愛は熱病に似ている

    作者:西灰三


     あるオフィス。そこに女がいた。名を照子という。その女は己の容姿に自信が無く、あるいはそれを言い訳にして自らを磨くのを怠っていた。
     その女はある男に好意を抱いていたが、何一つとして己から動く事の出来ぬ女は想いだけを募らせた煩悶とした日々を過ごしていた。いずれ女は未来に後悔するだけの、言うなればそのあたりに幾らでも転がっている話「だった」。
     その転機を持ち込んだのは別の若い女――本人は明美と名乗った。彼女は艶かしく光る刃物を差し出し言った。
    「これで彼の周りの女共を殺してしまえば、残るのは貴女だけ」
     まさか。そんなことが出来るはずが。明美に咄嗟に口が出る。だが目の前の人物は相手の恐れを意に介さずに話を滔々と続ける。
    「私を信じて。邪魔者さえ片付ければ彼は貴女のもの。大丈夫、私もそうやって……」
     熱にうなされるように語る目の前の女は、果たしてまともな人間と呼べるものであっただろうか――。
     
    「まあそんな感じの未来予測ができたんだよ」
     有明・クロエ(中学生エクスブレイン・dn0027)は眉をひそめて言った。
    「これからみんなにはこの……若い方の女の人を止めてもらいたんだ。もちろんダークネスが関わってるから、ボクの予測を利用してね」
     エクスブレインの力を使えばバベルの鎖の予知能力を超えてダークネスを捉えることが出来る。それに操られている者もまたしかり。
    「それでこの照子さん、そのままにしておけば言いなりになってナイフでえいっと」
     両手で突き立てるゼスチャーをするクロエ。
    「って、そう言う風になる前にこの人を止めて欲しいんだ。この人に止めることが出来れば、怒って明美って人が出てくるからそれを倒せばOKだよ」
     そうじゃない方法もあるけど、と彼女は続ける。
    「もう一つはあえて止めずに刺し殺してしまうのを容認してしまうこと。こっちでも明美は照子さんの前に出てくるよ。ただ、これだと照子さんも犯罪者になってしまうから……」
     エクスブレインはそこまでで言葉を切る。
    「どちらにしても照子さんの行動の成功失敗が決まると同時に明美は現れるからそういう風に考えておいてね」
     そこまで言い切り、クロエは明美の戦闘力について説明をする。
    「明美は魔法使いと解体ナイフのサイキックを使って攻撃してくるよ。あと配下も二人連れていて、こっちは解体ナイフのサイキックだけ。配下が前衛で武器を振り回すのを、明美は援護を行うように行動するの。考えて行動してくる相手だから気をつけてね」
     情報を言い終えるとクロエは灼滅者達を送り出す。
    「このままにして置くと多くの人がどんどん犠牲になっちゃうから、少しでもそれを止めないと。みんな、よろしくね」


    参加者
    池添・一馬(影を知る者・d00726)
    桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146)
    夜刃・眠子(殴りWiz・d03697)
    山岡・鷹秋(赫柘榴・d03794)
    聖江・利亜(星帳・d06760)
    八坂・ひさぎ(エンジェルボイス・d07932)
    ヴェルカ・リタール(献身の魔術師・d08249)
    煙上・銀助(二対頭の銀狼・d10147)

