「みなさん、冬休みにお集まり頂き、ありがとうございます。あの、お願いがあるんです……」
そう言って、園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)は頭を下げた。
「みなさんもご存知かもしれませんが……最近、別府温泉のあたりでイフリートの目撃情報が多数発生しているようなのです」
どうやら鶴見岳のマグマエネルギーを吸収して、強大な力を持つイフリートが復活しようとしているらしい。
「幸い、サイキックアブソーバーによって、イフリートの出現は予測可能なのですが……強大なイフリートの力の影響なのか、直前になるまで予知が行えないようなのです……」
本当に申し訳なさそうに、槙奈は睫毛を伏せる。
「予知があってから移動を開始していては、間に合いません。なので、みなさんにはまず別府温泉に向かっていただいて、別府温泉周辺で待機していて欲しいんです」
出現が確認され次第、すぐに迎撃に向かって貰う必要があるから……と。
「イフリートの出現がわかれば、すぐに携帯電話に連絡を入れます」
「イフリートですが……眷属などは連れておらず、強力な個体というわけでは無さそうです。ですが……迎撃に失敗すれば、平和な温泉街の人々が被害にあってしまうでしょう」
なので、温泉街にイフリートが到着する前に迎撃して、撃破して欲しいと、槙奈は重ねて頭を下げた。
「イフリート出現がいつになるかは予測できていません。到着後すぐに連絡を入れる事になるかもしれませんし、数日後になるかもしれません……」
だから。
「せっかくの冬休みですし、連絡が入るまでは温泉で羽を伸ばしてみてはどうですか?」
ただ、携帯電話の圏外に出たり、電源を切ったり、長電話をして連絡に気づかないといった事が無いようにだけ気をつけてくださいね、と念を押して、槙奈は灼滅者達を送り出したのだった。
参加者 | |
---|---|
多嬉川・修(光の下で輝く・d01796) |
那賀・津比呂(ノリで年を越した男・d02278) |
迅・正流(黒影の剣士・d02428) |
シルフィーゼ・フォルトゥーナ(小学生ダンピール・d03461) |
エルフリーデ・ゲシュペンスト(小学生シャドウハンター・d09076) |
守咲・神楽(地獄の番犬・d09482) |
虹真・美夜(紅蝕・d10062) |
風舞・氷香(孤高の歌姫・d12133) |
●別府を……食べ尽くす!
「別府のあちこち観光するぜ! ついでにイフリートも倒すぜ!」
那賀・津比呂(ノリで年を越した男・d02278)が、温泉街の中心でおー! と拳を振り上げた。灼滅者達は今、別府温泉にいる。表向きは別府温泉に現れるというイフリートを倒すためだが、エクスブレインからの連絡があるまでは遊んでいてもいいというオプション付き。もはやどっちがメインか分からない。
「……温泉は楽しみです」
風舞・氷香(孤高の歌姫・d12133)が控えめに微笑む。彼女にとってはこれが初めての依頼、
(「皆さんの足を引っ張らないように頑張ろう」)
胸の前できゅっと軽く掌を握り、氷香は決意を新たにした。一方、虹真・美夜(紅蝕・d10062)は、別府に現れるイフリート退治はこれで2回目である。
「全く……いつまで続くのかしらね、この騒ぎ」
軽く前髪をかき上げるようにして、美夜はため息混じりに呟いた。その美夜に、シルフィーゼ・フォルトゥーナ(小学生ダンピール・d03461)がパンフレットを広げつつ、確認するように尋ねる。
「連絡が来るまでは自由にしてよいのじゃな」
ええ、と美夜が頷く。
「あたし達は、任された事を確実にこなせばいいんでしょ?」
その任された事を確実にこなすため、多嬉川・修(光の下で輝く・d01796)は携帯電話を取り出した。
「連絡先を交換しておこう」
今回の依頼では、ばらばらに行動していたとしても、連絡があり次第全員でイフリートの迎撃に向かう必要がある。連絡先の交換は必須だ。頷いて、全員が手早く連絡先の交換を済ませる。さらに、迅・正流(黒影の剣士・d02428)が、事前に用意しておいた全員分の携帯、スマホ用の防水カバーとヘッドライトを配った。これで携帯の防水対策もばっちり、夜間の戦闘になったとしても明かりの心配はない。
