青い冬

    作者:日暮ひかり

    ●scene
     降り続く雪は人々の足跡を埋め、日の落ちかけた遊歩道を再びまっさらな白で塗りつぶしてゆく。
     白樺の並木道が続く寮までの道を、ブーツで雪を踏みしめながらふたり、歩いた。
     今日の食事は何だろう。ケーキ、出たらいいよな。
     何処かぎこちなく紡がれる少年の言葉は、白い息と共に凍てる闇に消え、粉雪に紛れる。
     少しだけ先を歩いていた少女が、ふと足を止め振り返った。
     どうした、と問う少年をよそに、少女は街のほうへと白樺並木を引き返していく。何メートルか雪道を進み、躊躇うように歩みを止めた。
    「クリスマスのイルミネーション、今日までなんだって」
     少女が言ったのはたったそれだけだった。コートの袖を手繰り、少年は腕時計に目を落とす。そして灯りのともった寮の窓を見た。
     唯でさえ今日は居残り作業になってしまった。街へ行けば、夕食には間に合わないし心配をかける。早足で歩く少女の背中が、どんどん遠ざかっていく。どうする。どうする。……どうする。
    「待てよ!」
     踏みだした瞬間、白樺の根元の雪から、なにか白いものが飛び出すのが見えた。
     
     少女が悲鳴を上げる。黒いタイツの足から、ぼたぼたと何かが滴って真っ白な雪に染みていった。倒れ込んだ彼女に、白い影が覆いかぶさるのを少年は見て――そこから先は地獄だった。蟻が蝉の死骸を解体する映像を思い出していた、と言ったらいいだろうか。
     逃げなかった。
     事実ではある。
     絶望にも似た悲しみと、振り切れた恐怖は彼から考えることを奪った。第一、『それら』に立ち向かうだけの勇気も力も、彼には無い。いや。それ以上に、彼は既に退路を断たれていた。
     前で、後ろで、白い牙がぎちぎちと音を立てる。
     ごめん。ごめん。ごめん。何もできなくて、ごめん。
     白樺の幹に、鮮やかな赤が散った。
     
    ●warning
     東京では、未だ本格的な積雪には至っていない。マフラーやコート姿で下校していく生徒達を見送りながら、鷹神・豊(中学生エクスブレイン・dn0052)は続く言葉を探していた。
    「近頃、北海道にアンデッド被害が集中しているという話は既に君達も聞いたことだろう。今回は、学校から寮へと帰る途中の学生が襲われる事件を察知した」
     時間は午後6時すぎ。灯りはなくはないが、今の季節だと少々暗い。白樺の並木道を歩いていた学生2人が、5体のゾンビに前後から挟まれ殺されてしまう。
     何のゾンビだ、と問われれば、鷹神は若干微妙な顔をした。
    「……白くまの子供」
    「白くま……」
    「口に出すと可愛らしいかもしれんが戦闘能力は全く少しもかわいくないぞ子供と言っても図体でけえし第一腐ってやがるので毛まみれ動物がお好きな諸氏はどうか悪しからず、ご了承、頂きたい!」
     何となく恥ずかしかったのか早口でまくし立てる。
     
     敵の攻撃は鋭い爪と牙を利用した近接攻撃に、超音波を発生させる咆哮らしい。爪には服破り、牙にはジグザク、咆哮は列攻撃でホーミングの効果があるという。
    「……それから、気になる点が一つ。どうやらこの5体、学校内にある老朽化で使われていない牛舎を拠点とする巡回兵のようだ。こいつらを討ったのちに、拠点に居る残り5体も片付けてくれるか」
     順番としては、早急に外に居る5体を倒して拠点に攻め入るのがいい。
     もし撃破に手間取った場合、残りの5体が拠点から出てしまう。予知こそ出ていないが、更なる被害や苦戦が見込まれる。
    「問題となるのは……被害者の一般人だろうな。学校内で居残り作業をしているというから、接触はどうしても直前。敵は雪から這い出してくる、別地点での交戦も不可能だろう」
     どうにかして彼らを逃がすか、守るか出来れば良いのだが。
     
