暇を持て余した狂拳の雪遊び

    作者:泰月


     雪山を一人歩く男がいた。雪で白く染まった山肌を、2m近い巨体でザクザク掻き分け歩く。しかも着ている物はボロボロになった道着のみ。正気の沙汰ではない。寒さを感じる様子がないことも、体中にある無数の傷跡も。
    「ま、この辺か」
     そう言って男が立ち止まったのは雪のど真ん中。何をするかと思えば斜面の上へと両手をかざし、一呼吸。
    「あらよっと」
     そんな軽い掛け声と共に、男の両手から何かが撃ち出された。それは遥か上の雪に突き刺さり――雪面に大きなヒビが入る。ヒビはどんどん広がって、やがて轟音を立てて大量の雪が斜面を滑り落ちていく。
     男が起こしたのは、雪崩だ。巻き込まれれば命に関わる自然の驚異。それを、自分に向かって起こした男は、逃げるどころかニヤリと笑みを浮かべるとその場で拳を構える。
    「ハッハァ!」
     そして、迫り来る雪崩を殴り始めた。男の拳の衝撃で、彼の目前で雪崩が割れていく。拳は一撃では止まらず、雪崩が収まるまでひたすら連打し続けた。
    「あー……もう終わりか。思ったよりつまんねぇな」
     自分で雪崩を起こし、己の2つの拳で切り抜けると言う人外の所業をしてみせた男だが、その顔に浮かぶ感情は、不満。これでも、物足りないらしい。
    「もっとデカイ山に行くか……また寝てる熊でも起こすか。どっかに簡単に壊れねえ奴が転がってりゃ良いんだが」
     そんな物騒なことを言いながら、男は山の中へ消えて行った。


    「今日もサイキックアブソーバーが俺を呼ぶ声が聞こえる……」
     教室に集まった灼滅者を迎えたのは、まぁいつも通りの神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)だった。
    「揃ったな。お前達、ちょいと雪山で喧嘩してきてくれ。相手はアンブレイカブルだ」
     アンブレイカブル。戦いに狂いし武人。その価値観には善もなく悪もなく、求めるのは強さのみ。
    「一人のアンブレイカブルが、自分で雪崩を起こして拳の連打で雪崩を割っている様子を予知した」
     ヤマトの見た予知では、つまらないと言っていた事から、理由は恐らく暇つぶし。
    「予知した限りでは大きな被害は出ていないが、もしもスキー場で同じ事をされたら大惨事は確実だ。そうなる前に止めて来てくれ」
     ヤマトは言った。灼滅せよ、ではなく、止めろと。
    「このアンブレイカブルは、強い。俺の全能計算域を持ってしても、今はまだ灼滅するのは難しいと言わざるを得ない。だが戦って満足させられれば、こいつを止められる」
     アンブレイカブルの性質を利用する事で、一時的にせよ凶行を止められると言うわけだ。
    「敵の戦い方は徒手空拳と言うのか、素手の格闘スタイル。サイキックは、ストリートファイターとバトルオーラと同じものを使う」
     尤も威力は相当に強い、とヤマトは付け足した。
    「そして、俺が導き出したこのアンブレイカブルとの戦いに最も適した地点……それは、ここだ」
     ヤマトが地図で指差したのは、山の中腹の一点。
    「出現予測地点の中で、最も積雪が少ない。多少はあるだろうが、戦闘に支障はないだろう」
     登山道からは思いっきり外れた場所であるため、そこまで行くのに少々骨が折れるかもしれないが、その代わりに一般人が現れる心配もない。
    「それと、あまり小細工はせず正面からぶつかった方が奴は満足しやすいぞ」
     正面から向かってくる敵を、好む性質があるらしい。雪崩を自ら起こすなんて真似をする理由は、そこにもあるのかもしれない。
    「ここで止めなければどれだけの人が巻き込まれる事件が起こるか判らない。恐らく厳しい戦いになるが、お前達なら必ず止められるはずだ。頼んだぞ」
     ぐっ、と拳を突き出して。ヤマトは灼滅者達を見送った。


    参加者
    巫・縁(アムネシアマインド・d00371)
    月代・沙雪(月華之雫・d00742)
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    村上・忍(龍眼の忍び・d01475)
    沖津・星子(笑えぬ闘士・d02136)
    海藤・俊輔(べひもす・d07111)
    香坂・澪(ファイティングレディ・d10785)
    瀬里・なずな(拳闘不良っ娘・d11117)

