Rotes Schicksal

    作者:篁みゆ

    ●欲望と恐怖と
     どくんっ……!
     兄を追いかけて廃ビルに入り込んだ依吹は、階段を登っている最中に心臓が大きく脈打ったのを感じた。階段を登っているが故の動悸にしては大きすぎるそれは、何か依吹の身体を変えてしまったような、そんな予感さえ感じさせるものだった。
    「お兄ちゃん……」
     先程この階段を駆け登っていった兄を思い描く。いつも優しかった兄が、なぜか依吹を避けていた。兄に何があったのだろう、再びそう考えた時。
    「依吹? まだそんなところにいたの? 早く上がっておいでよ」
     階段の手すりにもたれかかり、こちらを見下ろしながら笑っている人物がいた。そう、依吹の兄の樹だ。だがなんだか様子が違う、それは血の繋がり故の直感だろうか、なんだかいつもの兄とは違う気がする。
    (「お兄ちゃん? さっきまでふさぎこんでいたのに、あんなに明るい表情で笑ってる……」)
     明るい? 依吹は自分で思い浮かべた言葉をかき消すように首を振って、もう一度兄を見上げる。
    「早くおいでよ。ご飯にしようよ、おいしい血がいっぱい手に入るからさ」
    「血……?」
     その言葉を反芻して思う。
     明るいのではない、あの笑みは『壊れた』笑みだ!
    (「……怖、い」)
     かつてこんなに兄に恐怖を感じたことがあっただろうか。依吹は一歩、階段を降りる。
    「どうしたんだい? ……逃げるの?」
    「ひっ……!」
     そういった兄の目は笑っていなかった。ぽたり、ひび割れた天井から紅い雫が兄の頬に垂れて、依吹は悲鳴を上げた。反射的に身体がその場から逃げ出すことを選んだ。転びそうになりながらも階段を駆け下りる。
    「依吹? 危ないよ、依吹」
     兄の言葉はもう、優しい音に聞こえない。
     依吹は、兄の頬に落ちた紅色のしずくを見た時に感じてしまった『欲しい』という衝動を身体の内に秘めたまま、兄から逃げ出した。

    「みなさん、冬休みなのに来てくださりありがとうございます」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は暖房の効いた部屋でもひざ掛けをして、灼滅者達を出迎えた。
    「一人の少女がヴァンパイアに闇堕ちしたようです」
     通常ならば闇堕ちしたダークネスからはすぐさま人間の意識は掻き消える。しかし今回のケースは元の人間としての意識を残したままで、ダークネスの力を持ちながらダークネスには成りきっていないのだ。
    「彼女が灼滅者の素質を持つのならば、闇落ちから救い出してください。けれども完全なダークネスになってしまうようであれば……その前に灼滅をお願いします」
     彼女が灼滅者の素質を持っていれば、KOすることで闇堕ちから救い出すことが出来る。
    「武笠・依吹(むかさ・いぶき)さん。小学校六年生です。彼女には樹(いつき)さんという高校1年生のお兄さんがいました。そのお兄さんがヴァンパイアとして闇堕ちしたことで、依吹さんも同時に闇堕ちしました」
     依吹はそれでも兄のもとから逃げ出し、夜の街の人通りの少ないところ通って家に帰ろうとしている。だが血を吸いたいという衝動は現れていて。
    「家に帰り着いてしまえば、依吹さんはほっとすると同時に衝動が抑えられなくなり、血を求めて両親を襲ってしまうでしょう」
     そうなればもう取り返しがつかないだろう、姫子は悲しげに告げる。
    「彼女の家は郊外の新興住宅地にあります。隣はどちらとも建売の住宅で、まだ空き家です。道路を挟んだ向かい側はまだ空き地ですので、そこで戦うのが良いでしょう」
     つまり依吹が家の近くまで帰ってきた時が最も良いタイミングだと姫子はいう。当然ながら彼女は家に帰ろうとするため、なんとか引きつける必要があるだろう。また、聞きなれない物音や喧騒を察知して家から彼女の両親が出てくれば、依吹は本能に従ってそちらへと向かう可能性がある。注意が必要だろう。
    「依吹さんはお兄さんが変わってしまったことに気がついています。その上自分がなぜか血を欲していることに戸惑っています。しかし自分が両親を殺してしまう可能性にまでは思い当たっていません。その辺を突いてあげれば説得の一助となるでしょう」
     依吹にとっては優しい兄だった樹だが、ヴァンパイアとなった彼はもう帰ってはこない。二人が別れた廃ビルからもとっくに姿を消しているだろう。
    「何とか依吹さんだけでも救って差し上げられれば良いのですが……」
     姫子は小さくため息を付いて「よろしくお願いします」と頭を下げた。


