●Snow Maiden
全ての子供達が穏やかなクリスマスを迎えられるわけではない。
贈り物など期待もできず、両親とさえ過ごせない者も確かにいるのだ。
ナタリア・コルサコヴァもまた、そんな子供達の中の一人だった。
幼い頃から日本の施設に預けられていた彼女は、両親との想い出が殆どない。名前や容貌から、ロシアの生まれであることは明白だが、故国の記憶もおぼろげなものに過ぎない。
そんなナタリアの施設での暮らしも、最近までは、ごく平穏なものだった。
しかし、突如として経営者が変わった後、彼女を含めた子供達の生活は一変した。
施設長や職員達が、子供達をまるで人間ではないかのように扱い始めたのだ。
そんな過酷な生活が幾日も続き、ナタリアは遂に、心に巣食う闇に呑まれた。
ダークネスの力を得た彼女は、施設の親しい子供達数名と、唯一信頼出来る職員の青年に力を付与。他の幼い子供達も連れて、全員で脱走を敢行した。
その逃避行の果てに、彼女達が辿り着いたのは、
「忘れられた教会……それにしても、良い場所が見つかったものですね」
そこは、郊外にある古びた教会だ。建物内は今や多くの子供達の声で溢れている。
祭壇があったであろう場所には、どうやって運んだのか、大きなモミの木が立っている。
着々と飾り付けが進むそれを、ナタリアは眺めていた。彼女が纏うのは、青地に白の縁取りがされた外套と、真っ白なコサック帽。長い髪は透き通るような銀色で、整った容貌も相まって、まるで伝承に登場する雪娘のようだ。
子供達の飾り付けを応援しているのは、杖を持ち、ナタリアの意向でファザー・フロストに扮した大柄の青年。彼は子供達と共に脱走してきた、唯一の施設職員である。
ナタリアが子供達の飾り付けを見守っていると、突然、教会の扉が開け放たれ、数名の少年少女がバタバタと入ってきた。
その全員が、頭や肩に雪を被っている。外は牡丹雪だ。
「待たせたな、お嬢! 首尾は上々、これで今夜はパーティだ!」
無造作な赤毛の少年が、ナタリアに、抱えてきた大きな袋を突きつけた。
「ご苦労様。……これで楽しいクリスマスを過ごせますね」
やってきた少年少女は、各々の袋を、待っていた子供達に披露する。そこには、様々なお菓子やおもちゃが入っていた。しかし、それらは全て盗品。彼等が盗んできたものなのだ。
ナタリアから、彼等は力を付与されている。大人達を振り切って、ものを盗んでくることなど容易い。そしてナタリアは、その犯罪を積極的に奨励していた。
そんな暮らしを続けてきたナタリアと子供達は、クリスマスも、自分達の手で華やかに迎えられると信じていた。
今日は十二月二十四日。イブの夜はもう間もなくである。
「さあ、皆で楽しみましょう。私達にだって、楽しむことは許されるのだから」
ナタリアの言葉に、子供達の歓声が挙がった。
●Introduction
クリスマスも目の前に迫ったある日のこと。
教室に足を運ぶ灼滅者達を一番に迎えたのは、クリスマスソングの独唱だった。
唄声の主は、窓際の席に座る橘・レティシア(高校生サウンドソルジャー・dn0014)。
エクスブレインの五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は静かに耳を傾けていたが、灼滅者達がやって来たのを見て、黒板前の定位置へ。
それを見て、レティシアが唄うのをやめる。
「皆さん揃いましたね? それでは説明を始めます」
姫子はそう切り出すと、依頼の内容について語り始めた。
「今回の目的は、闇堕ち一般人の救出となります。対象となるのは、ナタリア・コルサコヴァさん。ちょっと大人びた中学一年生ですね。彼女はダークネスの力を持っていますが、まだ完全には闇堕ちしていないため、救い出すことが可能です」
具体的には、戦闘でKOの状態に持ち込めば、闇堕ちの状態から救うことが出来る。
続いて姫子は、ナタリアが闇堕ちに至った経緯等について、簡単に説明を済ませた。
「そう、悪質な養護施設ということね。抜け出したのは無理もないけれど、でも……彼女達が手に入れた『楽園』はきっと、長くは保たないでしょうね」
レティシアの感想に、姫子は「ええ」と同意して、
「ナタリアさんは、自分と同い年くらいの子供達に力を与えて配下にしています。彼等に盗みをさせて暮らしているのですが……当然、犯罪ですし。止めさせなければなりません」