    ■リプレイ


    「雪山って初めて来たけど、ホント雪一杯で楽しいーところだなー」
     海藤・俊輔(べひもす・d07111)の楽しそうな声が山に木霊する。ヤマトの指定した地点は、確かに積雪は薄く少ない。それでも、こんなに白が多い光景を俊輔が目にしたは初めてだった。
    「こんなに雪一杯あったら皆で雪合戦とかできて楽しそうなのにねー」
     故に遊びたい欲求が湧いてくるが、今は我慢我慢。何故なら、敵はすぐそこまで来ている。
    「せっこちゃん、もういいよ」
    「そうみたいですね」
     ESPで全員の靴底を綺麗にしていた沖津・星子(笑えぬ闘士・d02136)の行為を、巫・縁(アムネシアマインド・d00371)が制する。星子もその言葉に素直に従い、立った。
     2人が、いや全員が感じ取ったのは明らかな殺気。全身から滲む殺気を隠そうともせずに纏い、近づいて来たのは禿頭の巨漢。
    「なんだ、お前ら。迷子ってわけじゃあねえよなぁ、俺の前に立ってられんだからよ」
     巨漢は灼滅者達を見つけると、足を止め一人一人に値踏みするかのような視線を送る。
    「そこのハゲたおっさん、喧嘩したいんだろ? だったら俺と殴り合おうぜ!」
     無遠慮な巨漢の視線を流し、瀬里・なずな(拳闘不良っ娘・d11117)が発した直球の言葉に驚いたように目を丸くして。
    「初めまして、ですね。私は月代と申します。未だ修行中の身ではありますが、手合わせをお願いしてもよろしいでしょうか?」
    「手合わせだ?」
     打って変わって礼節を尽くした月代・沙雪(月華之雫・d00742)の名乗りと、手合わせを願い出る言葉にはニヤリと笑う。
    「貴方の退屈は即ち世の危険なれば、満たしに参りました。私は……いえ、名乗るに値する腕と思えばその後でお聞きを」
     そこに、するりと一歩前に出て村上・忍(龍眼の忍び・d01475)が一礼。恐れも驕りもない事を、言葉と態度で示すための行為。
    「小難しい言い方する嬢ちゃんだな。俺の退屈? つまりどういうことだ?」
     脳まで筋肉になってそうな巨漢には、旧家生まれの忍の言葉使いは難しかったらしい。
    「雪崩を起こすのはやめろ、と言うことです。雪よりも人よりも、私達の相手をする方が余程気分いいでしょう」
    「暇つぶしの相手が欲しいなら、オレらがやってやるよ」
     忍に習い一歩前に出てから一礼してから言葉を続けた星子が、更に縁も踏み出し言葉を重ねる。
    「お前らが雪崩の代わりをしようってか。武器も持たねえで俺とやりあえる気か? あ?」
     ここまでの言葉のやり取りでようやく灼滅者達の意を悟り、巨漢から放たれる殺気の質が変わった。
    「武器ならあるっすよ」
     ならばとギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)が答え、彼もまた一歩前に出る。
    「灼滅者が一刀、『カラブラン』ギィ・ラフィット。参るっす。――殲具解放!」
    「ほぉ?」
     封印を解除したギィのその手に握られた彼の背丈程もある刃。それを見て、巨漢の目つきが変わる。
    「恵」
    「アスカロン、アクティヴ!」
     忍が静かに亡き妹の名を呼び、縁が叫んで外した眼鏡を投げ捨てる。2人に続いて、灼滅者達は続々と封印を解除していく。
    「ハッ! イイもん持ってんじゃねえか。隠してねぇで最初っから出しとけよ、なぁっ!」
     ここに来て、巨漢の顔にはっきりと喜色が浮かんだ。喜びと共に、巨体から放出される殺気が倍増し、濃密なものに変わっていく。
    「俺の暇つぶしに付き合おうってんなら……簡単に壊れてくれるなよ」
    「全く……何かを壊さないと落ち着けないのってどうなのかしら」
     灼滅者が殲術道具を構えるのを見た途端、態度と表情をガラリと変えた巨漢に、香坂・澪(ファイティングレディ・d10785)がぼやきつつ、構える。
    「いざじんじょーに勝負ー」
     俊輔の言葉を合図に、アンブレイカブルと灼滅者達の戦いが始まった。


