友を焦がした炎

    作者:篁みゆ

    ●揺れる炎
    「えーくん、さっき信夫くんとお母様がみえてね……えーくんが信夫くんにやけどをさせたっておっしゃるの。……ライターを隠し持っているって本当?」
     部屋の扉の向こうから心配そうな母さんの声が聞こえる。父さんが単身赴任になってから、母さんはやけに心配性になった。
     俺だって好きで信夫に怪我をさせたわけじゃない!
     急に身体が熱くなって、よくわからなくなって……。
    「衿夜、どうかしたの? 大丈夫?」
     心配して駆け寄ってくれた信夫が俺に手を伸ばして、「熱い!」って行って手を引いたんだ。信夫の手は赤くなっていて、やけどしたみたいで……俺は怖くなって信夫を置いて走って帰ってきてしまった。
    「衿夜、聞いてるの?」
     ポスンッ! 苛立ちを紛らわせようとクッションを投げつける。バサリ、本棚に積んでおいた雑誌が数冊落ちた。
    「……放っておいてくれっ!」
     それだけ絞り出して、枕にボスンと顔を埋めた。
     身体の中で何かが疼いている。なんだと聞かれても説明ができない。
     やっぱりじっとしていられなくて、ベッドから飛び起きる。
    「うあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
     衝動に任せて本棚の、机の、カラーボックスの中身をひっくり返した。
    「衿夜? 衿夜!?」
     音を聞いて慌てて二階に上がってきたのであろう母親の慌てる声が聞こえる。ノックはしてもドアノブを触ろうとしないのは、俺が怒るのを恐れてか。どちらにしろ内鍵を掛けてあるから外から開けられはしないのだが。
    「だいじょ、ぶだからっ……放っておいて、くれっ!!」
     グル……グルル……。
     口の端から獣のような呻き声が漏れた。

     灼滅者達が姿を見せると、安心したように微笑んで、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は頭を下げた。
    「来てくださってありがとうございます。イフリートへの闇堕ちを察知しました」
     通常ならば闇堕ちしたダークネスからはすぐさま人間の意識は掻き消える。しかし今回のケースは元の人間としての意識を残したままで、ダークネスの力を持ちながらダークネスには成りきっていないのだ。
    「彼が灼滅者の素質を持つのならば、闇落ちから救い出してください。けれども完全なダークネスになってしまうようであれば……その前に灼滅をお願いします」
     灼滅者の素質を持つものならばKOすることで闇堕ちから救い出すことができる。
    「埼玉県に住む、中学一年生の少年、真壁・衿夜(まかべ・えりや)さんが今回のターゲットです。衿夜さんは友人をやけどさせてしまったことで自分がおかしいと自覚し、なおかつ獣となる衝動に苛まれて怯えています」
     友人の信夫(のぶお)に怪我をさせてしまってから、衿夜は自室に引きこもって衝動と戦っている。衝動に耐えるためか部屋の中を荒らし、心配する母親に扉越しに当たり散らすことで自我を保とうとしているようだ。
    「衿夜さんのご家庭はお父さんが単身赴任なさっており、お兄さんは大学の寮に入っているため衿夜さんとお母さんの二人暮らしです。ごく普通の住宅街の一軒家に住んでいます」
     衿夜の部屋の鍵は内側から閉められているため、本人に開けさせるか壊すしかない。だが隣にある、兄が使っていた部屋とはベランダがつながっていて鍵も開いているため、そちらから接近する方法もあると姫子は言う。ただしいきなりベランダから見知らぬ人が入ってきたら、怯えさせ逆上させてしまいそうなのは想像に難くない。
    「お母さんは衿夜さんを心配して、ほぼ一日中家にいます。接触に適した時間は夕方ですが、お母さんはご在宅ですので何とか家に上がり込む口実を作る必要があるでしょう」
     無事に衿夜と接触し、説得が効けば彼の力を減ずることもできるはずだ。
    「衿夜さんは自分がわざと信夫さんを傷つけたわけじゃないと誰かにわかってほしいと思いつつも、今の自分ではそれが無理だということをわかっています。そして自分を襲う獣となる衝動が何なのかわからず、苛立ちと不安に包まれています」