    参加者
    御園・雪春(夜色パラドクス・d00093)
    九条・龍也(梟雄・d01065)
    紫堂・紗(ドロップ・フィッシュ・d02607)
    クラウィス・カルブンクルス(朔月に狂える夜羽の眷属・d04879)
    セティアート・アシュレイン(破魔の死神・d06029)
    月雲・螢(薔薇の錬金術師・d06312)
    雨柳・水緒(ムーンレスリッパー・d06633)

    ■リプレイ

    ●堕ちる少女は
     冷たい夜風が待機している灼滅者達の頬を撫でていく。思わず肩を震わせるほどの冷たさだった。女性陣が依吹を連れてくるまでの間、男性陣はそれぞれ思いを抱いて空き地でその時を待つ。
    (「悲劇は繰り返してはならない。ましてや、彼女までもがダークネスになってしまうなど……!」)
     話に聞いた依吹の状況を思い、セティアート・アシュレイン(破魔の死神・d06029)は拳を強く握り締める。
    (「……戻れる可能性があるのなら救いたい……かつて、私が救われたように……」)
     かつて弟を巻き込んで闇堕ちを経験し、知人に助けられ、弟を引き戻し……そんな経緯のあるクラウィス・カルブンクルス(朔月に狂える夜羽の眷属・d04879)。救いたいと願うのは、自らに重ねるから。
    「兄貴が闇堕ちか」
     ぽつり、他者に聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いたのは九条・龍也(梟雄・d01065)。そして今、妹までもが闇堕ちしかかっていて。妹がいる身としては笑い事ではない。
    (「俺たちも闇堕ちとはいつも隣合わせだし。納得のいく形で終わらせたいもんだ」)
     そう、灼滅者達も闇堕ちとは隣り合わせ。それこそ他人事ではないのだ。
    「そろそろ来そうだぜ」
     遠くからこちらに近づいてくる足音が聞こえた気がする。御園・雪春(夜色パラドクス・d00093)の言葉に、待機中の男性陣はそっと息を潜めて耳を澄ませた。

