この指に、血色の糸を。

    作者:一文字

    ●霞みゆく君の背中を
     まるで安いメロドラマだね――お前の言葉に思わず苦笑したのをよく覚えている。
     親の都合で遠くへ行くことになった、と知らされたのは引越しの前日。呆然とする俺に普段は天真爛漫な彼女ですら表情を曇らせていた。
     メールするよ。電話もかける。長期休みは会いにだって――そんないくらでも並べられる言葉に意味はない。現実問題、中学生の俺達にとって県を跨ぐほどの引越しは今生の別れに近い。何か特別な繋がりでもない限り、互いを結ぶ糸はゆっくりと解けていく。
    「何も……言ってくれないの?」
     お前はその糸を強く結びたかったんだよな。今なら分かるよ。……いや、もしかしたらあの時も分かっていたのかもしれない。
    「俺は……俺は、お前のことがっ……」
     でも勇気のない俺は続くはずの言葉を呑み込んだ。
    「……元気でな、カンナ」
    「……うん。レンも元気でね」
     そして彼女は生まれ育ったこの地を去る。

     俺の体が血を欲するようになったのは、それから2週間後のことだった。

    ●共に闇の底へ
    「ヴァンパイア――女の子が堕ちた種族の名前だよ。そしてその影響は恋した男の子すら巻き込んだの。……遣る瀬無いよね」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)はそっと目を伏せた。
     少年の名前は間宮・蓮司。幼馴染の少女――蘭堂・カンナがヴァンパイアと化したことから、彼もまた闇に堕ちかけている。
    「カンナさんと蓮司さんはあくまで親友同士として付き合ってたけど、実のところは互いを異性として意識してたんだ」
     ただ、今の関係が崩れるのが怖かった。故に一歩踏み出すことが出来なかったのだ。最期の最期まで。
     結果、恋した相手との別れに絶望したカンナは闇へと堕ちる。彼女はもう完全に元の人格を失っているが……蓮司の方はまだ間に合う。
    「但し、このまま放っておけば蓮司さんも同類になっちゃう。冷たい言い方になるけど、最悪蓮司さんの命は問わない。何としても完全なダークネスになる前に止めて」
     静まり返る教室。まりんは一拍間を置いてから、説明を続けた。
    「現在、蓮司さんは自分の状況を把握出来てない。気がついたら、誰かの血を吸ってたって感じ。気が動転してると思う」
     しかしそれは彼が人間としての人格を残していることを意味する。説得によっては弱体化を図ることが可能である。
    「それでも相手はヴァンパイア。並の戦闘力じゃないよ。加えて事態を説明する場合はカンナさんの状況も教えることになるかもしれない。それらの点も踏まえて、判断はみんなに一任したいと思ってる」
     蓮司を信じて説得するも良し。見込みなしと判断して灼滅に集中するも良し。結果として新たなダークネスが生まれることを阻止すれば構わない。
    「蓮司さんはダンピールのサイキックを用いて戦うよ。成りかけだからって甘く見てると、危険だから十分に注意して」
     彼との遭遇可能時刻は深夜。吸血衝動に駆られ、連日繁華街の裏路地で獲物を探していると思われる。人目が付きにくく、通りも少ない。一般人への被害を考慮しなくていいため、立ち回り易くはあるだろう。
     説明を終えたまりんはそっと資料を置いた。
    「誰かの言葉が人を傷つけることもあるし、救うこともある。それが好きな人なら尚更だよね。……もう元の2人の糸は切れちゃったけど、闇の底で血色の糸が繋がることだけは止めてあげて。頑張ってね、みんな」


    参加者
    御統・玉兎(月を追う者・d00599)
    四方屋・非(ブラッドファング・d02574)
    レイン・シタイヤマ(フリードリヒ・d02763)
    水葉・椛(秋の調・d05051)
    月日・九十三(時を欺く観測者・d08976)
    皇・千李(静かなる復讐者・d09847)
    遠野・潮(悪喰・d10447)
    祁答院・哀歌(仇道にして求答の・d10632)

