ハイッテマス

    「……もれる」
     積雪により閉鎖されたはずの公園、10歳前後だろうか、数名の子供達が立ち止まった。
    「まいったな、家までは遠いし……ほらその辺の陰でしてこいよ!」
     年長者と思しき少年の言葉に、一際小さなその男の子は首を横に振った。
    「トイレ……」
    「んなこといってもなあ」
    「俺知ってる! こっちにトイレあったはずだぜ!」
     雪に半ば埋もれながら走った先に、雪に隠れた公衆トイレが見えた。
     一目散に中へと飛び込んだものの、どういうわけか個室の扉が開かない。
    「もれ……もれちゃう……」
    「おい、どうしたんだよ!」
     ガタガタと戸を鳴らす音を聞きつけ、子供達が駆けつける。
    「……あれ、なんだ。開くじゃないか」
     ギィ、と音を立てて個室のドアが開く。
     と、突然周囲に立ち込める異臭。公衆トイレだから、というものではない。腐敗臭を凝縮したような、失神しかねないほどの激臭。
     便座の上に鎮座する巨大な何かが、こちらをじっと見下ろしている。
     男の子の足元に、湯気がか細く立ち上った。
     
    「立ち入り禁止区域で遊んでいた子供達が、ゾンビに襲われてしまうの」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が地図に指を立てた。
    「事件が起こるのはここ……冬期間は立ち入りが禁止されてる公園なんだけど……」
     こういった公園は除雪の処理が追いつかない際に雪捨て場とする他、雪にはまって抜け出せなくなる、池の上と気づかずに氷を踏み割るなどの事故を防ぐため、冬期は立ち入り禁止となる場所も少なくない。だがそれが逆に、子供の好奇心をくすぐってしまったようだ。
    「それと、現れたゾンビなんだけど……どういうわけか、1体だけなの」
     ゾンビは半分雪に埋もれた公園のトイレにじっと閉じこもっており、偶然そこに訪れた子供達を襲ってしまう。自発的に外に出ようとすることは無いようだが、今回この子供らが公園に立ち入らないようにして悲劇を回避してもその先の安全の保証は全く無い。
     未来予測できた以上、一刻も早い灼滅が望まれる。
    「もちろん、普通のゾンビよりもずっと強いみたい。体も大きくて、身長は……そう、丁度教室の天井と同じくらい。例えるならおっきなおまんじゅうに手足がついたような、そんな感じ。口から吐き出す凄い臭いと巨体で攻撃してくるよ!」
     おっきなおまんじゅうの中身は様々な生物の死骸。それが激臭の正体でもある。
     
    「子供達が襲われるのはまだ少し先だから、今なら広い公園で邪魔されずに戦えるよ! ……あ、寒さ対策も忘れないでね!」


    参加者
    ソルデス・ルクス(不浄なる光・d00596)
    佐藤・司(高校生ファイアブラッド・d00597)
    九条・龍也(梟雄・d01065)
    志倉・桜(魔を滅ぼす者・d01539)
    新城・七波(藍弦の討ち手・d01815)
    日輪・かなめ(第三代 水鏡流巫式継承者・d02441)
    ジェーン・ホームズ(コズミックライダー・d04640)
    山咎・大和(彼女のためならいかなる事も・d11688)