     本当は心配してくる母親にきつく当たりたいわけではないだろう。信夫にも謝りたいと思っているはずだ。
    「……衿夜さんの不安を拭って差し上げれられれば良いのですが」
     姫子は悩ましげにため息を付いた。


    参加者
    御貫・遥斗(討魔灯・d00302)
    藤谷・徹也(高校生殺人機械・d01892)
    桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146)
    楯縫・梗花(さやけきもの・d02901)
    夜空・大破(虚無の破戒者・d03552)
    火売・命(宵闇の焔・d10908)
    蓬生・梓(守護の優炎・d10932)
    水縹・レド(焔奏烈華・d11263)

    ■リプレイ

    ●扉越しの
     夕日が住宅街に立ち並ぶ家々の影を引き伸ばす。帰途につこうとする子供達の声が遠くに聞こえた。
     灼滅者達が辿り着いた衿夜の家は、周囲の家と似たタイプの普通の一軒家だった。夜空・大破(虚無の破戒者・d03552)、楯縫・梗花(さやけきもの・d02901)、水縹・レド(焔奏烈華・d11263)、藤谷・徹也(高校生殺人機械・d01892)が他の仲間達と別れて玄関先に立つ。大破が二人を振り返り、頷き合ってからチャイムを押した。
    「……はい」
     多少疲れたような女性の声。母親だろう。大破は惑うことなく予定していた口上を述べる。
    「衿夜さんの友達の夜空といいます。今日は少し様子がおかしかったので心配になって」
    「まあ……有難う。でもえーくん、今少し機嫌が悪いみたいで」
    「楯縫です。僕達に少し衿夜くんと話をさせてもらえませんか」
    「心配で来た。顔を見れなくても声をかけたい」
     梗花とレドも言葉を添える。するとスピーカーの向こうの母親は小さくありがとうと呟いて。
    「今鍵を開けるわね」
     プツッと通信が途絶えると程なくしてパタパタという足音が扉越しに聞こえ、程なくカチャリと扉が開いた。
    「学校で真壁君の様子がおかしかったから心配で、皆で様子を見に来ました」
     徹也がプラチナチケットを発動させて告げれば、母親はにこりと笑んで徹也達を玄関へと入れた。
    「衿夜さんに色々あって、お母さんもお疲れだと思います。だから……私たちに任せて、少し休んでください」
     レドが後ろ手で扉を閉めたのを確認し、大破が発動させたのは魂鎮めの風。爽やかな風が母親を包み、意識を飛ばす。
    「……母親に心配されるって、どんな気持ちなのでしょうか」
     崩れ落ちる身体をそっと梗花が支え、呟いた大破と共に一階の奥の部屋へと運んだ。その間にレドは玄関扉を開けて他の仲間達を呼び込む。徹也は一足先に階段を登り、兄の部屋と衿夜の部屋の位置を確認した。
     階段を上がってくる音がする。程なくして揃った八人のうち、レドと火売・命(宵闇の焔・d10908)は兄の部屋へと入っていく。ベランダから衿夜の部屋へ回る手はずだ。
    (「誰にも言えない。言えばどうなるか、言うまでも無く判ってる。だから独りになる事しか出来ないんですよね」)
     ベランダから無理やり突入するという最悪の事態にならなければいいと命は衿夜の心に思いを馳せる。
    (「友達傷つけたの悲しい、辛いのわかる。でもそれは、大切な力。真壁助ける、絶対に」)
     レドも強い思いを抱きながらベランダへと向かう。その他のメンバーは衿夜の部屋の前で足を止めた。
     グ、グル……。
     耳を澄ませば扉の向こうから衝動を必死で抑えているような気配が伝わってくる。それを聞いて蓬生・梓(守護の優炎・d10932)の心に強い思いが湧き上がる。
    (「あの人は以前の僕と同じ。苦しんでる、自分に何が起こってるのか分からず。助けてあげなくちゃ! 僕が助けて貰ったように、彼も!」)
     以前衿夜と同じように学園の生徒に救出された梓は、彼の気持ちがとても良くわかる。だからどうしても助けたい。扉の前に座り込み、そっと口を開く。