準備が抜かりなく済んだところで、早速津比呂がはしゃいだ声を上げた。
「じゃぁ、オレ、外出て観光する班な。別府の美味いもん食うぜ食うぜー! 唐揚げとか食いたい!」
「それならお勧めの唐揚げ屋があるよ!」
守咲・神楽(地獄の番犬・d09482)が手を挙げる。彼はまさしく別府を守るご当地ヒーロー。学園の仲間が別府に遊びに来る事が嬉しくて仕方ない様子で、頬はニコニコと緩みっぱなしである。
「オレは温泉を楽しんでいるよ」
そう言う修を始めとして、氷香、エルフリーデ・ゲシュペンスト(小学生シャドウハンター・d09076)は一足先に宿の温泉へと向かう。残りの観光班も街へと繰り出した。
観光班が最初に向かったのは、神楽お勧めの唐揚げ屋。
「おお、うめー!」
あつあつの唐揚げを頬張り、津比呂が感嘆の声を上げる。
「確かに、美味しいですね」
そう言う正流の顔は無表情のままだったが、その声音には確かな感情が見え隠れした。
唐揚げを堪能した後は腹ごなしも兼ね、駅周りの商店街をぶらつく。歩きながらも、美夜は目印になるような店の位置や、方角などを再確認していた。
(「合流の時、迷子は避けたいからね」)
そんな美夜の目に飛び込んできたのは、黙々と作業をする竹細工職人達の姿。別府には竹細工職人と直に交流出来るスペースもあるらしい。
「竹だけでよくちゅくりゅものじゃの」
職人の手元をシルフィーゼは興味深く見つめ、
「みやげものもありゅのじゃな」
と展示販売のスペースを眺めた。
歩いているとまたお腹もすいてくる。時刻もちょうど昼飯時。神楽は昼食を食べるなら、とひとつの店に皆を案内した。昔の建物を改装したらしい、趣のある店である。
「ここって昔遊郭だったらしいんだ。雰囲気あるから、店はそれだけでも好き」
と語る神楽のお勧めはナポリタン。皆がそれを注文して、穏やかに昼食の時間は過ぎていく。満腹になったところで、食べ歩きも観光もいいけれど、と美夜が口を開いた。
「前回は温泉入ってる時に呼び出されたから、今回は温泉も重視していきたいかな」
「それなら明礬温泉行こう。ちょっと離れてるからバスでの移動になるけど。地獄蒸しプリン、温泉卵を振る舞いたいな」
なんだかんだで食べてばかりである観光班。食い倒れの旅? という気もしてくるが、それだけ別府には美味しい物がたくさんある、ということだろう。
●温泉を……味わいつくす!
ところ変わって、こちらは一足先に宿の温泉へと向かった温泉班。男湯では、修が念入りに頭を洗っていた。髪の毛、ないけど。
「この輝きは、オレの誇りだから」
誰に言うとでもなくきっぱりと言い放った言葉の通り、洗いあがった彼の頭はすっきりとした輝きを放っていた。頭も洗い終わったところで、さて、と湯船に体を沈める。温泉の温かさに、身も心もほぐれていくようだ。
「これが温泉の素晴らしさ、身にしみるね」
思わずふー……と長く吐き出した息とともに、そんな感想がこぼれる。温泉とは、いつだって人々の心も体も癒してくれるもの。別府の湯に触れて、
(「この町、しっかり守らなきゃね」)
と修は決意を新たにした。こんな素晴らしいものが荒らされるなんて、耐えられない。
一方、女湯の方でも氷香とエルフリーデが別府の湯を楽しんでいた。
防水携帯を傍らに置き、いつでも連絡が受けられるようにしつつも、湯の心地よさについ気は緩んでしまう。湯船に体を預けた氷香は、軽く唄を口ずさんだ。そんな氷香のある部分に、エルフリーデの目線は惹きつけられる。思わず自分の体と見比べ、
「まだまだこれからよ、これから」
と何事かブツブツ呟いていた。それの意味するところに気付いた氷香は、頬を赤く染めて胸を隠す。
「あ、あんまり見ないでください……」
同性相手でも、胸が大きい事を気にしている氷香としては恥ずかしい。氷香の気持ちを汲んだのか、あるいは別の理由か、
「顔、洗ってくるわ」
とエルフリーデは湯船から上がった。常に(入浴中でさえ)仮面をつけているエルフリーデとて、顔を洗うときだけは仮面を外す。横に置かれた仮面が気になって、ついじーっと眺めてしまう氷香。しかし、顔を洗い終わったエルフリーデはさっさと仮面をつけてしまう。
「仮面がどうかした?」
仮面を見ていた氷香の視線に気付いたのか、エルフリーデは訝しげに尋ねる。いいえなんでも、と氷香は少し慌てたように笑った。
