一年三組、大山くん。
一年一組、花沢さん。
四月からお互いを意識していた二人は、十二月の終わりも終わり、クリスマスを過ぎてようやく恋人になった。クラスメイトにはやっとと言われ、部活の先輩にはバカップルと揶揄された。ついでに大山くんは親友からリア充爆発しろと言われた。
それらも遠回りな祝福と解釈して、二人の恋路はロースタートを切ったわけである。
しかし二度目のデートの日、事件は起きた。
駅前での待ち合わせ、花沢さんは十分遅刻してしまったのである。
「ごめん、大山くん!」
息を切らせて走る花沢さん。けれど一足遅かった。一人で待っているはずの大山くんの傍らには女がいた。このクソ寒いのに、ミニで大胆に足をさらした女が。
「誰、この人!?」
「新しい彼女の真矢ちゃんだよ」
「彼女!?」
「うふふ、そういうことだから。じゃあね!」
真矢と呼ばれた女は虚ろな眼をした大山くんの手をとってどこかへ行ってしまう。花沢さんはその背中をぼんやりと見送ることしかできなかった。
冬の風が窓を叩く。暖房が入っているとはいえ、少し肌寒い。
「少々面倒なことになった。皆の力を借りたい」
盾神・織緒(悪鬼と獅子とダークヒーロー・d09222)は教室に集まった灼滅者に言った。傍らには五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0003)もいる。
「実は以前の淫魔による事件のあと、『デート中の男子を誘惑する淫魔がいる可能性』について、五十嵐に確認を依頼した。すると、闇堕ちしかけた一般人がそのような事態を起こしていることが判明した」
そこまで言って、説明は姫子に任せる。手にあるファイルをめくりながら、彼女は言葉を継ぐ。
「一般人の名前は山戸・真矢さん。中学三年生です。失恋のショックで闇堕ちしかけているようで、幸せそうなカップルを見つけては男子の方を誘惑しているようです」
普通なら闇堕ちしてしまえばすぐさま元の人格は消えてしまう。しかし元の人格を残しているということは、灼滅者の資質があるということかもしれない。
「真矢さんは幸せそうなカップルを見つけると嫉妬して誘惑してきます。ですので、カップルのふりをしていればひっかかってくれるでしょう」
なお、真矢は戦闘になればサウンドソルジャーのアビリティを使う。いずれも相応の威力があるので気を付けてほしいとのこと。
「説得がうまくいけば、力を弱くすることができるかもしれません。……真矢さんは胸が小さいことを気にしているようで、女の魅力は脚線美だと主張しています。彼女のコンプレックスを上手く解消してあげるといいかもしれません」
まぁあくまで主観だと思いますけどね、と姫子は苦笑して付け加えた。あと言うまでもないが、もちろんセクハラは厳禁である。
「説明は以上です。盾神さんからは何かありますか?」
「そうだな。年末の忙しい時期ではあるが、初々しいカップルの危機だ。よろしく頼む」
参加者 | |
---|---|
カマル・アッシュフォード(陽炎・d00506) |
蓮華・優希(かなでるもの・d01003) |
支倉・月瑠(空色シンフォニカ・d01112) |
守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289) |
言鈴・綺子(赤頭の魔・d07420) |
三園・小次郎(愛のみぞ知る・d08390) |
盾神・織緒(悪鬼と獅子とダークヒーロー・d09222) |
有馬・由乃(歌詠・d09414) |
●若さは財産
山戸真矢をおびき寄せるための囮役は二組。その内の一組はカマル・アッシュフォード(陽炎・d00506)と蓮華・優希(かなでるもの・d01003)だ。スーツでキめたカマルが微笑んで手を差し出す。何を隠そう女好き、カマルは囮役にノリノリの様子。
「役得ってね。手でも繋ぐかい?」
「うん、わかった」