ナタリアが完全に闇堕ちした場合、成り果てるのはソロモンの悪魔だ。そうなれば、状況は更なる悪化を遂げるだろう。
「それを阻止するためにも、皆さんには、彼女達が拠点にしている教会に向かって欲しいんです。教会前の庭園には、力を与えられた子供達四名による警備が敷かれていますので、その警備網を突破することが第一です」
この四人は力が弱く、突破は容易だが、プラチナチケット等の相手に働きかけるESPは通用しない。突破の際、教会内に騒ぎが知られると、ナタリア達に警戒態勢を取られてしまうので注意が必要だ。
「教会内に踏み込んだら、ナタリアさんと、その配下である五人の子供達――そして、ファザー・フロストに扮した男性と戦って頂くことになります」
ナタリアは魔法使いのサイキックを使ってくる。
配下の戦闘能力は微弱だが、彼等も各種サイキックを操ると言う。
「ナタリアさんは、まだ人間の意識を残しています。恐らく、本来の彼女は、仲間に道を踏み外させたり、盗みをさせるような子ではないはず。上手く声掛けをして心を揺さぶれば、彼女の力を大きく削ぐことができると思います」
姫子は息を継いだ後、更に続けた。
「配下の力は弱く、攻撃自体も大したことはないため、倒すことは難しくないはずです。ただ、これが重要なのですが」
姫子は人差し指を立てて強調する。
「ナタリアさんを灼滅せずに救う場合、配下となっている子供達や男性は、決して殺さないであげて下さい。傷を負わせるくらいは仕方がありませんが、彼等の死を見ると、ナタリアさんは戻れなくなってしまいます」
「なるほどね……無理もないことかも知れないわ。同じ施設で暮らしてきた仲間だものね」
「ええ。とは言え、上手く事が運んでも彼女と子供達は離れ離れになってしまいます。ですから、最後、もし余裕があればお別れ会のようなことをしてあげてもいいかも知れません」
「そうね……クリスマスだし、歌を唄ってあげたり出来ればいいのだけれど」
レティシアの言葉に、姫子は頷きを返すと、皆を見渡して
「私からは以上です。子供達を闇から救うため、どうかよろしくお願いします」
深々と一礼。姫子は、灼滅者達を目的地である教会に送り出すのだった。
参加者 | |
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ポー・アリスランド(熊色の脳細胞・d00524) |
睦月・恵理(北の魔女・d00531) |
東海・一都(第三段階・d01565) |
壱乃森・ニタカ(桃苺・d02842) |
リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから!・d04213) |
水牢・悠里(磬る霖・d04784) |
高坂・月影(粗暴な黒兎・d06525) |
弓塚・紫信(煌々星の魔法使い・d10845) |
●
「ホワイトクリスマスかぁ」
忘れられた教会の庭園で、牡丹雪の舞う空を見上げながら呟く少年が一人。
彼の周りでは、同い年の男女三人が門番の役目も忘れて雪合戦に興じ合っていた。
招かれざる訪問者に気付いたのは、雪合戦に混じらずにいた少年だ。
彼の視線の先には、門を潜ってやって来る、五人の見知らぬお客様。
正面から踏み込んだのは、東海・一都(第三段階・d01565)を始めとする五名だった。
「さあ、今年もお掃除……あら?」
その内の一人、睦月・恵理(北の魔女・d00531)は、言葉と共に子供達を見渡した。同時に、彼女が庭園にサウンドシャッターを掛ける。
雪合戦をやめ、想定外の来客に不審の目を向ける子供達。
「合言葉を言え!」
「馬鹿、やめろって。まずいぞ」
「あなたたち、誰?」
そんな子供達の声は、もう庭園の外には届かない。
「今日はクリスマスだから、教会を綺麗にしにきましたー」
壱乃森・ニタカ(桃苺・d02842)が偽りの目的を説明して、
「あなた達もお掃除のお手伝い?」
リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから!・d04213)が子供達に問い掛ける。
「もし良かったら、一緒にお掃除しませんか?」
これも子供達を救うための作戦と、弓塚・紫信(煌々星の魔法使い・d10845)もまた彼等に声を掛けながら、着実に間合いを詰めて行く。
「……聞いてないけど。そんな話」
言ったのは、先程、空を見上げていた少年だ。彼の表情には既に敵意が滲んでいる。
