黒ヒゲ雑技団

    「おうおう、やってるなー」
     レオタードに身を包んだ小太りヒゲ面なオッサンが練習用のステージの前で足を止めた。
     倉庫に足場を組んだだけの簡素なステージ、照明も少なく、薄暗い中で十数名の団員が何やら集まっている。
    「ちょっと中断して聞いてくれ、話してた新人を連れてきたぞ!」
     ほら、と背を軽く押されて前へ出た少年が慌てておじぎをする。
    「団長の紹介で今日から入団させていただきました! よ、よろしくお願いします!」
    「よろしく!」「あらやだ可愛い」「そんな緊張すんなよー」
     やけにフランクな団員達に安心したのか、少年に自然と笑みが浮かぶ。
    「挨拶も済んだし、とりあえずコレ、一緒にやってみようか!」
     スポットライトに照らされたステージの真ん中、樽の中に黒ひげの面を被った男がちょこんと立っていた。樽には既に無数のナイフが、無造作に突き刺さっている。
     団員から手渡された大きなナイフをまじまじと眺め、その輝きにぞっとする。
    「あの、これって……」
    「ん、知らない? 刺すんだよ、ブスッと」
     その時、樽の中の男の首に血が伝うのを視界の端が捉えた。
     どうして気付かなかったのだろう、面をつけた彼はずっと呻き、苦しんでいたのだ。
     少年は首を横に振り、後ずさろうとした。しかし黒ひげの団長が少年の肩を掴み、それ以上後ろに下がることを阻んだ。
    「あそこにいる彼もね、私が見つけてきたんだよ。……とんだ見込み違いだったがね」
     団員の1人が空の樽をかついでステージを登ってくる。
     周囲から聞こえるナイフを研ぐ音、樽の中の呻き、顔を寄せた団長の呼気、自分の鼓動。それらが意識の中いっぱいに響き、音を立てて弾ける。
     ゆっくりと覚醒する意識。手に握ったナイフの感触がやけに重い。
    「……あ……」
     少年は樽の中の彼へと、ナイフを深く突き立てていた。
     
    「ソロモンの悪魔、その配下へ引き込まれようとしている少年が居ます」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)が灼滅者達に視線を巡らせる。
    「この組織の名は『黒ヒゲ雑技団』。表向きはアクロバティックなパフォーマンスを売りとした劇団です。……ですが実態は、全員がソロモンの悪魔の力を分け与えられ、バベルの鎖の力を利用し、公然と殺人を愉しむ殺人集団です」
     団長と劇団員合計15名からなる黒ヒゲ雑技団は新規団員募集と銘打って、ゲーム仕立てにした殺人テストをはじめた。不合格であれば受験者は樽に押し込められ、次のテストにそのまま流用される。
    「彼らは拠点を移動しながら活動しています。ですから、接触できるのはおそらく……この少年が殺人テストを受けるこの場所、この時間を置いてほかにありません」
     
    「強化された団員達は人間離れした身のこなし、一糸乱れぬコンビネーションを武器に戦うようです。1人1人の力はたいしたものではありませんが、体力、持久力に特化しているようですから、その点は侮れません」
     団員達が武器にするのは揃いのナイフ。全員が団長を守るように戦うという。
    「そして、団長。灼滅者と同等、或いはそれ以上の力を持っています。彼も団員同様、ナイフの扱いに相当熟練しているようなのですが、特にジャグリングやナイフ投げなどを得意とするようです」
     急所を正確に射止めるナイフには警戒が必要だが、幸か不幸か、彼は直接的な邪魔が入らない限り戦闘そっちのけで少年との殺人テストを行うようだ。
    「団長がそちらに専念している間は戦力的に有利と言えます。……ですが、殺人テストを妨害する事ができなければ、犠牲が出ることは明白です」
     不利を覚悟の上で団長を戦闘に引きずり込むか、あるいは恐怖と葛藤する少年を信じるか、難しいさじ加減が求められる。
     
    「人の命を、心を奪おうとする彼らを許すわけにはいきません。みなさんの……灼滅者の手で終わらせてください。お願いします」


    参加者
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    最上川・耕平(若き昇竜・d00987)
    宮森・武(高校生ファイアブラッド・d03050)
    ニコ・ベルクシュタイン(星狩り・d03078)
    貢贄・七生(影裂き魔女・d04377)
    メアリ・ミナモト(は明るく元気に空を飛ぶ・d06603)
    スヴェンニーナ・アウル(マッドハニー・d10364)
    マリー・レヴィレイナ(愛がなければ視えない・d11223)

