凍れる深夜の試合

    作者:陵かなめ

     深々と雪が降る。
     辺りは暗く、いくつかある外灯がぼんやりと辺りを照らしていた。
     何かのうめき声が聞こえる。風の音ではない。人の言葉でもない。
    「オ……ォォ……ロォォォ」
     うめき声をあげたのは、黒い塊だった。黒い塊が、雪の中いくつも蠢いている。
     白い雪の世界で、ソレらは黒くて異質だ。
    「……ゥツ……ォォオ」
     ソレらは、皆、揃いのユニフォームを着ていた。足元には、スパイクシューズが見える。
     遠目から見れば、まるでサッカーを練習している青年たちのようだ。
     しかし、今は深夜で、雪が降り続いている。
     普通の人間がこんな場所でサッカーの練習をするはずがない。
     だから、ソレらは、酷く異質だった。

     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は、集まった灼滅者達に向かい話し始めた。
    「寒~い札幌のサッカー練習場にゾンビが出ることが分かったの」
     雪のため閉鎖中のサッカー練習場がある。その近くにある、廃れた資材置きの小屋に拠点を置き、夜な夜なゾンビがサッカー練習場を徘徊するのだという。
    「ゾンビは皆お揃いのユニフォームを着てね。さながら、サッカーチームのようなんだ」
     もちろんゾンビがまじめにサッカーをするわけがない。一般人が通りかかればひとたまりもないだろう。
    「ゾンビは全部で8体だよ。そのうち1体はそこそこ強いから注意してね」
     弱いゾンビはすぐに蹴散らすことが出来るはずだ。攻撃には参加せずヒーリングライトを使うものが2体。リーダーの動きを補佐し、守るように動くものが5体居る。ただし、リーダー補佐のゾンビは、3体が資材置き場に残っている。
     リーダー格のゾンビはサッカーボールを華麗に操り攻撃してくる。このゾンビが蹴ったボールは紅蓮斬に似た効果があるので気をつけたほうがいいだろう。
    「まずは、弱いゾンビが3体残っている拠点を制圧したほうがいいと思うの」
     その後、ゾンビが徘徊している練習場でゾンビを掃討すれば良いとまりんはいう。
    「拠点の小屋は裏口があって、そこから確実に侵入できるはずだよ。サッカー練習場からはすこし離れていて死角になっているから、気付かれる心配はないと思う」
     最後にまりんは、サッカー練習場への地図を配りながら、みんなをしっかりと見た。
    「油断しなければ大丈夫だと思うけど、みんな気をつけてね。深刻な被害が出る前に、何とかして欲しいの」


    参加者
    桜木・栞那(小夜啼鳥・d01301)
    丹生・蓮二(エングロウスエッジ・d03879)
    骸衞・摩那斗(Ⅵに仇なす復讐者・d04127)
    回道・暦(中学生ダンピール・d08038)
    西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)
    椎名・亮(光焔トワイライト・d08779)
    フェリス・ソムニアリス(夢に棲む旅猫・d09828)