    「ああ、決行日は12月25日だ。北海道行きの飛行機は俺の方で手配しておく」
     意識高い系エクブレ鷹神はさらりと言ってのけた。
     皆が一瞬えっ、という顔をする。
    「何か問題があるか?」
     真顔で返された。つらい。もしかして、と灼滅者の一人が手を挙げる。襲われる二人と言うのは。
    「男と、女だな。同級生の。なんというか……心中お察しする」
     大変心痛な顔をされた。つらすぎ。
    「だがまあ、偶には人の恋路を暖かく見守るのも悪くないもんだと、俺は思う。後々清々しい青春の思い出になるだろう。都合がつくなら、お力を貸して欲しい。どうか宜しく」
     実に中学生らしくないコメントで締められた。
     俺は君達の事を応援しているからなと、鷹神は念を押して2回言った。


    参加者
    風嶺・龍夜(闇守の影・d00517)
    沢崎・虎次郎(衝天突破・d01361)
    日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366)
    風真・和弥(風牙・d03497)
    叢雲・秋沙(ブレイブハート・d03580)
    相馬・凪(日常に微睡む・d06008)
    月原・煌介(月暈の焔・d07908)
    天野・イタカ(忌垣八重垣・d10784)

    ■リプレイ

    ●1
    「昔、箒で来たけど……速い……飛行機」
    「……ぅぅ……耳……痛……」
     初めての飛行機に月原・煌介(月暈の焔・d07908)がいたく感銘を受け、天野・イタカ(忌垣八重垣・d10784)が耳をやられていたのが大体1時間前で。
    「俺丁度先月最新の機種に変えたんだぜ!」
    「ほう、これはなかなか……それですまん、赤外線通信とはどうやるのだ?」
    「そっからか!? ちょっと貸せよここはこうで」
     沢崎・虎次郎(衝天突破・d01361)と風嶺・龍夜(闇守の影・d00517)が最寄りの駅で微笑ましい会話をしていたのが10分程前だ。灼滅者達は、勇んで銀世界へ降り立った。

     本州の最低気温すら北海道の最高気温よりずっと暖かい、とは聞いていたものの。

    「誰かを助けるために遠出するっていうのはなんか新鮮だなぁ……皆どうしたの?」
     相馬・凪(日常に微睡む・d06008)がふと、雪道を歩みながら後ろを振り返る。
     平然と歩く道民にすっかり溶け込んでいる凪に、皆はそれぞれ微妙に違えど、一様に解せぬといった視線を向けた。がたがた震えている先輩達へ、凪は若干困ったように笑い、少し歩む速度を落とす。
    「ごめん……僕、実は寒冷適応持ってきてたんだ」
    「早く言え!」
    「……本当に、しばれる、な。それに……暗い、し」
     イタカは暖を取ろうと霊犬のフミカズをぎゅっと抱く。
     防寒具を着こんでも、真冬の北海道は想像を絶する寒さだった。
     慣れない大雪に苦戦し、風が吹く度震えあがり、少しずつ慣れてきた一行はペースを上げ目的地付近へ到着する。
    「ここですね。頑張りましょうっ!」
     赤と緑のマフラーを大事そうに締め直し、日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366)がほうと息を吐く。学校や寮とおぼしき灯りを遠くに認め、一行は白樺並木に足を踏み入れた。
     夏ならば、北海道らしい雄大な自然が拝めたろう。雪の積もった道の両脇に裸の白樺が連なる冬の並木道は、今はどこか異世界のように白く整然とし、静かだ。雪を踏む8つの足音が響く。
    「……俺はクリスマスの夜に一体何をしているんだろうな……?」
     そんな中、風真・和弥(風牙・d03497)は気心知れた叢雲・秋沙(ブレイブハート・d03580)にのみ聞こえる声で、こっそりぼやいていた。せめてものクリスマス感を出すべく買ってみた骨なしチキンは既に凍りかけ、いっそう哀しみを煽る。しかし秋沙は慣れた様子だ。
    「いいんじゃない? 熊殺しの異名がついたら団長も少しはモテるかもだし」
    「どの業界にだ……」
     程なくして、件の一般人達が見えた。一行は急ぎ彼らに近づいて、接触を果たす。
     凶暴な熊が徘徊しているとの情報を和弥が伝えれば、ESPの効果で彼を学校関係者と思い込んだ2人はその警告を信用したようだった。
     まだ熊の姿は見えないが、一行は事前の打ち合わせ通りに密かに陣を組んでおく。挟み撃ちに対抗すべく、こちらも中央に一般人を挟む形で班を二つに分ける。
    「有難う。でも、皆さんも危ないんじゃ……」
     少女が少し不思議そうに首を傾げた、その時。
    「来る……クマ」
     地面の雪が不自然にぼこりと盛り上がったのを、イタカが察した。フミカズが雪の上に飛び降り、合図の鳴き声をあげる。
    「『十歩絶界』!」
     カードを掲げると共に、防寒着の下の秋沙の服が殲術道具へと変化する。雪景色に白い衣装を翻し、愛用の赤いオープンフィンガーグローブをはめれば、彼女の顔は明朗な少女から熱い戦士のものへと変わった。
     凛々しい眼差しの先で唸る、白い影。秋沙はシールドを展開しながら走り出す。