    「ねぇ、僕達と少しお話しようよ?」
    「……だ、れだ?」
     梓の問いかけに、少し間をおいて返事が返ってきた。大破が、その問いに答える。
    「いえ、名よりこう言ったほうがいいでしょうか、私達は貴方に何が起こっているのかを知っているものです」
     ガタンッ! 扉の向こうで何かが落ちる音がした。次いで、ドタバタと近づいてくる足音がする。その足音は扉の前で止まったようだ。
    「誰でもいい! 教えてくれ! 俺は、どうし……グルル」
     扉のこちらからでも彼が衝動に必死に耐えていることが伝わってくる。それだけ危機迫っているのだ、事情を知っているとあらば誰にでも縋りたい、そう考えても不自然ではあるまい。
    「あなたは今日、ある人に火傷を負わせた。ですが、それはわざとではない。そもそも、自分に何が起こっているか、これからどうなるのかもわからずに不安だと思います」
    「……お前は、悪く無い」
     大破に続いて徹也が精一杯の説得の言葉を口にする。むしろここまで耐えたことは、家族や友人を守ったのだ、と。
    「友達を傷つけた事のショックは判るよ。もし俺がお前の立場だったら、きっとすげー後悔して、同じように苦しむ……」
     自分に重ねて絞りだすように扉の向こうに言葉を届ける桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146)。もしも自分が仲の良い友達を傷つけてしまったら? そう思うと胸が苦しくなる。
    「友達を傷つけてしまうことは、誰にだってある……そして君は、苦しんでいるんだと思う。その想いを教えて。真っ直ぐで、大切な想いを」
     コン、と扉に拳を軽く当てて、梗花が優しく促した。少しの沈黙。
    「俺は……信夫を傷つけたかったわけじゃ……」
    「うん」
     扉越しの呟きに、誰からともなく頷いた。
    「怖いんだ……何かが身体の中で、蠢いているような……」
    「わかるよ。僕もそうだったんだ。僕も同じようになって、事情を知っている人に救われたんだ」
     梓は語る。自身の経験を。今ここにいられる事の経緯を。
    「俺を含めてお前と同じ仲間は何人もいる。もしまだ扉を開けるのが怖いなら、ベランダを見て欲しい」
    「ベランダ……?」
     御貫・遥斗(討魔灯・d00302)の言葉に興味を持ったのか、衿夜が扉の前から離れる気配がした。梗花が素早くベランダ班へ説得依頼のメールを送る。散らかった雑誌や紙類を踏みしめていく音がする。
    「わっ……!」
     シャッとカーテンを開ける音がして、驚きの声が上がった。硝子扉の向こうにいたのは一組の男女。レドと命だ。
    「信夫を怪我させたの、わざとじゃないのわかってる。レドたち真壁を助けにきた。レドたちに不安も苛々も全部ぶつけて。必ず助ける」
     硝子に両手を付けるようにして、レドが硝子ごとの説得を試みる。その後ろから命がゆっくりと告げる。
    「自分が望まないのに、大切な人を傷付けるってイヤですよね。しかも、誰も判ってくれないのは辛いですよね。私も貴方と同じなんですよ」
    「!?」
     ガリッと命が自分の指先を噛む。滴るのは鮮血。揺らめくのは炎。衿夜が息を呑むのが分かった。レドも爪で掌を引っかき、炎を顕現させる。
    「同じ……?」
    「私達を信じてください。扉を開けて私達を受け入れてください」
     悪夢は終わり。だから信じる勇気を。
     衿夜は暫く揺らぐ炎を眺めて、命の言葉を噛み締めているようだった。そしてすっと伸びた手が、ベランダの窓を開ける。
    「ありがとう」
     レドの礼に首を振って、彼は扉へと駆け寄ってそれを開ける。
    「自分の力が、衝動が怖い。分かるぜ、俺だってそうだ」
     一番に扉から入ってきた遥斗は自身の手首を引っ掻いて、炎を顕現させる。その炎が、ファイアブラッド達に通じる仲間の証でもある。
    「けどな、そいつに負けちまったらもう、二度と謝れないんだぜ。負けんな、自分自身なんかによ」
    「その力をただ傷つけるだけと思っちゃ駄目ですよ」
    「え?」
