楔を喰らう炎獣～降り立つ焔

■リプレイ

●１
「何をしているのじゃ？」
「ああ、これっすか？　気を落ち着かせるための編み物っすよ。これをやってると集中できるんっす」
　野球部の部室の端で黙々と編み物をしていた神井・紘一（笑え踊るステューピッド・d04930）は、不思議そうに覗き込んできたアルカンシェル・デッドエンド（ドレッドレッド・d05957）に笑って答えた。
　そして、編み始めたばかりのため、形が定まっていない編み物に針を通しながら、
「完成前に襲撃が来ちゃうと思うんっすが、そしたら討伐後に続きをやればいいだけっすからね」
「暗いのによく編めるのう」
「慣れっすよ。結構編みぐるみも作ってますから、手が覚えてるって感じっすね。ちなみに、これはデフォルメされた狼なんっすよ」
「器用ですね」
　アルカンシェルと同じく顔を覗かせてきた桐谷・要（観測者・d04199）は、手際よく紡がれていく編み目を見つめている。
「よし、これでドアの前は広くなったぜ。これなら、一気に走り出しても転んだりしないよな」
　大きな音を出して荷物を端に置いた宮森・武（高校生ファイアブラッド・d03050）は、手に着いたホコリを払い、左右に倒した首を鳴らして一仕事をやり終えた。
　汚かった野球部室は、すぐに外へ出られるよう入り口を中心に物が片付けられている。
「後は、敵さんが来るのを待つだけか。せっかく、ここで手の内を見られるんだ。やっこさんの強さ、とくと拝ませてもらうとしようか」
　武は、部室と同じ色を降ろしている外へ向いた。
　窓から見える外観は殺風景で、所々に立っている街灯が道に沿って灯っているだけだ。
　夜の闇に水縹・レド（焔奏烈華・d11263）は、考え込むようにして目をわずかに細めた。
　暗さが呼び起こす昔の記憶が邪魔をする。違うことを考えている暇はないのに、脳裏には映像が浮かんできてしまう。
　ダメ。
　レドの口が、そう象った。
「来たな」
　やってきた強化一般人を見つけた遁縁・鬼雨（怨凝鬼・d00853）が口の端をあげた。
　固まって歩いている５人は、お世辞にも美しいとはいえない下品な歩き方をし、肩の上で細い棒を弾ませている。木刀か何かだろう。
　窓の影からそっと様子を伺う灼滅者たちが、３つ目の街灯に差し掛かった彼らを目で追う。
　そのとき、イフリートが現れた。
　炎のたてがみをなびかせるイフリートは、強化一般人へ襲いかかるなり、その強靱な足を振り上げて２人の強化一般人の体を二つに裂き、残る３人は炎に包ませた。
「いやぁ、あれがイフリートさ？　強そうだねぇ、かなり」
　鬼雨の喉が、ゴクリと鳴った。
　傷を一つも負わず、虫けらのように強化一般人を殺したイフリートは、まさに死を与える獣そのものだった。
「あのイフリート強えな、あっという間に倒しちまいやがった」
　瞬きをすれば見逃してしまいそうなイフリートの攻撃を目に、本山・葵（緑色の香辛料・d02310）は赤茶の髪を揺らした。
「のんびり観察してるヒマはねえな。のたうち回っている強化一般人が倒れちまう。みんな準備はいいか？」
　葵が振り向いた窓の向こうで、最後まで抗っていた強化一般人の姿が視界から消える。
　武たちはドアから飛びだし、日本刀を手にしたレドは開けた窓から跳び越えてイフリートに向かう。
　部室の屋根に跳び上がった御貫・遥斗（討魔灯・d00302）は、自分たちに気づき、炎の尾を揺らすイフリートに武器の先端を向ける。
「そこまでだ！　……なんてな」