    ■リプレイ

    ●試合前
     吐き出す息が白く舞い上がる。
    「……それにしても、寒いなぁ……炎出して暖まっちゃ、駄目だよな……」
     椎名・亮(光焔トワイライト・d08779)が呟いた。
     辺りはすでに薄暗い。腰につけたランプが足元を照らしている。
     それを聞いて回道・暦(中学生ダンピール・d08038)も同意するように頷いた。
    「こんな寒空の下でサッカーでしょうか、ゾンビさんも大変ですね」
     手に持ったランプで足元を確かめながら、ザクザクと雪を踏みしめる。
    「うぅ、この寒い中よく練習なんてする気になるな……」
     ひゅうと吹いた風に、思わず身震いする。
     丹生・蓮二(エングロウスエッジ・d03879)は、すぐにスイッチを入れることができるよう、ヘッドライトを首から下げている。しかし、あまり明るくする訳にはいかない。仲間の明かりを頼りに、歩みを進めた。
    「流石に北国……ここまで冷え込んでるならそりゃ屍体も腐らない。ゾンビにとっては最適な環境な訳だ」
     凍るような風を避けるよう口に手を当てて話すと、息が顔を上り眼鏡が曇ってしまった。
     骸衞・摩那斗(Ⅵに仇なす復讐者・d04127)は曇った眼鏡を拭い、道の先に現れた資材置き小屋を見た。手には小さな懐中電灯が握られている。
    「寒い中、練習熱心なのはえらいと思うのだけど……被害が出ては大変だもの」
     桜木・栞那(小夜啼鳥・d01301)は言う。
    「申し訳ないけれど、ゾンビの皆さんには退場していただきます」
     サッカーをするゾンビ。
     それが、今から倒す敵なのだ。
    「サッカーするゾンビとは面白い」
     西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)もまた、資材置きの小屋を見た。
    「奴ら、元は例のグラウンドで練習していたサッカー選手かもな」
    「うん。生前はサッカーチームか何かだったのかな?」
     亮が首を傾げる。
    「ゾンビがサッカーをするのはいいとしてもさァ、目的が気になるよネ?」
     まりんの話によれば、結局、ゾンビはゾンビということだ。放っておくと、通りかかった一般人を襲うかもしれないと。
     フェリス・ソムニアリス(夢に棲む旅猫・d09828)は目を細め、唸る。
    「……うーん、謎は深まるばかりだネ」
    「謎、か」
     白のフード付きレインコートを着たヒルデガルド・ケッセルリング(Orcinus Orca・d03531)が呟く。
     札幌近郊で多発しているゾンビの大量活性について、誰でなくとも作為を感じている。けれども、今は余計な詮索は捨て敵殲滅を優先とする。
     気がつけば、ゾンビの拠点となっている小屋が目の前に迫っていた。
     風の音。
     静かな夜。
     そして耳をすませば、低いうめき声が確かに聞こえてきた。
    「なんで小屋で待機してんだこいつら……やっぱ寒いのか……?」
     蓮二は符を持ち、周辺を伺う。口調は軽いが、カチリとスイッチの入った表情だ。
    「まぁ、兎も角、被害が出る前に真冬だけどゾンビ退治と行きますか!」
     亮も武器を構え、突入態勢を整えた。
    「少々ラフプレーとなりますが、わたし達も含めて全員ここを退場という形にさせていただきますか」
     暦の言葉に、皆無言で頷いた。

    ●前半戦
     小屋に突入するのは栞那、織久と亮だ。
     そのすぐ後で暦とフェリス、蓮二が控えている。
     ヒルデガルドと摩那斗はグラウンドに注意しながら、いつでも声をかけることができるよう身を潜めている。
     全員の準備が整ったことを確認し、織久が小屋の裏口に手をかけた。
    「行くか」
     栞那と亮が頷いた。
     勢い良くドアを開ける。
     狭い小屋の中で、ゾンビはボールを抱えるように座り込んでいた。
     突然の侵入者に反応して、ゾンビはすぐに身を起こす。
    「……ォ……アァ……」
     何の迷いもなく、灼滅者に向かってきた。
    「えーと、二体だったよな? 行くぜっ」
     出来れば、拠点で待機しているゾンビは全て撃破したい。
     亮は戦闘音が外に漏れないよう、最初にサウンドシャッターを使った。死角になっているとはいえ、グラウンドのゾンビが突入に気づき合流されたら厄介だ。
    「いや、三体だっ」
     言うが早いか、織久の足元から影が伸びる。
     影の先端を鋭い刃に変え、突入に素早く反応し一番に向かってきたゾンビを斬り裂いた。
     さして強いわけではないのだろう。その一撃でゾンビはさらさらと崩れ去っていく。
    「そっちの端に、一体だ」
    「はい。任せてっ」
     織久の言葉を受け取るように、栞那が日本刀の柄に手をかけた。足を蹴り上げる仕草を見せたゾンビに、間髪入れずに抜刀し斬りつける。
    「……オォォォ、……ァ……」
     ゾンビは、斬りつけられた勢いで右に左に揺れた。
     だが、織久は攻撃の手を止めない。返す刀でゾンビの胴を狙う。
     一瞬の出来事だった。
     ゾンビ二体が崩れ去った。
    「もう一体、来たんじゃねぇの?」
     入口付近で中の様子をうかがっていた蓮二が符を放ち、小屋の奥から現れたゾンビを足止めする。
    「ォォ……ッ」
     だが、一瞬早くゾンビの足が亮を襲った。
    「……っ」
     目前で身体を捻り、直撃を避ける。亮はすぐに後退し、ゾンビと距離を取った。
     そこへ暦が駆け寄る。
    「すぐに回復しましょう」
     違和感を感じて、首に手をやる。ズキリと、打撲痛が走った。
    「助かるぜ、ありがとうな!」
     亮の言葉に暦が頷く。
     暦のソーサルガーダーが痛みを癒していった。
     更に攻撃を重ねようと、ゾンビが足を振り上げる。
     そのゾンビにフェリスが指先を向けた。亮と入れ替わるように小屋に飛び込んできたのだ。
    「最後の一体、やっちゃうヨ」
    「ォオオオ……アァ……」
     ゾンビがもがく。
     その中心から、ゾンビを切り裂くように、赤い赤いオーラの逆十字が現れ……。
     まるでゾンビを連れて行くかのように、ゾンビ共々消えて行った。
     同じ頃、身を潜めていたヒルデガルドと摩那斗はグラウンドのゾンビの動きを注意しながら見ていた。
     突撃班が戦闘音を漏れないようにしているとはいえ、油断はできない。
    「……オォォ、……オ」
    「ア……、オォォ」
     白く雪の積もるグラウンドを、ゾンビ達は徘徊している。
    「……っ!」
     ヒルデガルドが弾かれたように身を起こす。ゾクリと、背筋に凍りつくような感覚が走った気がした。ゾンビ達が一斉にこちらを見たのだ。
     目があったわけではない。
     ただ、その時が来たのだと直感した。
     ヒルデガルドは摩那斗を見る。
     摩那斗もしっかりと頷いた。
    「どうやら、気付かれたようだね」
     二人は急いで突撃班を呼んだ。