    ●2
    「ひっ……!」
     少女は獣の声に怯え、少年の影に隠れた。
    「……任務、開始だ」
     後方側にも敵影を認めた龍夜がいち早く陣を駆ける。
     一体『なに』が出たのか――視てしまったのは少年だ。彼の震える瞳を覗きこんだ煌介は密かに心を痛めた。
    「大丈夫っす。此処は危険、皆に任せて……君達は俺について、隙を見て逃げるっす」
     表情は変えねど、彼の瞳と言葉には確かな誠実さと思いやりがあった。だから、淡白な声音もかえって少年の心を落ち着かせる。錯乱する様子のない事を確認し、煌介は隙を伺う。
     前方の敵は秋沙たちが気をひいている。虎次郎、和弥、凪、龍夜が相手取る後方側の敵は2体。逃げるなら、そちらから脇に出るのがいい。
    「はいはい! お前の相手はこっちな!」
     走ってくる熊の爪を、虎次郎は縛霊手で受けた。がっしり武器にしがみ付く熊からは腐臭が漂い、腐ってずり落ちた肉の隙間から骨が露出していた。おまけにでかい。予告通りのかわいくなさを、虎次郎は密かに嘆いた。
    「えええぃ! 白熊ってもっとふわふわもこもこを想像してたわぃ!」
     やっぱ少しは期待してたらしい。縛霊手を振り回しても取れない熊を、仕方ないので地面に叩きつける。
     その頃、和弥はというと、熊に馬乗られがじがじ噛まれながら無我の境地に達しようとしていた。
    「確かに独り身だし、何がある訳でも無いからどうでも良いといえば確かにその通りなんだが……何故にクリスマスの夜に白熊ゾンビとの逢瀬……?」
    「ごめん……今っすよ」
     尊い犠牲に敬意を払って、煌介は少年の手をひき、忍んで戦場を離脱する。
    「……そうだ」
     惨状をやや遠巻きに見ていた龍夜が急に心配げな顔で呟く。凪が首を傾げた。
    「近所の孤児院のサンタ役を爺様にお願いしたが……またナマハゲサンタをやってないだろうな?」
     関係なかった。
    「ナマハゲ?」
    「お、お前らぁー! 和弥がヤバい!」
    「俺独りメリークルシミマスで、シングルヘルなのか……?」
    「……む。い、いかん」
     緊張感のなさに龍夜の思考も飛びかけていたが、和弥の悲痛な呟きで我に返る。
    「ま、相手がゾンビなら、ゾンビらしく」
     大鎌を握った凪が、初依頼らしからぬ気負いのない声で言う。
    「とりあえず動かなくなるまで刻めばいいんだよね、多分」
     猫を思わせる真紅の瞳が、冷えた感情を宿して獲物を見据える。幼く無邪気な、しかし確かに殺人鬼の眼だった。龍夜も再び集中し、闇を狩るものの鋭い眼差しで熊を見やった。
    「同意だ」
     宿した力こそ異質なれど、互いに通じる所があるのは彼らが似た生い立ちを持つゆえ。歩む音を抑えてほの暗い雪中を駆け、熊が振り向く間も与えず、死角を取る。かつて闇に生き、今は人のため刃を振るう者たち。
    「奥義裏の弐、闇刃」
     龍夜が影の刃で熊の足を切り刻み、凪が何をしようとしているのか――察した和弥が素早く離れる。
    「これは、解体作業って感じかな」
     凪がふふんと笑い、鎌を振るう。熊の首が一気に跳ね飛び、真新しい雪に転げ落ちた。