●２
「観念するのじゃ、イフリート！」
　妖しの槍を手に、螺穿槍を突きだすアルカンシェルは、闇をも裂く大声をあげて突進していった。
　攻撃を向けてくる灼滅者たちにイフリートも爪をあげて応戦してくる。
　後衛で足を止めた武は、背中から炎の翼を広げて呼び起こした不死鳥のごとき癒しと破魔の力を近くの者に与えた。
「まず、手始めだ！」
「倒す。絶対」
　武の隣をかけぬけたレドは、日本刀を握りなおした。
　初めての強敵を前にしても、今、ここにいるのは自分だけではない。仲間がいるのだ。
　それが、とても心強い。
　必ず阻止するという想いを乗せた雲耀剣でイフリートの胴部を切り裂くと、紘一が炎に備えてワイドガードを広げてきた。
「さあ……燃し合おうぜ！　どっちが先に燃え尽きるか勝負だぜ！」
　イフリートが、低い威圧の声をあげて灼滅者たちに向かって爪をふるってきた。
　体を纏う炎が横に薙ぎ、ディフェンダーとして前にいた遥斗の体に太く深い傷跡を残す
「――っ！」
　歯を食いしばる遥斗の体から、血が滝のように流れ出した。
　尚も刃向かう者へ容赦しないイフリートの動きに、要は内に眠るダークネスの力を遥斗へ注いで治癒を施しながら、目を忌々しそうに細めた。
「単純に火力の強い相手というのは厄介ね。それにしても……妙ね。本来イフリートは組織だって行動することは、ほぼなかったはずだけれど」
　イフリートを目で追いかけている要は、自らが抱いた疑問に胸をざわめかせた。
　これが良くない兆候だとすれば、見届けなければならない。
　要が口をきつく結ぶと、遥斗は血が止まったばかりの傷をかばうことなく、肢体を伸ばしてイフリートへ飛びかかった。
「なめんなよ、イフリート！　てめえが俺たちファイアブラッドの宿敵であるように、俺たちはてめえの天敵なんだ！」
　遥斗は、掲げた螺穿槍を大きく突き上げた。
　確かな手応えと共に触れるイフリートの炎の毛が、ダークネスになりきれなかった遥斗に様々な想いをわき上がらせたが、ファイブレッドとして、灼滅者としての生きてきた遥斗は、槍の柄を握る手に力を込める。
「――ただの男子高校生が闇より弱いなんて誰が決めた。男にゃあるんだよ、意地ってやつがなァ！」
　遥斗とイフリートの咆哮がぶつかる。
「見た目通り強いさ、わくわくしてくるねぇ」
　強い相手を見ると黙っていられない鬼雨は、拳に闘気の雷を宿して口の端を楽しそうにつりあげていた。
　アッパーカットを繰り出すたびにぶつかる分厚く固い肉の手応えは、戦いの手応えにも似ている。
　簡単に倒れることのない相手との距離を正すために後ろへ下がると、イフリートが片足を高く上げて葵の体を鋭利な爪でえぐった。
　その足に抗雷撃をくらわした葵は、想像以上の痛みに顔を思い切りしかめる。
「痛ぇ！　これは喰らい続けたらヤベエな」
「みんなも気をつけろ！」
「もちろんじゃ！」
　螺穿槍を何度も作り上げる遥斗の呼びかけに答えたアルカンシェルはイフリートを殴りつけると、
　武が後方から魔法光線を飛ばしてきた。
　その間にシャウトをかける葵に手が伸びないよう、レドはイフリートにあえて近づき、狙いを自分に向けさせる。
「こっち！」
　イフリートが葵を視界内からはずしたタイミングをみはからって雲耀剣をふるえば、鬼雨の抗雷撃と紘一の縛霊撃が立て続けに向かってきた。
　イフリートの体が初めて灼滅者たちの攻撃に揺らいだ。
　そのときだ。
　闇の契約を続けていた要が声をあげた。
「イフリートの動きが変よ、列攻撃の可能性があるから気をつけて！」
　左右に振っていた尾が大きく薙ぐと、激しい炎の奔流が放たれ、前衛にいた者全てを炎で覆い込んだ。
　体から弾かれる何かを感じながら目を閉じた前衛の耳に、紘一の声が飛んでくる。
「――葵先輩！」
　致命的な傷を負っても後ろに下がらず、前衛として戦っていた葵の体が崩れ落ちた。