    ●後半戦
    「さあ、行こうか」
     気付かれずゾンビの不意をつけたら御の字だったけれども、そうも言っていられない。
     蓮二は西園寺つん(霊犬)を従え共にスナイパーの位置についた。
    「だな! ちょっと人数足りない気もするが試合開始だぜ!」
     暦に癒してもらい、傷は殆ど無い。亮はクラッシャーの位置に立った。
    「犠牲者の血で大事な練習場を汚してしまう前に、片付けてやろう」
     織久は咎人の大鎌である相棒の【闇焔】に顔をすり寄せ語りかける。
     殺す為技術を磨いてきた自分と違い、元は一般人だったかも知れないゾンビ達に犠牲者を出させたくない。
    「血を吸うのは俺達の役目だ。なあ相棒?」
     立つのはクラッシャーの位置だ。
    (今日のルールはただひとつ。僕が仕留めるノルマは最低1匹……)
     摩那斗はスナイパーの位置につき、静かに呟いた。
    「それじゃGame Startだ……」
     摩那斗が従えるノイジーキッド(ライドキャリバー)は、キャスターの位置に控えている。
     栞那はクラッシャー、ヒルデガルドと暦はメディック、フェリスはジャマーの位置に素早く移動する。暦のライドキャリバーはディフェンダーの位置だ。
    「オォォ……ロォォォォ」
     ゾンビが唸る。
     まるで灼滅者達を挑発するかのように、一体のゾンビがボールに片足を乗せその場で立ち止まった。
     その背後に、体格の良いゾンビが二体。更に後に、やや小柄なゾンビが二体並んでいる。
     ボールに足を乗せているゾンビがリーダーのようだ。
     各々用意した光源で、視界は思ったほど悪くない。
     暦は少しでも守りになればと、ソーサルガーダーを前衛の仲間へ向ける。
     状況を確認し、蓮二が符でゾンビメディックを狙った。畳み掛けるように、フェリスが指輪から魔法弾を放つ。
    「……アァ……」
     ゾンビメディックは為す術もなく崩れ去った
     他のゾンビ達は、弾かれたように動き始める。
     その中で、残ったゾンビメディックだけは動かない。ただ、手を振って……応援、しているのだろうか。
     そのゾンビメディックを狙い摩那斗が動く。ガンナイフを地面に突き刺し、散弾を発射したのだ。続けて、ヒルデガルドが魔法の矢でゾンビメディックを狙う。
    「いっくぜー! 倒れろ!!」
     最後に亮が炎をゾンビメディックに叩きつけた。
     こうして、ゾンビメディック二体はあっという間に退場となった。
     ゾンビメディックが倒れたことを確認し、栞那はゾンビディフェンダーを狙った。重い一撃を振り下ろす。よろめくゾンビディフェンダーに織久が炎を叩きつけた。これが決定的な一撃となり、ゾンビディフェンダーは崩れて消えた。
     残ったのは、ゾンビディフェンダーとリーダーゾンビだ。
     ゾンビディフェンダーは灼滅者達の間を縫うように走り、ボールをリーダーへ繋いだ。
    「……アァァァァァァ……ッ」
     足元に飛び込んだボールをリーダーが蹴りつける。
     ボールは弧を描いて、織久と亮に襲いかかった。防ぐ間もない。二人まとめて、重なるようにボールに吹き飛ばされる。ぐらりと、何かが零れ落ちるような感覚。二人はたまらず後退した。
    「キャリバー……!」
     暦のライドキャリバーが二人をかばうように割って入る。
    「……対処可能な傷です」
     冷静なヒルデガルドの声に暦は頷く。
     暦とヒルデガルドは吹き飛ばされた二人の回復を急いだ。
     素早く動きまわるゾンビディフェンダーを足止めするように蓮二が符を五芒星型に放った。
    「出番だ、つん」
     呼ばれ、つんが攻撃に加わる。
    「セオリー通り、行動の自由を奪っちゃえば大丈夫……のはず、だよね」
     摩那斗が素早い動きで鋼糸をディフェンダーに絡ませた。
     ゾンビの動きが鈍る。
     栞那が緋色のオーラを宿した刀で、ゾンビを斬り捨てた。
    「……オォォ」
     ゾンビディフェンダーが耳に残る唸り声を上げながら崩れ消えて行った。

