絶望と悲哀を断ち切る刃

    作者:波多野志郎

     夕暮れ。その墓場には二つの人影があった。
     真新しい墓石に悲痛な表情で手を合わせる喪服姿の女性と、その女性を心配そうに見る女の子だ。
    「ママ、帰ろ? パパ、おウチで待ってるよ? きっと」
    「美咲……」
     女性が声を震わせる。女の子は、理解していないのだ。それを知り、堪えていた女性の涙が零れ落ちた。
     この数日、父親は珍しくずっと家にいた。いつもと違うのは女の子にも構わず、ずっと眠り続けていた事だ。
     大勢の人々が父親を尋ねてきた。泣いている人もいた。怒っている人もいた。あんなにうるさいのに起きなかったのは、とてもおしごとで疲れているのだろう――女の子は、そう父親を気遣っていたのだ。
     でも、今日父親はおウチからいなくなった。きっと、おしごとに出かけたのだ。だから――、 
    「パパ、今日はおしごとでしょ? もう、きっと帰ってるよ?」
     女性は女の子を抱きしめる。わかったのだ、父親を気遣ったように女の子が今は自分を気遣っているのだ、と。
     だからこそ、言わなくてはいけない。もう、パパは永遠におウチへと帰って来ないのだ、と。
    「美咲、パパはね……?」
     震える声で女性は言いかけ、気付いた。女の子が、自分でないどこかを見ている。女性はその視線を追った。
     ――そこには、一人の男がいた。
     くすんだ灰色をした短い髪。その長身に黒一色の喪服を着たその男は音もなく歩み寄った。
    「お兄ちゃん、だれ?」
     女の子が問い掛ける。サングラスをかけた男は柔らかく微笑んだ。その笑顔に女性が緊張を解くのと同時に、女の子は女性に強くしがみついた。
     それを見て、男はますます笑みを濃くすると――静かに告げた。
    「あなた達を救って差し上げましょう」
    「……え?」
    「ママ!」
     男が左手に握る長い袋へと右手を伸ばす。そこからは一瞬だ――母子は、刹那の元に切り伏せられた。
    「これであなた達は悲しみから解放された」
     折り重なるように血の海に倒れる母子だったモノへ、男はそう囁いた。
     愛する亭主を失った女はもう悲しむ必要はない。愛する父が二度と帰って来ないのだ、と娘は失った絶望を知らなくていい。
     ここに悲劇は幕を閉じたのだ。
    「死こそ人の救いなのですよ!」
     男は嘯く――そのサングラスの下に隠された金色の瞳を殺戮の愉悦に輝かせながら……。

    「六六六人衆による事件が起こるっす」
     そう切り出した湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)の表情は苦い。その表情の意味を灼滅者達は次の言葉で思い知った。
    「相手は、石英・ユウマ――以前、武蔵坂学園の生徒として六六六人衆と戦い、闇堕ちした人っす」
     翠織が察知したユウマの行動はこうだ。
     ユウマが殺すのは天寿を全うした人ではなく、不慮の事故などで亡くなった人物の遺族だ。大事な家族を失い、深い悲しみの底にある人々を救うためにその命を奪うのだ――二度と悲しみを覚えないように、その命を断って。
    「自分が察知したのは、彼が墓場でお墓に手を合わせる母親と娘の親子を殺す光景っす。死こそ人の救いだ、そう言いながらっす……」
     翠織は唇を噛む。眼鏡を外し、目元を一度拭うと翠織は呼吸を整え、続けた。
    「そんな事はさせちゃ駄目っす、絶対に」
     ユウマはその母子の後をつけて、亡くなった父親の墓の前で二人を殺す。
     逆を言えば、それまでにまだ彼を止めるチャンスがあるのだ。
    「墓場は周囲が森になってるっす。彼がそこに身を潜める時が唯一の好機っす」
     そこを襲撃し、ユウマを倒す――それだけが悲劇を回避する唯一の手段だ。その森は決して深くはないが、木々は障害物となりえる。暗殺を得意とする六六六人衆をそこで相手にするのは、危険が伴うだろう。念入りな対処が必要となる。
    「彼は六六六人衆としてのサイキックと日本刀のサイキックを使ってくるっす。その実力は六〇四の数字を継いだ事から推して知るべしっすよ」
     ユウマがどんなサイキックを使うかまでは細部まではわからない、用心して挑んで欲しい。
    「……出来る限り、救出してもらいたいっすけど……それが無理なら、灼滅せざるをえないっす」
     迷いは致命的な隙を作ってしまいかねない――その覚悟だけはしておいて欲しい、翠織は真っ直ぐに灼滅者達へと告げた。
    「これが最後のチャンスなんす、今回助けられなければ完全に闇堕ちして、もう助けられなくなるっす。だから――!」
     よろしくお願いするっす――そう、翠織は目の前の灼滅者達へ全てを託した……。