    ■リプレイ

    ●便座のゾンビ様
     立ち入り禁止区域に過剰な重装備、マスクに至っては日常用とは思えないものまで。
     間違いない、誰がどう見ても立派な不審者だ。
     ぎゅちっ。ぎゅちっ。ぼすっ。
     一面雪景色の中、雪を踏みしめる音に妙な音が混じる。
     志倉・桜(魔を滅ぼす者・d01539)が膝まで雪に埋まり、難儀していた。
    「積もってるとは聞いていましたが……ひゃあっ! ブーツの中に雪が!」
    「ブーツでも長靴でもダメですか。もう何履けばいいんですか。つなぎとかですか」
     日輪・かなめ(第三代 水鏡流巫式継承者・d02441)が肩を落とす。無論、かなめの長靴の中にも雪がいくらか滑り込んでいた。
     山咎・大和(彼女のためならいかなる事も・d11688)が雪から足を引き抜き、雪を踏みしめながら一歩ずつ前へと進む。
    「滑る心配は無さそうですが、動き回るには少し慣れがいりそうですね……」
     灼滅者達が目指す場所は近い。半ば雪に埋もれた、そこそこ年代ものの公衆トイレ。
     白い外壁が積もった雪に馴染み、遠くから見れば小さな雪山にも見える。
     男子トイレ、女子トイレの入り口だけが屋根に守られ、ぽっかりと口をあけていた。
     既にうっすらと感じる臭気に、大和の霊犬、コロは腰が引けている。
    「アイツは男子トイレね……じゃ、アタシはここから見守ってるから」
     マスクの上から鼻をつまみ、トイレの中へと進むかなめ達の背を、ジェーン・ホームズ(コズミックライダー・d04640)が笑顔で見送った。
     当然電灯がついているはずもなく、入り口と、小さく開いた明かり窓からの日差しでトイレ内がうっすらと照らされている。
     灼滅者達は迷うことなく真ん中の個室の前で止まり、武器を構えた。
     そこに件のゾンビがいることは間違いない、放たれた臭気、感じる威圧感。そしてなにより、頭の先が見えている。
     灼滅者達が息を呑む中、空気を一切読まずにかなめが個室のドアを開け放った。
    「たのもー! ゾンビさん、しょーぶなのですよ……おおッ!?」
     開いたドアの中から少々乾燥気味な腹が飛び出す。まさに目と鼻の先。比喩でもなんでもなく、本当に鼻の先。仰け反ったおかげでなんとか触れることだけは避けられた。
     マスクや鼻栓は確かに一定の効果を見せている。素のままでここに立っていたならば意識を保つのも難しかったかもしれない。だが、常軌を逸した臭気はもはや目で見てもそれとわかる代物。ごく一部、露出した顔に、粘りのある空気がまとわり付く。
     腹の底から何かが湧き上がる、というよりか胃の底から何かが逆流してくるような感触と、目から入り込む臭気に涙があふれ、視界が霞む。
     九条・龍也(梟雄・d01065)が涙を拭き、目を凝らしてゾンビの顔を見上げる。
     笑っているのだろうか、口元が大きく歪み、そして顔の3分の2をも占める巨大な口が開く。
    「……!! まずい!」
     ゾンビの至近距離に居たかなめの襟首を引き、大きく距離を取る。
     ――フシュウウゥゥ……。
     灼滅者達の逃げる音、咳き込む音に混じって、トイレ内に静かな風切り音が響いた。
     
    ●雪原の巨人
     ミシミシと音を鳴らし、トイレの外壁が崩れてゆく。
     亀裂から大量に漏れ出す黒ずんだ黄色い気体が音を上げて漏れ出す。
     入り口から、龍也を先頭に臭気をびっしりと纏った灼滅者達が転がり出た。
    「……うっ……」
     助けに駆け寄った新城・七波(藍弦の討ち手・d01815)が思わず息を止める。
    「とにかく、ここから離れろ!」
     佐藤・司(高校生ファイアブラッド・d00597)が残った空気で無理矢理声を絞り出す。
     ――ドォン!!
     爆発音と誤認しそうな轟音がトイレ構内に炸裂する。全方位から噴き出す臭気、続いて、大量の粉塵が周囲に吹き飛んだ。からがら逃げ出した灼滅者達の目の前には、入り口だけがそのまま残された無残な瓦礫の山があった。
     ソルデス・ルクス(不浄なる光・d00596)が先ほどよりはよほどマシになった空気を大きく吸い込み、見上げた。
    「……このゾンビ、どうやってあそこに入り込んだんでしょうか」
     衝撃で宙に舞った砂埃と雪、そして臭気の合間から巨大な影が覗く。
    「そんな細かいことは、あとで考えようぜ……」
     龍也が日本刀を握り締め、脇に構える。狭い範囲とはいえ踏みしめられた雪は意外と固く、足場として頼もしくさえ感じられた。
     影がぐらり、とこちらに向けて倒れた。いや、こちらに向けて転がりだした。
     ――ドゴッ!
     唯一残っていた入り口部分を積み木の如く崩し、さらに勢いを増した肉弾が瓦礫を踏み割り、轟音と共に迫る。
     ただまっすぐに進むだけ。それだけなのだが、その巨体に加え激臭、雪塊を撒き散らしながらの突進が灼滅者に追い討ちをかける。
    「早めに灼滅しないと、嗅覚がピンチです!」
    「ったく、口呼吸は体によろしくないんだぞ! アロマなんとかっていうこのマスクも……最悪だ! 混ざり合って余計臭くなってる気しかしねぇ!」
     七波と司の影が転がるゾンビに纏わりつき、縛りつけ、回転を徐々に緩めてゆく。
    「なんであろうと、人に害為す存在を許すわけには行きません」
     動きの止まったゾンビを大和の放ったバスタービームが撃ち抜く。
     かなめがゾンビの作った轍を足場にして駆け、一気に距離を詰めてゆく。
    「ほぁー……たたたたたたたたぁ!!」
     かなめの連打がゾンビのふくよかな、それでいて硬い腹を細かく揺さぶる。
    「――あたぁ!!」
     ――ドスン!
     衝撃音が、心の臓腑に重たく響く。それはついでにゾンビの臭いをも周囲に振り撒いた。
    「この臭いは、殺人的すぎる……!」
    「クソったれの……死に損ないがッ!」
     龍也の刀、ジェーンのマテリアルロッドがゾンビの腹に細かな傷を刻む。決して硬質なはずではないのに、強固なゴムとでもいうべきか、そんな感触に眉をひそめる。
    「これが、地底人……!」
     起き上がろうと雪上についたゾンビの腕に、飛び出した桜がサイキックソードを振り下ろす。
     バランスを失い、前に転がったゾンビが頭を雪にめり込ませる。
     それを待っていた、とばかりにライドキャリバー、星屑が雪上を駆ける。
     無防備なゾンビの背中めがけ、くっきりとタイヤ痕を刻もうとしたその時だった。
     倒立状態になっていたゾンビが、ぐらりと倒れ、回転を始める。
     ――ゴ……ギシッ……メリッ……。
    「なんてこった! Baby!!」
     ジェーンの声も虚しく、肉塊は星屑の上をゆっくりと踏み越えた。
     徐々に速度を増したゾンビが大きなカーブを描き、灼滅者達を囲うようにトイレ跡へと突進してゆく。 
     ――ドォン!!
     瓦礫に衝突したゾンビは大きく跳ね、その場に落下して砂埃を舞い上げた。
     