差し出された手を、ややあって握る。感じる体温、感触。僅かに体温が上がり、身体が強張る。それは役に呑まれているからだけではないのだろう。異性の手を握るとき、人はきっとそうなのだ。若ければ、なおさら。
一方、もう一組の囮、三園・小次郎(愛のみぞ知る・d08390)と有馬・由乃(歌詠・d09414)はもっと初々しかった。
「えっと、手を繋いでもいいですか?」
「え? あァ、ウン、勿論……」
由乃の手を慌てて握る小次郎。手から伝わる柔らかい感触が、さらに小次郎の頭を加熱させる。恋愛経験がないゆえに、彼は極度の緊張状態で囮役に臨んでいる。小次郎の緊張が伝播したのか、由乃の頬も仄かに赤くなる。
「えっと」
「あの」
同時に口を開いて、また同時に口をつぐむ。それきりあらぬ方を向いて、何も言わない。言えなくなる。沈黙が続けば続くほど何かを話そうとして、結局こんがらがって何も話せなかった。
「おはこんばんにちはー! お兄さん元気?」
声をかけてきたのは、大胆に足をさらした少女。少女特有の健康的な雰囲気の上に毒のような魔力が滲んでいた。傍にいる由乃のことなど気にもかけず、小次郎に目配せする。するとまとった魔力が彼の心をつかもうとする。小次郎には効かなかったが、常人では耐えられないだろう。
「わたし、山戸真矢。ヤマトマヤ、マヤ、真矢ちゃん、好きに呼んでいいからね」
笑いながらウィンク。それに応じて、小次郎は由乃から離れた。演技の中での演技はまずまずの出来だった。真矢が放つダークネスの気配が、彼に冷静さを取り戻させていた。
「じゃあ、行きましょ」
「そんな、待ってください……!」
小次郎の手をとって歩き出す真矢。由乃は縋るような目で彼を見つめる。だが、小次郎は冷たくあしらうだけ。終いには、
「しつこいんだよ、アンタ」
と言い捨てた。返す言葉もない由乃は、ただ距離を保って後をつける。
やがて真矢と小次郎は公園にたどり着く。二人きりになれる、と彼が言ったからだ。
公園には先客がいた。中高生の少女が三人、そして背の高い少年。一見、ただの散歩のようだが、それにしては様子がおかしい。ピリピリした空気が公園中に満ちている。
「ひとまず作戦成功でしょうか」
と支倉・月瑠(空色シンフォニカ・d01112)。退路をふさぐように、出入り口のひとつに立ち塞がる。
「いよっし、やるっすよ!」
やる気まんまん、言鈴・綺子(赤頭の魔・d07420)はがつんと両の拳をぶつけ合わせる。
待機組が臨戦態勢をとるのと時を同じくして、後をつけていた由乃、そしてカマルと優希も集まっていた。
「山戸真矢だな。話を聞いてもらう」
ずいと進み出たのは盾神・織緒(悪鬼と獅子とダークヒーロー・d09222)。同時に小次郎も真矢の傍から離れた。
「え? ちょっと!?」
「悪いね。お芝居はここまでだよ」
小次郎の腕をつかもうとした真矢を守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)が遮る。
いつの間にか、真矢は完全に囲まれていた。罠にはめられたのだと状況を察した真矢は拳をわなわなと震わせ、叫んだ。
「なによなによ! 人の純情もてあそびやがって! 絶対許さないんだから!」
どっちが、と小次郎は心中で苦笑した。
●女はつらいよ
織緒はスレイヤーカードを掲げ、歌うように呟く。
「鬼さんこちら、我が身の方へ」
言葉とともに瞬時に赤い鬼面が装着される。酒呑童子を模した仮面は威厳と迫力を放つ。
「この身は悪鬼なれど、未来ある少女のために力を尽くそう」
両手だけではなく全身に武器をまとい、織緒は真矢と対峙する。
「人の邪魔しておいて!」
美しい足がトントンと地面を叩く。次の瞬間には灼滅者の懐に飛び込み、リズムに乗った乱舞が繰り出される。
「人の幸せはその人だけのものだよ。前を向いて、自分だけの幸せを見つけようよ」
「……わたしだけの幸せ?」
攻撃を受け止めながら結衣奈は正面から向かい合う。一瞬だけ目が合い、不意に真矢の視線が下を向く。