     はぁ……はあ……。夜道に足音と息遣いが響く。それは安息の地を求めて必死で足を進める少女の紡ぐ音。だが、そのまま安息の地へと向かえば、待っているのは悲劇。
     依吹を怖がらせない様にと配慮して、最初の接触は女性陣のみで行うことになっていた。やはり夜道で急に男の人に声を掛けられれば怖いというもの。見知らぬ人に声を掛けられる恐怖は残るとしても、それが同性であれば少しは和らぐものだ。
    「こんばんは、おねーさん」
    「こんばんは。依吹さん。少しお話をしませんか? たとえば今あなたが抱いている不安についてとか」
     タイミングを測り、ひょっこりと依吹の前へ姿を表したフローレンツィア・アステローペ(紅月の魔・d07153)の言葉に重ねるようにして、姿を表した雨柳・水緒(ムーンレスリッパー・d06633)は続ける。
    「え……。貴方達、誰なの?」
     最初は驚いたように足を止めた依吹だったが、ゆっくりと水緒の言葉を噛み砕いたのだろう、態度を硬化させて問い返してきた。自分の名前と状況を知っている――その瞳は何故? とでも問いたげだ。
    「血が欲しいのよね? 治し方ならレン達が、知っているからおいでなさい? 家族に会ったら安心で、我慢できなくなるかもね?」
     歌うように節を付けて説くフローレンツィア。どういうこと、と依吹が震えるようにして小さく呟いた。
    「不安で不安で仕方がないのよね。早くお家に帰って安心したいのはわかるわ」
     月雲・螢(薔薇の錬金術師・d06312)は依吹の年齢を考えて、優しく、わかり易い言葉を選んで仲間の言葉を補足する。
    「でも依吹ちゃんが今のまま帰宅すると、貴方の両親が、貴方がお兄ちゃんに感じた怖さを感じる事になってしまうの」
     螢がダンピールとなったのも依吹とほぼ同年代だ。弟妹にかけてしまった迷惑を考えると、溜息が零れる。
    「今のままではあなたのお父さんとお母さんを傷つけてしまいます。でも今ならその力を抑えることができます。私たちならその方法を教えてあげられます。私たちと一緒にきませんか?」
    「……お父さんとお母さんに怖い思いはさせたくない……どうすればいいか、貴方達は知っているの?」
     水緒も言葉を重ねたが依吹は半信半疑。見知らぬ人に突然説かれても信じ難いという思いと、確実に自分の中にある変化をどうにかしたいという思い。それらが入り混じった視線を依吹は女性四人に向けた。
    「教えてあげるよ、おいで」
     紫堂・紗(ドロップ・フィッシュ・d02607)が優しく微笑んで手を差し出した。依吹は兄の事で『笑顔』が怖いかもしれない。紗の予想通り、彼女はぴくりと身体を揺らした。だがその後、様子を窺うように紗の笑顔をじっと見て。
    (「だけど心の籠った笑顔なら……安心してくれるって信じてる」)
     夜風が紗の手を包み、体温を奪っていく。だが紗は辛抱強く手を差し出し続けた。
     そっ……。
     暫く後、その手に微かな温もりが重ねられて。黙って様子を伺っていた三人から安堵の息が漏れる。紗はその手をきゅっと握りしめ、行こう、と声をかけて空き地へと歩き出した。

    ●救いの一手に
     空き地へと依吹を連れて行くと、待機していた男性陣もほっとしたような表情を見せた。ここで引き止めが失敗して依吹が家へと向かっていたら、大変なことになるところだったのだから。
     依吹は男性が空き地にいたのを見て少々驚いたようだが、紗が手をきゅっと握りしめ、螢が「私達の仲間だから大丈夫」と告げると少し安心したようだった。
    「よう」
     依吹に近づいた龍也は怖がらせぬようにとかがんで視線をあわせ、口を開く。
    「お前、今の状態のまま帰ったら、殺しちまうぞ。父ちゃんと母ちゃん」
    「!?」
     はっきりと、告げた。その内容に依吹は衝撃を受けたようで、固まってしまった。紗は安心させるようにと依吹の手を両手で包み込んで。
    「今のままだと、君はお兄ちゃんみたいな事になって、君のおとーさんやおかーさんに怖い思いをさせてしまうよー」
     雪春が言葉遣いも内容も柔らかく言い換え、クラウィスも依吹と視線の高さを合わせ、丁寧に自己紹介をして怯えさせないように言葉を続ける。
    「貴女のお兄さんがダークネスという悪いものになってしまい、貴女の中にもダークネスが棲みついています。このままでは、貴女もダークネスになってしまいます」
     わかりやすくを心がけて、クラウィスは説明していく。龍也の言う通り、そのままでは両親に害を与えてしまうこと、直すには痛い思いをしなくてはいけないこと。
    「治す手立ては二つに一つ。まずレンたちと戦って、1つは勝って血を吸うか、1つは負けて戻るのか。あなたが勝てばお兄さん、彼と同じになっちゃって。負ければきっと元通り、あなたはいつものあなたになれる」
    「色々分からねぇこと、納得のいかねぇこと、そういったもん全部おれたちにぶつけて来い。助けてやっから」
     わかる? と小首を傾げるフローレンツィア。龍也はすべてをこの場で理解させるのは無理だろう、そう思い助けるという意思を前面に出して言葉を放った。
    「もうお分かりかと思いますが、少し痛い思いをしなくては元に戻ることはできません。我慢できますか?」
    「……お兄ちゃんは戻れないけど、私は戻れる。私までおかしくなっちゃったら、お父さんもお母さんも悲しむものねぇ……?」
     依吹の声は涙声だった。突然突きつけられた事実は混乱も悲しみも引き寄せて。それでも彼女はしっかりと受け止めようとしている。その言葉を了承ととって、クラウィスは彼女の頭を撫でた。
    「貴女は強くて優しい方ですね」
     依吹は嬉しそうに、涙を浮かべたまま微笑んだ。