懐からナイフを取り出した彼は、灼滅者達に斬り掛かろうと足に力を込め、
「後ろがガラ空きだぜ、と……!」
気付いて振り向いた時には、少年は背後から迫った高坂・月影(粗暴な黒兎・d06525)の手加減攻撃を受けて雪に倒れ込んでいた。
教会を囲む石壁を飛び越えて、月影は少年達の背後から攻撃を仕掛けたのだ。
残った三人の子供達が、驚いて月影の方を振り向く。と、次の瞬間、彼等もまた打撃を受けて雪の中に倒れて込んだ。
手を下したのは勿論、正面から入ってきていた五名の灼滅者達である。
「やれやれ、思いのほか脆かったようだね。君」
子供達の背後を取ることを選んだ者は、月影以外にも四人いた。
雪に独特の足跡をつけながら、クマの着ぐるみを被ったポー・アリスランド(熊色の脳細胞・d00524)が悠々と歩いて来る。
同じく教会の壁を飛び越えて来た水牢・悠里(磬る霖・d04784)は、橘・レティシア(高校生サウンドソルジャー・dn0014)と共に、倒れる子供達に駆け寄った。
「ごめんなさい……」
悠里は子供達一人ひとりに目を配って、無事かどうかを確認。
「大丈夫、気絶しているだけだから」
レティシアの言葉に、悠里は小さく頷きを返した。
倒れた子供達の面倒は、いち早くサポートに駆け付けた讓治が請け負って、
「さて、ここまでは上手く運びましたが……本番はここからですね」
一都の言葉に、灼滅者達はそれぞれの決意を抱きながら教会の扉を見据えるのだった。
●
教会の扉を開け放ったのは、ナタリア達からすれば全く予期せぬ来訪者だった。
辺りが一瞬、静まり返り、小さい子供達が「クマさんだー」などと思ったことを口にする。なるほど確かに、ポーの着ぐるみ姿は子供達の目を引くものだ。
「ナタリアさんですね? 貴女達を止めに来ました」
恵理の凛とした声が空気を震わせ、ナタリアや戦える子供達が警戒心を露にする。
「盗みはダメ! 絶対!」
飾られたクリスマスツリーや床に散らかった盗品を見て、ニタカが叫ぶ。
「何者ですか。貴方達は」
刺すような言葉を投げるナタリア。ルドルフを始めとした取り巻き連も、明らかな敵意を漲らせて彼女の周囲に集まってくる。
――ガキが闇堕ちなんて、まったく、気分の悪ぃ話だぜ。
子供らしからぬ殺気に、月影が舌打ちを一つ。
「だが、まだ戻れるってなら留めてやらねぇとな」
拳を掌に打ち付け、満身から戦意を立ち上らせる月影。
「……私達の邪魔をするというのであれば」
魔力の結晶か、ナタリアの周囲に雪のようなものが舞い始める。
闇に堕ちたナタリアに、敵に対する容赦はなかった。
「行きなさい!」
ふわふわと漂っていたそれは命令を受けると、光弾と化して月影に殺到。
「させませんっ」
その攻撃を代わりに受け切ったのは、盾を構えたディフェンダーのリュシールだ。
「俺達の居場所は、俺達の手で守り抜く!」
戦闘の開始を見て取って、力を付与された少年少女――そのリーダー格である赤毛のルドルフが、手にしたナイフに怨念めいた力を集める。子供達の中で近接攻撃に特化した者はナイフを手に駆け出し、遠距離から狙える者は攻撃態勢に移った。
しかし、その行動は既に機を逸していたと言わざるを得ない。
教会の長椅子を蹴って突進してくる二人の少年、ダッシャーとプランサー。それより早く、恵理、ポー、リュシール、月影――前衛の灼滅者四人が敵陣に突っ込んだ。
真っ先に狙うのは、催眠効果のある歌声を持つヴィクセン。
「折角ですけど、歌わせはしません!」
歌を紡ごうとしていた少女は、リュシールの攻撃を受けて敢えなく倒れる。
「子供達に手を上げるとは! 許しはしない!」
ナタリアの傍に立っていたファザー・フロストが手にした杖を構えたが、
「ハッ、言ってくれるぜ。ガキたち救えず一緒になって悪さたぁ、情けねぇ!」
マテリアルロッドが光を帯びるより早く、月影がその胴にきつい一撃をお見舞いした。
「このっ……倒れろ!」
ナイフを手にした少女、ダンサーが舞うような動きで恵理に攻撃を仕掛ける。
しかし恵理は流れるようなステップでそれをことごとく避け切って見せた。
隙を見出されたダンサーは、恵理が放った手加減攻撃の一撃で無力化される。
「くっ、こいつで……!」
ルドルフがナイフに込めた呪いの塊を解き放つ――その直前に、ポーが彼の懐に飛び込んで、きついボディブローを喰らわせた。意識を失って倒れるルドルフ。
一方、ダッシャーとプランサーを迎え撃った後衛もまた戦闘を有利に運んでいた。
