贖いのクリスマス

    作者:邦見健吾


     私は体が弱くて入院ばかりしていた。けど、手術を受ければとうとう完治するらしい。
    「手術するの、こわいよ」
    「だいじょうぶだいじょうぶ。成功するって」
     ベッドのそばに座るお姉ちゃんが励ましてくれる。私がさびしいとき、弱気になったとき、お姉ちゃんはいつも勇気づけてくれた。明るくて優しくていつも笑顔の、私の自慢のお姉ちゃん。
    「だって……」
    「仕方ないなあ。じゃあ、クリスマスプレゼントあげる。ほら、アンタが欲しがってたぬいぐるみ」
    「ホント!?」
     デザインがかわいくて、前から欲しかったトナカイのぬいぐるみ。子どもっぽすぎるかなと思って内緒にしていたけど、お姉ちゃんにはお見通しだったみたいだ。
    「ホントに決まってるじゃない。私がウソついたことある?」
     お姉ちゃんは笑いながら私の頭をなでてくれた。やわらかい手が髪にふれて気持ちいい。
    「お姉ちゃん大好き!」
     私はお姉ちゃんに抱きついた。お姉ちゃんはいつもあったかかった。
    「現金な子。でも、私も大好きよ」
     ふふ、とお姉ちゃんはほほえんで、少し強めに抱き返してくれた。もう、こわくない。
    「それじゃ、手術が終わったらあげるから。元気になって、たくさん遊ぶのよ」
    「うん!」
     手を振りながら出ていくお姉ちゃんを、私は満面の笑みで見送った。
     そして手術は無事に成功した。目を覚ました私はお姉ちゃんを待った。
     しばらくして病院に来たお姉ちゃんは、真っ赤な服を着て、ぐしゃぐしゃになった白い箱を持ってきた。お姉ちゃんの体にさわると――氷みたいに冷たかった。

     コツ、コツ。私は階段を使って屋上まで上がった。
     高い所は風が強くて寒いね。
     ここのサンタさんは願いを叶えてくれるって聞いて、ここまで来たんだ。
    「ごめんね、お姉ちゃん。私のせいで。だから――」
     私なんて、いなければよかった。


     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)が教室に集まった灼滅者たちに浅く一礼する。
    「聖夜にまつわる都市伝説です。クリスマスイブの夜、とあるマンションの屋上に、命と引き換えに何でも願いを叶えてくれるというサンタクロースが現れます」
     次のクリスマスイブの夜、噂を聞きつけた女の子がそのマンションに来る。
    「彼女は天宮・梨乃。16歳の女子高生です。彼女の姉は5年前のクリスマスイブの日、梨乃さんへのクリスマスプレゼントを買った帰り道で交通事故にあって亡くなりました。それ以来、梨乃さんは姉が死んだのは自分のせいだと自らを責め続けています」
     梨乃は姉が自分を恨んでいると思っていて、サンタに姉を生き返らせてもらおうとしている。なお、このサンタは噂がサイキックエナジーにより具現化した存在であり、人を生き返らせる力はない。
    「この血塗られたサンタクロースを倒してください」
     しかし、その都市伝説を出現させるには条件がある。それはクリスマスイブの夜に、サンタに命を差し出す意思のある者がそのマンションの屋上に行くことだ。
    「梨乃さんがマンションの屋上に来てしばらくすると、サンタが現れます。サンタが現れたら、皆さんの力で倒してください」
     屋上には給水塔がある。先回りしてその裏に隠れ、サンタの出現と同時に飛び出せばサンタと梨乃の間に割って入ることが可能だ。梨乃を助けたければ、保護して早急にその場を離脱させるのが望ましい。
     また、屋上への階段は鍵が壊れていて、誰でも上ることができる。
    「何らかの方法で梨乃さんを屋上に行かせなかった場合、都市伝説は出現しないので倒すことができず、次の出現時に強力になったり私たちエクスブレインが事件を予測できない可能性があります。この機会に倒してください」
     話を続けながら、姫子は用意していたメモを差し出した。
    「敵はサンタ1体のみですが、強敵です」
     サンタは概ね一般的なイメージ通り、トナカイの引くソリに乗った白髭の老人の形をしている。違うのは、衣装に白い部分がなく赤一色であること。また、トナカイやソリもこの都市伝説の体の一部だ。
     サンタは技量のバランスが取れていて、一人目掛けてソリで突っ込んでいく突進、白い袋から大量のプレゼントを出して複数の敵にばらまく攻撃、自身の周りに降らせた雪で周囲の敵を凍らせる技を使う。耐久力、攻撃力もそれなりに高い。
    「ただ、このサンタには特徴的な習性があります」
     サンタに「プレゼントが欲しい」という趣旨の発言をすると、発言した者を優先して攻撃し、逆に「プレゼントはいらない」と言うと攻撃してこなくなる。
    「これを利用すると、撃破しやすくなるかもしれません」
     ただし、全員が「いらない」と言ってしまうと、サンタは梨乃を追いかける。
    「このサンタクロースを倒してください。エクスブレインとして皆さんにお願いするのはそれだけです。その他のことは、皆さんの意思にお任せします」
     姫子は灼滅者それぞれの顔を見渡したあと、微笑とともに灼滅者たちを見送った。


