ビルの屋上に、明美は一人立っていた。
大好きなあの人は、私が死んだら少しは悲しんでくれるだろうか?
あの人がここにいたら、とめてくれるだろうか? 私がこれからしようとしていることを。私が死のうとしているのを、とめてくれるだろうか?
手すりに手をかける。
さあ。飛び下りよう。後十秒したら。……後五秒したら……三、二……。
「おやめなさいな」
背後から声。あの人の声かと思った。が、違う。若い男の声ではなく、しわがれた女性の声。振り返ると、杖をついた老婆が立っていた。老婆の後ろには、黒いスーツの男が三人いる。
「……あなたたちは?」
「わしらは、お嬢ちゃんをたすけにきたんじゃよ」
問いかける明美。老婆は優しい声でいう。
「酷い男よの。お嬢ちゃんだけでなく、三人の女性に愛を語るとは……」
「え……」
老婆の言う通りだった。明美が愛した男は、自分を手ひどく裏切ったのだ。
「酷い男だ、酷い男。ああ、お嬢ちゃんがかわいそう」
目元を押さえる老婆。そして老婆は言う。
「なぁ、かわいそうなお嬢ちゃん、死ぬぐらいなら、いっそ……復讐してみんかねぇ?」
老婆は口元をにぃと釣りあげながら、一本のナイフを明美に差し出した。
復讐。
その言葉は、明美にとってとても魅力的に思えた。
「……なんてことを」
五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は唇を噛み、怒りを抑えているようだった。灼滅者達に気づくと、説明を開始する。
「ダークネスの一つ、ソロモンの悪魔。彼らの手下となった者が動くのを察知しました。
私達エクスブレインの予測に従えば、バベルの鎖による予知をかいくぐり、敵に迫ることが出来るでしょう。
今回の相手も強力で……なにより邪悪。厳しい戦いになるかも知れません。ですが、どうかお願いします」
明美という女性がいる。年の頃は二十歳ほど。不実な恋人に裏切られ、今にも自殺しようとするところを、ソロモンの悪魔の手下である老婆に声を掛けられた。
明美は力とナイフを与えられ、老婆や老婆の手下とともに、自分を裏切った元恋人に復讐しようとしているのだ。
「元恋人が住んでいるのは、アパートのそれほど広くない一室。
元恋人は部屋を留守にしていますが、そこに、明美と老婆は入ろうとしています。
私の予測では、戦闘に相応しい場所はこのアパートの部屋の中。
先に入室して待ち伏せしてもかまいません。また、明美と老婆が部屋にいるところを襲撃しても良いでしょう。
部屋に入るタイミングは、皆さんで相談して下さい」
幸い、侵入までに一般人に見つかる事はないし、部屋の住人が戻ってくることもない。
戦闘では、相手をしなくてはならないのは、五人。
老婆が一人。
ナイフを持った明美が一人。
老婆の手下で、黒服を着た男が三人。
老婆は魔法使いのサイキック三つを使ってくるが、特に『頭を冷やしてごらん』などと笑いながら使うフリージングデス、その威力は高い。
黒服の男たちと明美たちは全員、ナイフが武器だ。解体ナイフのジグザグスラッシュとヴェノムゲイルに相当する力を使う。
老婆はダークネスには及ばないが、灼滅者一人よりは強い。黒服や明美も強化されており、灼滅者一人に匹敵する強さを持っている。彼ら相手に油断はできない。
「ですが、皆さんは敵の能力や、戦闘するタイミングをあらかじめ知ったうえで、戦うことが出来ます。
その利点を生かせば、勝機は大きくなるでしょう」
姫子は皆を見送りながら激励する。
「皆さんの勝利を信じています。敵は卑劣。必ず滅ぼしてあげてください!」
参加者 | |
---|---|
時渡・みやび(シュレディンガーの匣入り娘・d00567) |
水綴・梢(銀髪銀糸の殺人鬼・d01607) |
マリア・スズキ(トリニティホワイト・d03944) |
時諏佐・華凜(星追いの若草・d04617) |
深見・セナ(飛翔する殺意・d06463) |
戒道・蔵乃祐(ソロモンの影・d06549) |
咬山・千尋(中学生ダンピール・d07814) |
斉藤・歩(炎の輝光子・d08996) |
●部屋に、女はナイフを持って
部屋の隅に折りたたまれた布団。壁には、質の悪くないスーツがかけられていた。テレビから、芸人の声が流れている。
がちゃ。ドアノブが回り、扉が開いた。
部屋の外にいたのは、四人。皺だらけの顔で杖をついた老婆。ワンピースを着た20代前後の女。残りの二人は、黒服の男。