「おっと、と。危ないですねぇ。何も取って喰いはしませんよ」
一都がダッシャーの斬撃を回避している間に、
「全員を救い出すまでは……!」
紫信の手加減攻撃が決まり、ダッシャーの意識を奪う。
仲間を倒され、叫びを挙げてナイフを振り被るプランサー。
彼のロケットスマッシュを、レティシアがチェーンソー剣で受け止める。
「ちょっと痛いかもだけど!」
隙だらけの少年にニタカがロッドの一撃をお見舞いし、
「少しの間、です。ごめんなさい」
悠里が手刀でプランサーを気絶させた。
あっという間に、ナタリアの配下全員が倒される。
ここまで鮮やかに灼滅者達が動けたのは、倒すべき敵の優先度を共有していた為だ。
「大丈夫、手加減はしておきました」
思わず言葉を失ったナタリアに、恵理が告げる。
壁際に避難した子供達の中から、泣き声が聞こえてくる。
サポートに駆け付けた灼滅者の数は十余名。陵華や百合を始めとした幾人かが、戦う力を持たない子供達を集め、保護していた。
「皆で話し合えば今よりも幸せになれるよ! ニタカ達も一緒に考えるから頑張ろ」
ニタカの言葉は、灼滅者達の想いを代弁するものだ。
しかし、ナタリアが見せたのは、未だ薄れることのない強い敵意。
「聞く耳を持ちません。……私達の前には、最早この道しか存在しない」
厚意さえ受け付けない、凍結した心。
それは現実にさえ力を及ぼし、極寒の空気が音もなく灼滅者達の前衛を包み込んだ。
●
ナタリアを突き動かしているのは、仲間達を守り抜くという意志だった。
抑圧された環境から脱する為に、力を欲した。その欲求が彼女を闇に導いたのだ。
「……その力は、キミの内に居る、キミでないモノからの誘惑なのだよ。君」
着ぐるみのあちこちを凍りつかせたまま、ポーが言う。
「闇の力はいずれキミをキミでなくする。他の子達もだ」
前衛を襲ったのは、通常の生命体であれば一瞬で凍え死ぬほどの激烈な凍気だ。
「貴女達が生きる為にした事まで否定はしません」
恵理は自分の残された体力を冷静に計算しながら、ナタリアに語りかける。
「でも、このまま続けていたら……貴女の中の恐ろしいものが、いつか出て来ます。そいつは貴女や仲間の幸せなんて願いはしません」
ナタリアが唇を噛み締める。単一の戦闘能力であれば彼女が優るが、何しろ数が違う。
このまま戦い続ければ敗北するのは目に見えていた。
心の奥からは、更なる力を求めろという、呪いじみた声が聞こえてくる。
実際、その声に耳を貸してしまえば話は早いのだ。しかし、ナタリアの意識と灼滅者達の説得がそれに歯止めを掛けていた。
リュシールのシールドバッシュを受けて、ナタリアが彼女を睨み付ける。
「仲間達が、一番はあなたが幸せになるために、もうこんなこと止めにしましょう……?」
紫信が言って結界糸を展開、ナタリアにプレッシャーを掛ける。
戦うほどに、形勢は灼滅者達の側に傾いて行く。
固唾を呑んで見守る子供達。不安げな彼等の表情にちらと目を遣って、ナタリアは思う。
――私は、本当にこの子達を守ってきたと言えるのでしょうか。
その疑念はさながら、暗夜に兆した一筋の光明だ。
雪に似たマジックミサイルがリュシールを狙うが、それらの殆どは彼女の構えたシールドに弾かれた。威力が減衰している。
「気づいてるんじゃないですか? このままではいけないと。嫌いだった事に慣れていく、染まっていく自分も」
悠里の言葉と共に、清めの風が前衛の灼滅者達を癒して行く。
思わず後ずさるナタリア。そこへニタカがマジックロッドを振りかざし、
「ビリリッとくるよー!」
生じた轟雷がナタリアの体力を着実に奪う。
場違いなほど穏やかな歌声は、陣形の後方から聞こえてきた。レティシアの歌だ。
その歌唱は、攻撃を受け止め続けていたリュシールの体力を回復させる。
「ナタリアさん、貴女は仲間に道を踏み外させたりする人ではない筈」
スナイパーの位置に立つ一都がデッドブラスターの射撃体勢に移る。
「どうか、正しい道に戻ってきてください……!」
願いを込めて放たれた一撃は、正確にナタリアを捉えた。
「もうやめましょう、誰より貴女達自身の為に。……貴女だって判り始めているんじゃありませんか?」
言って恵理が放った制約の弾丸がナタリアの身体を麻痺させる。
「目を醒まして下さい……!」
打ち倒さなければ、救えない。心に痛みを覚えながらも、紫信が流星群にも似たマジックミサイルをナタリアに向けて放った。