    ■リプレイ

    ●真紅の瞳、血色の糸
     吹き抜ける寒風。底冷えするような深夜の裏路地で月日・九十三(時を欺く観測者・d08976)は体を震わせた。
    「寒っ、今夜は冷えるな!」
    「もう12月だからな」
     遠野・潮(悪喰・d10447)が淡々と答える。1年は早いなぁ、としみじみ頷く九十三。
     その視線を目の前の少年に向けながら。
    「あー、こんな夜は人肌が……いや、今は血の方が恋しいか、間宮・蓮司」
    「――っ」
     ドサリッと少年の腕から女性が倒れる。その首元には鋭いものを突き刺したかのような跡が2つあった。
    「あ……あぁ……!」
     吸血の現場を見られた動揺からか、蓮司は怯えた瞳で一行を見つめる。逃げようと体を反転させる彼の背へ祁答院・哀歌(仇道にして求答の・d10632)が叫んだ。
    「待って! 私達は貴方を救いたいと願ってやってきた者です。どうか話を聞いて下さい」
     その言葉に蓮司の表情に若干の希望が宿った。この得体の知れない衝動から解放されるのではないか、と彼は哀歌に縋りつく。
    「お、俺、血が吸いたくて……でも本当はやりたくなくて! 可笑しいんだ、体が。一体どうなって――」
    「ともかく落ち着いて下さい。今から全てお話しますから」
    「……あ、あぁ。すまん……」
     自分よりも幼い水葉・椛(秋の調・d05051)の落ち着いた様子に蓮司は冷静さを取り戻し、服を掴んでいた手を離す。しかし問題はここから。
     全てを話す――それが如何に重く、如何に厳しいものか。この後、間宮・蓮司は痛感することとなる。
     レイン・シタイヤマ(フリードリヒ・d02763)は一帯に殺界形成を展開。予防線を張ってから、蓮司と向き合った。
    「これから私達の話すことは全て真実だ。きっと辛いだろうが……お前を救うためにも聞いてくれ」
     それから一行は蓮司の身に起こった事情を順序立てて説明した。
     彼を苛む吸血衝動、闇堕ちという現象、灼滅者の存在、そして武蔵坂学園について。
     一般人が聞けば、荒唐無稽な与太話と思うだろう。しかし現実に不可解な現象に襲われている蓮司は信じざるを得なかった。
     最後に突きつけられた、最も信じたくない現実すらも。
    「俺が化物になりかけてるのはカンナの所為で……カンナが化物になったのは俺の所為ってことかよっ……」
    「カンナがダークネスとなったのは、互いに思いを伝える勇気がなかったのが原因だ。互いに想いを伝えられなかったという意味では、君はカンナを救えなかった」
     御統・玉兎(月を追う者・d00599)は否定しない。
     それが真実なのだ。蓮司が告白しなかったという現実はカンナの闇堕ちに直結している。安い慰めや同情で払拭出来るほど軽い事実ではなかった。
    「だが灼滅者として戦っていれば、他の誰かを救うことが出来る。そして君自身もヒトの領域に留まることが出来る」
    「学園には仲間がいる。お前と同じ渇き、苦しみを背負う仲間がな」
     だから一緒に来ないか、と続ける四方屋・非(ブラッドファング・d02574)に蓮司は……背を向けた。
    「おい、何処行くんだッ」
     蓮司は潮の呼びかけにすら答えず、裏路地から去ろうとする。その時、皇・千李(静かなる復讐者・d09847)が立ちはだかった。
    「お前を行かせる訳にはいかない」
    「……退けよ」
     それでも千李は引こうとしない。
     重なるのだ、自分と。他人とは思えないほどに。故にこれから蓮司が為そうとしていることも何となく分かってしまった。
    「堕ちる気か」
    「退け!」
     放出される殺気。流石はヴァンパイアと言うべきか、『成りかけ』とは思えないほど強烈な気配に一行は息を呑む。
     彼の瞳に先程の動揺は見られない。代わりに悲壮感と罪悪感が窺えた。
    「……俺はカンナを殺せない」
     灼滅者になることはダークネスと化した彼女を殺すこと。先程見知らぬ人の血を吸ったのとは訳が違うのだ。彼にとっては。
     ならば残された道はただ1つ。
     共に堕ちよう、何処までも。この血色の糸が続く限り。
    「だから、邪魔するな」
     黒の双眸が真紅に染まった。

