故郷の緑

    作者:

    ●愛する故郷
     杜の都―――。
     緑生いる空間と共存する街。宮城県仙台市がそう呼ばれる様になったのが、自称だったか誰ともなくだったのか、それは定かではないけれど。
     中心街を歩けば、至る所に見られる並木。都会的な整然とした景色の中に、自然は逞しくその根を張り、見る人々の心を穏やかにする。
     仙台駅を西に真っ直ぐ。青葉茂る道に相応しいその通りの名は青葉通り。
     美しきその通りの中、カラン、と乾いた音を立てて空き缶が一つ、若い女性の手から落とされた。まるで落し物でもしたかの様なさり気無さで、女性は素知らぬ顔で去っていく。
     清掃員の様な緑鮮やかな繋ぎ姿の少年が一人、その女性を憎悪に満ちた鋭い視線で見つめ、立っていた。
    「……これ以上、汚させてたまるか……!」
     軍手を嵌めた左手には、空き缶などが入ったゴミ袋。
     そして同じく軍手を嵌めた右手を、この上なく握り締めて。
     その日女性が立ち寄ったほど近くの公園に、骨抉る音と共に鮮血の花が咲いたのは、夕暮れ近い頃だった。
     
    ●その名はクリーングリーン
    「今回、サイキックアブソーバーが俺にもたらした未来予測は、仙台が舞台。ご当地怪人だ」
     教室の一角に着席して、神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は、手元で遊ばせていたルービックキューブを隣の机へと置くと、仙台市街の地図を広げた。灼滅者達も、どれどれ、と周囲へ集まり、ヤマトが指し示す地図を覗き込む。
    「向かって貰うのは、中心街ほど近くの公園。そこに現れるのが、杜の都を守る主、クリーングリーン。お前達が今回戦う相手だ」
     名前だけ聞けば、悪そうな印象は受けない名前。実際、これまで彼がしてきたことは環境に良いことばかりだった、とヤマトは語る。
    「杜の都、と呼ばれる仙台に生まれて、ずっと仙台に育って。政令指定都市ながら、自然と共存する街が、奴にとっては自慢で誇りだったんだろう、ずっとご当地ヒーローとして街の美化活動に努めて来たんだ。……中学2年生、人としての名前は大野・宙(おおの・そら)だ」
     誇りに思い、またずっと美しく在って欲しいと願って、宙は小学生の頃から一人清掃活動を続けてきた。中学生になって、活動範囲が広がってからは、人通りの多い市街地へと足を運び、より一層励んだ。
     しかし、行く度拾うものがあるということは、捨てる者が居るということ。人通りの多い場所へ進めば進むほど、そのゴミの多さに宙は憤りを感じてしまった。
     拾っても拾っても来る度生まれるゴミたちに募った怒りは、ついに宙を闇堕ちさせてしまうのだ。
    「宙は元々ご当地ヒーローとして仙台で活動していた……学園も存在を確認してこそいなかったが、間違い無く灼滅者だ。人間としての意識もちゃんと残ってる。放置すれば完全なダークネスになるだろうが、心残る今ならまだ間に合う筈だ」
     ヤマトは、もう一度地図の1点を指し示した。そこに書かれているのは、『青葉通り』の文字。
    「宙はその日、ここで1人ゴミ拾いをする。お前達は午前、先回りしてこの青葉通りでゴミ拾いをして欲しいんだ」
     長年一人で清掃活動をしてきた宙に、先ず美化活動をする存在は彼だけではないことを教えてあげること。
     声をかける必要は無い。言葉で無く行動で見せることで、宙のしていることが決して無意味ではないと彼の心に届くことが大切なのだ。
    「後は夕方前に、指定する公園に潜んで、宙が訪れるのを待っていてくれ。その日、青葉通りを掃除する宙の傍らでゴミを落としていく女を追って、闇堕ちしかけた宙が現れる」
     言葉での説得を行うとするならこの時だろう。午前の灼滅者達の活動を知っているから、それだけでも戦闘力はそのまま戦うよりは低くなっている筈だ。
    「故郷に綺麗で在って欲しい……自分の生まれ故郷を誇れるってのは、幸せなことだと思う。その純粋な気持ちを守ってやりたいんだ」
     任せたぜ、そう言って口元に笑みを浮かべたヤマトの瞳には、灼滅者達へ寄せる絶対の信頼が滲んでいた。