日が沈み、観光班も宿へと戻ってくる。昼間は別行動にしろ、夜は宿で全員集合だ。
旅の一つの楽しみといえば、美味しい夕飯。灼滅者達の前に、とり天を初めとした豊後の郷土料理が並ぶ。
「うおお! 美味そう!」
並べられた料理を見て目を輝かせた津比呂は、しかしその数十分後には
「やべ……食いすぎた。身体動かん……」
と畳に突っ伏していた。昼間も食べ歩きをしていたのだ、彼の胃がキャパシティオーバーしても不思議ではない。
正流は夜から宿の温泉を堪能する。家訓に従い、みだりに素顔を晒さない彼は、入浴時すら曇り止め付き眼鏡着用だった。防水カバーで保護した携帯を中まで持ち込み、エクスブレインからの連絡に備える。入浴中に連絡が来たら体を拭くのもそこそこに着替えるつもりだったが、彼の携帯が鳴ることはなかった。
他のメンバーの携帯も鳴らず、一日目は無事に終了した。
そして、翌日の朝。まだ日が昇りきらない早朝から、神社にお参りする神楽の姿があった。朝の冴え冴えとした空気の中、神さんにイフリートのことを報告し、これからの戦いの勝利を祈って、パンパンと拍手を打つ。
神楽が宿に戻ってくると、修を中心に町のお勧め温泉を回っていこうかという話で盛り上がっていた。
「他の温泉客にも町のいい所を聞いて……」
そこまで話していたところで、携帯が大きな音を立てて振動する。はっと灼滅者達は息を呑んで携帯を見つめた。ついにその時がやってきたのか。電話をとった津比呂は、つい軽い調子で
「現在この番号は使われて……ああ、ゴメン! 切らないで切らないで!」
なんて冗談を言ってしまったが、電話の相手であるエクスブレインの園川・槙奈は至って真面目だった。無論電話を切ったりするはずもない。
『イフリートの出現を予知しました。みなさん、現場に急行してください』
出現場所、そしてイフリートはファイアブラッドのサイキックに加え、シャウトも使ってくること、などが槙奈から伝えられる。灼滅者達は早速行動を開始した。事前に決めていた通り、タクシーを呼び、手早く準備を整える。
決戦の時は、あと僅か。
●イフリートが……街を燃やし尽くす! のは阻止
一行はタクシーで槙奈から指定された場所付近に急行した。そこは温泉街の外れで、まだ朝方ということもあり、幸いにも周辺に人影はない。
タクシーが行ってしまうのを見届けた後、いくらもしないうちに灼滅者達の目に、こちらに向かって走ってくる炎の獣の姿が映りこんだ。
「まだまだ別府を満喫して貰わないとならないからな。速攻くたばれ! チェーンジケルベロス!」
カードを掲げた神楽が、ご当地ヒーロー『ケルベロス』としての力をその身に纏う。神楽に続き、
「光あれ!」
「灼甲!」
修や正流らも次々にカードの封印を解除し、
「さあ『唄』を紡ぎましょう」
氷香が『氷風の舞』『氷風の天輪』の名を持つ蒼と碧の美しい武器を手にする。全員がカードの封印を解き、灼滅者側の戦闘準備はすべて整った。
イフリートにしてみれば、突然目の前に邪魔な人間が出現したようなもの。うるさそうに頭を振り、その口からすべてを焼きつくそうとするように激しい炎の奔流を放った。炎が前衛陣すべてを飲み込む。そのダメージは決して小さなものではない。それほど強敵というわけではないもののやはりダークネス、油断はできなかった。とはいえ。
「あーあ、イフリートが可愛い女の子ならテンション上がるのにー」
つい軽口を叩いてしまう津比呂。口ではそう言いつつも、攻撃に抜かりはない。彼から放たれた魔法の矢は、確実にイフリートの体をとらえた。
「大きな炎の獣、これは叩きがいのある相手だね」
修も異形と化した腕を、イフリートに思い切り叩きつける。そして一言。
「もふりがいはなさそうなのが残念だ」
実に残念だが、イフリートをもふるのは即死コースである。少なくとも常人なら。
一方で、正流にはもふる気など微塵もなく。
「黒影騎士『鎧鴉』見斬!」
叫びつつ上段から全力で戦艦斬りをお見舞いする。その間にシルフィーゼは、ヴァンパイアの魔力を宿した霧を展開し、先ほど負った傷をまとめて回復させると共に攻撃力の底上げを図った。
灼滅者達の攻撃にも、イフリートは怯んだ様子がない。ついで、体内から噴出させた炎を前足に宿し、正流に叩きつける。