室内でテレビを見ていた青年が、振り向き女に向かって笑いかける。
「明美ぃ! 君を待ってたんだ! もう絶対に浮気しない! だからもう一度やり直そう、頼む!」
女――明美は目を開き、固まった。数秒後、
「誰?」
と押し殺した問う。青年は明美の想い人ではなく、待ち伏せしていた灼滅者の一人、戒道・蔵乃祐(ソロモンの影・d06549)だ。
「怒った? でも、こういうのも期待してたんじゃないの? だから代わりに言ってやったさ。さあ、外は寒かったで……」
蔵乃祐が言い終わらないうちに、明美は部屋に押し入る。明美の顔には明確な怒り。手に持つナイフが蛍光灯の光を反射した。
蔵乃祐の傍に、時諏佐・華凜(星追いの若草・d04617)と斉藤・歩(炎の輝光子・d08996)も立っていた。
華凜は明美へ言葉を投げかける。
「明美さん。辛く遣る瀬無い気持ち……向ける先、くすぶるかもしれません」
ゆっくりした口ぶりに、意志をにじませ。
「それでも……生きのびた命は、人を傷つける為のものじゃ、ありません。復讐したって、幸せには、なれないです」
華凜の熱意にか、明美の手が震えた。けれど、明美はナイフをおろさなかった。灼滅者へせまりつづける。
明美の隣に黒服らが並ぶ。老婆は明美の後ろから囁いた。
「この人達は、ひょっとしたら、あの男の仲間かも知らんの……明美ちゃん、殺した方が、ええんじゃないかの」
斉藤・歩(炎の輝光子・d08996)は腕を組み、挑発する。
「ソロモンの手下、お前は俺達には勝てない」
歩は腕を解き、思わせぶりに天井を指差す。
「俺達だけだと思ったか? 天井を見ろ」
釣られて上を見る老婆たち。
途端、ドアが再び開く。
流れ込む冷気と共に、マンションの外で待機していた四人が、一斉に部屋の中へ。
四人は咬山・千尋(中学生ダンピール・d07814)とマリア・スズキ(トリニティホワイト・d03944)、水綴・梢(銀髪銀糸の殺人鬼・d01607)、そして深見・セナ(飛翔する殺意・d06463)。
歩はポケットの中の携帯電話を、仲間の電話と繋げた状態にしていた。故に四人は室内の状況を察知でき、すばやく侵入できたのだ。
千尋とマリアは、老婆を見やる。
「何を企んでるのか知らないけど、ニヤケ顔が腹立つわ!」
千尋は木製の縛霊手をつけた手を強く握り、構える。
マリアは、赤い瞳に宿す憎しみを隠そうともしない。
「尻尾の切れ端でも……やっと、見つけた、手がかり。絶対、逃がさない」
声に応じるように、霊犬が前に出る。
梢とセナは、待機中は蛇と猫の姿で隠れていたが、今は人の姿に戻っている。
「いくわよ!」
「Get Ready!」
梢とセナは、封印を解除。紡槍と妖の槍の先を老婆たちへ向けた。
カーテンの陰に隠れていた時渡・みやび(シュレディンガーの匣入り娘・d00567)も、今は老婆たちに姿を見せていた。
「明美様に、罪は犯させません。……止めさせていただきます」
凛とした声で宣言。
●冷気とナイフ
「止めれるなら、止めてごらん? ほほほ」
老婆の嘲笑と同時、明美や黒服がナイフを振る。四本の刃から黒い気体が溢れた。それは毒。
梢とセナは毒を吸いこんでしまう。
華凜は仲間がせき込むのを聞き、眉を寄せた。だが、まだ仲間には余裕がある。
華凜は見えない冷気を発生させる。黒服と明美の身体を冷気でつつんだ。
華凜は明美に呼びかける。
「明美さん、あなたの手と未来を、血に染めないで……利用されず、自分の幸せのために、生きてください……!」
黒服たちは冷気で凍え、体を震わせていた。梢とセナは痛みをこらえ、反撃に移る。
「やってくれるわね? でも、やられっぱなしじゃない」
「反撃します」
梢は体を回転させた。銀髪を揺らしながら、鋼糸を高速で操る。黒服の首を糸で締め上げ、冷気で苦しむ敵の傷を深くする。
セナは足を一歩踏み出し、槍の一突きを放つ。素早く巧みな槍捌きは、黒服が避ける事を許さない。穂先で腹を貫いた。
黒服は悲鳴をあげる。
老婆は手下が傷を負うのを見ながら、笑みを絶やさない。
「血気盛んだね、お若いの。だが少々盛んすぎる。あ……」
老婆の台詞に、歩が割り込んだ。
「次にお前は、『頭を冷やしてごらん』という」
「頭を冷やしてご……はっ!?!」
老婆は歩に言葉を予測され、驚き、そして怒る。
「おのれぇ」
目を吊り上げ、フリージングデスの冷気を呼び出した。
歩も体温を奪われ消耗するが、動きは止めない。黒服の懐に飛び込んだ。拳を突き上げ、顎を打ちぬく!