    参加者
    海野・歩(ちびっこ拳士・d00124)
    峰岸・冬耶(極錬の一撃・d01162)
    若宮・想希(希望を想う・d01722)
    神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)
    野崎・唯(世界・d03971)
    神護・朝陽(ドリームクラッシャー・d05560)
    小鳥遊・亜樹(幼き魔女・d11768)
    ジンジャー・ノックス(十戒・d11800)

    ■リプレイ


     灼滅者たちは一足先にマンションの屋上に到着した。
    「サンタさんがひどい人になってるの……サンタさんはプレゼントくれる良い人なんだも~んっ!」
     サンタクロースの存在を信じている海野・歩(ちびっこ拳士・d00124)は都市伝説に怒りを覚えていた。
    「命をうばうなんて、サンタさんへのぶじょくだよ。本物はやさしくて、すてきなんだ」
    「本物のサンタさんが偽物を懲らしめてあげる。袋の中身ごとぶちまけてやるわ!」
     立派なサンタ像を思い描く小鳥遊・亜樹(幼き魔女・d11768)や、知り合いの子にサンタ役をしてやっているジンジャー・ノックス(十戒・d11800)も都市伝説への憤りを露わにしている。
    「寒っ……と思ったけどESPのおかげで大丈夫」
     言いながら野崎・唯(世界・d03971)がスレイヤーカードを取り出した。気温が零度を大きく下回る厳しい寒さだが、寒冷適応により快適だ。
    「我が魂、我が力、此処に顕現せよ!」
    「さ~てと、頑張るぞ~っ」
     サンタの出現に備えるべく、解除コードを口にする峰岸・冬耶(極錬の一撃・d01162)と歩。それぞれの殲術道具を身にまとい、灼滅者たちは給水塔に隠れた。
    (俺だって、叶えてほしい願いはある。だけど、命と引き換えなんて叶わない方がいい。絶対に)
     若宮・想希(希望を想う・d01722)は胸に思いを秘めつつ、眼鏡を懐にしまう。
    (悲しいことがあったのはわかるけど、命を捨てていいはずないもの。悪いサンタもそんな願いも焼き尽くしてあげるわ)
     バスターライフルを携え、決意を燃やすは神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)。
    「サンタは見返りを求めるものじゃねーだろ」
     神護・朝陽(ドリームクラッシャー・d05560)も、腹の虫の居所が悪いようだ。
     寒空の下、梨乃を待つ灼滅者たち。亜樹がくれたカイロが、仲間がいることの温かさを教えてくれる。
     コツ、コツ。しばらくして、コンクリートを踏む靴の音が響いた。給水塔の陰からのぞくと、高校生くらいの女の子が階段を上ってきたところだった。特徴がエクスブレインの教えてくれたものと一致する。彼女が梨乃で間違いないだろう。
     梨乃は暗い空を見つめながら呟いた。
    「ごめんね、お姉ちゃん。私のせいで。だから――」
     虚空の彼方から、トナカイの引くそりに乗った老人が現れた。子どもたちに夢と希望を与えるはずのサンタの衣装は、鮮血で染めたかのような赤。
     梨乃が口を開こうとした時、灼熱者たちが梨乃とサンタの間に飛び込んできた。
    「あ、あなたたちは……」
    「悪いな」
     動揺する梨乃を眠らせるため、朝陽が一陣の風を吹かせた。意識を失う梨乃を抱きとめて、亜樹に託す。
    「まかせて!」
     亜樹が歩のサーヴァントであるぽちと力を合わせて梨乃を抱え、屋上を後にする。
    「さぁ、力と力、ぶつけ合おうか!」
    「さっさとさよならして、いいクリスマスイブにするんだっ!」
     冬耶と唯の思いが声となって、聖夜に響き渡った。