    参加者
    霧乃海・宝児(ご当地刑事ホージ・d01441)
    皆守・幸太郎(無気力高校生・d02095)
    津宮・栞(漆の轍・d02934)
    ファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)
    英・蓮次(デュアルブレイズ・d06922)
    早田・篠生(ポジキャン・d09543)
    無常・拓馬(名の付かないロリコン探偵・d10401)
    シュネー・クリスタ(温もりの綿雪・d11788)

    ■リプレイ

    ●ようこそ、仙台へ
     ビル風の通り道となる長く続く直線。冬の青葉通り――仙台には、時折雪がちらつく頃。
     肌打つ風の冷たさは道行く人々の足を急かす。忙しなく行き交う人の群れは、仙台駅2階より続くペデストリアンデッキからも一望できた。コートにマフラー、手袋に帽子。この地の寒さを知る人々は今正に重装備に身を包み、年の瀬の用意に奔走している所だろうか。
     その日、空は冬晴れ。降雪こそ認められないものの、吹き抜ける冷たい風に津宮・栞(漆の轍・d02934)は長い黒髪を揺らし、ふるりとその身を震わせた。
     仙台駅を西口から出て臨む青葉通りは、車線の多い大きな通り。
     冬の今でこそ木枯れているが、新緑の季節には瑞々しく青葉が葉を伸ばすのだろう。大きく育った街路樹が、道路の中央にも歩道にも並んでいる。
     この大通りを、1人でゴミ拾いする――その途方も無さに、宙の深い郷土愛を感じて、栞は密かに寂しさ宿す紫苑の双眸を緩めた。
    「おー、こりゃ拾いがいがあるな」
     ペデストリアンデッキから通りへと降り立って早速、ファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)は歩道の傍らに落ちている煙草の吸殻を見つける。
     街路樹の足元に、その数5つ。此処を喫煙所に、1人で吸ったのか複数人で吸って捨てたのかは解らないけれど。
    (「捨てる連中は、どうせ誰かが拾うだろうと思ってるんだろう」)
     だから、ゴミが無くならない。その手前勝手さに、皆守・幸太郎(無気力高校生・d02095)はぶつぶつと文句を零し、飲んでいた缶コーヒーを器用に咥えたままゴミ拾いにかかった。
     やる気ゼロの様相ながらも、その手はサクサクと器用に動き、あっという間に吸殻を一掃していく。
     隣でゴミ袋を広げその手を見ていたシュネー・クリスタ(温もりの綿雪・d11788)は、幸太郎の手で綺麗になった街路樹の麓を眺め、でも、と微笑む。
    「街が綺麗になるのは嬉しいね」
     シュネーの素直な笑顔に灼滅者達の表情も綻ぶ。大変なのは当然なのだが、やはり街が美しくなっていくその作業は清清しい――故郷に並々ならぬ愛着を持つ宙ならば、尚のこと感慨深くあったのかもしれなかった。
     しかし、それとダークネスの闇へ堕ちることとは、また別の話。
    (「宙の気持ちも分かるけど、それでいちいち挫けてたんじゃあ前に進めないぜ」)
     霧乃海・宝児(ご当地刑事ホージ・d01441)は、視線の隅に留まった緑色の少年をちらりと見遣り、直後道すがら煙草を捨てた男性へと注意の声を飛ばす。
     通りは長く、全部を回りきるには時間もかかりそうだ。背筋をぴしりと美しく真っ直ぐに伸ばし佇む早田・篠生(ポジキャン・d09543)は、体の前に組んでいた手を解き、分別用に用意した幾つかのゴミ袋を広げた。
     清掃用にと用意した緑色の上着を羽織り、にっこりと笑顔で告げるは、やる気も露な気合いの一言。
    「いざ清掃でございます!」
     道行く人へと明るく挨拶しながら、青葉通りの美化活動は進んで行く。