    ●この闇は愛の証明
     ビハインドの攻撃を回避した蓮司に向かって、玉兎は紅蓮斬を放つ。そして両腕を交差させて防ぐ蓮司に言葉を投げた。
    「君の中にカンナはいる。君がその事実から目を背けず、忘れない限りは誰にもその存在は奪えない」
     直後、白刃が煌めく。振り向く蓮司の視線と納刀する千里の眼差しとがぶつかった。
    「彼女は少なくともお前を愛していた。それだけは確かだ。俺もヴァンパイアになった彼女に愛されていたし……少なくとも俺は愛していた」
     蓮司は千李を一睨みするだけで答えようとはしない。傷から流れ出る血を鬱陶しげに払ったその時、ドス黒い殺気が彼を覆った。
    「こっからが本番だ……。血色の糸、紡がせはしないぜ」
     九十三の塵殺領域。更にそこへ潮が躊躇なく飛び込んだ。
    「すれ違いって悲しいな……。でもカンナが好きだったお前を殺していいのか?」
     想いを乗せた右手が光を纏って炸裂しようとする。しかし直前に蓮司が潮の右肩に足を当てて阻んだ。
    「分かったように言うなよ……。俺はァ!」
     刹那、蓮司の脚が潮を十字に裂いた。
     後ろへ数歩下がる潮。レインはその体を受け止めながら蓮司を真っ直ぐ見据えた。
    「俺は……なんだ? 続く言葉があるんじゃないのか?」
    「そ、れは……」
     真紅の瞳が揺れる。しかしそれだけ。何も口にしない蓮司にレインは囁くように言う。
    「お前は彼女のことを知る者として生きていかなければならない。むしろ……彼女はその想いをお前に託したのだろう」
     直後、レインは力を開放。黒のロングコートを纒った瞬間、腕に装着された縛霊手を勢い良く振るった。
    「こ、のォ!」
     蓮司は上体を無理矢理捻り、レインの得物を蹴り上げる。
     しかしその隙にを突くように気付けば懐に哀歌の姿があった。
    「闇に呑まれてしまえば、2人の絆は完全に消えてしまいます」
     ギュッとグローブを握り締める。闇に堕ちようとしている彼への想いと共に。
    「抗って下さい。彼女と過ごした日々の記憶を守るためにッ」
     驚異的な速度で襲い掛かるアッパーカット。鋭い一撃は蓮司の下顎を完璧に捉え、彼の体は宙を舞った。
    「ガッ……!」
     背中を強打し、肺から酸素が一気に外へ出る。
     堪らずむせ返る蓮司。非はそんな彼の胸ぐらを掴み、グッと引き寄せた。
    「さっきから見てればダンマリばっかり……責任感じるなら自分でケリつけるってくらいの根性出せ!」
     至近距離からの怒号。周囲にいた一行ですらたじろぐような咆哮に対して、蓮司は怯むどころか、非の胸ぐらを掴んで返した。
    「今更、言える訳ねぇだろっ……」
     但し、その手は震えていた。
    「あいつを化物にした俺がこの期に及んで何を告げろって言うんだよ! ほっといてくれよ。しつこく絡んできやがって。俺が何をした!」
    「うだうだ悩む前にやるだけやってから後悔しろ! お前はまだ何もしてないんだろ!」
     非は槍の柄を短く握り、回転を掛けた穂先で蓮司を突く。ほぼゼロ距離から放たれた一撃は凄まじい衝撃を生み、両者は大きく後ろへ弾き飛ばされた。
    「くっ……!」
     蓮司は脇腹を抉られながらも、辛うじて着地してみせる。次の瞬間、気配を察知した彼が咄嗟に振り返ると、そこには椛が立っていた。
     眼前から浴びせられる敵意と殺気。それでも椛は屈せずに説得を試みた。
    「あの別れの後悔もあるかと思いますけど……それに囚われず、前に進んで行きませんか?」
    「う、うるさい!」
     差し伸べられた椛の手を蓮司は払い除ける。一瞬、ハッと我に返ったような表情を浮かべたものの、やはり取ろうとはしなかった。
     代わりに己の手を握り締める。
    「……放っておけないんだよ」
     彼女に届かなかったその手を。彼女を抱き締められなかったその腕を。
    「カンナを1人にする訳にはいかないんだ。だからそこを退けェ!」
     言葉を飲み込み、想いを心の底へ沈め、少年は真紅の瞳で闇を視る。
    「……退かねぇよ」
     灼滅者達は彼の前に尚も立ちはだかる。
    「行くぞ、蓮司。お前の闇にオレ達が亀裂を刻んでやる!」
     望みは1つ。その血色の糸を断ち切るために。