「こしゃくな」
歯噛みする老婆へ、蔵乃祐が拳を向ける。
「とりあえず、一発殴らせろ。んでさ、さしつかえなかったら、そのまま死んでくれない?」
蔵乃祐の指にはまった指輪が輝く。弾丸が出現し、老婆に向かって飛んだ。
「これは……?! こざかしいねえ、お若いの……っ」
蔵乃祐の力が老婆の動きを鈍らせる。蔵乃祐は老婆へ不敵に笑う。
蔵乃祐が老婆を牽制しているうちに、残り七人とサーヴァントは黒服の一体を集中攻撃。
攻撃順を前もって打ち合わせていたため、灼滅者は敵を効率よく傷つけていく。
数分後、金属と金属がぶつかり合う音が響く。
千尋が巨大な刀で、明美の幾度目かの斬撃を弾いたのだ。
「その力、あんたには使いこなせないよ。……後戻りできんなるよ」
黒服の一体が千尋に迫るが――。
ライドキャリバーの機銃が、黒服の足を打ち抜いた。黒服が床に膝をつける。
千尋は明美から離れ、膝をついた黒服へ接近。
「葬式帰りみたいな恰好。服を替えに帰ったら? もちろん、逃がさないけどね」
大剣に緋色の気を宿し、黒服の脳天に叩きつける。黒服は倒れ、起き上がらなくなる。
そのすぐ傍で。
黒服二体が毒をまく。標的となったマリアは毒に冒された。
マリアは表情を変えない。が、毒と今までのダメージの蓄積とに、足が震えた。
「すぐに治療しますの。少しの間だけ、ご辛抱を」
その声はみやびのもの。みやびは指先に神経を集中し、天星弓から癒しの矢を打ち出した。矢は仲間に癒しの力を流し込む。
みやびは傷を癒しながらも、戦況を見ていた。黒服の一体がマリアに追い打ちをかけようと、ナイフを振り上げている。
「右ですわ!」
「了解」
マリアは右を向く。敵がナイフを使うより早く、『St.Pile Bunker』の先を敵の胸に押し付ける。そしてゼロ距離からフォースブレイク。
霊犬が主に加勢すべく、斬魔刀を同じ黒服に刺した。
攻撃におされ後退する黒服を、マリアは睨む。絶対に殺すと信念をこめ。
●魔女に終わりを
一体を倒したが、灼滅者が即座に優位に立てた訳ではない。
特に前列の灼滅者は毒や氷に蝕まれ、体勢を崩しつつあった。傷ついた者たちを見ながら、老婆は笑う。
「ほほ……可哀そうじゃが、大事な復讐を邪魔するのなら、仕方ないの……のう、明美ちゃん?」
華凜は明美より先に、老婆に答えた。
「弱った心につけいる甘言……ナイフを握らせる為の、偽り……あなたが、これ以上、人の心を歪ませるのを、私は、許しません……!」
華凜は回復に回る。ギターの弦をはじく。奏でる穏やかな楽曲で、仲間を毒や氷から解放した。
セナは体勢を立て直す。
「時諏佐さん、ありがとうございます。――はっ!」
矢尻を天井に向け、弦をはじく。天井へ無数の矢を放った。
黒服はセナを見て、小馬鹿にするような顔をする。
「どこを狙って……うわあああ?!」
矢は天井寸前で向きを変えた。落下する。矢の雨が黒服達へ降り注ぐ。
幾本もの矢が、黒服に突き刺さり、一体の命を絶った
灼滅者は残りの黒服を数分かけて、退治。残るは、老婆と明美のみ。
マリアの声は限りなく冷たい。
「終わり。死ね」
その声が合図のように、霊犬が老婆に跳びかかる。
マリアは、霊犬の攻撃に老婆が怯んだタイミングを狙い、雷を放った。雷は老婆に直撃。
老婆は大の字に倒れた。だが――杖にすがるようにして、立ちあがる。顔には虚勢の笑み。
「若者はすぐに死ねだのと……頭を冷やすがいい」
再び冷気が梢を襲う。梢は凍てつく寒さの中でも怯まない。
「冷やすのはそっちの方よ!」
