眠れぬ死者は雪に抱かれ廃墟に棲む

    作者:飛翔優

    ●氷点下の眠れぬ死者
     深夜未明。
     一日をかけて降り積もってきた雪が、前触れもなく盛り上がる。
     限界を迎え崩れた山の中から顔を出したのは、顔が腐敗した男。ただただ鋭い眼光を周囲に向けていくだけの、かつてチンピラだったアンデッド。
     一体、二体、三体……瞬く間に数を増やし、総計十二体へと到達した。
     奴等は各々人数が揃ったことを確認し、きょろきょろと周囲を眺めていく。ふと、一体が動きを止め、他の個体もそれにならった。
     視線の先には、大きな廃墟。かつて孤児院だった場所。
     頷き合う事はせず、誰が合図をするでもなく、アンデッドは廃墟に向かって歩き出す。その場を拠点にするのだと、静かな足取りで進んでいく。
     場所は北海道、札幌市の郊外。街の平和が小さな軋みを上げていく。このままでは、いずれ……。

    ●放課後の教室にて
    「札幌市の郊外、かつて孤児院が営まれていた廃墟に、はぐれ眷属であるアンデッドの群れが棲み着きました。今回、皆さんにはこちらを殲滅してもらうことになります」
     倉科・葉月(高校生エクスブレイン・bn0020)は地図を広げ、現地とその周辺を丸で囲んでいく。
    「彼らは半数ずつ交代で、この丸で囲んだ辺りを巡回しています」
     アンデッドたちは巡回中、敵対行動を取るものがいたら攻撃してくる。逆に、ちょっかいを出さなければ安全、と言う事でもある。
    「なので、まずは半数のアンデッドが巡回している内に、ちゃちゃっと拠点のアンデッドを倒して制圧して下さい。その後、帰ってきた残り半数のアンデッドを迎撃する、と言う流れが一番効率的になりますから」
     何よりも、数が多い。なので、一度に相対せず、半分に分割して対処する必要があるのだ。
    「力量的にはそうですね……十二体一気に戦うと辛いですが、半数ずつ戦えば無理なく倒せる範囲でしょう。六体が相手なら数の優位もありますしね……っと。それでは、特徴や戦闘能力について説明しますね」
     十二体のアンデッド、総員錆びたナイフを持つチンピラ風の男たち。拠点組は防御に優れ、巡回組は攻撃に優れており、戦う際は全員前列を担ってくる。
     攻撃方法は二種。毒を孕む錆びたナイフと、相手の血肉を持って自らを浄化する牙。また、双方とも相手の体力を吸収する魔力も秘めている。
     その他、自らを食うことにより体力を回復し、毒などに対して耐性を得る力も持っている。
     最後に拠点となっている廃墟の様子だが、窓がなく雪が入り込み、壁も崩れているなどと言った点はあるものの、広さは十分。どんな陣形でも敷くことができるだろう。
    「以上で説明を終わります。対拠点組と対巡回組の二回の戦闘、それぞれに策を講じ、撃破して下さい」
     そして……と、葉月は静かな息を吐く。締めくくりの言葉を紡いでいく。
    「連戦で、それなりに辛い戦いになります。ですが、皆さんなら大丈夫と信じています。なので、油断せず確実に撃破してきて下さい。何よりも無事に帰ってきて下さいね、約束ですよ?」


    参加者
    九湖・奏(中学生ファイアブラッド・d00804)
    天祢・皐(高校生ダンピール・d00808)
    篠崎・結衣(ブックイーター・d01687)
    シオン・ハークレー(小学生エクソシスト・d01975)
    神泉・希紗(可愛いものハンター・d02012)
    藤枝・丹(六連の星・d02142)
    風華・彼方(小学生エクソシスト・d02968)
    村井・昌利(そろそろ何かしら名乗りたい・d11397)