「あんたにわたしの気持ちが分かるかぁ!」
「えぇ!?」
服の上からでも分かるスタイルの良さは真矢の嫉妬を燃え上がらせるには十分だった。
由乃は耳にそっと触れる。そこにある小さな輝きは兄の形見。触れることで、今日も無事に、そして彼女を救えますように、と祈る。
「足の美しさしかり。貴女には貴女に長所があると思います」
言葉とともに足元から影が伸びる。影は無数の手となり爪となり、真矢に襲いかかる。
「うるさい! うるさい!」
影を一蹴し、喚く。地団太を踏む姿は駄々をこねる子供そのものだが、本人にとっては切実な問題なのである。
「完璧な人なんていない。だからこそ自分を支えて、弱さを包んでくれる人を探すの」
シールドを構えての体当たり。優希の白い髪が街灯を反射して淡く輝く。真矢のような歪んだ魅力でない、美しさがあった。怒りと嫉妬がない交ぜになって渦巻く。けれど優希の言葉は楔となってそれらごと心を貫く。
「そんなこと、分かって……っ」
「騙してすまねェな。けど、必要なことなんだ」
小次郎の手から杜若と同じ色、紫色のビームが放たれる。その隙に相棒のきしめんが斬魔刀を構えて跳ぶ。
「イイ足してるけど、それじゃまだまだ足りないっすよ!」
愛羅武丸と名付けられた鉄パ……マテリアルロッドに魔力が宿る。ロッドが真矢を捉えた瞬間、秘められた魔力が炸裂する。
「いったぁ! やったわね!」
紡がれる歌声は呪いとなって月瑠を狙う。けれど、カマルがそれを遮った。
「胸ってのはでかいとか小さいじゃないんだよ! 男は……」
周囲からのほんのり冷たい視線を感じ、カマルは口を閉じる。真矢にいたっては絶対零度の眼差しだ。
「ま、冗談は置いといて。君には君だけの魅力があるはずだ。それを大事にしなきゃ」
パーフェクトイケメンスマイルで言うも、時遅し。
「説得力ないって!」
目を三角にした真矢が乱舞再び乱舞を繰り出す。
「落ち着いてください。怒るとかわいいお顔が台無しですよ」
乱舞と月瑠の光剣が切り結ぶ。戦いの中でも月瑠の穏やかな物腰は失われない。けれど、激しい動きはほんの少しスタイルを強調してしまったようで。
「ちくしょうちくしょうちくしょおお!」
半ばヤケになって、真矢は叫び散らした。
●だからつらいんだってば
繰り返される攻防、というより喧嘩じみたやりとりはお互いを疲労させていた。肉体的にも精神的にも。
「リア充爆発しろ!」
「だから演技だっツってんだろ!」
言いがかり、もとい攻撃をいなしながら小次郎が突っ込む。霊犬のきしめんも主人の傷を癒すために浄霊眼を向ける。
カマルの日本刀を炎が包んだ。尾を引く炎は公園の暗闇を赤く薙ぐ。
「話を聞いてくれ!」
真矢は日本刀を素手で受け止める。間近で両者が向かい合い、真矢とカマルの視線が交わる。
「さっきは悪かった。けど、君を助けたいのは本当なんだ」
「……わたしを?」
彼女は戸惑いながらもカマルを蹴り飛ばす。今にして思えば、八人の言葉は自分に向けられたものだった。幾度もの攻防を経て、ようやくそれが理解できかけていた。
「山戸、君は強い。だが方法を誤るべきではない。自分の魅力を引き出すんだ」
なるべく肌を傷付けぬよう、と配慮のもと魔力を秘めた打撃を放つ。突いた一点に魔力が炸裂しダメージを与える。
「山戸さんは強くて、足が綺麗で魅力的っす。けど、仲間になったらもっと魅力的になれるッすよ!」
鋼の拳を構えて突撃。好戦的な笑みを浮かべる綺子。
「わたしの、魅力なんて……」
失恋という絶望の中で目覚めた力。異性を簡単に魅了してしまう力は確かに心地よかった。けれど、逆を言えばその力がなければ誰にとっても魅力がないのだと烙印を押されたようでもあった。
結衣奈を包むオーラが砲弾と化して真矢へと飛ぶ。
「辛いし苦しいと思うけど、自分を信じて。勇気を持って!」
とうに見捨てた自分自身を見つめろと、目の前の八人は言う。足を晒すのもコンプレックスの表れ。辛くて苦しいと言いたくても、先回りされてしまった。