    「最初から本気で行くぜ!」
     なずなが、被っていた帽子の向きを直しながらトランプのマークを具現化させる。魂を闇に傾ける代償に力を得る。それこそが、本気の現れの一端。
     だが次の瞬間には、巨体という見た目を裏切る速さで踏み込んだ巨漢が、なずなの眼前に立っていた。
     強い相手であることは誰もが頭にあったが、敵が先手を取る可能性を考慮していたものはいなかった。故に、この一撃に対するカバーは誰一人間に合わない。
    「殴り合おうって最初に言ったのは、お前だったな」
     声が聞こえた次の瞬間、振るわれた鋼の如き拳がなずなの頬を捉える。雪崩を殴りつけるなんてデタラメな奴だと思っていたなずなが、真っ先にその拳の威力を身を以て味わう事になった。
    「常識外れな相手の方が、喧嘩のし甲斐があるってモンだ」
    「ハッ! 喧嘩を判ってんじゃねえか!」
     何度も直撃を受けたら持たない事は、今の一撃で充分にわかった。それでも笑って見せるなずなに、巨漢も笑みを返す。
    「考える前に殴る。いかにもアンブレイカブルらしいっすねぇ」
    「殴るのに考えることなんざ、誰を殴るかくらいだろ」
     言葉を交わす傍ら、ギィが放った魔力を宿した黒い霧が同列に立つ仲間達を包み込む。やや減衰した事もあり回復量はナズナのダメージの半分にも届かなかったが、何人かに力を与える目的は果たせた。
    「自分、そういうの嫌いじゃないっすよ。こすっからい吸血鬼どもに比べればっすけど」
    「俺は気に食わない。戦う事の理由をはき違えるなんてな」
     霧が収まると同時に、動いたのは縁。彼にとって強くなる事は目的に至る為の手段でしかない。強さそれだけを求めるなど筋違い。「そうか、気に食わねえか!」
     そんな否定を込めたシールドでの一撃は、巨漢の顔を横殴りに打つ。
    「……参ります!」
     縁が跳んで下がった所を、沙雪が符で描いた五芒星から放たれる攻勢防壁が巨漢の足を撃つ。今日も得意とする癒し手を担うが、沙雪とて闘士のルーツを持つ者。強敵との手合わせには、今持てる全力を。
    「面白え技使うなぁお前」
     顔に一撃受けても、足にも影響を受けても、戦に狂いし巨漢は笑う。
    「でけーなー。身長だけならオレの二倍近くあるー」
     そんな巨漢の懐に素早く潜り込んだ俊輔が、真下からオーラを纏った拳の連打を放つ。全ては胴を捉えたが、手に残るのは重たい感触。
    「素早しっこいじゃねえか、ちっこいの」
    「俺は俊輔ってんだー。おっさんの名前はー?」
    「私も、名前を伺いたいです」
    「要らねぇから忘れた!」
     俊輔と沙雪が巨漢の名を問うも、返ってきたのは割と残念な答え。
    「貴方の戒名書くのに必要でしょう?」
     無表情なまま答えた星子が放つアジサイ・ビームが巨漢の腹部を捉える。
    「そういう事は俺を満足させてから抜かせ!」
    「では『アンブレイカブル』よ」
    「今度はそっちか!」
     呼ばれて首を向けた巨漢の視線の先には、しなりのない長柄の棍を腕の延長の如く構えた忍の姿。
    「私の求道が貴方達程純粋ならば驕りて堕ちる事などなかった……目指す道の先こそ違え、敬意と共にお相手致します」
     巨漢に対して彼女が抱くのは憎悪とある種の憧憬。それらを押し殺し高めた透明な殺意が冷気の牙となり、巨体を貫き一部を凍らせる。
    「また小難しい事言うな。いいから戦おうぜ!」
    「じゃ、私も実力を確かめさせて貰おうかしら」
     澪が振り上げた手に従い、彼女の影が伸びて巨漢の腕を浅く薙いだ。
     1対8の人数差とは、つまるところこういう事だ。巨漢の一撃がどれだけ強くとも、8人で攻撃すれば絶対に手数は勝る。全てを防ぎきる事は、如何なアンブレイカブルとて不可能だ。
     だが、それでもこの巨漢が見せるのは笑み。
    「ハッハァ! こんな楽しい喧嘩は久しぶりだ! 俺の拳を食らっても倒れねえ。俺に傷をつけて来やがる!」
     敵が強いほど。敵が簡単に壊れないほど。戦狂いの巨漢は笑う。心底楽しそうに。