    ●毒霧の果て
    「大丈夫ですか?」
     七波のジャッジメントレイを受け、ソルデスが搾り出すような呼吸を続けたままゆっくりと立ち上がる。
    「間の抜けた見た目やけど……とんでもないゾンビやね。油断してたわけやないのに……」 仲間の傷を癒す傍ら、瓦礫にめり込んだままもぞもぞと身動きするゾンビを注視する。
     小さく跳ねるように、ゾンビが瓦礫から抜け出し、きょろきょろと周囲を見渡す。
    「くそ、こんな調子じゃすぐにジリ貧だぞ……」
     今、灼滅者達はサーヴァントも含め攻撃をモロに受けた司達の回復に労力のほとんどを割いている。ゾンビの攻撃のたびにこれでは、とても追いつかない。
     ジェーンが杖を握りしめ、ゆっくりとこちらへ向けて歩き始めたゾンビを睨み付ける。
    「……次が来るようだ! みんな、行けるか!」
    「ああ! なんであろうと、打ち砕くのみ!!」
     雷を宿した拳を、ゾンビの頭目掛けて叩き付ける。バランスを失ったゾンビがその場にドシン、と尻餅をついた。
    「臭い物にフタ……はねーから、焼き尽くす!!」
     ぐらり、と後ろに倒れかけたゾンビの背を炎を纏った無敵斬艦刀で突き上げる。飛び散った火の粉が雪を溶かし、蒸気を上げた。
    「どんな力でも、動けなければ無意味ですよね」
     ソルデスの指から放たれた契約の弾丸が、ゾンビの眉間を射抜く。
     ――その瞬間。あごが抜けたようにゾンビの口が大きく開いた。
     途端に解き放たれる濃縮された激臭。ソルデスは咄嗟に息を止め、飛び退こうとしたが、真正面に位置していた不幸か、ほんの一呼吸。ゾンビの息を吸い込んでしまった。
     内臓が脈打ち、この気体を拒絶する。意識は既に遠く、痛みは感じない。ただ、目の前の巨大な影が霞んでゆく過程だけが、ハッキリと認識できる。
    「はは……」
     ソルデスが膝から倒れ、雪上へと突っ伏した。
     倒れたソルデスへと向けて、ゾンビがゆっくりと近づく。周囲は未だ激臭が満ちており、桜達はうかつに近寄ることができずに居た。
     と、その時桜の横を一筋の光線が通り過ぎ、ゾンビの頭部を半分、抉り取った。
     はるか後方に、大和のバスターライフルの銃口が光る。
     司の影が、ぐらつくゾンビの足を引き、雪上へと引きずり倒す。
    「お前の相手は……俺だ!」
     毒霧を掻き分け、龍也が走る。手に握った刀の刀身が徐々に紅く染まってゆく。
    「伊達や酔狂で、こんな物を持ってる訳じゃねぇぞ!」
     突き立てられた紅蓮の刀がゾンビの背を深く貫いた。刀身にこびり付いた腐肉を振り払い、さらにもう一撃、欠けた頭部をさらに削り取る。
     既に受けている深い傷に加え、無茶な突貫に息の荒くなった龍也を、光が包み込む。
     ジェーンがぐいとマスクを下げ、龍也へ向けて声を荒げる。
    「落ち着け! 奴の一撃が怖いのはお前も知っているだろう!」
     ――グゥゥ……!
     動き出したゾンビから、龍也が飛び退いた。
     次の瞬間、地面を揺らし、巨体が宙を舞った。ゾンビが司目掛けて、上顎の一部を欠損した巨大な口を開く。
     ――ドォォォン!!
     大量の雪が宙へと舞い、ほんの一瞬、ゾンビと司の姿を覆い隠す。
    「司さん!」
     七波が思わず立ち上る雪へと声を張り上げた。
     すぐに晴れた雪の中から、斬艦刀をゾンビに押さえつけられ、今にも組み伏せられんとする司が素手で無理矢理ゾンビの頭を押しのける姿が現れた。
     「……くっせー口を……俺に、向けるな!」
     背後から伸ばした影でゾンビの腕を払い、雪に埋もれた斬艦刀を引き抜く。
     力の拮抗が崩れ、互いにあらぬ方向へと弾かれるように転がった。
     