力を凝縮させ、つららを生成。老婆の体に突き刺した。梢は小さな声で問う。
「頭は冷えた、お婆さん?」
みやびはピンクの瞳に悲しげな色を宿し、かろうじて立つ老婆へ告げた。
「お婆様も、悪魔に唆されたのでしょうが、戻れないなら……灼滅するだけです……」
みやびは歌いだす。敵を惑わせ傷つけるディーヴァズメロディ。
「が……ぁ……っ」
耳を塞ぎ、悶える老婆。
「さすがにもう笑えなくなったみたいね。でも、容赦はしないぜ!」
千尋はライドキャリバーに突撃を命じ、自身は囚われの魂で、老婆の顔面を殴りつける。
気体と拳に打たれ、老婆は吹き飛ぶ。壁に叩きつけられ――そして、灼滅された。
老婆が殺された事で、明美はパニックを起こしたようだ。
「あああっ、くるな、こないでっ」
ナイフをでたらめに振り回す。
彼女に蔵乃祐と歩が声をかけた。
「もうやめたら? 裏切られたのって、殺したいほど憎いことなの?」
「悪夢は、もう終わりだ」
肩を竦める蔵乃祐。歩は彼女を励ますように。
そして、二人は明美の左右に回り込む。首筋に手刀を、腹に拳を叩きこみ、明美の意識を刈った。
●部屋を出る
「終わったわね……?」
「……そうみたい」
梢と千尋は室内を見回した。隠れている敵もいない。二人は体から力を抜いた。
灼滅者たちはその後、室内の探索と掃除を行う。
両方をおえ、マリアは黄色いバラの花びらを室内にまいた。黄のバラの花言葉は『不誠実な人』。
そして、ナイフを見つめる。
「手がかり、らしいのは、これだけ……」
ナイフを丁寧に調べるが、詳しい事は分からなかった。
みやびがマリアに言う。
「学園に持ち帰って、調べてもらいましょう」
みやびの提案にマリアや他の皆が頷いた。
やがて、灼滅者は意識を失ったままの明美を連れアパートを出る。歩の提案で、安全な場所まで運ぶつもりなのだ。
明美には目立った外傷はない。すやすやと寝息を立てている。力は消え一般人に戻っているようだ。
歩は明美を担ぎながら、腕の中の彼女へ声をかける。
「お前を好きになる男も、お前が好きになれる男もいるって、目を覚ましたらきっと気づけるぜ、明美」
セナも歩の隣から、明美の顔を覗き込んでいた。
(「恋愛と言うのは、さっぱり分かりませんが……」)
声にせず呟く。
(「それでも……明美さんの恋人へはあまりいい印象を持てません……」)
溜息をつき、首を左右に振るセナ。
蔵乃祐はセナの隣で、呆れた顔をしていた。
「本当の幸せを手にしてから、振り返れば、結局『ああ、こんなこともあったなぁ』って思い出話になるだけなのに……それを自殺とか復讐とか……馬鹿だねぇ?」
彼の声には不思議そうな響きがあった。
華凜は明美の手に触れる。自分の体温を彼女に伝えるように。
「(あなたは、きっと、日常に、戻れます。……どうか……あなたの未来が明るく、なりますように。……本当の幸せを、手に出来ますように)」
祈りを捧げた。
あとはしばらく誰も何も言わない。足音を響かせるだけ。八人は道を歩き続ける。
作者:雪神あゆた |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年1月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 15/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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