    ●その思いに問う
     夕暮れも近付いてきた公園。人通りもまばらなそこに灼滅者達の姿はあった。
     午前集めたゴミは、事前に問い合わせた市の指示通りに処理し、今は既に手元に無い。青葉通りの広大さに、気付けば昼食返上で取り組んだゴミ拾いの結果は言うまでもなく、灼滅者達は遣り切った充足感と同時、この先に待つ戦いの相手、大野・宙へと思いを馳せていた。
     ゴミ拾いに夢中になるその間にも、時々ではあるが道端にゴミを捨てていく人の姿が見られ、その度灼滅者達は注意を促した。
     少し歩いた先の公園に、或いはコンビニエンスストアにゴミ箱が設置されていることは、土地感の無い灼滅者達にも解ったこと――その姿を少しだけ悲しく思いながら、英・蓮次(デュアルブレイズ・d06922)は今、宙の訪れる時を待っている。
     一方で、無常・拓馬(名の付かないロリコン探偵・d10401)は冷静だった。
    (「同情? 俺からすればヒーローの覚悟が足りない駄々っ子が暴れてるだけで、特にそういう余地はないのだけど」)
     それは社会的には『善』なる行動をしている宙に対してはある意味拓馬独特の感情であったかもしれない。
     しかし、『街に綺麗に在って欲しい』『その為の努力』そこまでは宙の自由でも、その先に生まれてしまった『汚すから、殺す』、この思いだけは、許容されるものでは到底無いのだ。
     カツカツ、と、パンプスがアスファルトに響く音に、伏せがちの横目で見遣った拓馬の視線の先。
     緑豊かな公園の入り口に現れた、華奢なスーツ姿の女性の向こう。緑色の繋ぎの少年が穏やかでない形相で歩み寄るのを見付けて、灼滅者達は脇目も振らず飛び出した。
     エクスブレインの絶対予測。周囲に一般人の姿は無い。唯一、狙われた彼女を除いて―――。
    「ボク達の後ろに逃げてっ」
     正面から駆けて来る8人の人影に、何も知らない女性は不思議そうに首を傾げるが、シュネーがあらゆる音に割り込む声で女性へとかけた言葉は、はっきりとその耳へ届いた様だ。その必死の声音に、歩む足が少しだけ速度を増した。
     そしてその声は、宙へも届いたのだろうか、自分の目論見が崩れたことを理解してか、一瞬その体がびくりと揺れる。
     刹那、栞の速度に乗せた盾の一撃が宙へと届き、その体を地面へと叩きつけた。
     宙が倒れたその隙を逃さず、宝児は女性へと駆け寄ると、己が身の分身、ライドキャリバー・シロイウーの背へと乗せる。
    「……あんた、ゴミはきちんとゴミ箱に捨てろよな! シロイウー、頼んだぞ!」
     その声に応える様に、唸る様な排気音を上げたシロイウーは、公園の外へと女性を乗せ走り去った。
     尚も女性を追おうと動き出そうとする宙の前へ立ち塞がり、拓馬は、どこか冷めた瞳で宙を見据えた。キッと拓馬を睨む宙の瞳の奥にはどこか迷いの色が覗え、拓馬は低く静かに語りかける。
    「思い通りに行かなくて頭の線が切れたというのなら、今日のところは代わりに繋いでおいてやろう」
     揺らぐ宙の瞳が、やや見開かれた。
    「頭を冷やして考えろ。お前が守りたいのは街か、それともそこに住まう人か?」