    「プレゼントちょーだい。気に入らなかったら鉄拳込みでお返しすんぞ」
     朝陽が挑発とともに、巨大化させた腕で殴りかかる。
    「メリ~、クリスマス!」
     サンタクロースの形をした都市伝説は、その習性に従って朝陽に突進を仕掛けた。
    「朝陽お兄ちゃん、痛いかもしれないけど頑張って!」
     衝突の寸前、歩の放った光の輪が、朝陽を守るように彼の周囲に展開する。
    「おう!」
     朝陽の拳がトナカイごとソリとぶつかり、お互い反対方向に吹き飛んだ。
    「我が一撃、その身に喰らうがいい!」
     冬耶がサンタに肉薄し、そのままの勢いで投げ飛ばす。
    「行くわよ!」
     バスターライフルの光線とともに明日等の鋭い声が飛ぶと、明日等のライドキャリバーが応じて突撃した。
    「うりゃーっ!」
     戦いなれていないのか、唯が少し頼りない掛け声で魔法の矢を撃ちだすと、続けてジンジャーが雷を帯びた拳でアッパーカットを繰り出す。
    「うおぉぉ!」
     朝陽が、真正面から来るサンタの突撃を受け止めた。体中に傷を刻みながらも、突進の勢いを殺しきることができた。
    「交代頼む!」
    「わかりました。……俺もプレゼント、欲しいな」
    「サンキュ。プレゼントはいらない」
     朝陽が交代を申し出ると、魔力をはらんだ霧で体制を整えた想希がサンタクロースの前に立ち塞がる。想希は静かにサンタを睨みながら、囮となるべく決められた言葉を口にした。
    「所詮は願いを叶えられない都市伝説。不幸を招く前に……終わらせる!」
     冷静な表情とはうって変わり、想希の内は熱くなっていた。
    「大変だと思うけど、少しでも痛みが和らぎますように!」
     歩が再び光輪を飛ばして、想希に守護の加護を与える。
     サンタは白い袋から、赤い包装のプレゼントを取りだし、想希ら前衛へ投下する。数十にも及ぶプレゼントの雨はまさしく爆撃のようだが、想希たちは何とか耐えきった。
    「何がサンタよ!」
     ジンジャーがサンタを杖で殴りつける。ディフェンダーが押さえている間に唯や明日等たち中後衛が攻撃を叩き込んでいる。
     まばらな影が想希に落ちる。またもプレゼントの爆撃が前衛を襲った。
    「すみません、代わってもらえますか?」
     朝陽の回復はまだ十分でない。後方に目配せしながら求めると、ジンジャーが名乗りを上げた。
    「私が行くわ。プレゼントが欲しい」
    「ありがとうございます。やっぱり、あなたからのプレゼントは――」
     要らない、そう言って下がろうとした想希に、無数の雪が迫り来る。普通の雪ではない、血を洗った水を凍らせたような、怖気のするピンク色の雪。
     その時、呪縛の魔弾と、貨幣の弾丸が吹雪を吹き飛ばした。
    「戻ってきたよ!」
    「わんっ、わんっ!」
     梨乃を避難させていた亜樹とぽちだ。
    「ありがとうございます。あなたからのプレゼントは要らない」
     想希は礼を述べ、中衛へと下がった。
     灼滅者たちは陣形を変えながら戦闘を継続する。


     ピンクの雪が降り注いで、ジンジャーと冬耶の肌を凍らせる。
    「簡単にはいかんか!」
     冬耶はオーラを癒しの力に転じ、自らの傷を癒す。
    「交代お願い!」
    「私行きます! プレゼント欲しいな!」
    「プレゼントはいらない」
    「よし、来い!」
     唯がジンジャーから囮を引き継いだ。気合十分に攻撃を受け止める姿勢をとる。すかさず歩がシールドリングを放った。
     サンタは全身から真っ赤な液体をしたたらせながらも、攻撃の手を緩めることはない。灼滅者たちもそれぞれ傷ついていたが、それは作戦が機能している証拠でもある。灼滅者たちは退かず、戦いはなおも激しさを増していく。
     サンタが白い袋の口を開いた。大量のプレゼント爆撃が前衛を守る灼滅者たちへと投下された。冬耶をかばったライドキャリバーが消滅する。
    「お願いします!」
    「お願いされるぜ。プレゼントよこせ!」
     唯の呼びかけに反応したのは、回復を完了させ体勢を立て直した朝陽。
    「プレゼントいりませーん! ありがとうございまーす!」
     朝陽が前に出たことを確認した唯は半泣きになって中衛に戻った。囮が一回りしたところで、戦いは佳境だ。
    「ぐあぁ!」
     サンタクロースの突進で朝陽が吹き飛ばされた。トドメをさそうと、サンタはプレゼントの雨を降らせた。
    「させない!」
     明日等のバスターライフルが、次々とプレゼントを撃ち落としていく。
    「プレゼントを貰ったらちゃぁんとお返ししなきゃねえ……これは貴方の分よ、メリークリスマスッ!」
     先ほどの雪に対する逆襲に、ジンジャーは巨大な刃で一撃ぶちかます。会心の一撃にサンタの体が揺らいだ。
    「俺はミニスカお姉さんサンタしか認めねーんだよ! 今年で引退させたる!」
     好機と見た灼滅者がサンタに迫る。朝陽が巨大な拳を叩きつけた。
     続けて、唯が魔力のこもった槍でサンタを穿ち、冬耶が光をまとう拳を連打する。亜樹のチェーンソー剣が、サンタの身を衣装ごとズタズタに引き裂いた。
    「これは私からのプレゼントよ!」
     両手に持ったバスターライフルから、明日等がサンタ目掛けてビームを照射した。
    「終わりにしよう」
     想希が日本刀を抜くと、刀身に赤い輝きが宿る。
    「今だよ!」
    「ハァッ!」
     牽制として放たれた歩の抗雷撃に次いで、想希が刀を振り抜いた。サンタの胴が真っ二つになって赤い液体をまき散らす。やがて輪郭が薄くなり、ついには空気に溶けて消えた。
    「この勝負……俺達の勝ちだ!」
     赤いサンタの最期を見届けて、冬耶が拳を握って勝ちどきを上げた。