    ●試合終了
     ぽん、と。
     ボールがゾンビリーダーの足元へ戻る。
    「あのボール、蹴らせちゃいけないよね!」
     気合一閃。栞那が上段の構えから流れるように日本刀を振り下ろす。
    「同感」
     蓮二はよろめいたゾンビの側面に素早く回りこみ、刀で斬りつける。
    「だよネ」
     息を合わせるように、フェリスも制約の弾丸を放った。
     ひゅうと吹いた風に、切り刻まれたゾンビのユニフォームが舞っていった。
    「オオオォォォォ……!」
     怒りか、痛みか、消滅することへの恐怖を感じるのか、いやゾンビにそんな感情はないのか。
     ただ、リーダーゾンビが吠える。
     そこへ、ノイジーキッドが現れゾンビをなぎ払うように射撃を行った。
     もうボールを蹴る力もないのか、ゾンビがその場で力なく膝をつく。
    「これで……終わり、だよね」
     後は苦しむだけならば、ただ仕留めるだけでいい。
     摩那斗の放った弾丸が、ゾンビに命中した。

     ひらひらと、ユニフォームの欠片が舞う。
     それもすぐに消えてしまった。グラウンドには、ボールが一つ取り残されただけ。
     ゾンビ達の残骸が全て消えたのを確認して、暦がライドキャリバーのライトを切った。
     これで自分達がここを去れば、全員がここを退場という形になる。
     摩那斗もまた、ライドキャリバーのエンジンを切った。
     シガレットチョコを咥え、消えて行ったユニフォームを追うように空を見上げる。
     栞那は、残されたサッカーボールをセンターマークにそっと置き、短い祈りを捧げる。
     ゾンビ達は結局のところ、サッカーの練習をしていただけで何も悪いことをしていなかったのではないのだろうか?
     ただ『人と違う』と言う理由は、そのまま自分に返ってくることだから。
     それでもと、栞那は思う。
    (わたしが迷うことで、仲間が傷つくのは嫌だから)
     だから今は、その迷いごと、斬り払おうと。

     戦いが終われば、忘れていた寒さを思い出す。
     来た時と同じように白い息を目で追いながら亮が頭の後ろで手を組んだ。
    「余裕があれば、札幌土産、買いに行きたいなー」
     その言葉に、フェリスが頷く。
    「だよネー。せっかく札幌に来たんだし、何かお土産とか買って行きたいなァ」
     うんうん、と、蓮二が大きく二度頷く。
    「フェリス、亮、意見が合うなー。やっぱ、アレだよね。札幌土産っつったら」
     そして、両手を広げ形を作る。
    「鮭を一匹丸ごと」
    「丸ごとデスカ……!」
     いかにも蓮二らしいとフェリスが笑った。
     普段通りの会話が、今回の戦いの終わりを思わせる。
     灼滅者達は、寒い大地を後にした。

    作者:陵かなめ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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