    ■リプレイ


     とあるビルの廊下、そこを一人の女が歩く。その女は刃を握りどこか虚ろ気な瞳で自分の行先を見ていた。まるでそれは熱病にうなされた患者のようで、足取りもおぼつかない。
     彼女、照子はゆっくりといつも自分が働いている職場に向かう。
    「……そんな物を持って、どこに行こうと言うのかしら」
     夜刃・眠子(殴りWiz・d03697)がするりと影から現れる。突然の呼びかけに照子の足が止まる。
    「……あなたは……?」
     茫洋とした口調で照子は眠子に問う。だが彼女はその誰何の声には答えずに話を続ける。その視線は照子の手にあるナイフに注がれている。
    「努力の方向、間違えていないかしら?」
    「何を言って……」
    「ナイフを振り回す前に――貴女、やれる事があるでしょう?」
     照子の手にあるナイフよりもなお冷たい言葉が向けられる。突如現れた見目に優れた人物から言い放たれた冷徹な言葉。その言葉に反応して彼女は刃の切っ先を言葉の主に向けようとする。
    「気を静めるんだ……、あんたのやりたい事はこんな事なのか?」
     また別の方向から声がかかる。声の主は池添・一馬(影を知る者・d00726)。彼と共に多くの灼滅者が照子の前に現れる。
    「人を傷付けなくては、貴女の恋は成就しないのですか?」
     ヴェルカ・リタール(献身の魔術師・d08249)の問いかけが虚ろ気な表情の照子に向けられる。彼女の動きは止まっている。
    「人に言われた、間違った方法でしか、貴女の想いは伝わりませんか?」
     恋愛というものは難しそうなものだと、彼女は思う。ヴェルカ自身とてその言葉の持つ全てを知っている訳ではない。
    「そんなはず、ないです」
     照子に向けて、あるいは自分に向けての言葉だったのかもしれない。恋というものが素敵なものであると思っているから。
    「……でも」
     ヴェルカの言葉を聞きつつも、抑揚のない声で返そうとする彼女に桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146)が声を荒げる。
    「馬鹿な事考えるな、あんたそんなに駄目な人間になりたいのかよ」
    「今から貴女がやろうとすること、それは殺人です」
     聖江・利亜(星帳・d06760)が静かに言葉を引き継ぐ。
    「彼の周りを皆片付けて、その後に彼は貴女を選ぶ? 絶対?」
    「それは……」
    「選ばないという選択肢が残ってます。殺人鬼の彼女が欲しいなんて、彼は思っていません」
    「こんな事する女性を好きになる男なんていないぜ」
     淡々と言葉を紡ぐ利亜に頷いて同意する南守。次々とかけられる言葉に照子の迷いがはっきりとその表情に現れる。その見え始めた感情をいち早くテレパスで気づいた八坂・ひさぎ(エンジェルボイス・d07932)が語りかける。
    「んと、あんた、怖がっとるんやな。服とか化粧とか気ぃ配ってるけど振られるのを恐れとる」
     ひさぎはそこまで言うと笑みを浮かべる。
    「自分、充分素敵やと思うで。あとは踏み出すだけや」
    「自分に自身を持て、それでもっと輝ける」
     煙上・銀助(二対頭の銀狼・d10147)が照子の瞳を見て言う。その瞳は次第に生気を伴っていく。
    「何も言わなきゃそりゃ伝わらねーぜ」
     山岡・鷹秋(赫柘榴・d03794)がぶっきらぼうに言う。
    「自分の中なんて誰も見ちゃくれねー、自分から曝け出さなきゃな」
     鷹秋は事実を述べていく。どんな思いも伝える努力をしなければ届くことは無いのだ。利亜が更に続く。
    「貴女が彼の気持ちを知らないように、彼も貴女の気持ちを知りません。……貴女の贈る言葉は最高のサプライズプレゼントになる筈ですよ」
    「行動に起こしてから後悔しろよ、見てくれは悪くねーだろ」
     すでに照子の握るナイフの力は緩み始めている。
    「このままじゃ何も変わらないって判ってて、でも奇跡が起こるかもって期待してたんだろう? ……やっぱさ、世の中そんなに甘くないんだよな」
     静かに南守が口を開く。何かを思い返すように。
    「今からでも遅くないって! 美も恋も、未来も、自分で努力して掴むものなんだ」
     きっとそれは彼がここまでそうやってきたから。
    「俺達皆、あんたが変われるって信じてるから、こうして来たんだよ。だからあんたも俺達を信じて、いっぺん頑張ってみてくれないか。自分磨きをさ」
     ナイフが床に落ちる。それをひょいとつまみ上げて一馬が確保する。そのナイフの先程までの持ち主は力が抜けたのかその場に座り込んでいる。
    「……こんなことしなくても、届く?」
     照子の小さな言葉に灼滅者は頷いた。


    「……帰って来ないと思ったら。あなた達が邪魔したのね」
     ほっとした雰囲気もまさに束の間。南守は照子の前に立ち、銀助が二色の刃を抜く。
    「アドバイスならもっと穏便に頼むぜ、ま、おめーらにゃ言っても無駄か」
    「あら、私は自分の経験に基づいた確実な方法を教えてあげただけよ? 心外ね」
     鷹秋に返しながらも、明美は間合いを取る。いつの間にかナイフを持った女性が二人彼女の前に立っている。灼滅者達を明確な敵と判断しているのだろう、無論灼滅者達も同じである。
    「魔術回路解放、全強化術式展開」
     眠子が胸元からスレイヤーカードを取り出し解除の呪文を呟き、武器を手にする。
    「影よ……俺の声に答えて力となれ」
     槍を構えると同時に一馬の影が力と形を持ちうごめく。
    「斬って何を手に入れたかしらねーし興味もねーが、今度は斬られる番だぜ?」
    「言ってなさい、あなた達を切り捨てて彼女にもう一度思い直すように教えてあげるわ」
     鷹秋が殺意を高め、明美が術の構えを取る。そしてそれを完成させると同時に灼滅者達も弾かれるように動き出す。
    「……俺に守る力を貸してくれ」
     南守が帽子の鍔を持つ、いつもと同じように。