     一方、反対側の3匹を相手取る秋沙、翠、イタカとフミカズ。
    「熊は白くなるほど凶暴になるって言うけど、中々しぶといわね!」
     秋沙はグローブを掲げ、イタカ目がけて飛びかかってきた熊の攻撃を盾で受ける。怒った別の熊がその腕に食らいつき、白い雪に血が散った。
    「アンデッドで、雪に隠れて、クリスマスにカップルの2人を襲う、ですか……そんな残念な白くまさんには、皆さんを傷つけさせませんのですよっ」
     常の朗らかな空気はそのまま。しかし彼女もまた、誰かを守る為力に目覚めた者だ。翠は護符へ清らかな癒しの祈りを一心に籠めた。秋沙に投げられた符は傷を完全に癒し、守護の力を与える。
     こちらの班は抑えと耐久を重視したぶん殲滅速度で劣るものの、危なげのない戦いを展開していた。
    「……むぅ。攻撃重たい、けど……頑張る。折れなければ、戦える……だよな、フミカズ」
     名を呼ばれたフミカズは元気に一鳴きし、イタカの傷を見つめて力を籠める。その名を呼ぶと、最後まで戦える勇気がわいた気がした。冷たい雪と痛みにじっと耐え、口をへの字に閉ざして敵を縛る弾丸を撃つ。
     秋沙が一匹の熊を雪中へ沈めた。別の個体が再びイタカへと飛びかかったとき、彼女より少し小さな影が目の前に飛び出した。
    「だめだよ、君等の相手は僕だってば」
     鎌で爪を受け止めたのは凪だ。もう一方の班が熊を倒し終わり、合流したのだ。
    「ねえ熊さん、知ってる? 殺す手段を知っていると、自分がどうすれば死ににくいかわかるんだよ」
     凪はそう、児戯めいた調子で熊に語る。8対2となり、優位に立った灼滅者達は一気に攻勢をかけていく。
    「魂砕業の伍、痕拳」
     龍夜の放った突きが、最後の熊の腹にずぶりとめり込んだ。不死の力を失った身体が、どしゃりと地に崩れ落ちる。白い雪の中に埋もれた毛皮は、随分と薄汚れて見えた。

    ●3
     少年と少女を連れ、煌介は慣れぬ雪道を早足で懸命に歩いた。遠目に見えていた寮の灯りが、段々と近づく。追手が居ない事を確認し、ここからは二人で帰ってと彼らに伝えた。
    「悪い只の夢、すよ。手しっかり繋いで逃げて……離さないで……大丈夫、絶対」
     そっと細めた眼差しに、先程よりも深い慈しむような優しさが宿る。少年ははいと頷き、躊躇いがちに少女の手を握った。
    (「……上手く行くと良いっすね」)
     離れていく背中を見送る彼の元に、虎次郎から今牛舎へ向かっているという連絡が入った。空飛ぶ箒を使えば合流可能だろう。
    「急ぐ……エツィ」
     煌介を乗せた頼れる相棒は、赤い羽根飾りを夜気に泳がせ風を切った。月の無い空に、煌介の長い髪と赤い紐が流れ星のようにふわりと舞う。雪降る空へ浮かんだ魔法使いの影に、牛舎の前で待っていた翠が手を振る。
     合流した一行は、まず建物内に光源を投げ込み様子を窺うことを試みる。闇の中で何かが動いた。偵察に出てきたのは1匹のみのようだ。
     秋沙、凪、煌介の3名が目配せして素早く足を踏み入れ、他の面々が続く。虚を突かれた熊を、総攻撃で落とすのは難しい事では無かった。
     牛舎の中は真っ暗だった。外より暖かいのは救いといえたが、微かな隙間風が泣き声のように響き、別次元の寒々しさを盛り立てる。
    「まるでゾンビ映画だな。登場人物になるのは遠慮したかったぞ」
    「映画なんかだと、あの角とかからスっとでてきたりなー……」
    「あ、あまり脅かさないでくれ。……ふむ」
     持っていた暗視鏡を使って龍夜は辺りを見回す。床の隅に所々穴が開いていた。どことなく引っ掛かるものを感じながら、隣の虎次郎も懐中電灯で床を照らす。
    「別に何もいないみたいだな……――ッ!!」
     その時、闇の中に熊の輪郭が見えた。初撃を受ける事は覚悟の上。体当たりを伴った爪攻撃でバランスを崩さぬよう、足を踏ん張る。防寒具が裂け、生温い血と冷気が肌を撫でた。
    「ううう、こんな寒い思いして……絶対ぇ美味いもん食って帰る!!」
     虎次郎は熊を押し返し懐に入りこむと、拳に憤りを籠めて低い体勢からのアッパーを放つ。雷の光で、一瞬だけ辺りが明るくなった。どうやら残りの4匹も気付いて出てきたようだ。
     超音波の咆哮が、後衛の翠を襲う。鼓膜を震わせる音にぎゅっと目を瞑りながらも、妹が編んでくれたマフラーを見て気持ちを奮い立たせる。
     10分間の休息があれば戦闘後の衝撃ダメージは回復するが、今回の場合途中で休んでいる余裕は無かった。自分より前衛達を優先し、翠は回復の印を結んで暖かな癒しの風を呼ぶ。
    「みなさま、回復はわたしにお任せくださいです」
    「感謝、翠」
     煌介は頷き、真珠色のナイフに炎を宿してふわりと地を蹴る。軽やかに斬りつければ、熊の毛皮に炎が燃え移り場違いなまでの熱が辺りを包んだ。
    「虚ろなる影に眠れ!」
     燃え盛る身体は、龍夜の影の剣に裂かれ炭となりながら崩れ落ちる。
     和弥の展開した赤い霧が、ランプの焔を反射して火の粉のように輝いた。前衛を包んだ霧は、戦う者の力を引き出す。
    「狙うんだろ、熊殺しの称号」
    「勿論よ! 団長も遠慮しないでいいのよ?」
    「俺はこのままでいいぜ……」
     支援を受けた秋沙の腕に、狂おしい程の力がみなぎる。
    「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえー!」
     熊の腐った腕がもげる勢いで腕関節を極め、超高速の一本背負いで投げた。頭から思い切り床に叩きつけられた熊の首は変な方へ曲がったが、千切れそうな首を揺らし迫ってくる姿はなかなかの恐怖だ。
    「すごいなぁ、あれでまだ動くんだ」
    「うむ、中々参考になる」
    「うおおぉ! なんでまたこっち来んだよ!」
     素直に関心する凪と龍夜に、思わず後ずさる虎次郎。もはや白熊への夢は完全にぶち壊れていた。
    「……人気者、っすね」
    「モテモテなのです♪」
     煌介がこくりと首を傾げ、翠がにこりと笑う。今更だが様々な天然が勢揃いしている戦場であった。
    「……人の、恋路。……知ってる、ぞ。……確か、ジャマすると、蹴られる」
     フミカズがこくんと頷き、イタカもこくんと頷き返す。
    「……だから、オレたち白クマ、蹴る」
     イタカの眼がきらりと光った。魔力の弾丸にフミカズの射撃が加わり、グロテスクな熊を蜂の巣にする。
     一行の攻撃の勢いはその後も衰えず、残る2匹の体力を着実に奪っていく。
    「我ながら、何て酷いクリスマスだ……」
     和弥が実に深い、白い溜息をつきながら、愛用の刀を最後の熊の脳天目がけて振り下ろした。
     かくして勝負は決する。
     ここに至るまで、実は誰も熊を蹴っていなかった事は、秘密だ。