    ●少女の未来を守る為に
     セティアートがサウンドシャッターを使用しているため、音が家にいる依吹の両親に届く心配はないだろう。
    「意思をしっかり持ち抵抗することを心がけなさい。貴方が血を吸うだけで悲しみが連鎖するの。お兄ちゃん怖かったでしょ?」
    「そのままでは、貴女の両親にまで貴女と同じ怖い思いをさせてしまいます! それだけじゃない、貴女の手で両親を傷つけてしまう! 怖いと思う心から、欲しいと思う気持ちから、逃げてはいけない!!」
     改めて、戦いの中でも抗って欲しいという意味を込めて、螢とセティアートが言葉を重ねる。
    「私もね、お兄さんみたいに思ってる人がいるの。その人がいなくなったら……悲しいって思うよう」
     紗は依吹の手を包み込んだまま、言葉を紡ぐ。
    「依吹さんはそれでも抗おうって思ってる。それって強いよね……! だからきちんと、迷路から抜け出せるよ!」
     また後でね、そう言って紗は手を離す。離れていく温もりが名残惜しい。
    「あなたに勝って戻せるように、レンは本気で挑んであげる」
     フローレンツィアの言葉を切欠に、それぞれが解放の言葉を唱えていく。
    「忌わしき血よ、枯れ果てなさいッ……」
     螢の解放の言葉が響き、それぞれが隊列を整えた。依吹は怯えた様子を見せたが、その瞳の中には覚悟の色も見え隠れしている。
    「私も妹と弟に迷惑をかけたことがあるの。でも戻ってこれた。ちょっと痛いかもしれないけど我慢してね?」
     依吹に攻撃することを心痛めつつ、螢はロッドで依吹を殴りつける。続けてクラウィスの『‡Atra manus umbra‡』が依吹を絡めとる。彼女の口の端から悲鳴が飛び出たが、手加減するわけにはいかない。
     家族が闇堕ちした所を見たのはショックだろうなぁ……そう思いつつも手加減はせずに素早く死角に回りこんで一撃を与えた雪春は気がついた。依吹が自分の身体を抱くようにして、震えながら唸りを上げていることに。
    「ヴ……ヴヴ……このまま……」
    「!? 依吹の様子が変だぜ!」
     依吹の様子の変化を警戒していた雪春は仲間達に声を上げて知らせる。依吹から意識を反らしていた者などいないが、それぞれがその変化を見て取ろうとじっと、彼女を見つめる。
    「このまま黙って消えるものかっ!!」
     依吹の中のダークネスが抵抗を始めたのだろう、それまでの彼女とはだいぶ様子が異なっていた。表情も眼光が鋭くなって荒々しくなり、灼滅者達への殺気さえ感じる。
    「そうこないとな。どんな相手だろうと、ただ斬って捨てるのみ!」
     龍也は上段の構えから『直刀・覇龍』を素早く振り下ろし、依吹を斬りつける。
    「さあ」
     とん、と踏み出したのはフローレンツィア。そのまま依吹の背後に回る。
    「見えるかしら?」
     背後からの一撃。二人の重い攻撃に、一瞬依吹はふらついた。
    「依吹さん、聞こえる? 依吹さんが血が欲しいって思うのは、一時の迷い。大丈夫、私達が助けてあげるから」
     紗は漆黒の弾丸を作り出す。その間も説得はやめない。むしろダークネスが表面化した今こそ、依吹に頑張ってもらわなければと思う。ナノナノのヴァニラも依吹へと向かう。
    「だってだって、私達は貴女のような悩みに、いつだってぶつかって、迷路から抜け出そうとしているから。だから……ちょっとだけ我慢して」
    「この糸からは逃げられませんよ」
     水緒の鋼糸が依吹を絡め取る。その瞳をじっと見つめて水緒は訴える。
    「あなたの中の闇に負けないで!」
    「怖いと思う心から、欲しいと思う気持ちから、逃げてはいけない!! 悲しくても、辛くても……きちんと見つめなければ、もっと大切なものを失ってしまう!」
     続くのはセティアート。影の鋭い刃を舞わせながら依吹へと心を伝えようとしている。
    「そうなってしまったら、もっと怖くて辛い思いをしてしまうのですよ!!」
    「私、は……」
     灼滅者達の言葉に揺さぶられたのだろうか、何かを払拭するかのように依吹は頭を振って。ダークネスに打ち克とうとしているかのように言葉を絞り出す。
    「……勝ってお前達の血を吸ってくれるわ!!」
     だが次の言葉は明らかにダークネスのもの。赤き十字架が龍也を襲う。螢が素早く反応して、小光輪を龍也の盾とする。クラウィスの魔法弾が飛び、雪春が死角へと回りこむ。龍也は湧き上がる高揚感を隠そうともせずに笑いながら、納刀状態からの一閃を放つ。
    「牙壊! 迅即両断!」
    「絡まって」
     畳み掛けるようにフローレンツィアが、放った鋼糸を左右の指を複雑に動かして操る。
    「爆ぜろっ」
    「きゃぁぁぁぁぁっ!」
     一気に引き裂き、依吹を大きくふらつかせた。苦しみが少なくなるよう、早く終わらせてあげられるよう、紗は武器に影を宿して放つ。ヴァニラもそれに続いて。水緒の糸がぎりっと依吹を締めあげた。
    「今、助けて上げますから」
     セティアートの優しい攻撃に、依吹は目を閉じてゆっくりと崩れ落ちた。