    ■リプレイ

    ●初舞台
    「ほら、簡単なことだろう? あの樽に刺せばいいんだ、ただのゲームだよ」
     黒ひげの団長がふくよかな手を、震える少年の手へと重ね、押さえつける。
    「おっと、ナイフを落としちゃいかんぞ。なあに、慣れれば簡単なもんさ、みんな同じだ。怖いのは最初だけ、最初だけだよ」
     少年の肩が、腕が、全身が震え、歯が音を立て始める。ずれて行く焦点。耳に入るのは団長の囁き、そして自分の鼓動のみ。
    「さあ、刺してごらん」
     その声に、少年が自我を手放しかけたその時だった。
     倉庫の入り口が突如、真っ赤に燃え上がる。炎に照らされ、浮かび上がる5人の人影。
     宮森・武(高校生ファイアブラッド・d03050)の背から伸びる炎の翼。
     少年も団員も、そして黒ひげの団長までもがその光景に固唾を呑む。
    「Slayer Card、Awaken!!」
     自らの力を解き放つ言葉と共に、アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)の手に光の剣が握られた。
     黒ひげ団長が何かを悟ったのか、灼滅者達へと大仰に頭を下げ、そして不適に笑う。
    「ようこそお客様方、私としたことがすっかり失念していました。ショーには、観客が必要だという当然のことを。あいや全く、お恥ずかしい限りでございます」
    「……あまり、趣味が良く……ない。懲らしめて……あげ、る」
    「楽しい……デスカ。人の命や心を、弄ぶのは……!」
     貢贄・七生(影裂き魔女・d04377)とマリー・レヴィレイナ(愛がなければ視えない・d11223)、2人の言葉に黒ひげ団長がせせら笑う。
    「これはこれは、愚問ですな! ……おっと、そろそろショーのほうを再開させて頂きましょうか。お客様へのサービスはそこにいる我が黒ヒゲ雑技団団員達が引き継がせて頂きます。それではみなさま、ごゆるりとお楽しみくださいませ」
     口を挟む間を与えず、言いたいことだけを言い放ち、団長は再び少年へと振り返る。驚きのためか、それとも恐怖のためか、身動き一つできなかった少年の耳元へ、黒ひげの団長が顔をそっと寄せる。
    「さあ、初舞台だよ。頑張れ、君ならできるさ」
     少年の手に団長の手は添えられていない。彼は、自分の力でナイフを握り締めていた。
    「……それでは、お待ちの間お客様の相手は私どもが」
     5人の前に並ぶ黒ひげ達。14人にも及ぶ、顔に黒ひげを描いた男女が息ぴったりにナイフを抜き放つ。
    「雲外蒼天……昇竜よ、空へ……!」
     掲げた最上川・耕平(若き昇竜・d00987)の手に、1本の長斧が舞い降りた。
     