    ●抵抗
     戦いながら、時折苦しげに、何かに抗う様にぎゅっと閉じられる宙の瞳に、灼滅者達は気付いていた。
     気付いているから―――その心が、ダークネスに完全に染まっていないと解るから、必死の呼びかけは次第に強く、彼の心の中心へと迫っていく。
    「お前自身が自分の気持ちと行動を否定したら、そこで終わりだぜ」
     幸太郎から伸びた影が、鋭い刃となって宙を襲う。己が闇へとその身を送り、破壊力を上乗せした斬撃の鋭さを知ってか、宙は戦場を駆け巡り、それを回避する。
    「お前の自発的な「苦行」は十分尊敬に値すると、俺はそう思っている。……愚痴くらいは聞くからよ」
     『 go 2 sleep 』――振るわれる影業にも込められた面倒事を避ける性質は、宙に寄り添う言葉からは感じられぬ程。優しく響くその言葉に一瞬、宙の表情がくしゃりと歪んだ。
    「大切な故郷を汚されて怒る気持ちは分かるよ、ボクも生まれ故郷が好きだから……!」
     雪の様に繊細な白銀の髪は、シュネーが雪深きアルプスの麓に生まれたことを象徴する様だ。どこか穏やかに輝く赤い瞳が、真っ直ぐな言葉で宙へと訴えかけるのは、故郷への思い。
    「季節に芽吹く花々や草木が好き。目が痛いぐらいに雪化粧した山々が好き。汚されて、許せないのは一緒だよ! でも……」
     悲しげに伏せられた瞳。気持ちが解るから、宙の心の行き先が、悲しくて。
     その手に宿すは、瞳と同じ色の美しき炎。その身から、心と共に呼び込む炎が、宙の体へ向かい奔る。
    「でも、故郷を血で汚すのはもっと駄目だよっ! そんな哀しい街が大野さんの望みなの?」
    「うるさい!」
     叫ぶ声は、果たして宙のものだろうか。どこか澱み響くその声は、宙を支配せんとその身に轟くダークネスか。
    (「人の心は力では変えられねぇ、正しい行動で魂に訴えるしかないのさ」)
     ファルケは、1人理想を追って努力してきた宙の行動を評価していた。
    (「清掃は心も綺麗にしてくれるとはいうが、その道は決して楽ではない。だから、曲がらず真っ直ぐに進む勇気がいる」)
     その辛さを知っている。辛くて、折れそうになる人の弱さも解っている。
     そして、そこに付け入ったダークネスから彼を解放する手立てが、自分達にはある。
    「ゴミ拾いしてる姿は輝いてたぜ? 小さくても、その光が人の心を変えていくんだ。……闇に負けるんじゃねぇ!」
     その心を取り戻せると信じるからこそ――思い乗せ紡ぐリバイブメロディは、旋律に乗せる声こそ音を外れても、仲間達を癒し、立ち上がる力へと変わり届くのだ。
    「ここに住んでる連中も含めて、お前が愛したご当地って奴なんだろ?」
     続く声は、拓馬。目にも留まらぬ高速の動きを宙は追いきれず、声のする方へと向くと。
    「……こっちだよ」
     死角からの、殺人技巧。勿論、死に至らしめる決定打とはならずとも、宙の視線を回避し繰り出された技は、急所を正確に切り裂く。
     鮮血が空に踊った。
    「……っ」
     言葉にならず、宙の口から漏れた呻きへと、黒き影なる触手が伸びる。それは、篠生の影業。
    「貴方の街を愛する想いは、ゴミを落とした人へ矛先を向けるためのものではないはずです」
     するり、するりとその体を覆うように纏わりつく影は、どこまでも伸びる。篠生の、その声こそ明るく響くが、その影は例えるならば水か沼。
     どこまでも深く、どこまでも重く、宙の体を蝕んで行く。
    「……うるさい……うるさいうるさいうるさい……! ……」
     発する宙の、その言葉の語尾に、少し違う色が滲んだことに篠生は気付いた。
    「うるさいんだよお前ら……!うるさい……、……めろ」
     顔を上げた宙の視線は、篠生へと向いていた。何か来る、それを察知はしたけれど……宙が、戦う意志を否定する悲しい表情を浮かべたのが、灼滅者達にははっきりと解った。
    「……やめろっ、俺は戦いたくなんかないっ!!」
     眩い光。宙の言葉に反しご当地ビームが、篠生目掛けて放たれた。