     戦いが進むにつれて、灼滅者達から余裕がなくなって来ていた。
    「流石に一撃が重いですね……」
     沙雪が回復に専念する事で未だ戦闘不能者は出ていないが、沙雪の回復量を持ってしても回復に専念せざるを得ない状況になっている、とも言える。彼女がどれだけ専念しても、癒しきれない負傷は容赦なく確実に一人一人に積み重なっていく。
     特に、巨漢の意識を引きつけ、或いは味方の前に何度も立った縁と星子のダメージは大きい。
    「少しばかりの怪我も気にしちゃいられねぇんだよ、これがな」
    「壊れにくい者なら、ここにいますよ」
     既に2人共、一度限界を迎えた体を意思の力で動かしている状態だ。癒し手と庇い手。戦線を支え続ける3人のためにも、残る5人は攻め続ける。
    「焼き切ってあげるっすよ」
     ギィが言葉通りに漆黒の炎を纏った無敵斬艦刀を巨漢へと振り下ろす。しかし真っ向から迎え撃った巨漢の拳が剣を跳ね上げ、結果は言葉通りにはいかなかった。
    「あはは、いいっすねぇ、この弾き返される感触!」
     確りと握り締め、無敵斬艦刀を吹っ飛ばされる事は凌いだが手に残るしびれ。乾いた笑いの一つも出ようというもの。
    「おい、笑ってる暇はねえぞ!」
    「身体は小っさいけど、舐めてもらっちゃ困るぜー」
     刃を弾いたのとは反対の拳。放たれた鋼の如き硬い拳に、同じように硬い俊輔の拳がぶつかり互いに弾かれる。弾かれた勢いで倒れるも、すぐ跳ね起きた俊輔の手にも残った強いしびれ。
    「はぁっ」
     巨漢の攻撃が不発に終わったその時、前衛の陰から飛び出した忍が、手にした長柄を巨漢の肩へ突き込む。死角からの虚を付いて放たれた螺旋の捻りを加えた刺突。基本動作を磨き上げ、無駄を削いだ一撃は見事に決まったかに見えたが、巨漢はぎりぎりで肩を引いて直撃を避けた。
    「これならどうですか!」
     攻撃を避けたその隙をついて、澪が間合いを詰める。左腕を巨漢の首に巻きつけると右腕を脇下に入れ、全身の力を込めて巨漢の体勢を崩し、綺麗に禿げ上がった頭を地面に叩き付ける。体格の差を考慮した、得意とする投げの変形。
    「俺を投げるかよ!」
    「こうなりゃとことんまで付き合ってやる!」
     頭から血を流しながらも澪を跳ね除け、巨漢自身も跳ね起きたところで、なずなの拳が巨漢の頬を横殴りに打った。
     防がれる事もあるが、灼滅者の刃が当たれば敵の血が流れ、打撃が当たれば巨体にアザも出来る。炎や氷、その他の目には見えにくい効果も飛び交う。
     どれも効いていないわけではないのに、巨漢から喜色は消えない。呵呵と笑う、戦いが楽しくて仕方がない表情は変わらない。