    ■リプレイ

    ●北海道の夜、雪色に染まる孤児院跡
     時刻は夕日が沈んだ頃。雪雲に閉ざされた空は暗く、街灯も頼りになる程には明るくない。暖をもたらす物も、何もない。
    「……これだけ着込んでもまだ寒いとか……」
     物陰に隠れ孤児院跡を見守る九湖・奏(中学生ファイアブラッド・d00804)が白い息を吐き出した。
     両腕で体を抱き締めて、降り積もる雪の面積を少しでも減らそうとも試みる。
     しかし、既に積もっていた雪の放つ冷気からは逃げられない。静かな風が吹く度に、肌を貫く寒さに打ち震えた。
    「ほんと、こちらの寒さは東京とは比べ物になんないっす……と、これ使うっすか?」
     小首を傾げる村井・昌利(そろそろ何かしら名乗りたい・d11397)が懐から取り出したのは、使い捨て用のカイロが数箱。大量に用意してきたからと、希望するしないに関わらず仲間たちへと配っていく。
     篠崎・結衣(ブックイーター・d01687) も受け取って、静かな息を吐き出した。もっとも、すぐに温まるわけではなく、今はまだ寒いまま。
    「……この寒い中、あんな姿でウロウロしているのを見るのも……気分はよくない、ですね」
     カイロを抱きしめる彼女の視線の先、孤児院跡から薄着のチンピラ風の男たちが現れた。
     よくよく眺めれば体のいたるところが崩れているチンピラゾンビ、総数は六。情報通り、誰が合図を飛ばすわけでもなく周囲の巡回へと向かっていく。
     それから息を潜めること数分。十分巡回するチンピラゾンビたちは離れたと判断し、彼らは物陰から飛び出した。
     まずは孤児院跡に残っているだろうゾンビたちを討つのだと、新雪の道を駆けて行こう。
     滑ることなどあり得ない。体も、足回りも、十分な準備を重ねて臨んでいるのだから。
     玄関口へとたどり着いたなら、勢い良く扉を蹴り開ける。勢いのまま廊下を駆け、大部屋へと飛び込んだ。

    ●拠点を守るモノ
    「わたしの完璧な突入作戦で完璧に灼滅してあげるんだよっ!」
     チンピラゾンビたちの前へと姿を晒すなり、神泉・希紗(可愛いものハンター・d02012)がスレイヤーカードを掲げていく。
    「悪鬼平定!」
     ワードを唱え、武装を整えると共に床を蹴り、状況が理解できないのかもたついているチンピラゾンビの群れへと突貫した。
     藤枝・丹(六連の星・d02142)が横に並び、回転のこぎりを唸らせる。
    「行くっすよ! さっさと灼滅するっす!」
     体を捻り、思いっきり横に薙いだ。
     胴に切り込み、押し当てて、ガリガリと肉と守りを削いでいく。
    「まずはそいつ、だね!」
     一呼吸分だけ立ち止まり、片腕に力を集めていた希紗が、剣を振りぬき退いた丹と入れ替わるようにして飛び込んだ。
     開いた傷口をぶん殴り、壁際までぶっ飛ばす。
     着地と共によろめく同胞の姿にようやく事態を察したか、チンピラゾンビたちがナイフを抜き放った。
     錆色の軌跡を縦横無尽に描きながら前衛陣へと迫っていく。
     二体に襲われた希紗は捌ききれず、腕に刻まれた傷口が紫色に変色した。
    「ボクが希紗を治療するから、皆は他の人をお願い!」
     すかさずシオン・ハークレー(小学生エクソシスト・d01975)が声を上げ、一枚の符を投げ渡す。
     希紗は傷口へと当てながら駆けまわり、正常な状態へと戻った腕で刀を引きぬいた。
    「……」
     腕に力は込めても、まだ、攻めない。
     ボロボロの個体に狙いを定める天祢・皐(高校生ダンピール・d00808)の姿が見えたから。
    「早々に一体目、と行けそうですねぇ」
     腕にひねりを加えた上で突き出された槍が、チンピラゾンビの体を貫いた。
     引き抜けば膝をつき、腕で体を支え始めて行く。
    「これで……!」
     立つことなど許さぬと刀を振るい、風刃によってその首を切り飛ばした。
    「っ!」
     倒したことに油断せず、希紗は背後から迫る殺気を察知する。
     身を屈め、前方へと転がり込み、抱きすくめようと伸ばされた腕を回避した。
     上手い具合に凍り付いている床へも誘導できていたのだろう。回避されたそのチンピラゾンビは足をもつれさせすっ転んだ。
    「そこっす!」
     ナイフを避けるついでに身を翻し、丹がチェーンソー剣を振り下ろす。肩へと食い込ませ、回転のこぎりを唸らせ、肉体を絶え間なく削っていく。
     のこぎりの開店が止まると共に、彼は後方へと退避した。
     今まで居た場所を錆色の軌跡が通り抜けていく様を眺めながら、元気な声を張り上げる。
    「さあ、この調子で行くっすよ!」
     今のところ、危ない点は見当たらない。
     巡回していた者たちが戻ってくる前に、チンピラゾンビたちを片付けてしまおうか。