    「ちゃんと使いこなせたら、自分を、他人を守る力になるから」
     守る力、と口の中で衿夜は梓の言葉を繰り返した。自分よりかなり年下の少年の言葉だが、力強く感じるのはやはり同じ境遇だったからか。
    「な、謝りに行こうぜ。このまま大事な友達に何を言わないまま自分を失っていいのか? 俺達が手伝うからさ」
     ぽん、と南守が衿夜の肩に手を置く。衿夜は若干震えているようだった。それは涙するのをこらえているからか。
    「真壁が戦うって言うんなら、俺達が絶対に助けてやる!」
    「母親も友人も、その他の人間も。お前にはもう決して誰も傷つけさせないと、約束する」
     顔を上げた衿夜に遥斗が強く告げ、徹也は無感情のままではあるがわかりやすいように衿夜を救うための方法を説明し、約束を交わした。
    「俺はもう、誰も……傷つけたくない。信夫も、母さんも」
     その言葉が、衿夜の答えだった。

    ●生まれ変わるために
     少し早く真壁家周辺に到着し、周辺地形を把握していた灼滅者達は戦闘に適した場所を見つけていた。万が一衿夜の説得に失敗し、逃げられた時の誘導ルートも考えてあったが、こっちを使わずに済んだのはいいことといえるだろう。
     衝動を抑えながらの衿夜を何とか連れ出し、子供達が帰った後の広めの公園へと導く。
    「いいかな?」
     灼滅者達と向かい合うように立ち、梗花の問いかけに頷いた衿夜。それを承諾と見て梗花はサウンドシャッターを、レドは殺界形成を発動させる。
    「大丈夫。僕が必ず、守ってみせるから」
     衿夜の胸に宿る優しさの炎を――その決意を解除コードとして梗花が唱える。それに倣うようにして次々と解除を行う灼滅者達。レドは日本刀の白鞘を投げ捨て、大破は……。
    「お膳立ては揃っているんです。それでも闇堕ちしたりしたら……承知しねえぞ?」
     少しだけ素が出たようだ。
     最初に動いたのは徹也。自分の二の舞にはさせまいと、雷を宿した拳でアッパーカットを繰り出す。続く梗花はシールドを広げて仲間を守る体制を整えた。遥斗は捻りを加えた槍の一撃で衿夜を貫く。
    「ヴ……グルル……」
     衿夜の中のイフリートが反応しているのだろう。苦しげに呻く彼の目つきが変わる。イフリートとてやられるばかりではおさまらないということか。
    「誰も傷つけたくないなら、自分に負けるな! お前の中の衝動は大切な友達を……そして母親を守る為に使え!」
     南守の殺気が衿夜を覆い尽くす。命が両手に集中させたオーラを最短距離で衿夜へと放出した。
    「ヴ、グル……グアァァ!」
     衿夜が動いた。掌から放たれた激しい炎の奔流が後衛を襲う。素早く南守りを庇うように動けた梗花は代わりに炎を受け、鋭い瞳を向けた。
    「南守の邪魔はさせない、絶対に!」
     彼を守ると決めた。彼が後ろにいてくれるから、梗花は全力で立ち向かえるのだ。
    「今のうちに立て直す」
     レドは使用しようとしたサイキックを別の物へと臨機応変に変え、炎を宿した刀で切りかかった。大破は光条を放ち、鏡花の傷を癒す。
    「貴方は前の僕と同じ、絶対に助けるから! その力に呑まれちゃ駄目だよ! 自分を強く持って!!」
     梓は呼びかける。自分がしてもらったように、思いを込めて。斧に炎を宿し、衿夜へと叩きつけた。追うようにして徹也は死角からの攻撃で衿夜を追い詰め、梗花は渦巻く風の刃で切り裂く。
    「ちと痛えかもしんねえが、歯ァ喰いしばれっ!」
     遥斗は苦しみながらも耐えているであろう衿夜に呼びかけ、『朱焔』に炎を宿す。イフリートにはファイアブラッド、炎には炎だとばかりに衿夜を穿った。
    「皆を守る梗花は、俺が守る! だから安心して戦え」
     お守りでもあるハンチングの鍔を握って決意を零す南守。『三七式歩兵銃『桜火』』からの魔法光線が衿夜の足を射抜いた。命のオーラがそれを追う。
    「ヴァァァァァ!」
     獣のような雄叫びを上げて、衿夜は爪に炎を宿して命を狙った。だがそれまでに蓄積されたダメージなどのせいもあるのか、ひらりと避けられてしまった。バランスを崩した衿夜に、レドの刀が振り下ろされる。大破の風の刃が衿夜を切り付けた。