    参加者
    九条・鞠藻(図書館のヌシ・d00055)
    千布里・采(夜藍空・d00110)
    鬼無・かえで(風華星霜・d00744)
    ミケ・ドール(凍れる白雪・d00803)
    四谷・夕闇(十三怪談・d02928)
    天河・桜良(万象を断つ調律者・d06114)
    ジュリエット・ジェイク(闇夜のヘヴィロック・d08734)
    時宮・霧栖(キラーバッドエンド・d08756)

    ■リプレイ


     世界が夕暮れで染まっていく。
     そこに立っていたのは一人の男だ。短い丼鼠色――くすんだ灰色の髪。その長身を喪服に包んだ男はサングラスの奥の視線を周囲に巡らせた。
     夕暮れに染まる冬の森。そこから姿を現した者達へ男は大人びた微笑を見せた。
    「これはこれは灼滅者の方々、私を救いに来て下さったのですか?」
    「ええ、はじめまして。貴方を助けに来ました」
     返す天河・桜良(万象を断つ調律者・d06114)の語調はいつもよりも強い。感情がその胸の中で渦巻いているからだ。
    (「これが、堕ちるという事ですか」)
     その感情は鬼無・かえで(風華星霜・d00744)の心の中にもあった。今までの既に堕ちていたダークネスとも、見ず知らずの誰かが闇堕ちしたのとも違う。同じ武蔵坂学園に通い、あの日常を共にあった者が闇に堕ちた姿を見て本当の意味で目の当たりにした気分だった。
    (「一般人に被害が出る前に対処して、闇堕ちから救えるなら救う……いつもと同じようにすればいいだけよ」)
     四谷・夕闇(十三怪談・d02928)はそう自身へと言い聞かせる。待ち伏せている最中、ずっと考えていた事だ――だが、夕闇は自身の震えを自覚せずにはいられなかった。
    「刀狩さんも野神さんも待っています。必ずつれて帰りますよ」
     制服の上に白い羽織をマントの様に羽織った九条・鞠藻(図書館のヌシ・d00055)が真っ直ぐに言い放つ。
     それに男――ユウマは笑みを濃いものにした。
    「いえ、救わなくて結構、余計なお世話ですよ」
     柔らかに拒絶し、ユウマは視線だけで振り返る。その木々の向こうには親子がいる――深い悲しみに沈みいく、憐れな親子が。
    「私は、あの親子を救ってあげなくてはいけませんので」
    「救い? 本気で言ってるの?」
     ポケットに両手を突っ込んだままジュリエット・ジェイク(闇夜のヘヴィロック・d08734)は問い掛ける。口は動かしても油断はない――ジュリエットにとっては、今この時も臨戦態勢にあるのだ。
     ――それは、目の前のユウマも同じだ。
    「生きているから悲しみは終わらない。生きているから悲しみを知る。だからこそ、死によってのみ人は救われるのです」
    「そんな事、させない」
     ミケ・ドール(凍れる白雪・d00803)が言う。いつも通りの無表情だが、その言葉には確かな熱があった。
    「六〇四の因果を断ち切ってこそ灼滅者や」
     くふり、と笑い千布里・采(夜藍空・d00110)が言い捨てる。その足元では霊犬が尻尾をぴんと立ててその戦意を現していた。
    「しっかし、初の宿敵依頼が元学園の生徒ねぇ……。全く、何の因果なんだか」
     溜め息交じりにこぼし、時宮・霧栖(キラーバッドエンド・d08756)はスレイヤーカードを手に解除コードを告げた。
    「Death is the dearest neighbor for us」
     灼滅者達が武器を手に身構えていく。それを見て、ユウマはサングラスへと手を伸ばした。
    「邪魔するならば排除するしかありませんね」
     外したサングラスの下からその目が姿を現す。本来白である場所は闇よりもなお黒く、その瞳は金色に輝きを宿していた。
    「灼滅者であれば、あなた達の中にも闇は眠っているはずです。そこから逃げても無意味ですよ」
     ユウマが刀袋から取り出すのは摩利支天刀――天部の名を持つ常に戦いの場でその手にあった愛刀だ。
    「逃げるという行為も恐れ苦しみから来るもの、私が絶ってあげましょう」
     ユウマが刃を薙ぎ、一閃させる――月光衝の斬撃が、死闘の幕開けを告げた。


