少年の甘言

    作者:奏蛍

    ●甘言
     壁に貼られた実力テストの結果を見て時田・満(ときた・みつる)は拳を強く握り締めた。同時に奥歯がぎりっとなったのは苛立ちからだった。
     自分の上にはいつも同じ名前がある。あいつがいるせいで自分はいつも万年二位と言われる。
     苛立ちが収まらない満は誰もいない裏庭に移動する。弱気な性格の満には、裏庭の校舎の壁を蹴るのが唯一のストレス発散方法だった。
     裏庭に着いた満は眉をひそめた。先客が三人いる。同じ制服を着た男子生徒だ。けれど見覚えがない。
     こんな奴らいたか? と思いつつ引き返すことにする。
    「待ってください」
     真ん中にいた大人しそうな少年が満を引き止めた。害のなさそうな外見に満は足を止めてしまった。
    「困っているんでしょう?」
     何のことだと満は首を傾げる。
    「ひとつのことをクリアすれば、あなたは首位になれるんです」
     満の息が一瞬止まった。少年の右にいた生徒が手にナイフを持って近寄ってくる。驚いた満が逃げようとした時には、左側にいた生徒が腕を掴んでいた。
    「な、何を!?」
     取り乱す満に少年が笑う。
    「何もしませんよ。あなたには」
     だってあなたがするんです、とさらに笑う。少年は受け取ったナイフを満の右手に握らせる。
    「殺せばいいんですよ。簡単でしょう?」
     今日の夕飯は何にします? というくらいの軽いのりだった。出来るわけないと首を振る満の耳元に少年は引き金となる言葉を呟く。
    「万年二位さん」
     満の右手が震えた。殺しさえすれば全てはうまくいく。いいえ、僕がそうさせます。殺しさえすれば僕たちがあなたを守ります。
     自信に溢れた少年の声に、満はふらふらと歩き出す。満が人を殺すまでの時間は十分くらいだろう。
     少年は嬉しそうに笑い声を上げた。
    ●殺人を阻止せよ!
     教室に入ってきた灼滅者(スレイヤー)たちと見て、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は教科書を置いた。どうやら勉強していたらしい。
    「みんな、待ってたよ」
     ダークネスの持つバベルの鎖の力による予知をかいくぐるには、彼女たちエクスブレインの未来予測が必要になる。
    「みんなに殺人を止めて欲しいんだ」
     まりんの話ではソロモンの悪魔に力を与えられた少年が一般人に人を殺すように囁く。殺しさえすればその後のことを全部保証すると言う。
     人を騙し信じさせて自分の思い通りに動かすことに喜びを感じる少年らしく、満に保証した約束も嘘だと言う。
     ターゲットにされた満に接触する前にこの少年と二人の強化された配下を倒してもらいたい。
     実力テストの結果が貼り出される三十分前に行けば、満より先に少年に会える。校内にさえ潜入できれば簡単に接触できると言って、人数分の制服を灼滅者たちに手渡した。
     少年は魔法を使う。少年の甘言に心酔し、強化された配下二人はそれぞれ天星弓とリングスラッシャーを使って攻撃して来る。少年も強化された配下もすでに救うことは出来ない。灼滅することが救いになると思いたいとまりんは言う。
    「みんななら大丈夫だと思うけど、気をつけて行ってきてね!」


    参加者
    駿河・香(アドリビトゥム・d00237)
    瑞希・夢衣(純粋危険思考少女・d01798)
    佐和・夏槻(物好きな探求者・d06066)
    天月・一葉(自称萌えの探求者見習い二号・d06508)
    リーンハルト・リーチェル(魔砲使いの弟子・d07672)
    ユーリー・ローゼンクランツ(ルーンマスター・d10863)
    春日・はる(氷桜の桜吹雪・d11024)

