だった事もあって、動物に変身した仲間をじっくり眺める事も出来なかった讓治。野生動物を目にして、思わずテンションが上がる。
    「帰りは温かい物でも食べてからで……」
    「賛成……」
     冷たい風に震えつつ提案する咲夜と、即座に応える千世。彼女のカイロもそろそろ温度を失いつつある。
    「しかし、一体何が目的でこんな行動をとっているのだろうか」
     周囲を見回して、首を傾げる弥咲。しかし現時点でその答えを持つ者は居ない。
    「さ、風邪を引く前に行こうか」
     マキナに続き、帰途につく一行。

     8人と1匹の活躍により、札幌郊外の廃墟ビルに巣食うアンデッドの群れは退治されたのだった。

    作者:小茄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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