●３
　崩れたディフェンダーの穴をうめるべく、ポジションは違うが同じ前衛として位置付いていたアルカンシェルは、葵の後を担ってフォースブレイクで戦っていた。
　傷を負っている体で挑むことは、決して楽なことではなかったが、危険を回避することが先だ。
　だが――。
　追い打ちを掛けるようにイフリートが炎で体についた傷を癒した。
　その光景を前に、傷の治癒が間に合っていない前衛たちは目を丸くする。
　体にまとわりつくイフリートの炎は後ろにいる仲間の手によって消されていたが、傷は要と途中から回復にまわってくれたレドの二人からの支援を受けてやっと持ちこたえている状況だったのだ。
　削いでいたイフリートの体力が戻っていくことは、戦闘も長引いてしまう。
　そうなれば、徐々に自力で傷を治し始めていた前衛たちの手は、回復だけで精一杯になってしまう。
　これを機に、灼滅者たちの中には、闇堕ちの覚悟をし始める者もいた。
　そう、覚悟は出来ている。
　何度もくじけそうになる足を前に出し、体をはって攻撃していた遥斗の体がイフリートの炎に包まれる。
「俺の中にも奴らは居るんだ。そいつにも、てめえにも負けねぇ！！」
「持ちこたえて……」
　要は闇の契約を与えたが、前のめりに倒れた遥斗の体が起き上がることはなかった。
　葵、遥斗が敗れ、残された前衛はアルカンシェルのみという壊滅しかけている陣形に、武はディフェンダーとして前に出ると、イフリートと向き合った。敵の癖を利用し、自分が狙われるようにアルカンシェルより前にでている。
「相手は格上だ。的確に、地味に、厭らしく体力を削っていこうぜ。それに、地味な攻撃は歯牙にも掛けないかもしれないが、そんな攻撃こそ相手が気が付いた時には致命的なものになってるものさ。一手一手確実に、詰将棋のように打っていこうぜ」
　イフリートからの攻撃を一身にあびる武は、イフリートが攻撃をするとき、必ず重心を掛けている後方左足を狙って光刃放出を撃ち放った。
　戦う前から探っていたイフリートのほころびだ。
　レドは、炎にまみれる武へ何度もシャウトをかけた。
　口には出さないが、居場所を与えてくれた学園と学園にいる仲間たちはレドにとって大切なものなのだ。
　例え、自分が犠牲になっても、皆を大切な場所へ帰したい。
「帰す」
「さあイフリートよ、妾を存分に燃え猛らせる強者であれよ！」
　武器を軽々と操り、軽業師のように動き回るアルカンシェルは、少しでも回復の手が少なくすむよう傷の治癒も兼ねる紅蓮斬を、鬼雨は閃光百裂拳、紘一はレーヴァテインでイフリートの動きを阻む。
　白熱するサイキック。
　命をも飲み込むイフリートの炎。
　灼滅者とイフリートの攻防は、鬼雨の閃光百裂拳によってバランスがくずれ、灼滅者たちに優位の機会をもたらす。
「アタシたちに負けって文字はないさ」
「この勝負、もらうぜ！」
　紘一が出現させた赤いオーラの逆十字がイフリートの体を灼滅した。

●４
　イフリートのあげた断末魔が消えると静けさが戻った。
　誰一人、闇堕ちすることなく戦い終えた場所で深呼吸をすれば夜の優しさが肺を満たしてくれた。
　葵と遥斗を介抱し、生きていることに胸をなで下ろす仲間は笑みを浮かべる。
「帰ろうか」
　この８人がいたからこそ、この戦いは勝てたのだから。

作者：望月あさと	重傷：本山・葵（緑色の香辛料・d02310）  死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年1月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 14／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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