    ●想いの在り処
     それが逃げだと言われれば、確かにそうなのだろう。
     怖かったのだ。今の関係が崩れるのが。彼女との距離が遠ざかってしまうのが。
     故に触れずにいた。故に抱き締めずにいた。己の想いを飲み込んで。そして今も罪悪感を盾にして逃げている。
     灼滅者の言葉によってそれに気付かされた時……少年の心はゆっくりと動き始めていた。

    「少々痛いでしょうが、我慢して下さいね」
     椛が放った風の刃が蓮司の体を斬り裂く。咄嗟に反撃を試みる蓮司だったが、割り込んできたライドキャリバーによって防がれた。
     一通りの攻防を終えた蓮司は一旦距離を置こうとする。しかし九十三は彼を掴んで離さない。
    「特別な繋がりなんてな、お前らとっくに結んでんだよ。2人で過ごした時間、笑い合った日々……その思い出全部が確かな証拠だ。それは全部、お前のソコにあんだろ?」
     トンッと蓮司の胸を小突く。宝物を詰め込んだ、彼の心を。
    「――ッ! 黙れ、黙れよ!」
     蓮司は何とか九十三を振り払う。しかしそこに最初ほどの力はなかった。
    「可能性があるなら前を向いて生きて欲しい。前を向かない限り希望は見えてこないから」
     玉兎の大鎌とビハインドの霊撃が同時に襲う。捌き切れずに背中を大きく裂かれる蓮司の正面に再び千李が立つ。
    「……正直、俺は叶うなら一緒に消えたかった」
     闇に堕ちた彼女と共に。普段表情を崩さない彼ですら――いや、似た境遇の彼だからこそ沈痛な面持ちを見せた。
    「それでもお前は分かってるんじゃないのか。本当に為すべきことが」
     日本刀がオーラを纏って迫る。蓮司はそれを素手で受け止めた。
     大量の血を垂らしながらも、蓮司は緋色の拳で千李を殴りつける。千李が口からの出血を拭っていると、周りに光輪が漂ってきた。
    「その程度でくたばるなよ」
     非のシールドリングが千李の傷を癒していく。椛もまた天使を思わせる歌声で治療を始めた。
    「ハァ……ハァ……」
     対する蓮司は満身創痍。当初ほど込み上げる力もない。血色の糸は確かに緩んでいた。
    「分かっててもやれないことがあるだろ。俺の手でカンナを殺せってことかよ……」
    「バカか、テメェは」
     潮の声が静かに響く。
    「勇気がなくて彼女を救うことも叶わなかったなら、せめて愛されてたテメェ自身は守り切れって言ってんだよ。お前はここで彼女の想いを殺す気か!」
     蓮司の腹部に潮の拳がめり込む。堪らず仰け反る彼に今度はレインが語り始めた。
    「残された者は苦しいさ。私だってつるんでいた仲間が1人残らず殺されたんだ」
    「えっ……」
     蓮司の瞳に驚愕が浮かぶ。そんな彼に苦笑してから、レインは続けた。
    「だがな、生き残った者は生き延びねばならない。いなくなった者の分も生を全うせねば、彼女とて報われない。違うか、間宮」
    「…………」
    「いいさ、今は迷いも持っておけ。これから闇を祓ってやる」
     直後、獅子を象った影が蓮司に跳びかかった。
     ボロボロの体に対抗出来るほどの力は残されておらず、蓮司は獅子に囚われる。次の瞬間、2つの影が戦場を舞った。
    「お前は亡くしちゃいけない。オレ達が亡くさせはしない!」
    「生き残ることは辛く、苦しいことでしょうけれど……守ってあげて下さい、彼女の愛を。彼女に愛されていたことを胸に抱き、彼女を悼みながら生きて欲しい。それはきっと尊い生き方だと思うから」
     九十三の放った豪雷が周囲を眩く照らす中、哀歌の拳が闇を貫いた。