     もう何度あの拳を受けたか。限界が近いのは判っていた。それでも星子の表情は変わらない。殺気まみれのまま無表情に他の誰かを狙った巨漢の前に立つ。
    「アジサイ……ニーキィック!」
     幾度も攻撃を受けた星子だからこそ狙えた瞬間。拳を構えた巨漢が動く前に飛び込み、顎をすくい上げるように膝が決まる。カウンター気味に入った一撃にザリっと地を擦る音がして、巨漢が一歩後ろに下がる。
    「お前の殺気、中々心地いいぞ!」
     ガシリ。星子の顔が大きな掌と指で掴まれ、そのまま頭から地面に叩きつけられる。
     既に一度限界を超えている星子の意識は、その一撃で途絶えていた。
    「せっこちゃん!」
     呼びかけ庇える位置に立つ縁も何度も拳を受けていた。星子より体力があるものの、彼も限界は近い。それでも、全ての攻撃を自分に向けるか、庇う。その覚悟で巨漢の前に立つ。まだ倒れられない。不敗の暗示を己に掛け、仲間の為に。
    「ああもう、いつまで付き合えば満足するんすか!?」
     ギィがうんざりと言った様子でぼやき、それでも巨大な剣に緋色のオーラを宿して斬りつける。
    「私は貴方より弱い。だからこそ私は、唯己とだけ戦えばいい……!」
     忍は炎を這わせた棍を振るい、打つ。考えるべきは、負けるまでに何が出来るかのみ。
    「勝てなくとも、せめて一矢は報いたいですね」
     沙雪の符が五芒星を描き、生まれた壁が巨漢の足を撃つ。仲間が倒れたという事は、癒しきれぬと言う事。ならばせめて一矢。
    「放ってはおけないのよね」
    「しゃらくせぇ」
     澪が影の触手を伸ばし絡めとろうとするも、これは力で強引に破られる。
    「格上は承知。喰らいついてくぜー」
     体格差を活かし、俊輔が巨漢の腕をいなして投げ、地に叩き付ける。
    「そろそろ決着をつけようぜ!」
     なずなが帽子を投げ捨てた。纏う闘気の煌きは、戦闘開始時よりも遥かに強い。起き上がった巨漢に組み付くと渾身の力を込めて投げ落とす。
    「何度も俺を投げやがって、楽しい連中だ!」
     連続で投げられて尚、笑みを浮かべて巨漢は立ち上がる。
    「お前、戦う事の理由がどうとか言ってたな?」
     突然、最前に立つ縁に言葉をかけた。
    「あぁ。オレが戦う理由は、探す事だ。自分の過去や戦う目的をだな!」
    「目的ねえ……よし、やめだ!」
     そして戦いの終りは唐突に、そして一方的に告げられた。


     巨漢が拳を降ろし構えを解いたその途端。ずっと放たれ続けていた殺気が消えたかと思うほど希薄になった。
    「唐突ね。どういうつもりかしら?」
     既に戦意がないのは明らかだったが、澪でなくても疑うだろう。だが、そんな疑いの視線も巨漢はどこ吹く風。
    「楽しめたからだよ。お前ら今殺すのは勿体ねえ」
     実にアンブレイカブルらしい、物騒な理由。
    「それに、お前は目的とやらを見つけたらまだ強くなりそうだ」
     アスカロンを支えに立つ縁に顔を向け、告げる。
    「そっちの眼鏡の嬢ちゃんも、先が楽しみだぜ。さっさと癒してやれよ」
     巨漢の言葉に沙雪が星子に駆け寄り、心霊手術を施し始める。次に巨漢が見たのは忍。
    「名前は? 後で、とか言ってたよな」
    「……村上忍、と」
    「覚えとく。で、なんでそうなってんのか俺にはさっぱりだが……俺を突き殺すんなら、技が鈍るの何とかするんだな」
     ぴくりと、忍の肩が動いた。彼女の中に未だ残る、妹を貫いた刃の感触。未だ刺し切りが出来ない程の心の傷。故に、肉を抉りかけた刹那の彼女の手の鈍りを、敵は見抜いていた。
    「じゃぁ、行くぜ。ちゃんとしばらくは大人しくしててやるよ」
    「旦那、次はもっと強く叩き付けてやるから期待してるっすよ!」
     話は終わりとばかりに背を向けた巨漢に、ギィが再戦の覚悟を告げる。
    「オレはまだまだこれから強くなってくんだかんなー!」
    「次は一人で倒してみせるわ」
    「今度戦う時は絶対にぶっ飛ばしてやる」
     次々に掛けられた再戦を望み、或いは期待させる言葉に、これまた楽しそうな笑みを浮かべる巨漢。
    「あ、おっさん。名前、なんて呼べばいい。俺は瀬里なずなってんだ」
    「あぁ、名前か……名前なぁ。俺が雪崩を起こしたからお前らが来たんだろ? じゃ、それだ」
     一度だけ振り向くと、戦闘中に見せたのと同じ笑みを浮かべ。
    「俺は雪崩! お前らのこと覚えとくからよ……強くなれよ!」
     アンブレイカブル、雪崩。
     即興で決めた名を大声で名乗り、現れた時と変わらぬ足取りで山奥へと消えて行った。

    作者:泰月 重傷:沖津・星子(笑えぬ闘士・d02136) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 17/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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