「くっ……!」
剣を盾代わりに構えて防ごうとするが、防ぎきれない。彼の体が燃え上がる。
「正流先輩! 今、回復を……」
氷香が、高いソプラノで仲間を護る為だけの歌声を紡いだ。氷香からの回復を受け、正流が前進する。
「無双迅流の真髄は闘志にあり!」
彼のティアーズリッパーが、炎の毛皮を切り裂いた。しかし、切り裂かれた箇所を癒すかのように、イフリートの背中からは炎の翼が顕現する。
「そうはさせない」
すかさず美夜が、零距離格闘でイフリートに肉薄した。彼女のガンナイフが顕現したばかりの翼を切り落とす。厄介な相手のエンチャントはとりあえず押さえられた。今のうちに、と灼滅者達はさらなる攻撃を繰り出す。津比呂が槍に螺旋の如き捻りを加えて突き出し、神楽がご当地パワーで大爆発させ、シルフィーゼが雲耀剣で切り裂き、エルフリーデは敵を蝕む漆黒の弾丸を撃ち出し……
そうして灼滅者達の攻撃を受けているうちに、イフリートの体にはいくつものバッドステータスが積み重なる。かすかに体を震わせると、イフリートは大きな咆哮を上げた。その咆哮と共に、いくつかの効果も吹き飛ぶ。
「やらせはしないわ」
エルフリーデが、死の力を宿した断罪の刃を振り下ろした。いくつかのバッドステータスを吹き飛ばしたばかりだというのに、イフリートの身にはまた回復を阻害する呪いがかかる。バッドステータスを多用した搦め手作戦はどうやら有効な様子。バッドステータスだけでなく、癒しきれない傷も次第に増えてきている。戦況は確実に灼滅者達に有利な方へと傾いてきていた。負けじとイフリートも攻撃を繰り出すも、こちらの方は回復も手厚い。回復の合間にも氷香は彗星撃ちで皆を援護し、美夜もホーミングバレットを撃ち出す。
ここは下手に回復するより一気に押し切ってしまった方が良いと考え直したか。イフリートは、再び前衛陣に向けバニシングフレアを放つ。
「小さい子もいるのに……」
小さい子が傷つくのを嫌う修は、前衛に居るシルフィーゼも負傷したのにかすかに表情を曇らせ、清めの風で治療した。続いて、正流が破断の刃を振りかざす。
「無双迅流口伝秘奥義! 冥皇破断剣!」
大上段から全力で振り下ろした戦艦斬りに、イフリートの足元がふらついた。大分弱ってきているのを見て取った正流は、
「今だ! ケルベロス!」
とご当地ヒーローな神楽へ発破をかける。頷いて、神楽はジャンプキック。
「別府に現れたのが運の尽きだったな。本当の地獄を見せてやるよ!」
彼のキックが毛皮にめり込み……たまらず、イフリートはどうと地に倒れ付した。
●別府はまだまだ楽しみ尽くせない
倒されたイフリートが消滅するのを確認し、修はふぅ、と軽く息を吐いて額を拭う。戦闘で少し汗もかいてしまったし、多少の汚れもつく。というわけで。
「この後、また温泉に入る時間はあるかな?」
皆の方に向いて言った。彼はまだ宿の温泉以外を楽しめていない。それは氷香も同じ。
「私も……帰る前にもう一回お風呂に入りたいかも」
と一言。美夜も、
「そう言えば、クラスメイトにとり天と柚胡椒のお土産頼まれたんだよね……」
街の方を見ながらポツリと呟いた。
温泉も入り足らず、お土産もまだ買ってない。ということは……灼滅者達はお互いに目配せして、薄く笑みを浮かべた。
「イフリートも倒せたのじゃ、もしゅこしのんびりしていってもかまわにゅじゃろう」
シルフィーゼが言えば、
「冬休みだしね」
エルフリーデも同意を示す。内心うずうずしているのが抑えきれない。
「ならまたお勧めの温泉に案内するよ! 土産屋にもさ!」
ポストイットと蛍光ペンでお勧め温泉を記した温泉マップを広げ、神楽は得意げに笑う。
「可愛い子もどっかにいるかなー♪」
津比呂も別府に転がってるかもしれない出会いに期待を膨らませる。
灼滅者達の別府温泉旅行は、まだ少しだけ続きそうだった。
作者:ライ麦 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年1月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 6
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