    ■リプレイ

    ●制服を着て
    「とーっても悪い子にはいーっぱいお仕置きしてあげないと」
     だよね? と言うように瑞希・夢衣(純粋危険思考少女・d01798)は漆黒の髪を揺らしながら皆の方を振り返った。まりんから受け取った制服を着た皆は裏庭にまっすぐ向かっている。
    「そうだな」
     少し考えるように答えた佐和・夏槻(物好きな探求者・d06066)が軽く首を振る。思慮深そうな藍色の瞳がすっと細められる。
    「頂点に立つのは気持ちいいもんだと思うけど……」
     順位や地位、血筋を人を見下す材料にしてしまったら何の価値もなくなる。けれど、そうなればなるほど人は執着して大切なものまで無くしてしまう。
     まさに満は大切なものを無くしてしまうことになる。自分たちが助けなければ……。悲しげに春日・はる(氷桜の桜吹雪・d11024)が呟く。
    「ず、ずっと一位になれないからって、殺して手に入れても虚しいだけだよ」
     ピンクの瞳が揺らぐ。その横でフローレンツィア・アステローペ(紅月の魔・d07153)が首を傾げた。
    「保証なんてないのに、信じるくらいに弱かったのかしら?」
     言ってからすぐに興味を無くしたのか、どっちでもいいか。と言う様に軽く伸びをして空を見上げる。フローレンツィアが好きな月が出るまでにはまだまだ時間がある。
    「どうもこう陰湿なのは嫌なんですよね」
     他人の弱みや心の隙間に入り込むような少年のやり方に天月・一葉(自称萌えの探求者見習い二号・d06508)は眉を寄せる。そして、身体から殺気を放った。
     これで一般人は無意識に一葉から遠ざかってくれる。顔を見合わせて少年がいる場所に足を踏み入れた。
    「あれ? 予定外のお客人ですね」
     大人しそうな少年がゆっくりと微笑んだ。自分の邪魔をしに来たことに気づいているかいないのか、表情からは何も読み取れない。
     何の用かなというようにじっと見つめる少年にリーンハルト・リーチェル(魔砲使いの弟子・d07672)がびしっと指差す。
    「魔法使いとしてこれから君がしようとしてること、見過ごせないんだよね」
     集中するように見つめた緑色の瞳がゆっくりと赤く染まる。横でイヤホンをはずした駿河・香(アドリビトゥム・d00237)がリーンハルトのように少年を見つめた。
    「わざわざ堕ちる必要の無い人間に関わろうとする余計な奴ってさ……」
     いらないって思うほど興味がないのよね、Ready Go! 冷たい口調で一気に言い切った香の影がゆらりと立ち上がる。そして自らを覆うバベルの鎖を瞳に集中させる。
    「Tir――」
     戦闘態勢に入った香に続いて、カードを手に勝利を意味するルーン文字を空に描いたユーリー・ローゼンクランツ(ルーンマスター・d10863)が唱えた。霊犬が威嚇するように吠える。
    「守って」
     同時にはるが分裂させた小光輪を盾にしてユーリーの守りを固める。
    「行きますよ、なーちゃん」
     ナノナノのなーちゃんに声をかけて少年たちを見る。灼滅者たちの目的を察した左右の配下の手にはそれぞれ天星弓とリングスラッシャーが握られていた。
    「音は僕が遮断したよ」
     夏槻の言葉と同時に一葉が動く。高速の動きで死角に回り込んだ体が天星弓を持つ右の配下を斬り裂いた。