    「く、は……!?」
     胴を断ち切るような衝撃を受けながら、ジュリエットは踏み止まる。その威力に歯を食いしばりながら堪えると地面を蹴った。
    「死は救いつったなァ、そいつはテメェの心から出た言葉かッ! もうちょっとよォ~違うこと言いたいんじゃあねェの?」
     駆けるジュリエットの横を人型の影が併走する。人型の影は鎌にその両腕を変形させると緋色のオーラに包まれその両腕を振るった。
     ユウマはそれを摩利支天刀で迎え撃つ。火花を散らす刃と影――ユウマと影をドス黒い殺気が霧のように包み込んだ、かえでの鏖殺領域だ。
    (「本気でいかなければ、こちらがやられる――!」)
     殺気の中からその身を躍らせるユウマにかえではそう本能で察した。そして、それは他の者達も同じだ。
    「こうして手合わせするのは初めてですね」
     長い刃を鞘から引き抜き、鞠藻は構える。羽織をはばたかせ、一気に間合いを詰めてからの大上段の斬撃をユウマへと繰り出した。ユウマはその雲耀剣を刀で受け止めるが、勢いを殺し切れない。肩口に刃が届くのを感じて、ユウマは薄く微笑した。
    「そちらの刀も素晴らしい……是非ともその剣戟、見せて下さい!」
     ギィン! と火花を散らし、鞠藻とユウマが跳びずさる。鞠藻と跳んだ瞬間、霧栖が結界を構築、ユウマを囲んだ。
    「一応、今、先輩に体を返すなら、拳骨一回で許してあげるよ?」
     霧栖が冗談めかしてそう言えば、ユウマは黙殺して地面を蹴った。
    「逃がさないわ」
     そのユウマへ夕闇はビハインド の赤外套と共に襲い掛かる。夕闇は死角へと回り込みその長髪の少女の姿した影業に手刀を放たせ、赤外套が頭上から跳びかかりその大型ワイヤカッターを振り下ろした。
    「逃げませんとも」
     ユウマの刃が影の手刀を受け止め、跳ね上げた柄頭で鋏を弾き軌道を変える。まさに剣舞だ――力強く優雅な、見た者の心と命を奪う剣鬼が舞う死の舞踏。そこへ影を宿したチェーンソー剣を手にミケが迷わず踏み込んだ。
     袈裟懸けのミケの斬撃をユウマは下段から跳ね上げた刃で相殺する。そのまま鍔迫り合いをしながら、ミケはユウマを見上げて言った。
    「死が人を救うなんて、本当に思ってるの? 死で分かたれたのは本当につらい事だけど、後追いしたって何の意味もないじゃない――死んだ人は生きてる人に精一杯生きてもらいたいと思ってるはずだよ」
    「そうでしょうか? あなたのそれは死者の言ではありません」
     腕力の差だ、刃を押し込みながらユウマは金色の瞳を輝かせ囁いた。
    「その希望が絶望になり、悲しみを生むのではないのですか? 悲しみも嘆きも、生きている限り掻き消せません――ならば、死という終わりこそ救いだとは思いませんか?」
    「殺すことが救いになる? ふざけるなよ、そんなのは悲しみを増やすだけだろうが!」
     真横から桜良がその漆黒の刀を繰り出す。それに斬られながらもユウマは構わず踏み込んだ。それを見て、いっそ感心したように采が言い放つ。
    「ホンマ、生粋の殺人鬼やね!」
     霊犬が駆け出しユウマの脛を切り裂いた瞬間、采は手の中で生み出した漆黒の弾丸を射撃した。それをユウマは薙ぎ払う斬撃で迎え撃ち、切り払う。
     その刃が返る――そのまま大上段へと振りかぶり、ミケへと渾身の斬撃が振り下ろされた。
     ミケがよろける。斬られた、そう思った瞬間には体が熱を帯びる。それが切り裂かれた傷の痛みと流れた血のせいなのだ、と遅れて気付いた。
     だが、ミケは退かない。一歩前へと踏み出し、言ってのけた。
    「私をいくら斬ったっていいけど、あの親子に手は出させないよ」
    「邪魔をしないでもらいたいのですがね? あの親子を救わなくてはいけないのですよ――!」
     ユウマの声に、明かな苛立ちが混ざる。そして密度の増した殺気を前に、灼滅者達は怯まず挑みかかった。