    「三体……目!」
     焔宿りし奏の杖が、チンピラゾンビの意志を焼きつくす。
     残滓として燃える様に僅かな暖を感じつつ、彼は次なる対象へと視線を移した。
    「そこっ」
     折よく、素早く対象を切り替えた風華・彼方(小学生エクソシスト・d02968)の弾丸が奏の背後に居た個体を貫いた。
     即座に昌利が飛び込んで、その歪な顎を殴り砕く。
    「よし、守りは崩したっす」
     彼の語った通り、自らの血肉を得ることによる耐性を砕くことはできたのだろう。顎から体液が零れていくさまが、それを如実に物語っていた。
     しかし、動きの鈍った様子はない。
     その個体は再び奏に襲いかかる。
    「っと」
     杖を横に構え、受け止めて、奏はその個体を押し返す。
     左上でだけに力を乗せ、押さえつけ、自由な動きを封じていく。
     右手はフリー。チンピラゾンビの虚ろな瞳がそれを捉えた頃にはもう遅い!
    「はっ!」
     瞬く間に四発の拳を叩きこみ、その個体を退かせる。
     背後に居た結衣が杖を叩きつけると共に、込めていた魔力を開放した。
     多大な力に揺さぶられど、未だ倒れる気配はない。否、より一層の力を込めて、腕を振り上げていく。
    「もう、眠りなよ」
     振り下ろされんとした時、こめかみを彼方の矢が貫いた。
     腕を振り上げた姿勢のまま、その個体は沈黙する。
    「後二体。この調子なら……」
    「負けることはない、よなっ!」
     彼方が次なる対象を見定めんと周囲を見回した時、奏が刃に炎を宿らせた。
     闇を焼きつくすための熱は静かな暖をももたらして、彼らに活力を与えていく。
     数多の力が飛び交った果て、彼方の放った魔力の矢がチンピラゾンビを貫いた。
     奏の焔は最後の個体を焼きつくし、凍える夜に再び静かな暖を与えていく。
     安らかな熱が満ちる頃、静かな風が吹き抜けた。
     新たな雪がもたらされた時、一度目の戦いは終幕する。
     次は、巡回で戻って来たチンピラゾンビたちを滅ぼすだけ。故に――。

    ●雪音が聞こえる狭間の時間
     落ち着いて周囲を見渡せば、嘗ては畳が敷かれていたのだろうと思われる大きな部屋。転がる六つの遺体を眺め、皐は溜息を吐き出した。
    「新年早々ゾンビの相手だったのですよね。そして昨年も……」
     どうもこういうゲテモノに縁があるらしいと、小さく頭を振っていく。一般人に害を成す前に刈り取る事に違いはないと、壁に背を預けた。
    「次もサクッと終わらせて、新年を祝いましょうか」
    「そうだねー。……ただ」
     仲間たちが治療に動く中、彼方が小首をかしげていく。
    「どうもはぐれ眷属って感じがしないよね。まあ、ノーライフキングの元眷属だったんだろうけど……」
     今現在、知るすべはない。探ることも今はできない。故に、思考は後に……と、ひとまずの結論が先送り。
     そんな会話をしながらの治療が終わった頃にはもう、熱も冷めていた。
    「それにしても、寒いよね」
     シオンが白い息を吐きながら、己の体を抱いていく。
     外よりはマシだろうけど、寒いことに違いはないのだ。
    「帰りがけに何か暖かい物でも食べて帰りたいよね。折角食べ物が美味しいって聞く北海道に来たんだし」
    「あ、それいいね」
     来るべき勝利の先を見て、彼方が頬を緩めていく。否を唱えるものも居らず、約束として契られた。
     そして……十数分の時が経った後、孤児院後へ向かってくる足音が聞こえてきた。
     全部で六つ。恐らくはチンピラゾンビたちのものだろう。
     彼らは息を潜め、得物を握る。チンピラゾンビたちの到来を待ちわびる。そして……。