    ●お仕置き開始
     リングスラッシャーを持つ左の配下に傷を癒された後、前にいる灼滅者の頭上から矢が降り注ぐ。矢を放った配下をリーンハルトがシールドで殴りつける。
    「ボクにかかっておいでよ」
     挑発するような言葉をかけるリーンハルトの横で、なーちゃんが香の傷を癒す。挑発する言葉が終わるのと同時に夢衣のどす黒い殺気が配下二人を覆う。
    「お仕置きしてあげる」
     苦痛の声を上げる二人に、無表情のままの夢衣が呟く。かなり気を使っているであろう可愛らしいゴスロリのスカートがひらりと揺れた。
    「お仕置き……ですか」
     配下が苦痛の声を上げたというのに、少年は微笑む。自分に心酔している二人のことすらどうでもいいと思っているのか、柔らかい表情が崩れることはない。
    「やれやれ、趣味の悪い」
     満に勝てないと認めさせるようなことをするつもりの少年もそうだが、同じように騙されて配下になったであろう二人にユーリーは何とも言えない視線を送る。
    「人の趣味に口を出されたくないですね」
     瞳を細め傲慢そうな笑みを浮かべた少年が魔法の矢を飛ばす。避けることができなかったユーリーの肩を綺麗に貫く。ゆらりと揺らぎながらも、ユーリはしっかり体を支えた。
    「くっ……」
     傷つきながらも指輪を敵に向けて魔法弾を放つ。撃たれた弓を持つ配下からさらなる苦痛の声が上がる。
     すぐに霊犬がユーリーの傷を癒し、フローレンツィアの赤い逆十字がさらに配下を引き裂く。
    「引き裂き爆ぜろ、咎の十字架」
     倒れる音と同時に掻き消えるように配下が消える。鋼糸を自由に操りフローレンツィアがくりすと笑う。
    「つまらないわ。やってる事が簡単なんですもの」
     その間に夏槻が糸の結界を張り巡らせる。残った配下が傷を受ける音を聞いても、少年は微動だにしない。
    「だったら、僕の邪魔を止めて消えたらどうですか?」
     変わらず張り付いたような微笑みは不気味としか言い様がない。
    「そうは行きません。満君と一位の方の問題に首を突っ込むなら、私がその首……叩き切ってあげませんと」
     おっとりとした外見からは想像できない強気な言葉を発する一葉。さっさとぶちのめしたいと言わんばかりに香が影の先を鋭い刃に変えて配下を斬り裂いた。

    ●壊れる少年
     七つに分裂したリングスラッシャーがリーンハルトを襲う。近くにいた味方も一緒に傷を負っていく。傷を追った香と夢衣をなーちゃんとフローレンツィアが癒し、霊犬が自身の傷を癒していく。
    「少し、熱くないですか?」
     味方の回復をする灼滅者たちに少年が微笑む。途端に夏槻とフローレンツィア、そしてはるの体温が急激に奪われていく。
     攻撃を受けていないユーリーが魔法の矢を配下に向けて飛ばす。悲鳴を上げて配下が倒れ、掻き消える。先ほど同じ痛みを味わったユーリーは微かに眉を寄せる。
     そして一人残った少年を見つめる。
    「終わりだ。悪魔に魂を売ったお前達を討つ事に戸惑いなど無い」
     一瞬、少年の顔から笑みが消える。しかし、すぐにくすくすと笑い出す。
    「悪魔に魂を売った……そうですね」
     ふわりと笑った少年は追い詰められたこの状況も楽しんでいるようだった。もしかすると自分の死にも興味がないのかもしれない。
     そんな少年が気づかないうちに死角に回り込んだ夏槻が体を斬り裂く。苦痛に眉を寄せた少年は、破かれた制服を見てため息を吐く。
    「この制服けっこう気に入ってたんですが」
     戯言を呟く少年を香の影が飲み込み傷を負わせていく。
    「甘い言葉は気持ちよくて大好きだけどね……」
     私、君には全然興味無いのと少年を冷たく見つめる。だんだんと微笑みが薄くなっていく少年の瞳がすっと細くなる。
    「だったら邪魔すんなって言ってんだろうが!」
     同時に放たれた少年の魔法の矢が香を貫く。悲鳴は香からは上がらなかった。代わりに傷を受けたリーンハルトが声を漏らす。微かにふらつきながらも膝を付くことなく赤い瞳が少年を睨む。
    「キミとボク、どっちが強いか証明しよう!」
     掌から激しく炎が上がり、少年に向かって放たれる。焼かれた少年が不愉快そうに顔を歪めた。
    「痛いのは嫌なのです」
     急いで傷を癒していくはる。心配そうな顔に大丈夫と言うようにリーンハルトが笑顔を作る。
    「痛いのが嫌ならオレの傷も癒してくれよ、なぁ?」
     おっとりした笑顔をしていたのが現実だったとは思えないほど少年の顔は歪み、醜い表情が顔に張り付く。壊れたように笑い声を上げる少年を、一葉が抜刀した刀で斬る。ふわりと刀を避けた少年がさらに楽しそうに笑い声を上げた。
     少年の攻撃を受けながらも着実に傷を負わせた結果、動きが鈍り肩で息をしている。夢衣の影が触手となって少年を絡め取る。
    「どんなお仕置きがいいと思う、かな?」
    「死ねばいいのよ。簡単でしょ?」
     夢衣の質問に答えない少年の代わりに、香が軽い調子で答え軽やかにダンスステップを踏むような動きで魔法の矢を放つ。少年は避けることが出来ずに貫かれ、押し殺したような声を零す。
     さらに夏槻の鋼糸が巻き付き、動きを封じていく。
    「剣が届かなくても、方法はあります」
     はるの言葉と同時に、少年は自分の体温が急激に下がるのを感じる。
    「つまらないから終わらせてあげるわ? 糸へと宿れ我が血の力!」
     フローレンツィアの鋼糸が緋色のオーラを宿して少年を襲う。それに合わせて死角に回り込んだ一葉がさらに少年を斬り裂き、ユーリーの魔法の弾が撃ち抜いた。
     声すら上げられずに少年は配下達と同じように掻き消え、何も残らなかった。一つ呼吸を置いて、はるがほっと息を吐き出す。
    「よ、良かったです」
     戦闘中にはしっかりした口調でしゃべっていたが、戦闘が終わればいつものはるに戻る。