    ●少女の新しい日々に
     螢の膝の上で目覚めた依吹を待っていたのは、優しい手たちだった。
    「頑張ったな」
    「お疲れ様、頑張ったね」
     龍也と紗がそっと、順に頭を撫でて行く。本音を言うならば兄の樹も救ってあげたかった、紗はそう心を痛めながらも彼女だけでも助けられたことを喜んで。
    「よく頑張りましたね。……お兄さんのことは辛いと思います。ですがこのまま放っておけばお兄さんの手で多くのひとが傷つけられ、あるいは死んでしまうことになります」
     兄のような暖かく優しい笑顔を向けて、セティアートは依吹の頭を撫でながら語る。今後彼女がどうするべきかを。
    「だから一日でも早くお兄さんを救ってあげましょう。辛いとき、寂しいときは……私達が、ついていますから」
    「教えてあげるわ。あなたの力を使える場所で、お兄さんを探せる場所を」
     フローレンツィアも加わり、より詳しい現状説明を重ねて。実際に戦い、自分の中のダークネスが表面化するのを感じたであろう今なら、依吹も理解できるだろうから。
     そんな一同を、雪春は少し離れたところから見ていた。仲間達には友好的に接しはしたが、どこかその目は周りを冷めて見ていて。なんとなく、輪に入る気がしなくて。掛ける言葉が見つからなくて。
    「お兄ちゃんは本当におかしくなっちゃったんだね。悪い人になっちゃったんだね」
     呟いた依吹が肩を落としたのを見て、クラウィスと水緒は依吹のそばに腰を落とした。そして。
    「頑張った貴女にはご褒美がありますよ。これからはひとりで頑張る必要はないのです。貴女には、沢山の仲間がいます」
    「もしよければ、私達の学校に来ませんか?」
    「学校?」
     クラウィスの言葉と差し出された水緒の手。依吹は首を傾げて。
    「先程アステローペ様がおっしゃった、力を使えてお兄さんを探せる場所です」
    「武蔵坂学園というのですよ」
     クラウィスと水緒は二人で言葉を合わせるようにして学園についての説明をして。すると依吹の表情がだんだんと決意の色に染まっていくのが分かった。
    「力の使い方、教えてくれるんだよね? 私が、お兄ちゃんを、何とか出来るかもしれないんだよね?」
     依吹は改めて確認をするように灼滅者達を見回した。灼滅者達はそれに肯定を返す。
    「……私が、なんとかしないと」
     お兄ちゃんはもう、帰ってこないから――小さい呟きが夜風に乗って流れる。
     少女にとって失ったものは大きい。けれども留めたものも、得たものも大きいはずだ。
     この夜が契機となる。
     仲間が一人増える日も、近いだろう。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 3
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