    ●4
     駅へと引き返す道中、虎次郎は先程の引っ掛かりの正体に思い至った。
    「なんか妙だったよなあ、あいつら。ゾンビの癖に、妙に知恵のある動きしてたっつーか」
    「私も気になってたんだ。急に白クマのゾンビってよく考えたらちょっと変だし」
     秋沙も素朴な疑問を口にする。ただの、ノーライフキングに廃棄されたはぐれ眷属ではないのでは――? 真相は謎のままだ。
    「帰ったら、少し……考えてみても良いかもしれないっすね。……あ」
     そういえばクラブの友達からお土産を頼まれていたと、煌介がメモを出す。ホワイトチョコに、動物の写真のリクエストだ。
    「あ、俺も買いに行きてぇ。土産買って来いリスト渡されてんだ……」
    「俺もクラスの皆と家族、孤児院の子供達に買っていくか。煌介、なにかお薦めの品はあるだろうか?」
    「俺と同じ物とか……?」
    「わたしはチーズとチョコポテチ、お願いされていますー♪」
    「遠出をしたらおみやげっていうのを買うんだ? ……僕もお菓子かな?」
    「オレ、雪、持って帰りたい……。でもムリそう……残念」
     この辺りだと札幌ラーメンもウケ良いよなーなどと話しながら、6人は駅の売店へ入っていく。
    (「……うん。誰かを守れた、っていうのは、結構いい気分だね」)
     凪は最後に、深々と雪の積もる夜の街を振り返り、清々しい笑顔を浮かべた。

    「団長」
     秋沙に肩をぽんと叩かれ、和弥は硬直した。
    「……何買ってるの?」
    「聞くなよ……」
     売れ残りの安売りクリスマスケーキを手に、和弥は無責任に耀くツリーを遠い目で見上げる。
    「メリー・クリスマス」
     彼にとっても、ある意味思い出深い一日となったろう。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 11/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