     脱力し動けない照子を背に、ひさぎはディーヴァズメロディを歌う。彼女はアイドルなのだから。今彼女が歌に乗せているのは攻撃の意志、だけれど。本当にしたいのは心を繋げること。相手がダークネスやその影響下にある相手ならそういう事も言っていられないのだけれど。後ろの照子をちらりと見る。
    (「心のキャッチボール、できるようにせんと」)
    「うざったいわね!」
     ひさぎの歌に顔をしかめる。そんな彼女の死角から南守が切りつける。
    「クっ!? お前たち!」
    「雑魚は黙ってな、舞台にゃ合わねーんだよ」
     明美が部下に指示するよりも早くクリアレッドに乗った鷹秋が動いていた。部下の一人が咄嗟に彼の攻撃を防ごうと腕を構えるが、その腕ごと深く切りつける。同時に絹を裂くような声を上げるが銀助がその無防備な一瞬を逃さず掴む。
    「どっせい!」
     掴んで、倒す。その単純な動作でその部下はピクリとも動かなくなる。少しでも状況を優位にしようと残った部下が後衛に向かって毒の嵐を放つ。風の勢いと毒気に当てられて対象となった者達が咳き込む。
    「でも、大丈夫です」
     ヴェルカの清めの風が濁った嵐を振り払うように吹いていく。負った傷も毒も立ちどころに消え去っていく。
     炎を帯びた必殺の弾丸を利亜は残る部下へと放つ。食らえば終わりと必死でそれを避けて、ナイフを片手に彼女へと部下が迫る。
    「おっと、それ以上は進ませないぜ」
     部下と利亜との間に割り込んだ一馬がナイフを冷艶鋸の柄で受け止める。そのまま部下を押し返すとくるくると龍の飾りの付いた穂先を回してから、ピタリと敵に突きつける。
    「さすがですね」
     たった今守られたばかりの利亜はそれだけ言うと両腕の銃器を構え直す。
    「さあて、俺の相手はお前かい?」
     目の前の相手はその一馬の言葉には答えずにそのまま跳びかかる。部下の刃は相手の長柄を抜けて一馬の体へと。
    「槍ばかりに気を取られて間合いが甘いぜ!」
    「!?」
     一馬の逆側の腕が伸びる。雷を帯びたそれは胴体へと突き刺さり、相手はそのまま地面に落ちて動かなくなる。いよいよ決着の時が迫ってきていた。


    「あとは、貴女だけです」
     追い詰められ、一人となった明美。そうなってもなおサイキックを振るう相手にヴェルカは大鎌の柄を握る。灼滅者達の視線は全て彼女に向けられている。
    「まさかここまでやるなんて……」
    「貴女は誰かを殺めて誰かを手に入れたそうですね。照子さん以外の人にもその話を?」
    「そうだとして何が悪いのよ!?」
    「ふざけんな! 人を殺して掴む願いなんて、絶対あっちゃいけねーんだよ!」
     明美の言葉に南守が激昂する。鷹秋もまた肩をすくめて続ける。
    「そう言うのは愛じゃねぇよ、痛ぇだろ?」
    「心は尊いものですよ。悪魔に売り渡す前にやる事が沢山あったはず」
    「そや、好かれたい思ったら、高みに向かって頑張るんや!」
    「小娘のくせに! 黙りなさい!」
     二回りほども年下のひさぎに指摘され、明美は強くナイフを握り締める。振るう術も刃も怒りによってか荒々しくなっている。もっともそれは蓄積された傷により鈍くなっていたが。
    「こんな事言いたくねーけど、今のあんたは誰よりも醜いさ!」
    「偉そうに! これだから子供は!」
    「そうだな、これ以上話を聞かなくて済むように幕引きといこーじゃないの」
    「黄泉路はお一人でどうぞ」
     灼滅者達は最後の攻勢を明美に仕掛ける。明美もまた最期の力を振り絞りその攻撃に抗おうとする。
    「燃えて灰になってしまえ!」
    「そんなもの!」
     銀助の太刀筋はすでに見切られていた、同じ動きを見抜き明美は勝ち誇った笑みを浮かべる。だがその笑みはすぐに苦悶の表情へと変わる。
    「主にでも伝えなさい、メイガス。――地獄に送ってあげるわ、ってね」
     眠子が明美の胸に突き立てた杖に魔力を送り込み、そして相手の体の内で破裂させる。果たして最後の言葉は倒れ行く明美に届いただろうか。


    (「片思いだったとしても、人を落としてまで得るものではない。 俺だって好きな奴の為なら何だってするが……」)
     銀助は刃を収めると同時にカードに封印する。「他のやつを殺すなんて、馬鹿な事だ」と口の中で小さく倒れた相手に呟いた。
     残されたのは灼滅者と放心状態の照子のみ。一般人である彼女はいずれバベルの鎖の効果でこの事を忘れてしまうだろう。けれどそんな彼女にヴェルカとひさぎが話しかける。
    「もう、惑わされないで。貴女自身の言葉で、想いを伝えてください。その恋が――幸せなものであるように」
    「大丈夫、女の子はみんなアイドルになれるんや」
     二人がそう伝えると後片付けをしていた一馬が二人を呼ぶ。片付けの手伝いをしていた鷹秋が二人を見てふと呟く。
    「ま、あれだ、言葉っつーのは大事だよな」
     一行は静かになった廊下を後にする、今度こそ彼女自身の選択が無事にいく事を願いつつ。

    作者:西灰三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月11日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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