    「貴方を救う! 絶対に!!」
     自分を助けてくれた人達のように、強い意志で。梓は強烈な斧の一撃を繰り出した。
    「ぐ……」
     そのまま地面に倒れ伏す衿夜の口の端から漏れた声は、今までの獣の呻き声とは違って聞こえた。

    ●友よ
     瞳を開けた衿夜が見たのは、傷の手当をしてくれていた梗花の姿だった。衿夜が目覚めたことに気がついた梗花は、優しい顔で仲間達に声をかける。
    「おはようございます。気分はいかがですか?」
    「あ……なんかすっきりしている感じだ」
     その答えを受けて大破は良かったですね、と告げて頷いて。
    「……よく耐えた」
     徹也の言葉は、大事な者を傷つけまいと抗った少年への素直な賞賛。
    「無事で本当に良かった♪」
     自分も、自分がしてもらったように誰かを助けられた、梓は嬉しそうに笑顔を浮かべている。
    「もう大丈夫、頑張ったな」
     レドはそっと、衿夜の手を握って。浮かべるのは精一杯の笑顔。笑顔は苦手だけど、衿夜を安心させたいから。
    「もう苦しまなくていい」
    「……ああ。ありがとう」
     女の子に手を握られて、衿夜は少し恥ずかしそうに礼を述べた。そして顔を上げ、灼滅者全員に向けてありがとうと礼を言う。それに頷くようにして、命は彼へと近づいた。そして軽く学園についての説明をする。
    「君が望むなら、学園に来たらいいですよ」
    「力の使い方を教えてくれて、力を活かせるところ、か」
     衿夜はじっと、掌を見つめていた。まるでそこから生まれる炎を見つめているかのようだ。
    「友人は、どんな人物だ?」
     落ち着いた様子の衿夜に徹也が問うのは説得ではなく単純な興味から。自分も最近友人ができて、友人は良いものと認識しているからして。
    「そうだなぁ、穏やかで優しい奴だよ。俺が暴走しがちなのをいつも止めてくれるんだ」
    「そうか」
    「ね、火傷させちゃった人に謝りにいこう。僕も一緒に行くから!」
     梓の明るい声に南守も頷くが、衿夜は少し不安そうだ。その背中を遥斗がぽんと叩く。
    「大丈夫だって、友達なんだろ?」
    「……ああ」
     これが友達でも何でも無い相手だったら、もう少し気分が楽だったかもしれない。友達だから、友達だからこそ怖い。勇気が必要で。
    「どうしても恐え時は、あの炎を思い出せ。真壁の胸の中にも灯ってる、そいつの名前をよ」
     負けそうな時。投げ出したい時。逃げ出したい時。挫けそうな時。心で燻る炎。友を焦がさない温かなそれを、人は勇気って呼ぶんだぜ――笑んだ遥斗の言葉。優しく衿夜を見守る灼滅者達。それらは衿夜の心に勇気を灯して。
    「行くよ」
     立ち上がった彼を、皆で家まで送る。
    「家の前に誰かいますね」
     最初に気がついたのは命だった。皆の視線が真壁家の前に佇む人物へと映る。
    「あ! 信夫!」
    「衿夜……!」
     その姿にありすぎるほど見覚えがあったのだろう、衿夜は駈け出して。同じく駆けつける少年と合流した。
    「どうしても衿夜に会いた……」
    「ごめん!」
     信夫の言葉を切って頭を下げる衿夜。わざとじゃなかったけど、怪我をさせてごめんと続ける彼を見て、信夫の表情が驚いたものから柔らかいものに変わったのを灼滅者達は見た。
    「ママは納得してくれなかったけど、わざとじゃないことくらいわかってるよ。衿夜はそんな事しないもの」
    「信夫……」
     そのやり取りを聞いて、灼滅者達は誰からともなく歩き始めた。二人の友情は、壊れてはいない。壊そうとするものはいない。もう、大丈夫だろう。
     衿夜の炎は、もう友を焦がさない。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年12月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 4
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