    ●君への涙は朝日に映えて
    「よく踏み止まったな、偉いぞー」
    「だーもう、離せ! 頭を撫でんじゃねぇよ!」
     蓮司はじゃれつく九十三を鬱陶しげに振り払おうとする。しかし相手は限界突破の楽観主義者。拒絶など諸共せず、猫を相手にするかのように蓮司をモミクチャにした。

     あれから数時間、目を覚ました蓮司の瞳は黒に戻っていた。
     それと同時に吸血衝動も消え、2週間前と変わらぬ体になった。
     彼女との記憶も、彼女への想いも、しっかりと心に残ったまま。

     悪乗りする九十三を椛が慌ててたしなめる。
    「まだ間宮さんは病み上がりなんですから、それくらいに……」
    「気にし過ぎだって、椛は」
     そこで予期せぬ妨害――非が手をヒラヒラとさせながら気分良さげに笑う。
    「さっきので死ななかったんだし、これくらい大丈夫だろ。なっ!」
     バシンッ!
    「~~っ!」
     背中を思いっきり叩かれて悶絶する蓮司。流石はTHE脳筋である。
     悪びれた様子もない九十三と非に溜息を吐いてから、潮は蓮司にそっと手を差し伸べた。
    「おかえり。お前は彼女の想いを守ったんだから胸張ってろ」
     半分涙目になりつつも、蓮司は潮の手を取って立ち上がろうとする。しかし椛の言う通り、戦闘で負ったダメージが大きかったらしく、その場に崩れる。
     そんな彼を哀歌とレインが咄嗟に支えた。
    「大丈夫か、間宮」
    「あんまり……」
    「ですよね。あんなに必死に戦ってたんですから」
    「あんたのラビットパンチが結構な原因だけどな」
    「うっ……すみません……」
    「……いや、こっちこそ悪い。……ありがとう、助かった」
     哀歌とレインが蓮司に肩を貸す。
    「私達はこのまま学園に戻るが、お前はどうする?」
    「……連れて行ってくれ。それでカンナを止められるかもしれないなら」
    「分かった」
     同意を受け取ったレイン達はそのまま学園への帰路に着く。
     一方、ボロボロになった蓮司の背中を後ろから眺めていた千李が小さな声で呟く。
    「大切な者のいない世界で彼は本当に生きたいと思っているのだろうか……」
    「生きている限り道は続く。諦めない限りやり直しはきく」
     独り言に答えたのは玉兎。
    「そういうものさ。だからお前もそんな顔をするな」
    「……あぁ」
     玉兎に優しく肩を叩かれ、千李は静かに頷いた。
     朝焼けの中、9人分の足音が響く。肌寒い空気に流れる暖かな静寂。一体どれほど続いた頃だろうか、突然哀歌が口を開いた。
    「レンジ」
    「ん?」
    「正直、こんなこと言うのは大きなお世話かもしれませんけど……」
    「何だよ」
    「想いの乗った涙は恥ずかしいものではないと思いますよ」
    「――――」
     レンジは目を見開く。そして視線を正面に戻したところでポツポツと語り始めた。
    「……カンナはさ、いつも俺のこと振り回すんだよ」
     その瞳に大粒の涙を浮かべながら。
    「すぐ怒るし、すぐ泣くし、どこにいてもうるさい奴だったんだ。手も早くて、掴み合いの喧嘩したことも何度もあったよ」
     でも、それでも……あの優しさが、あの笑顔が……。
    「好きだったんだ。あいつのこと、大好きだったんだよっ……!」
    「……今度会ったら伝えてあげましょう。きっと喜びますよ」
     哀歌の言葉に蓮司は大きく頷く。
     朝日に輝く涙が血色の糸をゆっくりと解いていった。

    作者:一文字 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年12月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 2/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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