    ●ふるさと
     閃光が捌け、篠生が目を開けた時、目の前には、1つの影。
     ビームを受けたのは、飛び出した宝児だ。守りの配置の恩恵を受けて尚、背に痛々しく血を滲ませ、それでも宝児は笑う。
    「……宙、一つ聞く。お前は誰かに認められたくてヒーローをやっていたのか?」
     心折れかけた仲間を、放っておくなんてできないから。傷の痛みに耐えながら、発する言葉は宙の心へ打ち込む楔。
    「違うだろう? 自分の信念に従って行動していたはずだ!」
     宙の心へ届けとばかり、全力で発する裂帛の叫びは、宝児に刻まれた傷をたちまちに癒していく。その姿を、宙は喰い入る様に見つめていた。
    「……朝も思った事だけど、緑……自然が素敵な街ね」
     呆然として動かない宙へと、栞が穏やかな声音で語りかける。今なら、激昂せずとも心に届くと、そう、思えたから。
    「保つ為に地道な清掃を続けるのは簡単な事じゃない筈……きっと胸を張れるわ。ただ、一人で全部抱え込まなくてもいいと思う」
     控え目に微笑んで、目元を緩める。その瞳に、仙台に降り立った時の様に何処か寂しげな色を滲ませて。
     ――幼少時に故郷を離れた自分に、郷土愛を行動に示し続ける宙くんはとても眩しく映るから。
    「大切にしてきた誇りを……血で汚さないで欲しいの」
     ほとりと、宙の頬から涙が落ちた。それでも、震えるその体は思うようには動かず、まだ戦わんと構える姿に、 蓮次が駆ける。
     宙は、必死で戦っている。助けるために、今すべきことは1つ。
    「自分の生まれ育った地が汚れていくのを見るのは凄くつらい。俺は海の近くの育ちだけど、毎年観光客が海にゴミ捨てて帰るのを見るとやっぱり、腹が立つ」
     故郷・湘南の海を思う。美しい故郷は、思い描くだけで心に優しく、また、永遠であって欲しいと願う。眼鏡の奥、藍の瞳が穏やかに笑んだ。
     繰り出す拳には、全身全霊の思いを込めて。
    「でもそれで殺人を起こしてしまっては駄目だ。地道にやっていくしかないかもしれない。でも、伝え方はあるはずなんだ……!」
     オーラ凝縮した鋭い拳が、宙の腹部へと撃ち込まれる。鋭い衝撃にその身を預けて、そのまま崩れ落ちた宙の表情は、痛みに歪みながらも、穏やかに微笑んでいた。

    「人生で何か間違って捨てちゃった物を探したくなたら、無常探偵所へご連絡を」
     戻ってきたシロイウーの背の女性へと数名がお説教をし、女性がうんざりとした頃。女性へと名刺差し出し微笑む拓馬を背に、灼滅者達は宙へと向き合っていた。
    「戦ってくれて、ありがとう」
     程なくして意識を取り戻した宙は、屈託無く笑う穏やかな少年だった。
     ごろりと身を地面に預けたまま、空見上げ柔らかく微笑んで最初に紡いだ言葉は、感謝。
    「俺1人じゃ、どうにもできなかった……俺の中に湧き上がった影に、危険だって解っててもどうしても抗えなくて」
     危うく、一番大切なものを見失う所だった。真っ直ぐに空を見据える宙の瞳に、力への恐怖が滲んでいるのを感じて、幸太郎はごくりと缶コーヒーを喉へ通して、宙へと助言した。
    「……武蔵坂学園に来い」
    「もしもその力が怖かったら学園にこない?ボク達みたいなヒーローさんが沢山いるよ?」
     くすくす、とシュネーは笑顔で幸太郎の言葉を引き継いだ。目から鱗とばかりに武蔵坂学園の話に聞き入る宙の表情には、既に恐怖は浮かんでいない。
    「俺はファルケ・リフライヤだ。歓迎するぜ?」
     立ち上がる宙へと手を貸して、それを歓迎の握手に代えて。まるで宙の背を押す様に、仙台の風が、強く軽やかに吹き抜けた。

     行くにも準備があるからと、見送る宙を背に灼滅者達は仙台駅へと向かう。彼らの日常、武蔵坂学園に新しい仲間が加わるのは、そう遠い話でもないだろう。
    「……俺にとって、此処は特別な街なんだ。それを、思い出せて良かった」
     引き止めて語る笑顔に滲むのは、同調への感謝。栞は、差し出された手と笑顔に応え、微笑んだ。
     武蔵坂学園への道中、蓮次は改めて、故郷・湘南の海を思う。
    「(今年も、泳ぎに行きがてらゴミ拾いしに行くかな)」
     それは、夏の話ではあるけれど――再び故郷へと思い馳せると、何だか心が温かくなる様で。1人で微笑うのは気恥ずかしくて、眼鏡を直す手にそっと表情を隠し、その笑みを誤魔化した。

     誰にも故郷は等しく存在する。生まれた場所、育った場所、思い出の地。
     離れる理由は、人それぞれにあるけれど。
     移ろう時の変遷に身を置いて、形を変えながら。それでも、どこかに懐かしさの欠片を残し、訪れる人を迎え入れる。
     ―――おかえりなさい。それをもう一度聴くために、人は故郷を後にする。

    作者: 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年12月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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