     剣戟が森の中で響き渡る。傾きかけた日が沈み行く中、ユウマは不意に動きを止めた。
    (「気付かれた!?」)
     夕闇は鋼糸を振るう。森の木々を利用した結界糸をユウマは掻い潜り、刃を振るい弾き飛ばす。
     そこへ赤外套が迫った。だが、ユウマはそこまで読んでいる――振り払われた刃がワイヤーカッターを受け止めた。
    「そういえば」
     死角から、霧栖が言い捨てる。
    「『死こそ救い』……だっけ? そんな事言っちゃってるけど、君の方こそ救いを求めてるんじゃない?」
    「まさか、私は――」
     振り返り様、ユウマが切り払う。だが、その刀が切り裂いたものは人の形をした影――ジュリエットの影業だ。
    「やっちまえ」
     影がユウマに覆い被さる――その影縛りに合わせて、霧栖がその無敵斬艦刀を振り回した。
    「まだ生き残ってる灼滅者としての君の心が六六六人衆の自分を灼滅してこの苦しみから開放して欲しいって、ね」
    「何を――」
     馬鹿な、と続くはずだったユウマの声に夕闇が言葉を重ねた。
    「死こそ人の救い、か。その言葉の真偽がどうあれ…死ぬ本人以外の人がそれを言うのは、ただのエゴだよ」
     夕闇は眼鏡の奥、その真っ直ぐな視線をユウマの金色の瞳へと向け、言う。
    「『志有る者は利刃の如し、百邪辟易す』……聞かせてよ、何の為にその剣を振るうのかについてをさ。先輩の志は、その刀と同じくらい真っ直ぐ冴え渡ってる?」
    「黙れ!」
     ユウマが吼え、その摩利支天刀を振るった。荒れ狂う衝撃が、その怒りを現すように灼滅者達を襲う!
     ゴウ! と衝撃が木々を斬り払い、土煙を巻き起こす――その中をかえでが駆け抜けた。
    「君が墜ちてまでなしえたかった事は……死での救済じゃないよね」
     強く強く紫水晶の杖を握り締め、かえではユウマを殴りつける。半瞬遅れでユウマを打ち抜く衝撃――フォースブレイクを叩き込んだ。
    「思いだして。護りたいものが何かを!」
     通じて、とかえでは泣き叫ぶ。痛い――傷つけられた痛みよりも、その手から伝わる傷つける感触の方が痛い、と。
    「守るために戦ってたんだろ? 貫いてみせろよ、その生き方を。闇に負けるようなやわな気持ちじゃなかったんだろ?抗って見せろよ、自分の中の闇に!」
     桜良の清めの風が吹き抜ける。土煙が切り払われ、ミケが風に背を押されたように駆け込んだ。
    「キミのしたかった事はこんなことじゃないだろ? 守るために落ちたキミが、人の命を奪って楽しいわけがない――キミの刀は人の血で汚すためのものなの?」
     振り上げたチェーンソー剣が、ユウマの太ももを切り裂く。無表情の人形のような表情で、ミケは告げた。
    「守る為の刃でしょ、そうなんでしょ?」
     その声にこめられた強い意志にこそ、ユウマの膝が揺れる。そのユウマへ、采はくふりと笑った。
    「例え血塗られた手だとしても護る者の為にその刀をとったんと違う? それは守護する神様の名前やろ」
     ガチャリ、とユウマの手が、摩利支天刀の柄を握り締める。意識してか無意識か、それは采にはわからない――ただ、その笑みを濃くしただけだ。
    「後悔無いよう生きるんやったら、石英さんの『戦う理由』を思い出してや。人を救うのなら死を断ち切らず贖う、それが生きる事と違うか?」
    「お――――!」
     ユウマが地を蹴る。采へと襲い掛かるユウマへと真横から斬りかかる者がいた――鞠藻だ。
     素早く反応したユウマがその斬撃を受け止める。ギリギリ……! と鍔迫り合いしながら、鞠藻は搾り出すように言った。
    「貴方も分かっているはずです。殺しても悲しみからは救われない事を。死からは新たな悲しみしか生まれないのです。生きていなければ悲しみからは救われません」
     ユウマの足元から音もなく無数の動物の牙や爪があふれ出す。霊犬がその刃でユウマの脇腹を突き刺せば、采が言い放った。
    「諦めへんで? 最後まで――」
     それは、その場にいた灼滅者達の総意だった。