    ●ネズミ的な猫
     団長が倉庫内をぐるりと見渡す。団員達と灼滅者の喧騒、肩を上下させ、まっすぐに樽を見据える少年。そして、暗闇に動く影。
    「なるほど、やたら派手な登場は何かを隠すため、か。んん?」
     黒ひげ団長の浮かべる余裕の笑みは、ぴたりと動きを止めたその影を捉えて離さない。
    「……戦火を纏え、熾天の唾!」
     暗闇の中からメアリ・ミナモト(は明るく元気に空を飛ぶ・d06603)とライドキャリバー、フローレンがエンジン音を響かせて躍り出る。
    「少年!!」
     メアリの声が団長を飛び越え、倉庫内に響き渡る。ナイフを握ったまま、少年がメアリへと視線を傾けた。
    「君の目指すモノ、それは人を喜ばせる事でしょ! ……今助けてあげる! だから、君も頑張って、負けないで!」
    「あ……」
     少年の口が、何かを言いたげに開く。少年の瞳に、ゆっくりと戻る光。そしてもう一度、口を開こうとした少年を黒ひげの団長の怒鳴り声が遮った。
    「私を無視して話を進めるな! ったくどいつもこいつも、今いいところなんだ! お前達、しっかり食い止めとけ!」
     ステージへ駆け寄ろうとするメアリの前に、団員が4人がかりで立ち塞がる。
    「――冥府の底より立ち上る冷たき怨念よ、あらべかざる者より熱を奪い去り給え」
     アリスを中心として、倉庫内を白い冷気が這う。咄嗟に飛び退き難を逃れる者、滑って転んで顔から冷気に突っ込む者。直接的なダメージこそ少ないものの、それは一時的な混乱を団員達にもたらした。
     転んだ団員の背に、耕平によって真紅の十字が刻み込まれる。
    「弱いとはいえ……さすがにこの数は……」
    「弱ってるやつから片付ければいい、簡単だぜ!」
     振り上げた武の腕が炎を纏い、さらに剣の姿へと変貌してゆく。
    「あぶない!」「気をつけろ相棒!」「ここは俺に任せろ!」「いや私が!」
     目にも留まらぬ動きで互いに互いを庇い合う美し……鬱陶しい光景。
    「ああもう! どいつがどいつだかわからねえ!」
     ――ドゴォン!
     振り下ろされた荒々しい炎の剣が、そこらに居た手近な団員の顔面を真っ黒に焦がした。
    「ああまったく騒々しい連中だ……これでは先に進まな……おや?」
     嘆く団長の目の前、少年の足元に、どこから迷い込んだのか2匹の猫が座っている。
    「――まさか!!」
     まっすぐにこちらを見据える猫、そんなものが、ここに居るはずがない。丸い体でポンと飛び退き、ベルトからナイフを抜き、猫へと向けて構える。
    「他にもネズミがいやがったか、クソッ!」 
     2匹の猫が瞬く間に、人の姿へと変わってゆく。ニコ・ベルクシュタイン(星狩り・d03078) ともう1人、現れたのは白衣の少女。突然の出来事に少年はただぺたりと尻餅をついた。
    「いや、猫だよ」
     少年の前に立ったスヴェンニーナ・アウル(マッドハニー・d10364)が、小さく呟いた。
     
    ●特攻黒ヒゲ隊
    「殺らなきゃ殺られると思ってるならその心配はない、これ以上は何一つ、こいつらの思い通りにはさせんからな」
     ニコが少年とスヴェンニーナを背にして立ち上がる。
     スヴェンニーナが少年の手を取り、震える瞳を真っ直ぐに覗き込む。ナイフを握る手をそっと、優しくほどいてゆく。少年はその手から奪い去られる凶刃に視線を向けることなく、ただじっとスヴェンニーナの瞳を覗き返していた。
    「殺す必要なんてどこにもない。人を楽しませる人間になりたいなら、なおさら」
     ドスンドスンと地団太を踏む振動が地面を伝う。
    「呼んでもいないのに……観客がステージに上がるな! 黙って見てろ!」
     喚き散らしながらスヴェンニーナへと投げつけられた一本のナイフ。不正確、遅い、簡単に避けられる。そう思った瞬間だった。
     ――ドンッ!
     驚く暇も与えず、弾けたナイフの破片がスヴェンニーナを襲う。小さな破片が細かな傷を、大量に刻み込む。白い肌をうっすらと血が伝う。
     その非日常さ故か、少年の思考は目の前で起こっている出来事にすら満足についていくことができない。ただ意味のわからない出来事に怯え、その場に小さくうずくまるのがやっとだった。
    「お前達! 時間稼ぎはもうやめだ、さっさと終わらせろ!」
     黒ひげの団長が団員達へと喝を入れるが、団員達の反応はどうも芳しくない。
     その間にも団員達はマジックミサイルに追い回され、少ない衣服を引き裂かれ、そしてライドキャリバーに現在進行形で轢かれていた。
    「でも団長」「これで本気っス!」「しんどい!」
    「うるせえ! いいから黙って突っ込め! まずは……そこの小娘だ!」
    「へい!」
     動ける団員達が各々、周囲に転がっていた樽の中へと飛び込む。
    「みんな、気をつけて! 何かやるつもりよ!」
    「フローレン、走って!」
     爆音と共に樽から飛び出す黒ヒゲ達。ステージ目掛けて黒ヒゲ達が放物線を描く。それを追い越すようにライドキャリバーが駆ける。
     何重もの衝突音。肉の塊が、鉄にぶつかる鈍い音が幾重にも響く。爆発にも似た音を上げてステージは倒壊し、大量の塵を巻き上げる。
    「……大丈夫か」
     ニコが背にかばったスヴェンニーナへと、振り返らずに声をかける。
    「大丈夫、立てる」
     さらに、スヴェンニーナの背に隠れた少年と樽は、辛うじて直撃を免れることができたらしく、バランスを失って倒れてる以外に問題は見当たらない。
    「ぐぬぬぬぬ……おのれ、しぶとい連中だ……!」
    「違う、貴方達が弱い、だけ……」
     七生の影が、ゆらりと崩れたステージの間を舞う。
    「でも、数だけは、十分……貴方達の心、かじって……あげる」
     倒壊したステージ、鉄パイプに埋もれた黒ヒゲ団員が、大口を開けた影の中へと消える。 ――バリ、ゴリ……メキッ。
     異様な音が倉庫内に反響していた。
     