    ●万年二位
    「満が来る前に……」
     撤収しようと言いかけて夏槻は口を閉じた。戦闘が終わって一葉は殺気をすでに納めている。歩いて来る満の姿を見て首を振る。
     何食わぬ顔で満の横を通り過ぎた夏槻の後に香が続く。少年だけでなく、満にも興味がない香はイヤホンをさっと付けて、興味ないものを遮断する。少し満を見たフローレンツィアも夏槻と香の後を追った。
     滅多に人がいない場所で生徒とすれ違って不思議な顔をする満の手をはるの手が握る。急に握られて後ろに下がろうとしたが、思ったよりもしっかりと握られた手に体が止まる。
    「め、目に見えるものだけが正しくはないのです。あなたの中の一番が一番なのです」
     まっすぐ見つめるはるに満の瞳が揺らぐ。
    「自分より上の存在などこの先いくらでも目にすることになります」
     嫌になるほどと付け足したユーリーはすぐに微かに首を振った。
    「ですが、追いつくために続けた努力は決して自分を裏切ってなどいない」
     ユーリーが言いたいことをすぐに察して、無意識に満の体に力が入る。しばらくそんな満を見つめた後、ユーリーは歩き出した。
    「僕はそう思っています」
     ユーリーが残した言葉にリーンハルトが頷く。
    「そうそう、今日まで二番でも明日から一番になればいい! 君の努力は無駄じゃない」
     満面の笑顔で笑っ後、ユーリーを追う。
    「ずっと二位ってとってもすごいことだし、また頑張って欲しいな……」
     無表情のままの夢衣だったが、本心からの言葉であることは分かる。言葉が出ない満に一葉が微笑む。
    「一位の人と話した事はありますか?」
     一位で有り続けなければいけないプレッシャーと戦い続けている。プレッシャーがあるから頑張る事が出来る二人だからこそ、お互いを高めあってこれたんじゃないのかと。
    「報われないかもしれない、それでも努力は無駄じゃないはずです」
     満の瞳から言葉にならない言葉が零れる。最後にもう一度、強く手を握ったはるが手を放す。これ以上は満がどうにかしなければいけない問題だった。
     校舎を出たところで待つ三人の視界に、後から歩いてくる五人が映る。満を励ましていたであろう五人を思って夏槻が首を振る。
     冷酷なようだが、万年二位であることもストレスの発散も満自身がどうにかしなければいけないことだ。
    「彼がまた弱さにつけ込まれるとしたら、ダークネスを灼滅するまでだ」
     呟いた夏槻に香もフローレンツィアも頷く。満には興味がないが、それでも必ず灼滅すると。

    作者:奏蛍 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年12月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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