    ●巡回していたモノ
     拠点内の様子が違うことには気づいていたのだろう。出会い頭に昌利の放った拳撃は、ナイフの柄によって防がれた。
     流れるがままに反撃のナイフを二発受け、昌利は仰け反りながら後退する。
    「……守りを固めていなければ危なかったっすね」
     先程よりも大きな一撃。守りを固めている己以外が受ければ、一気に崩れてしまう危険もある。
     だから、喉に力を込めた。
     構えを取り、続く一撃も受け持たんと睨みつけた。
     初撃成功に勢いを増したか、チンピラゾンビたちは彼に向かってナイフを振り上げる。
     内一体、最も後方に位置していた個体の額を、結衣の弾丸が貫いた。
    「まずは、一発……」
    「光の十字架、彼らに安らぎをあげて。空はなくても、満点の星空見せてあげるよ」
     気勢を削いだところに彼方が輝ける十字架を降臨させ、勢いを減じさせながらもチンピラゾンビたちを薙ぎ払う。
     削がれながらも勢いを保ち、昌利が更に三つの斬撃を受けてしまった。
    「……今の、うちに……」
     援護は他の仲間に任せてあるからと、結衣は一瞥だけして先ほど額を撃ち抜いた個体に向かって新たな弾丸を打ち込んだ。
     動きの鈍った様子を確認し、静かな息も吐いていく。
     一歩ずつ、確実に詰めている。もうすぐ家に、帰れると……。
    「響! 昌利を頼む! 俺は奴を抑える!」
     霊犬の響に治療を任せ、奏は今まさに昌利へ斬りかからんとしていた個体を……結衣が狙っていたのとは別の、今現在ほぼ全員で狙い続けている個体を抑えに向かっていく。
     剣に焔を宿らせて、下から上に切り上げた。
     新たな焔が室内を照らす傍ら、響らの治療を受けた昌利は拳に雷を宿らせる。
     毒を消すため。
     その足がかりとなる力を得る準備として。
     雷拳を受けた個体が仰け反り後退し、足をふらつかせ始めていく。情報通り、守りは拠点を守っていた者たちよりも脆いらしい。
    「後一発くらい……でも……」
     仲間が倒してくれるはずだから、結衣は額を撃ちぬいていた個体の肩めがけて弾丸を発射。今一度、新たな呪縛を植えつけた。
     先を楽にするために、今を討伐を少しだけ後に送る。それが最終的な被害を減らし、早々に退治することができる……そう、信じて。

     一列に対する攻撃が普通に通るようになったからか、元より防御面は脆いからか、一体目を倒した後は次々とチンピラゾンビを撃破していった。
     今もそう。皐の槍がチンピラゾンビを貫いて、壁へと縫い止めていく。
    「これで四体目、ですか……むっ」
     引き抜く前に、横合いからようやく重なっていた麻痺から抜けだしたチンピラゾンビが飛びかかってきた。
     が、彼がかわす必要もないままに、魔力の矢を受け仰け反った。
    「……シオン、ありがとうございます」
    「この調子で、一気に……」
     皐に頷き返した後、シオンはたった今仰け反らせた個体へと視線を向ける。
     視界を、希紗が勢い良く駆け抜けた。
     もはや小細工など不要と腕のみに力を込め、勢い任せのアッパーカット。
    「……結構追い詰めてたんだねっ。あと一体!」
     天井へと叩きつけられて、その個体は沈黙する。
     残るは一体。既に麻痺の呪縛から脱して入るものの、体力的には削り尽くしてきたはずの個体だ。
    「畳み掛けるっす!」
     回転のこぎりを唸らせて、丹は多いっきり振りかぶる。
    「もらった!」
     掲げられたナイフを押し返した勢いのまま、肩に深く激しい傷を刻んでいく。
    「おっと、もう少しおとなしくしててね」
     ナイフを振り上げようとしていたチンピラゾンビの額には、シオンの投げた符が張り付いた。
     チンピラゾンビは魔力に踊らされたか手元を狂わせ、虚空のみを切り裂いていく。
    「これで……終わりです」
     無防備な背中に、皐が刻みこむは逆十字。体だけでなく精神すらも侵されて、チンピラゾンビは倒れ伏す。
     一秒、二秒……十秒と時を重ねても、倒れた遺体が動くことはない。
     雪に閉ざされた廃墟での二連戦は、双方とも勝利で幕を閉じたのである。

    ●今はまだ、降り積もる雪に抱かれて
     戦いが終わり、治療も済み、彼らは念のため孤児院跡などの探索へと乗り出した。
     しかし、何もない。少なくとも、この辺りには。
    「何か見つかればよかったんだけどねー」
     白い息を吐きながら、希紗が小さく肩を落とす。
     概ね彼女のように残念がっているように見える仲間に対し、丹は静かな笑顔で口を開いた。
    「でも、見つからなかったってことは、少なくともここはもう安全ってことっす。だから、良かったんじゃないっすかね?」
     彼らの手によって、平和は取り戻された。その事に違いはない。
     前向きな言葉に、彼らは思考を切り替える。
     探索を打ち切り、誰にともなく孤児院跡を脱出する。
     美味しいものでも食べていこうと、日常への帰還を開始した。。
     目指すは市街、今がまさに夕飯時な。
     雪道に新たな足跡を残しながら、白い息を吐きながら。手をこすり合わせながらも、意気揚々とした足取りで。
     守りぬいた平和を、確かな形で噛み締めるため……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 11/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