    ●闇夜を歩く
    「りんたろ、コレを、スヴェンニーナに。おねがイ」
    「ナノー!」
     入り組んだステージ跡をマリーのナノナノ、りんたろうが軽々と飛び越えてゆく。ぺたりと、スヴェンニーナへ貼り付けられた1枚のタロットカード、9つのカップの描かれたそれが淡い光を放つ。
    「……うん、ありがと」
    「ナノっ!」
     りんたろうが誇らしげに胸を張った。
     一方、武は最後の1人に張り付かれ、ステージへ歩み寄ることもできずに居た。
     前へと踏み込んだ足を正確に捉えるナイフの動きに牽制され、ジリジリと、互いに間合いを取り合う。
     と、突然慎重な動作とは一転、武が大きく踏み込んだ。
    「あー……もう、鬱陶しいんだよ!」
     ナイフの事などなんのその、問答無用で叩き込まれる拳の連打。瞬く間にひしゃげる黒いヒゲ、砕けるナイフ。そして団員はその全てが崩れたステージの一部と化した。
    「チイッ……使えん愚図共が……」
     黒ひげの団長が視線だけを巡らせて逃げ道を探る。だが、倉庫の出入り口はたった1つ、それも今は灼滅者たちのさらに向こうにある。
    「……さあ、その黒髭引き抜いてあげるから、覚悟なさい」
     アリスが、切っ先を黒ひげの団長へと向けようとした、その時。
     ――ブチィ!
    「ハハハー! これは付け髭だー!」
    「な、何だってー!!」
     高らかに笑う元黒ひげの団長に、メアリが思わず驚愕の声を上げる。
     と、間髪置かずに元黒ひげの手の中で一閃、キラリとナイフが煌めいた。
    「馬鹿め! ガキの不意を突く方法くらいいくらでも心得て――」
     ――バチン。
     光の矢がナイフと衝突し、その勢いを殺す。同時に、元黒ひげの動きがピタリと止んだ。
    「なっ……え?」
    「陳腐な策略だな、それがお前の限界か」
     ニコに撃ち落され、地面に突き刺さったナイフへと視線を落とす。
    「そろそろ、終わりにしましょう」
     呆気に取られている団長を、耕平が真上から龍砕斧を振り下ろして叩き伏せる。
     鉄屑と化したステージに叩き付けられた団長をさらにマジックミサイルが貫き、レオタードにぽっかりと大穴が開いた。
    「団長さん、あなたの背後は、どんな方なのかな~?」
    「そ、そんなもん知るかー!」
     かぶりを振り、メアリを睨み付けようとした団長の首に七生の影が絡み付いた。
    「ソロモンのやり方は……知ってる」
     ぎちぎちと音を立て、締め上げてゆく。
    「……殺すのもいいが、意外とコレも……悪くない……ハハ……」
    「……いい趣味だな、クソが」
     ――パァン。
     団長の眉間を、ニコの指輪から放たれた一発の弾丸が貫いた。
     影から開放され、ぼとりと丸い体躯が地面に転がる。
    「……なんとか、なったね」
     すぐさま、スヴェンニーナが樽の中の彼の安否を伺う。傷は多く、衰弱も激しいが深いが未だ息はある。不幸中の幸いというべきか、黒ヒゲ雑技団に受けた傷はどれも、急所とは無縁の箇所にばかりある。
    「よかった、間に合ったみたい。これなら大丈夫」
    「あの、ワタシも手伝いマス」

     倉庫街に響く救急車のサイレン。
    「……私達は、もう行かなくちゃ」
     アリスが少年の肩にポン、と手を置く。
     少年は未だ言葉を失ったまま、呆然と床に寝そべる同年代の少年を見下ろしていた。
    「じゃ、彼のことお願いするわよ。少年!」
     そういい残してその場を去ってゆく灼滅者達。
    「……あ、あの」
     その背を少年が呼び止めた。
    「……ありがとうござい、まし……た……」
     振り返った灼滅者達の目を、少年は見ようとはしない。
     灼滅者達は口をつぐんだまま、夜の闇へと溶けて消えた。

    作者:Nantetu 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年12月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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