「……貴方達さえ……貴方達さえ出てこなければ……!」
それはナタリアが放つ心の叫びか、或いは彼女に巣食うダークネスの怒号か。
前衛を取り巻く空気が、ナタリアの力で再び極寒のそれに変わる。
だが、
「この程度の氷、俺の炎で吹き飛ばしてやる!」
凍てつく大気を切り裂いて、身体の凍結も厭わずに床を蹴る月影。
渾身のレーヴァテインがナタリアを直撃、少女は炎に包まれながら宙に投げ出された。
「闇に呑み込まれてしまう前に――僕が、貴方を守ります!」
悠里が言葉と共に放ったのは神薙刃。風の刃は中空でナタリアを捉え、切り裂く。
少女の身体が床に倒れる、その間際。
彼女を取り巻いていた悪しき気配が霧散するのを、灼滅者達は確かに目にした。
●
勝利を手にした灼滅者達が第一に行ったのは、ナタリアを含む子供達への手当てだった。
癒しに力を注げる者は多く、元より致命傷など負っていなかったルドルフ達はすぐに意識を取り戻した。彼等はまだ幼い子供達と共に、遠巻きに灼滅者達を囲んでいた。
逃げ出さないのは、意識を取り戻したナタリアが灼滅者達と向き合っている為だ。
「大丈夫、貴方達を放り出したりはしませんから。まず私達の話を聞いて下さい」
恵理が柔らかな口調で子供達に声を掛ける。
子供達の見守る中、灼滅者達はナタリアに、世界の理の一端を説明した。
「闇の力で犯した罪を法は裁けない。僥倖と思いたまえ」
「大丈夫、やり直せますよ」
ポーが語り、紫信がそう励ます。続いて、恵理がナタリアを学園に誘った。
「例え離れたって会いに行く事は出来ます。皆の行き先も必ず見つけますから、ね?」
「ああ……それについては、僕が」
手を挙げたのは、ファザー・フロストに扮していた青年だ。彼もまた、受けた痛手を癒して貰い、灼滅者達への理解を深めていた。唯一の大人である青年は、子供達をよりよい環境に導けるよう尽力すると誓った。
「別れたところで、また会いに行けばいい。迷うようなことかよ」
今生の別れになるでもなし。月影の言葉が、最終的にナタリアの背中を押した。
「……分かりました。それが最善であるなら――貴方達と共に、私も学園に赴きましょう」
「そうと決まれば……あの、パーティをやりませんか?」
「ナタリアさんは学園に行くことになるから、お別れ会も兼ねて、ですね」
悠里の提案に、一都が言葉を添える。
「ニタカ、お菓子持ってるよ!」
ポーチから大量のお菓子を取り出す彼女に、まず小さな子達が目を輝かせた。
リュシールも負けてはいない。アイテムポケットにお菓子やら何やらを詰め込んできた彼女である。魔法のポケットからの贈り物に、子供達が盛り上がらない筈がない。
「楽しいクリスマスになるよう頑張りませんと、ね」
悠里は広げられたお菓子を子供達に配り、
「あ、ナタリアさんもちょっとみんなに配るのを手伝って」
一都に言われるがまま、ナタリアも子供達にお菓子を手渡して回る。
「済まないが、キミ。このパイプは無闇に触らせるわけにはいかないのだよ」
ポーはポーで子供達に好かれているらしく、わいわいと囲まれている。
サポートに駆け付けた悠花も霊犬のコセイを小さな子達と遊ばせ始めた。
冬の陽は短く、やがて教会内に幾つものキャンドルが灯される。
「クリスマスソングを唄うのもいいですね。歌が上手な人もいますし」
一都がちらと視線を送った先には、レティシアの姿。
「そうね、皆がよく知っている曲から唄いましょうか」
有志が集まり、ナタリアも混じってメンバーが揃った。
手助けに来た密が、奇跡的に音の出る教会のピアノを弾いて、聖夜の演奏会が開幕する。
暖色の灯りに包まれる中、歌声は時に厳かに、時に楽しく場を彩った。
「きっと神様は傍にいて下さったのよ……だから聖夜に私達が導かれた」
即興の合唱団を眺めながら、リュシールが子供達にそう語る。
「幸せな聖夜になればいいです。ナタリアさんにとっても、皆にとっても」
紫信のその想いは、叶えられたと言っていい筈だ。
子供達の未来を祝福するように、合唱団の歌声が聖夜に高く響き渡った。
作者:飛角龍馬 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2012年12月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 3
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