     灼滅者たちに見守られながら、梨乃が目を覚ました。上半身だけを起こして周りを見回す。状況を悟ったのか、その表情は悲痛に歪む。
    「帰りましょうか」
    「……はい」
     想希が促すと、梨乃は伏し目がちに頷いた。
     あまりのんびりしていては終電を逃そうかという時間。灼滅者たちはとりあえず最寄りの駅まで送ることにした。ふらふらと歩く梨乃の顔は、凍りついたように無表情になっていた。冷たい空気が、灼滅者たちの肌を刺す。
    「ささやかだけど、クリスマスプレゼント。はいっ」
     駅までの道のりの途中、唯は梨乃と肩を並べ、コンビニで買った肉まんを手渡しながら話し始めた。
    「姉妹、うらやましいな。お姉ちゃんの事大好きだったんだね。でもお姉ちゃんの事、梨乃ちゃんのせいじゃないよ。手術成功したの、きっと喜んでるよ」
    「……」
     梨乃はただ黙って唯の話を聞いていた。その時、明日等が梨乃の前に出て、梨乃の頬を両手でパンッと叩いた。梨乃の両目が大きく開かれる。
    「しっかりしなさい。そんなんじゃお姉さんが悲しむわよ」
     明日等はまっすぐに梨乃の目を見て、正面から訴えかけた。
    「貴女が信じるべきは、サンタの噂なんかじゃないでしょう。貴女に元気になって欲しいってお姉さんの願い、叶えてあげられるのは貴女だけなのよ。きっと今の貴女を心配してるわ」
     明日等の隣に並んで、ジンジャーも梨乃に主張をぶつける。
    「梨乃ちゃんが自分を責めてたら、きっとお姉ちゃんは悲しむよ。だから笑って」
     寒いでしょ、とはにかみながら亜樹がカイロを差し出した。
    「あなたが生きて元気に過ごす……お姉さんの分まで。それが、お姉さんの願いだと思います」
     微笑んで、想希が優しく語りかける。
    「「ごめん」じゃなくて「ありがとう」じゃないかな? お姉ちゃんが聞きたいのは」
     朝陽が歯を見せて笑う。気付けば明日等も笑顔で梨乃を見つめていた。
    「……私が幸せになって、いいのかな?」
    「むしろならないと罰が当たる」
     梨乃の問いを、冬耶は頷いて肯定する。
    「悪いサンタさんを倒したし、プレゼントが楽しみなの~♪ ……ん?」
     上機嫌だった歩が、頬に落ちた冷たい感触に気付いて顔を上げた。つられて空を見上げると、黒のカーテンにいくつもの小さな白の粒が散っていた。
     それは時折イルミネーションの輝きを反射し、光の結晶となってひらりひらりと宙を舞う。静かに降り始めた雪は、少しずつ勢いを増して夜闇を塗りつぶしていく。
     幻想的な光景に、梨乃と灼滅者たちはしばし目を奪われた。
    「きっと、お姉ちゃんからのクリスマスプレゼントだよ」
     梨乃の隣から、唯が笑いかける。
    「……うん。ありがとう、お姉ちゃん」
     少女の目から、一粒の涙がこぼれた。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年12月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 7/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