「んー……きっと、本当に真矢さんを好きでいてくれる方なら、いい部分をいろいろ見つけてくれると思うのですよ」
普段の穏やかさからは想像できない鋭さでギターが振るわれる。月瑠のギターは稲妻の軌跡を描いて、時折フェイントを織り交ぜながら真矢へと迫る。
「わたしのことなんて、誰も見てくれないわよ……」
真矢はギターをかわしもしない。ただ、攻撃を受けても動じもしなかった。
「外見も大切かもしれませんけど、段々お互いを知って好きになるものだと思います」
由乃の腕が鬼の腕と化し、真矢に迫る。真矢はそれを受け止める。
「大丈夫、ボク達がいるから。……闇に意識を委ねないで」
優希はまっすぐに光の剣を構える。まっすぐな太刀筋は心の殻ごと真矢を断ち切る。体力の限界だったのだろう。あ、と短く息を吐いて意識を失う。倒れないよう、優希はそっと抱きとめた。
●命は短し
気を失ってからしばらくして、真矢は目を覚ます。意外と寒くないなと思ったら、足には誰かの上着が掛けられていた。
「山戸・真矢さんっすよね?」
質問の意味は分からなかったが、真矢はとりあえず頷く。すると八人は目に見えて安堵した。
「実は真矢さんにお話しがあるっす」
綺子が口にしたのは、世界を支配するダークネスとその支配に抗う灼滅者の存在。闇堕ちの危機から脱したあなたには灼滅者の力に目覚めたのだとも。
「私が灼滅者? あなたたちも?」
「その通り。俺達は武蔵坂学園から来たんだ。君を助けにね」
二枚目半の面目躍如といったところか、カマルはおどけながら学園について説明する。学園の行事や、あるいは時折現れるリア充爆発しろ的活動の団体のことまで。
「女子力にもいろいろあります。クラブで自分を磨くのもいいかもしれませんね」
片方の手を握りながら、由乃が優しく諭す。もう片方の手を織緒も握り、まっすぐに目を見つめる。感じるのは、女性のものとはまるで違う、堅い手の感触。
「学園に来て、自分の闇と戦ってほしい」
闇堕ちから解き放たれてすっかり初心に戻った真矢は、緊張で真っ赤になる。織緒はまったく気付いていないようだが。
もういいだろう言わんばかりに結衣奈が二人から両手を奪う。
「よし、じゃあ振った人が羨むような幸せな未来を手に入れちゃおう!」
「え、あ、うん」
迫力に押されて思わず頷く。戦いが終わってみれば、いるのは歳相応の少年少女だけ。ただほんの少し嫉妬深いだけの真矢には抗いようはないのだ。いい意味で。
「そうです。真矢さんなら大丈夫ですよ。かわいいですから」
微笑んで月瑠は真矢の頭を撫でた。大人びた容姿や落ち着いた仕草で分かりづらいが、彼女の方が年下である。
「学園には、来る?」
「はい。そのつもりです」
優希の問いに真矢は笑顔で返す。その答えに、優希も微笑で応えた。
「じゃあ新たな仲間にハイターッチ!」
「は、ハイタッチ!」
ハイテンションな綺子に逆らうこともできず、勢いでハイタッチを返す。
「ところで、有馬センパイ。しつこいなんて言ってゴメンな」
一人だけばつが悪そうにしている小次郎。抱き上げたきしめんで顔を隠す。
「気にしてませんよ。三園さんが本気でそんなこと言うとは思ってませんから」
くすくす笑う由乃に、小次郎は苦笑するしかなかった。
戦闘前の演技が様になっていたというのもあるだろう。仄かに漂う青春の香に、真矢の嫉妬センサーが反応した。むっと眉が寄る。
「やっぱりリア充爆発しろおおぉぉっ!」
ヤケっぱちの、けれどどこか楽しそうな叫びが、夜の公園に響いた。
作者:灰紫黄 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年1月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
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