    (「そないな甘いものやあらへん。戦闘が本職の殺人鬼や、語るは戦いの中でやろ?」)
     采が胸中でこぼす。目の前で今だその刃を振るい続けるユウマは、恐るべき強敵だ。
     だが、その動きには衰えがある。仲間の言葉が、確かに届いているのだ。
    (「やっぱ懐かしいなぁ……この感じ」)
     かつて身を置いた場所の事を思い出しながら霧栖は笑う。確かな昂揚がある。それは最初は、強敵を前にしたものだった――だが、今は明らかに違う。
    「初めは灼滅してもいいかなと思ってたんけど……気が変わっちゃった☆」
     霧栖が縛霊手の拳を作る――そして、炎に包まれたそれを大きく踏み込むと同時に、ユウマへと突き上げた。
    「こんなに可愛い女の子達が戻って欲しいと言ってるんだからさー、さっさと正気に戻りなさいっ!」
     ユウマが後方へ跳ぶ。それを夕闇が繰り出した鋼糸が追った。
     ザン! と斬弦糸に切り裂かれ、ユウマの動きが止まる――そこにジュリエットがポケットに両手を突っ込んだまま木を蹴って飛び掛った。
    「動くなァ!!」
     人の形の影がジュリエットの眼前に現れ、そのままユウマへと抱きつく。ギシリ、と影縛りが更に動きを止めたそこへ采がその右手を突きつけた。
    「そろそろ、仕舞いと行こうか!」
     牙が、爪が、影の刃となりユウマを切り裂いていく。霊犬もそれに重ねて六文銭を射ち込む――!
    「お、お――!」
     ユウマが全てを振り払うようにその刀を振り払った。六文銭を斬り飛ばし、地面を蹴る。
     摩利支天刀を鞘へと納め、駆けた先にいるのは鞠藻だ。既に刀を振り上げている――その鞠藻へとユウマは居合い斬りを繰り出した。
    「――!?」
     反応出来ない――鞠藻がそう覚悟した瞬間、ユウマの居合いが胴を深々と切り伏せた。
    「――ッ!」
     ――そう、間に割り込んだ赤外套の、だ。
    「やりなさい!」
     夕闇の声に押され、鞠藻がその刃を振り下ろした。肉を斬り、骨を断つ確かな感触をその手に、振り下ろした体勢で鞠藻は囁く。
    「みんなに貴方の帰りを待っています。ですので一緒に帰りましょう。はいと言うまで諦めません……!」
    「そのために――!」
     桜良の歌声が響き渡る。そのディーヴァズメロディにユウマは動く――そこへかえでが踏み込んだ。
    「――あなたを倒す!」
     その雷を宿した拳をユウマの顎へと振り上げ、かえでは打ち抜き――。
    「ユウマ、私はキミをぶちのめしてでも連れ帰る。そう約束したんだ、皆と」
     ミケがユウマの胸元へ飛び込むようにチェーンソー剣を振るった。


     日が暮れた墓地から母子が立ち去っていく。
     これから先、彼等は失った悲しみと向き合っていく事となるだろう。だが、一人ではなく二人でならば悲しみを思い出に出来るはずだ――その背中を見送り、霧栖は言った。
    「まったく、クールで可愛いアタシらしくないなぁ……。すっかり熱くなっちゃったよ。で、無事に帰って来た気分はどう?」
     その言葉に、地面に横たわったままユウマは力なく笑った……その笑顔が、全てだった。
    「改めまして初めまして、お帰りなさいといわせていただきますね」
    「次はクラブで手合わせしましょうね」
     桜良が、鞠藻が、そう笑いかける。救う事が出来たのだ――その事に、かえではほっと胸を撫で下ろし、その場に腰を下ろした。
    「おかえりユウマ」
     ミケのその言葉に、ユウマは自分を覗き込む仲間達の顔を見る。そして、口元を綻ばせてかすれた声で答えた。
    「……ただいま」

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年12月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 77/感動した 15/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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