    ●決死の時
    「これ以上は私達も……一気に勝負を賭けましょう!」
     大和が武器を龍砕斧へと持ち直し、無防備になったゾンビの肩へと振り下ろす。
     幾多の攻撃が少しずつダメージを刻んでいたのか、あれほど頑丈だったゾンビの肩の骨が砕け、不恰好にぶら下がる。
    「しつこいのはなあ、嫌われるんだぞ!」
     司によって突き立てられた斬艦刀が炎を纏い、腐肉を焦がしてゆく。
    「文字通りの……鉄・拳・制・裁ッ……なのです!」
    「死に直せ! 腐れゾンビ!」
     十字架から放たれる無数の光と共に、かなめの鋼鉄拳がゾンビの体の芯に徹る。
     既にゾンビの手足に力は無く、僅かに頭を持ち上げ、周囲を窺うのがやっとに見える。
    「……この瞬間を、待ってたんや」
     桜がゾンビの頭へとガンナイフの狙いをつける。
    「乾かず渇えず、無に返れ!!」
     撃ち出された弾丸がゾンビの口へと飛び込んでゆく。次の瞬間、貫通した弾丸はゾンビの後頭部からではなく、腹から飛び出した。途端に風船のようにゾンビの体は弾け、無数の肉片と化した。それらの肉片は地に落ちる前に、瞬く間に腐敗して塵へと返る。
    「消臭ッ!! ……って、あれ。むしろさっきより臭いが……」
     灼滅者達は目の前の光景に目を疑う。雪原に、こんもりと積もった謎の黒い山。
     山積みになったゾンビの内容物と思われる死骸の山が異様な存在感を示していた。
     
    「――おい、大丈夫か。ソルデス」
     龍也の呼びかけに、ソルデスがゆっくりと目を開く。
     周囲にはゾンビの姿は既に無く、謎の燃えカスが山を作っているのみ。
    「ええ……ちょっと頭痛がしますが、それくらいです。……ゾンビを灼滅できたんですね。お怪我は、大丈夫ですか」
    「アンタが大丈夫なら、みんな無事よ。まあ、アタシの星屑はボロボロにされちゃったけど……あとで直してあげるから。うん、大丈夫」
     ジェーンが苦笑気味にはにかんだ。
    「ひとまずみなさん、暖かいものでもどうで――」
    「はい! 欲しいです!」
     言い終わらぬうち、かなめが真っ先に水筒を取り出した大和からレモネードを受け取る。
     そっと、顔を近づけ、口直しならぬ鼻直しと言わんばかりにレモネードの香りをいっぱいに吸い込む。しかし途端に、何故かかなめの顔が青ざめていった。
    「……くさいです」
    「あれ、水筒にまで臭いが移ってましたか……弱ったな」
     首をかしげた大和に向けてかなめが涙目になり、ふるふると首を横に振った。
    「違います……私の手がくさいんです……」
    「ああ……そういえば司さんと同じくらい触れてましたからね……」
     七波が苦笑を浮かべ、司へと視線を向ける。びくっ、と身をこわばらせた司が慌てて自身の臭いを嗅ぎ、かなめ同様に顔を青ざめさせた。
    「風呂で取れるかなこれ……」
    「全身くさいです……うっ」
     桜が半泣きのかなめの肩を控えめに叩く。
    「えーと、その……か、帰りましょうか」
    「……はい……うう」
     ぎゅちぎゅちと、雪を踏みしめる音が響いた。

    作者:Nantetu 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年12月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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